艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『07 天龍だ。フフ、怖いか?』

 駆逐艦イ級の砲雷撃が、島風の耳元を掠めて後方へ消えてゆく。身をかがめた状態で島風はイ級の砲塔にまで接近していたのだ。表情のない低音のような殺意をこめた視線が、イ級の姿を一度なめて消えてゆく。

 連装砲をセットして、あとはそれを発射する。島風は急速にその場を離脱して、後にはイ級が爆発した後に吹き上がる黒煙が残った。

 

 隊列の最後方にあがった爆発は、果たして深海棲艦たちを驚嘆させたか、それは彼女たちの表情からは読み取れない。とかく島風の一撃に続き、その島風の後方に配する三隻が、勢いを上げて深海棲艦の水雷戦隊に肉薄する。

 

 三隻の艦種はそれぞれすべてが軽巡洋艦。先日満の鎮守府に配属されたばかりの艦娘達であった。

 

 

『天龍型二番艦、龍田といいます。天龍ちゃんともどもよろしくおねがいしますね?』

 

 おっとりとしたお嬢様のような甘ったるい声音。ニコニコとした笑顔を顔に張り付かせて動じさせない。いうなれば何を考えているかわからないような表情が特徴的な艦娘。

 名は龍田。

 

『俺の名は天龍、ふふ、怖いか?』

 

 天龍型一番艦。ネームシップ天龍。長身に女性らしい体躯は凛々しさを体現する美少女である。凶悪な笑みを浮かべ自身を強く見せているものの、あまりにも彼女を引き立てているために、一層可憐になっているようにしか思えないと満は感じた。

 

『北上です。まぁよろしく』

 

 “球磨型”軽巡の三番艦、北上。満の横に立つ島風を一瞥した後、興味なさげに目を反らし、満の方を観察するように眺めていた。

 満にはよくわからないが、気だるげな雰囲気こそあるものの不真面目さはない。マイペース、ということだろう。

 

 以上三隻の艦娘が暁たち駆逐艦に遅れて配属された軽巡洋艦である。駆逐艦に比べれば火力が高い砲雷撃戦向きの艦種だ。

 

 通常通り島風を旗艦に、これら三隻を編成した第一艦隊は現在、南西諸島沖の警戒を目的として出撃していた。ここ最近頻発している南西諸島沖での深海棲艦発生に対する策として海軍本部が打ち出した作戦だ。

 とはいえ何も難しいことはなく、海軍としては満に段階を追って軽巡やそれ以降の艦種に対する知識と経験を学ばせるつもりなのだ。

 

 提督としては三流どころか、毛の生えた素人とはいえ無駄遣いをするつもりはない。満の着任を面白い実験だと興味をもつ層は一定以上存在する。

 

 それは、今回配属された北上の配属理由からも見て取れる。――龍田と天龍は燃費の良さという理由での配属だが――北上は重雷装艦への改装が予定されている。軽巡北上と、雷巡北上という複数の艦種を取り扱うこととなるのだ。

 

 

 そして現在。作戦名『南海諸島沖警備』に出撃した島風達を待ち受けていたのは、軽巡ヘ級を旗艦とした水雷戦隊であった。

 真っ向からの殴り合いに突入した島風達は先制攻撃とばかりに、まず島風が最後尾の駆逐艦を潰した。

 

 残り二隻。軽巡ヘ級と駆逐イ級。

 

 島風に続き、襲いかかるのは天龍だ。12.7cmを構え、ゆっくりと狙いをつけながら、移動は高速だ、水上をその体で駆ける。多少離れていた敵艦隊と第一艦隊はすでに一列横並びとなり並走していた。

 目を大きく見開いた天龍の砲塔が、駆逐イ級を捉えんとゆっくりぶれ続ける。一瞬の間何の砲撃もない空白が生まれた。その間に駆逐イ級は速度を大幅に上げ、蛇行して回避行動を取る。

 

 狙いが定まらないことに怒りを覚えたか、眉間に皺を寄せ焦れたように天龍が一発を放つ。音を殺した海上に、再び砲撃の焔が灯る。

 

 直後、それは海面へと没し、大きな水柱を駆逐イ級の後方に打ち立てた。外したのである。

 

 安堵を敵は覚えただろうか。一度主砲を撃ち放ってしまえば暫くは次の砲撃がやってこなくなる。となれば当然、後は逆に敵を捉えて砲撃をかましてしまえばいい。

 果たしてそう、海の怨念は思考しただろうか。しかし、そうは問屋がおろさない。天龍の狙いは自身が砲撃を直撃させることではない。

 

 ――砲撃を隠れ蓑とすることだ。

 

 直後、駆逐艦イ級ははぜた。木っ端微塵に、破裂して沈んだ。――それを為したのは龍田。天龍と同一型の二番艦。いわば妹と呼ぶべき艦娘である。

 彼女を駆逐イ級に近づけさせた。砲撃による回避行動へ意識を割かせることで近づく龍田を隠しきったのだ。

 深海棲艦には思考能力がある、がさほど複雑ではない。特に末端でしかない駆逐イ級ともなればそれはお粗末としか言い様がない。そこを利用しての一閃であった。

 

 残るは旗艦の軽巡ヘ級。狙うは島風艦隊の最後尾、同じく軽巡の北上だ。両手を鳥のように広げさながら滑空するかのような体勢で速度を上げ、周囲を飛び交う連装砲で狙いを定める。

 一見すきだらけに見えるが、狙いあっての行動だ。

 軽巡は北上に狙いを定め、回避行動を取る彼女を追いかけるのに必死だ。これが重巡などになってくればまた違うが、基本的に駆逐艦や軽巡洋艦の深海棲艦に作戦という概念はない。

 

 それを利用しての囮作戦、それが北上の取った行動だ。無論、それが当たり前の戦術であることは言うまでもなく、そこからさらに応用を効かせているだけだ。

 

 それでも、その行動を起こせることに意味がある。マイペースでこそあれ、無能な鈍亀ではない、あくまで牙を隠す兎といったところか。

 ――結果横から襲いかかった天龍の一撃で、軽巡ヘ級は中破に至った。そしてそれは北上に狙いを定めた瞬間に直撃、大きく軽巡をぐらつかせた。

 

 それによりヘ級の砲塔は大きくブレた。それはもう、天龍どころか、その隣に立つ龍田の側にそれも当たりもしないような狙いで放たれたのである。当然回避すらせず龍田の横を駆け抜けた主砲が、虚しく海を震わせた。

 

 夜戦を待つまでもない。勝敗は決した。

 島風を中心に軽巡を取り囲む第一艦隊。四方向から軽巡ヘ級を包囲すると――

 

「――さて、と」

 

 北上が――

 

「――そろそろ」

 

 天龍が――

 

「――終わりに」

 

 龍田が――

 

「――しま、しょうかっ!」

 

 島風が――

 

 一斉に全門の魚雷を解き放った。寸分違わず、すべてが軽巡へと直撃、為す術もなく沈んで海へと消えてゆくのだった。

 

 

 ♪

 

 

「お疲れ様天龍ちゃん、さっきはありがとねー」

 

 周囲に敵影はなし、安全を確かめらたところでようやくと言ったふうに龍田が言った。対する天龍はといえば唾を吐き捨てるようにしながら――実際には勢い良く息を吐きだしただけで吐き出してはいけない。海が汚れるからだろう――挑発的な笑みを浮かべる。

 

「別に、アタリマエのことをするのが一流だろうが、ま、つまり俺が一流ってことだな」

 

「そうだねー、天龍ちゃんってばすごいねー」

 

「だろー、さすがだろー?」

 

 おっとりとした緩やかなボイスであるがために、少しばかり胡散臭さの残る声音だが、嘘は見えない。端から見るに、彼女たちはいつもこうなのだろう。

 

「天龍って、面白い艦娘だね」

 

「そうだねー」

 

 ポツリと漏らした島風の言葉に、否定する要素はないのだろう、島風に一瞥もくれず北上が同意した。

 

「おい、聞こえてんぞ!」

 

「マジで?」

 

 聞こえるつもりで会話をしたつもりはないのに、と嘆息気味に北上がこぼす。それは島風も同様のようで、ほう、と口を半開きにして吐息を漏らした。

 

「あのな、俺らは艦娘だぞ? 海の上での些細な音を拾えなくてどうするんだよ」

 

「そんなもんかなー」

 

 艦娘は特殊な存在ではあるものの、その身体的な特徴や機能は通常の人間と同一である。例外は海の上、彼女たちが戦いの舞台へ上がる時、その真価は発揮されるのである。

 

「なんでもいいですけど、ちょっと速度上げてくださいよー、出撃全然終わりませんよー?」

 

「とはいってもねぇ……この辺り一体を束ねる敵の主力艦隊は近くで捕捉されているから、この先に進めばいつか敵とは鉢合わせになるわよー、遅いか速いかでしょ?」

 

「遅いのはダメ! 私たちは高起動の駆逐艦に軽巡なんだから、もっと気張って速度をあげないと」

 

 ニコニコとぼんやりした笑顔でたしなめるように言う龍田に、島風が高説を垂れるように文句を言う。唇を尖らせてブーイングでも始めようか、というところで通信が入った。提督である満からのものだ。

 

『君はもっと速度を出したいだけだろう!』

 

 そう突っ込むためだけに連絡を取ったのか、それ以上の言葉はない。暫くは沈黙によって周囲が凍りついたものの、それ以上なにもないと解った途端、脱力気味に笑みがこぼれてきた。

 島風が今にも吹き出しそうに肩を震わせ、口元を抑えながら言う。

 

「……提督ってこういうこと、いう人だったの!?」

 

「さぁー」

 

 表情が変わらないのはやはり龍田だ。とはいえそういう島風も、いささかツボに入りすぎている感がある。何がそんなに琴線へ触れるのか。

 

「いや、アレ笑いすぎでしょ。いよいよもって壊れたの?」

 

「……さすがに、あってすぐの艦娘を壊れたというのはどうなんだ?」

 

 北上のなんでもなさ気な言葉に、天龍がううむ、といった様子で答える。というよりも、艦娘に対して壊れたというのはシャレにならない。

 

「もうちょっとこう、言葉遣いをだな……」

 

「おやおや、不良娘の仮面が剥がれてきてますよー?」

 

 からかうような物言い。実際そうなのだろう、すぐにしまったという風にして、それから顔を赤らめる天龍は端から見ていて“可愛い”し、“面白い”。北上がどちらを主眼としているかは北上自身にしかわからないことだが。

 

「う、うるさい! お前に指図されるいわれはねぇ!」

 

「ふーん」

 

 至ってマイペースに、相手の出鼻をくじくような受け答え。赤くなった天龍が、いよいよ唇を噛み締めて北上を睨み始めた。

 

 ちらりと目をやって、それから無言でそれに返す。スイスイと前に進むのは止まらず、しかし時間は死んだかのような空白を生んだ。

 結果、

 

「……うぅ」

 

 天龍の目尻に涙が浮かぶ。いよいよ持って耐え切れなくなったらしい。さすがにそこまでは想定していなかった北上も、慌てたように天龍へ声をかける。

 

「え、ちょ、泣かないでよ。ごめんよ。悪気はなかったんだよ」

 

「…………、」

 

 返答はない、自分は泣いてなどいない。そう言いたいのか、必死になって北上を睨みつける天龍。こうなってしまえば、つり目気味の瞳も垂れ下がり、少しばかり弱気に見える美少女の完成だ。

 

 ――直後。北上は島風が遠くに見えることに気がついた。北上の側を離れたのだ。理由は語るまでもない。

 

 鬼が、いた。

 

 鬼の如き形相は、どこにもない。あるのは天女の如き笑み。しかし、それは同時に鬼神の迫力を伴って北上を襲う。

 

 ――逃げやがった。

 そう考えた時には、絶対零度と表現して差支えのない龍田のほほえみが鼻先三センチほどにまで迫っていた。

 

 

 ♪

 

 

 その後、戦隊を離れた――とはいっても、島風の全速力であれば十秒ほどで合流が可能だが――島風に追いつくべく速度を上げたことも功を奏してか、島風他、第一艦隊は進撃直後の戦闘区域で、敵主力艦隊を発見することとなる。

 

 敵は軽巡ヘ級を旗艦とする水雷戦隊。

 他の艦は同じく軽巡のホ級。イロハ順に強さの位階を示す深海棲艦の分類においては旗艦のヘ級よりも一段階性能は劣るものの、艦種は軽巡。駆逐艦イ級などと比べれば、雲泥の差ほども性能差がある。

 

 艦娘は戦術が大きく艦娘個人の戦闘能力に関わるが、与えられたイロハの若い深海棲艦はその順番によって強さが変わる。そのいい例だ。

 

 おまけと言わんばかりに配置されたのは件の最弱駆逐艦イ級。しかし三隻も揃ってしまえば厄介なことは確かである。

 島風達は軽巡三隻を要する艦隊。敵の軽巡よりは数が多い、が全体の総数では一隻負けている。これにつけ込まれれば敗北も十分ありうる敵だ。

 

 無論、それをむざむざと許すような戦い方は決して一流などとは到底呼ぶことはできないだろうが、とにかく。

 

 南雲満率いる第一艦隊、些細ではあるもののその二度目の対主力艦隊総力戦が、始まろうとしていた――




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、可愛い女の子を弄くり回したい皆さん、こんにちわ!

天龍ちゃんはとってもとっても可愛い子なのです。
そういう子が強がっているのは、男の人を狙い撃ちするわけですね!
(以下次回に続く)

次回更新は9月19日ヒトロクマルマルにて、よい抜錨を!

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