艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『31 狙撃』

 人のようではあった。

 白の肌に、黒の装甲が融合し、交じり合い、“嵌めこまれた”かのような怪物。見るものを美しいと思わせるほどの容姿も、無骨はバケモノの黒鉄が、グチャグチャにそれを歪めて、人としての形を逸しさせていた。

 

 もはや、“それら”は人と呼ぶにはおこがましい、だが、彼女の場合、装甲空母鬼の独特な異形としての容姿以上に、“兵器に取り込まれた”感が強い。

 さながら、彼女は艦娘を飲み込んだ数多の怨念の成れの果て。

 

 

 還りたい。

 

 

 かつてのあの海へ還りたい。

 

 

 あの思いを、果たせなかった願いを果たしたい。

 

 

 ――しかし、そんな怨念共の願いは叶うことはない。願いはやがて呪いへと変じる。その呪いは、人類を苦しめる癌でしかない。

 あくまで美麗な少女にも思えるそれは、結局――人間たちの敵でしかないのだ。

 

 

 名を、装甲空母姫。人々が敵とする深海棲艦のある一つの極地点。

 

 

 南雲機動部隊が長い旅の末に行き着いた――最後の敵でもあった。

 

 

 ――そして。

 

「……なんですか、あれ」

 

 異様。装甲空母姫はもはや人としての存在を成し得ない。しかし、その装甲空母姫は想定されていたものではある。息を呑む姿ではあれ、艦娘達には覚悟があった。目の前の存在をありのままに受け入れる覚悟が。

 だからこそ、その疑問は装甲空母姫には向けられない。

 島風の問いかけは、その側を浮遊する幾つかの物体に向けられていた。

 

「……おそらくは、浮遊要塞。言うなればアレは装甲空母姫の一部といえるかと」

 

「浮遊、要塞」

 

 赤染めの白煙が、装甲空母姫を取り巻き、その“球体”を存在することを明らかにしていた。そう、球体が空に浮遊している。彼女を守る盾のように。

 

「どちらにせよ撃退以外に方法はないデース……ッ!」

 

 金剛の声が急激に窄められる。見えたのだ、装甲空母姫から、無数の艦載機が飛び立つさまを。

 

「……戦闘開始! 絶対に、物量で負ける訳にはいかない。敵は五隻……その意味を考えれば少し気は重いけれど、だからこそ、決して勝てない相手じゃない。確実に――つぶしに行こう!」

 

 敵編成――装甲空母姫及び浮遊要塞各二隻。そして駆逐ニ級エリート二隻。未確認ではあるが、おそらくは潜水ヨ級フラグシップ一隻。

 

 ――戦闘、開始である。

 

 

 ♪

 

 

 空、快晴。ならば、その空に映えるは艦載機のひこうき雲か。赤城の艦戦『烈風』がその翼をはためかせて、敵艦載機へと掴みかかり挑みかかっていく。

 挑発のように機銃が舞った。直後、敵の編隊に超高速で切り込んで行く。

 

 真っ二つにそれらは割れた。後を負う艦戦、散り散りになり、周囲を警戒しながらも艦娘たちへと飛びつく艦爆及び艦攻。中には、更に飛びかかってきた後続の赤城隊艦戦との空中戦を繰り広げるモノもいる。

 視界に収めきれぬほどの大空に、火花の混じった黒煙が雲に交わってキャンパスを鉛色に塗り替える。

 

 それらは、見上げてしまえばもはや単なるフォトグラフでしかない。別世界、島風達には、今目の前の敵がいる。

 

 だが、まずは航空戦だ。

 

「……ソナー反応なし、やっぱり、近くにはいない。遠くから狙ってるのか、無音で潜行してソナーに探知させないようにしているのか」

 

 島風の声が、冷静な観察の元に難しげにうめき声を上げる。どちらにせよ、敵潜水艦は未だその姿を見せない。

 このままもしも潜水艦を撃滅しきれず夜戦に突入した場合、当然その脅威が艦隊を襲う。夜の対潜戦闘など、まったくもって考えたくもない。

 

 だからこそ、ここで敵を撃滅する必要がある。敵は強大なれども、決して無敵の艦隊ではない。故に、今なのだ。

 

「……とにかく、今は対空してよね!」

 

 北上から声が飛んだ。島風も、それはあくまで理解している。だからこそ、こうしてソナーを展開したまま、主砲を空へと仰角を修正しているのではないか。

 すでに敵艦載機は目前にまで迫り、事態は急を要していた。猛烈な艦載機の群れ、赤城が取り逃したというのもある――見過ごすしかなかったというのが実際だ。

 

 無限ではないにしろ、おびただしいほどの黒の点。その中を駆けずり回る赤城はよくやっている。なにせ、三倍近い艦戦に対し、それでも制空権を明け渡さないのだから。

 けれどもしかし、どうにもならないものもある。

 もはや目前、窮地は艦隊を襲っていた。

 

「……てぇー!」

 

 ――虎の子の三式弾。愛宕が放つ子弾が、数多のごとく駆けまわる。幾つもの艦爆が、艦攻が、その翼をもがれ丸裸となる。

 

 さながら蜂の巣にされた艦載機達が、火の手を上げて狂い散る。降り注ぐ黒鉄の光景は、もはや躯の霰。

 さしたる成果を残せぬまま幾つもの艦載機が散り、だが艦娘達の火の手を駆け抜けるものもいた。接近、狙いは直線上――重雷装艦北上。

 

「……っまず」

 

 魚雷、一発目を躱した。

 爆雷――放たれるより先に『10cm』が炸裂、海へ帰す。

 そこへすかさず続く魚雷。あわや――奇跡的にそれは北上の目前で爆発した。魚雷の位置が浅すぎたのだ。それでも、幸運は続かない。

 

 ――次は、直上からだ。

 

「――――――――ッッッッッッ!!」

 

 

 爆破。

 

 

 北上の服が黒煙にまみれた。チリチリと身体が焼かれる感覚を感じる。みれば、魚雷艦のほとんどは使いものにならない状態で、ひしゃげている。よくもまぁ、誘爆で自身が沈まなかったものだ。

 幸運は成った。最終的に、北上は自身の命を海に沈めることはなかった。だが、彼女自慢の魚雷はもう、その用を成さなくなっている。

 

「北上さん!」

 

「――ダメ! 愛宕っちは対空に専念。なぁに大丈夫。あたしの役目はこの主砲にもある。……たとえ中破でも、露払いくらいならできるんだからさ」

 

 ――幸い、敵の僚艦は駆逐艦。たとえ中破の北上であっても、主砲が無事なら沈められる。これまた不幸中の幸いに、北上の主砲は何ら問題なく、運用が可能であるようだ。

 

「それに……」

 

 身体は軽い。船速は最大ではならずとも、まだ、動く。

 北上は、健在だ。

 

 

「あたしだって、ただでやられてやるもんか!」

 

 

 直後、爆沈。

 ――駆逐ニ級エリートであった。北上の甲標的は、この激戦の状態であっても役目を果たした。それは言葉ではなく、海戦の事実が物語っている。

 

「まぁ、北上さんはただじゃ転んでくれないわよね――ッ!」

 

 ポツリと漏らした愛宕の表情が突如歪む。ほぼ同時、島風が急速に速度を上げて状況に変化を見せた。

 

「島風ちゃん――!」

 

「わかってるって……!」

 

 雷跡であった。駆け抜けるように、島風の側を駆け抜け消える。当然、狙撃手、ヨ級フラグシップの一撃である。

 刹那の出来事であった。袖振り合うは一生の終幕か、――狙い定めたヨ級フラグシップは嫌に正確な狙撃を為した。ならばその存在は決して遠くとはいえないはずだ。

 

「……反応なし。どういうことなの!? けどまぁ、狙いから、位置は探れるはず……爆雷戦、いくよ!」

 

 即座に、島風の両舷に爆雷投射機が出現する。

 狙い定めるは、雷跡の向こう側。

 

「さぁ砲撃戦だ。――一気に近づいて近接で殴る。こっちが押し切ってやるんだから!」

 

「――オーライ! まとめて蹴散らしてやるデース!」

 

 金剛が応えた。仰角を改めて敵艦隊へとその主砲を奏で始める。敵装甲空母姫も、“空母”であることなどお構いなしの射程で持って、金剛へと“回答”を見せる。

 

「全砲門! ――ファイア!」

 

 一度、二度。すべての砲撃が一拍の間を置いて連発された。

 

 

 海が騒がしさを増す。同時に、空もまたその激戦を加速させ、混迷の一途をたどるのである。

 

「すんません! 敵に全然近づけんくて、このままやと航空隊が全滅してまう!」

 

 もはや絶体絶命。龍驤は空を駆けまわることすらできずにいた。同じ敵艦攻撃を行う艦爆に比べ、圧倒的に低空を飛行する艦攻『流星改』、その特性上、制空権の薄い現状では十二分な性能は望めない。

 八方ふさがりであった。このまま接近の手を緩めれば、間違いなく敵艦船は赤城隊をおそう。それでは駄目だ意味が無い。龍驤の役目は囮誘導。――でなければ、単なる二十四の艦載機からなる隊でしかない龍驤がこの海戦に参加する意味が無い。

 

 今また、龍驤の艦載機が海へと落ちる。すでになれたものとはいえ、墜ちて行く翼は龍驤の心を締め付ける。悲鳴を上げて、のたうちまわりたくなる衝動を必死に抑える。

 

「……ごめんなさい龍驤さん、嫌な役目を押し付けてしまうかもしれません」

 

 帰ってきた答えは、決して色よいものではない。

 赤城とて、龍驤とて解っているのだ。このままではジリ貧。空単体で敵を何とかすると考えるなら、何か一手が必要なのは確かであった。

 

「でも、今は編隊を退かせて、龍驤さんは回避行動に専念してください!」

 

 ――だが、続く言葉は龍驤の予想とは少し違った。いや、正反対と呼べるものであった。むしろ、そのほうが龍驤にとって望むべくはないのである。

 即座に、反論するべく語気を荒らげた。

 

「せやけど! そんなことしたら赤城はんの航空隊が――!」

 

「――――耐えます」

 

 即答であった。

 赤城は言うのだ。龍驤を犠牲とせず、この空の戦いを維持してみせると。艦隊を守りぬいてみせると。

 

「絶対に耐えます。龍驤さん、信じて下さい。……私から言えるのはそれだけです」

 

「……けど、」

 

 まだ、龍驤はためらった。ためらわなくてはならなかった。それは、きっと赤城の無茶であるからだ。――どうしても、それだけはさせたくなかった。

 それでも、

 

 

「――早くしなさい! 私の言うことが聞けませんか? 正規空母赤城の言葉を、貴方は無視するというの!?」

 

 

「――ッ!」

 

 反転した。振り返り、赤城を見やる。

 視線は、もはや殺意すらも混じっていた。これが――赤城の瞳だ。すべてを晒して敵を穿つ、全力全開の赤城の姿だ。

 圧倒であった。

 呼吸という概念すらが龍驤から欠如して、その姿に釘付けにされるのを感じた。だが、その瞬間は長くはなかった。せいぜい、一秒にも見たない瞬きである。

 

「……早く!」

 

 再三再四。

 赤城の言葉は強烈だった。龍驤はもはやそれを聞かない術はない。耳をふさいだ両手の隙間から、彼女は意思を叩き込んでくるのだ。もう、艦載機を退かせない理由はなかった。

 

「ごめん!」

 

 赤城の言葉に負けないほどの力を込めて叫んで、龍驤の声は海を叩いた。無線はすでに閉じていた。それなのに、島風の視線が龍驤を追っていた。

 着々と、艦載機が龍驤の元へ帰還する。

 

 かくして、ここからが正念場だ。

 赤城の艦戦『烈風』が、けたたましい駆動音を引き連れて、追いかけ回す敵艦戦を振りきった。そらに、無数の白雲が散る。

 

 

 連続三つ。金剛の周囲を装甲空母姫の砲弾が襲う。

 爆風であった。もはやただ着弾しただけのハズレ弾であるという事実がまやかしに変わるほどの威圧。理解した。この一撃は、そんじょそこらの戦艦タ級フラグシップなど、容易に凌駕しうる火力がある。

 

「シッッッ! こんなことなら、もっと提督装甲をプラスしておくのでしたネ!」

 

 もはや自分でも訳の分からない言葉を叫び回しながら、金剛の砲撃は返す刀で振り回される。一撃、二撃。

 しかし、そのどれもが至近にすら至らなかった。

 

 互いに洋上を駆けまわり、敵の輪形陣が金剛の砲撃を阻む。周囲を回転するように単縦陣で駆けまわるのは先のカスガダマ沖海戦前哨戦と同様。しかし、敵の機動力は装甲空母鬼を旗艦とする艦隊の数倍はあった。砲撃が、届かないだけではない、砲撃の先に、敵の艦隊がいてくれない。

 ――そして、浮遊要塞の砲撃である。おそらく、火力でいえば重巡程度のものはある。まちがいなく、コレを島風辺りが受けたらただでは済まない。

 

 弾幕が、無数であることは容易に理解が及ぶ。一つを潰した所で、全てを叩き潰すことにはならない。

 一度返せば、その倍の数、金剛に砲撃が向けられる。飛沫が上がった。その距離も、だんだんと至近に近づいていく。

 

 もしも、装甲空母姫の砲撃が直撃すれば、金剛ですらどうなるか解ったものではない。空が何とかしてくれるなら良いが、空は龍驤を引っ込め、完全に持久戦の構え。

 ――頼りになるのは、結局海だ。

 

 せめて、駆逐ニ級を追いかけ回す愛宕が役目を果たしてくれれば。

 せめて、潜水ヨ級を追う島風達が狙撃手の尻尾を掴んでくれれば。

 

 わからなくなる。だが、敵がそれを黙って見過ごしてくれるはずはない。――結局のところ、これは総力戦なのだ。

 敵を全滅するには、何がしかの犠牲なくては完遂されない。

 

 もはや幾度とすら分からなくなる砲撃の音をかき鳴らし、金剛は敵装甲空母姫を狙う。直後、金剛の至近に砲撃が及んだ。――おそらくは、浮遊要塞のもの。

 

 

 ――まずい。心の警鐘がすべてを持ってそれを鳴らした。

 

 

 押されている。間違いなく。島風達は――南雲機動部隊は、もはやこのままではどうにもならないほどの苦境に立たされていた。

 

 そんな彼女たちをあざ笑うかのように、スナイパーは海の底で続く魚雷の装填を終える。

 

 ――魚雷装填、よーい。

 

 見上げる空には、黒丸の月と呼ぶべきものが、浮かび上がっているのだった。


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