艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『23 “先代”電』

 不思議な沈黙が両者の間で続いていた。

 気まずくはあるが、居づらくはない。冷たくはないが、その暖かさはどこか遠回りである。言うなれば、反目しあう者同士の信頼、といったところか。

 なんとも言えないといえばその通りであるが、それが意識中を駆けまわるほどではなく、両者は、言葉を探るように手元のコップに視線を落としていた。

 

 場所は、島風の私室。ベッドに腰掛けて、二人はいる。

 

 島風と響、両者はそんな時間を、凡そ三十分も続けていただろうか。

 その間に何度か、島風は口を開こうとして、そのたびに噤んだ。大きく深呼吸をして、そうして何かを口にしようとするものの、最終的に勢いが足らず、尻すぼみになる。

 幾度も、幾度も、そんなことを繰り返していた。

 

 響は何もせずに黙りこんでいる。言葉を口にしようとはしていない。誘ったのは響とはいえ、逃げたのは島風である。口を開くべきは島風であった。

 

 やがて、ようやく決心がついたのだろう。大きくいきを吸い込んで島風は言葉に色を持たせようと――した。

 

「あ、あの!」

 

 ただし、

 

 

「『……ふぅん? 貴方が響? 電とは随分違うのね。まぁ駆逐艦として自分の仕事を全うしてよね』」

 

 

「――ってちょっとぉ!?」

 

 響が“島風のものまね”で遮って、それは中断となった。なお、さほど似てはいなかった。

 

「何いきなりヒトの触れてほしくない過去でチクチクしてきてんの!?」

 

「もどかしいから、少し気持ちを入れ替えてあげようと思ったんだよ。タイミングが悪かったけどね」

 

 苦笑しながら――というよりも、意地の悪い笑みを噛み殺しながら――響は言う。あからさまに馬鹿にしたような目を隠してはいないが、今の島風にそれを指摘する余裕はない。

 

「完全に狙ってたよね! わざとだよね!? ずるっこだよね!」

 

 反則だ、なんだと島風は言う。

 そんな島風を余所目に響は立ち上がり、ふと目についた本棚に近づく。その中の一冊を手に取ると、おもむろにその中身を読み始めた。

 本に目をくれたまま、再びベッドに腰掛けた。

 

「聞いてよぉ!」

 

 言いながら即座に響の持つ本を覗き見る島風は、響が手にとった本――というよりもそれは、バインダーに纏められたファイルなのだが――の中身を理解して思わず「おぅ!」と声を上げた。

 マズイ、と思うものの、響はその中身をすでに見てしまった。もう手遅れだ。

 

 本のタイトルは「速力アップ1」、丁寧な字によって手書きされたそれは、主に速力向上を目的とした艦艇の整備方法を事細かに記したもので、基本的には雑多なメモといった感だが、他人に読まれることを想定しているのだろう、一つ一つわかりにくいであろう部分には注釈が為されている。

 自分のためであり、いつかこれを読むかもしれない誰かのための内容であった。これを纏めたのが誰であるか、今更語る必要もないだろう。

 

「昔は他人のことなんて気にしない、我が道を行く我儘放題だった天才艦娘島風が、随分と秀才になっちゃったね」

 

「わ、私にも思うところはあるんです! 響も随分こまっしゃくれて、昔みたいに気弱じゃなくなってるよね」

 

「――駆逐艦としての強さはともかく?」

 

 続けるように、響は島風が思ってもいなかったような言葉を口にする。しかし、すんなりと島風が“続けていたかもしれない”と納得するような言葉だ。

 かつての自分がそうであったのだから、さもありなん。

 

 とはいえ、

 

「駆逐艦だろうと、戦艦だろうと、私が旗艦である限り、全員同じ場所に帰るんだから、いまさらそんなこと言わないよ」

 

 “かつて”がそうであったのならば、今もまたそうであると言えるはずもない。響はそれもそうだと軽く笑んで、それから少しだけ寂しげに言う。

 

「やっぱり、変わったね。昔とは大違いだ。電がいなくなって、随分変わった」

 

 ぽつりと漏らしたそれは、きっとひとりごとのようなものだったのだろう。すぐに気を取り直した風に顔を上げ、島風に向けて声をかける。

 

「同じ鎮守府に一年以上もいながら、会話ができなかったからこそ――させてくれなかったからこそ、改めて言うよ?」

 

「それは、ごめんなさいって。だって、気持ちの整理がまだついてないから……」

 

 もじもじと、視線を逸らすのは、島風らしくないといえばらしくないかもしれない。だが、それも長く続くわけではなかった。

 

 

「――久しぶり、島風」

 

「……うん、久しぶり、響」

 

 

 言葉を口にしたその時にはもう、かつての郷愁と、今への憂いに満ちた、響と同じように、真剣な表情へと島風は変わっていた。

 

 

 ♪

 

 

 島風と響。両者の間に共通して登場する“電”は現在同じ鎮守府に所属する第六駆逐隊の“電”ではない。

 数多の海戦をくぐり抜け、伝説的な逸話をいくつも残した駆逐艦、“先代”電のことを指す。

 

 “先代”電。そして島風と響。三者は同じ基地に所属していたかつての同僚であった。――ただし、電と島風は第一艦隊所属の主力艦娘、大して響は建造直後に配属されたばかりの、遠征や演習などを目的とした艦娘という違いはあったが。

 またそれもあってか、島風と響はさほど会話を交わすような関係でもなかった。むしろ龍驤の方が、孤立しがちな当時の島風に対し、色々とおせっかいを焼いていたのだ。

 

 かつての島風はワンオフの性能を持つ優秀な駆逐艦であり、他者とは一線を画す存在だった。天才であるという自覚からか高慢で、歯に衣着せない態度も多く、周りとはいつも衝突ばかりだった。

 とはいえ、むしろそんな島風を心配するものも多かった。そもそもワンオフとはいっても、所詮は駆逐艦だ。それにその頃は夜戦とはいえ戦艦を落とすようなとんでも戦闘能力は有していなかったため、無理をしていると取られることも多かった。

 

 中でも特に島風を気にかけていたのが当時から有名だった駆逐艦“電”であった。

 先代の電はそのあまりに荒唐無稽な戦果から、現在はもはや神格化の域にすら達していたが、当時を知る艦娘からしてみれば、それはあまりに滑稽で、無知と言える。

 

「昔から、電は色々なことに走り回ってたよね。自分の鎮守府だけじゃなくて、他所まで出張って時にはその基地の不正を暴いたり!」

 

「何だかドラマの主人公のようだよ。そう考えると、直に彼女を見てこなかった人たちが、彼女を神格化するのもわかるけどね」

 

 一年と、少し以上。再開して、結局会話を交わすこともなく時間が過ぎて、ようやく言葉を紡ぎ始めた時に、最初に出てきたのは思い出話であった。

 特に同じ海域に出撃することもなかった島風と響は、鎮守府内でのことが共通の記憶だ。大抵の場合、それはかつての島風に対する愚痴であったが。

 

「特にあの時のことは酷かったよね。龍驤や電にまで迷惑をかけた。……今にして思えば、なんであんなことしちゃったんだろ、ってすっごく疑問」

 

「疑問に思えるなら、それでもいいさ。島風の中で当然が変わったんだ。当然じゃないことは、理解できないこと、おかしな事なんだから、ね」

 

 なだめるように、響が言う。当時、もっとも傷つけられたのは自分である。元より電と比べられるような雰囲気が在った上、それを感じさせる筆頭が島風であった。悩みもしたし、恨みもした。とはいえ、昔の話だ。

 

「……ごめんね? 上手くは言えないけど、反省してる」

 

 言葉だけではきっと、伝わらないこともある。これだってそうだ。どれだけ謝罪しようと、“やってしまった”過去は取り繕うことができない。目を背けることは、できない。

 何のおかしな事もない、アタリマエのこと。

 

「いいよ、いまさらそんなこと言われても、困る。それに……謝らなくちゃ行けないのは私の方だと思うし」

 

「うぅん、そんなことはない! アレは……いや、アレは、正直よく“わかってない”んだし」

 

 ――“事故でしかなかった”そう言おうとして、堰き止める。そうやって口にしてはいけない。きっと昔には、そんな言葉に響は何度も傷つけられてきたはずなのだ。

 

「……やっぱり、うまく言えないや。響、私ね、ついさっきまで自分がどうして響から逃げるか、よくわかってなかったの」

 

 諦めるようにして、島風は自身が腰掛けていたベッドに見を預けると、ぼんやりとした視線を天井にむけて、それから続けた。

 

「最初は昔の自分のことで気まずかったからだと思ってた。実際それもあるけど、けどそれだけじゃない気もした。響から逃げるうちに、それがどんどん強くなった。――やっと解った。ついさっきね」

 

「……一体、何で?」

 

 促すように、響は言う。

 言わなければならないと、そう思った。促さなくてはならない、と。

 

「――電のこと。整理が、ついてなかったんだろうなぁ」

 

 投げやりな口調で、苦笑するように島風は言った。そんな言葉に反応してか、島風と同じように響もベッドヘ倒れこむ。

 ぽすんと、気の抜ける音が響いた。

 

 間が抜ける、感覚があった。

 暫くの空白が続いて、それから改めて島風が言う。

 

「響が悪いとかじゃなくてさ、……響に対して、何を言えばいいのかわからないんだよね」

 

 電はもうここにはいない。次代の電にその意志は引き継がれ、必死にに“今代”電は前に進もうと努力している。彼女は昔を振り返ることを好む。電という、名前の重みも理解していることだろう。今は単なる駆逐艦でも、いつかは伝説となった電のように、そう思われ、思っている。

 

 島風も、響もそれには同感だ。しかし、今の電に対して答えは出せても、“昔の”電に対して答えは出せそうにもない。

 何度も悩んで、何度も考えた。そのたびに一応の答えは出して、納得もした。しかし、すぐに何処か違うような気がしてならなくなった。違和感は、ずっと拭うことができなかった。

 

「強いて言うなら……さ、――どうして電は沈んだの?」

 

「……あの時と、まったく同じことを聞くんだね」

 

 苦笑して響は言った。当時は泣きそうな顔をして、今は困ったような顔をして。昔と、今では、大いにその感情は違う。響も、島風も、それは同様だ。

 

 ――思い思いの形で、二人は成長を遂げてきた。島風は天才という孤高を捨てて、秀才としての努力を積んだ。響にしても、決して当時のままではいられない。

 ただ、電のことだけが停滞している。“先代”電は過去の話だ。しかし、その過去は、未だ島風たちの枷となっているのだ。

 

 その原因すら解らず、ただもがくように、助けを求めるように暗い海をさまよっている。

 

 足で勢いをつけて響が立ち上がった。

 

「昔だったら、その時のことは“話せなかった”。でも今は“話すことがない”。それが答えだよ島風。――今日は、ここまでにしようか」

 

「……そうだね。ありがと、随分と有意義な時間だったわ」

 

 二人は少しだけ、晴れがましそうに微笑むと、肩を並べて部屋を後にする。――出口に手をかけた直後、ベッドに置きっぱなしにされている本――『速力アップ1』――に響が気付き。そそくさと本棚に戻す。

 彼女たちが出て行った部屋に風が吹く。響が見て、少し“変わったな”と思わせる整頓された家具の配置。無言の室内は、しかし言葉以上に雄弁に、今の島風を表しているのであった。

 

 

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 8

 

 

 状況が動き出したのは飛龍がル級エリートを他意は炎上させた直後。砲撃戦を続けていた陸奥の真横を、陸奥を掠めてル級フラグシップの副砲が通りすぎてゆく。

 

「ッ!」

 

 思わず声を上げそうになるのを抑え、代わりに陸奥は主砲による砲撃で返した。長門の声が直後に響く。

 

「……! 大丈夫か!?」

 

「問題ないわ、掠っただけよ」

 

 文字通り、掠めただけ。一度受けた程度では小破にもいたらないような小さな傷だ。むろん三度も、四度も受けていれば小破に至るだろうが、連続で軽い被弾を繰り返す可能性よりも、直撃を一度もらう可能性の方が十分に高い。

 

 しかしこれで、ここまで無傷で戦闘を推し進めていた長門達に、初めてダメージが通った。完全優勢の均衡が、少しずつ傾き始めているのだ。

 

「オオオォオオ!」

 

 主砲の炸裂音に負けじと、長門の弩声が響き渡った。

 放たれた主砲。徹甲弾は空母ヲ級エリートを貫いた。爆発が後方へ駆け抜け、ヲ級が体制を崩し倒れてゆく。海に沈み、再び浮上することはなかった。

 

「三隻撃沈!」

 

 蒼龍の艦載機に撃滅されたすでに大破していたル級を含めて、陸奥が叫ぶ。伝える先は、海をゆく日本海軍司令部――つまり提督だ。

 

「行きます!」

 

 そうして後方、赤城の艦載機が陸奥の左方上空を駆け抜ける。超高硬度で襲いかかる艦上爆撃機、全六機。

 編隊を成して雲を切り裂く六翼刃。切り裂くのは、決して白の空白だけではない。

 

 ル級フラグシップ二隻の対空砲が空を駆け抜ける中、不規則に揺れる六対の羽はやがてル級上空を駆け抜けてゆく。

 

 降り注ぐ爆雷。狙うは空母ヲ級エリート、最後の一隻。

 

 機械音のような独特の降下音。日本が誇る正規空母第三号。赤城が操る高い練度の艦上爆撃機。それが、空母ヲ級を海に落とした。

 

「……! 空を完全に潰した。このまま落とすぞ。陸奥、主砲構え!」

 

「言われなくとも」

 

 互いに、背中合わせにするようにしながら、主砲を一箇所に集中させる。狙うは残る戦艦ル級フラグシップ。

 敵の砲塔が紅に染まる。海を揺らして飛び跳ねるル級の主砲は――しかし、長門と陸奥の横を駆け抜けた。

 

「――ッテェえええええ!」

 

 

 ――――かくして、ミッドウェイ海戦において主力とされた艦隊は殲滅された。この一瞬、長門達の立つ海に、静寂が瞬く間に広がることとなる。

 

 

「やりましたね!」

 

「当然といえば、当然ですね」

 

 蒼龍と飛龍。二隻の空母が軽く笑みを交わし合う。

 

「さすがに、数年に一度の大作戦とはいえ、これだけの戦力を集めれば問題といえる問題は起こらないわよね」

 

 うんうん、と頷きながら日本の総力とも言える戦艦、長門型二隻と正規空母四隻の勇姿を眺め、蒼龍が言う。

 それに異論はないのだろう、飛龍もしたり顔でいる。

 

「……了解した。そちらに被害はないのだな? ……轟沈ゼロか、米軍の方は? ……空母が大破した? いつものことだろう」

 

 通信機越しの長門の声が、少し遠くから聞こえてくる。現在の轟沈はゼロ。ここまでの大規模な作戦において、それはあまりに一方的な大勝利だ。

 

「はい、了解しました。警戒は怠らず、無事に全員帰投しますわ」

 

 陸奥の通信は、おそらく提督へ向けたものだろう。長門は各日本軍艦隊に向けたもの。これはおそらく、聯合艦隊において長門が旗艦、陸奥が秘書艦を務めていた頃からの役割分担なのだろう。

 

 赤城と加賀は、いつもの様に漫才をしている。とはいえ加賀がさほど警戒を解いていないためだろう、いつものキレはなさそうだ。

 

 

 ――この時、実質的に伏兵を警戒していたのは加賀と、その加賀と出撃前に会話を交わした、陸奥程度のものだった。しかし、その陸奥でさえ、提督との会話に気を取られ、実質的に対応が可能だったのは、加賀だけだったといえるだろう。

 

 だから、

 

 長門達日本海軍主力艦隊は、“それ”に対応することができなかった。元よりそれは、加賀ですら反応に遅れてしまう自体だったのだ。

 原因は加賀が電探を装備していなかったというただそれだけのものだがしかし、結果としてそれが、ひとつの致命的な事態を起こす。

 

 烈火。

 

 閃光。

 

 それは、戦艦ル級フラグシップの砲撃だった。

 ――しかし、決して長門達が仕留め損なったのではない。

 

 戦艦ル級は“現れた”のだ。

 

 突如として、海の底から浮き上がるかのように、何もない海上の一角から、二隻のル級フラグシップが姿を見せた。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、こんにちわ!

島風ちゃんは悪い子からいい子になったのです。
いいか悪いかは、ともかくとして。

次回更新は12月17日、ヒトロクマルマルにて、良い抜錨を!

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