艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『18 無限檻』

 北上が、満を伴って工廠の倉庫を訪れたのは、日が暮れる少し前、夕暮れ時の少しだけ空が赤らんできた頃だ。

 

「ごめんね、わざわざ付いてきてもらっちゃって」

 

「いや、今は仕事が無いから構わないけれども、どうしたんだい? 珍しいじゃないか」

 

 倉庫の中はひんやりと、少しだけ涼しい。夏が始まろうとしているこの時期にこれは、どこか空間が隔絶されるような感覚を満は覚えた。

 別に複雑ではない倉庫の中は、なにやら複雑な機材が詰め込まれている。コンテナがいくつか積まれ、野ざらしにされる艦載機もいくつかあった。

 人間サイズの艦娘が使う機材であるため、その大きさはさほど無く、商品だなに陳列される模型のように満には思えてならなかった。

 

「いやねー、別に提督じゃなくてもいいんだけど、少し話を聞いてもらうなら、多分やっぱり提督なんだよね」

 

「……相談事か、ま、言ってみればいいんじゃないか? あまり参考にはならないだろうが」

 

「いやいや、割りと信頼してるよー」

 

 苦笑い気味に思い出すのは、だいぶ前の出撃以来、随分と提督に懐いた金剛の姿だ。何があったかは知らないが、少なくとも心を許すつもりになったらしい。

 恋愛感情までは端からみても判断はつかないが、それを含めても“好き”であると金剛は謳ってならない。それを見れば、果たして彼からどんな言葉が飛び出してくるのかと、北上は興味津々なわけだが。

 

「んー、どこまで話すべきかな。……全部、は無責任だよね。だったら……」

 

 少しだけ考える。満は自分に殊勝な提案ができるとも思えなかったため、黙っておくことにした。やがて答えに行き着いたか、北上はポンと両手を叩いて、

 

「話の流れで話してこう。という訳で提督、――あたしたちがどうやってできるか、知ってる?」

 

 “できる”造られるということではあるが、満の知る限りでは、彼女たちは建造というよりも、“召喚”という言葉のほうが正しいように思える。

 そしてその、満の認識は、決して間違ってはいないのだろう。

 

「……確か、建造に必要な資材を建造妖精に渡して、規定の時間任せるんだったか。中は基本不明だが、建造していない時の工廠を見た感じ、どうやら呪術的な儀式に近い、そうな」

 

「ついでに、装備建造用の工房も兼ねてるんだよね。定説だと、まず資材に見合った魂を呼び寄せて、そんでもってその魂に合わせた兵装の建造。この両行程を持って新たな艦娘の建造になるんだよね」

 

 なお、これらの魂はすでに建造されている現行の艦娘とは重複しないため、もしも重複する場合は魂が出現せず、代わりに兵装が召喚される。

 これら兵装に妖精を外装として付与することで、遠征などに参加させる“コピー艦”を運用することもできる。戦闘には向かないため、主力艦隊には用いられることはないが。

 

 開発もほぼ同様だ。こちらの場合は兵装と妖精が同時に現出する。建造とは違い手間などは発生しない。

 また、海域に出撃すると、時折艦娘の装備――出処は不明“とされている”。かつての赤城の説明から察するに、沈没した艦娘の兵装、ないしは深海棲艦の廃材であるようだ――をサルベージすることがある。これを改装し予備兵装とすることができる。艦娘が消失したままであれば、新たな魂を召喚することもできる。

 

「にしてもよく勉強してるね。赤城さんいなくてもいいんじゃないの?」

 

「最近は、あの人も出撃している事が多いからな、必要な知識は詰め込むが……それでも、僕は建造開発自体は赤城に丸投げしているから、この倉庫にどんな装備があるかは知らないよ」

 

 赤城が出撃回数を少しずつ増やしている以上、いつかは全ての提督業務が満に引き継がれてゆくのだろう。

 

「まぁ、提督がそんなんだからさ、ここの鎮守府は平和でいいよ。うん、すごくいい」

 

「“そんなん”とはひどい言い草だね」

 

「褒めてるんだよぉ」

 

 満の苦笑に、北上は楽しげに笑った。左右の髪を結ったおさげが感情を現すように震えて揺れた。

 

「ン……とね、あたしの兵装、もうすぐ改装できるんだよ。多分そう運用するようにこの兵装でここまで来たんだけどさ。――改装すると、あたしたちは重雷装艦っていう艦になる」

 

 ぽつり、ぽつりと漏れだした言葉が、やがて助走を付けるように固く、重いものへと変化していく。満でも解る。本題は、ここからだ。

 

「重雷装艦っていうのは、魚雷をたくさん積んでばばっと敵を撃滅する艦種なんだけど、それなりに強い艦種なんだよね。二隻しかいないけど、重宝される艦種だったんだ」

 

「二隻……? うちに来た君と、もう一人は?」

 

「大井っていうんだけど、まぁそれは今関係ないかな。でね、あたしの兵装なんだけど」

 

 一拍、おいた。

 おそらくそれが、北上の抱える思いの重量。吹き上がった沈黙の瞬間は、満の胸を訳も分からず締め付けた。

 

 

「――“今の”あたしは、こうして重雷装艦に改装されるのは、これが二度目なんだ」

 

 

 事務的に、淡々と言葉を北上は告げた。感情の押し殺した後が、泣きそうな瞳から伺える。

 その意味は、理解が及んだ。別に言葉の心理を受け止める必要はない。論理を展開すれば簡単なこと。

 ――北上はかつて、重雷装艦として名を馳せ、その兵装を運用したことがあり、しかし彼女はその兵装をすて、新たな、そして貧弱な兵装に見を包んでこの鎮守府にやってきた。

 その意味は? そこまで思考が及ぶよりも早く、その意味を北上は語り始める。

 

「あたしの昔いた鎮守府はね、それはそれはひどい鎮守府だった。提督が欲の塊みたいな人間で、艦娘が疲労しようと構わず出撃させて、たとえ艦娘が轟沈したとしても、その事実を握りつぶして無かったことにしたりしてたの」

 

「いや……さすがにそれは難しくないか? 軍だぞ? 普通の権力闘争ならともかく、そんな一個人がそんなこと……」

 

「良くも悪くも、深海棲艦との戦いは日常化していて、そういうことをする余裕があるんだ。やっていることは戦争なのにね」

 

 艦娘という戦力と、人材が同時に賄われる存在がいて、それがどうしても重用される。更に建造、整備等に人間という資源が必要ない以上、必然的に人の手は鎮守府の中では少なくなる。

 考えてみれば当然のことだ。その中で権力を持つ人間が、好き勝手するのは比較的容易で、そして露見することはたやすくない。

 

「その鎮守府であたしは大井っち……あたしの親友でもう一人の重雷装艦と一緒に、ほとんど寝る暇もなく出撃させられた。多分、あたしらが一番ひどい目にあってたんじゃないかな。轟沈する艦娘は、さすがにコピー艦だったから」

 

 ――コピーだったからこそ、露見が更に難しかった。声を上げられる艦娘は疲労で自分自身のことにしか意識が向かず、そうでない艦娘も、何かを口にだすことはできなかった。

 

「地獄だった――誰かがそこをそう評しているよ。あたしじゃないよ? もう一人でもない。誰かが、ね?」

 

「……君たちは――いや、それよりも。一つだけ聞いてもいいか?」

 

「うん、それなりに想像はつくし、話すつもりだったから」

 

 ――それでも、まさかそっちから聞いてくるとは思わなかったけど。北上はそう、嘆息気味につぶやこうとして、それを潰した。

 

「もう一人の重雷装艦、大井は“どうしている”んだ? 今は、一体、どこで、なにを?」

 

 息がつまるかのような、言葉の連続だった。

 問いかけるだけの満ですらそうなのであれば、果たして答えを持つ北上は? その少女の行く末を知る彼女はどうだ? 満でも、言い切ってしまったと思えるほどに、視線を下げた北上の顔は暗い。

 

「たぶん、あのまま出撃を続けていればどっかで限界がきて、どっちかが海に沈んでいたと思う。……その時、もう一人がどうなってるかは、正直よくわからないかな」

 

「沈みはしなかった。……外部からの手が入ったか。脳天気な君ですら嫌になったというなら、その人は――」

 

「もう、火薬は握らない生活をしてるよ。兵装も解体した、あの娘はもうここに帰ってくることはない」

 

 ――艦娘として、大井という少女は“死んだ”ということになる。轟沈し消失するでもなく、ただ戦うことをやめて消えていく。そんな泡沫のような結末を、彼女は望んだということだ。

 

 それが、北上の語った一連の結末。終着点であった。

 行き着いて、流れ着いて、溜息をつく。重苦しい雰囲気を吐き出すようにして、しかし結局それが払拭されること無く、北上は一度天井を仰いだ。

 

 倉庫は無骨な鉄色だ。ただ満の、提督としての制服だけが白く透き通るようである。

 

「なるほど、な。それで北上はどうすればいいと考えているんだ? 今、ここで僕にそれを話して、どうして行こうと考えてる?」

 

「……え? あはは、本当に提督はズバッと切り込んで聞いてくるね」

 

 きっと思いの行き違いは彼には無縁のことなのだろう。好かれるか、嫌われるか、極端な人なのだろうな、とどこか他人ごとのように北上は考えた。

 

「――よくわかんない、かな? なんとも言えないけど、それが語ることも憚りたいのか、それともただわかっていないだけなのか、それすらも、はっきりしてないよ」

 

 それでも北上は語った。するりと何かが口から滑りだして抜けていくかのように。北上は、提督のことは嫌いじゃない。満の少し無神経なところは、特に。

 

「となると……まったくもってわからないな。北上の答えがなければ、僕はどうしようもないんだよ」

 

 腕組みをして、あくまで真剣に満は言った。

 分からない。北上がどうすればいいのか、満には一切わからない。解るはずもないのだ。

 

 今度は北上がきょとんとする番だ。何せどうにも満の言うことははっきりと判断がつけづらい。一体どういう真意を持ってか、結論付けるのが難しい。

 

 では、何か。

 満の言葉は、一体どこへ向かうのだ?

 

 何が、

 

 何が、

 

 何が、――北上の思いを鎮めるという? 満にもわからないという、あまりにも複雑怪奇な少女の心を、果たしてどうして、だれがどのように変えるというのだ?

 

 疑問は当然。

 あくまで自然。

 

 だからこそ、満は言った。

 

 そこから続けて、満は言った。

 

 

 ――謳うように、軽口を。高らかに、宣言を。

 

 

「何せ、僕の鎮守府でそんなことは“ありえない”からね」

 

 さも当然のように。

 そうでなければおかしいというように。

 

 ただ、それだけの言葉で、言ってのけた。

 

「――あ」

 

 理解して、呆然とした北上の口から漏れたのは本当に小さな、たった一つの音色を伴った嘆息だった。

 

 やがて、降り始めて勢いを増す雨のように、北上はただただ朗らかに、ただただ楽しそうに、笑い始めた。

 

「アッハハハハハハハハ! なにそれ、なにそれなにそれ、なにそれっ!」

 

 ありえないと、否定するように。しかしその笑みが、否定したことそのものを更に上書きで否定してかき消すように、北上は心の底から盛大に笑った。

 

 笑って、

 

 笑って、

 

 笑い続けた。

 

「提督、頭おかしいでしょ!」

 

 思わず飛び出た北上の言葉。

 

「随分な言い草だね!?」

 

 訳も分からず、狼狽する満に、更に北上は追い打ちを続ける。

 

「いやいや、おかしくなくちゃ提督じゃないでしょ。おっかしいのー」

 

「おかしくはないだろ、僕は普通に、常識的に、人間的に考えているつもりだ」

 

「あっはは、それがまたまたおかしいってば」

 

「なにがさ!」

 

「なにがだよ」

 

「北上ィ!」

 

「提督ゥ!」

 

 もはや、取っ組み合いの喧嘩でも始まるかという威勢に、工廠から様子を覗きに来た妖精が思わずといった様子で扉から外へと逃げ出してゆく。

 訳も分からず、楽しげな北上に釣られて思わず笑みを浮かべる満に、北上は更に満足気な声を上げた。

 

 なんども、なんども、ただただ笑いあって、目的――倉庫に来た本来の目的は、重雷装艦に必要な、甲標的という装備だ――を思い出すのに、十分近い、時間を必要とするのだった。

 

 

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 3

 

 

 一人、海に佇む少女がいた。――おそらくは艦娘だろう、現代の日本にはそぐわない、どこか浮世離れした和装。空母だろうか、とあたりをつけて赤城は、その少女に声をかけた。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

 少女――見た目的には十代後半か、二十代といったところだろうが、基本的に艦娘は年を取らない――は、それに反応し振り返る。

 

「――何でしょう」

 

 どこか一本筋の通った、張りのある声だ。少しばかり冷たい印象を受けるものの、なんということはない、クールと言う言葉を使うには、彼女のような女性がふさわしいだろう。

 赤城から彼女に対しての第一印象は、どこか冷たそうな人。鋭い目つきが、一層それを強めていた。

 

「お恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして。道を聞いてもよろしいでしょうか」

 

「……まさか、海軍本部へ行こうとしているのですか?」

 

 彼女も、どうやら赤城のことを艦娘であると理解した風だ。すぐに察しがついたのだろう。とはいえ、どことなく強い口調だ。聞いていて少し身構えてしまう。

 

「えぇ、えっと……道を聞いても?」

 

 伺うように、赤城は問いかけた。なんとなくではあるが、そうするのが正しいように感じられるのは、果たして勘違いなのだろうか。

 

「…………」

 

 加賀は、数瞬の間答えなかった。考える素振りはない。表情や仕草に出ていないだけなのかもしれないが、そうには決して見えなかった。

 

 そこから更に、赤城は数秒を数分に感じた。加賀はやがて、ふと気がついたように。

 

「……あら?」

 

 と、首を傾げる。

 

「もしかして、何か誤解をしていませんか? 別に、責めるつもりはないのだけれど」

 

「……そうですか?」

 

 思わず、と言った様子で赤城が問いかけた。それからハッとしてすぐさま謝罪をする。

 

「ごめんなさい、少し言葉を選んでいたわ。案内をするにしても、行き方を説明するにしても、どうしても長台詞が必要だから」

 

 困ったように、その時彼女は初めて笑った。ただの柔らかなものでも、怒りを隠したものでもなく。ただただ単純に、ふと漏れでたような小さな苦笑だった。

 

「変な人。同じ空母で、しかも貴方は正規空母でしょう? 別に私に気兼ねする必要もないのに」

 

「え? あぁいえその……」

 

「緊張しているの? 無理もないわ。でもそうね、それだったらもう少し、こうしていましょう?」

 

 話をしようと、彼女は誘った。同時にカツンと音を立てて歩を進め、赤城の横に並び立つ。案内をしようということだ。

 

「……赤城、といいます。艦娘、正規空母です」

 

「――加賀、貴方と同じ、正規空母として生まれた艦娘よ?」

 

 どこか淡々とした口調で、彼女――加賀はそうやって赤城を見つめた。赤城も少しだけ呆けたように、それに対して視線を返した。

 

 後に一航戦という呼び名のもと、日本どころか、世界に名を残すこととなる最強の正規空母コンビ。

 

 赤城。

 そして加賀。

 

 二人の初めての邂逅は、そんな、とても小さな、日常を切り取ったような会話の中に、生まれるのだった。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、コンニチワ!

北上さまの可愛さはあの台詞に濃縮されるわけですが、それだけでなく、駆逐艦に対する台詞も彼女らしいですよね。
色々想像は及びますが、そこがいいわけなのです。

次回更新は11月27日、ヒトロクマルマル。よい抜錨を!

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