ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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番外編は遊ぶって決めていたから後悔はしていない

あの番組が面白いのがいけない


スオムス 番外編
番外編7 多分、この日は水曜日


 

 

 

 

 

 スオムスは国土の大半を森と湖が占める自然豊かな国である。

 

 レジャーといえば森の中でのハイキング、きのこ狩り、ベリー狩り

 雪上の犬ゾリにスキー。

 そして釣り。

 そう釣りである。

 

 すぐ近くに湖があるのならば、釣竿を担いでテクテクと赴き、釣り糸を垂らしてウキを浮かばせる。

 たゆたうウキと煌く水面をながめるのもよし。

 魚を釣り上げるにもよし。

 

 そんな釣りをこよなく愛する1人の男がいた。

 

「よおし!ゲン!釣竿、餌、穴開け用のドリル、調理器具、あとその他諸々の準備はできてんだろうな!?」

 

「昨日から何度目の確認だ」

 

 扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊兼「(シュランゲ)」スオムス部隊所属戦闘機パイロット、島岡信介特務少尉は遠足前の子供のようにテンションを上げに上げていた。それに付き合う同部隊所属の神崎玄太郎少尉はすでに疲れ気味である。

 連日出撃続きの中の貴重な自由時間。

 それを利用しての釣り。

 すぐに近くに湖という巨大な漁場があるのに出撃で釣りができないというのは(島岡にとっては)生き地獄に等しかった。

 溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるかの如き釣りへのやる気。今回の釣りには特別な理由があった。

 

「これに勝てなきゃ、俺は俺じゃなくなる」

 

「・・・そんな存在理由を賭けるようなことか?」

 

「当たり前ぇだろ!!」

 

 鼻息を荒くして大きな橇に荷物を積み込んでいく親友の姿に嘆息しつつ、神崎は橇の牽引用にシーナから預かったハスキー犬達の頭を撫でていた。暇そうに寝そべっていた犬達は撫でている神崎の手に満更でもない様子で顔を擦り付けている。

 

「楽しめればいいと思うんだがな・・・」

 

「ワフッ!」

 

「お前もそう思うか?」

 

 穏やかな表情で犬達と語り合う神崎からは全く似合わないほのぼのとした空気が発生していたが、島岡がその空気を引き裂いた。

 

「準備完了!行くぞ!ゲン!」

 

「・・・分かった。皆、頼むぞ」

 

 怪気炎を上げた島岡がすでに乗り込んでいる橇に、神崎は丁寧に犬達を連結させ手綱を握る。犬橇の仕方はシーナから教えてもらった。

 危なげなく発進した犬橇が向かうのは勿論ラドガ湖である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スオムス随一の大きさを誇る湖、ラドガ湖。

 綺麗で潤沢な淡水を湛える自然の宝庫ともいえる湖で、1つの催し物が開催されていた。

 

『第34連隊第6中隊主催 第13回 ラドガ湖氷上ワカサギ大会!!!』

 

「なんだこれ」

 

 美しい景観を容赦なくぶち壊すベニヤ板で作られた看板を見上げ、犬達のリールを持った神崎は正直な感想を口にした。回数の部分が雑に張った紙の上に書かれているのがいやに哀愁を感じさせる。

 どうしようもない雰囲気を感じつつ橇を引いてくれた犬達に半ば引き摺られるようにして移動していくと、すでにその催し物が始まっていた。

 

『今日もこの時がやって来た!!!空はどんより、気温はマイナス20度!!!絶好の大会釣り日和だな!!!』

 

「「「うおおおおお!!!」」」

 

『目指すは優勝ただ1つ!!!勝者には特別休暇をくれてやる!1日?馬鹿め。3日だ!!!』

 

「「「おおおおおおおおお!?」」」

 

『副賞には優勝者の等身大写真をヴィープリ駅に飾ってやる!!!市民の羨望の目を独り占めだ!!!』

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

『競技開始の合図は我等がマスコット「カワウちゃん」の号砲だ!!!さぁ、カワウちゃん!合図を「パンッ」競技開始ぃぃぃぃいいいい!!!』

 

「「「わああああああああああ!?」」」

 

 

 

 

 

「本当になんだこれ」

 

「来たか、神崎」

 

「・・・」

 

 ラドガ湖の氷上に三々五々と散っていく兵士達を見て呆然と呟く神崎に、たった今マイクパフォーマンスを終えたアウロラが近づいてきた。背後に初めて見る首の長い鳥をデフォルメした着ぐるみ「カワウ君」引き連れている。

 

「・・・どこからツッコミを入れたらいいか分からないのですが」

 

「なんだ。どこもおかしくないだろう?」

 

「その感覚がおかしいです」

 

 神崎の手から離れた犬達に一斉に殺到されるカワウ君を尻目に、アウロラは準備された安楽イスに腰掛け、これまた用意されたテーブルに置かれた大量の酒瓶の1つを手に取った。

 

「いいからお前も座れ。何なら大会に参加するか?」

 

「遠慮しておきます」

 

 アウロラに促され神崎はテーブル近くのイスに腰掛ける。

氷上では雄叫びを上げながらドリルで穴を開けていく兵士達で溢れていた。男性兵士だけでなく陸戦魔女(ウィッチ)達も混ざっているのがカオス具合を加速させている。

 いつの間にか目の前に置かれた酒瓶をどけつつ、神崎は上機嫌に安楽イスを揺らしているアウロラに問いかけた。

 

「・・・レクリエーションか何かですか?」

 

「何かとは失礼な。まごうことなきレクリエーションだ。皆の顔を見てみろ。活き活きしている」

 

「いやにギラついているんですが・・・」

 

「活き活きし過ぎて網片手に水の中に飛び込む奴が出てくる程だ」

 

「よく13回も続けましたね・・・。いや、続きましたね」

 

「その位で凍死する柔な鍛え方はしていない」

 

 神崎がアウロラに白い目を向けている間にも氷上では早速釣果が上がっているようで、悲鳴やら歓声やらが聞こえてくる。

 

「そう邪険な顔をするな。そら、今の段階でのトップはお前の相棒だぞ」

 

「いや、まぁ・・・シンならそうなるでしょう」

 

 アウロラが酒瓶で指し示す方に目を向ければ、先程まで移動に使っていた橇で氷上に乗り込み小さな釣竿を大きく振り回す島岡が。周りの兵士達も同じような様子なのだが何故か一際目立っていた。

 

「このままいけば・・・シンの優勝ですか?」

 

「試合時間は2時間だ。どうなるかはまだまだ分からんぞ」

 

「そうですね・・・。で」

 

 完全に見物の姿勢を取る前に、神崎は視線を氷上から移動させた。そこには犬達に埋められている着ぐるみの姿が。

 

「あれは?」

 

「我が中隊のマスコット、カワウくんだ。酒の勢いの冗談の予算が何故か通った」

 

「初めて見たんですが・・・」

 

「カワウくんの出番はこの大会と、最近はめっきり開催されなくなったパレードの時だけだ」

 

「物凄い希少人物だったとは・・・」

 

 いつも犬に揉みくちゃにされているのか、着ぐるみの表面は細かな傷やら汚れやらで草臥れ、長めの首も心もとない揺れ方をしている。生気のない無機質な目が無駄に怖かった。

 

「ちなみに、カワウくんは前回大会の優勝者だぞ」

 

「その図体でよく釣りができましたね」

 

 

 

 

 

「フィッシュ!フィッシュ!フィィィィッシュ!!!」

 

 一方の島岡。

 氷上で競い合う兵士達に混じって、今まで釣りが出来なかった不満を爆発させワカサギを次から次へと釣り上げていた。

 すでにブリキのバケツには相当数のワカサギが泳いでいる。

 

「あ!シマオカが沢山釣ってる!!」

 

「本当だ。ここら辺で釣れるのかな?」

 

「よぉし!早速穴あけよう!」

 

「おおい!?そんな乱暴にドリルを回したらワカサギが逃げちまうぞ!?」

 

 島岡の釣り様に引き寄せられたのか。

 釣り場所を求めてふらついていたらしきシェルパとリタのコンビがやって来た。島岡の悲鳴も露知らず、すぐ近くに鼻歌混じりに勢いよくドリルを回していく。

 回しながら島岡の釣竿の何かに気付いた。

 

「あれ?シマオカまだダブルでは釣ってないの?」

 

「ん?確実に1匹ずつな」

 

「え~!?勿体無いな~。2匹釣れれば行進できるのに!」

 

「は?行進?」

 

「ほら、あそこで2匹釣り上げたみたいですよ」

 

 シェルパの言葉に島岡が疑問符を浮かべていると、ほんわかと釣り糸を垂らし始めたリタがある方向を指差す。そちらを見ると異様な盛り上がりを見せる一団があった。

 

「コレガ ワカサギデゴザイマス!!!」

 

「スゲーゾオイ!!!」

 

「ヅッタカタッター ヅッタカタッター ヅッタカタッタッター!オチャノマ ノ ミナサンコンニチワー!!!」

 

 誰に見せているのか分からないが、ワカサギが2匹釣られている釣竿を掲げて練り歩く一団。周りの参加者もやんややんやと歓声を上げ、野次を飛ばしているので異様な盛り上がりを見せている。

 

「行進ってあれかよ!?」

 

「そうだよお!あの人達また釣ってるねー!」

 

「さすが優勝候補ですね」

 

「なんか茶の間とか聞こえたんだけど!?」

 

「そういう決まりなんです」

 

 よく聞けばいたるところからヅッタカターやら、オチャノマやら聞こえてくる。もし自分もダブルで釣ったら行進しなければならないのかと島岡は固唾を飲んだ。

 

「あの人達はいいところまでいくんだけどね~。いつも最後辺りで、差し入れのお酒飲んで泥酔したり、ワカサギが入ったバケツを落としたりして負けるんだよね~」

 

「最悪仲間割れもしますからね」

 

「ふ~ん。色んな意味でスゲェな」

 

 島岡は口は動かしつつもワカサギを釣り続け、シェルパ、リタ両名も調子よく釣果を重ねている。このままいけば優勝を狙える・・・はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そして、調理して食ったら2点。強い酒を1本開けたら5点だ」

 

「なるほど。そんなルールが」

 

「まぁ、そのせいで宴会を始めた挙句泥酔して途中棄権が後を絶たたない」

 

「釣ったワカサギをそのまま肴にしている訳ですか」

 

「魚だけにな!!」

 

「なんでスオムス人がつまらない親父ギャグを・・・」

 

 アウロラのドヤ顔でのルール説明を、カワウ君と共に受けた神崎。アウロラは説明しながらもどんどん酒瓶を開けていくので相当時間がかかった。最後はよく分からないテンションになっていたし、隣に座っているカワウ君からは無機質な目からの視線を受けてどうも居心地が悪い。しかもどうでもいいことが、よく見たらカワウ君の目は取れかけている。

 

「そういえば、大尉は参加しないんですか?」

 

「私は殿堂入りになってな。参加は控えているんだ」

 

「さすが隊長・・・と言った所ですね」

 

「まぁ、思う存分酒を飲んでいたらいつの間にか優勝していただけだがな」

 

「今の尊敬を返して欲しい」

 

 やってられないとばかりに神崎は目の前に置かれたグラスを傾ける。傾けてふと気付いた。

 

「そういえば・・・何で俺はこの大会のことを知らなかったのでしょう」

 

「告知はお前が拉致られていた時にしていたからな。仕方ないな」

 

「・・・そうですね」

 

「本当ならシェフ神崎で推していくつもりだったのだが・・・」

 

「ほんの少しだけ、拉致られていてよかったと思う自分が辛い」

 

 神崎が思わず眉間を押さえてしまうと、カワウ君が励ますように肩を叩いた。表情が変わらない分、随分とシュールな絵になっていた。

 

「まぁあれだ。もう少ししたら決着がつく。いつも最後は大波乱が起こるからな」

 

 アウロラは神崎の前にドスンと新たな酒瓶を置き、自分は安楽イスに踏ん反り返っている。神崎としても今更とやかく言う気も起きず、半分死んだ目で湖の方に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺ぁね?ただただ自然と触れ合いたいだけなんだよ。目先の賞品に釣られたちゃあ・・・フィィィィッシュ!!!」

 

「ねぇ?もしかしてシマオカって酔ってる?テンションの上下が激しいすぎじゃない?」

 

「でも、シマオカさんって釣りだと人が変わるって聞いたよ?」

 

 なんだかんだで半ば同じチームのように釣りをしている島岡とシェルパとリタ。

 割と順調に釣果を稼いだり、ダブルで釣り上げて行進したり、はたまた全然釣れなくなった時は先程のように悟りを開いたりもしたが、恐らく優勝に近い位置にいるだろう。ここからのラストスパートが最後の鍵になってくる。

 の、だが・・・。

 

「やべぇぞ。全然釣れねぇ・・・」

 

「急に釣れなくなったね~」

 

「どうしたんでしょうね・・・」

 

 先程の島岡の当たりを最後に釣竿がウンともスンとも動かなくなってしまった。餌を代えたり、釣針の深度を変えたりするが結果は無残なものだった。

 周りでは釣り上げた際の歓声や行進が聞こえたりしている分、島岡の焦りは加速度的に増大していく。

 島岡はなんとかこの状況を打開しようと釣りでの興奮で異常な回転し始めている頭を捻った。

 

「穴を代えるか?今から移動する時間も無ぇし・・・。じゃあ、釣竿を増やすか?穴も増やすか?いや・・・どれも駄目だ・・・」

 

「ねぇ。シマオカが何かブツブツと言い始めたんだけど・・・」

 

「ここから勝ちに行くのは難しいと思うのですが・・・」

 

 シェルパとリタは不安げな顔で話し合っているが、島岡の思考は段々とあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「大量に短時間でワカサギを手に入れる・・・網なんて無ぇし・・・。いや、どこかで見たような・・・あれは・・・ネウロイ?急旋回?・・・爆発?これだ!!!」

 

「お!なんか思いついたみたいだよ!」

 

「いや・・・だが・・・俺のプライドが・・・!?釣り好きとしての誇りが・・・!!!」

 

「そしたら急に悶え始めましたが・・・」

 

 頭を抱え激しくヘッドバンキング紛いな動きをし始めた島岡をリタが心配そうに見守る。少し経って動きを止めた島岡は、血の涙を流すような形相で自分の橇へと戻る。しばらくゴソゴソと荷物を漁っていたと思うとフラリと立ち上がった。

 

「シマオカ?」

 

「あの・・・その手に持ってるのは?」

 

「おう・・・これか?」

 

 どこか血走った目で2人の視線を受ける島岡は、茶色の紙袋を掲げて見せた。

 

「もし氷が固すぎた時に使おうと思ってた・・・ダイナマイトだよ」

 

「ダイナマイトォオ!!!」

 

「もしかして・・・まさか・・・!?」

 

「おう・・・。こうなりゃやってやるさ」

 

 左手には紙袋から取り出したダイナマイト。右手にはジッポのライター。島岡が浮かべる笑顔には狂喜が入り混じっていた。

 

「なぁ・・・。発破漁って知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハ!!!これは傑作だ!!!大概馬鹿な奴がいるもんだ!!!」

 

 アウロラは膝を叩いて爆笑する視線の先で、湖に張っている氷が崩壊していた。

 

「まさかこんな事態になるとは・・・」

 

 神崎は呆気に取れた氷上で固まっている。

 

 ズドンというくぐもった爆発音が聞こえたのはほんの十数秒前。異様な釣りで盛り上がっていた湖は、いまや阿鼻叫喚の地獄絵図に変わり果てている。

 

「優勝を焦った誰かが手榴弾でもダイナマイトでも使って発破漁を仕かけたみたいだな。その衝撃で氷が割れて・・・この有様。最後のオチとしては馬鹿らしくて最高だな!!!」

 

「そんな馬鹿なこと誰が・・・。まさか・・・シンか」

 

 そういえばあいつ氷を破壊するためにダイナマイトを準備していたな・・・と頭を抱えると、隣のカワウ君は慰めるように背中を叩いた。

 

 

 

 結果として。

 大会の参加者は全員湖に水没することになり、風邪を引くことになる。

 優勝者は当然有耶無耶となり、休暇はアウロラ預かりとなった。

 

 その休暇がどこでどう使われたのかはアウロラにしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

「そういえば・・・」

 

「どうかしました?神崎少尉」

 

「シーナは・・・大会の時どこに居たんだ?」

 

「・・・」

 

「・・・シーナ?」

 

「・・・すぐ近くに居ましたけど?」

 

「すぐ近く?俺の近くにはユーティライネン大尉とカワウ君・・・あ」

 

「・・・」

 

「・・・お疲れ」

 

「・・・はい」

 




発破漁は禁止されているので、皆さん絶対にしないように
なお、筆者は発破漁のことをクレヨンしんちゃんのジャングルの映画で知りました。

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