艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『05 洋上のかもめ』

 海が震えている――

 

「――敵艦見ユ! 軽巡ヘ級、雷巡チ級各一隻、駆逐艦ハ級二隻にロ級一隻を確認」

 

「……考えられる、最大級の敵戦力だね」

 

 暁の報告に、舌なめずりをするようにしながら島風がこぼす。進行する敵のかき分ける波の揺れが、島風の足元にたどり着くかのように、海は少しばかり荒れていた。

 昨日よりも少しだけ強さを増した風が、そう認識させているだけだろう。

 

「陣形は単縦陣。真正面から火力で敵をぶちぬくよ。――第一艦隊、これより砲雷撃戦入ります!」

 

 声に合わせて、旗艦島風を筆頭にして一列の陣形を組む。単従陣。主に敵艦への打撃力を高めることを主眼においた形だ。

 

「雷撃戦に入るより先に、駆逐艦をすべて最低でも中破に持っていく。軽巡は夜戦で落とす、いいね!?」

 

 大声を張り上げて問いかければ、それに第六駆逐隊の四隻が一斉に“了解”と頷く。

 直後、速度を一斉に上げた五隻の駆逐艦が、敵の艦隊へ向けて、突撃を始めた――!

 

 

 ♪

 

 

 駆け抜けるように加速し、海が後方へと消えてゆく。滑るように水上を“走る”姿は、海面ギリギリを滑空する高速の機影のようだ。

 島風の後方、暁、響、雷、そして電の順番に並び、海をかき分け進み続ける。反対方向には、敵の深海棲艦も同様に単縦陣で島風達へ迫るのが見える。

 

 ――最初の一撃は、島風によって放たれた。後ろにつく四隻よりも明らかに速度を上げる。誰よりも速く敵艦に接近すると、停止。

 島風を取り巻く連装砲が、勢い良く爆音を上げた。

 

「てぇ――ッ!」

 

 狙いは駆逐艦、ハ級。五隻の艦影から、真ん中を選んで一斉に砲弾を放つ。

 

 それぞれは軽巡を、雷巡をすり抜け寸分違わず駆逐艦に向かい――直撃。クリティカルの一撃のもと、容赦なくて旗艦を、たったの一撃で叩き潰した。

 

「……響! 私たちもいくわよ!」

 

 それに感化されたのであろう、暁が後ろの響に声をかける。無言でそれに響が頷くと、この二人も全速力で前に出る。島風はそれをチラリと見やると、再び前進を始めた。このまま敵艦隊と接敵し、そのまま横を抜けていくつもりだ。

 

 交錯する暁に響――その横を、雷巡の砲撃が駆け抜けてゆく。無色の線条をともなって、爆発的な加速が火薬の痕を残して消えていった。

 即座に両艦がその場で停止、中央を切り裂くように弾丸は通りぬけ、両者は再び直進する。

 

 更に駆逐艦ハ級へと接近する暁達は、弧を描く響と、直進する暁に別れた。直後、暁が『12.7cm連装砲』をハ級へ向けて放つ。――外した。ハ級はその場で急停止するとドリフトを駆けるように船体を動かして斜め横の暁へ向き直る。

 

 直後。

 

「――запуск(発射)!」

 

 その真横にまで回った響の、少し遠くからの連装砲が駆逐艦ハ級を叩いた。黒煙が赤く照り付く火花を伴って上方へと吹き上がる。

 大振りで鉄に鉄を叩きつけるような鈍く重苦しい音が銃弾の炸裂音とともに鳴り渡る。

 

 この一撃で駆逐艦ハ級、二隻目が大破。直後に放たれた苦し紛れの砲雷撃も、即座に回避行動を取った暁からそれ、どこともしれぬ場所へと消えてゆく。

 

「ようし順調! 雷、電、駆逐艦ロ級を落として!」

 

 島風が声を張り上げて――通信が為されているためそれは不要であるが、士気高揚のためだ――指示を飛ばす。

 直後、軽巡ハ級の轟砲が周囲を覆うように音を破裂させた。耳を覆うようなそれはしかし、向けられた雷、電の両艦どちらに当たることもなく、海をかき分け消えていった。

 

 すかさず加速する雷と電は、大破した駆逐艦を、間に挟むようにして通り過ぎて行く。砲撃はなかった。すでに出来るような状況ではなかったのだ。

 そして向かうは駆逐艦ロ級の真正面。砲塔を構え急速に接近していく。当然、そこは敵艦の射線上まっただ中であった。

 

 しかし、雷達は放たれた砲撃を、いちにのさんでタイミングを合わせ同時に左右へ飛び退き回避する。赤熱の砲弾は何もない海面へと消えて溶けてなくなっていった。

 

 瞬間、左右から雷と電が駆逐艦ロ級の左右に並び立つ。主砲は構えられ、まるで一閃の刃が駆逐艦を貫くように交差していて、爆発はその後に起きた。

 至近距離からの一撃。しかも二発だ。回避することも、堪えることもできずに駆逐艦ロ級は噴煙を上げ爆発。海中へとその船体を没していった。

 

「よし、雷撃戦入ります! 撃ち落とした駆逐艦を狙って、ついでに軽巡辺りも狙ってよね!」

 

 直後、島風はもはや砲撃の意味は皆無と判断、号令をかける。――敵艦もそれは同様だ。大破しなかった残りの二隻。軽巡へ級と雷巡チ級が魚雷を水面下へ解き放つ。

 

 合わせて、島風達もまた身を翻し魚雷を装填する。狙うは軽巡雷巡、そしておまけで残った大破した駆逐艦だ。

 

「雷巡は私が中破させるから! 夜戦で全部決着を着けるよ!」

 

 解き放たれた、島風側の魚雷を全問、一直線へと敵へ向かうそれらは、一発が大破した駆逐艦へ、一発が雷巡へ、残りすべてが軽巡に向かった。

 

 敵の一撃は狙いが正確ではない。あらぬ方向へと砲撃がそれ、そして消えて音を失った。そして島風の一撃、雷巡への雷撃が直撃、飛沫を大きく噴出させる。

 

 跳ね上がる音は二つ。駆逐艦へのそれと雷巡へのそれ。――残りはすべて、どこかへ消えて失われてしまった。外したというわけである。

 

「しっかりしてよねー! まぁ当てるのも難しいけど、――海域を一時離脱、夜を待って夜戦に突入。私に続いて!」

 

「はい!」

 

 暁の返答を皮切りに、四つ返事が飛んでくると、島風は軽巡達の姿を確認することなく速力を上げていく。後に続く四隻もまた、――ちらりと電が後ろを振り返ろうとして、しかし途中でとどめて速度を上げた。

 

 かくして、鎮守府正面領域、はぐれ艦隊との最初の接敵が終了した。

 

 

 ♪

 

 

「ここからは、すこし機を見ながら夜戦に突入します」

 

「……夜戦?」

 

 赤城の言葉に、満が確かめるように問いかける。すでに戦闘は一時終局、必要もなければ会話を交わす必要はないと、通信は島風の方から切られてしまった。満達鎮守府の面々は、再び回線を繋がない限り、島風達と連絡をとることはできない。

 その間に、ちょうどいいとばかりに満が赤城へ幾つか質問をするのだ。

 

 現状、満の事情を知るのは赤城のみである。他人に聞かれないようにする必要があった。

 

「端的に言ってしまえば、夜に行う戦闘行動です。昼間に行う夜戦行動との大きな違いは、駆逐艦及び軽巡洋艦が非常に高火力を奮うことができる点です」

 

 他にも空母が行動不能となり、置物になるという点もあるが、これに関しては現状では関係ない、後に別の機会で満へと伝えられることとなる。

 

「つまり、島風達は自分が主戦場とする場所で決着をつけようってわけだな? まぁ誰も被弾していないのならいいんじゃないか? ここではぐれを排除しておけば、鎮守府周域が煩わされることもないんだろう」

 

「えぇ、私もそう思います」

 

 赤城も同様に同意する。敵を残してしまった状況で、完全勝利を狙うのだ。こちらに現状の被害はなく、駆逐艦五隻を養えないほどの資材がないわけではない。

 十分に問題のないことだと言えた。

 

「とはいえ、夜を待つには時間が余るね。一度帰投するのかい?」

 

「いえ、洋上で敵を監視しながら待機ということになります」

 

「大変だな、あの娘達も」

 

 ポツリと漏らしたつぶやきに、それが仕事だからと苦笑する赤城。彼女たちは普通の人間とは違う。それが前提である以上、満もそれを受け入れなくてはならないのだが、どうにも満には、先ほどまで司令室にいた島風も、横に立つ赤城も、美麗な少女にしか思えなかった。

 

「こういうのは、慣れていくものなのかな。敵を沈めることも、味方に死の危険をもたらすことも」

 

「慣れていくというよりも、学習していくというのが正しいでしょうね」

 

 死と隣合わせの環境で、人間は死に慣れていくのではない。死を学習し、理解していくのだ。決してそれは死を肯定するわけでもないし、死を迎合するわけでもない。

 ただ死をこなしていく、それだけのことだ。

 

 そんな中で、死に対する感情を摩耗させ、“慣れていってしまう”ということは、死を受け入れるのと同義、生きながら死んでいるのだと、満は思う。

 

 ――死の中、殺しの中にしか自分をおけない人間は、きっともう死者でしかないのだと、愚痴をこぼす用に意識の奥へと沈殿させた。

 

「さて、となれば日が落ちるまで僕らはここで暇を持て余していなきゃ行けないわけだね。何か食事でも……あ」

 

 意識を切り替えるように放った言葉、しかし気がついた時には遅かった。――赤城は食事の権化、それを聞けばもう、そちらに意識を向けるのは道理である。

 

「……、」

 

 沈黙していた。

 赤城はどうやら冷静にこちらを眺めているようである。気を抜いてしまった満を咎めるか、そうであれば如何によいか、満は他人の心の機敏に疎い。赤城が何かを言いたげなのは解る。しかしその内容まではわからない。

 どうか、満を叱り飛ばすものであってくれ、そう心のなかで懇願して、果たして結局そうであったか――

 

 ――答えは、満と赤城の二人しか知らない。

 

 

 ♪

 

 

 日が落ちて、時刻はおよそ『二〇〇〇』。夜がくれ光がなければ視界を得ることも難しいだろう。島風達第一艦隊は、そんな中を音も立てずに、できうる限り気配を殺して、移動していた。

 

 一度は互いに距離を離し戦闘を終えたものの、敵を見失ったわけではない。夜の闇に紛れても、敵主力艦隊の残る二隻はその位置を島風たちに補足されているというわけだ。

 

 軽巡――軽装甲巡洋艦と、雷巡――重雷装巡洋艦は、それぞれ巡洋艦から派生した艦艇であり、軽巡は駆逐隊数個をまとめる旗艦であり、それらは通称水雷戦隊と呼ばれる。

 雷巡はそれらが敵の戦力を漸減――つまりそぎ落とし――した後に魚雷で主力を叩き潰すための艦種だ。

 

 とはいえ雷巡は島風の魚雷で中破、今は魚雷を放つことのできないお荷物とかしている。問題は、現状無傷で残った軽巡一隻だ。これを落とさない限り、完璧な勝利は望めない。

 もとより、すべての敵艦を落とさない限り、最高の評価をあたえられることはないのだが。

 

 とかく、それら二隻を追うべく、島風達は夜の海を駆け抜けているわけだ。

 まばらな星々が舞う夜空と、黒に塗りつぶさえた海が同化しているかのような闇色の時刻。暗がりに混じった駆逐艦は、敵艦を殲滅するべく戦闘行動を開始する。

 

「――我、夜戦に突入す!」

 

 声音を殺して、それでも精一杯の声量でもって通信機の向こう側にいる提督たちへと告げる。帰還の命令はない以上、後はもう潰すか潰されるかの二択になる。

 

 直後、急速に接近した駆逐艦五隻に、ようやく軽巡と雷巡の二隻が気がつく。無理もない、暗闇に少女たちの姿は浮かぶはずもないのだから。

 戦闘行動にすでに入った駆逐艦と、未だ動けずにいる軽巡達。どちらが先制するかは、もあはや考えるまでもない自明の理であった。

 

 島風が連装砲をすべて構えて発射する。まずは一発――外した。あらぬ方向へ消え、音も立てることなくどこかへ沈んでいったらしい。

 

「あぁもう!」

 

 舌打ちするようにしながら、速度をまして重雷装艦へと接近する。まだ、主砲の一撃が残っているのだ。

 

「――私はこの置物をどかす! 他の人たちは速く軽巡を囲んで落として!」

 

 暁達がそれに応じたのを見届けると、島風は即座に雷巡へと接近する。すでに速度を出すということが不可能と思えるほどのダメージがある、故に雷巡はそこで島風を“落とさなければ”ならない。しかし、この存在に敵を迎撃する方法は、現在の状況では存在しないのである。

 

 すかさずその場で反転し、雷巡は睨みつけるように島風と視線を衝突させる。もはや意識を向ける必要すらなく、逃げるにはあまりにその船速は遅く、そんなことをする必要もないのに。

 そこから、動こうとはしなかった。それは敵である深海棲艦なりの意地なのか、はたまた逆転の一手を携えての仁王立ちなのか。

 

 構わない。最初からそんなことを気にするような戦い方を、島風は行ってきてはいないのだから。直後、島風が雷巡へと到達する。

 

 駆け抜けるように一閃、弾丸は、その横方向に、一直線に放たれた。

 声はない、深海棲艦の怨嗟はこの世界の人間には届かない。ただ悲鳴のような爆発音を上げて、夜の空白に赤色の点灯を与えた。

 

「……無駄弾だなぁ」

 

 島風はぽつりと、愚痴っぽくこぼしてしまえば、どうにもならずに霧散していく――轟沈する重雷装艦を背にして、その場を離脱するのだった。

 

 ――そして同時に、無傷の軽巡を取り囲むように暁達も前進していた。

 足を止めず――狙いを付けさせないためだ――グルグルと周囲を遊泳しながら、少しずつ軽巡へと体を近づけていく。

 

 状況は決していた。

 どこかに狙いをつけて当てようにも、動き続けている的は当てにくい。しかもその的は攻撃に合わせて動くのだ。避けられもするだろう。

 しかし、このまま放置していては必殺の位置から一斉砲火を受ける。それに対抗する手段は全くと言っていいほど存在しない。

 

 軽巡は、たった一隻で四隻を相手にしなくてはならなくなった時点で、詰んでいるのだ。

 

 それでも諦めることはなかった。深海棲艦とは意識の薄い行動の集合体、機械のようなものである。世界を恨み、己を恨んで死した人や生物の怨恨が、ただその思いだけを糧に“機械的に”世界へ牙を向き続ける。

 

 ――そんな化け物じみた妄執兵器に、“諦め”などという機能は最初から存在しているはずもない。

 

 暁達艦娘も決して油断することはない。意識を極限まで緊張に高めて、真っ直ぐ重厚を軽巡へと向けている。

 それは油断を“許されない”がための行動だった。世界を祝福し、この世界を救うべく誕生した艦娘に、“諦める”という行動は最大の禁忌にして他ならない。

 

 ――意思を持ち、かつてはただ純粋なまでに機械だからこそ機械的だった思いは、世界へ無垢な思いを抱かせた。

 

 深海棲艦は人間や生物が――複雑な感情を持ちうる存在たちが――最後に抱いた生きたいという妄執、怨みやつらみによって存在を形成している。

 しかし艦娘は、その逆。機械や植物のような――複雑な感情を持ち得ない存在たちが――最後に抱いた、一直線で穢れのない感情によって生まれるのである。

 

 満のような例外を除けば、人間が艦娘になることはない。意識を持つ者が深海棲艦となり意識を失う。逆に意識を持たない物が艦娘となり意識を得るのである。

 

 ――軽巡が、動いた。

 勢い任せに暁の進行上にすかさず砲塔を向けると、回避の間もなく砲撃を行う。しかし届かない。撃たれてからでも、発射の瞬間の火薬的発光を頼りに、その場で回避を行えばいい。

 反対方向に反発した暁は、そのままくるくると後方へ退避する。逆に残った三隻は、続く第二射が装填されるよりも速く敵を討つべく、一直線に軽巡へと向かった。

 

 三方向から向けられる砲口、躱すすべはもうどこにも存在していない。

 

「……テェ――!」

 

 雷の合図。

 ――直後に炸裂。爆発を伴って、二度、三度炎を吹き上げた軽巡ヘ級はその場で艦体を真っ二つに割られると、海の中へと消えてなくなり溶けていった。

 

 

 ♪

 

 

 かくして、鎮守府正面領域を巡る、はぐれ艦隊と島風達第一艦隊の戦闘は終息した。

 とはいえもとよりこの闘いは前哨戦に過ぎないのは、誰もが知っているところにある。本命はこの艦隊が流れだした南西諸島周辺を偵察する大規模船団。

 

 故に――少しずつ、満の鎮守府は戦いの空気を増していくこととなる。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、少し揺らいだ熱さにほっとする皆さん、こんにちわ!

ちょっとミスもありましたが、別に大勢を揺るがすほどではないのです。
慢心慢心。

次回更新は9月13日、ヒトロクマルマルにて、良い抜錨を!

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