艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『11 演習』

「つまりさ、どっちにせよこの艦隊はそのうち解体が決まってる。機動部隊の主力だっていつまで今の体勢が続くかなんてわかんねぇだろ。だったらやるべきことは艦隊の連携を高めることじゃなくて、個々の艦娘の練度をあげられるだけ上げるべきだろ」

 

「うーん、そうはいっても、今のところこの第二艦隊はあの娘たちの連携で成り立ってるから、やっぱり艦隊の練度そのものを上げるべきじゃないかなぁ。山口さんのところの不知火ちゃんみたいに、一人でなんでもできるわけじゃないんだし……」

 

「ならなおさら個々の練度が重要だろ。龍田は今のことを気にしすぎだ。それでその先、練度が足りないなんてことになったら悲惨だぞ?」

 

「そうはいっても、今を何とかしないことにはその先はないわぁ。天龍ちゃんの言うことは最もだけど、今を何とかしないと、その先なんて来ないのよ?」

 

 そこは北の警備府にある一室。用途は主に作戦会議に使用する会議室。しかしそこで南の鎮守府所属、しかも実質合同で艦隊が運用される南雲機動部隊の所属ではない天龍と龍田が会議を行うのは、ある種異様な光景と言えた。

 議題は単純。南の鎮守府第二艦隊に所属する暁型四隻に対する今後の指導方針だ。

 

 暁型の四隻は、随分練度は高くなった。一流とされる島風とくらべても、多少の見劣りはあれど、数年前の対戦艦ル級戦のように遅れをとる事態にはならないだろう。

 しかし、完璧ではないところがネックではある。例えば島風や、北の警備府第二艦隊を仕切る駆逐艦、不知火と比べると練度は若干劣るし、近代化改修も完璧ではない。

 

 それでも見劣りがしない最もの理由は、暁達は高い連携がであるという点だろう。さすがに同じ特Ⅲ型の姉妹同士ということもあってか、四者は非常に親密な仲を築いている。

 そんじょそこらの艦隊では、手も足も出ない連携がこの四人の持ち味だ。

 

 とはいえ練度の高い駆逐艦はそれだけで貴重だ。装甲が貧弱で、また建造が容易である駆逐艦はとにかく入れ替わりが激しい。十年近く活動し続けている島風のような者は異端であり、そうはいないのだ。

 また、言ってしまえば性能が見劣りする駆逐艦は精神的にも負担が多く、生き残りはしても精神的に退役せざるを得ない場合もある。

 

「にしても、ほんとに時間がねーんだよな。……個々の練度か艦隊の練度か。どちらを取るにしても、片方は切り捨てなきゃいけねぇ」

 

 天龍の言うとおり、現在満の鎮守府が有する第二艦隊はすでに解体が決定している。高い練度を得た駆逐艦は、小基地の第二艦隊旗艦として、練度の低い駆逐艦の教導や遠征任務の旗艦を務めることとなる。

 

 先ほど名が挙がった不知火がこの“練度の高い駆逐艦”だ。北の警備府は警備府とはいえ主力艦隊以外の層は薄く、水雷戦隊を率いる軽巡は、主力艦隊の軽巡が務めることになる。そうでない場合は、駆逐艦が旗艦の駆逐隊を組む。

 そういうわけで今回の場合、水雷戦隊を組んでの演習をこの北の警備府周辺で行った。

 

 参加したのは旗艦天龍と第六駆逐隊、そして数合わせの島風だ。これは北の警備府第二艦隊には不知火をあわせ五隻の駆逐艦がいるため、それら全員を出撃させるためには、駆逐艦をもう一隻数合わせとして参加させる必要があった。

 

 そういうわけで出てきた問題。正確には、検討せずにはいられない問題を、ようやく検討に移して、天龍と龍田は議論を闘わせていた。

 

 そのために会議室を借りているわけだが、何も会議室は天龍龍田だけが使用するわけではない。

 だいぶ煮詰まってきた会議も、ようやく変化が訪れるはずなのだ。――そろそろ。

 

 

「――失礼する」

 

 

 外部からの存在を投入するという、至極明確な変革によって。

 

 海軍式のお固い敬礼とともに、一人の少女が入室してくる。北の警備府所属、軽巡木曾だ。後方には同じく軽巡夕張を伴っていた。

 

「はぁい、元気?」

 

「おいこら夕張、一応今は仕事中だ。もう少しまじめにしたらどうだ?」

 

「そんなこと言ったって、私達は艦娘よ。別にそこら辺を意識する必要なんて無いと思うわ」

 

 キチッとした厳格な木曾に、ラフな風の夕張はある種デコボココンビとも言えるが、口数の遣り合いに遠慮のようなものは見られない。

 両者は同じ艦隊に所属してまだ日は短い。それでも、だいぶ打ち解けてきたということだろう。瞳には、互いを信頼する様が見て取れた。

 

「おぅ、さっきはご苦労さん」

 

 天龍がさほど真面目ではない敬礼で木曾に挨拶をする。隣の龍田は真面目に敬礼こそしているものの、浮かべる笑みがそれをあまり真面目にはさせていない。

 

「だいぶ喧々諤々なようだな。先ほどまで整然としていた会議室がこのざまか」

 

 木曾が冗談交じりに周囲を見渡しながら言う。現在会議室は天龍と龍田が広げた資料に塗れ、それは床にまで侵食している。加えて会議室の左方に備え付けられたホワイトボードは、両者が書き連ねた文章と、思考がまとまらない間に意識せず書かれた落書きで一杯になっていた。

 

「あらあら」

 

 夕張がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて天龍を見る。些か恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。天龍は頬を染めてそっぽを向いた。

 

「もう、天龍ちゃんったらぁ」

 

「……お前はこっち側だろう龍田」

 

 いつの間にか天龍に積を押し付けようとしていた龍田に睨みを効かせつつ、天龍は資料をまとめて整理にかかる。

 ついでに、と言わんばかりに、先程までの会議の内容を手短に木曾達へと告げた。

 

「何だ、お前ともあろうものがそんなことを悩んでいたのか」

 

「……あれ? なんか妙に評価高いな。俺、天下の第二水雷戦隊元旗艦に認められるようなことしたか?」

 

 木曾の返答は思ってもみないことだった。天龍からしてみれば、まさか軽巡の最高峰から認められるなど、思っても見なかったことだ。

 

「まあ、無理もないんじゃない? その天下の軽巡様率いる艦隊に、練度の差はあったとはいえ勝ったんだから」

 

 夕張が言う。曰く、そもそも先の演習、勝利したのは天龍率いる艦隊であったが。そもそも木曾が負けるということは誰も想定していなかったのだ。

 少なくとも、天龍本人を除いては。

 

「いやいや、アレだけ練度の差があったんだ、勝てない方がおかしいだろ」

 

 天龍は苦笑気味に、弁明するように語った。彼女からしてみれば、まさかあそこまで追い詰められるとは思わなかったのだ。おかげでだいぶ艦隊の弱点は見えてきたが、それ自体は想定してはいなかったのである。

 

「……なるほど、わかったぞ。天龍、お前天才の類だな?」

 

「そうねぇ、天龍ちゃんってば、普通やってもできないことを当たり前のようにやっちゃうから」

 

 話は思わぬ方向に転がった。とはいえ、天龍からしてみれば訳がわからないだろうが、それはその通りだ。

 天龍には水雷戦隊旗艦における天賦の才能がある。本人からしてみればアタリマエのこと――異様なセンスの下導き出された指揮能力は、並みの軽巡の比ではない。

 

 若干才能が地味であるために下を見られがちではあるのだが、それでも解るものには解る。天龍は艦娘としては別格のセンスを持つのだと。

 それこそ、かのミッドウェイ海戦で窮地の赤城を救った先代電のように。

 

 因みに龍田は木曾と同系統の人種だ。理詰め派。知識でセンスの有無をやりくりしているのである。とはいえ、暁達に対する方針事態は、木曾と龍田では隔たりがあるようだが。

 

「ようは、どっちもできるように俺達指導者が指導してやればいいんだよ。少なくとも俺ならそうする。そもそも、俺と戦隊を組むなら最低限、俺についてこれるくらいにはなってもらわないとな」

 

「うっわー」

 

 思わず夕張はドン引きした。完全に木曾のそれは鬼教官のそれである。理にかなっているといえばかなっているが、それはそのまま、艦娘を壊す危険性もある。

 それをしないためには多くの経験と知識が必要になるわけで、これはこれで、天龍の天才性と同じく木曾でなければ不可能な話だ。

 

「ま、冗談はさておき。強いて言うなら俺自身は個々の練度を上げるべきだと考えるな。個々の練度が連携のクオリティも上がる。加えて今後のためになるのは……さすがにいまさら言う必要もないか」

 

「うぅん。でもぉ、やっぱり個々の練度があがったとしても、それを連携に組み入れるにはちょっとラグがあると思うの。全体の練度を上げることで、個々の練度もそれに併せて成長する、っていうのはダメかなぁ」

 

 龍田が腕組みをして、即座にそれに反論をする。

 

「それは間違ってない。……が、段階が遅すぎるな。そもそも、これからお前らのとこの駆逐艦は一人前の仕事が求められるようになる。それは責任がつきまとう。今までのようには行かないぞ?」

 

 それに対して木曾は即座に返した。彼女の中ではすでに会話の行く末が見えているのだろう、回答も一切よどみがない。この手の問題は、昔から水雷戦隊と深い関わりがあった木曾には、大きな問題であったのだろう。

 

「要するに、失敗ができないんだよ。今、お前が有している責任が、そのままあの駆逐艦達に移行する。解るだろ? 失敗しないためには、もしくは失敗を修正するためには迅速な判断が必要だ。そのための経験は、個々が積んでいくしか無いんだよ」

 

「……そっかー」

 

 今の暁型は、誰かが失敗をしてもそれをフォローすることができる者が多くいる。天龍龍田はそうであるし、同じ駆逐艦ですら、フォローのために奔走するだけの実力があった。

 

「ありがとう。だいぶすっきりしたわぁ。そっか、今とこれからのあの子達の環境。変わっちゃうんだよね」

 

「艦娘は、“成長”っていう最もわかりやすい身体的変化がない分実感しにくいけど、世界ってものは逐一変わっていくものなのよね。いつまでも同じではいられないんじゃないかな」

 

 夕張が、フォローするように龍田へ言った。実感しにくい変化。それはそれこそ南雲満のように劇的でもなければ、理解が及ばないほど、艦娘は変化に疎いのである。

 

 ただ、木曾はそれを良く理解していた。変化がないなどありえない。今の日常が永遠であるはずはない。そのことを、この中で木曾は最もよく、“身にしみて”理解していた。

 フォローを入れることのできた夕張はそのことに思考が行き着いたのだろう。

 

「――それともう一つ。こっちはできれば提督達もいる場所で話をしたいんだが」

 

 そうして木曾は、すでに片付いた話を他所にどけるようにして、続く話題を切り出してきた。

 

「うちの提督はあいにくお出かけ中なのよね。南雲さんと一緒に、何か本部の方へ働きかけをしてるみたい」

 

 受け取るように夕張が言って、天龍が嘆息気味にそれへ返答した。

 

「またかよ。それ、確か三年前からずっとやってるよな。今まで良い返事なかっただろ。今回もじゃないのか?」

 

「……そうかしら。確かに本部への働きかけは三年前から何度もやってるけど、今回はちょっと事情がちがうしぃ」

 

 龍田が待ったをかけるように否定する。事情が違う。端的に言って現在の、西方海域攻略作戦と、不穏な北方海域のことを指しているのは明白だ。

 

「そうなると今回はわからないわよね。今までと状況が違う分、一杯手札もあるだろうし、もしも要望が通れば――」

 

「……来るんだろうなぁ、“あの人”」

 

 すっかりげんなりした様子で木曾が話を締めた。どうにも、その声音には幾つかの感情が見え透ける。どれもいい思い出は無いようで、その表情は非常に重苦しい。

 

「まぁ、俺らには関係ないけどな」

 

 天龍はそんな木曾の様子がおかしいのだろう、目一杯笑みを浮かべてそう言い切った。“あの人”が来るのはどう考えても、未だ埋まらない南雲機動部隊の六番目だろう。第二艦隊の天龍と龍田には、別基地の主力艦隊である木曾や夕張以上に縁遠い話だ。

 

「……関係無いといえば、そもそもこの話も関係ないんだけどな」

 

 木曾は気を取り直そうとそんな風に行って、さらに続ける。

 

「話ってのは、島風のことだ」

 

「あぁ……」

 

 天龍が納得の言った様子でそれに応える。正確には、納得がいかざるをえないと言った様子で。

 木曾はそれでも、一拍間を置いてから言った。とても面倒そうに、それこそ先ほど“あの人”にむけた感情以上の情感でもって。

 

 

「――どうもあいつ、スランプに陥ってるみたいだ」

 

 

 ――――と。


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