艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

57 / 68
『24 真実』

 差し出された手紙を、満はしげしげと見つめた。表、裏とめくり眺めて、そうしてその筆跡から、手紙を書いたのが誰であるのか、直ぐに察した。

 

「これはまさか――?」

 

 そのとおりだと、それを差し出した主――加賀はいつもどおりのクールな無表情で頷いた。現在二人は日本海軍本部にある艦娘寮。その中の加賀の私室だ。話に他者を介したくないということで、二人きりでここにいるのだ。

 長門か陸奥あたりに見られれば、何を言ってからかわれるか解ったものではないわけだが、致し方がないと加賀は嘆息した。

 

「その通りです。……“あれ”を見たのであれば知っていると思いますが、私とあの人はあの人が貴方の艦隊に配属されてから、こうして文通を続けてきました」

 

 その目的は、電子媒体ではない方法で、ある事実を加賀に伝えるためのものであったのだが――

 

「これはつまり、そういった目的で書かれていない手紙、ということか? ……彼女がそんなものを書くのか?」

 

 満の言うことはいささか彼女に失礼であるかのように思える。しかし、実際そうなのだ、あくまで彼女は必要なことを必要なだけしかしない。

 例外があるとすれば、それは食事のことである。

 

「……私もそう思います。ですが、それでも実際に、あの人は一度だけ――この一通だけ、本来書く必要のないことを書いている。不思議に思ったのだけれども、その意図は当時は意識できなかったの」

 

 赤城の手紙はあくまで自然体であったから、彼女が沈むまで一つの事実に気がつくことができなかったように、この手紙が異質であることも、気がつくことはできなかったのだ。

 

「手紙の内容事態は、それの一つ前の手紙に対する返答だった。けれども、これひとつを単体で見た場合、ある事実を彼女は語っている」

 

「……事実?」

 

「読めば解るわ」

 

 ――加賀は、そうとしか語らなかった。手紙を自分で読み返すこともなく、ただ味気なく満に渡して、それっきりであった。その時は満も、加賀のそういった態度を訝しんでいたのであるが、結論から言えば、それは決して無理からぬことであったのだ。

 

 問題は“彼女”の手紙にあった。内容が内容だったのだ。加賀は読み返したくもないだろう。――とはいえそれは決して悪い意味ではなく、ある純然たる、特殊な理由からくるものだった。

 

 加賀と別れ、一人その手紙を読んだ時、満はいやというほどそれを理解することになる。ただし、彼の反応は加賀とは違い、――時折、何かがあるたびにその手紙を開き、見返し、意識を整えるために使った。

 ――要するに、そういう内容なのだ。加賀は、読み返すたびに気恥ずかしい内容に悶絶するのであった。

 

 

 ♪

 

 

「ウェイ」

 

 金剛の口元から、ふと意図せず言葉がこぼれ落ちた。

 

「ウェイウェイ」

 

 それはすかさず、彼女らしい言葉の羅列に変わり、彼女の感情を非常にわかりやすく表した。――無理もない、その光景は金剛でなくとも――金剛ですら、狼狽してしまう光景であるのだから。

 

 

「ウェイウェイウェイウェイ! ちょっと待ってくだサーイ! 戦艦四隻は何が何でもあんまりデース!」

 

 

 そう、そうであるのだ。

 敵中枢艦隊防衛網へと到達した南雲機動部隊を待ち受けていたのは、戦艦ル級。フラフシップ級二隻、エリート級二隻、系四隻。そして僚艦には軽巡ホ級と駆逐ハ級。それぞれフラグシップ。

 その威容は、かのミッドウェイ海戦とは言わずとも、並の海戦ではそれ自体が主力といえるほどの戦力であった。カスガダマの戦力を鑑みても、こちらのほうがよっぽど脅威なのである。

 

 装甲空母鬼は一隻の超弩級艦であるが、こちらは四隻の弩級艦。たとえ性能差があろうと、数で勝るのであればこちらのほうがよっぽどまずい。何せ即大破級の攻撃が弾幕となって襲ってくるのだ。

 金剛と榛名の二人がかりで抑えていたカスガダマ海戦とはわけが違う。最悪、全員大破で帰還し、資源を湯水のごとく浪費することも考え無くてはならない。

 

『とにかく、高火力攻撃の機会ある金剛、加賀、龍驤の三人を他の艦が守るんだ。おそらく今回はここで撤退だろうから後の事は考えなくてもいい、夜戦まで考慮に入れて敵艦隊を殲滅しろ!』

 

「無茶……でもないですよね。やらないと、次来た時が困るんだから」

 

 島風が、気を取り直すように満の指示に同意する。

 

「最悪私が盾になる。金剛は絶対に死守! 龍驤と加賀は……まぁ守れるだけ守って!」

 

 金剛は夜戦にも絶大な火力を持ちうる戦艦だ。対して空母である龍驤、加賀の両名は夜戦には参加できない。島風が多少おざなりになるのもそれはそれで道理で、むしろ、夜戦可能な艦を守るという意味で、戦闘後半には彼女たちが被害担当艦になる必要もある。

 

 要はバランス。戦況の揺れ動きによって生まれる役割の変更を、各々の艦娘が正確に見極める必要があった。

 あまりに難物のように思える。全体の戦局すら把握が難しい状態になるだろうことは必至、しかし求められるのはその更にもう一つ上の段階、戦局を掌握しながら“負ける”必要がある。

 

 正確には勝利だ。しかし、全力で一切余力を残すこと無くここで戦うことは、間違いなく島風達の負けなのである。

 それでも、やるしかないのだ。今回の目的は、その敗北なのだから。

 

 敵艦隊を圧倒し屈服させることは簡単だ。しかし、そこに全力を尽くしてしまえば、島風達は“落とし所”が作れなくなる。ただ勝利することよりも、“より良く負ける”ことの方が困難なのは、戦争の歴史が語っている。何せ、相手も自分も納得できる条件を作る必要があるのだから。

 

「全艦、行くよ! まずはここを何とかする!」

 

 空に浮かんだ龍驤と加賀の航空機。北上から飛び出した甲標的。そして砲塔を回転させ的に狙いを付ける島風達。

 状況は、彼女の言葉の直後、――一斉に動き始めた時間を持って、めまぐるしく変動を始める。

 

 北上の雷撃は駆逐ハ級へと向かった。――直前に、軽巡ホ級が空爆によって中破に追い込まれている。そしてハ級も北上によって沈められる。互いに一直線に並んだ艦隊。その姿が、開始早々変化を見せたのであった。

 

 同航戦である。島風と、敵旗艦戦艦ル級フラグシップの視線が交錯した。黄色の光を伴う敵に意思と思えるものはなく、島風は即座に視線を外し、意識を敵の戦力そのものへ向けた。

 

 ――砲撃戦が始まる。金剛の砲弾が連続して炸裂し、そしてそのまま敵ル級へと降り注ぐ。うち、一つが直撃、ラッキーパンチであった。しかし所詮は単なる幸運。敵ル級の主砲がひとつひしゃげるにとどまる。

 敵の砲撃が始まったと見ると、島風は明確に船体を傾け、全体を先導しながら通常以上の速度で敵艦隊に接近する。

 

 理由は簡単、ル級の砲撃は砲撃戦が開始した時点で飛んできているのである。――どれだけ近づこうと、襲いかかる砲弾の数にさほど変化はないのである。

 

 敵ル級に先んじる形で、愛宕の砲弾が中破のホ級へ襲いかかった。直撃、そして海へと還る。これで敵は四隻。――しかし、実態は決して島風達の優勢とはいえないのである。残る四隻はすべて戦艦、たかだか軽巡駆逐を葬った所で、敵の戦力に変化などないのである。

 

 幾つもの弾丸が行き交った。――狙いは、金剛へと集中していた。先の直撃もあるだろうが、戦艦の砲撃は敵にとっても致命的、その程度ならば深海棲艦とて解る。

 

 一瞬、島風の視界が揺らめく、向けられた先は、金剛を挟んで、加賀。――それを察知した加賀は瞬時に意図を理解して肯定する。

 言葉すら無く覚悟を決めた島風は、艦列を離脱、さすがに敵の砲撃が無視できない距離まで接近する。超至近。お互いに狙われれば直撃は免れない。

 

 それを承知のうえで、島風は敵の砲撃を引きつけようとした。敵としても島風は無視できない位置にいる。それを理解した上で、島風は更に挑発するように幾つかの砲弾を、すべてのル級に当てていった。

 

 どれもこれも、せいぜい敵の装甲をえぐる程度のもの、二発、三発と続けば小破にもなろうが、たかだか一発程度で、戦艦ル級の超装甲が果たしてどうにかなるものか。

 どうにもなる、はずがない。

 

 けれども、撃った。あくまでル級を引きつけるために。

 結果、弾幕は島風を蜂の巣にした。蜂の巣にするべく、襲いかかった。――一つ一つには隙間がある。直撃するのはせいぜい一発。それでも、一発は確実に受ける状況であった。

 

「――ふふん!」

 

 そこで、“待ちわびるように”島風は笑みを浮かべる。同時に、背部の魚雷発射管が、駆動音を伴って両舷に展開される。

 

 直後――爆炎が島風を襲った。熱は換装によってカットされる。それでも、異臭は彼女を襲う。衝撃は、島風に自身の中破を知らせた。

 だが、問題はない。――本命はそこにない。すでに賽は投げられた。投げたのは、自身であり、投げたものは、魚雷だ。

 

 中破の直前、島風は魚雷を全門発射。砲弾の直撃によって揺れる水面から、魚雷の雷跡は掻き消え、その行方は敵深海棲艦には視認されない。

 それでも、当たるかどうかは未知数であった。発射の直前まで敵に魚雷を察知させない必要があった。そのため、発射はかなり乱暴だ。

 

 事実、いくつかは自身の起動を勘違いし、あらぬ所で作動している。そして結局敵に直撃するものはひとつもなかった。

 しかし幸運か、はたまた数による必然か勘違いをした魚雷の一部が、敵ル級フラグシップ――僚艦の方だ、旗艦ではない――の目前で炸裂した。これにより、幾つもの破片がル級を襲い、同時に猛烈に水をかき分けて天上へと至ろうとする。

 破片そのものはル級に致命的な傷を与えることはかなわない。それでも、それらは非常にわかりやすい、ル級に対する目眩ましになる。――ル級の視界は、一つしかないのだ。

 

「――行きます」

 

 島風の後を引き継いで、加賀の航空隊が敵を襲った。機銃をがむしゃらに撃ち放っても、日本トップクラスの練度を誇る加賀の編隊を捉えられるはずもない。

 直後、加賀により、ようやく敵戦艦のうち一隻が海へと沈んだ。代償は島風の中破。しかし、最低限の代償で済んだのは確かだ。もしも大破にでもなっていたら、島風は夜戦での戦闘能力を失っていた。

 

 ――現状、島風は厳しい状況にあるものの、それでも、少しだけ戦況は南雲機動部隊に傾いた。

 そしてそれを窮地と取ったか、敵艦隊も起死回生を狙うべく金剛への砲火を集中させた。もはや敵艦を集中してどうにかしないことには押し切られると判断したか、それとも――

 

「ともかく! ……全部まとめてかかってきなサーイ! 叩き潰してあげるデース!」

 

 もはや進退は窮まった。金剛は自身のいかんともしがたい状況を理解していた。状況は終盤に差し掛かりつつある。島風等の助力を受ける時ではなくなったのだ。小破の金剛が夜戦火力を発揮するよりも、中破の島風に任せたほうが有意義である。

 ならば、わざわざ自分をかばってもらって、その後に沈められるかどうかすら解らない賭けに出るよりも、ここは――

 

「……確実に一つ、沈めマース。たとえ私がどうなろうとも……!」

 

 ――別に、轟沈するつもりはさらさら無い。どうなろうとも、大破しようとも、金剛は敵艦隊を道連れにする。

 

 最低でも大破。夜戦での戦闘能力を、削ぎ落とす――!

 

 直後、愛宕の砲弾が金剛の一撃で主砲を飛ばされた方の敵ル級エリートを穿った。直撃ではない、至近弾。だが、このまま放置する訳にはいかない弾丸だ、ル級の動きが激しさをました。

 同時に愛宕へ意識を取られたのが見て取れる。金剛は即座にチャンスと見た。

 愛宕は狙ってそれを為したのだろう。心のなかで彼女に礼を言って、そのまま金剛は、島風と同様に艦隊の陣形を乱す。

 

 敵の砲火は即座に集中した。島風以上に、金剛は大物だ。だが、金剛も敵を“喰う”つもりで接近を選んだ。ル級と、刺し違えるのだ。

 

「――ファイアァ!」

 

 エリート一隻が、これで沈んだ。

 ここまで来れば、もはや戦局の大勢は明らかであった。金剛のあとに続くように龍驤の艦爆がル級エリートを狙う。機銃の掃射は苛烈であったが、加賀の編隊が敵ル級すべての対空を一瞬引き寄せ、その隙を龍驤が突いた。これで、ル級エリートが全滅。

 

 だが、ここからがル級フラグシップの大粘りであった。すでに金剛が中破したことで敵ル級を抑えるには、弾幕が明らかに足りなくなっていることもあってか、ル級は縦横無尽に砲撃を振るった。

 結果、それらは空母郡へと襲いかかる。直撃は、加賀と龍驤がそれぞれ受けた。

 

 これにより、加賀は何とか小破で持ちこたえたものの、龍驤が大破。戦闘継続能力を失った。

 

 けれども――

 

「ふぃー……間に合ったかな?」

 

 遅い。何もかもが、遅い。

 

「魚雷――全部ぶちまけちゃうからね?」

 

 最後は北上が飾った。片舷二十門。目にするだけでもその超大さが理解できるほどの過剰火力が旗艦、ル級フラグシップを襲う。

 ル級に回避の術など無かった。――ご丁寧なことに、何処をとっても北上の魚雷は、彼女に三箇所着弾するのである。

 

 島風達は、もはや完全に敵艦隊への“チェックメイト”を突きつけたのであった。

 

 

 ♪

 

 

「戦闘終了ー! さすがにやばいからこれから帰投します!」

 

『了解。因みに山口さんの所は家具箱(大)を回収したそうだ。これより帰還するとこの事』

 

 島風と満の会話。回線を通じて艦隊へとそれが伝わる。すでに疲労困憊であった島風達、互いに会話はなく、島風は気を休めるように満へと言葉を並び立てた。

 

「ここまでやれば十分ですよね。……でも、やっぱりトンデモないですよコレ」

 

『そのとおりだな、まさか僕も戦艦四隻をこの艦隊で相手取ることになるとは思わなかった』

 

 他愛もない会話。

 

 ――しかし、

 

 ――――それを遮るように、“何かが”

 

 ――――――――通り過ぎるように、

 

 

「――――サイ」

 

 

 囁いた。

 

「……ん? 何かいいました?」

 

 小首を傾げ、満及び周囲の艦娘に問いかける島風。帰ってきた答えは明瞭。

 

『何を言っているんだ?』

 

 満の言葉が総意であった。――だが、島風は確かに何かを聞いていた。少なくとも、彼女はそれを間違えない。

 

 直後、さらに“それ”は続いたのだ。

 

 

「――ゴメンナサイ」

 

 

 今度こそ、誰もがその声を聞いた。

 バッと、その場にいる艦娘すべてが一斉に声の方を向いた。無線機越し――

 

『…………、』

 

 南雲満だけが、沈黙した。――否、明確な何かをつまらせて絶句していた。彼は言葉にならない声を叫びあげているのだ。

 

「――ゴメンナサイ。――ゴメンナサイ」

 

「……どういうことですか?」

 

 目の前にいる“それ”は、明らかに人の様相ではなかった。深海棲艦と同様にも思えるが、彼女たちには彼女たちなりの“生気”というものがある。

 だが、“それ”にはない。

 

 無理もない。

 

 ――それはまさしく、島風達にとっては亡霊であった。その姿は、亡霊としか思えなかった。

 

「……おそらく、“念現象”と呼ばれるオカルト現象の一つでしょう」

 

 加賀が、明確な理由をもってそれを応えた。

 “念現象”。そも、オカルト現象とはつまり、魔術的、呪術的な“科学を伴わない”現象であり、この世界に置いては、一部の地域、一部の状況においては“一般的に”発生しうる状況だ。

 とりわけこの“念現象”は何かの思いを具現化する現象だ。その場にいない存在が、その場にいるかのように視認され、言葉を発する。大抵の場合、その言葉は意味のない何がしかの羅列であるのだが、

 

「――ゴメンナサイ。――ゴメンナサイ。――ゴメンナサイ」

 

 “それ”は明らかに、誰かに対しての謝罪を繰り返していた。

 こういった意識の具現は、無いわけではない。それを行うための魔術的な方法だって存在している。だが、この場合重要なのはそこではない。

 

 

 ――今、そこに“彼女”がいるということだ。

 

 

 彼女は、死装束とでも評すべき白の衣装に身を包み、その髪色を本来の黒から白へと変色させていた。“胸当て”はかつての黒を保っているが、それ以外はすべて、生を感じさせない白の死である。

 異質であるといえばもうひとつ。彼女の左右の肩には、明らかに“深海棲艦”と同様のものと思われる異形が存在している。バケモノのような黒と、口。さながら空母ヲ級の頭上のそれに近い。ただし形状は縦長――明らかに、飛行甲板を模したものであることが解る。

 

 瞳は、うつむき島風達には読み取れない。ただ、正気でないだろうことはとうの昔に知れていた。

 

「……そんな、嘘でしょ」

 

 島風の言葉が、うわ言のようにどこかへ漏れ、消えた。

 

「なん、何でや、なんで――」

 

 龍驤の狼狽は明らかであった。言葉も、呂律が回らないように定まらない。

 

 そんな両名が、完全に停止した。

 再起動は、その直後。

 

 島風はその名を呼んだ。いままでずっと、“あの人”だとか“彼女”だとかいう呼び方がされ続けてきた、ある一人の女性の名を。

 

 一度支えかけて、一度顔をうつむかせて、それから、睨みつけるように、怒鳴りつけるように、訳もわからず――泣き叫ぶように。

 

 ただ純粋に、呼びかけた。

 

 

「――何で、こんな所にいるの! ――――“赤城”ッッ!!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。