赤城と空母ヲ級は、海上を低速で回遊しながらのにらみ合いで、戦闘をスタートさせた。赤城は弓につがえた矢を油断なくヲ級に向け、ヲ級は両手を据え置いた杖に体をあずけるようにして。
沈黙は、お互いに焦りの無さを見せるに終わった。あくまで冷静に、あくまで沈着に、互いを見据えてそれを離さない。
やがて動き出したのは、空母ヲ級の側面。何かが揺らいで蜃気楼のように空間を振動させる。波をうって現れたのは、空母ヲ級の艦載機。
その数全三機、おそらくは艦戦に、艦爆に、艦攻の三種類。一つが高く飛び上がり赤城の視界から消えてなくなる。残りの二機はそれぞれ別の高さで赤城を見据え迫り来る。
対して赤城も、その下方を縫うように、矢の先に存在している、艦載機を打ち出した。飛び上がり、水面をその風圧で切り裂き飛び上がった艦載機は、やがて空中に浮かぶ敵艦載機と並び、その横を駆け抜けてゆく。
続けて発射されること五発。空中に、敵陣営と味方陣営、それぞれの艦載機が花を咲かせるように舞い踊る。
移動速度を上げた空母ヲ級と赤城のそれぞれ真横に、艦載機の爆撃が殺到する。吹き上がる水面。柱となったその間を、駆け抜けるようにそれぞれが場所を互い違いに入れ変えて艦載機を放つ。
空母ヲ級の手元に揺らぎが浮かんだ。
赤城が手元で二の矢をつがえた。
風をきる音がその後に聞こえ、更には機銃の音が静寂を戦場に書き換えてゆく。塗り替えてゆく。染め上げてゆく。
艦載機が空中にXを描く。それらが回転し、反転し、三次元に向きを転換させる。機銃が待舞って、艦載機を直撃、直後の爆発とともに敵艦載機が泡沫の白に染まった海面へと真っ逆さまに墜ちていく。空母ヲ級と赤城の睨み合う丁度どまんなかに。それが海へと消えた瞬間、更に赤城が行動を起こす。
続く矢を構えず高角連装砲を周囲に向ける。艦載機の撃墜を怖れ、敵の艦載機を封じる戦略に出たのだ。
同時に空母ヲ級も両手で支えるようにしていた杖を、右手のみで構えてふるい、そこから更に艦載機が出撃する。
全六機。三種の艦載機がそれぞれ二機ずつだ。
赤城の高角連装砲が決して連続せず、しかし一定のリズムで断続的に爆発を巻き起こす。百発百中。“外す”という概念を失った必殺ほど恐ろしい物はない。
彼女は絶対にはずさない。外すほどの経験不足が彼女にはないのだ。
そうしてリズミカルに起きる爆発はさながら花火の五号玉。しかし、吹き上がる無機質な煙と飛び散る赤一色の火花では、些か地味であることは否めない。
むしろそれを起こす花火師たる赤城とヲ級。海に端を揃える人型両名の軌道こそが、日本海軍の花形赤城の、まっとうな戦闘といえることだろう。
無数に吹き上がる水飛沫。ジグザグに、小刻みに移動しながらその中を駆け抜け、一拍タメてから艦載機を放つ。
上昇。飛行。そして爆撃は、新たな海原の柱。そうして、攻撃を終えた艦載機が帰還する。無事に一隻、赤城の元へと迫ってきた。
赤城が体を横に傾けると、艦載機は突き出された型にある飛行甲板を滑って空間の中へと消える。ヲ級が生み出す揺らぎの後と同様に、残るものは何もなかった。
ただし、赤城は艦載機を弓矢の矢として装填している。補給が終われば、再び飛び立つこととなるだろう。
ここまで戦闘を繰り広げ、赤城もヲ級も激しく周囲を駆けまわった。イヤというほど艦載機も放った。それでも両者に大きなダメージはない。ここまで赤城がどちらかと言えば観察に回っていたこともあるが、それでも両者の練度が高かったという事による硬直であることは事実。
燃料の続く限り、このまま戦闘を続けることはおそらく可能だ。それほどまでに敵は強く、赤城と同等に渡り合う。無論更に上の練度を持つ空母ヲ級と比べればその性能は低いものだが、それでも慢心し一撃を急所に貰えば、中破――空母にとって、中破とはすなわち戦闘不能である――してしまう可能性もある。
よって、赤城は全力でもって空母ヲ級の撃滅を選択。
これは島風も同様であるが、練度の高く、性能も他者から一線を画するものが同一性能の相手と戦う場合、最も重要視するのが練度とそこから取れる戦略である。
正攻法でもって敵を欺き、勝利するのが赤城の流儀。叩き潰すべく、改めて新たな艦載機を弓につがえる。
同時に、空中で舞う赤城の艦載機が、一斉に一方向へと飛び出した。縦横無尽の傍若無人が、ひとつの隊列を為して空母ヲ級へ伸し掛かる――!
先ほどまでの無法地帯がまるで無かったことにでもサれたかのように、編隊を組んで飛行する赤城の艦載機は、まさしく空を支配した赤城色の獣。
全てを赤城に染めた空は、その矛先を空母ヲ級へと定めて決める。
空母ヲ級が振るった杖に合わせて、敵艦載機もそれを迎撃しようと動き出す。しかし練度が足りない。赤城へ加える一撃も、まるで標的を見ずに放つかのように外れ、飛沫へと変わる。
対してヲ級へと向けられた爆撃は、彼女の体を少しずつ切り裂いて、ダメージへと変えてゆく。
狙いを付ける空母ヲ級の艦載機をかいくぐるように、赤城の艦載機がふらふらと左右に揺れ始める。狙いを付けさせないのが目的だ。
ヲ級の艦載機が作り上げた弾幕を、全て駆け抜け、抜き去ってゆく。撃墜される艦載機は一つとして無い。
もはや、一航戦としての全力を顕にした赤城の艦載機に、ヲ級の艦載機は、到底敵う練度ではない。敵艦載機を全て置き去りにして、ヲ級に赤城の艦載機が殺到する。
焦ったようにヲ級が杖を振るった。空間が歪み、現れる追加の艦載機、しかし――
「残念ね」
それを見越していたのだろう。赤城が高角連装砲を構え、照射。空間から現れたばかりの艦載機が、爆発四散、海の底へと堕ちて行く。
煙がもくもくと吹き上がり、一箇所を浮遊する灰雲となる。それを、切り裂き吹き飛ばして現れたのが、赤城の精鋭艦載機。
電光石火さながらに、空母ヲ級の至近にまで到達したそれらは、爆撃。寸分違わず空母ヲ級を蜂の巣にする。
「本当に、……残念だわ」
無慈悲に告げる一言に、しかし何の反応も許されることなく。空母ヲ級は爆煙を上げ、生まれでた海の中へと沈み消えてゆくのだった。
♪
「おっそーい!」
島風の周囲を飛び回る空母ヲ級――旗艦だ――の艦載機。彼女を海の中へと“堕とす”ために狙いをつけている、わけではない。
パラパラと、響き渡る軽く、しかし心臓に響く銃器の爆音。島風の機銃が周囲に張り巡らされていくのだ。
そう、艦載機は島風を狙っているのではない。狙っていたのを撃ち落とされたのだ。
湧き上がる艦載機。しかし島風は動じずに周囲をジグザグに駆けまわる。空母の周囲を旋回するように飛び回る艦載機が、彼女の行く手を阻むものの、それに怯む島風ではない。
艦載機が墜落し、跳ね上がる水面を足場に飛び上がり、機銃を乱れ打ちしながらそして着水。割りこむように、回転する艦載機の渦に巻き込まれながら自身もヲ級へと近づいてゆく。
降り注ぐ艦載機の一撃。体を落とし、右にずらして更に回転。速度を上げて状況をかき乱しながら回避する。
「アッハハ! 全然追いつけてないのね!」
浮遊する艦載機を、置き去りにして追い抜いて、機銃で打ち抜き更に前進する。弾幕とかして三次元で襲いかかる空母ヲ級の艦載機を、水上に拠る二次元の移動のみで回避してゆく。
島風には、襲いかかる艦載機がぬるく思える。そんな動体視力と、スピードの性能。
どちらをも持って、機銃で弾幕をはり状況を切り開く。
「それに、赤城の艦載機は見てるだけで勝てる気しないけど、貴方のそれは少し異様に欠けると思うよ!」
敗北など考えない。
空母ヲ級と自身の距離。主砲を確実にぶち当て敵を落とせるような場所まで、少しずつ、少しずつ近づいてゆく。
正面からではない。回転しながら、少しずつだ。
「しかも貴方の艦載機って遅いのね! 全然当たる気がしないんだから!」
島風の叫びに呼応してだろうか、否、空母ヲ級が危険を感じ取ったのだろう。杖を振るって更に艦載機を出現させる。
飛び上がり。そして島風を狙い。機銃の音と、飛行の羽音は更に勢いを増して周囲を襲った。
もはや音が世界を支配するかのような状況で、島風だけが、悠然とその速度を海上に見せつける。
島風の後方に回った爆撃機が、跳ね上がる飛沫を切り裂き出現した。しかし、それに気が付かないはずもない。だが、島風はそれに目をくれることさえ無かった。
軽く体を揺れただけで回避は終わる。練度が甘い、この程度、回避できずして何がエースか、何が旗艦か。
そう思えば、空母ヲ級はあまりに拙い。
殺到した一発を、くぐり抜けて撃ち落とす。艦載機が機銃に見まわれ、爆撃は海面を突き貫いた。島風は、その隙間を踊るように駆け抜ける。
空母ヲ級が更に激しく艦載機を飛ばす。島風のすることは、それを丁寧に一つ一つ、往なして潰して叩き“墜とす”ことだけだ。
島風は沈まない。この一戦に全力を傾ける、南雲機動部隊の旗艦であるからだ。
提督として着任し、それから不慣れながらも鎮守府を導く提督がいる。島風からみても彼は不格好で、不器用で、知識も経験も不足している。
だが、彼は判断を間違えない。ここまで、間違えることなく島風を導いた。あの時――島風に戦艦との一騎打ちを許した時――語った彼の言葉は、島風だって知っている。
だからこそ認めているのだ。一人の提督として、彼以上に自分と共にいれる提督はいないと。
優秀な提督ならいた。思慮深い提督も、知識や経験が豊富な提督もいた。だが、満のような提督は誰一人としていなかった。
彼のルーツは、きっとこの海の上にある。昔、共に艦隊を組んでいた艦娘を思い出す。敵すらも救いたいと語った彼女を、思い出す。
いや、それは感傷か。
すでに彼女はこの海の上にはいないのだ。海の下。どこまでも深い海の底で、きっと今も静かに眠っていることだろう。
だからこそ、今は目の前の敵を沈める。
それが島風のするべきことだ。満が島風に、求め続けることなのだ。
「求められるって……悪くないかもね――“ ”」
かつての親友――とよべた関係の仲間――の名前を呼んで、それから満に思いを馳せる。それはきっと、友情とか愛情とか、そういったものを超越した、島風と満にしか許されない、絶対の信頼関係なのだろう。
「さぁ、だからさっさと沈んでよ! 沈むのくらいは、はやくたっていいんだよ!?」
言葉とともに、いよいよ持って全速力でヲ級に突っ込む。艦載機の弾幕が濃くなってきたこと。少し不意をつくように全速力で直進すれば、ヲ級を射程範囲内に治められるであろうこと、それらを意識し、そして達成する。
一種の賭けに近い行動であるが、島風は確信を持ってそれをした。空母ヲ級を仕留めるべく行動した。
主砲を、構え。
狙いを、つけ。
最後に一撃を――ぶちかます。
「ッッッッケェ――――!!」
周囲には、艦載機が押し寄せていた。島風を討つべく。ヲ級をその身を呈して守るべく。島風とヲ級の艦載機、どちらがその到達を先んじるか。
それだけの勝負だった。
それで全ての、決着がついた。
♪
結局、終わってみれば、島風達に大きな損害は生まれなかった。せいぜいが島風の小破という結果程度。それもこれは、空母ヲ級を沈めた後に、それでも残っていた艦載機を避けて帰還するのが少し無茶だっただけだ。
島風にしてみれば、これくらいのダメージで治めて当然なのである。
北上や天龍、龍田はほぼ無傷の軽いダメージ。そして愛宕と、激戦を繰り広げた赤城もまた完全な無傷である。
強力な艦隊であると目されていた南海諸島沖に出現した敵主力艦隊を、これほどまでに快勝で討ち果たしたのは、まさしく彼女たちの強さと言って良いだろう。
かくして南雲機動部隊としての“初陣”とも呼ぶべき艦隊決戦『南1号作戦』は、大成功という結果を残すに至るのだった。
その後、第六駆逐隊は開放された第二艦隊以降の遠征任務を主にシフトした。遠征専用の配属が為された艦娘も数人着任し、第三艦隊までが開放、そちらで忙しく動き回っている。
天龍と龍田も、その低燃費を活かして第二艦隊などでの水雷戦隊旗艦を務めることが多くなった。戦闘事態には時折出撃の機会もある。仲睦まじく、そして抜群の連携を見せる姿は敵艦隊にとっては脅威であり、満たちにはとても頼もしい戦力だった。
北上、愛宕は島風達とともに、南雲機動部隊を担う主力として活躍することになる。特に北上は重雷装艦への改装が近いために、ここ最近は忙しく動きまわっているようだ。
主力艦隊との決戦も終わり、大きな戦争への参加もあまりない。観艦式も終えたことで、鎮守府としては周囲にその存在を認められつつ在るようだ。
一部では、満の鎮守府に戦艦を配属させるかさせないかで、大きな議論となっているようだが、末端でしか無い満たちにその影響が出るはずもなく、平和な時間が流れていった。
忙しくもただ流れていく日常。死と隣り合わせでも、敗滅と隣合わせではない、そんな世界。これまでがそうだったように、これからも、きっとそうであるのだろう。
島風や赤城とは、日がな一日、何気ないことで語り合うことが増えたように満は思う。
北上や愛宕もそれに加わることはあるし、天龍たちが何か問題とはいえない小さな騒動を持ち込むことも多々あった。
流れていく日常を理解し、少しずつそれに順応し始める。もとより慣れるのは速い方だ。満は鎮守府の提督として、少しずつ一人前になっているのだろう。
これからも幸せな日常が長く続けばいい、そう願うのは、今が幸せである証拠。きっと、悪いことではないだろう。
水平線の向こうへと流れてゆく雲を、鎮守府の窓から眺めながら、満はふとそう考える。
――そうして、満がこの世界にやってきて、いつの間にか一年の時が、過ぎようとしていた。
ヒトロクマルマルにて、提督の皆さん、トレーナー志望の皆さん、こんにちわ!
今回で第一部前半、鎮守府海域は終了となります。
次回は南西諸島海域にて、一年後、もとい一ヶ月くらいしたらお会いしましょう、なのです。