ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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はよ~
ブレイブウィッチーズはよ~

線画がとてもいい出来で期待がめちゃくちゃ膨らみます

そんな訳で四十九話です
大変お待たせしました

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


第四十九話

 

 

 

 

 

 

神崎少尉が失踪して2日経過した。

 

 その3日間であったネウロイの襲撃は2回。

 どちらも撃退したが、神崎少尉による近接航空支援が受けられない分苦戦を強いられた。島岡さんが神崎少尉が抜けた分を補おうと奮戦したけど、通常の戦闘機では力不足なのは火を見るより明らかだった。

 軍は神崎少尉の失踪を脱走として捜査しているらしい。理由は書置きがあったことと最後に神崎少尉が居た場所に争った形跡が無かったからだそうだ。捜査は難航しているらしい。

 

「神崎少尉は脱走していない・・・」

 

 (シーナ)は自室のベッドに仰向けに寝転んだまま呟いてみた。

 これは確信を持って言える。今から脱走しようとする人が私達、陸戦魔女(ウィッチ)へのお礼は何がいいかと悩み、助言を求めてくるだろうか?

 あの真剣に悩む表情で脱走を考えていたなど到底思えない。

 ベッドから起き上がると、ふと部屋の隅に置かれた紙袋が目に入った。あの時、神崎少尉が置いていった者は手着かずのまま私が預かっている。

 

「神崎少尉の手で渡さないと意味が無いから」

 

 そう。

 皆、少尉からのお土産だと聞いて喜ばない訳が無い。

 いつも私達を上空から守ってくれる神崎少尉に皆感謝しているのだ。だから、サンドイッチも作った。仲良くなりたいと何やら計画を立てている子達もいる。

 これで終わりになどさせない。

 

「絶対に見つけ出す・・・絶対に」

 

 そうしなければならないと心の中で何かが囁く。熱くもあり、冷たくもあり、そして少し痛い感情が体を突き動かす。

 この感情の正体が何なのかはっきりと分からない。

 けれど、今はそれに従うべきだと私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手は打ったのか?」

 

「ぼちぼちかな」

 

 鷹守の真剣味の無いない言葉に、アウロラの眉がピクリと動いたが結局何も言わなかった。

 開け放たれた指揮所の窓からは降り始めた雪と共に戦闘終了後の喧騒が入ってくる。 神崎が失踪してからの3回目の戦闘は手ひどいものになった。敵は陸戦ネウロイと航空型ネウロイとの連携作戦で攻めてきた。戦闘機を駆る島岡は数体の航空ネウロイとの戦闘に引き込まれてしまい、陸戦魔女(ウィッチ)部隊は航空優勢を取られた状態で戦うことになった。

 結果的に撃退には成功したが、いままでにない数の負傷者を出してしまった。

 

 指揮所の机に座ったアウロラはまだ硝煙の臭いが取れ切れていない髪を苛ただしげに掻きあげ鷹守を睨んだ。正面に置かれたイスに座った鷹守の表情はいつものようにふざけた表情を浮かべている。アウロラは鷹守のそういう態度が嫌いだった。

 

「そう睨まれても困るなぁ。ぼちぼちと言っても必要なことはやってるんだよ?」

 

うち(スオムス陸軍)(上層部)は脱走として調べているらしい。お前までそう考えてはいないよな?」

 

「流石にねぇ。可能性が無い訳じゃないけど。まぁ、十中八九拉致されたよね」

 

「共生派か・・・」

 

 両手をあげてやれやれと首を振る鷹守と渋面を作って腕を組むアウロラ。もし状況が2人の推測通りならば自ずと行動指針は定まっていく。だが、疑問点もいくつか残っていた。

 

(上層部)はなぜ脱走と判断した?」

 

「空軍からの横槍かな。捜査の動きを見るに、どうも圧力をかけてきてるみたいなんだよねぇ」

 

 アウロラの眉間の皺が更に深くなる。

 スオムス陸軍はスオムス軍内の共生派に対抗するために「(シュランゲ)」に協力すると決めたが、その「(シュランゲ)」がまだ正式に動けない以上、どうしてもスオムス陸軍に行動を依存する形になってしまう。その状況でスオムス空軍の共生派が陸軍に妨害をかければ、鷹守達は動けなくなってしまうのだ。

 

「まぁ、なんとかするけどねぇ」

 

「・・・算段は立っているのか?」

 

 鷹守は頭の後ろで手を組みつつイスを軋ませた。その横柄な態度に対し、表情が真剣なものに変わる。

 

(もう少しその表情を保っていてはくれないものか・・・)

 

 アウロラはそんなことを思いながらも少し姿勢を正した。

 

「まぁね。でも、穏便には済みそうに無い。・・・頼めるかな?」

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・んぁ?」

 

 目を覚ました島岡は、目を開けた先が宿舎の天井ではないことに寝ぼけた声をあげた。そしてすぐに自分が格納庫の長椅子で眠りこけていたことに気付いた。

 外は日が沈みかけており、格納庫の中は島岡と整備済みの零戦だけ。ありがたいことに寝ている間に誰かが毛布を掛けてくれたようだ。

 

「あぁ・・・めちゃくちゃダリィし痛ぇ・・・。つか、さみぃ・・・」

 

 寝ても取れなかった疲れと固いイスで横になってたことによる痛みに、島岡は思わず声を洩らす。

 神崎が抜けた分を少しでも補おうと出撃を繰り返して3日目。

 1日7度に渡る連続出撃は島岡の体力を限界まで削った。1日目と2日目は出撃後に無理矢理食事を詰め込み、宿舎のベッドに倒れこんでいた。しかし、3日目である今日は、帰還して少し休憩と長椅子に座り・・・そこから記憶は途絶えていた。

 

「ゲンの奴、全部仕事押し付けやがって・・・早く帰ってこいよ・・・」

 

 行方不明の神崎に悪態を付くも、その声は言葉程の力はなかった。いままで共に戦ってきた相棒の消失は他の誰よりも島岡に衝撃を与えていた。

 脱走はありえないと島岡は信じている。戦いから逃げるような腰抜けではない・・・と。だからこそ、拉致されたと確信し、彼の身を案じていた。できることならすぐにでも助けに行きたいが、それができない現状に歯噛みする毎日。

 そんな島岡に話しかける者が現れた。

 

「島岡さん、まだいたんですか」

 

「ヘイヘさん。・・・銃なんて背負ってどうした?」

 

「そういう気分なんで」

 

 雪を踏む音と共に現れたシーナは、真っ白な雪原用迷彩にM /28-30(スピッツ)を背負った装いだった。ストライカーユニットを装備すればそのまま出撃できそうである。

 

「島岡さんも、飛行服のままじゃないですか」

 

「帰ってきてそのまま寝てたんだよ」

 

「ここで寝てたんですか?風邪引きますよ」

 

「・・・そういう気分だったんだよ」

 

 そして、2人の間に沈黙が流れた。島岡はシーナが何のためにここに来たのか疑問に思っていたが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。

 そんな島岡を他所に、シーナは藪から棒に尋ねてくる。

 

「神崎少尉は何処にいると思いますか?」

 

「そんなの俺が知りてぇよ」

 

 島岡の溜息と共に出る返答。島岡も考えてはいたことだが、考えが纏まらなかったのだ。しかし、シーナは違うようだった。彼女の目にはまったくの迷いが無く、何らかの確信を持っていた。

 

「神崎少尉が自分から消えるなんてありえない。誰かに拉致されたんだと思います」

 

「ああ。共生派じゃねぇかと思ってる」

 

 島岡の言葉にシーナは頷いた。

 

「今までに私達が接触したのはコリン・カリラ大尉の一派だけ」

 

「そいつらがいるのは確か・・・」

 

「ヴィープリ基地」

 

 そこまで聞いて島岡はシーナが何をしようとしているのか察した。その内容に驚きで思わず声をあげてしまう。

 

「まさか、乗り込むつもりかよ!?」

 

「ええ。でも、少し足が足りません」

 

 そう言うと、シーナはチラリと零戦を見た。つまり彼女は・・・。

 

「俺に零戦でヴィープリまで送れと!?」

 

「・・・頼めませんか?」

 

 自分が無理を言っているのは分かっているはずだ。声には申し訳なさが滲みでているが、しかし目は本気だった。単座の戦闘機に2人で乗るなど普通は無理だ。だが、小柄なシーナならなんとかなるかもしれない。幸い、機体整備は終わっているようだし、燃料弾薬はいつも整備後に補給してあるから問題ない。日もまだ僅かに残っているから離陸も可能。帰還はカンテラを滑走路に置いてもらえば何とかなる。

 つまり・・・実行できる可能性は十分にある。

 

(軍法会議は確実・・・。つうか銃殺刑か・・・笑えねぇ)

 

 だが、そのリスクと神崎救出の可能性を天秤にかければ・・・答えは決まっていた。

 

「やるぞ。さっさと準備しよう」

 

 島岡は自分の決断に全く疑問を抱かなかった。体に残っていた疲労も全く気にならなくなり、サッと立ち上がって脇に置いてあった飛行帽と手袋を手に取った。

 

「零戦を外に出さねぇとな。ヘイヘさん、魔法力を使ってちゃっちゃと・・・」

 

 零戦へと歩きながら飛行帽と手袋を着けていく島岡。だが、シーナは立ち尽くしたままなのを見て眉を顰めた。

 

「どうした?何か問題でもあったか?」

 

「ない・・・ですが、ダメ元のつもりだったので、まさか受け入れて貰えるとは・・・」

 

「まぁ、そう思うよな。普通は」

 

 戸惑ったシーナの言葉に、島岡は真面目な顔で頷いた。正直、無謀すぎるとも思っている。だが、それがシーナの頼みを断る理由にはなり得なかった。

 

「ゲンの命がかかってんだ。断る気はねぇよ。まぁ、馬鹿だとは思ってるがな」

 

 島岡がやれやれと首を振り、苦笑して言うと・・・

 

 

 

 

 

 

「いや~、本当に馬鹿だね~。なんで勝手なことをしようとするかな~」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、島岡は地面に顔を着けていた。何が起きたか全く分からない状況に島岡は呆けたように地面を舐めることになった。すぐに起き上がろうとするも何かに、いや誰かに押さえ込まれどうにもできない。なんとか目だけを動かして、シーナも自分と同じような状況にあることを知った。そして、彼女を押さえ付けているのは・・・鷹守付きの整備兵だった。

 なんで・・・と疑問の言葉を口にする直前、顔を覗き込む影があった。鷹守である。

 

「軍は命令なしに動いちゃ駄目なんでしょ?そんなこと技術屋上がりの僕が分かっているんだから君も当然分かってるよねぇ?」

 

 島岡への説教はいつものようにふざけた雰囲気がある。しかし、苦労して顔をずらし鷹守の目を見ると、目は全く笑ってはいなかった。

 

「先走ちゃだめだよ。そんなんじゃ、女の子を満足させられないよ?」

 

「何言ってんだよ。・・・悪かった」

 

 ここまでされれば大人しくするしかない。島岡が素直に謝罪すると拘束はすぐに解かれた。顔に付いた埃を払い、掴まれていた腕を回す島岡の元に、同じように拘束を解かれたシーナが近づいてきた。

 

「すみません。私のせいで・・・」

 

「いや、別にいいさ」

 

 頭を下げるシーナを尻目に鷹守は口を開いた。

 

「勝手に動いちゃだめだよ。こっちも色々と考えているんだから」

 

「・・・神崎少尉を脱走と決め付けているのにどう頼れと言うのですか?」

 

 シーナは言葉使いこそ丁寧だが不満を隠す気は更々ないらしく、鷹守に食って掛かっていた。その分、島岡は静観することにした。

 

「確かに上層部はそう判断してるねぇ。でも、僕達もそう判断している訳じゃないよ」

 

「なら、なぜ動かないんですか?いつ動くんですか?」

 

「そりゃ、色々と下準備があるからねぇ。もうすぐだよ、もうすぐ」

 

「もう少し具体的な時間を・・・」

 

 シーナが更に追求しようとした時、ガコンという音と共に格納庫の扉が開かれた。

 

「あぁ、お前はそこにいたのか」

 

 そんな言葉と共に現れたアウロラを先頭に、マルユト、リタ、シェルパを含めた十数人の陸戦魔女(ウィッチ)、そして男性兵士がぞろぞろと入ってきた。いつの間にか整備兵達も集まり、格納庫の中には20人近くが集まった。その中で状況が理解できてないのは島岡とシーナだけである。

 

「いやいや、皆来てくれてありがとう!これで役者は揃ったね!!」

 

 役者じみた挙動で大きく腕を広げる鷹守。彼はいつもの調子で宣言してみせた。

 

「神崎君の奪還作戦、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い。

 

 冷たい。

 

 長い間、氷点下の冷気に晒され続ければまともな思考ができなくなる。炎で体を温めようにも、1日1食の凍ったパンと水のようなスープでは魔法力が回復するわけもない。使い潰された毛布を体に巻きつけるしかなかった。

 コリンの尋問から4日。

 そう。まだ4日なのだ。

 だが、神崎は営倉の中で追い詰められている。今できることは、少しでも生き長らえるために体力を温存していくだけ。

 

「ほぅ・・・」

 

 窓からは相変わらず凍てついた雪風が入ってくる。その窓を見上げて吐いた息はまだ白くなるだけの熱を持っている。その事実に神崎は少しだけ安堵した。

 

 この状況に追い込まれたのはコリンの差し金だろう。ジワジワと死に追い込んでいく使い古された方法で、引き込もうとしているのだ。

 コリんは、こちらにつけば相応の待遇を用意すると言っていた。

 神崎はこの誘いを跳ね除けた。そうしたことに後悔はしていないし、当然のことだと思っている。

 しかし、悔しいことに、そうじゃない自分(・・・・・・・・)もいる。

 共生派につくということは人類、そして今まで戦ってきた戦友達への裏切り。到底許されることではない。

 だが、共生派につくとこの状況から解放されるのだ。死が間近に迫るこの状況から!

 

 

 弱い。

 俺は弱い。

 もし、自分の知っている他の誰かが同じ状況に追い込まれたら、自分と同じような考えを持つだろうか?

 

 

持たない。

 

 

 島岡もシーナもアウロラも加東、マルセイユ、ライーサ、稲垣、マティルダ、マイルズ、坂本そして竹井。誰も自分のようにはならない。

 なぜ、俺はこうも弱い?

 理由なんて分かりきっているだろう。

 

 軍が憎いから。

 

 必要なことだと納得したつもりだった。もう憎しみは抱いてないつもりだった。

 だが、コリンの言葉で思い知らされた。

割り切ったつもりだった憎しみの感情は心の中に楔のように打ち込まれていることを。

だからだ。だから俺は弱い。魔法使い(ウィザード)以前に、いくらそれらしくあろうとしても軍人としての確固たる芯がないからだ。憎んでいる軍の一員になりたくないから・・・。

 そもそも、俺が軍に入ったのは軍の圧力によって瓦解寸前だった家を、神崎神社を守るためだ。父親に入れさせられた。自分の意思ではない。

 

『自分が成すべきこと。自分がしたいこと』

 

 軍に入った時、北郷章香から贈られた言葉。

 

 家族を守るために戦い続ける。これが今の成すべきことだ。

 だから今まで戦い続けてきた。蔑まれ、虐げられ、体にも心にも傷を負いながら必死に戦い続けてきた。

 

 

 

・・・本当に?

 

 

 

 本当に、今まで戦い続けてきたのはそんな義務感だけなのだろうか?

 

 

 

 それは・・・違う。

 

 

 

 きっかけはそうだろう。

 

 だが、扶桑本国の部隊に所属していた時の島岡との出会いで少し変わった。

 

 そして、アフリカで決定的に変わった。

 

 マルセイユ達と共に戦い、力不足ながらも自分を受け入れてくれた彼女達を守りたいという思いが確かにあったのだ。

 スオムスでもそうだ。シーナやアウロラ達は自分を頼りにしてくれている。それに報いたい思いがある。

 

 それらの思いは嘘ではない。ならば俺は・・・俺の意思は・・・。

 

 

 

 

 

 ・・・。

 ・・・ガン。

 ・・・ガンガン。

 ガンガンガンガン!!!

 

 力任せに叩かれる鉄格子の音が神崎をぼんやりとした思考を呼び戻した。

 

「食事だ」

 

 神崎が僅かに首を傾けて視線を向けると、目深に帽子を被り手にトレイを持った兵士の姿が。いつもは大柄な体格の兵士が持ってくるのだが、今回は違うようだった。

 兵士がトレイを床に置いたのを確認し、神崎は毛布を巻きつけたままトレイのもとに向かう。ふらつく足をゆっくりと進めていくと兵士が声を掛けてきた。

 

「運ぶ途中でパンを落としてしまった。ゴミが付いてないか確認してから食べるんだな」

 

 それだけを言い残して兵士は去っていった。

 もうなんの感情も湧いてこなかった。機械的のトレイを取り、ベッドに腰掛け、言われたままにパンを見た。凍りついたパンの表面につく埃を無表情のまま払い落としていき、裏側にひっくり返したところで手が止まった。

神崎の目を釘付けにした引っかいたような傷。落とした時についたのだろうが、それはこうも読めた。

 

 

 

1800 バクハツ タスケル    タカ

 

 

 

「タカ・・・タカ・・・鷹。鷹守か・・・」

 

 言葉の意味を理解し、神崎は静かに目を閉じた。

 持っていたパンはいつの間にか握り潰されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とやつれてしまいましたね」

 

「・・・手厚いもてなしのお陰だ」

 

「それはよかったです。あなたの考えも変わっていれば、なおいいのですが」

 

 神崎の皮肉を、コリンは余裕の表情を崩すことなく受け流し、お互いの目の前に置かれたティーカップへ手ずからポットを取り紅茶を注いでいった。

 

 

 メッセージ入りパンが届けられてから数時間後、神崎は手錠を外されてコリンの所へ連行された。

 場所は以前と同じ応接間。同じティーテーブル。

 温かい室内と湯気のあがる紅茶は、今の今まで極寒の環境に閉じ込められていた神崎にひどく胸を打つものがあった。特に、紅茶には反射的に手を伸ばしそうになってしまい、理性と意地を総動員してなんとか押し止める始末だった。

 

 神崎はコリンの対面に座ったまま目だけを動かし応接間を見渡す。暖炉のところに来たところで壁に掛けられた時計に目が止まった。針が1730を刺している。

 

「さて。4日前も同じ質問をしましたが、もう一度伺います」

 

 コリンは一口飲んだ紅茶を置いた。あくまで真摯な態度を貫くようで、神崎の目をまっすぐ見つめている。

 

「私達と一緒に戦いませんか?」

 

 神崎はここまできてやっと彼女が本気で自分を引き入れようとしているのだと確信を持てた。嘘ならば4日も放置せず、拷問するなり薬物を投与するなりして情報を吐き出させ始末していたはず。

 

(とはいえ、極寒の営倉は拷問と殆ど変わらなかったがな・・・)

 

 内心そんなことを考えつつも、表には出さない。目を伏せ、静かに口を開いた。

 

「・・・営倉にいた間に考えた」

 

「はい」

 

「お前に言われたこと。自分と向き合って、どうするべきなのか」

 

 神崎はそこで言葉を切ると初めてティーカップを手に取った。一口飲めばこの紅茶が上質なものだとすぐに分かる。この前、テーブルにぶちまけてしまったことを申し訳なく思う程に。

 彼女が入れた紅茶を飲んだのは一種の覚悟。

 敵ではあるが、彼女にはそれ相応の態度で応対しなければならないとういう思いがどこかにあった。

 故に、静かにティーカップを置いた神崎はゆっくりと息を吐いて・・・しっかりとコリンの目を見据えた。

 

「俺は・・・。ああ。お前が言った通りだ。俺は軍が嫌いだ。憎い。お前の話を聞いて軍への疑いが生まれたのも否定できない」

 

「なら・・・」

 

「だが、共生派には入らない」

 

 コリンの言葉を遮るように神崎は毅然とした口調で言い放った。軍が憎いという以前に、簡単な理由があった。

 

「そもそも俺は自分のために軍にいる訳ではない。家族の為にだ。それに・・・新しい理由もできた」

 

 神崎はそこでフッ・・・と小さな笑みを浮かべた。

 

「仲間の為に・・・。一匹狼と蔑まれる俺を信頼してくれたんだ。俺はそいつらを裏切ることはできない」

 

「・・・滑稽ですね。それは仲間への依存です。苦痛でしかない環境に身を置き続けることに対する逃避だ。その環境を壊すこともできるのに。そんな馬鹿な理由で死んでもいいのですか?」

 

 確かに滑稽で彼女の言うとおりだった。神崎は自分の歪さを認識し、だがそれでも考えを変えようとは思えなかった。

 コリンの目が徐々に冷え切ったものへと変わっていくが、神崎はそれを平然と受け止め言い切った。

 

「ああ」

 

「・・・残念です」

 

 コリンは僅かに瞑目すると、そっと立ち上がり右手を神崎に向けた。その手には神崎のC96。

 

「お返しするつもりでしたが・・・。拳銃でもこの距離。しかも体力が衰えた今の貴方のシールドなら貫通できます」

 

「・・・」

 

 コリンの目に迷いは一切無い。あるのは初めて遭遇した時と同じ凍るような殺気だけだ。一分の隙もなく銃口を神崎の額に突き付け、指に少しでも力を込めれば確実に撃ち殺せる姿勢だ。

 神崎はチラリと暖炉の時計に目を走らせた。

 

「最後に言い残す言葉でもありますか?」

 

「強いて言うなら・・・」

 

 このような状況下でも関わらず、神崎はゆっくりと目を閉じた。コリンからすれば諦めたように見えるだろう。

 しかし、違う。

 

 

 

・・・聞こえた。

 

 

 

「紅茶、美味しかった」 

 

 目を開けた神崎が微笑みながら言うと、コリンは訝しげに眉を顰め・・・気付いた。徐々に大きくなっていくエンジン音と・・・爆弾の落下音。

 

「まさか・・・!?」

 

 驚愕の色に染まった顔でコリンが窓を見た。その瞬間、窓が砕け散り衝撃がコリンに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

『作戦開始。さっさと助けてしまおうか』

 




この話はスオムス編におけるターニングポイントになったかなと思います

それでは

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