艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『17 碧天』

 龍驤から見ても、誰から見ても、加賀の技量は、正規空母として最高クラスのものだ。艦娘としての性能というものもあるが、何より経験は、現在も現役で活躍する五航戦コンビに次いで高い。

 幾多もの海戦を主力として経験し、若干後方に下がりがちであった相方とくらべても、比ではないほどの戦果を残した日本海軍切っての名うて。

 

 艦娘には個々特有の強さというものがあるのは、龍驤もよく知っている。水雷戦隊旗艦としてはトップクラスである木曾や五十鈴。駆逐艦でありながら水上打撃部隊の主力一翼や機動部隊の旗艦を務める島風のような存在もいる。

 

 では龍驤はどうだろう。龍驤は軽空母だ。空母というものはその能力にかぎらず重要な戦力であり重宝される人材だ。よって、加賀と龍驤を相対評価するのは、些か無粋で無知とも言える。

 とはいえそれは他人が、とくに空母の事を全て同じとしか見れないような新参者が語ること。適材適所以前の問題であるのだ。そもそも空母は数が少なく貴重であり、軽空母であろうが正規空母であろうが、戦場を駆け回らなくてはならないのである。

 

 だから評価に意味は無い。――他人の評価は、だ。だが個人の“龍驤個人”の評価であれば話は変わってくる。

 

 誰かが下した客観的な評価など意味はなくとも、自分自身が下した主観的な評価は、“悪い方に”龍驤を導いてしまう。

 さらに言えば、それは誰かが否定したとしても、一度思ってしまえばそのまま評価として残り続けるのだ。もはや呪いのような自負と言っても良い。

 

 誰かが意味のないことだと言うだろう。そのとおりだ。

 誰かが気に病むなということだろう。そのとおりだ。

 

 ――だが、そのとおりに思えないのが人間だ。個々の価値観。個々の主義主張というものはそれだけ絶対的なもので、それを変革しようと思うなら、“よほど弱っている相手に”今まででは“考えもしなかった価値観”をぶつけるしか方法はない。

 どちらかではだめなのだ。弱っている相手に甘言を並べてもそれはもはや宗教の洗脳みたいなもので、考えもしなかった価値観は大抵の場合、自身の価値観とは相反するものであり、逆に反発を呼ぶ。

 

 龍驤にとって、加賀はとても大きな存在であり、そしてどうやったってかなわない相手でもあった。

 ただ、それがあまりに大きな問題であったかといえばそうでない。島風のようにスランプを引き起こす火種かといえば、否であると誰もが応えることだろう。

 

 ――そんなもの、だれだって持っている劣等感なのだ。たとえそういった感覚を持っていたとして、それが原因で失敗を重ねる者はそうはいないだろう。

 絶対にいないとは言わないが、それは少数であり、龍驤は多数側の人間であった。劣等感を持ってはいる。だがそれを自分の中でどうにかこうにか理屈をつけて、今日を生きていることに疑いは持たない。

 

 龍驤とは、そういう少女だ。――そして、どうやったって勝てない相手に、“別の部分で勝つ”という方法も、龍驤はよくわかっていた。

 

 他人と自分を比較して評価したとしても、それが正しいはずはない。他人が自分自身と同一であることなどありえないのだから、艦娘というのは特にそれが顕著だ。駆逐艦であったとしても、軽巡であったとしても、重巡でも戦艦でも空母でも、“違うのだから”比べることに意味は無い。

 

 龍驤の場合、それは空に思いを馳せることがそうであった。――龍驤の空は、広くそしてどこまでも碧い。“碧天”が龍驤の世界であった。

 かつて、あの少女が語ってくれた言葉。駆逐艦でありながら、全く駆逐艦でないかのような振る舞いをする少女。

 

 先代の電は言った。龍驤の空は、どこまでも飛び続けることのできる空であると。

 

 龍驤は自由なのだ。

 ――どこまでも、どこまでも。

 

 

 自由で、あるのだ。

 

 

 ♪

 

 

「……はい、データは持ち帰り次第報告します。はい……では」

 

 加賀の声が何処へ響くこともなく消えてゆく。どうやら個人的な回線で誰かと話をしているようだ。相手は満か、はたまた山口か。

 そこへ、島風の叫び声が轟く。

 

「報告! 報告されていた敵の主力艦隊の一部と思われる艦隊を発見。これより戦闘に入ります」

 

『編成は?』

 

「空母ヲ級、フラグシップエリート各一隻。戦艦ル級フラグシップに、軽巡ヘ級フラグシップ、そして駆逐二級エリート二隻!」

 

『機動部隊か……』

 

 島風と満の会話が、無線機越しに周囲へ伝わる。状況は緊迫していた。いよいよ敵艦隊主力との決戦である。強行偵察とはいえ、相対してしまったものは全て撃破する。敵の戦力を削ぐという意味でも、ここで後退の二文字は無い。

 

「どうしますかー?」

 

『空母は全て殲滅しろ。僚艦は最悪見逃してもいいが、ル級は最低でも中破だな。基本的に深海棲艦に打撃を与えて見逃しても、あまり大きな効果は見込めないがな……』

 

「まぁ全部落とせば関係無いといえば無いですし、この際全部やっちゃいましょうよ!」

 

『僕は最低ラインを言っているんだ。できることをやれと言っているわけではないんだぞ? そのくらいは解っているさ』

 

 満は単にできなくてはならないラインを語っている。そこを譲ってしまえば敗北なのだと、そう島風に言っているのだ。

 

「わかってますよ! 提督の考えてることくらい、手に取るように解ります」

 

『ほう、それは面白いな。では、僕が今何を考えているか解るか?』

 

 楽しげな満の声が無線機から飛び込んできた。戦闘開始まで少しばかり余裕がある。経験上、満もそれがわかってきたのだ。

 島風は一瞬だけ逡巡すると、即座に手を叩いてひらめいたように答えを返す。

 

「島風は相変わらず凛々しいな!」

 

『今日の夕食は何にしよう、だ馬鹿者』

 

「あーずるい! こっちが海の上で寂しくもそもそするだけなのに!」

 

 言ってから、二人は楽しげに笑みを漏らした。周囲からも忍び笑いが聞こえてくる。どうやら加賀ですら可笑しそうに口元を抑えているようだ。そもそも彼女はジョークを解する性格である。

 ガス抜きの重要性は身を持って理解していた。

 

「ほな、直掩機飛ばすでー!」

 

 そうしてから、加賀が艦載機を構えたのに龍驤が気がついたのだろう。自身も飛行甲板をはためかせ、紙束の如き艦載機の“種”を緑色の両翼に変じさせていく。

 一瞬にして浮かび上がる様はさながら歴戦の刃。まさしく、龍驤はすでにベテランの域に達しはじめた空母であった。

 

 だが、それ以上の存在が今、南雲機動部隊にはいる。正規空母加賀は、経験も場数も知識も何もかも、龍驤を上回る先達である。

 それでも、各艦のやるべきことは変わらない。加賀は淀まず発艦を終える龍驤を視界に認め、“認めた”ように頷いてから矢を引き絞った。

 

 振動する弦に押し出され、龍驤の後を追うように、加賀は艦載機を空へと並べた。

 

 

 ♪

 

 

 金剛の咆哮。そして加賀と龍驤の第二次攻撃隊が奏でる二重奏が、開戦の幕を開ける序曲となった。

 火蓋が切って落とされると同時、金剛とル級が砲閃を交え、遠距離からの殴り合いを演じることとなる。周囲を飛び交う艦攻の魚雷を機銃で往なし、合間にル級を金剛が狙う。

 

 三十ノットほどの高速で旋回し、敵の魚雷を即座にやり過ごしつつ放つ一撃は、激しい上空爆撃のためか精彩に欠く。とはいえそれは敵方も同様ではあるのだが、結果として生まれた膠着状態は解消されること無く、両者は互いに、重巡クラスの間合いへ入った。

 

 狙い定めるは『20.3cm連装砲』。有するは重巡愛宕に雷巡北上。軽巡の改装艦である北上の間合いが、重巡クラスに準ずるというのは些か不思議ではあるが、同じ『20.3cm』を装備出来てしまう以上致し方ない。

 そもそも、重巡と軽巡を分ける差など甚だ意味のないものなのだ。それは雷装特化の重雷装艦にも言える。

 

 そして、北上の兵装はこの『20.3cm』の他に基本兵装の『甲標的』と『10cm高角連装砲』があるが、彼女の今回の役目はあくまで対艦砲撃である。

 訳は明白。先の戦闘にて会敵したものよりも空母の数は少ない、北上を対艦砲撃に割く余裕が十二分に生まれたのだ。

 

 よって今回、対空火器を振り回すのは島風の役目だ。現在その島風は、気合紛れに敵の艦戦を吹き飛ばしている。主砲の対空砲ともなれば、その威力は折り紙つきだ。

 

 現在、島風達の役割は明白であった。金剛は敵戦艦との殴り合いを演じ、戦艦を釘付けにする。もしも可能であればその撃滅も任せられていた。

 そして北上と愛宕は敵の空母を護衛する水上艦の殲滅である。軽巡ヘ級を始め、敵の軽巡以下艦種は数が少なくない。

 

 空母を撃破する場合、考えられる方法は三つ。

 一つは高い魚雷火力を誇る島風、北上による雷撃。二つは加賀と龍驤による空からの爆撃。三つ目は金剛による主砲火力だ。

 この内一つ目と二つ目が、敵の小型艦艇の護衛によって妨害されてしまうのである。

 

 戦艦一隻を押さえつけ、金剛が実質自身の戦闘能力を犠牲にしているため、敵に有効な一撃は与えられそうにはない。そこで、個々が邪魔な敵を排除することで、別の艦娘が攻撃を行うのに有効であるのだ。

 島風の主砲による対空攻撃然り、各艦娘の機銃しかり、空の敵は目下最大の邪魔者であった。加賀と龍驤もまた、それに対し全力で持ってその撃滅にあたるのであった。

 

 

 ――前方を行く加賀の艦載機、艦戦『紫電改二』が急激に揺らめいた。直後龍驤艦爆『彗星』の視界から消え去った加賀の艦戦は、破裂し炎を噴出させる敵艦載機を伴って再び龍驤の艦爆の元へと現れた。

 一瞬の出来事、前方に集中しているということも在って、龍驤の艦載機はそれを確認することすら不可能であった。

 

 負けてなるものかと速度を挙げた『彗星』が『紫電改二』の前方にでる。狙うは空母ヲ級。まずは僚艦エリートだ。

 そこに、敵艦戦が襲いかかった。前方から現れた機銃の群れを、即座に下方へ滑空するようにして回避する。直後、援護とばかりに加賀の『紫電改二』が敵に機銃を見舞った。駆け抜けの攻防。さながら決闘のワンシーンであるかのようなそれは、『紫電改二』の勝利で幕を閉じる。敵は火の手が上がった部分から翼が断裂、一瞬機体全てが裂け飛び、それから大きな爆発を伴って消え失せる。

 

 滑空によって稼いだスピードの元、龍驤はヲ級上空を取った。高高度からの急降下。それによって生まれる刹那の音速。爆雷を投射した時点でその場を離脱、後の尾を引くように、爆雷は滑空、ヲ級に突き刺さった。

 

 懸命に振りかざされた機銃の合間を飛び抜いて、『彗星』は再び空へ舞い戻る。みればヲ級の甲板に炸裂した一撃が、彼女を中破に追い込んでいた。もはや飛行甲板は使用不可、艦載機の発着艦困難だ。

 

「もう一度!」

 

 加賀の『紫電改二』、そして艦攻艦爆を背に受けて、龍驤の艦載機が空を舞う。自信たっぷりの言葉と笑みに、加賀がその背中をじっと見つめるようにしていた。

 視線に気が付かずとも、龍驤はより一層気を引き締めて続くヲ級フラグシップを狙う。

 

 獲物は大きく、そして絶大。龍驤の手腕が試されようとしていた。

 

 

 そのころ海上では、ル級フラグシップから大きな黒煙が舞い上がっていた。金剛の砲撃が、いよいよ彼女をとらえたのである。対する金剛は至近弾がせいぜいといった被弾状況であり、至近弾が金剛を襲った直後、金剛のほうがカウンターの如くル級に直撃弾を叩きつけたのである。

 ル級は主砲を大きく炎上、もはや砲撃能力は大きく減衰、ゼロとは言わないまでも、砲撃自体は困難と言っても良いほどであった。

 

 それでも、ル級は主砲の砲塔が破裂することも恐れず、島風達に最後の砲撃を敢行しようとしていた。

 狙いは艦隊後方――――軽空母龍驤。

 

 

 艦載機の行末を見守りながら、その砲撃を龍驤はキッチリ把握していた。大方装甲の薄く、島風ほどの速度もでない自分を狙ったのであろう。よくあることだ。軽空母というのは戦略的に重要な価値を持つ分、狙われやすく、また狙われた場合、直撃弾を食らって中破など、全く珍しくなどないことだ。

 

 故に、身体はすでに動いていた。――後方でそれを眺めていた加賀が、思わず感嘆してしまうほどスムーズな動作で、砲撃の狙いから逸れ、回避を完了させた。

 

 ――直後、更に敵の艦攻艦爆が龍驤を狙う。ヲ級エリートの中破で警戒を高めたか、無数の魚雷と爆雷が、ばら撒かれるように機銃の渦を貫き避けきり殺到する。

 

 それでも、龍驤は臆さない。

 臆す理由がないというのもある。だが、彼女は今の自分に、それ相応の歓びを感じていた。この空を艦載機が飛ぶということ。加賀の援護を受け、島風の支援を受け、しかしこの手で、敵艦隊に風穴を開けるということ。

 

 その一瞬が、龍驤にとってはあまりに“嬉しい”。

 

「――何や、人気もんやね、ウチ」

 

 あくまで自然に、あくまで笑顔で、

 

 勝ち誇るように、

 

 

「でも、人気すぎるのも、考えもんや」

 

 

 ――そう、言った。

 

 

 直後、ヲ級フラグシップが龍驤の爆撃を受けた。

 結果は大破である。甲板どころか、自信を維持する機能へと爆発炎上。艦載機が持つ爆雷の誘爆を伴い、もはや轟沈は秒読みといった所まで、追い込まれることになる。

 

 そしてそこに、軽巡ヘ級を始めとする護衛郡を葬り去った愛宕、北上、そして島風の魚雷が、炎上する空母二隻へとどめを刺すべく襲いかかった。

 

 もはや結論すらも明らかに、新生南雲機動部隊は勝利した。

 加賀が配備されてから最初の大海戦。その戦闘を、ほぼ完勝と言って良い戦果で満の艦隊は――幕を下ろしたのであった。


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