魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百話 白と黒のアンサンブル

「心配だなぁ……」

 

 織莉子姉さんと暁美が二人で学校からどこかに出かけた後に、僕は帰り道でぽつりと独り言を吐き出してしまった。

 似たもの同士というか、二人とも自分の価値観で平然と倫理や道徳を金繰(まなぐ)り捨てる帰来(きらい)があるから物騒なことにならないか不安で仕方がない。

 とは言え、僕が同伴しては二人だけで話をする意味がなくなってしまう。お互いに腹を割って話がしたい時には僕が首を突っ込むべきではない。

 

『ほむらが心配なのかい? それとも織莉子の方?』

 

 僕の頭の上に乗ったニュゥべえが気を遣って、テレパシーで脳に語りかけてくれる。他人には視認できないようにしているニュゥべえに平然と話していたら、頭のおかしな人に見えてしまうので、こういった配慮は大変ありがたかった。

 ちなみにいつもは一緒に帰っているまどかさんは美樹や志筑さんと久しぶりに寄り道して下校しているらしい。

 志筑さんが僕に幻滅したようで、さりげなく僕だけ拒絶されてしまったのだが、まだ少し気まずさがあったので逆にありがたかった。

 僕も声に出さずに答える。

 

『どっちもかな。どちらも僕にとって大切な人だからね』

 

『……それじゃあ、もし二人が争いを始めたら政夫はどっちの味方をするの?』

 

 急にそんなことを聞いてくるニュゥべえに僕は嫌な予感を感じながらも迷わず答えた。

 

『ほむらさんだよ。もちろん、最終的には和解させたいけど恋人と恩人なら、僕は恋人の味方をする』

 

 そうでなければ、いくら何でも暁美があまりにも可哀想だ。これから、たとえどんなことが起きたとしても僕は彼女の味方で在り続けてあげたい。

 それが暁美を選んだ僕の彼氏としての義務だと思う。

 

『なら、やっぱり急いだ方がいいかもしれない』

 

『どういうこと……?』

 

『今、ここから少し離れた川の方で二人とも魔法少女に変身した』

 

「なっ! どういうこと!?」

 

 思わず、直接に声が出てしまった。

 道行く人たちが怪訝そうな顔で僕に視線を向けたが、そんな些細なことはどうでもよかった。

 

『正確な理由は分からないけど……政夫にもだいたいの検討は付くんじゃないかな?』

 

 ああ、嫌と言うほど心当たりはある。十中八九、僕との交際についての件のことに決まっている。

 舌打ちをすると、僕はニュゥべえに詳しい場所を問おうとした。

 しかし、後ろから唐突に大きな声で名前を呼ばれた。

 

「政夫!」

 

 振り向くと十メートルほど後ろに呉先輩が居た。

 

「呉先輩……。巴さんと一緒に帰ったんじゃ……」

 

 確か、呉先輩は巴さんと杏子さんに連れられて、すぐに魔女退治に行けるように帰ったはずだった。

 こちらに走って飛びつくように僕の元へ来ると、いつもとは違い、少しバツが悪そうな表情を浮かべた。

 

「政夫。暁美ほむらの事を本当に愛している? あいつがこの世界で一番大切?」

 

 ()くし立てるような早口の物言いに面食らったが、僕は申し訳ない思いをしながら謝った。

 

「すみません。今、そんなことを悠長に話していられる余裕が」

 

「今、織莉子が暁美ほむらを殺そうとしているんだろう? 私にも分かるよ」

 

 切羽詰って、呉先輩の問いをおざなりにして、暁美の元へ急ごうとしていた僕はその言葉で思考を止める。

 どういうことだ。呉先輩も知っていたということは織莉子姉さんとグルで暁美を害そうとしているのか。

 けれど、呉先輩の表情には今まで見たことのないような必死な色があった。

 

「答えてくれ、政夫! 暁美ほむらを愛しているのかを!?」

 

 理由は分からない。だが、どうしようもなく、呉先輩がその答えを必要としているのだけは分かった。

 だから、僕は彼女に恥ずかしげもなく告げた。

 

「はい。僕はほむらさんを愛してます。少なくても誰よりもほむらさんを大切にするつもりです!」

 

 偽りのない真摯な意思を込めて、そう答えた。それは欺瞞ではなく、心からそうでありたいと願いでもあった。

 

「……そっか」

 

 泣きそうな笑みを浮かべて、一度俯いた後、再び呉先輩は僕を見上げた。

 切なさや悲しげな色彩は表情から取り除かれ、口元を引き締めた真面目な顔が僕に向く。

 

「政夫。私も連れて行って。――織莉子たちのところへ」

 

 

 

 

 僕と呉先輩はニュゥべえのナビゲートにより、目的地の川原へと走って移動していた。

 

「私も他の奴らも、政夫がまどかとくっ付くなら、それはそれでいいって思っていたんだ。政夫の事を一番理解しているのはまどかだったからね」

 

 走りながら呉先輩は前を向いたまま、隣に居る僕に話し始めた。

 

「織莉子に(いた)っては喜んでさえいたよ。『これでまー君は自分の幸せを手に入れられる』ってね」

 

 それを聞いて、複雑な思いが胸中に広がった。

 織莉子姉さんはそこまで僕の幸せを案じていたのか。

 気付けなかった。いや、気付こうとさえしなかった。

 僕が周りの人のために身を削ることで、傷付く人のことなど頭の片隅にも考えていなかった。

 僕は僕が思っている以上に、周囲の人に愛されていた。自分のことはいくらでも粗末に扱っていいなんて思っていた僕はとんだ思い上がりだ。

 自分の至らなさに悔しさが込み上げてきて、唇を噛み締める。

 

「だから、分かったよ。織莉子は、政夫の幸せの邪魔をした暁美ほむらを絶対に許さない。今日、暁美ほむらを呼び出したのは殺すためだって事に私は気付いた」

 

 気付いたけれど、僕や他の誰かに伝えなかったのは呉先輩も暁美の事を憎んでいたからだろう。

 元々、暁美と仲が悪かった呉先輩はむしろ、喜んで織莉子姉さんに加担してもおかしくない。

 ――でも。

 

「呉先輩はこうやって僕にそれを伝えに来てくれたんですよね。黙ってれば責任なんて問われないのにも関わらずに」

 

 横顔に自嘲するような笑みを浮かべて、呉先輩は僕の顔を見た。

 

「本当に政夫の事を愛しているなら、そんな方法はしてはいけないって思ったんだ……。たとえ、どんなに暁美ほむらが憎くても、政夫が悲しむような事はしたくない。さやかに前に言われた言葉を思い出したよ。『アンタは政夫の気持ちを全然考えてない』って言葉を」

 

「美樹さんがそんなことを……」

 

 多分、前に美樹が呉先輩と戦った時に言った台詞だろう。

 あの時は美樹が一人で呉先輩を足止めすると言ったのは、そのことを伝えるためでもあったのかもしれない。

 本当に知らないだけで、僕は『友達』に支えられていたのだと思い知らされる。

 

「だからさ、私は政夫が悲しむような結末は絶対にさせない。そのためなら、大嫌いな暁美ほむらでも生かすよ」

 

 その台詞を僕は聞きながら、人に愛されることがどれほど嬉しいことかを改めて理解した。

 「ありがとうございます」と呉先輩に言うと、彼女は笑顔で返した。

 「どういたしまして」と。

 そうして、僕らは暁美と織莉子姉さんが居るという川原へと辿り着いた。

 大きな橋があるせいでほとんど人目に付きにくいその場所は、工事でもしていた名残か、ドラム缶がいくつも放置されてあり、余計に退廃的に映った。

 

「あそこだよ。政夫」

 

 ニュゥべえが僕の肩から降りて、先導するように土手を駆け下りる。

 僕らはその後ろを走って着いて行くと、白い修道服にも似た衣装と縦長の円筒のような帽子を被った織莉子姉さんの姿が見えた。

 

「……まー君。来てしまったのね」

 

「織莉子姉さん。――ほむらさんはどこ?」

 

 織莉子姉さんを視界に入れたまま、暁美を探して見渡すがどこにも姿が見当たらない。

 それが心の中にあった不安を盛大に煽る。

 

「政夫! ほむらのソウルジェムの反応は川の中だ!」

 

 ニュゥべえの声に僕は川を見る。

 水上にはもがく暁美の姿はおろか、気泡すら浮かんでいなかった。

 脳内で最悪の映像がいくつも流れ出しそうになるのを堪えて、川の中へと飛び込もうと走り出す。

 

「止めなさい。まー君!!」

 

 僕の行く手を遮るように、水晶球が四つほど目の前に飛来してきた。

 いきなり飛んできたそれを見て、反射的に動きを止めて硬直してしまう。

 水晶球は僕を囲うように円を描くと、ぐるぐると高速で回り始めた。

 瞬時に理解した。これは僕が川の中へ入らないようにするための輪だ。無理にこの輪から逃れようとすれば死なないまでも骨が砕けるだろう。

 

「邪魔をしないでください!」

 

 振り返って後ろに立っている織莉子姉さんをキッと睨みつけるが、織莉子姉さんはどこ吹く風のようにまるで意に介した様子もない。

 ただ、僕を平然と冷えた眼差しで見つめ返すだけだった。

 

「彼女は貴方を不幸にするだけよ」

 

「だから、殺すと!? ふざけるのも大概にしろ!!」

 

 怒鳴り声をあげるが、織莉子姉さんはまるで聞き分けない幼い子供見るような目を向けただけで悲しそうな表情をするばかりだ。

 

「まー君……。私は誰よりも貴方の幸せを願っているのに、分かってくれないのね……」

 

「――分かってないのは織莉子の方なんじゃないのかい?」

 

 僕の行く手を遮る、輪のように回り続ける水晶球の一つが砕けて散った。

 驚いて織莉子姉さんから目を離すと、傍にはいつの間にか呉先輩が燕尾服に似た魔法少女の衣装を纏っていた。

 眼帯の着いていない方の目で僕にウインクをすると、続けて他の水晶球をその両手首に付けた紺色のカギ爪で叩き割っていく。

 あまりにも、あっさりと簡単に僕を行動を阻んでいた拘束は破壊された。

 

「政夫。行きなよ、愛する人を救いにさ」

 

「呉先輩……。ありがとうございます」

 

 僕は呉先輩の横を通り抜け、川の中に飛び込む。ニュゥべえも僕に続くようにして水中へと入っていった。

 織莉子姉さんのことは呉先輩に任せて、僕は僅かに濁った川の水の中を泳ぎながら川底を見回す。

 白っぽくぼやけた視界は酷く見辛く、暁美を捕捉できない。

 焦りが暴発しそうになった時、一緒に飛び込んだニュゥべえがテレパシーを送ってきた。

 

『政夫! あそこだ! 右斜め前方の奥にほむらが倒れている』

 

 言われるがまま、そちらを向くと白い水晶球が数珠のように繋がって、白い光を明滅させているのが見え、それに押さえ付けれて沈んでいる暁美を見つけた。

 すぐさま近付いて助けたかったが、酸素が足りなくなってきた僕は一度呼吸のために頭を水中から出す。

 水が入り込んだせいでくぐもって聞こえる耳に織莉子姉さんと呉先輩の声、それと重たいガラスが砕けるような激しい音が聞こえてきた。

 向こうも向こうで、戦いが起きているのだろう。

 だが、僕にとってはこちらの方が重要だ。

 川原の方には目を向けず、僕はもう一度水の中に潜る。

 

 

 

~キリカ視点~

 

 

 

「まさか、貴女が邪魔しに来るなんて思いもしなかったわ。――キリカ」

 

「私もそう思うよ。織莉子」

 

 私はカギ爪を生やした両手を構えて、織莉子と向かい合う。

 織莉子の顔には余裕の二文字はなく、苦いものでも食べたような顔付きをしていた。

 未来予知は非常に強力な魔法であるが、絶対ではない事を私は知っている。

 動きが読めても、反応できなければ意味がない。

 特に「速度低下」の魔法がある私にとっては恐れるに足りない。

 

「分からないの? まー君の幸せを阻む事になるのよ」

 

 織莉子は私を説得するように声を荒げる。

 でも、それは油断を誘うためのものだと私には分かった。

 左斜め後方から音もなく近付いていた水晶球を、振り返らずにカギ爪を後ろに振るって弾き飛ばそうとした。

 しかし、織莉子もその程度の反応は『予知』していたようで、水晶球がカギ爪に接触する前に水晶球を破裂させた。

 爆発して水晶球から(ほとばし)る魔力と破片を速度低下の魔法で防ぎ、右に移動する。

 

「そのせいで政夫を悲しませてたら話にならない!」

 

「そう。キリカも理解してくれないのね」

 

「っ!?」

 

 知らない間に接近していた織莉子の数十個の水晶球が避けた先に配置してあった。

 ちょうど私の眼帯をしている方からの攻撃。

 速度低下すら掻い潜る絨毯(じゅうたん)爆撃が襲い掛かる。

 可能な限り、速度低下させて避難するが頭を狙う水晶球の爆発に気を取られていたせいで、脇腹に水晶球の破片が突き刺さった。

 

「まー君は優しすぎて、暁美ほむらに何もかも食い潰されてしまうわ。『あれ』はそういう女よ」

 

 (まばゆ)い光のせいで目が(くら)み、転がったところに背後から頭に蹴りを入れられた。

 身体の重心が取れなかったので、予想外にダメージが入る。

 

「がっあ!!」

 

 すぐに攻撃を受けた方にカギ爪を振るうが、避けられたようでまるで手応えが感じられない。さっきの衝撃で速度低下の魔法を解いてしまったようだ。

 

「自分の事しか考えていない。まー君の事なんか少しも配慮してないわ。そんな女にあの子を任せられる訳がない」

 

 視力が回復する前に片を付けようとしているようで、水晶球が傍で一つ二つと爆発を繰り返し、私はその衝撃でもんどりうつ。

 倒れ状態で転がり、閃光に目を焼かれ、目を開けているのか瞑っているのかも分からない。分かるのは身体に負った火傷と水晶球の破片が食い込んだ傷口だけだ。

 平衡感覚さえ曖昧になりながらも、私は何とか背中を丸めるようにして起き上がり、暗闇の中どこかに居る織莉子に叫んだ。

 

「なら、織莉子は政夫の事を考えているのかい!?」

 

「何を当たり前の事を……」

 

 攻撃の手が一旦緩み、織莉子が呆れるような声で答えた。

 

「政夫が暁美ほむらを失って感じる痛みを考えた事はあるのかい!?」

 

 きっと、それは織莉子自身が意図的に無視している事だ。

 私よりもずっと頭がよく、ずっと政夫の事を考えている織莉子が気付いていない訳ないのだから。

 

「……あの子は間違えているだけよ。暁美ほむらはまー君を不幸に導く悪魔よ! あの女さえ居なければ、まー君が魔法少女や魔女に関わる事もなかった!」

 

 悲痛なその叫びは、今まで溜め込んできた織莉子の怒りだ。

 魔法少女たちから政夫がこの街に来てから、どれだけ危険な目に合って魔法少女たちを支えてきたかを聞いた織莉子の憤り。

 

「ようやく自分の幸せに手を伸ばしたあの子にしがみ付き、台無しにした自分勝手なあの悪魔を私は許さない……」

 

 でも。

 でもさ……それは。

 

「それは政夫自身が自分で選んで決めた事だ! 織莉子が決めて良い事じゃあないよ!」

 

 声のする場所は完全に掴んだ。

 私は全身をバネのように(かが)めて、声のした場所に向けて飛びついていく。

 

「しまっ……」

 

 両腕を広げて、目が見えないまま私は織莉子にタックルして、押し倒した。

 背中に手を回して、私は叫ぶ。

 

「悔しかったんだよね。分かるよ。私もそうだから!」

 

 一番許せないのは我慢したのに横から奪われたと思ってしまう自分自身だ。織莉子が『姉』ではなく、『異性』として見ていたのを私は知っている。

 でも、織莉子は政夫の思い出の記憶の『立派な姉のような女性像』を崩したくなかった。

 だから、自分以上に政夫を大切に思ってくれる女の子を探すために、政夫の周囲の女の子をお茶会に集めて何度も観察した。

 そして、ようやく織莉子の目に適うまどかを見つけて、大人しく諦めようとした。

 それを邪魔されたから、織莉子は苦しんでいる。

 織莉子は失恋したかっただけだった。

 

「でも政夫は、私に言ったんだ。『暁美ほむらを愛している』って。ちゃんとそう言ったんだ」

 

 やっと視力が戻ってきた私の瞳に映ったのは、珍しく泣き出しそうな織莉子の顔だった。

 そして、同時に初めてできた友達がずっと浮かべたかった「失恋」の顔。

 

「私だって……私だって好きだった。あの子が私の言葉をずっと大切にしてくれたって知った時、どれほど嬉しかったか! 『美国議員の娘』じゃなく、『美国織莉子』として慕ってくれた時、どれほど救われたか!」

 

 ボロボロと涙をこぼす親友を私も泣きそうになりながら抱きしめる。

 

「どうして、まー君の隣に居るのが私じゃないの……ねえ、どうしてっ!」

 

 辛いよね、織莉子。私も同じ気持ちだよ。

 それでも、受け入れなくちゃいけないんだ……。

 暁美ほむらを選んだのは――私たちの愛する政夫なんだから。




いつもより、1,000文字くらい多めに書きました。
いやー、登場させるの誰にしようか悩みましたが、やはり織莉子と因縁があるのはキリカだと思ったので、キリカにしました。
さやかにしようと、考えた事もありますが、何だかんだで見せ場があった彼女は止めました。さやかファンの方はすみません。

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