ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

55 / 99
明けましておめでとうございます

今年も神崎達をよろしくお願いします

そんな訳で第四十七話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします



第四十七話

 

 

 

 朝、神崎はいつものように目を覚ました。

 はっきりとしない頭を抱えたまま体が動くままにベットから抜け出し、いつもの装備を纏い、格納庫へと向かう。ピリピリと肌を刺すような冷気の中を歩き、格納庫に入ったところでふと足を止めた。

 

(俺は・・・何か勘違いをしてないか?)

 

 よく分からない違和感に首を捻り、入り口の真ん中に立ちつくす神崎。そんな彼に、ちょうど鼻歌混じりに通りかかった鷹守が声をかけた。

 

「あれ?神崎君、今日は休みだよね?どうしたの?何かあった?」

 

「・・・。ああ、そうだったな」

 

 そこで神崎はやっと気付いた。

 今日は彼にとってスオムスに来て以来初めての休日だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 糧食班のテーブルに座り、いつもの2倍は時間をかけて神崎はゆっくりと朝食を取った。

 いつもは長くても10分、かきこむようにして胃に収め、慌てて格納庫へと戻る。酷い時には食事に行く暇すらなく格納庫で砂糖一杯のコーヒーを流し込んで出撃する始末。

 たった20分、食事に使うことが出来る幸福感。

 普通の生活をしているだけでは到底分からないだろうと神崎は内心苦笑いを浮かべていた。

 朝食を綺麗に平らげた神崎は食器を返却して自身の部屋へと足を向けた。

 休日だと頭では分かっていても歩くスピードがいつもと変わらず速いままなのは、もはやそれが体に染み付いてしまったからだろう。

 だが、その足も糧食班から出た時に鉢合わせた人物のお陰で止まった。

 

「神崎少尉、おはようございます」

 

「おはよう。・・・シーナ」

 

「はい」

 

 神崎の返事にシーナは小さく微笑みを浮かべた。

 普段のシーナも神崎と同様に出撃や緊急事態に備えて慌しい朝を過ごしているのだが、この時間に此処であったということは彼女も休日の朝を満喫しているらしい。そして・・・。

 

「2時間後に正門集合でいいですか?」

 

「町へ出るんだったな・・・。ああ、構わない」

 

 どうやらアウロラは言葉通りに神崎とシーナの休日を合わせたようだ。

 この前の約束、シーナが町を案内してくれる、を思い出しつつシーナの言葉に頷く。朝食を終えた後、集合時間までゆっくりするのも悪くない。

 シーナも自分の提案に神崎が同意したことで満足したようだった。

 

「それでは、また後で」

 

「ああ」

 

 短い会話を終え、2人は離れていく。

 傍から見れば淡白ではあるが、本人たちそんな風には露とも思ってないだろう。シーナの足取りは軽くなっていたし、神崎もまだ見ぬ町を少し楽しみにしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?出かけるの?いいよ~いってらっしゃい。知らない人に着いて行っちゃだめだよ~」

 

 鷹守の気の抜けた声に見送られて神崎はシーナとの集合場所である陣地の正門に到着した。

 正門といっても大層な物ではなく、簡素な警備兵の詰め所と車の検問ための簡単なゲートがあるだけだ。

 約束の時間まで後5分。

 神崎は詰め所近くに立ってシーナを待つことにした。今の神崎の姿は支給されている黒の防寒用コートと軍帽という普段と大して変わらない姿だ。違いがあるとすれば腰の炎羅(えんら)がないことだろう。護身用にはC96は隠し持っている。

 外から見れば分からないが、コートの下はいつもの第2種軍装ではなく黒い第1種軍装を身につけていた。というのも、絶え間のない戦闘では殆ど第2種軍装を使ってしまい随分と痛んでしまったのだ。

 現在、修繕途中である。ちなみに軍帽も第1種に合わせて黒いものだ。

 

(黒いな・・・)

 

 神崎は自身の格好に簡単な感想を抱くが、すぐにどうでもよくなり周りに視線を移した。

 程なくして陣地の方からトラックがやって来た。そのトラックは神崎の立つ詰め所近くに止まると、布張り荷台からシーナがひょっこり顔を出した。

 

「あ、少尉。お待たせしましたか?」

 

「いや、そんなに待ってはいないが・・・」

 

 シーナに声を掛けられ、神崎はトラックに歩み寄った。どうやらこのトラックで移動するらしい。

 

「このトラックも町に行くらしいので便乗させてもらいましょう。荷台に乗ってください」

 

「分かった」

 

 トラックの荷台に乗って移動するのはアフリカでカーチェイスした以来だった。そもそも士官がトラックの荷台で移動することなど無いだが・・・とそんなことを思いながら神崎は荷台の淵に足を掛け、右手で側面の手すりを掴む。

 そのまま体を持ち上げようとした時、目の前にミトンの手袋を着けた手が差し出された。差し出したのは、勿論シーナである。

 

「どうぞ?」

 

「ありがとう」

 

 神崎は彼女の厚意に甘えて、左手で差し出された手を掴んだ。思いの他強い力で引っ張り上げられて入った荷台は、若干暗く天井も少し低かった。

 神崎は少し腰を屈めつつ、シーナが示す側面に付けられた長椅子に座る。シーナは神崎の向かい側に座った。

 

「結構揺れますよ。気を付けて下さいね」

 

「ああ、分かっ!?」

 

 シーナの言い終わるや否やトラックが急発進した。

 舗装が十分に為されていない荒れた道でトラックは大きく揺れ、神崎は泡を食って体を支えた。神崎は激しい振動の中で何とか体を固定できる体勢を見つけた時、シーナがからかうような笑みでこちらを見ていることに気付いた。

 シーナは既に慣れた様子で背後に手を回し体を支えている。

 

「言ったじゃないですか。気をつけてくださいって」

 

「普通いきなりくるか・・・?」

 

 神崎はシーナの言葉に反論しながら彼女を見習い、ようやく体勢を安定させた。非難の意味を込めてシーナを軽く睨むが、全く気にしていないようで、笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「神崎少尉って面白いですね」

 

「・・・面白い?」

 

「はい。見ていて面白いです」

 

 今までの人生で初めて言われた言葉に神崎は毒気を抜けれてしまった。いや、混乱してしまったというべきか。なぜその言葉が自分に言われたのか理解できず、頼りなさげに目が泳いでしまう。

 

「そういうところが面白いんですよ。神崎少尉」

 

「・・・」

 

「別に悪く言っているんじゃないです。むしろ好感を持てます」

 

「・・・はぁ。分かった。もういい」

 

 どうも彼女との会話は引っかき回されてばかりだと神崎は溜息を吐いた。精神的には疲れるのだが、それほど嫌がってはいない自分も居るのが不思議だった。

 

「町で何か予定は?」

 

 話題を切り換えたシーナの質問に神崎は少し考えて答えた。

 

「日用品の購入と・・・土産だな」

 

「島岡さん達にですか?」

 

「それとユーティライネン大尉」

 

「隊長に?お酒なら何でも喜びますよ。アルコール度数が高ければなおいいですね」

 

「あとは・・・陸戦魔女(ウィッチ)達にも」

 

「陸戦魔女(ウィッチ)達って、私達ですか?」

 

「ああ。そういえば・・・まだ言ってなかったな」

 

 キョトンと小首を傾げたシーナを神崎はまっすぐに見据えた。

 遅れてしまったが、言わないよりはマシだろう。

 

「この前のコーヒーとサンドウィッチ、美味かった。ありがとう」

 

「あ・・・」

 

 神崎の真剣な感謝の言葉にシーナは一瞬だけ呆けた表情になった。直後、目に見えて慌て始め、そして頬に朱を混じらせスッと視線を逸らせ、更にいつもの眉を八の字する困った表情に。

 戦闘続きだった最近は殆ど見ていなかった表情だと神崎はそんなことを思いつつ、シーナの変化を見ていた。

 

「そんなこと、畏まっていうことじゃないですよ」

 

「そうかもな」

 

「ですけど、まぁ・・・どういたしまして。でも、あの差し入れは私だけじゃないですよ?」

 

「だから土産を買おうと思っている。・・・お前達が好きなものを教えてくれないか?」

 

「しょうがないですね。手伝ってあげます」

 

 そう言ったシーナの表情は困り顔から気持ちのいい笑顔に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドガ湖からトラックで揺られること1時間。

 2人が到着したのはここら近辺で比較的大きな町に到着した。軍の物資の集積地があるらしく、民間人に紛れて少なくない人数の軍人で賑っていた。

 送ってくれたトラックの運転手に礼を言い、2人は町の中心へと歩き始めた。シーナが案内の為に少し前を歩き、神崎がその後ろに続く。

 珍しい扶桑海軍の制服の為か道行く人々の視線が2人に投げかけられるが、シーナは全く気にする様子もなくクルリと振り返って神崎に尋ねた。

 

「先に神崎さんの買い物を済ませましょう」

 

「いいのか?お前の用事は・・・」

 

「私の用事も同じ所で済むから大丈夫です」

 

 そう言ってシーナは少し歩く速度を上げた。神崎も少し歩幅を大きくして続くと、辿り着いたのは小さな食料店だった。外見はどうにも古く、あまり客を呼び込んでいるとは思えない。にも関わらず、シーナは古ぼけたドアに手をかけ、躊躇いもなく入っていった。

 神崎もシーナに続いてドアを潜ると、そこには清潔感のある内装と食料品や酒や菓子などの嗜好品取り揃えられた光景が。とても戦時下とは思いない物品の多さである。

 

「これは・・・凄いな」

 

「はい。ここは私達、陸戦魔女(ウィッチ)が御用達の場所なんです」

 

 シーナは自分のことのように誇らしげに胸を張った。そして近くのテーブルに歩み寄ると1つの小さな箱を取り上げ、自信満々に神崎へ差し出した。

 

「これを買えば皆喜びますよ。大好物です」

 

「これか?」

 

 神崎は受け取った小さな箱をしげしげと眺めた。黒と白の菱形が並んだ模様にスオムス語でロゴが入っている。スオムス語が分からない神崎には何と書いてあるか分からなかった。シーナは奥に居た店主にスオムス語で何かを話すと、別の箱を開封して中身を取り出して見せた。

 

「サルミアッキって言います。美味しいですよ?」

 

「そうか・・・?」

 

 シーナが手渡してきたサルミアッキなる物を見て眉を顰める神崎。というのも、菱形のそれは真っ黒だったからだ。お世辞にも、美味しそうには見えない。

 

「ほら、食べてみてください」

 

「ああ」

 

 シーナが自ら食べて見せたので神崎も意を決してサルミアッキを口に入れてみた。

 瞬間、舌に刺さる刺激と酸味とアンモニア臭が口の中を支配した。反射的に吐き出してしまいそうになるのを右手で口を押さえて何とか押し止める。

 

「ほら、美味しいでしょう?」

 

(本気でそう言っているのか、こいつ)

 

 確実に嫌がらせの類だと厳しい眼つきでシーナを見た神崎だが、彼女が2つ目3つ目を口に放り込んで美味しそうにモグモグしているのを見て、思考が止まってしまった。

 

「神崎少尉?」

 

「・・・ング。・・・これが美味いのか?」

 

「はい?はい」

 

「・・・・・・お前に手伝って貰ってよかった」

 

「え?」

 

「・・・お前達の好み合うものを選ぶ自信が無くなった」

 

 そう言って神崎は手に持っていたサルミアッキの箱をシーナに返した。

 キョトンとして受け取ったシーナは気付かなかった。

 サルミアッキを無理矢理飲み下したせいで神崎の目の焦点が合っていなかったことに。

 手渡した時の手が小刻みに震えていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ・・・なんとか」

 

「美味しいんですけどね。サルミアッキ」

 

「・・・嗜好は人それぞれだからな」

 

 所変わって、客がそこまで多くないこじんまりとした小さなレストラン。

 2人は木目調の店内の小さなテーブルに向かい合って座っていた。

 それぞれしっかり買い物は済ませており、足元に幾つかの紙袋が置かれている。神崎が購入したのは日用品に加え、島岡や鷹守達への土産とユーティライネン大尉への酒。陸戦魔女(ウィッチ)達への物はシーナに任せた。

 シーナも神崎が土産を買っている横で食料品を買い込んでいた。保存が利く物が大半だったが、砂糖菓子やチョコレートなどの甘い物も相当買い込んでいた。

 そんな彼女は今、不思議そうにしながら紅茶を飲んでいた。神崎も紅茶を飲んでいるが頭はこれから出てくる料理の味のことで一杯だった。

 

「ここも私達がよく来るんですよ」

 

「・・・美味いのか?」

 

「美味しいです」

 

(これは駄目かもしれん)

 

 さっきのサルミアッキの件でシーナの味覚を信用できなくなった神崎。そんな彼の心情など露知らず、シーナは近寄ってきた店員に次々と注文していた。

 

「スオムスの家庭料理、食べてみますか?」

 

「・・・任せる」

 

 注文が終わり、暫くして料理が運ばれてきた。

 見たことのあるようなものから、全く見当のつかないものまで。

 特に神崎が驚いたのは、一見大きなパンだが中に魚や肉がギッシリ詰まっている物だった。シーナに聞くとそれはカラクッコと言うらしい。

 他にもニシンやサケの燻製だったり、カルヤランピーラッカと呼ばれるパイなど様々な料理を神崎とシーナは口に運んでいった。

 

「どうでしたか?」

 

「・・・美味かった」

 

 食後のデザートの最中、シーナが藪から棒に尋ねた。神崎はデザートに出されたベリーのタルトを飲み込むと、握っていたフォークを置く。

 

「見た目は全然違うが・・・どこか扶桑の料理に味が似ていた」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。こんな料理を食べれるとは思ってもみなかった。ありがとう」

 

「満足してくれたようでなによりです」

 

 食後はコーヒーを飲みつつ、雑談に興じた。店内も2人が食事をしている間に客が増えており、賑わいを増していた。

 

「すみません。ちょっとお手洗いに」

 

「ああ」

 

 話の途中でシーナは席を立った。

 1人になった神崎はコーヒーを飲むと深い溜息を吐いて肩の力を抜いた。

 

 こうやって誰かと出掛けたのはアフリカ以来か。アフリカの時は島岡や加東、マイルズと町へ出掛けたこともあったが、スオムスではこれが初めて。

 まさか、こんな形になるとは思ってもみなかった。ブリタニアでの一件、魔女(ウィッチ)恐怖症のこともある。

 それでも魔女(ウィッチ)でもマルセイユ達だけでなく、シーナのような戦友が出来た。いままで蔑まれ続けただけだった魔女(ウィッチ)から感謝されることもあった。

 

 変わってきているのか。

 

 進歩してきているのか。

 

 克服してきているのか。

 

 

 

 

「俺でも・・・出来るのか・・・?」

 

「あなたは何も出来ませんよ」

 

 神崎の独白を遮ったのは、背中に突き刺さった冷たい殺気と声だった。

 咄嗟に胸に隠し持っていたC96へ手を伸ばそうとするが、周りから一斉に殺気が降り注ぎ不用意に動くことが出来ない。それでも目だけ周りを確認した。

 賑わいを見せる店内からこちらを見る視線。そして巧妙に隠された銃。いつでもこちらを撃ち殺せる形だ。

 

「チッ・・・」

 

 どうしようもない状況に思わず舌打ちする神崎。そんな彼の向かいの席に誰かが座った。相手を見た神崎の目が驚きに見開かれる。

 

「お久しぶりですね。『アフリカの太陽』さん」

 

「コリン・カリラ・・・大尉」

 

 コリン・カリラ大尉。ヴィープリ航空隊の隊長。そして、ネウロイ共生派の一員。

 

「さて、まずは私達の言う通りにしてくれますか?」

 

 睨み付ける神崎の視線を全く気にせず、カリラは冷たい目で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?神崎少尉が居ない・・・」

 

 シーナが戻った時にはテーブルには誰も居なかった。イスの下に荷物も置きっ放しである。不思議に思いつつテーブルに近づくと、コーヒーカップの下に紙が挟まっていた。

 

『急用が出来たから先に戻る』

 

 紙にはそう書かれていただけだった。

 




サルミアッキは不味い
最近は何とか1つは完食できるようになりました
けど不味い

フィンランド料理は美味しいですよ

それでは

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。