島風達南雲機動部隊から少し後方。振り返れば“それ”はある。
対深海棲艦用護衛艦。多くの“防衛網のみ”を搭載した自身を守り、要人を送り届けることにのみ特化した護衛艦である。各種科学的なレーダー、迎撃兵器の他に、魔術防壁等を完備した魔導と科学の結集である。
今回の作戦には、ある特別な要旨があった。それが指揮官の海域突入である。これは複数艦隊の同じ指揮という問題に対し、混乱を起こさないためのもので、この護衛艦はそのために建造されたと言っても過言ではない新鋭艦であった。
第一艦隊、及び南雲機動部隊の指揮官がそれぞれ乗り込んでいる。
「それでは、やま……じゃなかった、飛龍、長門、よろしく頼む」
『あぁ、問題なく任されよう』
『同じくですよ!』
――北の警備府司令、山口は不在だ。そもそも、彼女にこのような仰々しいものは必要ない。そしてこの北方海域艦隊決戦には、思わぬ助っ人がやってきていた。
本来であれば、第一艦隊から派遣されてくるのは長門を旗艦とする水上打撃部隊。軽空母が一隻いるが、彼女の主な目的は防空だ。つまり、本格的な空母はこの海戦に参加しないはずだった。すでに南雲機動部隊に所属している加賀を除いては。
だが、
『飛龍ー、まだー?』
無線機の向こう。満もよく知らない女性の声が聞こえる。――彼女の名は蒼龍。今回、飛龍とともに北の警備府艦隊に参加する。
ちなみに、これにより軽巡二隻は留守番だ。潜水艦が哨戒していないため残念ながら当然と言える。
この海戦には、本筋とはあまり関係はないものの、それなりに意味のある事項がひとつあった。それはここ最近、出撃機会のなかった正規空母の一隻、飛龍が久方ぶりに出陣するのである。
それもあってかかつての相棒、二航戦である蒼龍が参戦を希望した。根回しのされていないことで少しもめたが、最終的にこうして北の警備府艦隊に参画することが決定した。
「……改めて、頼む。僕に力を貸してくれ。――必ずあの人を救い出す。そのための力を貸してくれ」
――満はそれを、無線を切った上で言った。加賀も、飛龍も、蒼龍も、そして長門とこの戦いに第一艦隊僚艦として参加する陸奥も、赤城を救うという意思は一致している。
とはいえ、それが海軍の意思であるとは限らない。赤城を沈めた上で、兵装だけをサルベージ、新たな“赤城”を召喚すればよいという層もいる。
必要なのは既成事実。もうすでに救ってしまったという点だ。今回の作戦の結果、奇跡的に赤城を救ってしまった。そういう事実が必要なのである。そのため、赤城を救うという作戦の骨子は、極力明言をしない必要があった。
♪
――まとわりつくように、駆逐ロ級が満の乗る護衛艦に襲いかかる。島風達が撃ち漏らしたのだ。逃げた先に目についたから襲った。艦娘を優先する彼女たち深海棲艦ではあるが、海の上にあるものは、大概彼女たちの獲物だ。
「砲撃よーい!」
この艦の艦長。四十半ばの男性が声を荒げる。こうして、海の上や何やらで、実際に働く海兵というものは、なかなか満には縁遠い存在だ。護衛艦に乗る、ということ事態が人生において初の経験である。
そもそも、艦娘を運用する人間と、実際の船を運用する人間は、土台が別にあるのである。同じ海軍の上司と部下という関係であるが、満には彼らが自分とは全く違う世界にいるように思えてならない。
そういうものなのだろう、と一人考えを締めた。実際に世界が違う以上、何を言ってもしかたがないことだ。
「――テー!」
直後、艦が大いに震えた。さすがにそれはデカブツの砲撃といったところか、とはいえそれは実際の所は機銃のそれに近い乱打であったのだが。
――ミサイルなどの現代兵器もこの護衛艦は備えている。だが、大抵の場合それらが使用されることはなく、こうして機銃等で“追い返す”のがせいぜいだ。
単純にミサイルは一発が高く付くのである。
加えて――
機銃がロ級に着弾した。勢い良くロ級の身体が弾かれる。しかしそれまでだ。これはたとえミサイルでも変わらない。――魔導的な処理のなされない砲弾は、どれだけ撃っても敵に対する牽制にしかなりえない。
直後、――護衛艦に弾き飛ばされ、薙ぎ払われたロ級に、島風の砲弾が炸裂する。音を立てて船体は真っ二つ、そのまま灰燼に帰した。
この違いだ。艦娘が行うすべての攻撃は深海棲艦への特効となる。その事実がある以上、護衛艦はあくまで“自身”を護衛するしかないのである。
だが、それでも、
「っし!」
艦長が、年甲斐もなくといった風にガッツポーズをする。目の前で沈んだ駆逐ロ級、その戦果を、彼は我が事のように喜んでいる。それはどの海兵も同様だ。
例外は満であるが、彼の場合は間近で爆発四散したロ級の有り様に、驚愕と、若干の興奮を覚えているために、その様子に同調できないという話だ。
だが、やがてその様子に気が付き、満はなんとなく、誇らしく思う自分を自覚せざるをえないのだった。
♪
現在、三つにわかれた艦隊はそれぞれ第一艦隊が北から、そして北の警備府艦隊が南から進撃。南雲機動部隊は中央を突破する手はずである。
これには戦略的にはもっともな、しかし結局のところ南雲機動部隊を敵中枢に送り届けるという本音のこもった理由があるわけだが、割愛する。
かくして分岐した艦隊は、やがて敵主力艦隊近くにて再合流する。そして島風達は、先日の戦闘で戦艦四隻と邂逅した海域へと到達しようとしていた。
「加賀、敵はいるか?」
『……先日と同様、戦艦四隻の編成です』
「それは……」
――まずいな、と誰もが思った。このままでは満達がその戦艦達と会敵することになる。それはどうしたって避けたい。満には、目的がある。誰もが、その目的のために動いている。
「……迂回しよう。敵艦隊の周囲を迂回、戦闘を出来る限り遅延させる」
よろしいのか、と周囲の海兵達が問いかけてくる。彼らは満の真意をしらない。そも、赤城があの敵の向こうにいることをしらない。
「戦闘の必要はある。だが、僕達が戦闘をするべきじゃない。敵中枢艦隊は偵察を聞く限りこの艦隊より弱い」
――そして、今回の艦隊で最も戦力が低いのは、間違いなく南雲機動部隊なのだ。艦隊決戦火力の高い雷巡がいるとはいえ、装甲は非常に薄い。こういった打撃力のある艦隊は非常に相性が悪いのだ。
『――なら、こちらにその相手、任せてくれない?』
飛龍からの通信であった。割って入るように彼女は声をかける。直後――加賀の通信だ。
「偵察隊から報告よ、北の警備府艦隊が現在戦艦四隻を含む敵中枢艦隊防衛網と戦闘を開始とのこと」
「ありがたい。聞いたか、敵艦隊はスルーして敵の一番深い所に突っ込むぞ」
『こちら長門だ! 渦潮にまきこまれたー。どうにも抜け出せそうにないー』
直後、長門からも通信が入る。どうにも棒読みが否めないが、実際に指摘されても彼女はどこ吹く風のはずだ。
『……っておい提督! さすがにねたふりをするのはよせ! この渦潮洒落にならん!』
――無線機から少し離れたところで怒号が聞こえた。思わず苦笑してしまう。第一艦隊の提督はかつてミッドウェイ海戦を指揮した提督の同期だ。
この海戦前、彼には“あいつの倅を頼む”と言われた。
彼からは、それだけであった。
『あぁー、南雲! 陸奥から、そして私から伝言だ』
『こっちも蒼龍と私から。頑張ってね、南雲提督!』
同時に、二人の声はそれから唱和した示し合わせたように、
『――赤城を、頼む』
と。
「あぁ、任せてくれ。僕達が必ず救う。――行くぞ島風」
『はい!』
「このまま進めば、敵艦隊の主力と激突する。……迷うなよ」
『今更そんなこと、言わないでよね!』
「あぁ――」
長門達――かつてのミッドウェイ海戦を赤城とともに戦った艦娘が見送って、加賀と、そして南雲機動部隊は、ついにその時を迎える。
「――迎えに行くぞ、赤城を!」
満の宣言。
空は、こんなにも青く、太陽は世界に照りつけている――――
♪
赤城との邂逅は、思いの外あっさりと、そして淡白であった。赤城自身に発する言葉がないのだから当然といえば当然か。
かくして敵艦隊、赤城――現在の彼女は空母ヲ級フラグシップとしての特性を有しているようだ。――そして僚艦ヲ級フラグシップ、戦艦ル級フラグシップにエリート各一隻。脇には軽巡ホ級フラグシップと雷巡チ級エリートの姿もある。
おそらくは前衛を戦艦が努め、そのサポートをこの泊地艦隊が行う、と言ったところか。全く無駄のない連携――を模しているのだろう。
開始早々、北上の雷撃が敵ル級エリートへと突き刺さる。爆裂、大破直前の中破であった。――そこにすかさず二連撃。金剛の主砲がル級エリートを貫く。
まず一隻、敵の高い打撃力を削いだ。
「よくやった! 金剛はル級フラグシップを抑えつけろ! 加賀が脇のヲ級をどかすまで待つか、そのまま沈めるんだ!」
『了解でーす!』
「北上は島風と同様に防空に専念! 一応こっちのことも気にかけてくれよ!」
『あいあいー』
一度目の役割をこなした両名にすかさず指示を下し、そして満は本命の様子を見やる。空、加賀と龍驤の航空隊だ。
「空はどうだ!」
『さすがに赤城さん、制空権を譲ってくれそうにはありません。ですが――』
「何のために新鋭の艦戦“烈風”を二つもスロット割いて載せたと思っている。……やってしまえ! 全部叩き落としてやるんだ」
『……承知しています』
力強い声が帰ってきた。加賀の頼もしさは、並みの艦娘ではどうやったって辿りつけないところにある。凄み、とでも呼ぶべきものだ。
「あぁ、必ず勝て。――愛宕!」
『報告しまーす。敵チ級を轟沈。今はホ級を追いかけてるわぁ』
最後、愛宕には軽巡以下の掃除を頼んでいる。すでにチ級を沈めたというのは、さすが愛宕と呼ぶべき手腕であろう。舌を巻くほどではある。本当に、昔の彼女とは見違えるほど、強くなった。
――と、直後に敵の艦載機が幾つかもれて飛んでくる。護衛艦に狙いを定めたようだ。――しかし、即座に護衛艦の対空火器によって叩き落とされた。
人間サイズの艦娘を相手にする以上、その艦載機は小粒であるのだが、人間サイドとて何も手をこまねいているわけではない。高いホーミング性能により、数機の艦載機程度では、護衛艦に近づくことすら適わない。
とはいえそれが、あくまでこの艦が新造艦であるから、ということもあるのだが。
「……はぁ」
そこまで来て、戦況は圧倒的に南雲機動部隊へ傾いていることが明白となった。敵の僚艦であるヲ級かル級、フラグシップクラスのどちらかを落とせば、確実に戦闘は収束へ向かう。――その時は、すぐそこまで来ている。
そう、考えた時だった。
『ヲ級轟沈、やりました』
『ル級、仕留めてやったネー!』
報告は、どちらも同時に訪れた。その時は来たのだ。否が応でも満は理解させられた。もはや、彼に退路など何処にもない。
「……さて」
――どちらに? 立ち上がったとき、そう聞かれた。返す。
「敵艦隊の旗艦以外の殲滅、及びすでに空中にある艦載機が撃滅されたら、敵旗艦にできるだけこの船を近づけてくれないか?」
海兵たちは、おおよその事情を理解していた。さすがに、目の前にかの正規空母赤城と思しき深海棲艦がいるというのであれば、何か事情があると察するのが普通だ。
わけは解らずとも、きっと意味が無いわけではないだろうと、それにはすかさず了承をした。
「……聞こえるか龍驤」
『はいな、空の艦載機は大体始末してるで、加賀はんが』
「よし。……やってやれ」
もとより、そういう決定であった。赤城を中破に追い込み戦闘継続能力を逸しさせる。護衛艦が赤城に接近するためにこれが必要なことは、誰の目にも明らかである。
予定通り、その役目は龍驤に託された。加賀ではなく、――あくまでそういう役割なのだ。最初から定められたように、この南雲機動部隊は編成されていた。
『……了解。待っててな、赤城はん』
そして――愛宕からの報告。敵ホ級フラグシップを仕留めた。更に、加賀からの報告――艦載機は全滅した。
とどめは、音が満にそれを告げた。艦長室からも、爆撃によって跳ね上がった水柱はよく見えた。
ここからが本番だ。
満は、一度目を伏せて、それから両手で頬にカツを入れなおし、――足を外へと向ける。向かう先は――赤城の前。満が求めた、一人の女性の前。