ここはラドガ湖防衛陣地の外れにある扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊格納庫。
いつもの整備の喧騒はどこかへ消え去り、格納庫の真ん中にはいつかのように2つの人影がポツンと突っ立っていた。
「おい、こんな状況前にもあったよな?」
「あった。とういか結構最近だった気がするんだが・・・」
相変わらずの神崎と島岡のコンビ。今日は食事時に急遽呼び出されるということはなかった。ただ起床前の早い時間に呼び起こされなかったらの話だが・・・。
「3時起きだぞ。馬鹿じゃねぇの?」
「白夜で明るいというのが哀愁を感じるな・・・」
いまだ覚めぬ眠気で精彩が欠けた顔の2人が話していると、いつかのように格納庫の照明が全て消えた。前回の時は2人とも武器を構えて臨戦態勢に入ったが、今回は眠気とまたかという呆れの感情でやる気なく辺りを見渡すだけだった。
何も見えない暗闇の中、二人の耳に朗々とした声が聞こえてきた。
「ある1人の男は考えた」
落ち着いた渋みのある声は1フレーズだけにも関わらず不思議と惹き付けられ、自然と耳を傾けてしまう。
「戦闘機を変形させることはできないか・・・と」
まぁ、内容のせいで全てぶち壊しだったのだが。
「変形という言葉に感じる熱い血潮と情熱そして浪漫・・・そう、浪漫を感じない人間がいるだろうか?いや、いない(反語)」
何処かからかパチンと指を弾く音が聞こえ、照明の1つが点灯した。
照明の灯りの下に現れるのは、イスに腰掛ける白衣の男。言わなくても分かるだろうが、鷹守である。
「なぁ、この演出ってあいつが自分で考えてんのか?」
「そして、それを部下に手伝わしていると・・・」
神崎達から送られる若干白けた視線を全く意に介さず、鷹守はイスから立ち上がり、すぐ横に設置された前回と同じお立ち台へと登っていく。階段を登りながらも、その口は止まることを知らない。
「想像して見て欲しい。車が、機関車が、建物が、軍艦が、戦車が、飛行機が、装甲を動かし、内部機構を駆動させ、本来とは異なる、しかして合理的で熱き姿に変わる。障害はある。変形機構はあまりにも複雑で、脆弱で、問題も多く、何より実現に達する技術力が圧倒的に足りない。足りなさ過ぎる。誰もが成し得なかった」
お立ち台の上で堂々とした立ち姿を披露し、鷹守は眼鏡を怪しく光らせて告げる。
「僕以外はね」
瞬間、格納庫の照明が一斉に点灯し、鷹守の背後が明らかになる。
巨大な・・・そう、まるで飛行機1機分ぐらいが隠れるような大きな黒い布の塊。
「これが僕がもて得る限りの技術を詰め込んだ最高傑作!!!正直、開発している途中はハイになりすぎて、気付いたらオーバーテクノロジー地味ちゃったけど、後悔もしていないし、反省するつもりもないね!さぁ、ご覧あれ!!!」
白衣を翻して大きく腕を振るのを合図とし、いつの間にか現れた工作兵達が黒い布を取り払う。黒いヴェールを取り払われ、照明の下に表れたのは・・・。
「俺の零戦じゃねぇか」
寒冷地仕様に塗装は変えられた扶桑皇国海軍が誇る戦闘機、そして島岡の翼でもある零式艦上戦闘機。所々の塗装の剥れや細かな傷が、今まで参加した戦闘の苛烈さを窺わせた。
島岡が自身の愛機を見間違う訳無く、疑問符を浮かべるのは不思議ではない。
「戦闘機・・・変形・・・あっ(察し」
自身と関わりが薄かった分、一歩引いた目線で見ることが出来た神崎は次に起こるであろう展開を予測することが出来た。
「早速いくよ~!トランスフォォォォオオオオオオム!!!」
「とらんす・・・ふぉーむ?」
「これは・・・!?」
鷹守の叫びに呼応し、零戦が光り輝いた。
呆気に取られる島岡と驚愕で目を見開く神崎の目の前で・・・金色に彩られた零戦は、姿を変えていく。
後部の装甲が割れ、分裂した内部が迫り出し、翼が幾つかの関節部に分裂して腕部になり、エンジン部が背部に回りこむように移動して、ツインアイに煌く緑の光を湛えた鋼鉄の頭部が現れる。
「完!全!!変!!!形!!!!ゼロ!!!!!ファイ!!!!!!ガー!!!!!!!」
「な、なんじゃこりゃぁぁあああああ!?!?!?」
見得のように格好を付ける零戦もといゼロファイガーの目の前で、かたや勇者王かたや土手っ腹に風穴を開けられた刑事のような大絶叫をかます。
「テメェやりやがったな!やりやがったな!?あれほど俺の機体に変なことをするなと言ったのに、てめぇやりやがったな!!!」
「いや~。何度も何度も言うから振りかと思って」
「んな訳ねぇだろうが!!!おい、ゲン!何か言ってやれ!!!」
「これは・・・これは・・・・・・・・・・いいな!!!」
「ゲン!?!?!?」
援護を求めた親友のまさかの裏切りに島岡は信じられないと驚愕する。神崎はそんな島岡の様子に気付かず、熱の篭った目でゼロファイガーを凝視していた。
「この気持ちは・・・なんだ?胸が・・・熱い。これを見ていると燃え滾るように熱いぞ・・・!!!」
「そうだよ!神崎君!その気持ちこそが人類が持つべき浪漫だ!!!変形するだけ殆ど動かないし、武装も全部外しちゃったけど、後は浪漫で補えばいい!!!」
「浪漫・・・!これが浪漫か・・・!!!」
「騙されてんぞ!?ゲン!!!つうか、本当に無駄な改造してくれやがったな!!!」
「いや、シン。無駄じゃない。俺は目が覚めた。変形はいい文明だ・・・!!!」
「qあwせdrftgyふじこlp!!!」
まさかの親友の変貌に、島岡は頭を抱えて意味も無く喚き散らすことしか出来ない。鷹守はもっとこいよ熱くなれよと神崎を煽っていく。誰も彼もが叫び声をあげる阿鼻叫喚の地獄絵図を終わらせたのは・・・。
「喧しい!!!」
突如、怒号と共に格納庫と空気の壁を突き破って飛んできたスコップだった。
あまりの衝撃にひっくり返った3人の下に、壁を蹴り破ってスコップを投げたご本人がやってくる。
「貴様等、今何時だと思っている!?こっちとら夜間偵察開けでようやっと一杯引っかけて眠るところだったんだぞ!!!」
言わずもがな、スオムス最強の名を欲しいままにする、我等がねーちゃん、アウロラである。ぶっちゃけ、集束手榴弾を投げつけてこなかった分マシである。
「びっくりしたな~!ちょっと大尉ぃ?流石に危ないよ~」
「手元にあったのがスコップでよかったな。この程度で済んだ。で?なんでこんなに騒いでた?」
「それはですね大尉。ここに浪漫があるからです・・・!!!」
「誰だお前?本当に神崎か?テンション違い過ぎるだろ」
「零戦が・・・ゲンが・・・もうだめだぁ~・・・」
「こっちもこっちでおかしなことになっているな」
狂喜の一片を見て、眉を顰めるだけで済ます勇ましいアウロラねーちゃん。
「それで?どうしてこうなった?」
さらに単刀直入に事態の解決を図ろうとするあたり、彼女なら(物理的に)どうにかしてしまうと思えてしまう。もっとも・・・
「それはね。僕が開発したゼロファイガーが・・・」
「ゼロファイガー?あのガラクタか?」
「なん・・・だと・・・」
光輝いていた装甲は無残にも砕け散り、ツインアイに灯りが戻ることはもうない。のこるのは、ただケバケバしい色の残骸だけ。
アウロラが投げつけたスコップが直撃した結果だった。本当に物理的にこの状況をどうにかしてしまっただけだった。
「あああああああああゼロファイガーがぁああああああ!!!!」
「まさか・・・浪漫が・・・死んだ・・・!?!?!?」
「俺の零戦がああああああああああああ!!!!」
「喧しい!!!」
今回の鷹守教室で分かったことは・・・浪漫はアウロラには勝てない。
「ねぇ、島岡君」
「あ?んだよ?」
「好きな動物っている?あ!鳥とかでもいいよ?」
「藪から棒に・・・。あ~・・・。モズかな?」
「鳥のモズ?何で?」
「何でってそりゃあ、ライー・・・って、何でもねぇよ!」
「あっそう!ありがとねじゃあね~」
「なんだったんだよ・・・」
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