艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『09 不穏の夕暮れ』

 同時に起きた二つの爆発。正確に言えば、ごくごく至近距離にて起きた、ゼロコンマ一秒の間も置かない連続爆発。

 

「どうした! 何があった! 今の爆発は二つ! 同時に二つが至近で、しかし同一でない場所から聞こえた。明らかに“被弾と直撃が同時”じゃないか!」

 

 満の怒号とも呼べる叫び。本人の思考は至って冷静だ。咎めるような口ぶりと、彼自身の少しばかり低音気味な、本来であれば安心感を抱くはずの声音がそうさせているのだ。

 

『北上だよー、こっちは小破だよ、まだまだ行けるんだけどね。でも天龍が中破した。まだまだ動けはするだろうけど、連戦はちょっと簡便ね』

 

 戦闘を終えたためだろう、行動を起こす直前に周囲を一度見渡していた、北上が天龍の様子を見ていたようだ。北上の小破は、別にいい。多少の損害があってもそうそう轟沈はありえないし、まだまだ十分戦えるだろう。

 

 しかし問題は天龍の中破、これはいけない。

 通信の向こう側から申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 

『天龍だ。すまねぇ、少しトチっちまった。あと少し――』『そういうのはいいから』

 

 遮ったのは北上だ。言い訳のような言葉を連ねようとした瞬間に、天龍ヘ向けて話しかけるのである。声の調子は、すこい優しげなものだった。

 

『別に誰も責めはしないと思うよー。ただ口数の多さは真剣さと反比例するからねー』

 

「天龍は下がって、周囲の警戒。……島風、そっちはどうかな」

 

 軽巡二隻と戦闘中の島風に対して、案じるように満が言葉を投げかける。向こうはといえば、戦闘中であるものの周囲の様子を難なく察知し、判断をしようとしているようだった。

 

『え? 天龍中破? ほんとに? って、あ、提督。こちら島風です。軽巡二隻のうち、一隻を中破させました』

 

 さらっと言ってのける島風。通常の艦艇ならば逃げるのに夢中で敵を攻撃し中破させることは通常できない。それを当たり前のようにやってのけた上で、“不満だ”とすら言う島風。

 

「よくやったね。他はどうだい? 龍田はどうしている?」

 

『龍田は無傷のはずです! さっきちらっと確認を……って、ちょ、何してるの!?』

 

 問いかけるのは、おそらく龍田。チラリと向けた視線が、大きく見開いたことだろう。満が言葉をかけるよりもはやく続けて島風が言う。

 

『あぁもう! ……龍田がこっちに突っ込んできました! 旗艦――無傷の方の軽巡に突撃してます!』

 

 

 ♪

 

 

「えっと、私は魚雷で中破してる方を落とします。……雷撃戦よーい!」

 

 切羽詰まったように島風が言う。言葉をかけるのは、現在雷撃戦ができない、つまりは魚雷が撃てない程に損耗している天龍以外の三隻。

 魚雷を構える北上には待てと視線で伝える。島風が落とし、龍田が無茶をして一隻落とす。北上が必要になるのは、龍田が落とせなかった時だ。

 

 島風は落とす。確実に。魚雷を構えて明らかに駆逐艦の射程ではないだろう距離からそれを放った。直撃――文句なしのクリティカル。爆煙を上げて軽巡が沈んでいく。

 

「ふーん」

 

 感心した様子の北上。沈めるつもりだという意思は受け取った。しかしさほど信用してはイなかったが、有言実行とは恐れ入る。現行最強の駆逐艦と呼ばれるだけの事はある、といったところか。

 

 そして、

 

「……なくていいから」

 

 ぽつりと、龍田の声が静まり返った周囲に響く。

 すでに浮かぶ艦は島風他第一艦隊と、沈黙する軽巡のみ。軽巡は攻めあぐねているのだろう。ゆらりと幽鬼のごとく迫る敵を如何にするべきか。

 

 まるで怨念のようなそれを、どうするべきか、と。

 

 島風の立ち位置からでは龍田の顔は横顔しか望めない。顔を伏せているために、その瞳を伺うことはできない。

 しかしそれでも、“ぞくり”と、体の何処かから、“何か”が這い出てくるのを島風は感じた。

 

「心配、しなくていいから」

 

 軽巡洋艦、天龍型の天龍と龍田は、満が元いた世界における史実においても、少しばかり特殊な生まれ方をした。一番艦の姉は天龍である、が先に竣工し、海に出たのは龍田なのだ。

 この世界でも、偶然ながらそれは同様だった。そして史実における彼女たちと、この世界で艦娘として生まれた天龍型の姉妹には、大きな違いがあった。

 

「天龍ちゃんは、何も心配しなくていいんだよ」

 

 ――それは周囲の環境だった。

 “軍艦”天龍と“軍艦”龍田が生まれたのは1919年。八八艦隊計画下においてのことであり、多くの軍艦が生まれ、そして沈んでいった日本最大の戦争、太平洋戦争の時点ではすでに旧式艦であった。それでもなお前線にたつ彼女の扱いは“古株”と呼ぶにふさわしいものだっただろう。

 だが、この世界では違う。現行の艦娘のほとんどは第二次大戦で活躍した軍艦が元となっている。つまり、その当時旧式であった天龍型はこの世界において“生まれながら旧式として”生まれてくるのだ。

 

「天龍ちゃんを悪く言う奴からも、天龍ちゃんを傷つけようとする奴からも、あらゆるものから守ってあげる」

 

 燃費の良さという利点から、比較的遠征用の水雷戦隊旗艦として重宝される彼女たちであるが、それでも建造当初の天龍型は、戦闘での活躍を期待されたのである。

 

 ――龍田の小さな怨嗟を聞き取れたのは、誰もいなかった。深海棲艦はたとえそれが聞こえていても、理解することはできないだろう。それに龍田は満達にすら聞こえないよう、言葉を漏らしていたのだから。

 

「だから、」

 

 龍田は少しだけ、加虐趣味の気がある。それは天龍の戦闘馬鹿のようなもので、単なる彼女の一面に過ぎない。

 しかし、それを彼女の本当にしなくてはならない環境があった。だから、彼女はあらゆる存在を敵に回してでも、大切な姉を。

 

「お前はここで、ごみくずのようにボロボロになって、二度とその怨念すらも上げられないほど徹底的に破壊されて――」

 

 天龍を、守らなければならないとおもったのだ。

 

 深海棲艦の魚雷が、必中となりうる距離にまで龍田は接近した。それほど龍田が近づくまで、軽巡ヘ級は身動きを取ることができなかった。

 真意をはかりかねていたから。そしてそれ以上に、得体のしれない感情を、龍田に対して感じていたから。

 

 敵の照準が龍田に合うということは、龍田も同様に的に照準を合わせたということ。

 ヘ級が魚雷を放てばすべてが終わる。龍田がダメージを受け、そしておそらくヘ級は沈む。たとえ沈まずとも、北上の魚雷を受ければそれで終わりだ。

 

 どうしようもない状況だったから、

 どうしようもないほどに、龍田の存在があったから。

 

 撃った。魚雷を、ほぼ龍田と同時に。

 ――そして見た視線を上げた龍田の瞳を。それは、莫大な殺意と、すこしばかりの悔しさでもってできていた。哀しい、眼をしていた。

 

 だから、と龍田は続ける。言葉を、軽巡に伝えるように、しかし誰にも聞こえないように。

 

 

「――――死ね」

 

 

 それから少しして、戦闘が終わった。南西諸島沖でのこの戦闘は、完全勝利と呼ぶことは到底できないものだった。

 

 

 ♪

 

 

 戦闘の結果、龍田は天龍と共に中破、北上はどちらかといえば中破よりでない小破。唯一無傷だったのは島風のみだ。とはいえ彼女にも出撃に拠る疲労がある。完全に万全とはいえない。

 

「……正直、何が何やら。これだけ艦隊が傷ついて果たしてこれは勝利なのかな」

 

 今までが順調だったが故の質問。味方が傷ついて、しかしそれを勝利といえるのか。満にはよく解らなかった。知識も、経験も足りていないのだ。

 

「文句なしの勝利ではありますよ。敵艦隊を殲滅できれば十分です」

 

 赤城の言葉を受けながら、司令室から伺える空を見上げる。日が傾いてきた。島風たちが帰ってくるのは夜頃になるだろうか、一息つくにはいいだろうと、なんとなく判じる。

 

「それに、どれだけ万全の体勢で出撃しようと、判断を見誤れば艦娘は沈む。ですから、」

 

「……たとえどれだけ大破しようとも、誰一人欠けず帰ってきた艦隊をねぎらうことが提督の仕事、か」

 

 かつて赤城から教えられた提督の心得、復唱しそして現状から理解を得てようやく心の奥にストンと落ちた。

 

「赤城はすごいな。僕は君がこうして側にいなければ、これから帰ってくる艦娘達に、何の言葉もかけられなかったかもしれない」

 

 ぽつりと漏れだした言葉。はっとしたように赤城が目を見開く。満はそれに気が付かなかったが、それでも何か、赤城の雰囲気が少し変わったように感じた。

 

 それから、

 

「……ありがとうございますね、提督」

 

 言葉を返した赤城は、笑っていた。とてもやさしくて、少しだけ嬉しそうな笑顔。鈍い満でもそれは解った。赤城の笑顔が、可愛かったから。

 

 司令室は沈黙する。

 気まずいからか、はたまたそれ以上の言葉が必要ないからか。

 

 空には甘いオレンジのような黄昏色が拡がって、雲は地平線の向こう側へと吸い込まれてゆく。日が沈めばきっとこの世界は昨日のものになってしまうだろう。たった一瞬しか無い夕暮れは、人を照らす心のあり方と和る。

 

 うつろいゆく感情は、一瞬のもの。一日のほんのひと時しか無い、しかもそうならない時すらある茜色の空は、幻想的だ。人の心を現すかのように。

 

 ――そんな沈黙を破ったのは、赤城に舞い込んだ一つの連絡だった。

 

「はい、なんでしょう」

 

 穏やかな声で応じた赤城。それがゆっくりと会話をつなげるにつれ少しばかりの焦燥を覚えるようになっていく。

 様子をみれば尋常でないことくらい解る。想定外の事態だろう。

 

「ですが現在私たちの鎮守府では軽巡三隻が損傷。戦力が低下しています」

 

 満の向かう視線は、赤城の焦りを覚えた表情に向く。

 報告を待つしか無い。会話の断片から、状況を把握するしか無い。

 

「私の出撃は……現在兵装が届いておりませんので不可能。そうなると、駆逐艦のみでの出撃となります」

 

 ――赤城の出撃不可。

 ――駆逐艦のみでの編成で出撃。

 

「重巡一隻がこちらに……それでも厳しいのでは。……いえ、そうですね、時間が稼げれば十分、戦術的勝利でも十二分ですか」

 

 重巡は確か、重巡洋艦という、軽巡よりも更に砲雷撃戦に特化した艦種。火力においては基本的に軽巡の上位互換といえばよいのだったか。

 駆逐艦六隻に、重巡一隻。しかも旗艦は島風となれば、今までのような敵であれば十分に殲滅が可能なはずだ。

 だというのに、赤城の出撃すら打診され、この戦力で厳しいと言われる艦種。駆逐艦、軽巡、重巡、雷巡、そして――――

 連想してすぐに思い浮かんだ。まったく確信など持ってはいないが、おそらくそれが正解なのだろう。

 

 直後に連絡が終わる。

 相手方の声が聞こえなくなって、赤城が一つ嘆息をする。緊張が解けた状況に、再び、しかも先ほど以上の緊張を要する案件ともなれば、無理もない。

 満も、一つ唾を飲み込んで赤城の言葉を待つ。

 

 一度眼を閉じて大きく息を吐きだして、それから赤城が言葉を投げかける。

 

「海軍本部より命令が下りました」

 

 たんたんと、事務的な口調。

 満に言葉はなく、赤城はそれから一拍おいてさらに続けた。

 

 満の推測と、赤城の言葉は一致していた。それもまったくもって最悪と言っていいような形で。

 

 

「――“戦艦”ル級が製油所地帯沿岸に出現、地上輸送ラインに出現とのこと。海上護衛作戦でもって、これを防衛、戦艦ル級を撃滅せよ――とのことです」

 

 

 艦隊決戦の花形。最強の火力を持つ海の支配者。戦艦。その一隻が満達の前に出現した。敵は戦艦、これまでのような、同格ないしは、格下の相手では決して無い。

 南雲満はこの瞬間、最初の大きな勝負どころを迎えていた。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、祝日の後半戦に向けて意識を高める皆さん、こんにちわ!

例えばこんな天龍龍田。そして次回への引きでお送りしています。

次回更新は9月25日、ヒトロクマルマルにて。よい抜錨を!

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