艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『13 決死』

 大きな船団を護衛するという任務は、本来遠征に関わる任務だ。出撃し、敵を撃滅するのが行動の原動力にある島風には、ある意味これが、初めての遠征ということになるかもしれない。

 とはいえ秀才島風にしてみれば、その程度、予習していないはずもない。経験的にわからないことも、不知火であればフォローもできる。島風の役割は司令塔なのだ。実働は不知火に任せ、むしろそのフォローをするつもりでいた。

 

 現在島風達は船団の周辺を輪形陣で護衛して進撃している。とはいえこれは必要ないといえば必要のない潜水艦警戒であり、実際に敵艦隊が出現すれば、艦娘達は船団を離れ囮として敵艦隊に接近することになる。

 

 深海棲艦の敵は艦娘だ。向こうはそれに妄執が如きこだわりを見せる。よって船団を取り囲むよりも、敵艦隊をおびき寄せる囮として行動するのが効果的、というのが船団護衛の基本だ。

 

 ただし、例外は船団が艦娘の使用する補給資材が存在する場合だ。深海棲艦の判断基準は艦娘とそれに類するもの、つまり自分自身であるため、それに付随する資材は攻撃の対象だ。

 

 今回の場合、キス島基地に十分な資材が存在するため、船団は人と兵糧のみが乗せられている。深海棲艦にとっては船団の優先基準が非常に低くなるのだ。

 

 とはいえそれが、敵に見つからないこととイコールなはずがない。見つかることが問題なのではない。敵に今回の作戦の要旨を察知されることが問題なのだ。

 敵は戦略的にはともかく、戦術的には非常に練度が低いというところがポイントだ。彼女たちにとって、島風をハジメとする今回の駆逐隊は、船団護衛のための艦隊でしかないのだ。

 

 加えて、駆逐艦の利点は全艦種最大ノットでの航行が可能であるという点。速度の遅い軽巡以降の艦種を艦隊に含む場合、島風達に追い付くことは不可能だ。

 であるため、敵が今回の作戦の意図を理解したとして、艦隊の旗艦に情報がたどり着くより前に、少なくともキス島へ辿り着くことは容易というわけだ。

 

 深海棲艦に、人間ほど高度な情報伝達機能はない。

 

 

「――おいでなさいましたね」

 

 

 洋上、ぽつりと不知火が言う。彼女は艦隊の最前列にて、島風とともに前方を監視している。島風は気が付かなかったが――無理もない、不知火には広範囲を策敵できる電探を備えているのだ。島風は追加兵装を全てに魚雷を載せている――不知火はどうやら敵を察知したようだ。

 

「数五。おそらくは水雷戦隊です。殲滅しましょう」

 

「ヨーソロー。じゃあ不知火はここで待機。周辺警戒を続けて。五隻なら、私と暁型だけで十分だから」

 

「旗艦軽巡はフラグシップである可能性があります。ご注意を」

 

 島風の判断に否と言うつもりは不知火にはない。元より、敵に情報が伝わる前に殲滅するのであれば、それが結局最善なのだ。

 

「聞いてた!? 単縦陣で行くから、全員配置について!」

 

「了解!」

 

 威勢のよい暁と雷の声が島風へ伝わってきた。元より彼女たちの方が響と電よりも位置が近いということもあるが、暁型の元気担当はこの二人だ。

 

「これより敵艦隊との戦闘に入ります!」

 

 直後――島風の周囲に彼女の主兵装、連装砲としての装備妖精が出現、待機を始める。彼女の手元で踊るそれは空中を駆け、手のひらによって操作される操り人形だ。飛行能力はないが、島風の近くに居る限り、彼女の思うがままに操作される。

 

 直後、身体を極端に折り曲げて、発進のための“タメ”を島風が作る。最大船側四十ノットオーバー。艦船最速の激烈が、十分な余力を伴って噴出を始める――!

 

 

 ♪

 

 

 軽巡ホ級フラグシップ

 更に駆逐ロ級二隻に駆逐ハ級二隻。戦力としては思った以上に大したことのない顔ぶれだ。軽巡はともかくとして駆逐にエリート以上のクラスがいないというのは、もはや島風達にとってはボーナスゲームに等しい。

 

 開戦直後、島風の主砲が幾度にわたって唸った。同航戦、狙いを定めるのは最後尾のロ級である。

 

 炸裂、海に一つでは済まない柱があがった。

 揺れ動くロ級。船体の小ささから、降り注ぐ天井のようであったはずの砲撃からことごとくロ級はすり抜けた。

 猛烈な勢いに小山とかした海に跳ね上げられながら、ロ級は艦隊の後方、電へと主砲を向ける。

 

「はわわ!」

 

 それに気がついた電ではあったが、意識をロ級へ“向けすぎる”ことはない。あくまで攻撃の一つとして状況を俯瞰し、他敵艦の砲撃が無いと見るや、狙い定めた敵の照準を狂わせるべく速度を急速に緩める。

 その場で滑るように回転しながら主砲を構えた電は、自身の至近に到達した駆逐ロ級の砲撃など一切気にせず返す刀の砲撃で応じた。

 

 ロ級とてそれくらいは予想している。即座に船体を回頭する形で砲撃の難を逃れると、続けざまに今度は魚雷を放とうと船体を動かそうとし、そして。

 

 ――雷のはなった主砲が直撃、一撃にして船体を真っ二つにして海の藻屑とかしてしまった。

 

「甘いのよ! こっちは電が一度攻撃してるんだから!?」

 

 それを見てから、砲撃を修正し雷は主砲を放ったのである。視線を見たのだ。電の一挙手一投足を観察すれば、その狙い位は読み取れる。あとは外れたところから狙いを修正し、敵を穿つのだ。

 

 思わず感嘆するのは島風だ。やはり、見違えるほど連携の練度が上がっている。彼女たちは艦娘としての分類上姉妹であり、満の鎮守府第二艦隊として、五年ほどの間ともに修練を積み上げてきた仲間なのだ。

 その連携は、端から見ていても美しさに思わず見惚れてしまう。

 

 直後、降り注ぐ敵艦艇の主砲と魚雷をことごとく避け切りながら、島風は続けざまに主砲を振るう。周囲を縦横無尽にかける三種類の大きさを持つ連装砲は、大忙しで眼を回していた。

 

 島風の弾幕をバッグに、暁と響も動きを見せる。

 敵の砲塔が響を向いた。二隻のウチ、残ったロ級が響を狙う。しかし、それを許さないのが暁だ。主砲でロ級を散らし、敵の攻撃を集中させない。

 ――回避をしながら砲撃を行う余裕のある艦など、敵には一切存在しない。そんな練度がないのだ。フラグシップのホ級ならともかく。

 

 しかしホ級は島風にご執心。他の艦娘と砲火を交えることはない。

 

 であればロ級の一撃は封殺されるも同然。弾幕が暁達と比べて明白に少ない以上、敵を押し切るには十分だ。

 

 お互い、最初は五隻と五隻の均衡から戦闘を始めた。しかし、練度の差が露呈すれば両者の大勢は一瞬にして決する。

 誰もが意識するまでもなく、この戦闘は島風達有利でもって進もうとしていた。

 

 暁の一撃が駆け抜けてロ級を横切りその退路を封鎖していく。一度でも至近弾があれば、夾叉弾、そして直撃弾と順をおって行くのが戦闘の基本。島風は先の一撃でおよそ敵の距離を掴んだ。後は、それを沈めるだけでいい。

 

「行くわよ! 響、続いて!」

 

「合点……」

 

 静かな返答であった。響は暁の射線を沿うように砲塔を回転させる。一度、爆音。二度、爆発。ロ級は直撃弾を二度受けた。暁の一撃は直撃箇所の都合、装甲を抜くには至らなかったが次はない、響がロ級を沈めたのである。

 

 二隻轟沈。すでにホ級等水雷戦隊には島風達を撃滅するすべはなかった。それでも、彼女たちとてこのまま無に帰す訳にはいかない。

 大艦隊との合流を急ぐか、少しでも敵の戦力を削るか。――選択は後者だ。ここはキス島包囲艦隊においても端の端。こんな場所から急いでも、島風達と戦える艦隊が周囲にいない。そもそも意識をキス島と敵の本体から外してまで、救援してくれる艦隊がいくつある。

 あるわけがない。であるならば、いっそ無茶を承知で、敵艦隊の撃滅を目指す他にない。

 

 大方の予想通り、敵艦隊は島風達を討つべくこの場を死地と決したようだ。いよいよ持って砲撃の勢いは増した。

 高速で島風達を撹乱する軌道を描きながら、砲撃を放つ。受動的な回避ではない、敵に砲撃をさせないための、攻撃的且つ能動的な回避行動。

 

 同時に、敵深海棲艦は単純ながら、効果的な戦略を持ちだした。端的に言えば、一隻の艦娘への集中砲火だ。

 

 狙いは幸か不幸か――世界最速艦、島風。ただし彼女は現在本調子ではない。一抹の不安が島風をよぎる。

 

「……しょうがない! かかってきてよ!」

 

 それでもやらない訳にはいかない。暁達がハ級に狙いを定めたと見るや、島風は意識を切り替えてホ級フラグシップに集中する。

 

 ホ級の砲撃は苛烈のヒトコト。この中で唯一の軽巡であるだけでなく、フラグシップ、他艦艇と一線を画する戦闘能力があることは間違いない。

 

 島風達の武器は練度だ。単なる塵芥の集でしかない敵艦隊を撃滅するのがその練度。艦娘と深海棲艦を隔絶する明確な壁、それが経験なのだ。

 

 ホ級の砲弾が海面を切り裂き白の爆裂を作り上げる。跳ね上がる海水を小型の連装砲妖精で振り払いながら、幾度にもわたって主砲が唸りを上げる。さながらステップを踏むかのように水上を揺らめく島風は、耳元を通り過ぎる砲弾に、顔をしかめた。

 苦ではない。回避事態はさして面倒ではない。それでも、どこか焦燥感が島風を締め付ける。胸の圧迫感は、いよいよ無視できないものへ変じた。

 

 気がつく。ホ級は距離を詰めてきている。お互いの砲火はどうしようもなく勢いを増していた。狙いは明白空と海――砲撃戦と、雷撃戦を同時に交える至近格闘戦。

 

「……やらせないよ!」

 

 現状、不安要素が増えれば増えるほど、島風から余裕が消える。スランプであるのだ、それを更に加速させるなどまさしく愚の骨頂でしか無い。

 

 島風の後方に備え付けられた酸素魚雷が一斉に解き放たれる。島風の左右にわかれた魚雷発射管は、即座にその様をなし海へと魚雷を放り出す。

 

 勢いを持った黒影の雷跡は、ホ級へ向けて放たれる。しかし、接近したとはいえ、まだ雷撃戦にはずいぶん遠い位置に両者は居る。これで当たればラッキーパンチ。島風の狙いはホ級の牽制だ。

 

 直後、爆発がひとつ聞こえた。ハ級に対し一撃が炸裂、誰かが戦果を獲得したか。とはいえ、未だ島風に対する砲撃の手は緩まない。無論それは、砲撃の大部分がホ級に拠るものであるということもあるのだろうが。

 

 ついにしびれを切らしたか、ホ級は即座にスピードを上げ、島風へと接近する。魚雷はホ級をかすめる事無く消えた。続く一撃は遠い、ここをチャンスと見て取ったか。

 

「……っ!」

 

 浅慮、ではないにしろ、判断を見誤ったことは間違いない。ホ級に一斉掃射のチャンスを与えた。おそらくホ級はここで島風の魚雷がどうあれ突撃を止めなかっただろう。

 やぶれかぶれと言えばその通り。だが、それゆえに一般的な思考から、ホ級は行動方針がずれている。島風の弱みはそこといえる。彼女は特に、敵が劣勢に立たされた時の不意な行動に弱い。

 島風は秀才なのだ。理詰めで行動する様子は、木曾のそれに近い。似たもの同士ということだ。

 

 よって、現在は想定以上の窮地にある。ただでさえ不調であるのに、それに輪をかけるかのように、島風のウィークポイントを敵が突いてくる。

 

 判断、判断、判断。

 考え無くてはならない、思考を止めてはならない。だというのに、“思考しろ”という思考だけに意識が取られ、まともな選択はくだせそうにない。

 迷った、永遠ほど。逡巡した、一瞬ほど。

 

 島風はそうして、答えを選ぶ。

 

 

「――皆、ホ級を狙って! 私がハ級を潰す!」

 

 

 答えは、委ねること。他人に自分を委ねた。暁型四隻に自分を託した。

 即座に砲塔が回転した。島風だけではない、暁も、響も、雷も、電も、併せて砲撃の先をホ級ヘ向ける。

 

 状況を完全に理解していたわけではないだろう。それでも、行動できない状況で無かったはずはない。それをそのまま、当然のように為してみせたのだ。

 ホ級の放つ一斉掃射直前、奇しくもほとんど同じような形で放たれた連撃がホ級を襲う。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 四つ。

 

 ――立て続けに爆発したホ級の激震。やがて海の藻屑ヘ消えるそれ。そうして締めくくりとばかりに放った島風の一撃はハ級を捉え、轟沈ヘ持ち込む。

 

 かくして戦闘は、終了した。

 

 

 ♪

 

 

「――お疲れ様です」

 

 戦闘中の島風達から離れていた不知火が帰還した。声をかけるのは島風だ。理由は単純。五隻の中でもっとも島風から疲れを見て取ったのだ。

 

「お疲れ様、そっちも大変だったでしょ!」

 

「そうですね。ですが敵影は無し、安心してよいかと」

 

 暁の言葉に、あくまで不知火は冷静に返した。少しだけ関心したように電が嘆息する。自身の部下が危険な状況にいる、それでも冷静な胆力は、これから部下を持つことになるだろう電は見習わなくてはならない。

 

「すごいのです。……なんだか、お姉さんって感じなのです!」

 

「……そうかしら? いえ、普段は自分で言うのもアレですけれど、厳しい指導をしていますから、そういった風に見られると……こそばゆいですね」

 

「電! ちょっと何私達のことを無視してるのよ!」

 

 雷からのやじがとび、電が苦笑するように困り顔になる。

 戦闘を終えたことで艦隊は多少、精神的な弛緩を見たようであった。

 

「……」

 

「大丈夫かい?」

 

 難しい顔をする島風に、響が気がついて声をかける。目聡いというよりも、この中で最も島風を理解しているのは間違いなく響であるのだ。

 

「……大丈夫じゃない、かも」

 

「ふふ。聞いたこっちが言うのもなんだけど、似合わないよ、島風が弱音なんて」

 

「でも……」

 

 いい渋る島風に、困ったように微笑んだ響は、そのまま何とも言えない風に表情を曖昧にさせ、続けて考えるようにして言葉を選んだ。

 

「そうだね、まぁ気にすることもない。多分、島風ができることは、全部出来ていると思うよ?」

 

 島風にできること、艦隊の指揮に戦闘。

 

「できてる……かぁ」

 

「難しく考えるよりも、考える事をやめて結論だけだせればそれでいいんだろうけどね」

 

 少しだけ人事ばかりに、響は嘆息してから意識を次の戦闘へ向ける。

 

「……ここから、多分厳しくなる。気をつけていこう」

 

 そんな、島風の言葉を耳に入れながら。

 

 

 ――続く戦闘、それは島風の言葉通り、厳しいものとなる。

 

 

「暁ッ!」

 

 雷の声が周囲に響き渡った。即座に顔つきを変えた暁が船体を思い切りそらして、“それ”を躱した。

 すでに周囲は戦闘警戒に入っている。島風達だけではない、不知火も艦列にいた。更にその奥に、護衛対象である船団が構えている。

 

「――皮肉にも、かな」

 

 島風は言う。不知火がそれに対して問いかけるように視線を向けると、島風は重々しく嘆息をしてから、言った。

 

「昔、私と第六駆逐隊に一人加えて出撃した時があるんだ。その時、雷は不意の一撃で大破してる。今度はその雷が、暁を救った」

 

「……それは皮肉ではなく、必然というものですよ」

 

「そうかな?」

 

「――艦娘は成長します。精神的に、実力的に」

 

 言葉を終えて、島風達は先頭にうつった。

 

 視界の奥。敵艦隊には――かつて島風達が相対した、“戦艦ル級”のエリートクラスが、佇んでいる――――


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