島風他第一艦隊、改南雲機動部隊は出撃から少しして、ようやく敵艦隊と衝突した。もとより強力な敵主力艦隊との決戦を見越し、最小限の戦闘で行動するべく動いていたため、それが成功すればおそらくこれが敵主力艦隊を前にした前哨戦となるだろう。
赤城の索敵によって敵艦発見に成功した機動部隊は直後、単縦陣で戦闘態勢に入り進撃する。緊張が高まるなか、開幕は赤城によって行われた。
「……よし、第一次攻撃隊、発艦!」
宣言と同時。自身が持つ弓に矢をつがえる。矢の先端は航空機を催したものとなっており、中には兵器妖精が操縦を担当するべく控えている。
敵艦隊へ。
空母赤城から。
開幕爆撃に拠る痛打を与えるべく構えられた線条の攻撃。
一度だけ目を細め、遠くを見るようにして赤城が狙いを定める。もとより空中での飛行はかのうであるがそれでも、ここで狙いを外すつもりはない。
確実に“討つ”そんな願掛けのような、赤城特有の動作だった。
おそらく、かつての赤城を耳に聞く電であれば、目を輝かせたことだろう。それは赤城の癖のようなものだからだ。
そして、風を切り裂き赤城の艦載機が射出、発艦した。
衝撃によって赤城の長い黒髪がなびく。揺れる海の波間のように、風が薙いでそして消えていった。
戦闘開始の合図。島風と北上が、それぞれ『12.7ミリ機銃』を構えた。
『12.7ミリ機銃』は端的に言ってしまえば“対空のみ”を主眼においた兵装だ。今回出現が想定されているのは空母系の艦種だ。その艦種が放つ艦載機を撃ち落とすことで、少しでも被害を減らすのが目的である。
兵装の中には火力を保った上で対空に特化する兵装も存在するが、それは島風と北上以外の艦娘が装備しているものである。
これは単純に、戦闘スタイルによる兵装選択だ。
島風は高速戦闘を得意とするためとにかく動いて数を撃ち放ったほうが強い。そして北上はそのトリッキーな戦闘スタイルから、ただ主砲を放つよりも、戦場を駆け抜けたほうが活躍が見込める。
これらの点から、兵装の軽量化などを考えての選択となった。
行ったのは満。彼が初めて下した、出撃と撤退あるいは入渠などの当たり前の行動以外の判断であったようだ。
かくして戦闘は開始される。
敵艦隊には軽空母――コストが正規空母よりも安い代わりに、性能が劣る空母だ。中には正規空母にせまるほどの火力を持つ軽空母も存在するが――が確認された。
正規空母の姿はない。
もとより、敵主力艦隊以外は島風達からしてみれば道端の雑魚も同然。勝たなくてはならない。それもできる限り被害を最小限にとどめた上で。
戦闘は、島風たちの機銃、愛宕達が有する対空特化の高角連装砲による敵艦載機撃墜から、始まった。
♪
一斉に弾丸が放たれる音が周囲から響く。十センチ以上の口径を持つ高角連装砲は主砲と同様に大きな発射の音を要するし、連続して響き渡る機銃の音は、海を揺らす振動のようだ。
加えて、艦載機の爆撃も周囲に塗れて落ちて、音を大きく鳴り響かせる。
世界が音で染め上げられて支配されたかのようだった。
北上の耳元を通り過ぎる爆撃がある。辺りはしない。機銃で撃ち落とした艦載機の置き土産だ。それが偶然、移動した先で北上を見舞ったのである。
無言でそれを見送ると、飛び出した島風に続いて後を追う。
赤城の艦載機が空を過ぎ去るのが見えている。敵空母と同様に、赤城もまた開幕爆撃を終え、そして今は帰還するところだ。
さすがに無傷とは言わないものの、明らかにこちらが撃墜した後に残った敵空母の数よりも圧倒的に多い。赤城が発艦させた数と、敵空母が襲来させた数は、ほぼ同数どころか、空母の数が多いせいか幾分敵のほうが数が多かったというのに。
周囲を飛び交う艦載機は、完全に赤城たちに制空権をもたらしていた。
「さすがに練度が低いですね」
とは、敵空母が放った艦載機を自身が装備していた高角連装砲で撃墜しながらの赤城の一言だ。他の艦娘がそれなりに砲撃を外していた――島風と北上は外すことが前提なので例外だ――というのに、彼女はすべての砲撃を艦載機に直撃させ、葬っていた。
「……敵艦見ゆ!」
改めて、と言った様子で島風が言う。目視に拠る敵の確認が為されたために、本格的に戦闘行動を開始することとなる。
そうして見えたのは、赤城によってもたらされた敵艦隊の惨状だった。
軽空母二隻、ウチ旗艦ではない方が撃墜。
重巡一隻は無傷。しかし駆逐艦二隻のウチ一隻が沈んだ。更にはもう一隻も、多少ながらのダメージが見受けられる。あまり変化はないが。
とかく、こちらのダメージがせいぜい龍田と天龍がかすり傷を受けた程度だというのに、この被害は圧倒的だ。たった三隻対六隻の島風達。勝負など、見るまでもなく明らかだろう。
それでも手を抜くつもりはさらさら無いが。
最初の砲撃は最もこの中で射程の長い愛宕。主砲に拠る狙いをつけて、同一の艦種、重巡リ級を穿たんとする。
砲撃は、一発。
直後に、一発。
リ級のそれと、愛宕のそれが交錯し、駆け抜けてゆく。
即座に回避行動を取り、直撃は免れる。しかし自分にそれができた以上、敵にできない理由はない。重巡リ級には一撃が届かなかった。
しかし、それはある程度想定済みのことだった。不意を打つ一発ではない。敵に同一のタイミングで返される危険はあった。しかし構わずそれをしたのは単純に、リ級の砲撃を終わらせたかったからに過ぎない。
愛宕達は六隻いるのだ。リ級達は三隻しかいない。それはつまり、リ級の攻撃が終わってしまえば、敵の攻撃回数は残り二回。対し愛宕達には後五回の攻撃が残されている。
その間に、最低でも中破までに持っていけばいい。雷撃戦を不可能なだけの打撃を与えれば、後は島風ないしは高い雷撃能力を持つ味方艦が沈めるだろう。同様に、駆逐艦は――おそらく難なく沈められるだろうが――最低でも中破させてしまえばいい。
敵を殲滅する理由はない。あくまで敵主力艦隊の撃滅が今回の目的なのだ。
統率を失った敵艦は、日常的な漸減作戦により殲滅される。湧き上がる敵にふたをするような形で対応し続けることで、今の膠着は生まれているのだ。
とかく、それに応じて北上がまず動き出す。島風はほぼ無傷の駆逐艦を狙った。敵駆逐艦の射程外から、その精密な砲撃でもってなすすべもなく撃沈させるだろう。
故に北上が狙うべきはどこか、赤城に空母との戦闘を行わせ、艦載機を無駄に浪費させるわけにもいくまい。天龍と龍田に後を任せる形で、軽空母へと砲塔を回頭させる。
機銃を脇に構えて体を落とすと、速度を上げて前方へ進んだ。
軽空母の姿が見える。艦載機が射出される。口元に浮かぶ黒点から、現れるように、鉤爪のような不気味な艦載機が発艦される。
空に響く羽音が、北上の耳を叩いて抜ける。
「……うるさいなぁ」
嘆息、同時に機銃を空中へと向ける。考えは在る。あの艦載機たちをやり過ごし、無防備な軽空母に一撃を叩きこむのだ。
そのためにも、煩い飛行の雑音をかき消さなくてはならないだろう。
構え、射出。
連発して叩きつけるカーテンの如き弾幕が、広がり、間を置いて周囲を覆い尽くす。一箇所に連発しては、また別の箇所に連発。それを何度も、何度も何度も繰り返す。
指揮者の奮う指揮棒のようなそれは、あらかた艦載機が回避行動を取るまで続いた。
そこから間髪入れず、前方に構えた機銃を横に構えて体を極端にかがめる。水面と垂直になるような態勢でかけ出した少女は、そのまま空母が放つ艦載機の下を駆け抜けてゆく。
蜘蛛の子を散らした上で、その空いた隙間を縫って駆け抜けてゆくのだ。相手はしない。通常行うように、回避して、回避して、回避し尽くすような戦法は、北上のトリックスタイルには似合わない。
花形とすら言えるような可憐な舞は、島風の仕事だ。北上は、人を唖然とさせるような曲芸でもって敵を仕留める。それが“彼女にしかできない戦闘”だ。
『12.7mm機銃』は、それぞれのスタイルに沿って配布されたシロモノだ。その中で、高性能とハイセンスによる正攻法の戦略を得意とする島風と、己の性能を最大限“犠牲にして”何かから逆行するような戦術を得意とする北上に、それが配布されたのは数奇なめぐり合わせといえるだろう。
「なんていうかな、甘い砂糖の中に隠し味として入れられた……」
軽空母の目前にまで到達した彼女が、そのまま主砲を構えてつぶやく。甘味の花形と、それを支える曲芸師。
とはいえ、サーカスの花形は、きっとその曲芸師なのだろうが。あいにくここは、命をチップに戦う戦場だ。
「――塩、みたいな」
自分自身をそう例えて、それから更に砲撃を行う。
「ハッハッハ」
マイペースが故に、少しばかり真剣味を感じられない、しかし本人にしてみれば最大限最高潮と言える笑い。そして、
「敵旗艦、討ち取ったりぃー!」
調子に乗ってそんなことを言う。が、即座に主砲で殴りつけた敵軽空母の様子を見て嘆息する。
「ありゃ? まだ大破しただけ?」
終わってはいない。空母は中破以上でその戦闘能力を喪うために、これで勝利はほぼ確定なのだが、些か不満だ。一撃で決めたと思ったそれが実は違った。多少、屈辱である。
直後、龍田の主砲が軽空母を落として、旗艦ば沈んだ。沈めた龍田は、仕留めきれていないのに勝鬨を上げた北上へ冷たい目線を送っていたが。
更に爆発。見れば残っていた駆逐艦が沈むのと、天龍の主砲から上がる硝煙が見える。どうやら島風達も似たようなことをしたらしい。
開幕爆撃、そしてそこからの砲雷撃戦で四隻の敵艦を落とした。中には旗艦である軽空母もいる。その上で残すところは後一隻。
重巡リ級を残すのみとなった。
砲雷撃戦はクライマックス。リ級はすでに攻撃を終えている。北上も、島風も、愛宕も天龍も龍田も、だ。
後一人、その場で攻撃を行っていない者がいる。その射程故に攻撃を行う順番が最後になっていたのだ。
――赤城だ。
赤城が、残された重巡リ級を狙う。
沈黙の直後、艦載機であるつがえられた矢が射出。そこから飛び立った鏃としての艦載機。水面を切り裂くように少し疾走って、それから一気に浮かび上がり直進する。
重巡リ級には対空装備がない。せいぜい主砲を構える程度。
魚雷は効かない、届くはずもない。回避行動は、取れるほど向こうが軟弱ではない。とても優秀な、艦載機とそれを操る妖精だ。
リ級の目前までそれは迫った。
目を見開いて、彼女はその一撃を待つ。果たしてそれは彼女本来の瞳、感情であっただろうか。当然回避はしようとした。しても無駄なほど艦載機の狙いは確実だった。
爆裂。
閃光とともに、リ級は海の藻屑へと、思念は還って消えていった。
♪
凄まじい戦闘能力だと、感心する他ない。時として艦娘を中破に持って行かれ、撤退せざるをえないような敵の開幕爆撃を完璧に往なして、天龍と龍田のかすり傷という程度で済ませた。
加えて自身の開幕爆撃は、敵艦隊の壊滅という、圧倒的戦果によってもたらされた。最後の一撃も、重巡リ級に回避すら許さない圧倒的なもの。
全てが、赤城の圧倒的戦闘能力を持ってこその一撃であったと、誰もが見る。
日本海軍を率いる一航戦に所属し、活躍してきた最強クラスの艦娘。その全容とも言えるものが今、満の鎮守府に置いて初めて明らかにされていた。
彼女とともに戦場に出れば、誰もが負けるという意思を捨てる。戦意高揚としてこれほどまでに有用な人材もいない。
ただし、
負けるという意思を捨てることには、もう一つ意味がある。
赤城の出撃する戦場は、激戦必死の海域だ。意味するところは、“負ける事ができない”という事実の存在である。負けたくない、という意思以上に、負けられないという現実が強いのだ。
「……いました。敵主力艦隊を捕捉!」
赤城の宣言。
それから直後、開幕爆撃が始まる。赤城という絶対的な切り札を持つ島風達南雲機動部隊。だれも赤城の敗北は想定していなかった。
しかし、違った。
「……制空権喪失! 敵艦載機、きます!」
赤城の叫びが衝撃を伴って周囲に伝わる。そうして現れた敵の爆撃をやり過ごし、大きなダメージは一切ない。
せいぜい、天龍と龍田が小破した程度。戦闘行動に一切の問題は生じない。
それでも、赤城の艦載機が“押し負けた”という事実は衝撃だった。
しかし、それは無理もない事だった。
「――敵艦見ゆ!」
島風の宣言とともに、目の前に拡がった光景に、艦娘達は愕然とした。
「……空母、“ヲ級”。人の姿を持つ、現行最強とされる正規空母!」
天龍の叫び。彼女の言うとおり、空母ヲ級は人型に近い。異様な頭部のバケモノと白い素肌さえなければ、人間ないしは艦娘と呼んで差支えはないだろう。
そんな存在が、そこにいる。空母ヲ級はイロハ順にて、ル級よりも後の号を冠する存在。その戦闘能力はル級を凌ぐと言われる。
だが、天龍の叫びは、正規空母の出現によってもたらされたのではない。
――正規空母が“二隻”出現したということに対するものだった。
ヒトロクマルマル、提督の皆さん、金曜日に沸き立つ皆さん、こんにちわ!
第一部前半戦もついにクライマックスなのです。
赤城さんは強くてカッコ良いお方……! ポーキサイトの女王とは呼ばせないのです!
次回更新は10月7日、ヒトロクマルマルにて、良い抜錨を!