魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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後日談はこれ以降は特に書きたい話がないので、まどかルートの方を書いた方がいいかもしれません。


後日談 僕と彼女と僕の父

「ほむらさんに紹介したい人が居るんだけど……って大丈夫?」

 

 僕はそう言って歩みを止め、後ろを振り返ると、ほむらは産まれたての小鹿のように足を震わせながら抱えたダンボール箱の重さによろめいていた。

 

 あれから数日後、未だワルプルギスの夜が残した傷跡が見滝原市には克明に刻まれており、何もかも元通りの日常生活は当分送れそうにない状態だった。

 とはいえ、被害度合いとは裏腹に被害範囲はそれほど大きくないおかげで半年くらいである程度は回復する見込みは立っている。見滝原市議員の手際が良いこともあって、復興速度は順調と言って良かった。

 避難所の周りには仮設住宅がいくつも建てられ、一応のすし詰め状態から解放されつつあった。

 僕らは支援物資のペットボトル飲料やお握りといった食糧の入ったダンボール箱を配るために運んでいるのだったが……。

 

「くっつ……」

 

「はあ。だから、僕だけでいいって言ったのに」

 

 近付いて彼女の持っているダンボール箱をひょいと奪って、僕の持っていたダンボール箱の上に乗せる。

 

「あ……」

 

 荷物を取り上げられて、ほむらは少し悲しげな顔をした後、不本意そうに僕を睨む。

 だが、僕はそれに対して諭すように優しい口調で言った。

 

「ほむらさん。君はもうただの女の子なんだよ? こういう力仕事はするべきじゃないよ」

 

 ワルプルギスの夜と決戦終結後、魔法少女だったほむらたちは『魔法少女システム』の応用により、再び元の普通の女の子へと戻っていた。

 魔法はもちろん、身体能力や運動神経までも元に戻ったせいでほむらは『虚弱少女☆ほむらちゃん』と化していた。

 魔力で上げていた視力も戻ったので、今は眼鏡を掛けている。借り物のため、ほむらには少し大きく不恰好だが、逆に僕としてはそれが可愛らしく思えた。

 ただ、心臓の方は魔法少女として活動していた影響かは不明だが、定期的に薬を飲まなくてはいけないほど不安定ではなくなったらしい。

 

「馬鹿にしないで、政夫。荷物持ちくらい私にだって……」

 

 元々負けん気の強いところがある彼女はなおも僕に食い下がろうとするが、僕は首を横に振った。

 普通の女の子に戻った今でも特にほむらは魔法少女でいた時の身体の使い方が抜けておらず、体力や筋力が落ちた今でも同じように頑張ろうとしている。働き者なのはいいが、自分の身体の貧弱さをいい加減自覚してほしいところだ。

 

「美樹さんから聞いたよ? 君、この前まどかさんにも腕相撲(うでずもう)で負けてたらしいね」

 

 少し前にいつもの女子連中で腕相撲をしたらしく、その中で一番盛り上がったのがまどかさんとほむらの最下位争い対決だったそうだ。しばらくは拮抗したもののまどかさんが勝利し、負けたほむらはショックで愕然としていたという話を美樹から聞かせてもらった。

 

「あ、あれはちょっと油断しただけで……」

 

「ほむらさん」

 

 見苦しく言い訳をするほむらに僕は持っていたダンボール箱を一度横に下ろして、彼女の鼻の上からずり落ちそうになっている眼鏡を直してあげながら言った。

 

「僕は別にほむらさんのことを馬鹿にしてる訳じゃないんだ。ただ君が今の自分の身体のことを理解せずに無理をして、身体を壊すのが心配なんだよ」

 

「政夫……」

 

「こういう時は彼氏を頼ってよ。たまには可愛い彼女にいい格好見せたいんだから」

 

 眼鏡のレンズ越しのほむらの目が僕を見つめる。それに僕も見つめ返すと、恥ずかしそうに顔を視線を逸らした。

 

「……貴方はいつだって格好いいわよ」

 

「うん? 聞こえなかった。もう一度言ってよ」

 

「何でもないわ。じゃあ……お願いするわね」

 

 ぼそりと告げられた言葉がかなり嬉しかったので、聞こえなかった振りをしてもう一度言ってもらおうとしたが、ほむらは赤くなってそっぽを向いてしまった。

 男なんて女の子に褒めてもらいたくて格好付けているような馬鹿な生きものなのだから、力仕事なんか褒めてやらせればいいのだ。

 彼女のたった一言だけでこんなにも嬉しくなってしまうのだから。

 

 

 食糧を配給し終えた僕は腰に片手を当て、大きく伸びをする。

 

「取り合えずはこんなところかな。ほむらさんもお疲れ様」

 

 僕と一緒に配給を手伝ってくれたほむらに労いの言葉を掛ける。

 

「私は配っただけで疲れてないわ。それより、さっき言いかけていた話の続きを聞かせて」

 

「さっきの話? ああ、紹介したい人がいるって話だね」

 

 さっきの話と言われて思い出した僕は、意外とほむらが僕の話を聞いてくれていたことにに少し感激した。人の話を聞かないことに定評があったポンコツコミュ障な彼女がここまで成長してくれていたとは……僕は彼氏として嬉しい。

 

「……政夫。何だか私のことを心の中で馬鹿にしていないかしら?」

 

 じっとした半目の恨みがましい視線を僕に向ける。……馬鹿な。僕の思考が読まれている。顔には出してないのに。

 しかし、そんなことはおくびにも出さず、さらりとかわす。

 

「さて、何のことやら。それでその話に戻すけど、ほむらさんに会ってほしい人が居るんだ」

 

「今、明らかに話を逸らしたわね。まあ、いいわ。それでその紹介したい人っていうのは誰の事かしら?」

 

 半目を止めて僕の話に流されてくれたほむらに照れを織り交ぜた笑みと共にこう言った。

 

「精神科のお医者さんだよ」

 

 言うや否や、すっと伸びてきた両手が僕の両頬を摘まみ、(つね)り上げる。

 同時に先ほどの比ではない怒りを込めた瞳が僕を突き刺してきた。

 

「私の頭がおかしいから医者に診てもらえと、つまり貴方はこう言いたい訳ね? 私に喧嘩を売っているのよね? 筋力が落ちたからといって私を舐めているのね?」

 

「ひ、ひはふひはふ、ほはいはっへ。つへたてはいへぇ! ひはいひはい!(訳 ち、違う違う、誤解だって。爪立てないでぇ! 痛い痛い!)」

 

「ふふふ。こうやって重心を後ろに下げて、ぶら下がるように引っ張れば、今の私にもそれなりのダメージが……」

 

「ひはいよ! ふっほひひはい!! ははふぃへっ、ははふふぃへふははい!!(訳 痛いよ! すっごい痛い!! 離してっ、離してください!!」

 

 抓りに加え、爪を立てて、僕の両頬を襲うほむらに許しを請い、攻撃を止めてもらう。重心をかけて引っ張ってくるのでなかなかの痛さだった。

 ちょっと恥ずかしかったのでぼかした言い方をしたのがまずかった。

 だが、ほむらの方も暗黒の微笑を浮かべて楽しんでいた気がする。実はこいつ結構暴力的だよな。やっぱり、そういう意味でも診てもらった方がいいのかもしれない。

 ひりひりする頬を押さえて、誤解の訂正をする。……ああ、爪の(あと)が頬にしっかりと刻まれている。

 

「精神科の医師をしている僕の父さんに紹介したいって意味だよ。……そのまま言うのはちょっと気恥ずかしかったから遠回しに言ったんだ」

 

「そ、そうだったの……。ごめんなさい。政夫は時折私の頭がおかしいって言ってくるから、ついに本格的に医者に診せようとしているのかと思ったわ」

 

「まあ、僕は口悪いからね。ごめんね、本当に怒らせる気はなかったんだ」

 

 謝罪を述べるものの、奇行に走る時のほむらは本気で思考回路を疑うようなものばかりなので、個人的には「ナチュラルに頭のおかしい人」に分類されている。実際に言うと頬の肉が捻じ切られる恐れがあるので絶対に口には出さないが。 

 そんな僕の内情を知らないほむらは乙女のように視線を右往左往させて、途切れ途切れに小さな声で僕に聞く。

 

「その、つまり……父親を紹介するって事は、あれ、よね? 政夫の……か、彼女として私を紹介すると、そういう訳なのよね?」

 

「そうなっちゃう感じですね」

 

「そうなっちゃう感じなのね?」

 

 正常に思考が稼動しているのか非常に怪しいほむらは普段絶対に使いそうにない喋り方をしている。

 忙しなく、開閉するその可愛らしい口は一昨年に縁日で買った金魚のチャッピーを彷彿とさせた。そういえば、チャッピーは一ヶ月も経たずに死んでしまったのだったな。やはり縁日の金魚は弱っているから長生きできなかったのだろう。

 

「わ、分かったわ。その、政夫のお父さんに会ってみる」

 

 今は亡きチャッピーに想いを馳せているといつの間にか決意が決まったようで、ほむらは意気込むように拳を握る。

 

「じゃあ、チャッ……じゃなかった、ほむらさん。さっそくだけど一緒に来てもらっていいかな?」

 

「……チャ? 今から会えるの?」

 

 チャッピーと言いかけたのが気になったのか、ほむらは怪訝そうな表情を浮かべたが、それを誤魔化して着いて来てもらう。

 

 

 

 既に父さんの方には前以て言っておいたので、避難所のホールの方で待っていてくれている手筈だった。

 避難民の人たちは家を失い、絶望のどん底に落ちているような精神状態の人たちばかりだったので、カウンセリングもできる父さんはその人たちのことに懸かり切りで余裕などなかったが今日だけは時間を取ってもらっていた。

 ホールに着くと人が乱雑にごったがいしていたが、白衣を着た父さんはその中でも目立っていた。

 すぐに見つけてほむらを連れ立ってそちらに向かって行く。

 

「父さん。お待たせ」

 

「ああ、政夫。大丈夫、そんなに待っていないよ。話し相手も居たからね」

 

「話し相手?」

 

 父さんから視線を下げると、そこには黄緑色の髪の小学生低学年くらいの女の子が傍に立っていた。

 見たことのない女の子だった。髪型はツインテールだったが、まどかさんよりも短く、ヘアゴムで結われている。

 

「見滝原児童養護施設にカウンセラーとして訪れた時に知り合った千歳ゆまちゃんだよ。ゆまちゃん、彼がさっき僕が話していた自慢の一人息子の政夫だ」

 

 児童養護施設……保護者のない児童や虐待されている児童などの環境上養護を必要とする児童を入所させて、養護し、退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設。

 つまり、この子は元の保護者から何らかの理由で引き離された子ということだ。

 何人かそういう友達を知っているが大抵の場合は家庭環境が悪く、虐待を受けていたというのが理由だ。

 僅かに同情の思いが滲みそうになるが、意識してそれを掻き消してにっこりと笑顔でゆまちゃんに接する。

 

「ご紹介にあずかりました夕田政夫です。よろしくね、ゆまちゃん」

 

「わたしはっ、ゆまです。よろしく、えっと……マサオ!」

 

 養護施設の子と聞いて、もっと内向的な女の子を想像していたが、意外にも溌剌(はつらつ)としていて微笑ましく思えた。

 いけないな。偏見を持って相手と接すれば、相手のことを正しく見えないということはこの街で嫌と言うほど学んだはずなのにまたやってしまった。

 

「お! まだ小さいのに元気な挨拶ができるなんて偉いね」

 

「でしょっ。施設の皆にも言われるの! ゆまは元気だねって」

 

 楽しそうに笑うゆまちゃんの頭をついと突き出してくるので、僕は彼女の頭を撫でた。

 そして、感触で気付いた。前髪に隠れているが、おでこに火傷の痕があることを。

 

「っ……!」

 

 ケロイド状に焼けた小さく凹んだ痕。同じようにされたものをかつて見たことがある。これは……煙草を押し付けられた時にできる根性焼きの形跡だ。

 嫌でもゆまちゃんの過去が脳裏で想像できた。決して愉快ではない、想像が。

 やはり、この子にも辛い過去がなかった訳ではない。それを乗り越えて、今こうして微笑んでいるのだ。

 強い子だ。こんな傷があるのにそれでも人を信頼して頭を差し出せるのは、人間不信を乗り越えた証拠だ。

 

「どうしたの? マサオ」

 

「いや、ゆまちゃんが可愛くてついつい見蕩れちゃった」

 

「むう。それは駄目。いくらゆまがミリョク的でもゆまには心に決めた人が居るから!」

 

 そう言って、後ろに立っている父さんの足をぎゅっと抱きしめる。

 

「ゆまは夕田センセと結婚するの!」

 

 そして、熱烈なラブコールを父さんに浴びせる。それを苦笑気味の笑みで受け止め、ゆまちゃんの頭を優しく撫でる。

 彼女はマタタビを嗅いだ猫のように頬を緩ませて、喜んでいる。

 なるほど。この子をここまで元気にしたのは父さんだったのか。

 すっと僕は顔を上げて父さんを見上げる。

 凄い人だな。流石は僕は目標とする人だ。身内贔屓ではなく、本当にそう思う。

 僕はそれが少しだけ誇らしく、同時に憧れと僅かな嫉妬を抱いた。

 

「へえ。じゃあ、ゆまちゃんは僕のお母さんになるかもしれないね」

 

「そうだねっ! これからマサオはゆまのこと、『ママ』って呼んで甘えていいからね」

 

「あはは。頼もしい小さな『ママ』だね」

 

 ゆまちゃんの微笑ましさに当てられて、僕は笑みをこぼす。

 すると、シャツを後ろから小さく引く感覚がした。

 振り返ると、ほむらがむっとした表情で僕を睨んでいる。ゆまちゃんとの会話で、ほむらのことを忘れて放置してしまっていた。

 申し訳なく、頭を掻きながらようやく当初の目的に立ち返る。

 

「父さん。紹介するね、こちら暁美ほむらさん。僕の彼女です」

 

「あ、暁美ほむらです。政夫……くんとは交際して頂いています」

 

 ほむらは紹介されると綺麗なお辞儀を一つしてみせる。普段、巴さんや織莉子姉さんたちともため口で話しているので、こうやって敬語がちゃんと使えることに驚きが隠せない。

 思い返せば、転校初日は使っていたのでおかしなことではないが、何となく不自然に聞こえてしまう。何より、ほむらが「君付け」で僕を呼ぶのが似合わなすぎて気持ちが悪い。

 

「どうも、政夫の父の夕田満です。一度だけお会いしたことがありますね。あの時は長い会話はできませんでしたけど」

 

 確か、二人が顔を合わせたのはほむらが僕を迎えに朝、家に訪ねて来た時のことだったな。ほむらが僕の部屋の窓を入り口代わりにしなければもっと接点があったのだろうが。

 

「あの時は……ろくに挨拶もできずにすみませんでした」

 

 いつもの横柄な態度とは違い、まさに借りてきた猫状態になっている。垢抜けない眼鏡と相まって非常に僕好みの外観だった。

 ずっとこうなら良いのにと思う反面、いつもの堂々とした盗人猛々しいテロリストさがないと不安になる自分が居て、調教されてしまったようで悲しかった。

 

「気にしていませんよ。その代わり、と言っては何ですが、一つだけ質問をさせて下さい」

 

「はい。何でしょうか?」

 

 そんな大人しいほむらに父さんは質問をする。

 

「政夫のどこが好きですか?」

 

「ぶっっ!!」

 

 単刀直入すぎる問いに横で聞いていた僕は噴き出す。いきなりなんて質問をするのだ、この人は。

 直接聞かれた訳でもない僕がこれだけの衝撃を受けたのだから、ほむらの方も相当だろうと一瞥する。

 しかし、予想に反してほむらは平然としていた。

 

「全てです。彼が私に向けてくれる全てのところが好きです」

 

「げふっっ!!」

 

「政夫。煩いから、少し黙ろうか」

 

 ほむらの返答に言葉では言い表せない精神的なものが口から這い出そうとして、再び噴き出すと、父さんは穏やかな顔で騒ぐなと釘を刺してくる。

 頬が熱い、喉の奥が何とも言えない痛みを発してきた。さっきまで緊張していたくせに何でそう恥ずかしげな発言を臆面もなく言えるのだ。

 

「私は政夫、くんに出合って初めて自分を見直す事ができました。時には嘘を、時には皮肉にさえ、彼の優しさが滲み出ていて、私はそれに何度も助けられました」

 

 今まで大人しかったほむらが水を得た魚の如く喋り出す。ひょっとして、こいつはチャッピーだったのか。

 何だかもの凄く恥ずかしくて、吐血しそうだった。

 

「ずっと他人を信用できなかった私は彼だけは心を許せるようになりました。それだけでも十分過ぎるのに、彼は私が遠ざけていた人たちとの間も取り持ってくれました。おかげで大嫌いだった世界が今では愛しく感じられるようになったんです」

 

 もう聞いてられない! 何なんだ、これ! 凄く恥ずかしい!

 僕は顔を両手で押さえて、身体を左右に揺する。

 ゆまちゃんは僕を横目で見つつも、ほむらと父さんの話に黙って耳を傾けていた。

 

「彼は私が抱えていた全ての悩みをこの一ヶ月で取り払ってくれました。絶望に満ちていた日々は彼のおかげで希望に敷き詰めれていたんです。政夫、くんは私にとって希望そのものでした。今の私が居るのは政夫、くんのおかげなんです。そんな彼の全てが心から愛しいと思っています」

 

「ここまで息子を好いてくれる人が居るのは、親としてこれほど嬉しい事はないよ。……それじゃあ、政夫。今度は君の番だ。暁美さんの好きなところを挙げてみて」

 

 褒め殺しのような目に合わされて、悶えていた僕に父さんは話題を振る。

 助かったのか、それともこれ以上の責め苦を僕に与える気なのかはその穏やか過ぎる仏のような笑みからは読み取れない。

 ほむらのどこか期待する視線を真横から浴びつつ、僕はゆっくりと口を開く。

 

「そうだね、ほむらさんの好きなところか……」

 

 …………………………………………――どこだろう?

 いや、ふざけているのではなく、本当に見つからないのだ。

 考えれば考えるほど、どこが好きになったのか分からなくなってくる。

 暁美ほむらの好きなところ……実に哲学的な質問だ。後、二年くらい考える時間が欲しい。

 

「……政夫?」

 

「ちょっと待って、考えさせて」

 

 期待から怒りを薄っすらと露にし始めたほむらを宥めて、思考の海へとダイブする。

 嫌いなところなら100万個くらい挙げられるのだが、好きなところというと難問だ。

 織莉子姉さんに言ったあの台詞は、言わば開き直りにも似たものだからな。この場で述べるのには相応しくない。

 ここは一つ。

 

「……僕もほむらさんの全てが好きです!」

 

「嘘ね!? 絶対、その台詞は嘘ね!? 私のを真似ただけでしょう!」

 

 ほむらは詰め寄って上着の胸元を引っ張って揺すってくる。

 僕は目をそっと逸らしつつ、傍に居たゆまちゃんに助けを求める。

 

「う、嘘じゃないよ。ねえ、ゆまちゃん、僕嘘吐いているように見える?」

 

「マサオ……施設のセンセが言ってたけど、うそをつくより、ごめんなさいした方が苦しくないよ?」

 

 養護施設には素晴らしい先生が居るようだ。おかげでそこで育っている少女はこんなにも聡明に成長している。

 日本の未来は明るい。

 

「まあ、正直に言うとまったくの嘘って訳でもないんだ」

 

「ある程度は嘘だって今認めたわね!?」

 

「シャラップ、ほむらさん」

 

 手をさっとほむらの口元へ持って行き、沈黙を強制する。

 真面目な話を始めるにはちょっと今の彼女のテンションは場違いだったので、落ち着いてもらう必要があった。

 小さく息を吸い込むと、僕はゆっくりと語り始めた。

 

「僕はほむらさんのことが最初は嫌いだったんだ。顔も合わせることも嫌で視界に入れたくもないって思ってた」

 

「…………」

 

「でも、ほむらさんのことを知る内にそれは僕の偏見がそうさせていたことに気が付いた。困ったところも、嫌なところもあったけど、それ以上に彼女のいいところを僕は見落としていた」

 

 父さんも黙って静かに話を聞いている。周りの人々が出す喋り声も小さくなった訳でもないのに不思議と耳に入らなくなる。

 

「そうして、彼女を同じ時間を過ごしている内に困ったところも、嫌なところも嫌いじゃなくなっていった。ううん、嫌いになれなくなったんだ。そういうものもひっ包めて『暁美ほむら』だって思えるようになった。だからさ、全部好き――いや、『全部嫌いになれなくなっちゃった』んだよ。そう思ったら、彼女以外の女の子は選べなかった」

 

 まどかさんのことを思い出す。彼女に惹かれ、初めて恋をしたけれど、ほむらの方が放って置けなくなっていた。

 もしも、まどかさんと付き合っていたとしても、ほむらが不安そうにしていたら、僕は彼女を置いてほむらの方に向かうだろう。

 『恋』というよりも『愛』の方が近い。理屈じゃないのだ、この感情は。

 

「そうかい。くくっ、政夫。君は僕の若い頃にそっくりだ。まったく同じように女性を愛する」

 

 おかしそうに目を細めて、いつもとは違った笑みを父さんは浮かべた。

 それは一体どういう意味だろうか。

 問いを挟む必要もなく、父さんは話してくれた。

 

「僕も弓子……君の母さんとはそう風に付き合い始めたんだ」

 

「えっ?」

 

「母さんにはね、僕が精神科の研修医だった時に出会った患者だったんだけど……これが傍迷惑な人でね。話している内に僕の事が好きなったなんて言い出して、どうやって知ったのか住所にまで押し掛けて来て交際を求めてきたんだ」

 

 凄い似た覚えをここ最近した覚えがある。たらりと冷や汗が僕の背中を流れ落ちる。

 僕の中にあった「立派で優しい母親」の像にぴしりと小さな(ひび)が入っていく。

 

「最初は辟易としたよ。誰がこんな人好きになるかって思ってた。でもね、慣れてしまうとそういう部分も可愛く思えてきてしまうんだよね。いつの間にか、患者ではなく、放っておけない女性になっていた。それから何だかんだで結婚して、子供まで生まれた」

 

 嘘だ。そんなの嘘だ。

 僕の母さんは優しくて、思いやりがあって、とても素敵な女性のはずだ。

 なのに、父さんのその説明では、僕の横に居るテロリストと非常によく似た存在のようではないか。

 

「……僕が部屋の窓の外に立っていた弓子を引き入れてしまった時に全部決まっていたんだと思う」

 

 僕の中に存在していた「優しく素敵な母親・夕田弓子」という美しい概念は粉々に打ち砕かれた。

 ショックで立って居られず、ガクッと膝を床に突いてホールの天井を見上げる。

 僕の母さんはほむらと同じレベルの迷惑な女性だったのか。

 

「マ、マサオ。だいじょうぶだよ。わたしがママになってあげるから!?」

 

 ゆまちゃんにまで慰められる始末に僕はさらに落ち込んだ。

 隣に立っているほむらだけはなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべているのがとてもムカつく。

 父さんは僕の態度を見て、大体のことを察したようでポンと僕の肩に手を置いた。

 

「と、父さん……」

 

「大丈夫だよ、政夫。その道は十七年くらい前に通った道だから」

 

「うわあああああ!!」

 

 頭を両手で抱えて情けない声を上げる。

 人生で一番輝いていた思い出を汚された気分だった。

 何と言う残酷な真実を打ち明けてくれたのだろう。下手をすると心に傷を負うほどの出来事だぞ、これは。

 

「政夫。私たち、うまく行きそうね」

 

 とても楽しそうに微笑むほむらの横顔が母さんとダブって見えて、僕は凄まじい絶望感を感じた。

 だが、母さんもほむらも今では掛け替えない存在には変わらない。

 むしろ、これは良い方に考えるべきことだ。

 ほむらのように破天荒で傍迷惑だった母さんも父さんとの恋愛を経て、まともで優しい母親にまで成長できたのだ。

 いや、待て。つまりその理論で行くと、こいつも子供産むまでこんな感じなのか……?

 

「ほむらさん。……早く大人になってね」

 

 社会性と十分な道徳を持った人間になってくれと願いを込めて言うと、何を勘違いしたのか頬を紅潮させた。

 

「政夫の変態……」

 

「そういう意味じゃない!! でも、まあ……」

 

 彼女と過ごすこれからの人生を想像して、呆れと、疲れと、諦めと、それからその三つ以上の喜びを感じて僕は立ち上がる。

 そして、微笑みを浮かべて、愛する困った彼女の手を握った。

 

「あ……」

 

 小さく漏らすほむらの声を聞きながら、最初に会った時のほむらの顔と今の表情を見比べる。

 笑顔が似合うようになった彼女と共に過ごすのなら、――悪くない人生だと思う。

 




超特別編予告


 そこは神様の居た世界。けれど、一人の少女の願いによって、神様は二つに引き裂かれてしまいました。
 引き裂いた少女は悪魔を名乗り、神様が願ったルールを破いてでも、神様を少女の友達へと戻したのです。
 しかし、神様は引き裂かれる寸前に、その世界に一人の少年を呼びました。
 自分を守るにためにではありません。その少年に悪魔――友達を救ってほしいと思ったからです。
 その少年には何の特別の力も宿っていません。
 奇跡を起こす力はありません。
 魔法を使うこともできません。
 けれど、少年は神様と違う方法で世界を守りました。
 神様はそれに賭けたのです。
 ただの人である少年の武器の知恵と勇気に。

「貴方は……何者なの?」

「サンタクロースにでも見えるなら眼鏡でも掛けた方がいいよ。まあ、僕の彼女ほど似合わないだろうけど」

 悪魔はただの少年との邂逅により、何を思い、何を得るのでしょうか。

「都合のいい人形遊びがしたいなら、地獄の底で一人でやりなよ。悪魔さん」

「『私の世界』から消え失せなさい! 目障りなのよ!」

 それはきっと、神様にも分かりません。

「お前が愛しているのはあの子じゃない。あの子を愛していると悦に浸ってる自分自身だよ。いい加減認めなよ、大好きなのは自分ですって」

「貴方に私の何が解るっていうの……」

 けれど、それでも少年は何かを変えてくれるでしょう。

「そんな事で私のまどかへの『愛』は揺らがないわ」

「お前が言う『愛』って言うのは、現代国語辞典では『妄執』って呼ぶだよ。良かったね、また一つ賢くなったじゃないか」

 なぜならその少年は――。

「もう……どうにもならないわ……」

「へえ、なら、どうにかなったら『どうしてくれる』?」




嘘です。やりません。
だって、めちゃくちゃ長くなりそうですから。

追記

これは冗談でふざけて書いたものなので本気で書くつもりはありません。期待しないで下さい。

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