艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『19 激烈』

 戦艦タ級。かくして相対した人類最大の敵、日本の宿敵とも言って良い強者に、南雲機動部隊は戦慄した。これまでとはひとつ次元の違う脅威を肌に浴びていたのだ。

 なかでも加賀の反応は絶大であった。鋭い瞳といよいよ持って一層敵意に細め。タ級へ言葉無くとも多弁なまでに極大な意思をぶつけていた。

 

 敵意、ある種執念と呼ぶべき憎悪。加賀の心理は烈火に燃えていた。赤くその胴を熱に委ねた剣が如く。まさしく加賀は殺意を尖らせた赤熱の死。身を焦がす火輪であった。

 

 だが、同時に徹底して冷静を通し、あくまで暴走することはない。加賀の精神は、非常に高高度において安定し、極限にまで及ぶ集中を生み出していた。

 

『敵空母がいない以上、加賀、龍驤――蜂の巣にしてやれ』

 

「心得ています」

 

「ラジャーやでぇ!」

 

 加賀の冷えきった声と共に、龍驤の気合が十分に入った声が合わさった。対照的とも言える両者ではあるが、戦意の高さは折り紙つきだ。

 

『金剛はそのサポート、砲撃で敵を釘付けにし、空母をタ級から守るんだ』

 

「イエース! お任せくだサーイ!」

 

『他はリ級以下を頼む。適時最善と思う行動を取ってくれ。それと――島風』

 

「何ですかぁ?」

 

 島風は、満の言葉に兵装の調子を確かめながら返答する。作業中であることもあってか、非常におざなりな声の調子であった。

 

『そろそろ七面鳥撃ちも飽きただろう。……敵の艦艇、思う存分喰ってもいいぞ』

 

 ――それが、一瞬にして変化する。

 

「ホントですか!? 全部!?」

 

『あぁ全部だ。――おかわりはないがな』

 

「おまかせあれですよ! 提督!」

 

 満からの通信はそこで途切れ、各自は各々の準備を進めながら戦闘開始を待っていた。まず航空爆撃、そして開幕雷撃に、それから金剛の砲撃で戦闘は始まる。

 タ級は強大だ。しかし、決して不滅の敵でないことはこれまでの多くの海戦が証明している。タ級との交戦が証明している。

 

 何も気負うことはない。通常通りであれば十分に勝利が見れる相手。――しかし、故に気負いが生まれないはずもない。相手は相応以上の大物なのだ。

 それを“喰える”ともなれば、戦意が高揚しないはずもない。

 

「そーいうわけだからさ、愛宕っち。……全力でぶっ潰してさしあげましょうよ」

 

「異論、ないわぁ」

 

 それは愛宕にしろ――北上にしろ、島風達誰にしろ変わらない。勝って帰る、それだけだ。

 

 

 ♪

 

 

「全門――てぇー!」

 

 金剛の主砲が、タ級ヘ向けられ放たれた。ついに、周囲に幾つもの水柱が浮かび始める。序盤、艦隊は互いに様子見のように状況が停滞した。――砲撃の手は止まなかったものの、至近弾、夾叉弾が生まれること無く、愛宕達の間合いへと戦闘は推移した。

 

 続きざま、ようやく第一次攻撃隊を収容した、龍驤と加賀が第二次攻撃隊を空へと飛ばす。いよいよ持って、戦場は鉛色の騒音をはらみ始めた。

 

「――愛宕っち、とりあえず全部、薙ぎ払っちゃおっか」

 

「今日はいつもよりやる気満々ね、北上さん。でも、それもいいと思うわ。――思うように、やるのが正解だと思うもの」

 

 思うように。ふと愛宕の言ったその言葉を噛み砕きながら、ばら撒くように北上は主砲を震わせ弾丸を放った。

 

 タ級の砲弾が、それと交差するように北上に迫る。一撃必殺、呑み込まれればひとたまりもない火力である。

 

「……回頭!」

 

 一列の単縦陣から、すこしだけ北上は逸れた。艦列を離れ、一人、少しだけ接近した場所から、敵艦隊を見やる。

 

「この距離なら……!」

 

 当てられる。そう踏んだ北上は魚雷を片舷全門を敵艦隊に向け、しかし即座にその体勢のまま後退した。距離が近い、イコール敵艦隊の砲撃も勢いを増すのである。少なくとも、狙いをつけやすくなるのだ。だから、単純な深海棲艦どもは、嬉々として北上を狙うだろう。

 

「っとと!」

 

 気がつけば、どうやら無茶をしそうになっていたのだと反省する。何もしてはならないわけではないが、必要がないのなら面倒だからしない。それもまた北上である。

 

 必要のない無茶よりも必要な無茶を。――むしろ、無茶はするに限るとも、北上は思うのであるが。

 

 その北上をかばうように、愛宕が自身を全面に押し出て敵軽巡を狙う。連続して海に投げ入れられた愛宕の砲弾は、やがて至近、夾叉――さながら階梯を駆け上がるように段階を置いて、軽巡への直撃にたどり着く。

 

「あっりがと!」

 

「もうちょっと行くわよぉ!」

 

 続けざま、愛宕と北上は敵駆逐へと砲塔を回転させる。未だタ級が健在である以上、北上達の役目は雑魚狩りだ。

 

 

「ファッキン! お化けのくせに生意気ネー!」

 

 そして主戦場。金剛は二隻の戦艦タ級を、航空機の助けを借りながらいなしつつ、それでも空けられない風穴に、思わず悪態をつきながらも、絶え間なく砲弾を解き放ち、あまねく弾幕を作り上げる。

 

「そんなこと言ったって、金剛が落とさないから行けないんじゃん!」

 

 島風がそんな金剛の悪態を即座に否定する。同時に重巡リ級へ砲弾をばら撒き、更には迫るタ級の砲撃を連続してかわし続ける。

 彼女の役割は遊撃、特に軽巡以下への砲撃であるのだが、艦列の関係上、常に島風は敵戦艦タ級に狙われている。――それでも、それら全てを至近弾すら無く回避し続けるのが、島風が島風たる所以であるのだが。

 

「リアライズがナッシグンですよ島風。私が文句を言う時に、私の落ち度など一切無視するのがアダルトというものデス!」

 

「じゃあいいから、重巡沈めてくれる!? 私が合図のあるまでタ級の砲撃回避とリ級への砲撃に専念!」

 

 島風に、何か考えがあるのだろう。金剛は合点が行ったように――別に実際に合点が行ったわけではないが――頷くと、大仰に胸を張って笑顔を見せた。

 

「そうと決まればとくとこの目に焼き付けるデース! 全砲門、改めてファイア!」

 

 砲塔が独特の機械音を伴って回転。そのまま炸裂、リ級へと砲撃が向けられた。弾幕の趨勢が目に見えるほどの変化を見せる。薙ぎ払うように向きを変えたそれは、リ級そのものを覆い尽くすかというほどの数で持って海面を叩き、水柱を置き土産に消えてゆく。

 

 直後、チャンスと見たかタ級の砲塔が全て金剛へ向けられた。自分自身が狙われていないのならば、敵を狙うことに集中ができるというものだ。

 ちょうどその時、加賀と龍驤は第二次攻撃隊を引っ込めていた。龍驤は加賀の編隊が交代するまでの間、空に艦載機を漂わせていたものの、それも援護のない状態でタ級に近づけることはできない。手の空いたタ級の機銃が、猛烈に龍驤の艦爆を追い立てていた。

 

 金剛が砲撃の手を実質休めたことで、両者の均衡が崩れ始める。タ級の砲撃は一層苛烈を増した。金剛の周囲に至近弾が幾つも突き刺さる。夾叉弾に持ち込まれなかったのは、金剛がそれを想定し回避に専念していたたわものか。

 

 ――そんな状況を他所に、島風は主砲の装填を確認すると、周囲を一度見回してから身体を落とし体制を整えた。

 途中、ちらりと駆逐二隻を追い立てる北上達が視界にうつった。思う所はないではない。――これから島風がすることは、いかにも彼女たち好みであったからだ。

 

「島風、いっきまーす!」

 

 掛け声とともに飛び出した彼女は、彗星のごとく海面をかける。大げさな半円形の移動が、さながら幻惑の蝶であるかのようだ。

 速度四十ノットオーバー。時速にして七十キロを優に超える最大船速が、遺憾なくその海に島風の名を轟かせる。

 

 疾如島風。風と化した彼女を、捉えられるものなどいない。――否、誰も彼女に気がつくことはなく、敵艦隊の左舷側にいたはずの島風は、右舷側へと回りこんでいた。

 

 そこから、タ級に突っ込むように“前進する”。

 ――島風の狙いはこうだ。まず、金剛にリ級を任せ、それによって生まれる隙をタ級に狙わせる。その間に手の空いた島風は最大船速で先行迂回。敵の右舷に回りこむ。そして文字通り敵艦隊に“切り込む”のだ。

 

 左舷のみに注力しているタ級二隻が、右舷に回った島風に気がつくはずもなく、彼女はタ級とタ級の隙間に、まんまと入り込むことに成功した。

 

「ッッケェ――――!」

 

 咆哮。共に、『10cm高角連装砲』としての機能をもつ二門の連装砲妖精が、唸りを上げて砲弾を飛ばす。至近どころか、懐から放たれたそれが、直撃とともに黒煙を吹上、島風の姿を隠す。

 気がついた時にはすでに遅い。タ級は砲塔を島風へ向けようとして、失敗する。このまま狙えば同士討ちになるということもあるが、直後。

 

 

 ――数発の魚雷が、まとめて二隻のタ級に叩きこまれた。

 

 

 そして、離脱。

 ――タ級は未だ健在であった。しかし中破、戦闘継続能力を極端に低下させている。放った砲弾も島風を捉えることはなく、駆け抜け自身の艦隊へと帰還した島風は、満を持してといった風で金剛に宣言する。

 

「――今だよ! タ級二隻、まとめて喰い散らかしちゃってよね!」

 

 思わず、眼を白黒させていた金剛であったが、そう言われてしまえばすかさず意識はタ級へと向く。

 

「オゥイエース! あんなの、全部的みたいなものデース!」

 

 砲塔は即座に回転。すでに中破したタ級へと向けられていた。――なお、結局リ級を沈めることは叶わなかったが、直後その場を通り過ぎた加賀の第三次攻撃隊が、置き土産のごとく放った爆撃で、リ級は海の底へと還っていった。

 

「全ほうもーん、ファイア!」

 

 もはやタ級も敵ではない。穿ちやすい体の良い的だ。金剛の砲弾は寸分違わずタ級に着弾し――直後、北上達によって鎮められた駆逐二隻も併せて、敵は全滅。

 

 ――戦闘は、南雲機動部隊の勝利で終了した。

 

 

 ♪

 

 

「アッハハ、島風ってば、おっかしー」

 

 北上の愉快な声が海域に響き渡った。とはいえ、戦闘終了後の艦列など考えてすらいないうえ、無線も入っていないような状態で、それが聞き届けられるのは隣にいる愛宕しかいない。

 

「もう、今は帰投中とはいえ、気を抜くのはだめよー? いつ敵が襲ってくるかわからないんだから」

 

「そうはいってもねー。実際警戒はしてるわけだし、その上で笑ってるわけだし?」

 

 北上の目前には、潜水艦警戒のソナーが浮かんでいる。このソナーは個人の趣向によって機能以外の全て、つまり外装は自由に変更できるのであるが、北上の場合は魚雷を模した携帯端末である。

 

「敵潜水艦、ソナーに反応な~し。って!」

 

「まぁ、それはそうだけどねぇ」

 

 愛宕も、何もまじめに北上を咎めているわけではない。一種の社交辞令のようなもので、一度そうやって納得してしまえば、もはやそれ以上小言を重ねるつもりはなかった。

 対して、北上はどこかしみじみとした様子で本来の話題に回帰した。

 

「それにしてもさ、なんていうか島風、変わったよね?」

 

「そうねぇ……変わった、というのもそうだけど、らしくなったって感じかしら」

 

 ――らしくなった。そういえば、そうなのかもしれない。

 南雲機動部隊の旗艦は島風だ。それは、満の鎮守府が始動した時から変わらない。そしてその上で、島風は多くの仕事をしてきた。戦果を残してきた。

 

 だがそれも、いまいち物足りないものが在ったことは否めない。駆逐艦であるのだ、当然といえば当然であるが――彼女の駆逐艦とは思えない戦果が、そもそも周囲に彼女が駆逐艦であるという認識を薄れさせていた。

 

 駆逐艦の本分は艦隊決戦にはないのだ。島風は艦隊決戦仕様の高性能駆逐艦ではあるが、駆逐艦であることに変わりはない。

 

「……しっくりきた、って言っても同じじゃないかしら」

 

「らしくなった島風は、しっくり来た。まぁ、そんな感じかもねー」

 

 二人は、そんなふうにまとめて頷きあった。――北上の本題は、そこからだ。可笑しさを隠しきれずに笑みを浮かべていた顔を、どこか憂いのある、アンニュイなモノへと差し替えた。

 

「……島風も、皆も、少しずつ変わって行くんだよね」

 

「…………そうね」

 

 否定は、できなかった。自覚はあるのだ。この三年間、南雲機動部隊に所属してから、もっとも変化したのは愛宕自身であるということに。

 

「何だか、私だけが取り残されてる気がするんだよね。――私だけがこの艦隊で、“しっくり来てないんじゃないか”って思うんだよね」

 

 “あの事件”から三年。あ号艦隊決戦から三年。満は変わった。金剛も、少しだけその雰囲気を変えたように思える。島風も、どうやらかのキス島撤退作戦で、一皮向けて見せたらしい。龍驤も、そして――愛宕も。

 

 特に愛宕の変化は目覚ましい。代理という形ではあるが秘書艦を務めるようになり、本来の才能であった“策士”としての才能を開花。今の彼女にかかれば、どんな敵も物の数ではないと認識してしまうほどだ。

 

 もうそこに、自分を頼りないと思っていた愛宕はいない。――未だ何も変わっていない北上とは、大違いだ。

 

「――、」

 

 一瞬、愛宕は黙りこくって、それゆえに静寂が生まれる。北上はそんな愛宕の瞳を覗きこんだ。とても透明で、とても真っ直ぐ前を見ていた。

 

 

「――――そんなことは、あるんじゃないかしら」

 

 

 愛宕の返答は、そんな少し予想とはずれたものだった。

 

「北上さんは私達“変化している側”との間に差を感じている。――これは勝手な想像だけれど、北上さんは、すでに“変化できないくらい”変化してしまったんじゃなかしら」

 

「変化、しきってる? 私が?」

 

 まさか――親友、大井は言ったのだ。まだ北上は終わってはいない。終わっていないというのなら、未だ変化の余地が、成長の余地があるのではないか?

 

「……あの人は言ったわ、北上さんはまだ“終わっていない”って」

 

 そのとおりだ。そして、であるなればこそ、北上は――

 

 

「つまりそれって、終わる余地がない、ってことじゃない?」

 

 

 言われて、はたと気がついた。そうだ、――知っている。北上は知っている。“終わる余地がなかった”艦娘を。一人だけ、知っている。

 

「……色々なことに疲れてしまった“あの人”と、北上さんはよく似ている。でも、決して同じではないと思うの」

 

「――終わってしまった“あの人”と、終わってない、私の違い?」

 

「そう、北上さんはやっぱり強いから、もう一度だけ、前に向きたいっていう気持ちがある。……あの人には、それが無かったみたいだけれど」

 

 良い、悪いにかかわらず。北上がそうであり、かつて南雲機動部隊に身を置いていた正規空母が、そうであった。

 その違い。

 

「前を向きたい、気持ちかぁ」

 

 実感はない。けれども、否定しようはない。――あの虚しさを、全てを失いたくなる虚無感を、北上は知っている。全てを投げ出してしまいたくなる感覚を、北上は知っている。

 ならば、

 

「できるかな――」

 

「……、」

 

 愛宕は、答えなかった。それは、北上がこれから決めることであるからだ。

 

 

「あの人みたいに、この気持を精算することが」

 

 

 そう言った北上の顔は、どこか前向きで晴れやかで――

 

「――できれば、あの人みたいな終わり方は、私はしてほしくはないけれどね」

 

 愛宕はそんな横顔を眩しげに眺めながら、一言、付け加えるようにするのであった。


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