――これが、南雲機動部隊の総仕上げ。
カスガダマ沖海戦最終戦である。北方海域艦隊決戦は、カスガダマから日本海軍の目を逸らす囮でもあった。というのも、本来北方海域にはあれほどの戦力が集中することは想定されていなかった。
想定外の事が起こった原因は、間違いなくカスガダマ沖にある。深海棲艦の総意は、あの場所で何かをしたがっていたのだ。だから、そこから人類の目線を別の場所に向けさせる必要があり、その向けさせた場所が、かの北方海域であったのだ。
ちょうどその場所に集結していた艦隊に、更に追加で戦力を創造し、人間サイドに必要以上の労力を要させた。
結果、カスガダマ沖は、実質あちら側に取り返されることとなる。
とはいえ、それでもあの場所に溜まっていた怨念の類は、だいぶ払ったことは事実。結局のところカスガダマでのそれは、深海棲艦側の悪あがきといる。
しかし、深海棲艦の悪あがきが人類に致命を与えることなど、往々にしてよくあることだ。具体的な事例で言えば、かのミッドウェイ海戦においてタ級二隻を道連れにする形で赤城が沈めたあと、出現した敵深海棲艦は、辺りに溜まった怨念の残りカスだった。
それでも、赤城は十分沈みうる状況をつくりだしたのだから、その悪あがきは無視できないものがある。
そして同様に、このカスガダマ沖の悪あがきも、決して無視のしようがないものであった。
命名“装甲空母姫”。鬼種の上位にあたる特殊命名法則最上位に位置する艦種。それが姫だ。
カスガダマに突如として出現した姫種。当然、それは北方海域に日本海軍を釘付けにすることによって時間を稼ぎ、出現のための準備を整えたのだ。
結果、そこには西方海域に座する東方艦隊の、最終形態があると目された。
かくして、南雲機動部隊の長い長い戦いは、ここに終止符が打たれることとなる。この先に新たな戦いが待っているとして、それらはこの戦いには連続しない。
手繰り寄せたカーテンコールは手のひらの上。南雲満のそばにある。
♪
点在する雲と、白の陽光に照らされた青天。――空はよし。
陽を反射して青を映す、波は決して膝元を超えることはない。――海はよし。
――何者も、南雲機動部隊を阻むことはかなわない。この日、彼女達は鎮守府を立つ。
「……それじゃあ、そっこーで勝ってきますからね、提督!」
旗艦、島風。――『10cm広角連装砲』二門に、『三式水中探信儀』を装備した。主に対空火砲と対潜警戒に特化している。駆逐艦としての理想的な配分だ。
「スペシャルな戦果こそ、私が提督にお届けするべきプレゼンツデース!」
僚艦、戦艦金剛である。ついに配備された『46cm三連装砲』と、『15.5cm三連装副砲』、そして『32号』、『14号』各種電探を装備している。
「ぱんぱかぱーん。南雲機動部隊出撃の日です!」
重巡愛宕。『20.3cm連装砲』と『15.5副砲』、そして『三式弾』と『21号電探』を与えられていた。
「ま、全部あたしに任せちゃっても、いいんだよ?」
重雷装艦北上。『甲標的』に島風と同じく『10cm』二門を追加兵装とした。重雷装艦としての基本兵装だけでも、十分な火力を有しているのだ。
「よっしゃー! ウチが大活躍したるで!」
軽空母龍驤。その特徴的な装備配分は、最大スロットを除きすべてのスロットに『15.5cm副砲』、そして最大スロットには艦攻『流星改』が装備されていた。
――そして。
「正規空母赤城。出ます」
――兵装は、最大スロットに艦戦『烈風』。他、艦攻『流星改』及び『彗星』を装備。最小スロットには偵察機『彩雲』が搭載されていた。
名を、赤城。南雲機動部隊の中核にして、象徴たる日本切っての正規空母。
『いいか。これが最後の戦いだ。勝て、勝利以外を僕は認めない。必ず勝って、僕のもとまで戻ってこい、いいな?』
南雲満。提督である彼の言葉に、否を唱えるモノはない。
ならば――
『南雲機動部隊、出撃せよ!』
満の言葉は、無線機越しに、海の向こう決戦の地へと続いた。
♪
後方には赤城。――南雲機動部隊は、久方ぶりにその感覚を思い出していた。そう、これが南雲機動部隊なのだ。
加賀においても言えることだが、最後尾に付く空母の存在は、前方の艦娘達を後押ししてくれる。空を守るというその頼もしさのみならず、その空母が歴戦であればあるほど、艦隊は絶対感を覚えるのである。
しかし、だ。
「ふふふ」
「いかが致しましたカー?」
島風が楽しげに肩を揺らして、金剛が不思議そうに尋ねる。帰ってきた答えは、当然といえば当然か、赤城のことであった。
「昔は、ずっと赤城は心理的に手を伸ばせない場所にいるんだろうな、って思ってたんだけど、やっぱり三年って、違うんだね」
――今は、全然遠くない。赤城が、直ぐそばに感じられる。
「三年前の私はさ、赤城が何かをしようとしていても、気がつくことができなかった。喉元にまで来ていたのにね。何だかいやな感じを赤城に覚えていたのにね」
「……それは、むしろ覚える島風の方がすごいのでは? 加賀も、提督だって気が付かなかったのデースヨ?」
三年前。赤城が一度沈む前、赤城の様子を不審がっていたのは、間違いなく島風だけだった。
「まぁそれに関してはさ、こっちも一日の長があるわけだし」
「オゥ……なるほどデース」
思い浮かべるは一人の少女。かつての艦娘、沈みゆく親友。――島風には、赤城の姿は既視感にうつったのだろう。
とはいえ、答えを出せなかったのだから意味は無い。その違和感というのも、龍驤は気が付かなかった、島風は気がついた。そんな少しの違いでしかない。
「――ともかく、さ。帰ってきたんだね、私達」
「そうデース。これが本来の私達、本来の南雲ですヨ?」
「じゃぁまぁ……」
ふふん、と得意気にして、島風は続ける。
「南雲機動部隊、ここに在り……っと!」
そして、
――直後。
「敵艦隊を発見! 旗艦フラグシップ戦艦ル級。続けて報告します。雷巡チ級二隻、軽巡ホ級、駆逐イ級二隻。すべてエリートクラスとのこと」
「……っし、了解! 単縦陣を取って切り込むよ! 戦艦の相手は戦艦に任せる! 私はその護衛、他は僚艦を散らすように!」
すかさず島風の指揮が飛ぶ。ここ最近、この役割は島風と満の両者が行うようになっていた。ただ、今回に関しては完全に島風の裁量に任せるとのことだ。
必要であるならともかく――少なくとも、今の南雲機動部隊に満の言葉は必要ないだろう。
『さぁ復古の時だ。……全力で! 敵を殲滅してやろうじゃないか!』
満の声がけはその程度。
かくして少女達は、戦闘海域へと突入する。
♪
――海の上だ。こうして戦闘にでるのは、これが三年ぶりの事になる。赤城は、自分自身が初陣をした時のことを思い出す。
期待を持って生まれた正規空母。赤城を迎えた提督は、優しくも厳しい人だった。確かその時かけてもらった言葉は――
――必ず生きて帰って来い、だったか。
『――――赤城』
そんなことを考えている時に限って、満からの通信が入る。あわててそれに返事をすると、満は、
『必ず“勝って”帰って来い。いいな?』
「……、」
思わず、苦笑してしまった。
赤城が惹かれたのは、こんな満だ。どんなことをしてでも生きる。ただ、その生き様は無様であってはならない。犠牲の上にでも勝利を求める獣。それがかつて赤城に語った満の目指す提督。
――赤城という艦娘の価値観を、根底から覆されたかのようだった。無理もない、彼女に今まで、そんな話をする人間はいなかった。せいぜい、間接的に彼女の父親とも言えるあの提督が語った信念を垣間見ただけ。
知らず知らずのうちに、赤城という艦娘は思考を停止させていたのだ。だからこそ、満の言葉は衝撃でしかなかった。
ただ、それでも赤城は止まれなかった。自身の思考は停止していた。それでも、それはその思考が“信念”として完成していたからだ。赤城のしようとしていたことは、結局のところ、極端な見方をすれば“圧倒的に正しい”のである。
だれもがその信念を否定するという障害はあるものの、だ。
かくして、赤城は満の言葉に返答を返す。それは、いくつもの思いが重なりあって、もうその芯を、覗き見ることはできなくなっていた。
「……必ずや、暁の水平線に、勝利を刻んで見せましょう!」
同時、背中の矢筒から艦載機を取り出す。正確には取り出した瞬間、それは鏃を艦載機へと変じたのである。
艦戦『烈風』。空を切り裂く南雲機動部隊の“翼”。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
引き絞った弓から放たれた翼は、一瞬の滑空の後、碧の世界へ身を投げ出した。
直後、後を追った『彗星』、『流星改』は一斉に編隊をなし、空は赤城の緑でうめつくされる。敵に空母はいない。――そこは赤城の独擅場だ。
「では……露払いと参りましょう」
赤城の艦載機は猛烈な機銃に襲われた。整然とした隊列が乱れ、それぞれ思うがままに掻き消えてゆく。
翼が斜めに傾げ、一気に高度を落とし艦攻『流星改』が突撃する。直後、その下部から魚雷が飛び出した。そして同時。気がつけば『彗星』は何処かへと掻き消え、空には『流星改』と『烈風』のみが残っていた。
そう――直上。
四散は同時であった。狙いは駆逐イ級エリート。駆逐艦では最弱であるイ級を、赤城はもはや歯牙にも欠けず、屠った。
直後。北上の甲標的が敵に魚雷を叩き込む。狙う先は雷巡チ級エリート。こちらも一撃で轟沈であった。
同航戦で相対した両者は、一瞬にしてその戦力差を倍とした。
そも、脅威的と言える打撃力は戦艦ル級にしか存在しない以上、南雲機動部隊にとってこの前衛艦隊は、もはや振ってわいた煤の煙程でしかない。
むせるかもしれない、その程度。
「ふふ、やぁってやるネー!」
金剛が砲撃を轟かした。敵艦隊へ放つ超弩級クラスの艦砲射撃。弾幕の行き交いはル級周辺に、至近弾が到達したことでル級が後退し、金剛の優勢となる。
島風もそのサポートに務めた。砲撃が熾烈さを増せば増すほど、金剛と島風の物量がル級を追い詰めるのだ。――やがて、小破。目に見えるダメージも増加していく。
露払いも即座に完了しようとしていた。愛宕の砲撃が敵ホ級エリートを仕留める。北上との連携攻撃。チ級を牽制しつつ、理詰めのようにホ級の周辺に弾幕をばら撒き、至近弾、夾叉弾、直撃と続いた。
残るチ級も、牽制に拠る至近弾と、そして龍驤から発艦した『流星改』の魚雷攻撃が炸裂する――!
「赤城はんに負けるんやないで! 見せたれど根性! やったれ大往生!」
――にぃ。三日月の笑みは、人懐っこい彼女の気風と合わさり、警戒なリズムのようにすら思えてくる。
「大往生は、敵さんの方なんやけどッ!」
爆発。
炎上。――そして、撃沈。飛行甲板を手にしていない右手で、引き寄せるように拳を握りしめた。
一丁上がりだ。
――そして。
「……第二次攻撃隊、発艦はじめ」
赤城の、第二射。
狙いはもはや死に体と化した戦艦ル級フラグシップ。――かつて、自身を沈めたものとは別個体ではある。だが、それでも因縁の相手であることもまた確か。
ル級フラグシップには、思いの外、嫌な思い出がいくつかあるのだ。
それを踏み越えていく意味でも、赤城は弓を力一杯引き絞り、解き放つ。
駆け抜けた。機銃がその後を追い、やがて機体はル級へ翻る。
艦爆と艦攻、二つの攻撃が、ル級をまとめて襲い――直後、叩きこまれた。幾つもの黒煙が朱々と燃え盛る火災を伴い拡がる。一瞬、ル級の身体が傾いで、――そして両腕の主砲が半ば切断。引きちぎられて海へと飛び散る。
同時に吹き出る煙はさながら彼女の血であるかのようだ。かくして、因縁の相手、ル級フラグシップは海へと消し去られた。
「……完全勝利、戦闘、終了です」
物語る赤城の宣言。
――それはさながら、南雲機動部隊、復古を告げる鐘であるのかもしれない。