艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『12 夜天の決戦』

 無茶だ、とは誰も言わなかった。

 ただ満が一言、

 

『燃料、及び銃弾の残量は?』

 

 と問いかけ、それに対し島風が端的に。

 

「十分」

 

 と応えた。それ以上満がなにも言わなかったために、誰も言葉にすることができなかったのだ。ただ、少なくとも愛宕達は誰もが無茶だと思っていた。

 戦艦ル級は強大だ。島風が如何に駆逐艦としては最高峰の性能を持っているとしても、戦艦には敵わないだろうと、そう誰もが感じているというのに。

 

 満は、決して止めることをしなかった。

 

 しかし直後、島風が地平線に消えて少し、通信の向こうから赤城と満の会話が聞こえてきた。おそらくは“聞かせて”いるのだろう。

 

『良かったのですか? 単独での進撃という判断を下しても』

 

『良かったんだよ。……赤城、僕は他人の機敏には疎いが、行間を読むチカラはそれなりに在るつもりだぞ?』

 

 続けて、満が悠然とした声で言う。それは油断でも何でもない、確信だ。――信頼、とも言えるかもしれない。そうして紡がれる彼の言葉は、果たして愛宕達への説明出会ったのだろうか。

 おそらくは、否。その目的は、残された者達への、発破だったのではなかろうか。

 

『島風は僕に進撃するかと、問わなかった。代わりに有無を言わさず夜戦に突入すると宣言したんだ。それの意味するところは、』

 

 島風のいる場所は、今暁達や愛宕のいる場所とはあまりにも程遠いのだと。

 

『――必ず“勝って帰ってくる”っていう宣言さ。僕はそれを信じただけだよ』

 

 それを最後に、通信は途絶えた。結局満の言葉は、誰に向けたものかも判じれないまま、愛宕たちは海の上に、思索とともに残された。

 

 満の判断は理解が及んだ。しかし島風が愛宕を伴わず、一人で戦艦に挑む理由は解らずじまいだ。満自身は、自分に知識がないゆえに、“島風が判断した”という理由で、それを肯定したのだろうが。

 

 沈黙、誰もが思考しているのだろう。特に愛宕は、戦艦に手が出なかった歯がゆさ故か、ふdなんであれば柔和なのであろう表情を、少し苦々しいものに変えている。

 

 またしても――そう、言いたいのだと理解できたのは、おそらく戦史に詳しい電だけだっただろう。

 

 そんな中、響がぽつりと、言葉を漏らした。

 

「……やっぱり、島風だから、かな。島風は、大破した……大破していなくとも、駆逐艦だけの編成で、海を航行させたくなかったんだと思う」

 

 あぁ、と納得したように電が頷く。他の面々はピンとこなかったものの、後にかつての戦史を調べ、納得がいった。

 

「後は、“旗艦は沈まない”から。提督はああ言っていたけれど、島風は決してただ勝てるとは思っていないと思うよ? 無茶な特攻に見えるけど、島風の行動は、最善策だったんだ」

 

 沈む可能性のある僚艦を、絶対に沈まないであろう条件で帰投させる。沈まない旗艦は、単騎での決戦を決意する。

 満は島風の行動から蛮勇ではない選択を悟った。

 そして響は、島風の行動から、安全策という名の慎重を悟った。

 

「やっぱり、遠いなぁ……」

 

 響の言葉は彼女の記憶からくる言葉だ。しかしそれでも、この場にいる誰もが、それを意識せざるをえないのだった。

 

 

 ♪

 

 

 夜天の海は黒く染められ、しかし決して光を失ってはいない。月明かりが世界を照らし、現在はマダ周囲の状況を確認できる程度の薄暗さである。

 

 島風は一人、戦艦ル級と相対していた。

 

 見た限りでは外装にダメージは見られない。愛宕のダメージがすべてかすり傷のようなものだったか、はたまたそもそも全く効いてはいないのか。

 

 前者だろうと、島風は判断をつける。一撃目をほとんど外したに近いような小さなダメージで抑えられ、二撃目は捨てられた。この二撃がすべてクリーンヒットしていれば状況も大分違っただろうが、結局そうはならなかった。

 まぁ無理もない。戦艦をクリティカル二発で沈めるとなると、おそらく島風でも多少は手間取る。それが愛宕のような中堅どころの艦娘では、なおさらだ。

 

「さてと……改めまして」

 

 周囲を漂う連装砲を右手、左手に手繰り寄せ、更に首元に巻きつかせる。いつもの彼女のスタイルだ。前方に構えた『12.7cm連装砲』を勢い任せに横に振りぬく。

 体勢を落として、構えをとるのだ。

 

「――我、夜戦ニ突入ス!」

 

 吹き上がる飛沫。島風のそれは誰よりも高く上がり、そして速く消える。あらゆる高速艦を超越した世界最速の艦艇。島風は生まれ持つスピードを最大のものとして航行する。

 立ちふさがる戦艦は、島風の倍に近いほどの背丈を持つような、巨体。

 同じ人間のような形を取る存在ではあれ、多少いびつであるのが深海棲艦だ。戦艦ル級は巨躯である。この場合のいびつが、ル級のそれ。

 

「どこから生まれてどこへ消えるのか、そんなの私は知ったことじゃない。それでも、貴方はここから、消えていなくなってもらわなくちゃ困るのよ!」

 

 戦艦ル級は答えない。沈黙し、刮目し、鎮座する。島風を見つめたまま静止し続けているのだ。すでにお互い戦闘態勢に入り、島風はル級に接近している。

 機を待っているのだろう。愛宕の時のような硬直が狙いなのか、一撃必殺を狙っているのかは島風にとって些細な事では在るのだが。

 

 やがて島風は、直線的な進行から、回転する進行へと切り替える。戦艦ル級の周囲をぐるぐると回転、迫り始めたのだ。

 速度を落として、睨み合う。徐々に徐々にと近づいてゆく。当然、島風はル級の主砲をつきつけられ続けているが、島風もル級に三連主砲を構えている。

 

 ル級がその場で島風を追い三百六十度の円を描く。

 

 互いに、油断なく相手を睨みつけたまま、時間だけが流れた。

 

「……、」

 

 勢い紛れに飛び出した島風が、そのまま沈黙し膠着している。ル級はそれをただ眺めるだけだ。手も足も出ない状況は臨むところなのだろう。焦ればそれで勝負が決まる。それを見越しての待ちという選択なのだ。

 

 愛宕がそうであったように、焦りが無茶な奇策を生む。たとえできないことが冷静に考えれば明らかであっても、思考が鈍れば行動も狂う。重巡洋艦の愛宕でさえそうだったのだ。今、島風にのしかかる軋轢を考えれば、たとえどれだけ性能が良かろうと、駆逐艦でしかない島風など、ル級にとってはどうとでもなる相手だ。

 

 もはや勝敗は決しているも同然だ。ここから如何に島風が動こうと、ル級がそれに対応して主砲を放てばすべてが終わる。島風の射程距離では、どこかで無茶をしなくては戦艦ル級には届かない。

 土台無理な話なのだ。戦艦を駆逐艦が打倒するなど。

 

 とはいえ、それがわからない島風ではないだろうに、彼女は一切表情を揺らさない。ただル級を睨みつけて状況の一瞬を待っている。

 

 暗闇に満ちた夜の海は、まったくもって静かなものだ。島風の航行する音と、ル級が回転する音。他に聞こえるのは、波の揺れるごくごく当たり前の音しかない。

 だが、その静けさが彼女たちを煽っているかのようだった。今か今かと、待ちわびるように波の揺れがたてる音は強さを増す。

 

 ゆったりと流れていた時間が加速するように、波の音が激しさを増し、少しずつ、少しずつ一瞬のスタートを両者に認識させてゆく。

 やがて落とされる決戦の火蓋は、波が彼女たちに告げるようだった。

 

 

 そして、

 

 

 島風が、少しだけ航行速度を上げる。準備を始めるように、本当に少しだけ。しかしそれはル級にも知れていた。些細な変化だが逐一彼女を見続けていたル級にそれが見抜けないはずもない。即座に照準を合わせ直そうとした、その一瞬だった。

 

「……っらぁ!」

 

 爆発的に島風が速度を上げる。曲線を描くグラフのように、最高速まで一直線に振り切っていく。それがル級の照準を、狂わせた。

 

 ありえないはずなのだ。島風があそこまで爆発的に速度を上げるなど。一度速度を落とせば、更に上げるまで時間を要するのはアタリマエのこと、どれだけ彼女が身軽で加速力があろうと、それは変わらないはず。

 

 そう考えたル級。見落としは、彼女自身の行動にあった。

 島風のしたことは簡単だ。島風のことを“些細な変化を感じ取れるほどに逐一観察していた”ル級の、間隔を狂わせたのである。

 

 人間の怨念を元にしたル級は、基本的にその性能は人間のようなものである。思考回路こそ単純だが、認識能力はまさしく人間のそれ。

 当然、人間が見逃すような、ごく微細な変化を感じ取れるほど、彼女は敏感ではない。

 

 そこを島風が突いた。

 最初、最高速に至るまでに数秒を要するはずだった島風の速度は気がつけば少しの加速さえあれば一瞬で最高速に到達するほどまでになっていた。

 間隔が麻痺していたのである。

 

 ヒントは、ないではなかった。

 静けさに支配された海に、揺れる海面の音はよく響く。故に、本来であれば気がつくべきだったのだ。波の音が激しくなっていたことに。

 あれは単なる自然現象ではない。島風の行動によって引き起こされた人為的なものだったのだ。

 

 結果、ル級は島風を見失った。改めて発見し、照準を合わせようとしてももうダメだった。

 島風の動きはまさしく変幻自在だ。ただ回転し戦艦をかく乱しようとしているのではない。小刻みに速度を上下させ、更には前進と後退すら使い分ける。

 

 そうなってしまえば、島風を捉えることはもとより不可能。やもすれば、万全の状態で待ち構える戦艦ル級すら、島風はかく乱してしまえるのかもしれない。

 

 しかし、それを島風はしなかった。あくまで万全の状態で、最善の行動を彼女は取ったのである。混乱するル級を、意図的に作り上げたのだ。

 

 これが、戦艦と駆逐艦という性能差にあぐらを書いたル級と島風の決定的な違い。

 圧倒的なまでの実力を持つ、一鎮守府“主力艦隊旗艦”島風と、単なる“一戦艦”程度の性能しか持たない、戦艦ル級との凄まじいまでの格差。

 それが、この戦闘の上位と下位を決めたのだ。

 

 しかしそこまで実力差があろうとも、最後の一瞬を決めるのは両者の幸運である。

 

 不幸なことに、島風はその戦闘でミスとは言えない失敗をした。それは、ル級ががむしゃらに振り回した主砲が、ごく至近距離まで接近した島風を捉えたのである。

 全くもって偶然に、今まさに主砲を放とうと構える島風の直線上にル級は主砲を構えたのだ。

 

「なっ、しま――!」

 

 驚愕するが、もう遅い。島風を捉えた砲撃は、彼女に寸分違わず突き刺さるだろう。ル級は勝利を確信した。即座に砲弾を発射する。これで島風は、おしまいだ。

 

 

「――――なんて、ね」

 

 

 愕然とした島風の表情が、ル級の判断と同時に不敵な笑みへと変わる。まるで待っていましたとばかりに、彼女は構えた主砲を“振りかぶる”。

 それは愛宕のしたことと同じだ。ル級に主砲を無駄撃ちさせる。その上で、次の一撃を無防備な戦艦ル級へとたたきつけるのだ。

 

 足元をくるりと滑らせて、体を真横へと移動させる。不安定な体勢だが、海面の上に“浮き続ける”機能を持つ艦娘は、それを一切問題としない。

 ほぼゼロ距離で、島風はル級の主砲を見た。しかしル級の主砲が向けられた先に、島風はすでに存在してはいなかった。

 

 直後、爆破。

 

 茜色の煙と閃光が、少しだけ主砲から距離をとった島風を襲う。衝撃が体を包んだ。駆逐艦である自分の体に、戦艦の主砲は反動すらきつい。

 しかし、それ以上の問題はなにもなかった。

 

 もはや、島風を止める者は誰も居ない。

 

「島風のスピード、堪能いただけたかな?」

 

 囁きかけるように問う。答えはない。在るはずがない。島風は構わず主砲を向ける。12.7cm、構えられた左右の二門。

 

 寸分違わず、ル級を捉える。

 ル級は、動かなかった。その行動は果たして意地によるものか怨嗟によるものか、それを判断できるものはいない。

 

 爆発は、二度。

 島風の砲撃によって――起こった。

 

 それが、長い長い一日を終える、最後の砲撃となるのだった。

 

 

 ♪

 

 

 それから一ヶ月とさらに半月は、差して大きな出撃もなく過ぎた。満の鎮守府に配属された艦娘はそれぞれ自身の強化等に励み、来るその時を待っていたのだ。

 

 もとより、彼女たちがこの鎮守府に集められた最初の目的、それは南西諸島沖周辺で活発化していた深海棲艦の沈黙。

 その主力艦隊がある時期に現れることは想定されていたため、準備は入念に行われてきた。

 

 集大成としての艦隊決戦だ。

 

 作戦名、『南1号作戦』。

 南西諸島防衛ラインに出現が予測される敵主力艦隊を、鎮守府の最大戦力を持って打倒する。

 

 結果として、戦艦ル級の襲来はその前哨戦と相成った。それぞれの艦娘に大きな苦渋を残して。

 出撃できなかった軽巡洋艦。大破し戦線から離脱するしか無かった駆逐艦。島風に拠る戦艦の打倒に随伴できず、見守ることしかできなかった重巡洋艦。

 

 それぞれに、後悔は多々あるだろう。それが艦娘達への発破につながり、さらなる前進をもたらすのならば、それでいい。

 それこそが最善なのだと満は思う。

 

 刻一刻と迫る決戦の時。それぞれの思いは、一様に戦いへの熱意へと向いていた。

 

「……聞こえているかな、赤城さん」

 

 通信機越しに、満と赤城は会話をする。おそらくは初めてのことだ。普段ならば横に立って控えているはずの秘書艦が、今はいない。

 

『えぇ、聞こえていますよ』

 

「なら良かった。こちらの通信が届かないばかりに、判断を間違えてもらっては困るからね」

 

『お、言ってくれるね!』

 

 横から、割って入るように島風が言う。

 満は少しだけ不敵に笑うと、それに対して物怖じせず応える。

 

「僕は君たちの提督だ。すべての決定権は僕にある。僕はそのために、間違えるつもりはない。勝利だけを求めるつもりだ」

 

 通信の向こう側には、六隻が艦隊を組んでいるはずだ。

 軽巡、北上、天龍、龍田。

 重巡、愛宕。

 

 加えて旗艦の島風と――正規空母、赤城を加えて六隻の艦隊。丁度こうなるように、この鎮守府には配属が決まっていた。

 

 全力出撃。満を持して最強の空母、一航戦赤城が戦場に出るというわけだ。

 

「さぁ第一艦隊……いや」

 

 この名前は、おそらく今日初めて口にすることになる名だ。

 ある程度、内々のうちに赤城や島風と決定していたことではある。しかし、それをいざ名乗るとなると、少しだけ感慨深い物があった。

 

 海に沈んで、命を落とし、気がつけばこの世界で提督なんていうものになっていた。何の因果か仲間に恵まれ、ここまでやってくる事はできた。

 経験を積んで、果たして自分はどう変わっただろう。通信機の向こうで言葉を待つ赤城は、南雲満という人間をどう思うだろう。

 

 分からない、がそれでも、だ。

 

 これからも、きっと多くの戦場を満は艦娘達と駆け抜けることになる。その行き着く先がどうなるかは誰にもわからない。

 ただ、決して悪い結末にはならないはずだと、そう心に留めて。

 

 大切な人と、大切な世界を守りたい。それはきっと、死んでも変わらない、満が持つ彼なりのパーソナリティなのだから。

 

 

「南雲機動部隊、出撃!」

 

 

 高らかに宣言された言葉は、通信機を通じて海の向こうへ、世界中に広がる水平線へと、消えていく――――




ヒトロクマルマル。提督の皆さん、大分早くなってきた夜更けに寒さを感じる皆さん、こんにちわ!

ようやく、南雲機動部隊の名前を出すことができました。
とはいえ現在の状態が完成形ではないですけれども。まだ出てない艦種もいますしね。

次回更新は10月4日のヒトロクマルマルです、よい抜錨を!

PS.ご指摘がありましたので、支障がない程度に今回の単騎特攻の理由付けなどを記載しました。
なお、これ以上のフォローはすでにプロットがあるのです。今回のこれは前振りのような形になりました。

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