艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『10 空母』

 ふわりと、龍驤の目の前を白紙の紙――艦載機の元となるヒトガタだ――が浮かび上がった。風に揺れるように何度かパタパタとはためくと、それがやがて神童の如き小刻みに変わる。

 そうして先端、頭のほうから緑色の艦載機に変じたそれは、勢い良く室内を飛び回る。

 

「ちょ、あぶないでしょ! やめてよぉ」

 

 とたんに、横から一人の少女の声が響いた。軽空母“瑞鳳”。北の警備府に所属する祥鳳型の二番艦だ。

 彼女の言うとおり、ここは狭い――一般人からしてみれば十分かもしれないが――艦娘の私室だ。その中を時速数百キロオーバーの艦載機を飛ばすのは自殺行為でしかない。

 とはいえ今は試運転――艦載機にはよく見れば妖精が登場していない。簡単にいえば現在は龍驤が自分の手で直接艦載機を操作しているのだ。

 

「安心しーや、これ、ラジコンみたいなもんやし、速度も勢いもでとらんよ?」

 

「それでも、艦載機って兵器じゃない。あぶないって思うでしょ普通」

 

 そうだろうか、龍驤は首を傾げながらも操作をやめる様子はない。これは結局のところ両者の発艦方法の相違からくる認識の違いが原因だ。

 瑞鳳は弓を使っての射出、龍驤は式神を召喚するタイプ。手順の複雑さが大いに違う。

 

「呪い的に扱ってるだけやから、これは兵器よか魔道具とかそういった方がええんやけどね」

 

「兵器でしょ……まったくもう」

 

 いいながら、瑞鳳は手元で中断していた艦載機の整備を再開する。そう、両名が何をしているかといえばごくごく単純だ。艦載機を手入れしているのである。

 

 本来こういった整備は全て専門の妖精が行うのだが、空母という艦種は艦載機という特殊な兵装を用いるため、専用の整備というものが必要になる。

 簡単にいえば、戦闘中に汚れた艦載機を綺麗にするのである。

 

 とはいえその艦載機も消耗品であるため、一度に清掃する数は少ない。その整備は基本的に趣味の領域であるのだが、日本の空母はマメな性格の空母が多いため、手入れを欠かすものはいない。

 なお、正規空母はとにかく数が多いため、手入れが滞りがちなのだと北の警備府司令が言っていた。

 

「それで、瑞鳳はんが北の方に来てだいぶ立つわけやけど、どう?」

 

「どう、って?」

 

 人差し指を口元に当て、ぼんやりとした風に瑞鳳は首を傾げる。

 

「あぁんもう、鈍いやっちゃな。北の警備府は慣れたんかいな」

 

 そう言われて、かしげた首を反対側に揺らすと、こんどは「んー」と口に出して思考を展開し始めた。

 どう、と言われてもピンと来るものではないのだろう。思考は一分ほどか、思いの外長く続いた。その瑞鳳の上空を、なんとはなしに飛ばしていた龍驤の艦載機が回転する。

 

 やがてまとまったのだろう、口を開いた途端、その艦載機は下のヒトガタにすり替わると、ふらふらと、しかし滑るように龍驤の手元へと収まっていった。

 

「……賑やかな所、かな?」

 

「まぁそうなるやろなぁ。あそこ、むっちゃ賑やかし多いし」

 

 ウチのとこは三人くらいやしな。と、自分、島風、金剛を思い浮かべながらぼんやりとつぶやく。と、そこで突如として手元のヒトガタが立ち上がる。一本足で器用に直立するそれは、やがて龍驤の手のひらをくるくるとコマのように回り始めた。

 不意にそんな光景が展開したからか、思わず吹き出しそうになった瑞鳳は、しかし口元を抑えてそれをこらえる。

 

 そして、返答するようにまた、口火を切った。

 

「あの重巡コンビはいうまでもないでしょ? それに、夕張も仕事は真面目なんだけど、たまにこっちのことからかってくるのよね……」

 

 夕張は、なんといえば言いのだろう、言葉にしがたいタイプの人間ではあるが、強いていうならば“仕事人”であり”趣味人”である、というのが正しいだろう。

 何せ仕事イコール趣味な人間だ。趣味は機械いじりにサブカルチャー。アニメやマンガなどの趣味に始まり、楽器の演奏やスポーツなどもひと通りこなす。

 中でも本命はミリタリーと歴史系であり、今代の電とは話が合うことも多々。

 

 そんな豊富な知識をよういて、知識面から提督をサポートするのが夕張の仕事だ。実際、こういった艦娘の機能面に造形の深い艦娘というのは貴重で、夕張は利根青葉、そして主力の榛名とともに北の警備府の古参である。

 

「実務が得意な木曾や、その前任の五十鈴なんかとは相性がいいんだけどね。どうも私とは相性が悪くて……」

 

 第二水雷戦隊の旗艦を務めた木曾もそうだが、五十鈴は過去に有力な艦隊をいくつも渡り歩いた実力派だ。現在は木曾に代わり第二水雷戦隊の旗艦となっている。言うなれば優秀な指揮官に恵まれたために、その実力を伸ばすことができた、というのが五十鈴という艦娘である。

 

「あー、なんや解るで。昔夕張の部屋行ったことあるんやけど、全然掃除されてないんよね。趣味と仕事以外はどうでもいいって感じで」

 

「そうそう。しかも本人的にはアレが最善みたいで、下手に掃除すると何処に何があるかわからなくなるからって掃除させてくれないし」

 

 瑞鳳は損な性格だ。真面目ではあるが少し内向的。そうでなくとも世話焼きで他人の雑な部分は嫌でも目に入ってきてしまうのだろう。

 

「艦娘は自由人も多いから、特にベテランクラスになると」

 

「そのくせ、艦隊運動をすると異様に連携が取れるっていうんだから、実力って平等じゃないわよねぇ」

 

「いやいや、瑞鳳はんってばミッドウェイ以前から海軍にいる重鎮やん。確か霧島の姉さんと同世代なんやっけ?」

 

 ――少しだけ、情感を持って龍驤は霧島――金剛型四番艦。末女にあたる巡洋戦艦の名を挙げた。

 因みに、北の警備府旗艦であるところの榛名ともほぼ同日だ。――皮肉なことに、この世界においても金剛型の三番艦と四番艦は同日に竣工されることとなるのだ。

 

「うん、霧島とは同じ艦隊にいたこともあるから、たまに一緒に食事に行ったりするかな。というか、普通の軽空母だったら私だってもう退役してるってば」

 

「まぁ、瑞鳳はんはなかなか次が建造されへんからな。そこら辺は戦艦正規空母と事情は同じなんやな」

 

「そうそう、私って軽空母としての性能は下から数えたほうが早いし、普通だったらだれだってお役御免したいわよ」

 

 自分も、自分ではない誰かも、瑞鳳はそれをなんという風もなく言った。“そうではない”からあくまで戯言のように言えるのだろう。

 軽空母瑞鳳はとにかく建造報告が稀な艦娘の一人だ。それは決して性能が問題なのではなく、建造しようしてもできない、そんな希少性が先行する艦娘は思いの外少なくない。

 

 夕張も、確かその一人だったはずだ。

 

「そもそも私みたいに希少性だけが高い艦娘よりも、もっと建造されるべき艦娘は多いと思うの。たとえば正規空母とか――あ」

 

 つらつらと零れる愚痴を気ままに、垂れ流すだけ垂れ流したところで、瑞鳳はふと我に返ったように声を止める。

 別にその内容事態が問題だったわけではなく、このまま愚痴を続けていれば、ある事を話題にしかねないと気付いたためだ。

 

「……ごめんなさい」

 

「あー、いや、うん。なんていうか……別にええと思うで?」

 

 瑞鳳がふと思い至った。思い至って“しまった”正規空母は、そもそもこの鎮守府に所属していたのだ。

 

「三年も立てば、みんな当時のことは忘れてまうん。いいか悪いかはともかく、最近はうちの提督も、たまに彼女の存在は会話に匂わせたりするんやで?」

 

「そうなの……?」

 

「名前は、皆ださへんのやけどね。そらウチらかて思う所はあるやん? 提督がどうこう以前に、そもそもウチらが勝手に遠慮しとる感じ」

 

「そっか……」

 

「でもまぁ、皆言いたいことはありますねん。多分、あの人の事よく知ってる瑞鳳はんも同じこと思うとるやろうけど」

 

 嘆息気味に言って、龍驤は瑞鳳を見た。すっかり艦載機の整備する手を止めた瑞鳳は、龍驤と同じ瞳をしていた。

 

「――なんでそんな選択をしたんだろう、って」

 

 同意するように口に出し、それから二人は沈黙する。視線から瑞鳳の手が止まっているということに気がついたのもあるし、そもそも会話がここで途切れてしまったこともある。

 

 それから数分の沈黙をおいて、ふと思い出したように、龍驤が瑞鳳へ向けて問いかけた。

 

「そういえば、瑞鳳はん的に、こっちの提督ってどんな感じなん?」

 

「私的に……? うぅん、ちょっと印象が薄いかなぁ。うちの提督だったらよく知ってるんだけど」

 

 とはいえ、久々に会ったらなかなかの鬼教官ぶりに驚いたと、瑞鳳は苦笑交じりに言う。龍驤も、「なかなか想像はつかへんよね」と同意して微笑した。

 

「まぁ強いて言うなら……印象通りじゃない、かな?」

 

「印象通りじゃない? ……よう解らへんな。印象聞いて印象通りじゃないってのは」

 

「んー、海軍の中で、やっぱり南雲提督って特殊な立ち位置なのよね。言うなら、遠巻きに遠ざけられてる感じ? 腫れ物を扱うっていうのが近いのかな」

 

「……まぁ、あの人の来歴はよーわからんけど」

 

「ん、そうじゃなくて……あぁこれはダメかな。とにかく、年齢的には十六半ばくらい……今はもう実年齢は成人しているはずだけど、それでも今の海軍の“若い”上層部よりよっぽど“若い”」

 

 そもそも、未成年の将校などありえるはずもないのだ。それが複雑な――瑞鳳が言い淀んだ“異世界から来訪する”という方法で訪れるなど前代未聞。まさしく神の思し召しとでも言うかのようだ。

 それだけではない。若いというのはそれだけで意識が“柔らかい”時期だ。自分に現実味がない。世界が色褪せて“見えてしまう”時期。

 

 年をとって色あせたのなら、それはきっとその人間の責任だろうが。青春を送る若者の世界が色褪せるのは、青年にとってその世界があまりにも広く、実感がわかないからだ。

 

「なんとなくだけど、地に足がついてないんじゃないかって印象は、ずっとむかしから持っていたの」

 

「でも、違った?」

 

「実際にあってみるとね、――多分あの人がいたから、あの人のアレがあったからなんだろうけど、全然印象と違ったの」

 

 あくまでそれ自体、第一印象だけどね、と瑞鳳は苦笑する。とはいえ十数年もの間戦場を駆け抜けてきた彼女の眼は本物だ。

 とはいえ、経験に基づく観察眼であるため、利根や青葉のように、一見ではその本質を見抜きにくいタイプは、彼女にとっては難敵だ。利根達に思うところがあるのは、何も瑞鳳が真面目だから、だけが理由ではない。

 

「まぁ、確かに提督もずいぶん変わったわ。……すごい“眼”をするようになった。語る言葉も、断定的になった気ぃするわ」

 

「それがああも変化する。……良いか悪いかは、まだ判断がつかないけれど、すごいなぁ“思いの力”って」

 

「思いは人を変革するんやね。すっごいわ、革命やん」

 

 思いがあったから、南雲満という少年は、一つ前に進むことになったのだ。進んだ先はきっと闇。何も見えない何も照らさない、そんな場所ではあろうけど、決してそれを、人は間違っているとは言わないはずだ。

 

「……なんやね、瑞鳳はんってそういうん好きなん?」

 

「まぁねぇ。なんていうか、夢があるっていうのが好きなのよね。先代の電しかり、あの人しかり。六十年前の大戦とか、私好きなの」

 

「六十年前の大戦、かぁ。世界の存亡を賭けた大決戦。そしてその決戦を生き抜いた駆逐艦時雨……当時の日本海軍聯合艦隊旗艦武蔵に、武蔵と運命を共にする随伴艦雪風……まぁ、浪漫やね」

 

 南方海域の先の先。鉄の沈む海域。アイアンボトムサウンドと呼ばれるそこを舞台に繰り広げられた、世界対深海棲艦の大決戦。

 武蔵とはその当時の日本の象徴であった。雪風は、そんな彼女が最も信頼を寄せた駆逐艦。“伝説”と呼ばれていた。“幸運”と呼ばれていた。

 さながら、あの駆逐艦“先代”電のように。

 

 ――先代“電”と、同一に。

 

「浪漫って大切だと思うのよね。感情移入っていうの? “思い入れ”は人を少しだけ強固にする。多分、人を人たらしめるのって、そういう思いに対する何か何じゃないかな」

 

 ――人を人たらしめる。そう言って、瑞鳳は脳裏に深海棲艦を思い浮かべた。深海棲艦を深海棲艦たらしめるのは生き物の憎しみだ。逆に、艦娘が艦娘であるということは、ごくごく純粋な、何かを守りたいという気持ちが艦娘なのである。

 ならば、艦娘と人の違いはなんだろう。人は誰かのために強くなる。何かへの思いで強くなる。艦娘はそれと一体何が違うというのだろう。

 

 とはいえそれを言葉にすることはない。金剛や榛名達が相手ならばともかく、龍驤相手に話すことではないのだ。

 

「ん~~っ!」

 

 思い切り身体を伸ばして、瑞鳳は身体にいつの間にか溜まっていた感覚を吐き出す。思いの外、長く会話に没頭してしまったようだ。

 

「それじゃあ、また整備しましょうか?」

 

「せやね」

 

 かくして両名は、それぞれ必要な艦載機の整備に再び舞い戻るのだった……


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