艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『21 金剛』

 榛名には、今少しだけ悩みごとがある。小さくはないが、けれどもとても個人的なことだ。というのも、それは悩みの種が彼女の姉にあたる高速戦艦、金剛の個人的な悩みであるからだ。

 

 姉妹、とはいえ実際に同じ母から生まれてきたわけではなく、艦艇として同じクラスをもって生まれてきた、いわゆる同型艦。榛名が金剛のことをお姉さまという呼び方で呼んでいるのは、結局それがしっくり来るからでしか無い。

 貴重な戦艦ということもあり、金剛と榛名はどちらかといえば姉妹間の交流などあってないようなものであるのだが、それでもここ最近、基地間の交流が持たれるようになると、自然と金剛と榛名も顔を合わせる機会は大きくなった。

 

 そうしていると、気がつくことがある。あまり交流のなかったころと、交流の多い今、その違いから気がついたことではなく、もっと根本的な、明確な違いが金剛に訪れたのである。

 理由は直ぐに解った。それはとても単純で、とても真っ直ぐで、そして少しだけ寂しい、そんな感覚を思わせるものだった。

 

 

 恋である。それも、相手には意中の人がいる横恋慕。

 

 

 もともと、その人のことを金剛は好きであったのだという。それでも、その恋心は本物ではなく、面白いと興味を持って、アプローチをかけるようなものであった。

 ――それが、その意中の人に起こった変化が、金剛を大いに締め付けることになる。確かに前を向いた彼はとても魅力的で、希望ではなく実際を語り始めた彼の瞳は透き通るように直線的ではあったのだけど。

 

 だからこそ、そんな彼に惹かれる金剛が、榛名にはあまりにもの寂しくて叶わない。横恋慕なのだ。叶わない恋なのだ。それでも、“好きになってしまった”のだから救いようがない。長い艦娘生活で、初めて会ったような手合。とても頼もしくて、思わず好きになってしまった人。

 

 北の警備府司令、山口は言っていた。

 金剛は、本質的には一人がちで、本質的には寂しがりやなのであると。――確かに彼女は賑やかで明るい人であるけれど、だからこそ一人でいるのを嫌う傾向がある。

 少なくとも、それがきっと彼女のあり方で、寂しさを埋めてくれる人は、きっとあの提督であったのだろうけれども。

 

 それが榛名の今の悩みだ。結局、単なるひとりよがりな悩みではあるかもしれない。それでも、金剛が、自分が敬愛する姉の一人が、悩んでいるのは何だか、こっちまで胸が苦しいように思うのだ。

 

 

 ――そんな姉と、今榛名は行動を共にしている。カスガダマ沖海戦。海の潮風の中にいる金剛を、この時初めて榛名は感じた。

 

 

 ♪

 

 

 加賀の大編隊が空を行く。高高度から敵の頭上を駆け抜ける。無論、それを無視する装甲空母鬼ではない。むしろ、それに気を取られるほど、全戦力をそちらに集中させる。――それほど、加賀の編隊は強大であった。

 無視できないというのもあるが、頭上での圧迫感は、装甲空母鬼に嫌悪を与えたか。

 

 とまれ、それが加賀達の狙いであった。狙いは軽空母ヌ級。そこに殺到するは瑞鳳の航空隊。加賀の編隊に狙いを定めた空母鬼艦載機を尻目に、その合間を縫ってヌ級本体へと何機かの航空機が殺到した。

 気がついた時にはもう遅い、幾つもの爆撃が空から、航空魚雷が海から、二方向がヌ級を狙う。回頭、――魚雷のいくつかを避けた所で避けきれなかった魚雷に捕まり、更には爆雷の餌食となった。

 

 敵艦隊、輸送艦ワ級エリートに続き、軽空母ヌ級が轟沈となった。

 

 はっとした時にはもう遅い。装甲空母が一瞬気を取られたように艦載機を動揺させる。そこを加賀が押し込んだ。幾つかの空母鬼艦載機が海へと散った。――だが、装甲空母鬼もまた強敵であるのだろう。そこで一気に情勢は傾かなかった。どころか、再び空は均衡を生み出し始めていた。

 原因は軽空母ヌ級の艦載機だ。瑞鳳の航空隊はヌ級艦載機をすべて無視してヌ級を落とした。が、ためにヌ級の艦載機のうち、空にあった分はほぼ無傷で残った。これらが装甲空母鬼の艦載機に味方したのだ。ヌ級が沈んだ以上、彼女たちの指揮は装甲空母鬼が引き継ぐこととなるのである。

 

 更に、空母鬼の反撃は終わらなかった。続けざまに艦載機を発艦させたのである。超弩級クラスの性能あってか、はたまた深海棲艦の特殊な発艦方法は、着艦までもを有利にするのか。もはや空母鬼の大変態は、加賀の艦載機の数を大いに上回っていた。

 しかも、更に悪いことに、ヌ級を葬った瑞鳳の航空隊が、新たに発艦した装甲空母鬼の艦載機に襲撃を受け、全滅。塵も残さず海へと帰った。

 

 そして直後、航空隊の一部が瑞鳳に到達。あっと思った時には遅かった。無数の爆雷が瑞鳳を遅い――炸裂。

 瑞鳳、中破であった。中破した空母は戦闘継続能力を失う。金剛の小破は先にあったとはいえ、南雲機動部隊における最初の大打撃。そして最初の喪失と言えた。

 

「ッッぅぅぅぅううううッ!」

 

 痛みは伴わない。だが、衝撃は体中を打ち、激痛にも似た圧迫が瑞鳳の身体を締め付けた。十数年と戦場にいて、やはりこれは慣れない。さらに中破ともなれば外装、服も大きく削げ落ちる。

 もはや逃避気味の思考が、人に見せるものではないな、と愚痴をこぼした。

 

「編隊は加賀に合流! 加賀の艦載機もだいぶ減ってるから、収容は加賀に任せておけばいい。後を気にせず、存分にやっちゃって!」

 

「なかなか勝手なものいいですね」

 

 加賀のやじが後方から飛んだ。無茶を言うなと言いたくはなるが、それはお互い様というものだ。むしろ、無茶しかないのが戦場というものだ。

 お互いに、わかりきったようにそれ以上の言葉はなく、瑞鳳は回避に専念する。

 

「では後は、任せていただきましょう。すべて――」

 

 ヌ級を瑞鳳が叩き潰したのだ。負けてなどいられない。ここで退いては、正規空母の名折れというもの。

 加賀の力強い瞳に、さらに一つ炎が灯った。

 

 

 空が激戦の様相を呈するのに対し、海もいよいよ敵の弾幕は金剛、榛名を捉えようとしていた。とはいえすぐではない。逆に金剛達も敵戦艦を捉えうるのだ、一瞬のラッキーパンチが懸念されるとはいえ、こちらもまた膠着と言えた。

 

「榛名ッ!」

 

 その折、金剛が榛名に檄を飛ばした。背中を押すという意味合いもあったが、それは同時に合図でもある。

 

 金剛と榛名。両名は示し合わせて砲弾をタ級へ向けて撃ち放った。無論装甲空母鬼は無視できないが、空母のついでに火力が付いた装甲空母鬼よりも戦艦であるタ級の方がよっぽど無視できない。これで轟沈できるのであればそれが最善なのだ。

 とはいえ、タ級には至近弾でとどまった。目眩ましには十分であるが、戦艦二隻の砲撃としては物足りない。

 

 しかし、そのままタ級を狙い続ける訳にはいかない。本命はロ級フラグシップ撃滅を行う島風の支援。即座に砲弾を再装填、数分にも及ぶかという感覚的時間を要した後、射撃。

 

「てー!」

 

 榛名の声が勢いまさしく轟いた。ロ級の周囲に、降って湧いた戦艦の砲弾。大慌てであった。即座に回避行動にうつったものの、至近弾は炸裂を伴ってロ級をかすめる。直撃はなかったものの、ロ級フラグシップ二隻はそこに釘付けとされた。

 

「ナーウ!」

 

 金剛の声が島風に一瞬を告げる。島風はニィと口元を歪めて飛び出した。ロ級は島風によって集められ、ひとまとめとされており、狙うには絶好の的であった。

 戦艦の砲撃は二度、三度に渡った。その間に幾つもの砲弾がばらまかれたわけであるが、ロ級はその場を動けなかった。しかし、島風はその間を縫った。縫って切り裂き、ロ級二隻に肉薄する。

 

 電光石火、刹那さながらの出来事であった。電撃の如く海を裂き駆け抜けた島風はロ級を超至近で捉える。駆逐艦の砲弾が、戦艦に及ぶのではないかという距離。そこから放たれた砲弾では、さしものフラグシップクラスとてひとたまりもない。

 爆発は二つ上がった。同時にその場を離脱していく島風、ガッツポーズを見せびらかして金剛達に勝利を告げる。

 

「イエース!」

 

 金剛もまた同じようにガッツポーズをして、そのまま降り注ぐタ級の砲弾をかいくぐった。装甲空母鬼の砲撃もある。

 戦闘は激しかれども、決してお互いに状況が変化しないわけではない。空では瑞鳳がやられ、加賀は一人奮闘している。海はといえば、すでに僚艦のほとんどを沈め、状況は艦娘側に傾いていた。

 

 とはいえ。空が崩れれば海は一網打尽だ。戦艦だけでは、空母に蜂の巣にされるが関の山。できることなら、空が均衡を保っている間に海を何とかする必要がある。

 次なるシークエンスは、間髪入れず訪れた。

 

 

 動きを見せるのは重雷装艦、北上である。さらなる改装で、随分と装いも変化した彼女は、自慢の魚雷を空に輝かせ、タ級へと狙いをつけている。

 

「そういうわけだから、援護よろしく――!」

 

 無線越しに、金剛榛名、そして島風を交えた会話を終えた。会話には数分も要さない。そんな余裕すら艦隊には無いのだ。加賀がいつまで持つかわからない以上、即断即決は必要不可欠なのだ。

 

 ――スタート。金剛と榛名、及びその影に隠れる形で加賀と瑞鳳が右舷から敵艦隊に切り込む。最前列である金剛に、タ級と空母鬼の砲弾が集中した。同時に、空母鬼の艦載機も加賀攻撃隊の追撃を振り切り金剛に迫る。

 一瞬、艦隊が大いに乱れた。金剛の動きが鈍り、そこに突き刺さるはずだった砲弾が霰のごとく叩きつけられる。

 

 その後即座に速度を通常に戻した金剛が、お返しとばかりに砲弾を放った。榛名が後に続く。砲弾はタ級に集中した。回避には一切のブレもなく、タ級は砲弾をくぐり抜ける。空母鬼との間に炸裂するように放り込まれた弾丸によって、ちょうど両者の間に溝が生まれた。

 待っていましたとばかりに、島風が動く。

 

 疾風迅雷の奇襲であった。まず二発、魚雷をタ級へ向け放ち、そのまま前進。タ級は雷跡に気が付き急速回頭。通り過ぎた魚雷はどことも知れぬ場所に消えた。

 同時に襲った榛名達の砲撃も振り切り、タ級は砲弾を金剛にかえしてから周囲を見遣った。どれだけ高速でも、魚雷の発射地点から消え失せられる時間差ではない。

 島風はすぐに発見された。ちょうど金剛達とは反対側、挟撃するようにタ級及び空母鬼へと迫っていた。

 

 すかさず再装填された主砲をタ級は轟かせる。しかし、島風は冷静であった。砲弾の軌跡を見やるや否や、その届かない場所へ最大船速。回避行動を取る。

 同時に前進。タ級の目前へと迫る。――その時、横合いから島風は砲弾を殴りつけられた。正確には、間近に迫ったそれを体をそらし危機一髪で回避、同時にその勢いに吹き飛ばされ後方へとはじき出された。

 

 装甲空母鬼である。間一髪の所で彼女はタ級の窮地を救った。少なくとも、そう見えた。たとえ実際にはそれが、単純に接近した敵への対処という無感情なものだったとしても。

 

 だが、それがタ級に致命的な隙を与えた。だれでもなく、彼女を救った装甲空母鬼が、だ。――空母鬼も、そしてタ級もこの一瞬金剛達から視線を逸らしていた。一瞬の間砲撃が止んでいたということが理由ではある。しかし、失策だ。

 

 気が付かなかったのだ。寄り添うように艦列を組んでいる金剛達の奥。待ち構えるように――北上が金剛達が通りすぎるのを待ってから魚雷を発射したということを。

 

 

 一瞬、タ級を見遣った空母鬼の目の前で、タ級は魚雷に呑まれ、炸裂する水の破砕に巻き込まれ、跡形もなく文字通り“消え失せた”。

 

 

 そこへ、ありとあらゆる砲撃が空母鬼を襲う。金剛達が再装填を終え砲撃を再開した。同時に、復帰した島風もまた、放ちきっていなかった三門の魚雷をすべて撃ち尽くす。

 

 ――列を成して襲いかかる魚雷を回頭、すれ違うように空母鬼は躱した。

 

 ――点在し、空白を塗りつぶすように襲いかかる砲弾を、それでも合間を縫って空母鬼は躱した。

 

 だが、そこまでだった。返しの砲撃は金剛に届きすらせず、続く砲撃が装甲空母鬼へ炸裂。それでも、耐えた。両脇に備え付けられた人間のものとは思えない、しかし人間型の巨大な腕。それを盾に、何とか空母鬼は小破でとどまった。

 そうしてふと、異音。装甲空母鬼はハッとして翻る。そこには島風がいた。間数メートル。回避にも身体の動き用がない状況で――衝撃、これで中破。

 

 同時に島風へと襲いかかった黒墨の爆風が彼女の姿を覆い隠す。直後、それは飛び出した島風の尾を引き、かき乱されて消え失せる。

 

 そうして、最後。トドメを飾るは――

 

 

「……今です!」

 

 

 正規空母、加賀。

 空母鬼の中破で編隊に乱れが生じたか、ともかくその隙を見逃しはしなかった。急降下、敵編隊を振りきった後、その艦爆は空へと掻き消え、雲間に消えた。

 

 狙い定めた空爆。加賀は一撃を逃さなかった。

 

 ――甲高い急降下爆撃特有の音響。思わず、と言った様子で、装甲空母鬼が空を見上げた。間に合わない。気がついた時にはもう遅い。

 

 

 爆撃の鉄槌は――一直線に装甲空母鬼を貫いた。

 

 

 戦闘終了。

 金剛の小破、瑞鳳の中破と、万全であったはずの艦隊に空いた風穴を無視はできない。それでも、カスガダマ沖海戦“一回目”の戦闘は、かくして終了を迎えたのである。


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