島風初出撃の翌日から、大いに鎮守府内は騒がしさを増した。各種スタッフも増員され、整備妖精などの妖精組も続々と鎮守府内を飛び回る姿が見られるようになった。
赤城や島風が言うには、これが普通の鎮守府だという。つまりようやく満の鎮守府も機能を帯びたといえるようになってきたというわけだ。
そして、当然その中には新規に配属される艦娘達も含まれる。段階的に配備を予定される複数の艦船は、まずは特に輸送船などの護衛を担当することとなる駆逐艦から行われることになる。その数、四隻、四人。
「いや、赤城さんは食べ過ぎというより、もはや吸い過ぎだ」
「吸い込んでるよね! 赤城さんじゃなくてピンク城さん?」
二人で顔を寄せあって、満と島風はヒソヒソと声を交わし合う。視線の向かう先はデスクの向こう側でそんな二人を少し情けない表情で見ている。
「ちょっと丸っこいよな、赤城さんって。太ってるわけじゃないけど」
「なんでも吸い込めそうな感じですよね、ほんとに」
どこかの星の風来坊か何かを見るような目で赤城のことを話す二人に、オロオロとした様子で赤城が口を挟む。
「え、えっとその……じ、自覚はしてるんですよ? でも、燃費が悪いのは私の常ですし、それに一応、か、加減だってしてますよ?」
「それは下限の間違いでは? 最低限これだけは食べないとということでは?」
「違いますよ! 私はあくまで私の基準に則って、できうる限りの我慢を……あれ? あまり違わないような」
最初は声を張り上げた赤城が、やがてぼそぼそとした弱々しい声音に変わっていくのに、島風と満は声を合わせて「やっぱりー」と煽った。
トマト色の赤城の顔が、さらにさらに赤く染まった。
「……正直私、他の正規空母の人と同じ鎮守府にいたことがあるんですけど、赤城さんみたいにたくさん食べる訳じゃありませんでした」
「やっぱり」
再三繰り返すように言うのは、些か酷なようにも思えるが、赤城“が”したことは一種のいじめだ。結局後に満は赤城を通して上層部に赤城専用の食堂増設を提案、それは承認されることとなるのだった。
満、島風、赤城の三名がそんな風に暇な時間を潰していると、やがて扉をノックする音が聞こえてきた。ちらりと時計を見ると、時刻は丁度『一〇〇〇』だ。指定されていた通りの時刻である。
これがあるために、三名はこの司令室を動くことができず、また仕事もなかったために暇をつぶすようなことをしていたわけであるが、とかく。
『――第六駆逐隊、ただ今まいりました!』
鉄琴の上を跳ねまわるような、少しばかり甲高い少女らしい声だった。満は音もなく咳払いのように喉の調子を整えると、即座に先ほどよりも少し低い声音で、
「入ってくれ」
と返した。
合わせて赤城と島風も、司令室のデスクに沿うように縦一列で並んで姿勢を正す。先程までの空気は一瞬にしてかき消されたようだった。
「失礼します」
「なのです」
黒髪の少女を先頭に、四名の少女――すべて駆逐艦、故の“駆逐隊”だ――が入室してくる。全員島風と同程度か、更に年下ほどの年齢に見える――が、実際はそれよりもさらに若いだろう。艦娘というのはそういうものだ、違和感は未だに拭えないが理解は追いついてきた。
「改めまして、第六駆逐隊、暁型一番艦暁です」
黒髪の少女。少しばかり大人びた様子を見せるものの、どちらかといえばそれは背伸びをした結果であろう、澄ました笑顔も少し微笑ましく見える。
「二番艦の響です。
白く染め上げられた髪は、どこか洋風のそれを思わせるが、顔立ちはどちらかと言えば日本人に近い。幼さで言えば暁と同程度だが、こちらは彼女よりも随分落ち着きが見られる。
「三番艦、
快活そうな、しかしさほどツンとしたところのない、言うなれば嫌味のない様子は、元気印の女の子というのが良いだろう。茶色気味に明るい髪の色が特徴的だ。
「四番艦、
他の三人と比べれば落ち着きのない様子は、その髪色から雷とは対照的に映る。内向的な性格なのだろう、おどおどとした様子はどちらかと言えば庇護欲をそそった。
そうして四名が自己紹介を終えると、そのリーダー――ネームシップ艦である暁が、代表して言葉を述べる。
――が、
「以上四隻をもって、第六駆逐隊は『一〇〇〇』を持って、本鎮守府へと配属されました。これより提督の指揮下に入りましゅ!」
噛んだ。
「……、」
周囲の空気が凍りつくようなタイミングで、噛んだ。
「……あの」
島風が何かを言おうとしてすぐに口をつぐむ。止まってしまった時は、彼女の速度でもっても溶かすことはできなかったようだ。
「あー、これはまた、個性的な娘達だね」
耐えかねたように満が口を開くと、ようやく状況も再び回転を始めた。反応を見せたのは状況を滞らせた張本人、暁である。
「な、何よ! なんか文句あるっていうの!? 喧嘩なら買うわよ、主にカードで!」
言い切ったあと、コソコソと隣の響と言葉をかわす。しばらく響はそれをうん、うんと頷きながら聞いていたがおおよそ全てを聞き終えたのだろう、耳元に顔を寄せる暁から離れて向き直る。
「いい暁、カードっていうのはね、いろいろと種類があるけれど、この場合はクレジットカードというのが正しいよ。先に商品を受け取って、あとで銀行からまとめてお金を引き下ろすときに使うの」
「……響、それ提督に聞こえるようにイッちゃダメよ」
隣から雷の剣呑気味なツッコミが入った。直後に暁は、先ほどの赤城以上に顔を赤くわたわたとさせ始める。
「響ィ――ッッ!」
と、状況が混迷したことに困惑気味なのであろう、電が突拍子もなく頭を下げ始めた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
いきなりの謝罪はしかし、どちらかと言えば必死さが伝わってくる微笑ましいもので、なんとも言えない表情をしていた満の感情をある程度整理させる効果はあった。
まったく状況は解決していないものの、それでも落ち着きを取り戻した満は、赤城と島風を見て問いかける。
「……なぁ、艦娘っていうのは、だいたい皆こんなかんじなのか?」
「……………………、」
島風は、答えることができなかった。体中に脂汗のようなものをにじませ、どうしたものかと口をパクパクさせている。言葉が出てこないようだった。
赤城も軽く苦笑気味に――怒っているわけではないようだが、嘆息混じりでそれに応えた。
「……凡そ」
それが、きっと赤城に出来る最大限の答え、だったのだろう。満はそれに、何か返事をすることはなかった。
♪
配属された第六駆逐隊を伴って、島風を旗艦とした南雲満の第一艦隊は、司令室での一件から三時間後、正午過ぎ『一三〇〇』を持って鎮守府を出港した。
空は昨日よりいくらか雲を分厚くしているものの、雨が降る様子もない程よい晴れの天候であった。
「というわけで、何か質問あるー?」
「凡そありませーん」
のんきな声音で問いかけた島風に対し、暁が元気よく返答する。片手を振り上げ、自身の存在をアピールしているようだ。
「今回私たちが相手にするのは南西諸島沖で確認される敵艦隊の指揮下にあった現はぐれ艦隊です」
「主に軽巡までが確認されているけれど、そこまで大型の艦は確認されていないから、私たちでも比較的容易な出撃よね」
補足するように響と雷が合わせて状況を説明する。よく勉強しているようだ。島風はうむと一つ満足そうに頷く。
「最近、南西諸島沖が少し不穏なのです。えっと、詳しくは島風さんに聞きたいんですけど、よろしいですか?」
「んむ、まっかせなさーい」
『先輩面が映えるね、島風』
『実際先輩ですからね、いつもより張り切り気味なのは彼女が第一艦隊の旗艦が初めてだからでしょう。第一艦隊の旗艦、つまり鎮守府の
腕組みをする島風は、そんな通信機越しの会話を完全にスルーして口火を切る。まずはここ最近南西諸島周辺で確認される複数の深海棲艦の艦隊についてだ。
「報告によれば、ここ最近主に確認されているのはせいぜいが軽巡洋艦程度の小さな艦隊。けれどもそれが南西諸島沖、さらに言えばその中でも製油所地帯において複数群発して確認されているの」
「基本的に深海棲艦は軽巡以下で艦隊を組むことは殆ど無いわよね」
思い出すように言葉を選ぶ。島風はニヤリと楽しげな笑みを浮かべると、流し目を送りながらそれに付け加える。
「一部の例外は除いてねん」
跳ねるような語り口だ。先ほどの暁のような、大人ぶった態度ではあるものの、こちらはどちらかと言えば風格があった。艶美であった、とも言えるが。
「――敵船団からの偵察、よね」
ごくり、と喉を鳴らして雷が問いかける。今度は人好きのする良い笑みを浮かべて島風は頷いた。そうやって表情をコロコロ変える様は非常に楽しげだ。
「正直、ここらへんを防備している鎮守府や何かのなかで、これに対抗できる戦力を割ける余裕はどこもない。私たちの鎮守府はそれを補うために建設されたから、当然そういった大船団ともいつかは対決する時が来る。まぁ覚えておくといいよ」
海上で、立ちすくむ暁達第六駆逐隊。対する島風は、その周囲を高速で一回転した。その速度に切り裂かれた海の波が、島風と他の四名を、隔てる壁のように現れていた。
「こういうのは、近道なんてないわよね。一から、段階を踏んで前に進んでいったほうがいいのかしら」
ぽつり、と漏らす雷の言葉に、島風が大いに頷く。
「そういうわけだから、最初はそんな大船団の偵察――からも追い出されるように切り離された、はぐれ艦隊から叩いていくよ」
「……それはなんとも、世知辛いな」
響の苦笑めいた言葉。軽巡を旗艦とした駆逐艦を伴う敵艦隊の行動はいわゆる偵察と呼ばれるような、末端かつほそぼそとした仕事だ。それすらも放棄させられてしまうような集団。ともすれば落ちこぼれとでも言える集まりである。
普段であればほうっておけばいいが、さすがに鎮守府正面にまで迫っている敵艦隊を放置するわけにも行かない。
そんな訳で最初に島風達へ命じられた任務は、鎮守府の防衛であった。警戒せよとの文面であったが、すでに偵察が確認された状況ではもはや決定的だ。当然のごとく“撃滅”こそが今回の出撃の目的となる。
「それならさっさと終わらせて鎮守府に帰還するわよ。第六駆逐隊、行きます!」
暁が同じ駆逐隊に所属する同型艦達へと声がけをする。そこら辺はリーダーと呼ぶべきか、役割分担は思いの外為されているようだった。
「おぅ! じゃあ早速行きますよー!」
島風もそれに乗る。
宣言と、通信機への連絡をほぼ同時に終えた瞬間、島風は即座に水平線へと速度を上げて向かってゆく。追いかける暁型四隻。かなり加減した速度であることは明白であったが、それでも暁達は、その後を全速力で付いて行こうとするのだった。
♪
「そういえば、少し聞きたいことがあるのです」
移動中、ふと思い出したように電が近づいてきて島風に問いかける。周囲に敵は存在していない。目撃とされてすらいないわけで、当然潜水艦でも潜っていない限りここから“何か”が飛び出してくることはない。
その上で電は島風へと聞いた。
「赤城さん……私たちの鎮守府の秘書監さんは、もしかして“あの”赤城さんなのですか?」
「……んー、まぁそうだろうね」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ後でサ、サインもらっておかないと!」
『……アハハ』
会話の中でも、通信は途絶えているわけではない。向こう側で、少し困ったように赤城が苦笑するのが聞こえてきた。
『んー、無駄口は咎めないから聞きたいんだが、赤城さんってそんなに有名なのか?』
そこに満も食いついてきた。思いの外興味が有るらしい。
「し、知らないのですか? 赤城さんといえば、かつては日本が世界に誇るといわれた無敵機動部隊の旗艦で、日米合同の最大艦隊決戦である『ミッドウェイ海戦』の英雄、一航戦赤城なのです!」
『……ミッドウェー?』
満の言うそれは満が本来暮らしていた世界での、日米戦争における重要な転換点だ。無敵だった第一機動艦隊が壊滅、日本が初めて大きな敗走を余儀なくされた闘いである。
この世界の場合、各国間での戦争が、深海棲艦との戦争に変わったため、こういったおかしな変化も見られるというわけだ。
「かれこれ五年前のことですね。当時の決戦は凄かったんだろうなぁ。私と同じ駆逐艦電も、当時参戦していたそうです」
今は海軍の駆逐艦電は彼女であり、前任はとうに軍から除籍されているそうだが。
不思議なことに、建造や何かで新しく現出する艦は、現在存在している艦と同種の者が生まれることはない。たとえ生まれたとしてもそれは外装で、すでに生まれている艦がその外装を付け替えるのだとか。
故に同一の艦を同じ艦隊に所属させることはできないし、別々の艦隊に同一の艦が所属していても、片方はその軍艦の機能だけをもった艦船妖精が“操縦”しているらしい。
ちなみに艦船妖精は主に遠征用で、基本的な全力出撃はオリジナルの艦娘が行う。ようは信頼度の問題だ。
『不思議なもんだ』
つぶやくようにして浮かんだ言葉は、そのまま誰に拾われることもなく消えていく。無駄話はすでに終わりだ。島風の号令のもと、戦闘行動が開始サれようとしている。
「さぁ、第六駆逐隊、私の後に続いて敵主力艦隊を討つよ!」
「了解!」
――すでに、敵影は確認されている。
後は、状況は接敵を待つだけとなっていた。
ヒトロクマルマル、提督の皆さん、週末を桜花もとい謳歌する皆さん、こんにちわ!
今回は第六駆逐隊、暁型の登場となりました。次回が初の集団戦。
少し海域に出てくる敵の確認を間違えて、敵ボスが1-2仕様ですが、何卒よろしくお願いします。
次回更新は9月10日、ヒトロクマルマルにて。またお会いしましょう。