艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『26 平行直線の空』

 夏が終わろうとしている。満はひんやりと冷えた資料庫で、一人いくつかの本の山を築きあげていた。内容は全て艦娘――軍に関わるもので、特に中心は歴史書と、それから教導に使われるテキストだ。

 教導本の内容はある程度の“土台”を想定した上での内容だ。ある程度カリキュラムが進んだ上で使用されるのだろうが、満は気にすることもなく読み進めている。

 その位は、すでに彼も修めているということだ。

 

 一人の時間は、心地よくもあり寂しくもある。自分の心境をなんとでも心表すことはできるだろうが、考えてしまえる以上、それが満にとって気が散ってしまうということにつながりかねない。

 誰かとの会話が欲しいわけではない、気が散らない程度に、自然な人の騒音が欲しいのだ。

 

 かつての世界に置いて、自分は単なる一人でしかなかったし、人並み程度の生活をしていた。思い返してみれば、可もなく不可もなく、といったところか。

 それを鑑みて、今の自分は急転直下な人生を歩んでいるといえるだろうが、自然と馴染んでいる自分がいる。今の自分にも、昔の自分にも、満はそれなり以上に満足し、そして後悔していないのだ。

 

 そうなると、一体どうして自分なのか、と意識が及んでしまうことも無理は無いだろう。

 

 偶然自分だったから? それもあるだろう。自分でなければ行けなかったから? それもあるのではないか。もしもこの世界に、満を導いた存在がいるのなら、いつかは問いかけてみたいことだ。

 

「……と、思考が脱線しすぎたかな?」

 

 頭のなかに、教導本の内容は入り込んできている。わかりやすく伝えることが目的の本なのだから、理解できることが当然ではあるが、内容が内容でなければ、退屈になってしまうことだったかもしれない。

 

「いや、意識が別のことに浮かんだのであれば、ソレは退屈ってことか。勉強は退屈だからな、たとえどれだけ好きな事でも、退屈なことは集中力が必要になってしまう」

 

 退屈なこと、は一種のカテゴリだ。ソレに対する個人の印象にかかわらず、集中することで体力を使う、体力を使えば疲労が溜まる。何も嫌いなことだけではない、好きなことでも、理解に時間の要する複雑なことは、理解するだけで集中が必要になるだろう。

 

 麻雀というゲームがある。これは運要素の大きいギャンブルであるが、それを突き詰めると確率を制御するための理論を追求するゲームとなる。当然、その確率をはじき出すための思考は集中力が必要で、どれだけ麻雀が好きでも、それを投げ出してしまう者もいるだろう。

 

 好きであるか、嫌いであるか、などは関係ない。ロジックを組み上げるということは、全く関係ないようにも思えるパーツを、いくつもいくつも拾い上げ、そして引き出していくことなのだ。

 

「ふぅん。何や難しいんね、考えるって」

 

「あたりまえじゃないか、何せ――って、龍驤? 何でこんなところにいるんだい?」

 

 声をかけられて、後ろに人がいることに気がついた。声の主が誰かは解る。大きく伸びをして、椅子に持たれかけながら振り返る。

 覗きこむような龍驤の顔が、すぐそこに在った。

 

「うわ! 顔近っ!」

 

「え? あぁごめん」

 

 驚いたように顔を引っ込める龍驤に苦笑しながら詫て、よっと吐息に力を込めて起き上がる。ソレに合わせるように龍驤が後ろから横に回って、背の低い資料庫に一つしか無いテーブルに、よっと勢い良く寄りかかった。

 

「んーとね、ちょっと新しい装備貰ったから、その整備方法を調べにきたんよ。整備するのは妖精やけど、方向性きめるのはウチやしね」

 

 妖精はいわゆる水兵としての役割を持つが、それを指揮するのは艦娘か、提督だ。大抵の場合各艦ごとに整備や何かの方針は別れ、その指示に従って妖精は駆けまわることとなる。

 

「あー、確か15.5cm三連装副砲だったか? そういえば、空母は砲撃をしないが、なんで副砲を積むんだ? キミや……あと確か別の基地の祥鳳あたりも装備してなかったか?」

 

 別の基地、というのはだいぶ前に演習の相手を努めた高速戦艦榛名を要する基地だ。演習に空母はボーキサイトの消費が激しいため使われることがないので、実際にあったことはないが。

 

「なぁに? ウチという空母がありながら、祥鳳に浮気? いい御身分やん」

 

「いや、いやいやいや、空母とかそういうのは関係ないだろう!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる龍驤に、慌てて満は弁明を入れる。空母というところに反応するところがまた露骨だ。龍驤の笑みが更に増して――そしてすぐにからからと快活なものに変わる。

 

「あはは、金剛の時もそうやけど、キミってホントわっかりやすいなぁ」

 

「悪かったね!」

 

 言いながら、山積みにされていた教導本の中を漁る。その中に、装備にかんするあれこれのような内容があるのではなかろうかと期待したのだ。

 それを見遣った龍驤が、得意気に胸を張って答える。張るものなどないが。

 

「んとね? 艦娘には本兵装と追加兵装があるんよ。本兵装はウチが普段持ってる布とか、島風の連装砲みたいなアレな? それに、色々海で戦うための機能がついとるんやね」

 

 曰く、それには海に浮くための機能などの他に、何の兵装もなくとも砲撃を行う機能もあるらしい。主に兵装の中で、土台であるとされるものだ。

 

「で、追加兵装。一番わかり易いんは主砲やね。12.7cm連装砲とか、あとウチがここに来る前に使ったっちゅう対空機銃や対空砲とか、そういう機能を“付与”するんよ。見た目に変化が無いのはそのせいやね」

 

 龍驤のような、召喚型と呼ばれる空母射出方法に見られるように、艦娘にはいわゆるオカルト的な要素がついてくる。艦娘の存在そのものがオカルトなのだから当然だ。

 

「で、その機能の中にはいわゆる射程を付与するものもある。一番わかり易いのは戦艦やね。46cmっちゅうとんでも砲を載せると、射程が長距離から“超”長距離になるんよ」

 

「超……!? なんだかすごいね」

 

「すごいやろー? まぁでも、実際砲撃戦は開幕爆撃や開幕雷撃のあとなんは変わらんし、戦艦が最初に砲撃始めるのも変わらんから、あんま意味ないんやけどね」

 

 とはいえ、それは戦艦同士の殴り合いで“ない”場合の話だ。超長距離射程の戦艦は、長距離射程の戦艦に先制攻撃が可能となるアドバンテージがあるのだから、無駄ではない。むしろかなり有効な手札だ。

 

「で、ここがポイントなんやけど、砲撃戦の空母の射程ってすんごく短いんよ、駆逐艦と同じくらいやねん。けど、ここに副砲を追加で乗せると少し変わるん。副砲には中距離射程っちゅう機能があるから、空母は中距離から砲撃戦に加われるんや」

 

 そうなると、短距離の駆逐艦を砲撃すらさせず殲滅することができるし、場合によっては同じ中距離射程の、重巡や軽巡のような相手に対して先制で攻撃することが可能になるのだ。

 

「なるほど、ね。……あぁなるほどわかったぞ。龍驤、キミの艦載数はかなり少なかったね? となると、“火力”という機能を持つ副砲を載せて、艦載機の火力を上げるということかい?」

 

「そーいうこと。艦載数が少ないと制空権に関わるねん。とはいえ、無いよりマシ程度じゃ戦力として心もとないから、艦載機そのものの練度を上げることで対応するんや」

 

 言うなれば差別化。これは軽空母であるならば大抵の空母が考えることで、その中でも特に有効なのが龍驤であるのだ。

 

「追加できる兵装に限界があるのと同じで、艦載数ってスロットが割り振られてるんよ、そのスロットがウチの場合一つだけ正規空母並なんやね」

 

「赤城並か……話だけ聞くとすごいな」

 

「ま、艦載数が減るから、空が少し寂しくなるんやけどね」

 

 謙遜するように言う龍驤の言葉には、すこしばかりの“惜しみ”とでも呼ぶべきものが在った。悔しいわけではない、後に引くものでもない。ただほんのちょっぴり寂しくて、ほんのちょっぴり勿体無いと思う感情。

 

 その感情を、なんとなく満も理解できた。

 空を舞う艦載機の姿を見たものならば、誰だって感じることだろう。直接眺めたことはまだないが、何度も映像として、満はその美しさを知っている。

 

 圧巻なのだ。空が全て艦載機の緑に埋め尽くされるような。その飛行機雲が、幾つもの絵空事を作り上げるような。

 ちっぽけな粒と、開け広げな青。切り裂いて生まれた雲と、元より空に描かれた雲。手のひらに世界の全てを映し込むように、瞳に全てがうつりこんでくる。

 

「それは確かに……本当に、惜しい」

 

 返した満の言葉は、責めるでも、咎めるでもなく、慰めるでもない。ただ純粋な同意の言葉。――何も知らない少年は、己の考えを語りたがる。しかし、少しでも知ってしまった人間は、そうは行かない。

 そこに、自分の感情を移入してしまうからだ。

 

「……あはは、提督も少しはわかってきたやん」

 

「でも、それだけ広い空をキミの艦載機は飛びまわれるんだね。自由な青を翔ける翼だ。ある意味、羨ましいよ」

 

「――お?」

 

 続けざまに放たれた満の言葉に、龍驤はまんまると目を見開いた。意外そうな、そして少しだけ嬉しそうな顔。それはすぐに、何かを懐かしむような笑みに変わった。

 

「おぉぉ? 珍しいこと言うやん。そーいう言うん、キミで二人目よ?」

 

「二人目? 僕以外にも、そうやって言う人がいるのかい?」

 

「そやね。人っていうか、艦娘なんやけど、面白い人やったで。駆逐艦なんやけど、ウチより先輩やねん」

 

 なんでも五年以上も前線や秘書艦などを努めたベテランだったそうだ。龍驤がそれ以上を語ることはなかった。理由は推して知るべし。そうしてふと、満は島風と龍驤が同一の鎮守府にいたということを思い出す。島風も、その駆逐艦の事を知っているだろうか。

 

 調べれば解ることだ。島風に聞かずとも、むしろ島風のほうが、その艦娘との交流があったかもしれない。同じ艦種で、しかも島風は優秀。そしてその艦娘も、秘書艦などを務める優秀な艦娘、接点がないと考えるほうがおかしいだろう。

 

「やっぱこうしたって、赤城や加賀――正規空母に敵わないってことくらいウチも解ってるんよ。どころか、軽空母の中でもウチってあんま性能よう無いねん」

 

「……艦娘という存在ほど、誰かと自分の相対評価が馬鹿馬鹿しいこともないけどね」

 

 元より軍艦は、それを想定された上で建造されているのだ。特に艦種の違う者同士の性能差は、優劣以前に役割の問題だ。同艦種であっても、運用方法の違いは個性。戦力であることは変わらない。

 

「うんまーでも、それがウチのルーツみたいなもんやから。羨ましいって気持ち、忘れないほうがいいって言われたんよ」

 

「……なるほど、ね。僕もそこまでは考えが及ばなかったかな。――あぁ、すまないね? 時間をとらせてしまったようだ」

 

 話をしていると、時間を忘れてしまうことが多く在る。今回もそうだったようだ。時計の針が、大きくブレて、時間を刻んでしまっている。

 言われて龍驤は慌てたように苦笑して、いやいやと手を振って否定する。

 

「こっちは今休憩中で、時間ならいくらでもあるんからええんよ。むしろ、こっちが提督の邪魔しちゃったみたいで、ごめんなさいです」

 

「むしろ、退屈気味なところにちょうど息抜きができてよかったよ。空気の入れ替えを兼ねて何かつまむものを探しに行っていたら、もっと時間がかかっていただろうし、手軽に気分転換ができてありがたいくらいだ」

 

 同じように満も苦笑すると、ふたりはそれを楽しそうな笑みに変えた。何をしているのかと、滑稽さにおかしくなってしまったのだ。

 

「それに、収穫も色々在った。……やはり、一人でいるのは好かないな。資料は僕が運ぶよ、一緒に資料庫を出よう」

 

「ふぅん? 親切やね。さんきゅーさんや」

 

 資料室にはそもそも、資料を取りに行くのが億劫だからと籠ったのだ。それよりも、もっと良い方法が見つかったのなら、手間を割くのもやぶさかではない。

 

 ふたりで伴って資料室を出る。

 やがてその間の話題も、艦娘に関わることから、もっと俗物的な、日常的なことへと変化していく。

 

「さて、今日の夕飯は何にしようかな」

 

「皆で食べるんがええんとちゃう?」

 

「そうだね、誘ってみようか。遠征組が出かけているのが残念だけどね」

 

 どこまでも続く、途切れのない風が、穏やかに、静かに、満たちのそばを、鎮守府を流れて溶けていった。

 

 

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 11

 

 

「――開幕爆撃用意。単横陣で当たれ!」

 

「単横陣? それじゃあ砲戦の火力に期待できないわ!」

 

 長門の宣言に、陸奥が即座に反論をする。単横陣は回避及び対潜を目的とした陣形だ、火力が必要となる艦隊決戦には不向きといえる。

 

「元より砲戦に期待はしていない。そもそも敵の火力は未知数だ。……我々の第一目的は、この海域の突破とする。単横陣で回避を狙い制空権を確保、イニシアチブを取る」

 

 敵空母はヲ級フラグシップとはいえその数は二隻。歴戦の空母四隻を要する艦隊であれば、制空権の確保は難しくはない。

 問題は、その間を如何に切り抜けるか。砲戦でのダメージは期待できないし、敵の一撃をもろに受ける訳にはいかない。ル級フラグシップですら一撃中破もありうるというのに、タ級フラグシップはそれ以上が確定、そしてその行く先は完全に未知数だ。

 

「――回頭!」

 

 敵艦と、長門達との間には十分な距離がある。ほぼ目前に出現したル級二隻とは違い、現在の状況は十分に陣形を変更する余地があった。

 長門の掛け声に合わせ、六隻は陣を張る。

 

 敵艦を討ち果たすのではない。敵艦の隙間を縫って切り抜けるために、行動を起こすのだ。東西南に無数の水雷戦隊が配置され、敵艦隊を突破するには、たった六隻しか配置されていない北ヘ向かう他に方法はない。

 たとえそれが敵の狙いであるとしても、長門達はそうするしかないのだ。

 

 赤城、加賀、蒼龍、飛龍。四隻の鏃が一つの方向を一斉に向く。整然と並んだそれらは、やがて、空を切り裂き飛翔する――!

 

 ほぼ同刻、空母ヲ級、フラグシップ二隻もまた空中を飛び上がり赤城達の艦載機へと襲いかかる。

 空が幾つもの直線でまみれた。

 雲が掻き消えた青のキャンパスに、飛行機雲がぐちゃぐちゃの絵空事を描くのだ。

 

 閃く銃口。無数の機銃が敵艦戦を狙い、襲いかかり降り注ぐ。その練度は先ほどのエリートヲ級が持つものの比ではない。百戦錬磨、敵知らずの無敵艦隊を思わせる、圧倒的なまでのそれ。

 邂逅が、すなわち死にすらつながる死神の鎌。

 

 振り上げられた断頭台の刃が、赤城達に突きつけられていた。

 

「っぐ、火力が今までの比ではない。掠っただけで小破しかねんぞ!」

 

「そうは言っても、避けるしかないじゃない。このまま続けていても、全員がまとめて海に消えてしまうわよ」

 

 ちらりと空を見上げながら、自分の不甲斐なさを呪うように長門が言う。

 空を掻き切るのは何も艦載機だけではなく、タ級達の砲撃もまた、絶え間なく長門と陸奥を襲っていた。

 

「っぐ――!」

 

「大丈夫!?」

 

 思わずと言った様子で呻いた長門に、陸奥がすぐさま視線を向ける。傷はない、しかしそれが見たとおりとは限らないのだ。

 

「――いや、掠めただけだ。耳元を、な。少し、音に耳をやられかけたが、それだけだ」

 

「そう、気をつけてよね!」

 

 右手をふるい、主砲を撃ち放つ陸奥の狙う先は、しかしタ級達には届かない。どこか上の空を駆け抜けて、空白の海へ、消えてゆく。

 そうでなくとも、一撃が通らないのだ。単横陣の弊害である。

 

 風が空を貫いて、海面を駆け抜け消えてゆく。長門の轟砲が、それに対するべくかき鳴らされる。赤の線条は、二筋。片方は長門の右横を掠め――もう片方は戦艦タ級の右腕に弾かれる。

 

「やったか!?」

 

「全然効いてないのを見てからそういうのやめてくれる!?」

 

 陸奥のツッコミに苦笑しながら、しかしマズイなと心底を震わせる。現在、長門達の火力が非常に通りにくい状況とはいえ、この装甲は異常だ。とにかく堅い、攻撃の一切を通じなくさせてしまうほどに。

 

「とはいえ……押し負けるなよ? 私たちが沈めば、後は無防備に空母を晒す他はない」

 

「言われなくとも、一隻沈めればいいんでしょ?」

 

 敵戦艦の練度は、せいぜい長門達の一歩下といったところか。無論、それ以前に長門達には連戦による疲労と資源の消費という問題が在る。加えて、すでに陸奥と蒼龍は小破すらしているのだ。

 

「さぁ、戦艦タ級の横を抜けるぞ。――この長門に続けェ!」

 

 目前、すぐそばに主砲が迫っているのを長門は知っている。目視でもってそれを回避、前進を続ける艦隊の、最前列をゆくように身体を前のめりにさせる。

 直後には、長門の身体は最大船速へと変じていた。

 

 高速戦艦ほどの出力は持ちあわせていないにしろ、長門の速力は戦艦として、十二分な水準を保っている。少なくとも、速力高速とされる加賀にすら、さほど劣らないチカラを持っていた。

 

 それを、

 

 遺憾なく発揮して、前に出る。

 

「ハハハ、当たらないぞ! 所詮は新人のペーペーか! 笑いものにすらならないな!」

 

 挑発じみた声、しかし対応するのはあくまで機械じかけのような砲撃だ。隙間なく埋められたように思える主砲の群れ。けれども、長門にそれがあたることは一切無く、どういうわけか、タ級と長門の距離は少しずつ縮められいた。

 単調なのである。思考力の低さが仇となるわけだ。

 とにかく弾幕をはることしか脳のない深海棲艦に、歴戦の長門を捉えることは不可能だ。――決して。

 

「……この距離では」

 

 対する長門の狙いは単純だ。単横陣という回避に特化した陣形。そして敵陣を突破するべく、直接その陣に突っ込むという選択。そこから発生する、一定の状況。

 

 超至近距離での、戦艦同士の殴り合い。

 

 阻む空には――四隻の空母が艦載機を配備していた。二隻程度のフラグシップで、それを打ち破れるはずもない。

 

「――――その自慢の主砲も当たるまい!」

 

 副砲。長門に備え付けられた中距離砲『15.5cm三連装砲(副砲)』が、寸分違わずタ級を捉える。火力の低さは、しかし、距離という絶対的なアドバンテージによって、覆される。

 タ級の、艦娘のような身体が揺らめいた。当然のように彼女にも、副砲と呼ばれるものは備えられている。

 

 しかし、

 

「遅い、遅い遅い遅い! 何もかもが、遅い!」

 

 タ級の稲妻のごとき瞳が揺らめいて、直後。長門の副砲は一切の慈悲もなく、彼女を違えて、そして――――沈めた。

 

 爆音、一つではない。

 隣では陸奥が同様に、副砲でタ級を沈めている。

 

 ――その上空、蒼龍と飛龍の艦載機が駆け抜ける。艦戦の機銃が赤い火花をいくつも散らし、花火のごとく拡がって消える。

 幾つもの黒煙が吹き上がり海へと消えてゆく。

 

 十数もあったニ航戦の航空隊はすでに壊滅寸前。激戦の疲れが、ここに来て目に見える形となった。それでもなお前に進もうとして、そして海へと散っていく艦戦。空を支配するこれら飛行機が、列をなしてヲ級フラグシップを狙う。

 目指すはこの空の支配権。翼がプロペラの如く回転し、その勢いが往々に増す。

 

 直線、そして爆発炎上。空から海へ、役目を終えた妖精の操る艦載機が、墜ちていく。

 それでも、蒼龍と飛龍は一切眩むこと無く笑みを浮かべる。

 

「空は――海へ、そのチカラを届けることはできないかもしれない!」

 

「けれども、それが一つであるとは限らない!」

 

 蒼龍が叫び、飛龍が引き継ぐ、そうして両者は背を合わせ、勝ち誇るように宣言する。

 

「上は――果たして見ていたかしら?」

 

 二人の声が唱和して、直後。二つの爆撃が、ヲ級フラグシップ一隻を襲った。同時、蒼龍飛龍、二隻の横を艦載機が駆け抜ける。敵空母のモノ。しかしそれは煙を伴い、海へと墜ちて、消えていった。

 

 一隻の空母で、四隻の空母を押しとどめられるはずもない。制空権は赤城達に偏ろうとしていた。




メリークリスマス! 以上です。あ、今日外出予定がある人はあとで軍法会議なのです。

次回更新は12月29日、ヒトロクマルマルにて。よいクリスマスを!

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