赤城が帰還した記念は、ちょうど重なった間宮納涼祭を合わせることにした。そのほうが効率的だというのが大体の意見であるし。そもそも小さな宴会を一度開いて、そのあと間宮納涼祭を迎えるよりもずっと、豪華なものにできることは火を見るより明らかだ。
しかも、鎮守府の予算に手を付けて合法的に散財ができるのだから、効率的というよりも、あくどいというのがだいぶ正しい。
満も赤城もそんなこと気にしているふうではない。とはいえ、両者ともに、この間宮納涼祭を満喫しているのではあるが。
どころか。
間宮納涼祭は、南雲満と赤城によって、蹂躙されようとしていた。
「ほら赤城、おかわりだ。たくさん食べろよ!」
――勢い良く、赤城の目の前に並べられたカレーが運ばれてゆく。大盛りを、ハイペースではあるが一口一口味わうように下していく。
大口を開けて勢い良く食べた後、その口を隠すように抑えるのが特徴的といえば特徴的だ。
「あ、赤城さんが! 食堂を蹂躙している!」
それをちょうどやってきて見つけた暁が衝撃を受け叫ぶ。どこ吹く風で赤城は食事を堪能していた。
「……すごい。とてつもない早食いなのに、とてつもない大食いなのに、すごく美味しそうに見える」
ちょうど第六駆逐隊が天龍、龍田を伴って食堂を訪れたのだ。戦慄の響が丁寧に解説をする。
「一口一口が、こちらの食欲すら引き出すほど豪快に、軽快に呑み込まれてゆく。だけれどもその表情は今にも蕩けそうなほどで、何度も何度も噛んで飲み込む。これが、赤城さん……これが、南雲機動部隊のエース!」
もはや感嘆と呼んでも差支えのない表情で、雷は思わずといった様子で言葉を並び立てる。――どうやらそこで、赤城は第六駆逐隊プラス軽巡ズに気がついたようだ。
食べている所を観察されていることにも気がついたのだろう、はっとしたように口を抑えてぷるぷる震えている。
「司令官さんを見て下さいなのです。……とっても幸せそう。食事をしている赤城さんが好きで好きでしかたがないのです!」
――結論は、まぁそこに行き着くだろう。
直後、赤城がばっと立ち上がった。カレーがのった盆を両手に抱えて、明らかに頬に朱をさしてその場から逃亡を図る――!
「――島風!」
すっと、満は右手を構えた。直後に島風がその背後に現れる。まさしく神速。音すら立てず、どことも知れぬ場所から――正確には食堂の何処ぞから――現出したのだ。
直後指を鳴らして、彼女に是の合図をする。島風は、高速でもって赤城に飛びかかる。
律儀に盆を横のテーブルに置いて、ようやく食べたカレーを飲み込んで赤城が暴れだす。
「止めないで下さい! 止めないで下さい!」
「ふふ、にがさないよー」
そんな三人の様子を、天龍は嘆息気味に見遣る。
「……赤城と司令官はともかく、なんだって島風はあんなに楽しそうなんだ?」
隣の龍田はおかしそうにそれを見て微笑んだ。いつもの彼女よりも、その顔つきは幾分か柔らかい。
「だって、あんな風に三人が楽しそうにするのって、本当に久しぶりじゃない? 島風だって懐かしいのよ、だってあの娘、南雲機動部隊の旗艦だし、ね?」
「なるほどなぁ……だったら、こうしようか」
ぽん、と手を叩いて納得した天龍は、そのまま何度か手を叩いて、第六駆逐隊の面々に促すように声をかける。
「よし、じゃあお前らも赤城に甘えてこい、存分にだ」
即座に、思いの外ノリのいい雷が飛び出した。それに釣られてか、電が続く。一拍遅れてその後に響。そして、
「……なんだかお子様っぽいわ」
そうやってそっぽを向いていた暁も、響が赤城に向かっていったこともあってか、慌てたようにその後を追った。
「あはははー!」
「何だか楽しそうだねー」
ちょうどそこに、北上がアイスを手にやってきた。コーン型のアイスを、ぺろりと下でなめとる。
「楽しいわよー!」
ぶんぶんと暁が手を降って見せる。なんだかんだ、こういうことが一番好きなのは暁なのだ。赤城に全員でまとわりついて――ちょうどそこで、暁の身体が赤城に持ち上げられる。きゃぁ、と可愛らしい声が食堂に響いた。
「いやー、あたしにはついていけそうにないっすわ」
「……お前、まだ駆逐艦嫌い治ってなかったのかよ」
ずっと島風といるものだから、治ったものだとばかり、天龍はジト目で北上を睨みつけた。
「いやねー、こないだ大井っちのとこ行ったんだけど。……トラウマになった」
「……お、おう」
その顔は、生気を失っていた。何があったのか、聞くべきではないのだろう。きっと体中を蹂躙され、精魂尽き果てたのだ。
「でも、さすがにそのくらい小さい子と駆逐艦の娘達じゃあそもそも成長が違うかんじよ?」
どうかしら、と龍田が言った。
「いやぁ、むしろこまっしゃくれる方がいやかな。なんだかんだ言って小学校にも上がってない頃の子どもは素直だから」
「……あらあら、結局北上さんも小さな娘はきらいじゃないのねー」
「何さ」
「なんでもないわぁ」
からからと笑って、北上の視線から逃げるように龍田はその場を後にした。向かう先は赤城と島風と第六駆逐隊の元。
「……北上さん“も”ねぇ」
さすがに、それ以上は何かを言う気にもならず、諦めてアイスの攻略に映る。
「――ぱんぱかぱーん」
愛宕であった。北上にのしかかるように抱きついてくる。さながら暁たちのように、ただどちらかと言えば彼女の声音は、からかうような色が強いのだが。
「もう愛宕っちまで、何するのさー」
「うふふ、楽しそうなことは、やっぱり皆で楽しまないとね」
楽しみきれてないのではないか、と。それこそ余計なお世話というものだ。――違う、北上は愛宕がそんなに良い友人でないことを思い出した。
ようするに、愛宕は自分が楽しそうなことを楽しみたい、と言っているのだ。
「……はは、とりあえずご飯食べよー」
すでにアイスは半ばを終えていた。コーンの台が見え始めている。それまでなめて消費していたアイスを勢い良く口の中へ放り込むと、北上はその場を後にした。
「皆楽しそうやねー」
「私もとっても楽しいデース」
愛宕の元を訪れたのは、龍驤と金剛。それぞれ、この基地に所属する艦娘としては最後の到着である。手には両者共にアイスがある。龍驤のそれは、もうコーンの欠片しかないのだが。
「何が楽しそうって、提督が一番楽しそうやね」
「……ああいう提督も、素敵デース」
「いやいや流石にもう諦めなアカンて。金剛はんも飽きへんなー」
今の金剛のパーソナリティに、満はすでに刻み込まれているのだろう。彼はもう金剛に振り向くことはない。それでもなお金剛が彼を見続けているのは、それがもはや金剛であるからだ。
「まぁ、恋に生き抜くっていうのは素敵な生き方だとは思うけれどね。……私は大丈夫だと思うわ、それが金剛さんの選んだことだから」
「……別に、うちが気にしてもしゃーないし。うちはうちで、立派なお婿さんをいつか見つけるんやけどな」
もしも望むことがあるとするならば、
――その時、
「……その時、提督がお前のようなやつに龍驤はやらん。とか、言ってくれたら……それが幸せやないかな」
南雲満と、南雲機動部隊の艦娘達。それぞれの思いの交差はひとつの形だけではない。
「それはちょっと……イメージわかないかなぁ」
「ま、どっちかってーとそういうのは今の第一艦隊提督はんの方なんやけどな」
――第一艦隊提督。彼はかのミッドウェイ海戦を指揮した司令の同期であり、かつて、伝説の駆逐艦、電や島風、龍驤、木曾等が所属していた艦隊の提督であった。満と同様に、龍驤にとって馴染み深い相手。
言うなれば、満は龍驤にとって兄弟であり、かの提督は父である、と言ったところか。
「懐かしいなぁ。全部懐かしいわ。霧島の姐さんとか、今何してるんやろ」
「会いに行ってみればいいんじゃないデスカー? 過去を振り返るのも、立派な人間としての役目デース!」
私も一緒に会いに行ってあげマース! と金剛は笑った。
「おーい、愛宕っち! 龍驤! 金剛!」
と、そこに北上が踵を返したようにやってきた。後ろには、天龍と龍田、そして第六駆逐隊に島風を伴った赤城に満――ほぼすべての鎮守府における主要な人物が勢揃していた。
「あら、北上さん。食事はいいの?」
「いいの、あとで食べるしねー」
なにやら満達の間で話が進んだようだ。何事かとは思うが、とはいえこれだけのメンバーが揃っているのだ、大体の予想は付く。
「それで、何をするのデース?」
「記念写真だって! 久々に撮ろうって提督が」
金剛の問いかけに、島風の答えはシンプルだった。かつて、赤城がいた頃は取られていた写真。結局二枚しか無かったけれど、ともかくそれは、赤城が沈んでから今の今まで、行われてこなかったことだ。
「全員でうつった記念写真と、南雲機動部隊だけのもの。第二艦隊オンリーに、他にも色々条件をつけてな。写真事態はすでに頼んである決定事項だったわけだが、ま、どんな者がいいかはおいおい考えようじゃないか」
「おー、なっつかしいなぁ。……そういえば、思い返してみると一年前と二年前で、だいぶ変化があったんよね」
「……ほう、変化?」
興味深げに、満は龍驤に質問をした。帰ってきたのは呆れ気味の嘆息である。
「あいっかわらず鈍い提督やねー。ええ? 一年目と二年目のな」
そこで、龍驤はちらりと赤城を見てから、満の耳元に寄った。満が耳を傾けると、こっそりと小さな声音で教えてくれた。
「赤城はん。あとで見比べてみ? 立ってる位置が変わってるで。うちも赤城はんが沈んでから気がついたんやけど、あの時にはもう、赤城はんの気持ちは提督に傾いてたわけや」
「……へぇ」
関心した様子であった。気が付きもしなかったのだろう。龍驤の言葉を変われば、満はその点に関しては今も“あいも変わらず”だ。
「ま、当然っちゃ当然なんやけど。だってその頃に提督のこと好きになってなかったら、いつ提督を好きになるねん」
「まあそれもそうだな」
そうして、赤城に聞かれていたらまずいと、赤城の顔色を伺いながら龍驤から離れる。幸い、どこか訝しげではあるがその内容にまでは意識が向いていないようだ。
「それじゃあ行こうか皆。写真をとったら今度は全員で食べれるだけ食べよう。今日は、何をどれだけ食べていいと予算をつけているからね」
ふふ、と笑む満の顔は、なんとも言えない影をともなった。周囲が、思わず零すように笑みを浮かべる。
「じゃあいこっか、愛宕っち」
「どういう風にうつろうかしら、北上さん」
――笑い合う愛宕と北上。マイペース同士、同じシンパシーによって繋がれたのであろう絆。
「おい、お前ら喰う前に腹空かせとけよ、今日のごちそうはマジで旨いからな」
「あ、私ステーキ食べたいの! 今日は朝からバイキングだけど、全然飽きないわ!」
天龍が豪華に笑いながらいうと、暁がそれに反応した。そこに龍田と他の第六駆逐隊メンバーが加わり、第二艦隊は今日も和気あいあいとしている。
「ちょっと、金剛に龍驤、おっそーい!」
「いや、勝手に走りだしておそい言うてもな」
「でも、それが島風デース。プリーズウェイ! 今行きますよ、島風!」
島風に、金剛に、龍驤。かしましい少女たちはそれぞれ自分らしい笑みを浮かべた。誰もがそうであるように、彼女たちも笑っているのだ。
そして、
赤城と満。二人が横に寄り添って並ぶ。
「……本当に、思えば遠くまで来たものだ。世界一つを超えて、更にその先に進んで、僕は君と、君たちとともにいる。――なぁ赤城」
「なんでしょう、満さん」
「皆で囲む飯は、旨いだろう。――――おかわりはいるか?」
「はい、ぜひとも」
赤城の答えに、満は満足そうに頷いた。
それから、ふと思い立ったのだろう。手を赤城へ差し出して――その手に生まれた感触を感じ取りながら、満は赤城を伴った。
南雲機動部隊は、それぞれの歩みを共にして、前方へ、そしてその先へ歩み続ける。
満と、赤城と、そして多くの艦娘と。幾つもの願い、思い、それらを引き連れた旅は、もうすぐ終わりを迎えようとしている。
今はただそれが――旅の終わりが、幸福な結末であることを、願うばかりだ。