艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『29 あ号艦隊決戦その2』

 海は静まり返り、島風達は言葉を失っていた。意識して、言葉を戦場から排除していた。戦闘開始を告げる満の宣言から直後、緊張状態は続いていた。

 陣形は単縦陣。言うまでもなく敵艦を殲滅することを前提とした陣形であり、攻めの形。

 

 一糸乱れぬ隊列は、島風たちの高い練度を示している。

 少し身体をずらして斜めに傾きながら一直線に並んだ姿は、ある種の美しさを感じさせる。それはどこか無機質な機能美であるのだが、少女と換装のアンバランス、そして少女自身の見目麗しい容姿が、美しさを存分に引き立てているようだった。

 

「――敵艦隊、来ないね」

 

 そうしている内に、しびれを切らしたように島風が言う。

 さほど珍しくもないことだ。偵察機が敵艦隊の進行方向を間違えたか、誤報が伝わってきたか。赤城の艦載機が持つ練度を考えれば、前者である可能性が高いだろう。

 

『長距離での偵察を連続で強いられるから、多少の疲労は避けられないか。赤城の疲労がそのまま艦載機に伝わっているんだろうね、島風もそうだろう?』

 

「博識ですね……まぁ、戦意高揚のタイミングがないですしね、私も赤城も」

 

 精神的な面が大きく航行に影響する艦娘は、戦闘での活躍がそのままモチベーションにつながることがままにある。今回特に大きく活躍したのは龍驤と金剛であるから、赤城に疲労回復のタイミングはない。

 とはいえ、旗艦は精神的な疲労が少ないから、島風と赤城を比べると、島風の方がまだ余裕はあるのだが。

 

「もともとここは敵艦隊との会敵予想区域やしね、ちょっと判断ミスっちゃったんよ」

 

 分析するように龍驤が言う。

 折しも、といったところか、どちらにせよここで敵艦隊を誤認することは何らおかしくはない、ということだ。

 

「……? どうかしましたカ? お二人とも」

 

 そこで金剛がふと気がついたように北上と愛宕へ問いかける。両者ともに、少しだけ難しそうな顔をして何かを考えているようだった。

 

「え? いや、私たちにはなんにも異論はないよー? ね? 愛宕っち」

 

「え? え、えぇ、そうですねぇ。私も特にいうことはないです」

 

 きっとそれは、本人にとっても感じることのほうが不可解な違和感だったのだろう。すかさずそう返した時には、もう小骨が引っかかるような感覚は消え失せていた。

 

 故に、言葉に出てくることはなかった。

 ――果たして赤城がミスをしたのは、そんな小さな疲労だけが理由だったのか、と。

 

 

 ♪

 

 

「敵艦見ユ! 旗艦重巡リ級“フラグシップ”!!」

 

 わかってはいたことだ。考慮していたからこそ島風の声は重く、そして海へと響く。赤城の偵察機からの報告。無論今回は誤報でもなんでもない正真正銘の結論。

 結果として島風達は、初めての“フラグシップ”級との交戦と相成った。

 

 フラグシップ。エリートが深海棲艦の怨念から作られたとするなら、フラグシップはその中でも特に大きな怨念を持った深海棲艦の集合体によって作られた文字通り“旗艦”。それは艦隊としての旗ではなく、“深海棲艦としての”旗であるといえる。

 

「全機発艦。攻撃開始――!」

 

 龍驤の声が空白に響く。直後、赤城の放った矢が艦載機に変じ、海へと身を躍らせる。

 

「続いてや!」

 

 白紙の“ヒトカタ”いわゆる式神と飛ばれるそれは、龍驤の右手に吹き上がる通称『勅令“代行”霊』から――青を伴う焔、言うなれば人魂というのが近いだろうか――現出、飛行甲板を滑りだす。単なる一枚の紙、水兵の風に棚めく甲板を、滑るように“飛び上がるように”立体を伴って艦載機へと変じるのが、召喚型空母の発艦方法だ。

 基地型や赤城のようなタイプと比べると、一層に“オカルト”を感じる発艦方法は、艦娘の尋常ならざる力を感じさせる片鱗といえた。

 

 とはいえ、最終的な艦載機の行き着く姿は同一だ。赤城の零戦52型と天山。そして龍驤の彗星が、一斉に敵のない空を、切り裂くように駆け抜けてゆく。

 

 行き着くところを語ってしまえば、それは敵艦隊に多大な被害を与えた。

 敵艦隊、構成は旗艦重巡リ級フラグシップ。ほかはチ級エリート三隻。そして駆逐ニ級二隻だ。駆逐はどちらも無印である。

 

 旗艦が重巡であるとはいえ、エリート三隻にフラグシップ一隻。そして駆逐級最強とされるニ級が投入されていることを考えれば、その艦隊は深海棲艦艦隊においても、そうとうな精鋭部隊であるといえる。

 その深海棲艦艦隊を、赤城達は三隻沈めた。チ級エリート二隻、そしてニ級一隻。

 

「魚雷、一気に行くよお!」

 

 北上の右手――右舷が振るわれそこから数多の魚雷が飛び出してゆく。狙うは重巡リ級――フラグシップ。放り投げるように海へと身を投げた魚雷が白の泡吹を跡におき、駆け抜けるように通り過ぎてゆく。

 

「ッテェェェエッッ!」

 

 海にすべらせる右足を大きく広げ、襲いかかる獣のように前傾になる北上。しかしその威勢とは裏腹に、リ級は即座に身体を反転、回頭し雷撃から逃れる。

 

 避けられた。認識するよりも早く、北上は速度を上げて前方へ進む。島風たちが前に進むのだ。艦列を乱す訳にはいかない。

 

「砲雷撃戦、始めるからね!」

 

「砲門構え……シューッ!」

 

 金剛の身が、空間が、何度もブレて異様に震える。戦艦の長距離砲撃が、リ級を捉え――しかし右舷周辺へと着弾、水柱を跳ね上げるに留まる。

 そこから襲う衝撃は、いわゆる至近弾と呼ばれるソレ。一撃では何ら効果は現れない。けれども、続く一撃がリ級を襲う。その時リ級は、至近弾に揺さぶられ装甲を薄くしている――!

 

「行くわよ、ッテェ!」

 

 愛宕の一撃。フラグシップの装甲は、艦種のそれを軽く凌駕する。同じ重巡の一撃を難なくいなす力を持っている。しかしそれでも、直撃すれば十分なほどに打撃は与えられる。金剛が、その下地を作ったのだ。

 

「直撃確認! 中破まで行ったかな?」

 

 残った駆逐ニ級を砲撃で轟沈させながら、様子を確かめた北上が言う。見れば解ることだが、愛宕に対するねぎらいに近い声がけといったところか。

 ここまでは、順調。しかしリ級達も反撃は行っている。

 

 旗艦、島風の上方を駆け抜けた一撃が、左舷から島風を襲う。吹き上がった水の幕に、思わずと言った様子で島風が顔をしかめる。返し、振りぬくように連装砲を向けると、勢い任せに主砲をうちはなった。

 

「やってくれるじゃん? 全力でお返ししてあげる!」

 

 駆け抜ける砲火の烈閃。一つではない。雷巡チ級と重なるように、交差し、お互いの右舷を狙う。

 

「当たらないよ、全然私に、あなたの速度は追いつけないんだから!」

 

 すでに距離は中距離を過ぎ、短距離での砲戦に切り替わろうとしている。両者の距離はもはや何キロあるだろうか。

 続けざまに、島風が砲撃を行う。狙うはチ級。一度目を外した――ゆえの二撃目。

 

「残り二隻、まとめてどっちも落としたげる!」

 

「合わせろって? 無茶言うやん島風!」

 

 はためくのは、島風のスカートか、龍驤の飛行甲板か。両者の間で轟くような声音での会話が繰り広げられる。砲撃は未だ周囲を襲っているのだ。

 海を叩いて飛沫を跳ねさせ、その中を、揺らめくように島風達が駆け抜けてゆく。

 

 言葉をかけた島風が、何かに気が付き急速に左へ身体をずらす。急激に速度を失った島風は、滑るように左方へ動く。

 

「やってくれるじゃん!」

 

 返し刀に砲撃を行い、チ級へと執拗に攻撃を重ねる島風と、それから艦載機を飛ばす龍驤、どちらも視線をお互いに向けて、頷き合って視線を戻す。

 

「落ちてまえ、“フラグシップ”ッッ!」

 

 リ級の副砲が艦載機に向けられる。視線が、陽炎を伴う黄金の瞳がゆらめき、殺気のごとき意思を込めて睨む。直線上に、リ級と龍驤の艦載機がつながった。

 

 空と、海。

 

 上と、下。

 

 睨み合う両者はしかし、身体をずらし逸れてゆく。相反する両者。しかしその跡を上方に狙いをつけた副砲が、赤く染まった熱を伴って消えた。

 そこから漏れた黒煙がリ級の船体を追いかける。

 続けざま、主砲が龍驤へと向けられた。

 

「避けて!」

 

「問題あらへん……よっ!」

 

 飛行甲板を伴って、龍驤が右方向へそれる。

 空白が生まれる。龍驤のすぐそばに、リ級の砲撃が感じられるのだ。相手の攻撃を“見てから避ける”。技術を持つ艦娘であれば、さしたる難易度では決してない。そしてそれは“ある艦娘”が得意としていたことだ。

 島風も、そして龍驤も、彼女からそのコツというものを伝授されている。

 

 特別、この二人が回避に対して才能を有しているのだ。同等といえるのは、十年以上艦娘として戦場を駆ける古参、金剛程度のものだろう。

 ゆっくりと、時間が流れるような感覚だと、龍驤は感じる。死を近くに感じるのだ。どうしようもなく、恐怖がそれを起こしているのである。

 

 恐怖。そう、恐怖。

 しかし足がすくんでいる訳ではない。龍驤の瞳はまっすぐ愚直に前を見て、龍驤の身体は踊るように舞い狂う。

 一発目、前方に迫る物を避けた。そこまではフラグシップも理解していた。だから、次がある。龍驤もまたそれはわかっていた。

 

 目前に迫っている。回避するには時間が足りない。だからこそ、龍驤は身体を砲弾と水平になるよう半回転させる。

 倒れこむように、身体を傾けさせるのだ。

 

 人だからこそできる回避がある。

 艦娘だからこそできる回避もある。そのどちらをも使いこなしてこそ、艦娘として一流の、戦い方を身につけたといえるのだ。そう、言われた。

 

 速度は優に音を超える。気がつけば人が置き去りにされる世界。そこに、艦娘としての感覚を持ち込んだ。迫る。迫る。迫る。慈悲もなく、死は龍驤へと襲う。

 島風が、ちらりと龍驤へ向いた。すでに砲塔はチ級を捉えている。外すことはない、そう結論が付けられるのだ。

 

 それでも、それだからこそ島風は龍驤を見た。心配そうに、少しだけ。

 その時に――龍驤と弾丸は交差した。胸元を、滑るように。それ以上体を反らせることは不可能に思える場所を、通過していった。直後、大丈夫だと示すべく右手を振り上げる。島風は純粋に子供らしい笑みを浮かべ、それに応えて一つ頷いた。

 

「ッテェェェェ!」

 

「落とせェェェ!」

 

 島風と、龍驤と、二人の声が唱和する。

 リ級の副砲を避けて、飛び上がった艦爆『彗星』。そして島風が雷巡チ級に放つ、必殺の主砲。爆撃の音は、同時に響いた。

 

 否応なく、チ級エリートと、最強のクラス“フラフシップ”を冠する重巡リ級に、無慈悲なほど絶対的に、唖然とするほど必殺的に、それらは同時に敵を貫いた――

 

 

 ♪

 

 

 激戦必至の海域を抜け、三連戦を終えた島風達に、しかし息をつく暇はない。この先に、敵深海棲艦の主力が待ち構えていることは端から明白であるからだ。

 誰もが理解している。これは厳しい戦いになる。これまでの順風ではすまないだろうということくらい。

 

 先頭を行く島風は、その瞳を闘志に揺らしていた。彼女がそうでなくては艦隊は成り立たない。旗艦はだれよりも真っ直ぐ敵を見て、負けを認めない精神こそが求められるのである。

 

 言うまでもなく島風は駆逐艦で、艦種としてはこの中で最もこの海域に適していない。しかし、闘いに向ける精神と、それを成り立たせる経験は、この中でも十分に光る物を持っている。

 

 “旗艦”であるのだから、当然だ。

 これから相手をするのがフラグシップ――深海棲艦の象徴であるというのなら、自分もまたこの艦隊の精神の象徴となろう。

 

 提督と、島風と、そして仲間たちと。

 あらゆる歯車が咬み合ってこその“南雲機動部隊”だ。

 

 仲間たちもそれをよくわかっている。だからこそ、艦種としての、艦隊における己の役割を確実にこなす。本当に、優秀な艦娘が集まっていると、島風は仲間たちを見て思うのだ。

 

 で、あるならば。

 己はその先端でなければならない。フロイトラインでなければ、ならないのだ。

 

 そうすることで、南雲機動部隊は――黎明を迎える。

 スタートラインに、立つことを許される。

 

 一つ、大きく息を吸い込む。自然と瞳は細められ、さらに意識はシャープに変じる。目を見開いた先に、“それ”が居ることはすでに知れていた。

 意識を込めて、その名を告げた。

 

 

「――“南雲機動部隊”旗艦、島風! 敵艦隊主力を捕捉。これより全力で、これを撃滅します!」

 

 

 ――否という返事は、かえってくることなどありえなかった。

 

 

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 14

 

 

 電。五年前の彼女は、現在の電とは存在そのものが違う、いわゆる先代にあたる。先代“電”。ミッドウェイ海戦から五年後の時間軸において、その名を知らないものはいないだろう。

 彼女はこのミッドウェイ海戦時第一駆逐隊を引きていた。それを為したのは、それほまでに彼女が優秀であったということだが、この一瞬、ミッドウェイ海戦において彼女が伝説と化すまで、知名度はさほどなかったのである。

 

 歴史的に見て、このミッドウェイ海戦は日米軍の戦術的勝利であり、深海棲艦の戦略的勝利とされる。制海権を奪取するための戦争ではあったが、敵艦隊の半分以上を漸減してもなお、戦力を削りきれなかったこと、戦艦タ級出現を止められなかったことなどが戦略的敗北の主な理由とされる。

 

 その後もレイ海戦。マリア海戦と、戦略的に敗北を重ねた日本軍は、徐々に南方諸島周辺海域の制海権を失うこととなるのだが、それは余談と言うものだ。

 

 ともかく、このミッドウェイ海戦。日米軍と深海棲艦の戦いに於ける終盤で、主力の一隻、正規空母赤城が敵本陣で取り残される結果に至った。

 それに対して日本軍は救出を試みようとしたものの、突如として現れた大量の水雷戦隊を撃滅することに追われ、行動が遅れた。

 ここで行動を起こせたのは第一駆逐隊という、小さな戦力一つのみであった。

 

 通常ならば、駆逐艦のみで構成された、そもそも艦隊とすら認められず、一個の軍艦としか認められないような遊撃部隊に、戦果など求めているはずもない。

 第一駆逐隊は水雷戦隊の中でも特に優秀な艦が集められているが、それでも、長門達をはじめとする日本の主力艦隊が突破を不可能と断言する場所に、身を投じられるはずもない。

 

 ただ一人、旗艦“電”を除いては。

 後に“稀代の幸運艦”とも、“無敵の駆逐艦”ともされる彼女は、海域を脱出してきた長門達の護衛を艦隊に所属していた駆逐艦に任せ、自身は三桁に及ぶかと思われるほどのの敵艦が浮かぶ鉄の地獄に身を躍らせた。

 

 その上で、何ら一切の傷すらなく、赤城の元へとたどり着いたのである。

 

「……どういう、ことですか?」

 

「どうもこうもないのです。早くここを脱出しましょう。立てますよね?」

 

 相手は、正規空母だ。日本に六隻しかいない栄光の存在。それにいっさい臆した風もなく、電は赤城を引き上げる。身体の半身を海につけていた赤城は、その状態で、電の肩に抱えられた。

 

 どうして? 何故? そんな疑問は、浮かびはしたものの口元へは届かない。気にするべきことではないと、理解したためだ。ここまで来ることができるなら、その理由くらいすぐに分かる。それくらいを考える思考力は、今の赤城にも残っていたようだ。

 

「それでは帰還します。このまま、背負った方がいいですか?」

 

 その必要はない、そう答えようとして、しかし口に力が入らない。いな、身体にチカラをコメられない。気力は、未だ赤城に火を灯していない。

 

「……ごめんなさい、お願いします」

 

「おまかせあれ、なのです」

 

 それから、砲戦が吹きすさぶ海域を、電は赤城を伴って脱出した。電のとった行動は、赤城の理解にも及ばないことだ。何しろ“何もしていない”のである。電が行くのは、砲撃の合間を塗っての決死の脱出劇ではない。

 まるでそこには最初から何もなかったかのように、電の周囲にぽつんと隙間が空くのである。

 

「深海棲艦は電探を装備してはいません。ですので目視による敵艦の発見が主となるわけですが、実はこの目視をする深海棲艦の感覚というのは人の感覚以上に曖昧なのです」

 

 いいながら、電はポケットから深海棲艦の残骸を取り出した。あまりに気安く持ち出したそれに、思わず赤城は目を白黒させる。

 どうやらそれはバラバラになった駆逐艦のようであり、よくよく見れば目にしたことがある。通常の艦娘には伏せられているはずだが、それは加工前の鋼材だ。電がそれを持っているのかまでは、よくわからない。

 

 ともかくそれで、敵艦は電達を“深海棲艦”だと誤認しているようだ。確かに艦娘と深海棲艦のルーツは同じだが、少し複雑な心持ちである。

 

「加えて、彼女たちは機械的でもあり、ある一定のパターンを持って行動します。そこを上手く誘導すれば、こうして砲撃の隙間が生まれるのですよ」

 

「それが可能である、と?」

 

「普通の艦娘には、おすすめしない方法なのです」

 

 パターンはそれでも数百に及ぶため、全てを記憶するか、ないしは察知の方法がなければならないと電は言う。それができる自分は普通ではないとでも言うかのようだが、駆逐艦でありながら深海棲艦と艦娘の秘密を知っているというのは、明らかに普通ではないことが自明の理だ。

 

 そこで、沈黙が降りた。

 このまま進めば、無事にこの海域を脱出できるであろう。一度諦めた自分の命に、再び焔が灯るのだ。なんとも複雑で、不思議な心持ちである。

 それは同時に、提督のことも在るのだろうと、赤城はココロの何処かで考えた。

 

 そんな時だった。

 電が、再び赤城へ向けて口を開く。

 

「何が正しいのか、何が正しくないのか。そんなもの、自分で決めないと単なる人づてなのです。誰かから教えてもらうことや、誰かに助けてもらうことなんて、山のようにあります」

 

 電の視線の先には深海棲艦がいる。電に狙いをつけ、しかし何かに気がついたようにその砲塔を揺らすと、慌てて取り下げ別の方向を向く。

 電に向けられたものだけではない。深海棲艦から深海棲艦へ向けられたものも同様だ。

 

「生きていくことは助けられることと同義で、そうやって積み重なった助け合いが、結果として生きていくことになります。意義なんて誰も求めていないのです。ただ必要だから、助けていくだけ。生きていくことに意味は無いのです。ただ、正しさを決めるということを除いては」

 

 よっと、肩で支える赤城を一度背負い直す。海に沈んだ両足が、少し浮かんで、また元に戻っていった。

 

「正しいこと、間違っていること、それはどちらにしろ自分で決めるしかありません。別に自分で決めなくてもいいですけれど、誰かの答えをカンニングすることはできません。だから、一体どんな選択をするにしろ、ソレは自分でなければならないと思います。これだけは、心にとどめておいて下さい」

 

 ――なぜ、そんな話をするのだろう。赤城の疑問はそこにあった。しかし、それは赤城が死を覚悟した時、真っ先に浮かんだ思考だった。提督へ向けた言葉、それと電の言葉がリンクして、思考を駆け回らざるをえなくなる。

 

「さぁ、もうすぐこの地獄のような海域を抜けるのです。港に帰りましょう。大切な人が、待っているのではないですか?」

 

 死地で別れてしまった加賀は、戻ってきた自分を叱るだろうか。無残な姿を嘆くだろうか。そして、提督は、そう考えて、意味のないことだと頭を振る。

 どちらにせよ、赤城はこの海域を抜ける。ミッドウェイ海戦の最後を、生きたまま、見届ける。

 

 すでに、周囲を囲む水雷戦隊の姿はない。砲戦の音は響いているのに、それも今は些か静かなものだ。

 

「そうですね。……本当に、もう疲れてしまいました。今はもう、全部を放り出してゆっくりしてしまいたいです」

 

 海色の藍に染まった空を見上げながら、星を見つけて赤城は嘆息する。轟沈を間近にしてしまったことに拠る心労。それだけではない、提督のことも、先に行かせてしまった加賀のことも在る。本当に、疲れる一日だった。

 それを受け取るように、電は明るく顔をほころばせ――

 

「あはは、電みたいな駆逐艦ならともかく、赤城さんはちょっとむずかしいと思うのです。でも、安心してもいいですよ? もう、あの地獄はここに――ありませんから」

 

 ――一人の人間らしい、笑顔を浮かべた。

 

 

 ――長い、長い1日が終わった。

 ミッドウェイ海戦が終わり、制海権は深海棲艦に奪取されたこととなる。しかし、戦果をみればその勝敗は一目瞭然。だれも赤城達を責め立てることはしないだろう。

 だからこそ、思いと、砲撃と、煙の匂いが色濃く残るこの海域は、とても深く、重苦しい場所だった。

 

 一つの大戦略を終えた艦娘達は、それぞれの基地に帰還することなる。赤城のような例外をのぞいて、それから数週間の後、日本海軍はミッドウェイ海戦以前の状態を、保つに至るのであった――

 




ヒトロクマルマル、提督の皆さんこんにちわ!

電、大活躍、なのです! です。

次回更新は1月10日、ヒトロクマルマルにて、良い抜錨を。

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