あったかもしれないスオムスでの一幕
戦いだけが神崎達の日常じゃなかった
準備はしっかりした。
久しぶりに引っ張り出した私服は多分変じゃない。
日頃の汚れは何度も洗って綺麗にしたし、普段は滅多にしない化粧にだって手を出した。からかうシェルパは兎も角、リタもマルユトも大丈夫だと言ってくれたから、これも変では無いと思う。
コートのポケットに入れた手を忙しなく開け閉めしたり、ローファーの足で意味も無く雪を踏みしめたり、何度も駅の時計を見上げたりするのは、緊張しているからだ。
まさか自分がヴィープリの駅でこうやって人を待つことになるとは思わなかった。
「シーナ」
背後から投げかけられる自分の名前に、思わずビクリと肩を震わせて振り返る。自分の無愛想さは自覚しているが、緊張が顔に出ていないか心配になる。
目の前の人物は、私服の自分とは違い、軍の外套と軍帽の装いだった。察するに中も軍服なのだろう。正直私服を持っているかも怪しい。
「早く来ていたのか。・・・待たせたか?」
「いえ、大して待っていません。神崎少尉」
「それなら、よかった」
そう言って目の前の神崎さんは小さな笑みを浮かべた。そして、その顔を見た私の緊張は少し解れた気がした。
今日は、二回目の2人での外出である。
きっかけは些細な会話だった。
「サトュルヌス祭?」
「あれ?神崎少尉、知らないんですか?」
「なんだ、人生の半分は損しているな」
ラドガ湖の指揮所で、テーブルに座っての会議。
その合間の雑談で出た「もうそろそろサトュルヌス祭」に神崎が反応したのが始まりだった。神崎はサトュルヌス祭という単語を知らなかった。
「人生の半分・・・」
「それは隊長がいくら飲み倒しても、皆サトュルヌス祭だからって大目に見てくれるだけですから」
「それもある」
「隊長はそれしかないでしょう」
何故かドヤ顔のアウロラをシーナは無慈悲に一蹴し、神崎の方を向く。
「サトゥルヌス祭は年末にかかるお祭りです。当日は皆で食事したり、プレゼント交換したり・・・」
「酒を飲んだりする」
「隊長は黙っといてください」
「要するに・・・元旦みたいなものか?」
2人からの断片的な情報で何とかイメージを掴んだ神崎。
実家での元旦は神社の仕事で忙しいというイメージだし、軍に入ってからも元旦を祝う仲間など島岡と出会う前はいなかったのでさびしいものだった。
思い出すと侘しくなり神崎は遠い目をしてしまう。
「どうかしましたか?」
「いや・・・なんでもない。で、サトュルヌス祭がどうしたんだ?」
「なに。皆の英気を養うのに持ってこいだからな。いい酒・・・と料理を用意して盛大にいこうかと考えている」
シーナの刺すような視線に酒の後にとってつけて料理を付け加えていたが、その考え自体は悪くないと神崎は思えた。
何時の間にやら会議はサトュルヌス祭の打ち合わせになっていた。
「なら買出しに行かないと。基地の食料だけだと味気ないですよ」
「当然、酒もだ」
「ユーティライネン大尉。先程から酒しか言ってませんが・・・」
「下見が必要だな。シーナ、お前が行け。久しぶりに有給を消化してこい。神崎もだ」
「はぁ・・・」
突然の指名に神崎は首を傾げながらも頷く。
しかし、シーナの様子は少し違った。
「えっと・・・神崎少尉と一緒にですか?」
何故かアウロラに確認するシーナに先程までの強気な態度はない。神崎を盗み見るようにチラリと視線を向ける姿はどこか躊躇っているように思えた。
特に心当たりのない神崎は、首を傾げて彼女を見るしか出来なかった。
「なんだ?嫌なのか?」
「隊長。分かって言ってますよね?はぁ・・・。行きます。行きますよ」
ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべたアウロラを白けた目を向け、シーナは不承不承といった様子で頷いた。もう話すことはないとばかりに溜息を吐くと、指揮所の足早に出口へと向かう彼女に、思わず神崎は声をかけた。
「後で合流でいいのか?」
「はい・・・いえ。今回は街で落ち合いましょう。場所は後ほど伝えます」
そそくさと指揮所から出て行ってしまったシーナの背中を意味も無く眺めていると、クツクツというアウロラの押し殺した笑い声が耳に入った。
「大尉?」
「いや、なに。シーナも随分といい表情をするようになったと思ってな」
「いい表情・・・ですか?」
「ああ。そら、お前もさっさと準備してこい」
そう言われ神崎も指揮所から追い出されてしまった。疑問は残るものの折角の休暇だと気分を切り替え、神崎は格納庫へと戻る。
その後、鷹守から二つ返事で外出許可を貰い、シーナから伝言で街で集合だと知らされ・・・冒頭に至るのだった。
無事ヴィープリの駅で合流を果たした神崎とシーナ。
2人並んで雪の積もる道を歩きながら言葉を交わしていく。
「私服で来ていると思わなかった」
「こういう機会がないとロッカーにしまったままなので・・・。変なら言ってくれてもいいんですよ?」
「変じゃない。むしろ・・・そうだな。凄く新鮮だな」
「新鮮・・・ですか?」
「いつもは頼りになる
「な・・・ッ!?」
思いもしなかった神崎の言葉にシーナは顔が熱くなるのを感じる。まさか神崎が自分をそのように見てくれていたとは予想していない状況でのこの言葉。自分が狙撃をしようとしていたら、カウンタースナイプされてしまった気分だった。
赤面している顔を見られないようにそっぽを向くことだけがシーナのせめてもの反撃だった。
「なんですか、それ。口説いているつもりですか?」
「口説く・・・訳じゃない。だが、褒めているつもりだ」
「そんなのはいいですから行きますよ」
「おい、先に行かないでくれ。この辺りの道はよく知らない」
「知らないです」
高鳴る鼓動に合わせて足も速くなり、神崎を後ろに置いてシーナは足早に雪を踏みしめていく。後ろから聞こえる神崎の声がどこか戸惑っているのが、不思議と心地よかった。
「お土産ですか?」
「ああ。皆には色々と世話になっているからな」
しばらく歩けばシーナの気持ちも大分落ち着き、二人は再び並んで道を歩いていた。せっかく街まで来たのに下見だけでは勿体無いという話題から出たのが神崎の土産選びだった。
「前回は買ったはいいものの、渡せず仕舞いだったからな」
「ああ・・・。そうでしたね」
2人して前回の街への外出を思い出す。途中までは大した問題もなく楽しんでいたはずなのに、いきなり共生派による拉致監禁からの強襲救出作戦。目まぐるしい激動の展開でせっかく購入していたお土産は直接渡せなかった。
シーナとしても、いきなり置き手紙一つですっぽかされたと思っていたらまさかの事態だったので度肝を抜いたものだった。神崎がリベンジしたいのも頷ける。
「今回は誰に買おうと?」
「ユーティライネン大尉を始めとした陸戦
「相当多いんですけど?」
「まぁ・・・何とかなるだろう。それよりも、お前はないのか?」
「私ですか?」
そう話を振られてからシーナは自分が何をしたいのか初めて考えを巡らした。せっかくの休日、私服まで持ち出しての街への外出なのだから、日頃は出来ない特別なことを一つや二つ・・・。
「無い・・・ですね。無いです」
思い付かなかった。改めて考えてみても、これといって特別したいことはなかった。
「・・・そうなのか?」
「はい。でも、まぁ歩いていれば何か思い付くかもしれないので」
そう言ってシーナは神崎に微笑みかけた。不思議だが自然とそうしてしまうほど今のシーナは満ち足りている。テンションも上がっているのだから。
「でも、一応下見という主目的があるんですから早速調べてみましょう」
「ああ。そうしよう」
神崎も異論は無いようで、シーナの微笑みに応えるように小さく笑みを浮かべた。
街に着いたばかりなのだから、焦ることもないだろう。
「鷹守にはクッキーがいいはずなんだが・・・」
「お菓子ならサルミアッキが・・・」
「駄目だ」
「え?でも、おいし」
「駄目だ」
「そうですか・・・」
「隊長はコッスは飲み慣れて・・・というか、ほとんど水と変わらないって言ってますけど」
「この度数で水と変わらないだと?大尉にとっては何が酒なんだ?」
「そうですね・・・。あ、これとかは・・・」
「これは・・・流石に・・・だが」
「ですよね。やっぱり別の・・・」
「いや、これにしよう。このぐらいが丁度いいかもしれん」
「えぇ・・・これにするんですか?スピリタス」
「何個入りの菓子だったら足りるだろうか?」
「陸戦
「計算が面倒になるな・・・」
「それに持って帰るのも難しいです」
「・・・確かに」
「なので代表で幾つかお菓子をみつくろう程度でいいと・・・」
「すみません。この菓子を100箱で。あと、運送してもらいたい。料金?今、一括で払う」
「神崎少尉!?」
「少尉には眼鏡は似合わないですね」
「そうだな・・・」
「根が暗くなった鷹守大尉みたいです」
「よし。俺は絶対に眼鏡はかけん」
「ふふっ。私はどうですか?」
「・・・どこかの真面目すぎるガリ勉みたいだな」
「・・・もう少し言い方ってものがあるんじゃないですかね?」
「これと。これと。これと・・・あと、これもかな」
「犬は六匹だっただろう?まだ首輪を買うのか?」
「もうそろそろ赤ちゃんが産まれそうなので。また調教しないと」
「手慣れた感じだな」
「そうですね。戦争が終わったらブリーダーでもやっていけますよ。きっと」
「犬橇バスでもすればいいんじゃないか?」
「私一人だと大変なので、神崎少尉も手伝ってくれますか?」
「それは・・・」
「冗談ですよ」
「・・・」
楽しい時間はすぐに過ぎるというが、気が付けばいい時間になっていた。ぼちぼち帰る算段を立てなければ、ラドガ湖に着くのが大分遅くになってしまう。
「何かやり残したことはないですか?」
「俺は無いが・・・」
駅に帰る道すがら。
両手に紙袋を持ったシーナが、隣の同じく紙袋を持った神崎に尋ねた。もっとも、これ以上何か必要な物があったとしても手が足りないのだが。
「なら大丈夫ですね」
「いや、結局シーナがしたいことは無かったんだが・・・」
「・・・あ!そういえば、そうでした」
途中で思い付くだろうと保留にしていたシーナの要望は、当の本人がすっかり忘れていたという始末に、神崎はなんとも言えない表情になる。
「俺の要望だけに付き合わせてしまったな・・・」
「別に気にしなくていいですよ。結構楽しかったですし」
扶桑の人は真面目ですねと、眉が八の字になる困ったようないつもの笑みを浮かべるシーナ。しかし、神崎は少し思案すると何かを決めたようだった。駅の前の広場で立ち止まり、二人は向き合った
「本当なら別の機会に渡すつもりだったが・・・まぁいいだろう」
「はい?・・・え?」
「日頃の感謝の印だ。受け取って欲しい」
状況が飲み込めず困惑するシーナに神崎が差し出したのは、掌一つ分になる包装された小箱。控えめな配色具合が神崎の性格を窺わせた。
「これ・・・は?」
「知っていると思うが、ククサという木のコップだ。良い言い伝えがあると聞いたからな。お陰で今回は拉致されることなく済みそうだ」
「そんなの当たり前です。毎度毎度拉致されていたら、救出するこっちの身が持ちません」
神崎の軽口に応える声は震えてはいないだろうか?
少なくとも、紙袋を地面に置いて小箱を受け取った両手は震えてはいなかったはずだ。
胸の中に沸き上がり、噴き出しそうになる喜びの感情を抑えるように小箱を胸に抱えて、シーナはなんとか感謝を口にする。
「ありがとうございます。神崎少尉」
「・・・俺がお前の幸せを願っても、構わないだろうか?」
ククサには贈られた人が幸せになるという言い伝えがある。それを踏まえての言葉なのだろうが、どこか遠慮しているような神崎の物言いにシーナはクスリと笑みを浮かべた。そして、少しの悪戯心を含ませて答える。
「人の幸せを願うのに許可なんていりません」
「・・・そうだな」
「もしくは・・・」
「?」
他にも何か言うことがあるのかと疑問符を浮かべる神崎にシーナは蠱惑的に言った。
「神崎さんが私を幸せにしてくれるんなら必要ですよ?」
「な・・・ッ!?」
「冗談です」
この時の神崎の驚きの表情は当分の間忘れることはないだろう。
ただ、感謝と少しの悪戯心で出来たこの言葉が本当に冗談なのかと言えば・・・・・・シーナ自身にもよく分かってなかったりする。
ブレイブウィッチーズのドラマCDで出たネタも少し
時系列的には第二次ネウロイ侵攻の直前、もしくは開始直後ぐらいかと考えていますが、深く考えてはいません