だいぶ時間が空いてしまいました
めちゃくちゃ忙しくて書いている暇がありませんでした
完結させたい
そんな訳で、第六十二話です
感想、アドバイス、ミスの指摘などお願いします
聞かされた作戦に、神崎は正気の沙汰ではないと思った。
普通の指揮官なら考えもせず、よしんば考えついたとしても実行に移そうとは思わないはずだ。
だが才谷は成功を確信しているのか不適な笑みを浮かべて神崎の尋ねたのだ。
出来るかな?
と。
神崎は短い時間、しかし深く思考を廻らせて答えた。
出来ます。
と。
確かに無茶な作戦。だが・・・無理ではないのだ。どんなに困難であろうとも力を尽くせば何とか達成できると分かってしまった。
なら、やるしかないだろう。
そう決意して神崎は、アウロラを抱えてスオムスの空を飛翔していた。
作戦自体は非常にシンプルなものだ。
「神崎がアウロラをコッラー川に運ぶ」
言葉として表現すれば非常に簡単だ。だが、実行するとなれば話は別。
完全装備したアウロラの総重量は数百キロにもなる。それを運ぶとなれば、約300kmという航空機にとっては短い距離とはいえ、多大な魔法力を消費し、更に零式艦上戦闘脚にも負担をかけるのだ。最悪の場合、零式は空中分解する可能性もある。
だが、作戦は決行された。
そうしなければコッラー川の戦線が崩壊し、そこからスオムスの終焉が始まる。どこの部隊も容易に動けない今、この2人に望みをかけるしかなかったのだ。
スオムス最強の陸戦
作戦決行直前、着々と装備を整えるアウロラに才谷は尋ねた。
コッラーは持ちこたえるか?
と。
アウロラは答えた。
コッラーは持ちこたえます。我々が退却を命じられない限り。
と。
「予定経路の半分に到達。大尉、大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
自身の腕の中にいるアウロラは後頭部しか見ることが出来ないが、言葉通り問題は無さそうだった。アウロラにとってこれからが本番。今何かしらの消耗があったら元も子もない。
神崎は滲み出る汗が風で乾くのを感じた。
予想以上に魔力の消費が大きい。固有魔法の炎でブーストをかけて離陸し、今も普段は巡航速度の出力で飛行するところを最大出力で飛行しているのだ。まだ余裕はあるが、油断すれば魔法力は枯渇しユニットも故障してしまう。
「あと30分といったところか・・・」
「そうです」
「降下する地点は指定されているのか?」
「大まかには。しかし、現地を確認しなければなんとも」
「分かった」
打ち合わせをするアウロラの声は至って普通だ。いつもスオムスを背負った戦いをしているのだ。今回も同じ。ただ規模が違うだけ。しかし、それも第一次ネウロイ侵攻を経験した彼女にしてみればいつものことなのかもしれない。
ならば神崎としても自分の仕事に全力を注ぐだけだ。
「ギリギリまで降下して突入します」
「ああ。頼む。敵のど真ん中に落としてくれ」
「・・・なかなか無茶を言う」
「出来るんだろう?」
「やりますよ」
強引な物言いに神崎は若干苦笑してしまう。すると、その笑いに反応してアウロラは首を回して神崎を見た。右目だけしか見えないが、その目は意外なことに穏やかだった。いつも戦い直前は好戦的な笑みを浮かべていたが、思わぬ表情に神崎は少し戸惑ってしまう。
「神崎、ありがとう」
「・・・いきなりどうしたんですか?」
「こんな状況だがな、少し嬉しいんだ。私はいつも地上で戦っていた。こうやって空を飛ぶなんて夢にも思わなかった」
そう言ってアウロラは視線を前に向けた。スオムスの澄み切った空は、冷たくしかし静かで美しい。眼下に見える地上はスオムスの森と湖が一望でき、戦禍に晒されてもスオムスの自然は健在している。今から戦闘に向かうというのにアウロラは感動していた。
「そうか・・・。イッルはいつもこんな景色を見ていたのか・・・。」
「大尉?」
感慨深げに呟くアウロラの心中を神崎には分からない。だが神崎はアウロラを抱える腕に力を込めた。
「徐々に降下します。地上の監視を頼みます」
「分かった」
「・・・守り抜きましょう。スオムスを」
「ああ。勿論だ!」
再びアウロラと神崎の目が合う。お互いに頷き、神崎は高度を下げていった。
気が付けば景色が反転していた。
顔に伝わる冷たさは生まれてから慣れ親しんだ雪のものだろう。そして口に広がる味はよく知っている土のものだ。
そこでようやくヤッコは自分が地面に投げ出されていることに気が付いた。
「ヤッコ!立て!ヤッコ!」
誰かに腕を掴まれ無理矢理引き摺られ、近くの蛸壺に放り込まれる。そこまできてヤッコはやっと自分がネウロイの砲撃に巻き込まれて吹き飛ばされたことに気付いた。幸い、たいした怪我はない。混乱が抜けきっていない頭で顔をあげると同僚の1人が体勢を低くして見下ろしていた。どうやら彼がヤッコを蛸壺に投げ込んだらしい。
「ヤッコ!ここの防衛線ももう限界だ!もうネウロイは目の前に・・・」
そこまで言った時、近くにネウロイのビームが着弾。彼の言葉を途切れさせ、地面と空気を揺るがした。同僚が慌てて蛸壺に飛び込んできて、二人して泥まみれになる。男と狭い空間に押し込まれるという苦行のお陰か、ヤッコの意識は完全に覚醒した。
緩んでいたヘルメットを被りなおし、蛸壺から少しだけ顔を出して戦場の様子を見渡す。当初の防衛線は完全に突破され、コッラー川を突破してきた少なくない数のネウロイが第二次防衛線を蹂躪。このままの勢いでは第三防衛線もすぐに崩壊しかねない中で、ネウロイの砲撃に巻き込まれたのだ。
「
「先程、再補給の為に一旦後退した!報告じゃあ3割が後送されたみたいだ!」
「
「負傷者多数。死んじまった奴らも結構いる」
こんな状況、第一次ネウロイ侵攻以来だとヤッコは唇を噛み締めた。今のように装備が充実しているわけでもなく、陸戦
「小隊長!!小隊長はどこですか!?」
「こっちだ!!」
自分を呼ぶ声にヤッコは蛸壺から顔を出し、大声で応える。すると、爆風に煽られるようにして1人の部下が蛸壺に飛び込んできた。ただでさえ狭く既に大の大人2人が占有している空間だ。体中をぶつけ合って互いに文句を垂れるが、それを塗りつぶすように部下は声をあげた。
「マルユト中尉から通達です!第三防衛線を放棄!最終防衛線まで後退だと!」
「クソ!持たなかったか!」
「いいから移動しろ!頭低くしないと吹き飛ばされるぞ!」
ヤッコは踏んでいた自身の銃を取り上げると、2人を蹴り出し、自身も蛸壺から飛び出した。至る所にビームが着弾し、走っている間に飛び散った土くれが降りかかってくる。それでも、後方にある味方陣地からの援護に守られ、3人は何とか最終防衛線にまで走りきった。
「ヤッコ!前線の様子は!?」
塹壕に転がり込んだヤッコ達に元へ、補給を済ませたマルユトが駆け寄ってきた。アウロラが不在の今、彼女が代理指揮官としていままで指揮を執っている。泥まみれのヤッコも大概だが、シールドで守られているはずの
「指示通り第三防衛線は放棄!ネウロイは第二防衛線を突破して第三防衛線で暴れ回ってます!」
「分かった。
「了解!しかし、このままでは戦線は・・・」
「分かっている。だが、後退はここまでだ。撤退に追い込まれれば、スオムスは滅びる」
そう言ったマルユトに表情に僅かに悔しさが滲む。長い付き合いになるヤッコの前だからか、代理指揮官としての仮面が少し崩れてしまっていた。
今、仮面が崩れてしまうのは拙い。この戦場を引っ張っているのは彼女なのだ。彼女が潰れてしまえば、それこそスオムスが滅んでしまう。
「隊長が留守の間にこうなってしまうとは・・・」
「・・・やるしかないだろ!俺達が!!」
ヤッコはマルユトの腕を掴み、叫ぶ。それは彼女だけでなく自身への叱咤でもあった。
「隊長は俺達にここを任せた!ならば!最後まで隊長に泥を塗らないように全力で戦うだけだ!!そうだろ!!」
「ああ・・・。ああ!そうだ!!」
同じ隊長を仰いだからこそ、2人には負けられない理由が生まれる。指揮官の顔に戻ったマユルトはヤッコに肩に手を置いた。力強く頷く彼女の顔にはもう綻びはない。
「歩兵部隊は援護を頼む。ここから押し返すぞ」
「了解!」
そう言い残し、マルユトは
「鷹守大尉から通信です!ユーティライネン隊長と神崎少尉が急行中!!」
勝利への希望の火が、今灯った。
『いや~。やっと繋がったよ~。ウルフ1。調子はどうかな?』
どうやらラドガ湖防衛陣地にいる鷹守と通信できる範囲まで近づいていたらしい。いきなりの長距離飛行で正確な航法は到底望めなかったが、ここまでくれば鷹守の誘導とアウロラの土地勘でコッラー川まで急行することができるだろう。
「こちらウルフ1。プレゼントを持って急行中。問題ない」
『それはよかった!みんなプレゼントを心待ちにしているよ。残念だけど、道中にプレゼントを狙う泥棒がいるか分からないからね~。後、別便も向かっているから、いいタイミングで受け取ればいいよ。じゃあ、頑張ってね~』
「相変わらず、気の抜けた声だな」
「・・・この状況でもいつも通りに出来るのは凄いことですが」
いつもの鷹守の雰囲気にアウロラは呆れ、神崎はもはや慣れたとばかりに溜息を吐く。だが、そんな鷹守の変わらない様子が2人に少なからず心に余裕を生み出してくれていた。
まだ戦闘は視認できていないが、辺りの空気に張り詰めるような緊張感が広がり始めている。戦場までそう遠くないと神崎が索敵しつつ思った時、アウロラが僅かに顔を動かした。
「神崎、来るぞ」
「は・・・?」
アウロラの言葉に神崎が反応した瞬間、アウロラが向いた方向に黒い点がポツポツと見え始めていた。鷹守から援軍の報告はない。その状況下、この空域でこちらに向かってくるのは敵でしかない。
神崎はアウロラを抱える腕に力を込め、努めて落ち着いた声で彼女に囁いた。
「目的地までそう遠くありません。加速して強行突破します」
「任せる」
アウロラからの了承を受けて、神崎はいままで巡航速度に抑えていた魔導エンジンの出力を最大まで引き上げ、更に高度を下げていった。運動エネルギーと位置エネルギーの両方を使って限界速度まで一気に加速し、限界ギリギリの低空で突破する算段だった。
「クッ・・・」
腕の中のアウロラが加速による重圧に声を洩らすも、神崎はあえて無視する。情報から接近してくる十数機のヒエラクスが見えており、今しがたビームを発射してきたのだ。距離からして蛇行すれば十分に回避できる。
だが・・・。
「押し通る・・・!」
神崎はここで直進して更に加速することを選んだ。蛇行することによる加速力の減少を避け、上昇中の速度によってビームの下を潜り抜けるかシールドで逸らす
ビームのシャワーが降りかかる。
が、神崎の選択は間違っていなかった。
殆どのビームは神崎の航跡を穿ち、数発が神崎への直撃コースを飛来するも斜めに展開させたシールドによって加速力を減少させることなく逸らされる。
結果、神崎とアウロラは数秒でヒエラクス編隊を突破することに成功した。
ヒエラクスをあっという間に置いていく様に、アウロラは快活な笑い声を上げる。
「随分と強引だな!私好みだ!!」
「いつのまにか影響を受けていたんでしょう!」
怒鳴りあうような会話をしているが、ヒエラクスと接敵したということは戦域に突入しているということだ。ヒエラクスが追いつく前に加速させすぎた速度を落とし、ギリギリ低空である高度も更に下げて、アウロラを安全に突入させなければならない。
視界には地上の戦闘で巻き上がる爆発が、インカムからは混線した地上部隊の無線が入ってくる。
『後退!後退!最終防衛線だけは絶対に守れ!』
『こっちには士官は残っていない!最先任は兵長のお前だよ!!』
『ネウロイの攻撃を惹き付けろ!これ以上、歩兵部隊を損耗させるな!』
『まだかよ!!まだなのか!?』
無線からは地上部隊の悲痛な声が零れ出ている。それを聞いた直後、神崎は腕の中のアウロラが一気に膨れ上がるように感じた。彼女から怒りにより猛烈な殺気と闘気が発散されたからだ。
「・・・神崎。もういい、投下しろ」
「しかし・・・」
「もう我慢ならん。ネウロイをこのまま叩き潰してやる」
もはや神崎の言葉を聞く気はないようで、すでに手にしているカノン砲には初弾が装填されていた。表情は見えないが、オオカミが牙をむくように激しい表情をしているだろう。
どうしようもないと、神崎はアウロラから腕を放してすぐにハーネスを外し、彼女を解放する準備を整えた。
「ユーティライネン大尉、御武運を」
「お前も、神崎」
お互い短い挨拶を交わした直後、神崎はストライカーユニットの出力を一気に最低まで下げ、ユニットを進行方向に対して垂直に立てた。空気抵抗を加えた急減速で強烈なGがかかるのを無視し、アウロラの接続していたハーネスとの接続点を解放した。
ハーネスという楔から解放されたアウロラが、スオムス最強の陸戦
ペテルブルグ大作戦、楽しみです