とある回を除き早苗視点になりそうです。
では本編どうぞ。
一話 『あの日の記憶』
『……うん。大体熱は下がってきたね。これなら大丈夫そうだ』
「すいません……ご迷惑をおかけして……」
「別にいいよ。困ったときはお互い様だし」
私が風邪をひいて三日目の夜。私の代わりに住み込みで家事をしてくれている辰上さんが寝ている私の容体を看てくれました。体温計で図った後の表示を読み取り、そう言ってくれます。
……本当に最初はびっくりしました。初めて会った場所がお風呂場で……しかもお互い裸で──
「──~~~~~っ!!」
「? どうしたの? まだどこか悪い? 少し顔が赤いようだけど?」
「いえ大丈夫ですよ!? だんだん元気に向かって行ってますから大丈夫です!」
「……まぁ、無理はしないでね? 明日にはほぼ平熱になっていると思うけど」
あの時を思い出して恥ずかしく感じているのをバレるわけにはいきません! 辰上さんは平然としているのに私だけが意識しているだなんて!
……でも、逆に意識してもらえないというのはどうなんでしょう? 私に女のとしての魅力が足りないせいなのでしょうか……?
そのことについて悩んでいると、辰上さんが私に話を振って話しかけてくれます。
「東風谷達は外界から自ら幻想郷に来たんだよね? 八坂さんや洩矢さんの話を聞くと友達は多かったそうだけど……やっぱり、寂しかった?」
「……そうですね。ある意味引っ越しですから。新天地での環境や種族などが大変でした。幻想入りした先が人間禁制の妖怪の山ですし、最初はほとんど電気がなかったので不便でしたね。今じゃ神奈子様達のおかげで供給されましたけど。辰上さんはどうですか? お友達の方は?」
私がそう聞き返してみると……少し悩んだ風にして、困ったように返事をしてきました。
「うーん……外界にいた当初は友達と断言できる人は静雅ぐらいしかいなかったね」
「えっ!? 本堂さんだけっ!? 私にこう接してくれるように人当たりがいいのにも関わらずですか!?」
「人当たりが良いかはともかく、困っている人を見かけたら助けるようにはしているよ。でも、それだけ。助けたからといって深い関係になるわけでもないし、それ以降自分は話す話題はないし。自分で言っては何だけど、深くは入らないんだよ」
「それじゃあどうして本堂さんだけ断言できるんですか……?」
「静雅とは物心がつく前からのご近所さんでもあり、幼馴染でもあるからね。静雅は頼りがいがあるし、信頼しているから絶対裏切らない。逆に向こうも自分の事を信頼しているから自分も絶対裏切らない。唯一、他人であるにも関わらず自分を気にかけてくれるからね。だから何十年も親友をやっているし」
……すごい意外でした。こんなに性格がいい人が友達が本堂さん一人しかいない?
…………あ、もしかして友達はたくさんいるけどそこまで仲良くないということでしょうか? それなら納得です。
自己完結した後、補足するように辰上さんは言葉を付け足します。
「まぁ、幻想郷では自分の事を友達と認識してくれている子もいるけどね。大半が寺子屋の生徒だけど」
「そういえば辰上さんは寺子屋で先生みたいなことをしているんでしたね……。話を続けるようで悪いんですが、霊夢さんのことをどう思っているんですか? ここに来る前は博麗神社に居候していたといいますし」
ちょっとした興味本位で聞いてみます。同じ屋根の下に異性が住む。気になってしょうがありません。
……でも、これって客観的に見れば同棲ですよね?
私からの疑問に侠さんは時間を溜めながら答えました。
「…………情緒不安定?」
「…………えっ? それってどういうことですか?」
「ある時から博麗の反応が変わってね。前まではあまり突っかかってこなかったんだけど、よく話されるようになって。まぁ、どうでもいいけど」
「それをどうでもいいで流す辰上さんが凄いです……」
この様子から見ると霊夢さんと仲良くやっているという事でしょうか? そう考えてみると……少し羨ましいです。私は気になっている人とは二度と会えてないんですから……。
多分、無意識で部屋の隅に掛かっていた黒いコートを見ていたんだと思います。それに気づいたかどうかはわかりませんが、話しかけてきました。
「……あのコートって男ものだよね? どうしてそれが東風谷の部屋に?」
「あのコートは……大切なものなのです。辰上さんが雨の中私を守矢神社まで届けてくださいましたよね? 実はほぼ同じようなことが外界であったんですよ。その時の私も風邪をこじらせてしまって、学校帰りに公園のベンチで横になってたんです。実はその時、雨も降ってきてしまって……屋根つきだから良かったんですが、雨が降ることによって気温が下がっちゃうじゃないですか? それで病状が悪化したせいもあって……途中で意識を失ってしまったんです」
「…………」
「それでいつの間にか……起きたら二日前のように布団の中で眠っていたんです。神奈子様と諏訪子様が用意してくださったんですが……神奈子様達が私を運ぶ前に、縁側で布団替わりかあの黒いコートが私に掛けられていたみたいなんです。それで黒いコートで思い出して……顔もはっきりしませんでしたが、同年代の男の方でした。意識が遠のいていく中で誰かの会話が聞こえて、その男の人と誰かがしゃべっていたのは思い出したんです。私はその後、幻想入りする前にその人を探し出そうとしましたが……コートには何も手がかりはなくて時間が過ぎてしまって……コートを返せない、お礼を言えないまま幻想郷に来てしまったんです……」
「…………そう」
「もし、奇跡が起きてくれるなら……その人にちゃんとお礼を言って、コートをお返ししたいんです……」
私は一通り話し終わった後、辰上さんは目を瞑りながら何かを考えている。
数十秒後、辰上さんは──口を開きました。
「……東風谷には悪いと思うけど、その人の事は忘れた方が良いんじゃない?」
「……やっぱり、そう思っちゃいますか?」
「その人は外界にいるだろうし、よほどの事がなかったら幻想郷に来れないよ。自分みたいに紫さんが連れてきたら別だろうけど……自分に訳ありだったから幻想郷に誘われて来ただけだし、その人に特別なことがない限りはこちらに来れない。本当によほどな奇跡がない限りね。確率一パーセント未満かゼロに等しいと思うし」
……現実なことを言われてしまいました。辰上さんの言い分は間違っていません。むしろ正しいでしょう。
……でも。
「……私の能力は【奇跡を起こす程度の能力】なんですけど……それでもだめだと思いますか?」
「…………事による。でも、高望みはしない方が良いよ。そっちのほうが気楽だしね」
辰上さんは頭をかきながらも、話題を変えて話しかけてきました。
「話は変わるけど……明日にはいったん外に出てみない? 無理をしない範囲で良いから、体を慣らしておかなくちゃいけないと思う」
「それはそうですね。三日間ほど休んだ分、信仰を集めなければなりませんね!」
「熱心だね……君。適当に朝食を作っておくから、食べてから人里に向かうといいよ。無理はしないようにね。自分は寺子屋に行ってくるから、何かあったら寺子屋に来るといいよ」
「はい。お気づかいありがとうございます」
こうして、三日目の夜が過ぎていきました……。
翌朝。少し早い時間帯に目が覚めましたが、すっかりほとんど体調が戻りました。まだ、様子を見る必要がありますが……ここまで回復できたのは神奈子様と諏訪子様、そして辰上さんのおかげです。
起きていつもの巫女服を着て居間に行くと、卓袱台の前に座っている神奈子様と諏訪子様。そのお二方が見えたのできちんと朝の挨拶と今までのお礼を。
「おはようございます、神奈子様、諏訪子様。このたびは迷惑をかけてすみませんでした……」
「あぁ。おはよう。ちゃんと元気になってくれたようで何よりだ」
「おはよー。ちゃんとこれからは自分の体調管理に気を付けるんだよ」
「はい。ところで辰上さんは今どこに──」
『ん? 意外と起きるのが早かったね東風谷。もっとゆっくりしてもよかったのに』
台所から辰上さんがお盆に料理を乗せて居間に来ました。出来上がったものを卓袱台に置いていき、何回か往復して料理を運び終える辰上さん。運び終えた料理はどれもおいしそうなにおいが漂っています。
「わぁ……辰上さんって本当に料理お上手ですね! 私が作ったことのない料理もあります!」
「まぁ、たしなむ程度だけどね。料理はできた方が世の中得だし」
謙虚な返事をする辰上さんですが、神奈子様と諏訪子様は賞賛します。
「料理だけではなくほかの家事もちゃんとやってくれているからな。本当に助かっている」
「ねぇ? もういっそお手伝いさんでもいいから住み込まない? そうしたら大助かりなんだけど」
「それはありがたいですけど、それはできません。東風谷が完全に完治するまでですから」
断りながらも料理を運び終えた侠さんは腰を下ろします。ちなみに席は私視点だと右側が神奈子様、左側が諏訪子様。正面が辰上さんです。
「じゃ、食べよっか。なるべく早く食べてくれると個人的に嬉しいかな。でも、そんなに急がなくてもいいからね」
辰上さんがそう言うのと同時に、私達は談笑しながら食べ始めました……。
……気長に次話以降を待っていただければ。
ではまた。