艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『14 思いかねてより』

 出現した敵艦船は六隻。

 空母ヲ級が二隻。

 重巡リ級が二隻。

 更に軽巡ヘ級一隻に駆逐ニ級一隻。

 

 厄介なのは当然空母二隻だ。赤城一隻に対して敵は二隻。想定のウチで最悪といったレベルの敵。無論、これを見越した上で対空に特化した装備を配布したのだが。

 それでも敵が強大なことは必定。空母と同様に重巡二隻というのも些か厳しい。

 

 激戦が、更に激戦で塗り固められるのは必至といえた。

 

 そんな中で、最初に動き出すのが重巡愛宕とその後ろに付く軽巡北上だ。長距離への砲撃を前提とした愛宕の主砲が、油断なく敵リ級を狙う。

 

「行きます!」

 

 突出し、攻撃を狙う。

 主砲と主砲の合間が長い、艦隊戦の基本とも言える戦法。敵の主砲を引きずり出そうというのだ。前回の軽空母を旗艦とした船団もそうではあるが、今回は、愛宕の主砲は狙えない。

 重巡が二隻存在していること、そして敵艦隊を“殲滅”することが目的であることが主な理由だ。

 

 お互い、駆逐艦や軽巡洋艦よりも重量のある艦艇同士、その動きはひたすら緩やかだ。そして、その後ろにつく軽巡ヘ級も、北上と同様に静かに後を追う。

 

 構えられた主砲。互いに敵を一直線に狙い、それを振り払うように小細工で身動きを取る。暫くは地味なにらみ合いが続いた。

 業を煮やしたわけでもないが、それでも状況に変化を与えるべく、愛宕が速度を最高速に切り替える。直後、敵も同様に行動を起こそうと考えたのだろう、それに対応して“軽巡”が動いた。

 

 同一艦種の重巡ではなく、軽巡――正確にはどちらも巡洋艦であることは変わりないが――に愛宕の相手をサせることにした。

 つまり、その後ろにつく北上を重巡リ級は狙っているのだ。

 

「なるほど……だったらなおさら、貴方にはそこから引いてもらわなくちゃいけないわね」

 

 少しだけ、いつもの柔和な物から、目を細めて剣呑なものへと変える。全速力で重巡リ級達とは距離を詰めず同一方向に動いていた愛宕が、そこで弧を描いて進路を変える。

 

「どきなさいっ!」

 

 一直線に軽巡へ向かった愛宕が。軽巡ヘ級自身が愛宕に近づいていたこともあり、相当な速度で違いに接近していく。

 真横、ほぼ数メートルの間合いしかないような超至近距離でもって交錯しようとし、愛宕が直前で更に速度を上げる。

 

 放とうとしていたヘ級の砲撃は空振りとなる。それがわかったからこそ、ヘ級も応じて速度を上げ、そして互いに後方へと突き抜けた直後。

 軽巡ヘ級が猛然とターンを行い振り返る。

 

 愛宕も同様。しかし間に合わない。小回りの聞くヘ級に、愛宕の速度は追いつくことができず、またターンした半円の円周も、軽巡ヘ級のそれよりも更に大きい。

 故に、ヘ級は愛宕に一撃を見舞うことができる、筈だった。回避しようのない一撃を愛宕へ放つ――筈だった。

 

 しかし、愛宕はそこで更に行動を起こす。

 回転しようとしていた自身の行動を即座にとりやめ、全くの別方向へ、“ヘ級を顧みることなく”全速力で移動し始めたのである。

 

 それは、一瞬の躊躇が存在していれば不可能なことだった。

 愛宕の空白を通り抜けるヘ級の主砲。振り返るだけの時間で、それは愛宕に直撃していたはずだった。しかし、愛宕は一目散に回避を敢行、当たらないという予感を確信としてヘ級の攻撃を避けてみせたのだ。

 

 そして、彼女は今ヘ級と交差し、戦闘開始の直前に深海棲艦達が在った場所に立っている。そしてリ級は、まだそのすぐ側にいるのだ。

 北上とのにらみ合いにより、膠着したままそこにいる。

 

 リ級は、側に愛宕の存在を感じても振り返ることはできなかった。北上がそれを許さなかったことに加えて、先ほどの砲撃。あれを“軽巡ヘ級が外した”と見るのではなく、“愛宕が外した”と見るしか無かったためだ。

 

 何にせよ、愛宕が回避して、リ級を二人がかりで狙っている以上、重巡リ級は完全に詰み。チェックメイトを宣告されているのだから。

 

 直後、北上が動いた。しかしリ級は動かない。動くことができない。動けば、その瞬間に愛宕が主砲を放つ。もう完全に勝利の芽を摘み取られたリ級。

 

 取ることのできた行動は、一つだけ。

 その場において高速で回転し、愛宕へ照準を合わせ直すこと。一瞬の間であれば、砲撃が可能であるかも知れない。愛宕を道連れにできれば、もう一隻のリ級が俄然動きやすくなる、はずなのだ。

 

 故に、動いた。

 そして主砲を愛宕に構えると同時に、その砲塔に愛宕の主砲を叩きこまれ、爆発四散。リ級は海の底へと沈んでいった。

 

 あとに残るは、軽巡ヘ級。主砲をウチ放ち、続く主砲はもう撃つことはないだろう。それでも、まだ取れる選択肢が残されていた。

 雷撃戦だ。

 

 同じく主砲を放ち無防備になった愛宕に、雷撃をいち早く叩きこむ。轟沈に至るかは怪しいところだが、最悪中破させれば、続く雷撃戦を愛宕は行うことができなくなる。

 それさえできれば。

 

 そう考えたからこそ、雷撃を構え、しかしそれが不発に終わることを知る。

 北上が割り込んできたのだ。

 

「そっこまでだよー!」

 

 間延びする声を精一杯張り上げて、己の主砲を軽巡ヘ級へと向ける。狙いをつけて、雷撃が放たれた直後に、軽巡へ級へ直撃を見舞った。

 

 轟沈し、それでも雷撃は放たれている。だが問題ない、すでに防御の体制をとってその場に突入していた北上にその一撃は、ちょっとのかすりダメージにしかならない。小破にもすら至らないようなものだ。

 

 かくして北上と愛宕が相手取った敵深海棲艦。重巡リ級と軽巡ヘ級は、為す術もなく轟沈した。多少のダメージも、ほとんど後には響かない小さなもの。

 完勝と、言い切るには十分な勝利だった。

 

「お疲れ様ねー」

 

「いやー、大変だったね」

 

 にひひ、とはにかみながら北上が愛宕のねぎらいに返答する。

 

「そうねぇ、でもやるじゃない。見直しちゃったわー」

 

「こっちこそ、随分思い切ったことするよねー」

 

 両者は共に独特の行動志向を持つ、マイペースな存在である。自然と波長は合うのだろう、お互いに優しげな声音で相手を称え。

 

「ねー」

 

「ねー」

 

 と、まるで何かを交信させるかのごとく笑い合うのだった。

 

 

 ♪

 

 

 重巡リ級の周囲を、軽巡ニ級が駆けまわる。まるで自分自身が壁になるかのように龍田と天龍の射線を邪魔し、天龍達自身も動き回っているために、狙いが定まらない状況は続いた。

 

「っち、ちょこまかちょこまかと! にわか雨にでも振られた気分だぜ!」

 

 威嚇するように、怒声を荒らげてはみるものの、無意味であるということくらい解る。

 とにかくまずはあの駆逐艦ニ級を片付けるか、重巡リ級を、駆逐艦ニ級の隙間をかいくぐり叩き潰すかのどちらかしか無い。

 

 幸い、現在こちらにも二隻の戦力がある。片方が駆逐艦ニ級の陽動とリ級の主砲を牽制すればよいだろう。そしてもう一隻で二級を撃沈、更にそこからもう一隻が接近しリ級の急所に砲弾を叩き込めば、おそらくリ級もただでは済まないはずだ。

 主砲だけでダメなら、二隻分の魚雷も在る。

 

「ッハ! そんな小粒の雨なんざ、今すぐ喰らい尽くしてやるからよ! そこになおって一列で待ちぼうけてな!」

 

 声を荒げながら、天龍の思考はどこまでもクリアに澄んでいく。無理もない、天龍の最も得意とする戦闘は集団戦。特に自分が旗艦となり水雷戦隊を率いるような、そんな戦いだ。

 そして今回は龍田との連携が求められる戦闘。水雷戦隊ほど自由には行かないだろうが、龍田ならば、こちらが間違っていない限り、ちゃんと思うように動いてくれるはずなのだ。

 

 単騎での決闘は、たとえ駆逐艦にも苦戦する。だが多対多の集団戦となれば、水を得た魚のように奮闘を始める。島風のような性能の無さと戦闘センスの欠如が、天龍にそんな指揮の才能を与えたのだろう。

 それに、単騎での獅子奮迅では、どうしても見栄えに限界がある。殺陣は確かに魅力的だが、天龍に取ってもっとも派手な戦闘は、あらゆる火砲が入り乱れる戦争なのだ。

 

「さぁ行くぞ龍田! 俺達の戦争をこいつらに……え?」

 

 長年共にいる姉妹にして相棒、龍田に声をかけようとして、しかし直後に、天龍は絶句することとなる。隣に立つ龍田の雰囲気が、あまりに普通ではなかったのだ。

 

「どうしてくれようかしら」

 

 ゾクリと、体中を這うような間隔。

 龍田の声が、天龍に対して向けたものではないとはっきりわかるというのに、天龍はそれを恐怖と感じた。なぜだと、それを疑問に思う間もない。

 殺意をにじませた声を発した龍田がそのまま、天龍の言葉も聞かずに飛び出したのである。

 

「一体どこから“潰して”上げたほうがいいかな。目? 心臓? それともその、黒光りする太い棒?」

 

「ま、たつっ……!」

 

 天龍が待ったをかける暇もなく、龍田は駆逐艦ニ級へと迫った。ニタァと三日月のような笑みを顔に貼り付けて、迫る姿は悪鬼のそれだ。

 駆逐艦に、恐怖と呼べる感情が在ったとすれば、そのまま身を翻し逃げ出していてもおかしくはない。

 

 直後、だった。

 龍田の体が真横に弾ける。砲弾の直撃、ではない。そんなもの、受けた様子は一切ない。おそらくは龍田自身が駆逐艦ニ級から離れるべく行動したのだ。

 しかし、それはあまりに無茶な駆動であった。

 

「ぅっ――――――――!!」

 

 咆哮は敵を討とうと殺意を主砲ににじませる龍田の叫び。しかし天龍にはそれが、悲鳴を上げた体中の痛みを、声にして逃がすためだと、すぐに分かった。

 

「待て龍田! 無茶をしてすすむんじゃねぇ! それ以上進めばリ級の砲撃をさけられないぞ!」

 

 なぜそんなことをする。なぜそんな行動をとる。

 冷静に思考すれば、無茶な突撃が必要のないことくらい解るはずだ。龍田とて、戦場を駆け抜けて来たのならばそれくらいわかって当然。

 

 そこまで考えて、天龍は悟った。愕然とするような事実。天龍は、龍田の行動を自分にとっての常識として考えていたのだ。

 加えて、龍田と共にした戦場が、以外の他少ないということも。しかも、そのほとんどが先の自身と龍田が中破したような個人同士での戦闘で、連携はこれが初めてである、ということも。

 

 龍田が、リ級に接近するような状態から、そのリ級をかく乱する動きへ変じる。主砲から自身を退かそうというのだ。

 集中を要するが、膠着を生めば多少は意識せずともそれは続けられるだろう。そう判断した時にはもう、天龍は龍田へ、思い切り叫び声をかけていた。

 

「龍田! なんでだ! なんでそんな無茶するんだよ! 必要ないだろ! なんで、なんでなんだよ!」

 

 思いの外、声を荒らげたもので、感情的であったのは誤算だったが。

 それでも、その声は龍田に届いた。ちらりと天龍の方を見て、それから向き直って応える。向き直る直前の彼女の表情は、どこか今にも泣き出しそうな――どこかで見たような顔だった。

 

「だって、だって! 天龍ちゃん無茶してるもの! そうやって強い言葉を使ってる時、天龍ちゃんは無茶してる。強がってるもの」

 

 ――続ける。

 

「だから、私は自分自身が強くなることにしたの。天龍ちゃんが周りからいじめられて、強がらなくてもいいように。悲しまなくてもいいように! 天龍ちゃんを守れるくらい、強く!」

 

 ――続ける。

 直後、龍田が体を大きく跳ねる。距離を無理やり詰めることで、虚を突いてリ級の懐に潜り込む。だが、ここまで駆逐艦ニ級を無視し続けてきたつけはあるだろう。

 

「私は、天龍ちゃんのたった一人の、家族なんだから――――ッッ!」

 

 速度を増して、迫る龍田。宙を切り裂き、空を駆け抜ける。“シュウチャク”という一瞬に、ただひたすら意思という燃料を燃やし、走り抜けて辿り着く。

 風が痕を追い、軌跡を描くように振るわれた主砲が、重巡リ級の隙を縫って向けられる。

 

 完全に、一瞬だけ時が死ぬ瞬間が、あった。

 

 

「ッッッッッッ、――ッテェェェェェ!!」

 

 

 砲弾が空白を呼び、重巡リ級に直撃し、終わる。沈みはしなかった。しかしモロに一撃を食らったリ級は大破。後はこれを、雷撃戦で沈めればいい。

 

「龍田……!」

 

 だが、問題はある。

 龍田はこの時点で駆逐艦の存在を放置していた。対処を諦めていたと言ってもいい。駆逐艦からの一撃で、大破などしようはずもないし、天龍ならば一撃で駆逐艦を沈めてくれるはずだ。そう、“押し付けて”龍田は無茶をしたのだ。

 

 悲痛な天龍の声が響いて直後。龍田は至近に気配を感じた。音はない、深海棲艦の潜む海に、音という概念は生まれない。

 

 それだけ、深く、深くあり続ける執念だ。

 

「俺は、」

 

 天龍の声も聞こえる。迷惑をかけるのは承知のうえだ。それでも、天龍が傷つくことはきっと無いだろう。うまくやれば、やってくれれば天龍は無傷で終わるだろう戦闘だ。

 “これまでのように”天龍はきがつかずにすむ。

 

 だが、違った。

 天龍は、龍田の思い通りには動かなかった。龍田自身が、天龍の思い通りに動かなかったように。

 

「……俺は、そんなつもりで強がってきたんじゃねぇ!」

 

 その声は、近くに在るはずの、深海棲艦から聞こえてきた。

 顔を上げて、周囲を見渡す。龍田に影が指していた。そしてそれは雲に拠るものではない。“人影”だ。

 

「天龍、ちゃん?」

 

 駆逐艦ニ級にはありえない、人の姿をしていないのだから。

 そこには――駆逐艦ニ級と龍田の間に、滑りこむように割り込む天龍の姿があった。主砲を構え、横滑りで龍田の前に躍り出る。

 

「俺は……」

 

 爆発。龍田に接近していた駆逐艦ニ級が弾き飛ばされるように後方へ吹き飛び、水上を滑っていった。見れば中破、龍田が砲撃を行ったのだろう。

 

「俺はさ、龍田に憧れてたんだ。強くて、まぁなんか怖いけどかっこいいしで、俺もなんとなく、そんな感じになりたかったんだろうな。性に合わなくて、こんなかんじになったけど」

 

 語るような、優しい声で天龍は言った。

 

「俺は別に、誰かの所為でこんな風になったんじゃない。龍田、お前のおかげでこう“なれた”んだ」

 

 思えば、天龍と龍田が、こうして本音を語り合うのは初めてだったのかも知れない。龍田はそれを押し隠していただろうし、天龍は今の今まで無茶だったのだ。

 怒りで冷静さを失っていたから、龍田はああして言葉を漏らした。そうでなければ、“いつもどおり”の関係で、天龍たちは終わっていたはずだ。

 

「俺達は、多分どこかでお互いのことを誤解してたんだよ。しかも、お互いのことをなんでも知った気になって、それを正そうとしなかった。……つい、さっきまではな」

 

 そっと、天龍が手を差し伸べる。どうやら龍田は、力が抜けてへたり込んでいたようだ。慌ててそれを受け取って、立ち上がる。

 周囲では少し動きがあったのだ。

 互いに背を向けあって、肩を預け合う。なんとなく自然に納まるようで、少し違う。ボタンを掛け違えたかのような小さな違和感が、天龍達にのしかかった。

 

 だが、それも、少しずつ溶けて消えてゆく。まるで氷がその姿を変えてゆくかのように。

 

「やっと上手く型に嵌った気分だ。自分の中にあるピース。割りと見落としが在ったみたいだな」

 

「そうねぇ、天龍ちゃんのこと、ずっと子どもみたいに見てたから、こうして背中合わせになると、大きくなったなって、思っちゃうわ」

 

 少しだけ咬み合わない会話。無理もない、今の今まで自分たちはそれすらもできていなかったのだから。

 

「さぁて、まずはこいつらを片付けようぜ。このままじゃうるさくて敵わねぇ」

 

 背中合わせになった天龍達の前方には、それぞれニ級とリ級が煙を上げて佇んでいる。死屍累々、今にも沈みそうでも、彼女たちにはまだ砲撃が一度ずつ残されている。

 だが、天龍達はそんなこと、歯牙にかけるつもりもない。

 

 もうすでに、勝利を確信しているのだから。

 

「そうね。そうしてそれで家に還って、一緒にお風呂に入りましょうか。きっと――気持ちいいわよぉ」

 

 裸の付き合いかと、天龍は笑う。

 そのとおりだと龍田は肯定し。

 

 それから、

 

 ――二つ飛沫が上がった。何かが沈む、ものだった。




ヒトロクマルマル。提督の皆さん、天龍に率いられたい駆逐艦の皆さん、こんにちわ!

鎮守府海域大ボスとの対決、対取り巻き戦をお送りしました。
残すはヲ級二隻となります。第一部前半も残すところあと一回、悔いのないように行きましょう!

次回更新は10月10日、ヒトロクマルマルにて、よい抜錨を!

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