ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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新年度になり、色々と忙しくなりました
執筆が遅れるのもしょーがない(笑)

言い訳ですすみません


感想、アドバイス、ミスの指摘等々、よろしくお願いします


第三十九話

 

 

 深く雪化粧している森の中を、兵士が2人走っていた。

 ネウロイの姿は無い・・・にも関わらず、雪中用の真っ白なギリースーツを身に纏った彼らは周りの景色と見事に同化しており、スキーを巧みに操って流れるように進んでいく。

 森から抜ける直前、2人はスキーを外すと慎重に歩を進め、木の影に身を潜めた。2人の内一人が柔らかく降り積もった新雪の上に身を投げ出し、背嚢の中から双眼鏡を取り出すと前方に向ける。双眼鏡を通して彼らが見るのは破壊された建物が乱立する、広い面積を施設。

 

ソルタヴァラ基地。

 

「損害の規模が明らかに報告より大きいです」

 

 双眼鏡を覗く兵士がポツリと呟いた。大木の影で周囲を警戒していたもう一人の兵士も少しだけソルタヴァラ基地に視線を向けるとフンッと鼻を鳴らす。

 

「やはり報告を偽っていたか。12、14戦隊はタカ派の主要部隊だから、早く引き戻したかったのだろうが・・・」

 

「撮影します」

 

「ああ」

 

 伏せた兵士が双眼鏡を仕舞い、代わりにカメラを取り出した。しきりにシャッターを切り、報告に必要な証拠を次々とフィルムに納めていく。滞りなく一連の作業を終わらすのに5分も経たなかった。

 

「撤収」

 

「了解」

 

 自らの痕跡を消し、装備を整え、再び森の中へと入る。2人は無言のままスキーを滑らせていたが、木の数が疎らになり始めた時、耳慣れない航空機のエンジン音を聞き取った。

 

「このエンジン音は?」

 

「少なくとも、我々が所有している航空機ではないな」

 

 空を見上げると一機の航空機が2人の視界を横切った。ここ周辺で使用されているグラディエーターやフォッカーCXのような複葉機ではなく、最近になって戦闘機部隊に導入され始めたブリュースター()バッファロー()のような単葉機だった。しかし、BWのようなずんぐりとした胴体ではなく、風を切るようなスマートな外見だった。

 

「初めて見る機体です」

 

「そうだな・・・双眼鏡を貸せ」

 

 受け取った双眼鏡で航空機を見ると、胴体部に識別マークらしき物が見て取れた。

 

「黒地に赤い三日月・・・扶桑皇国か?」

 

「なぜ、扶桑の航空機がここに?」

 

「分からん、が・・・」

 

 双眼鏡を下ろした兵士はどこか暗い目をして言った。

 

「報告は必要だろう。奴らが我々の邪魔をしない保証はない。いくぞ」

 

 兵士達は再び森の中を進み始める。しばらくすると雪の中に溶け込むように、姿が見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と馴染みのあるエンジン音を目覚ましに神崎は目を開いた。

 目の前には古びた板目の天井。横たえているベットも古い物らしく少し体を動かせば軋むような音が聞こえた。一度、魔法力が完全に尽きてしまった為か、体が鉛のように重く、頭もどこかぼんやりとしている。だが、そんな状態でも外から聞こえるエンジン音に導かれるようにして宿舎の外に出た。

 冷たい風が頬を撫でる。

 思いの外強い日差しに神崎が目を細めると、先程から聞こえていたエンジン音が一際大きく頭上で鳴り響いた。一瞬、視界に白い航空機が横切る。一瞬ではあったが、神崎はすぐにその機体が何かが分かり、小さく笑みを浮かべた。

 

「あ、少尉、起きられたんですね」

 

 自身を呼ぶ声に神崎が振り返ると、そこにはシーナがいた。使い込まれたコートを着込んでおり、右手には飯盒、左手には籠を持っていた。彼女はホッとした表情で言う。

 

「昨日は少尉がいきなり倒れて驚きました。もう大丈夫なんですか?」

 

「魔法力不足気味ではあるがな・・・それは?」

 

 シーナの質問に答えつつ、神崎は彼女の両手を見る。

 昨日は戦闘と雪掻きで食事にありつけず、なおかつ魔力不足の状態。神崎の胃は猛烈に空腹を訴えていた。そのことを知ってか知らずか、シーナは飯盒と籠を掲げてみせる。

 

「少尉の食事です。食事の時間には間に合いそうにないと思いまして」

 

「・・・そうか。すまん、助かる」

 

「いえ、お気になさらず。・・・少尉が倒れた原因は私たちあるような物ですし・・・」

 

 ボソボソとシーナが最後に小声で言った言葉を聞き取れず、神崎は首を傾げた。

 

「何か言ったか・・・?」

 

「い、いえ。この食事は島岡さんの分もあるので・・・」

 

「そういえば、シンは・・・」

 

「シン?えっと、確かに島岡さんは・・・」

 

 シーナが島岡の居場所を神崎に伝えようとすると、エンジン音が更に大きくなった。どうやら着陸するつもりらしく、地面に接近している。零戦によって生み出される強風に煽られて身を竦める2人を余所に、零戦は滑らかに滑走路に着陸する。滑走路を走っていく零戦を眺め、神崎はポツリと言った。

 

「シンは帰ってきたな。・・・飯にしよう」

 

「え!?な、なんで島岡さんが戦闘機を操縦していることが分かってるんですか!?」

 

 シーナは驚いていたが、神崎にとっては簡単なことだった。

 

「別に難しいことではない。・・・この国で零戦を携える操縦者など島岡ぐらいだろう。むしろ・・・シン以外が操縦する零戦がこの国にある訳がない」

 

「ま、まぁ確かにそうですけど」

 

「それに・・・」

 

「そ、それに?」

 

「飛び方で分かる」

 

 伊達に長年相棒をしている訳ではないと神崎が少し自慢げにシーナを見るも、シーナはあまり理解できないようで困ったように眉を八の字にしていた。出会ったまだ数日だが、何度も見たその表情に神崎はフッと笑ってしまう。笑われたシーナは更に困った表情になった。

 

「・・・どうかしました?」

 

「いや・・・。食事を格納庫に運ぶぞ、こっちに渡してくれ」

 

「い、いえ。私が運びます。一応、そこまでが仕事なので」

 

「そうか・・・。頼む」

 

 格納庫は宿舎と同じように雪の中に埋まっていた為か、どこか埃っぽく隅に工具や機材類がまとまって置かれているだけだった。かろうじて、電気は通っているので、天井では幾つかの照明が瞬いていた。シーナはテーブルの上に飯盒と籠を置くと、飯盒の蓋を開けて顔をしかめた。

 

「やっぱり冷めちゃってますね」

 

 中に入っていたのはスープのようだが、保温状態の悪い飯盒では冷めてしまうのは当然だろう。神崎としても冷たいスープを口にしたくないので、右手を差し出した。

 

「・・・ちょっと貸してみろ」

 

「?はい」

 

 いきなりの神崎の申し出にシーナは不思議そうにしながら飯盒を差し出す。神崎は飯盒を掌に乗せると魔法力を僅かに集めた。神崎からオオカミの耳と尻尾が生え、掌の魔法力が熱を帯びる。瞬く間に飯盒から湯気がたち始めるので、すぐに魔法力を引っ込め飯盒をテーブルに置いた。

 

「まぁこんなもんだ」

 

「へぇ・・・。少尉の魔法って便利ですね。あ、このカップ使って下さい。あと、パンもどうぞ」

 

 シーナが籠から取り出したカップやパンを受け取ると、スープを注いだカップに口をつけた。

 ・・・が、それも格納庫に響き渡った声で中断されてしまう。

 

「今、神崎くんの魔法力を感じたんだけど!?そんなに久しぶりな気はあまりしないけど、さぁ、君の魔法力を感じさせてくれ!!」

 

「おい、ゲン!変態野郎がそっちに行ったぞ!!」

 

「え!?なに!?」

 

「・・・はぁ」

 

 お前は本当に技術者なのかと疑いたくなるような身のこなしで接近してくる変態野郎に、それを止めよう追いかける島岡、状況が全く理解できないシーナ。神崎はため息を吐くと、カップをテーブルに置いて席を立ち食事を守りべくテーブルから距離を取った。そこに飛びかかってくる変態。

 

「魔法力!魔法力!!魔法力!!!」

 

「・・・フンッ」

 

 風に流れる柳の如く。手で押される暖簾の如く。

 神崎は血走った目で抱きついてくる変態・・・もとい鷹守を冷たく一瞥すると、スルリとすり抜けるように身を避わした。ついでに足を引っかけてバランスを崩させるのも忘れない。

 

「あ・・・」

 

 間抜けた声をあげて盛大に地面に転がる鷹守。その様に更に冷たい視線を浴びせると、飛行服姿の島岡が息咳切ってやってきた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・。クソッ、あいつ本当に技術屋かよ。特殊部隊とかに転属すりゃいいんじゃねぇのか!?」

 

「・・・はぁ、まあいい。飯にしよう。・・・お前の分もあるらしい」

 

「よっしゃあ。やっぱ飛ぶと腹ぁ減るよなぁ」

 

 まるで何も無かったようにテーブルに向かう2人。地面に転がったまま、変な呻き声を漏らす鷹守。

 

「・・・え?結局なんなの、この状況は?」

 

 事の顛末をずっと見ていたシーナだけはその場に立ち尽くし、一言ポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で・・・。なぜ大尉がここに?」

 

 スープとパンの簡単な食事ーーー稲垣の手料理を食べ慣れていた神崎と島岡には大味だったがーーーを済ませて一息ついた神崎は、ジロリとテーブルの右斜め前を睨みつけた。そこにはいつの間にか復活し、ちゃっかり自分の分のスープを確保している鷹守の姿が。先程派手に転んだはずなのだが、若干掛けている眼鏡が歪んでいるだけで、怪我一つ無かった。

 

「いやぁ、色々あって早くこっちに来たくてね」

 

 鷹守は憎らしくなるほどのいい笑顔で言う。そんな彼に、隣に座りスープをチビチビと飲んでいた島岡が「チッ・・・」と露骨に舌打ちした。何か気にくわないことがあったのか、相当ご立腹のようだった。神崎が問うような視線を向けると、カップを置いて話し始めた。

 

「朝3時に叩き起こされて、ヘルシンキまで行かされたんだよ。まぁ、零戦運べって言われりゃ、文句なんて無ぇよ?」

 

 けどな・・・と島岡は額に青筋を浮かべた。

 

「俺の機体が勝手に改造されてんだよ!!塗装を変えたのは、まぁ百歩譲って許せるけど、なんで勝手に複座型になってんだよ!!!」

 

 他人が自分の機体に触れるのを極端に嫌い、自分の搭乗機に強い愛着を持つ島岡だ。整備ならまだしも本人の了承も得ずに勝手に改造するなど、逆鱗を触れるどころの騒ぎではないだろう。

 

「だって、僕が乗れないじゃない」

 

「お前も他の整備兵と一緒に陸路で来りぁよかったろ!」

 

「時間がかかるじゃないか。それに元に戻すのは簡単だよ?」

 

「そういう問題じゃねぇよ!!」

 

 島岡は怒り心頭のようで飛行帽の上からガシガシと強く頭を掻く一方、鷹守は相変わらずのニコニコ顔。神崎も頭が痛くなり、何度目かの溜息を吐く。

ちょうどその時、袖を引っ張られた。見れば、シーナが不安そうな目でこちらを見ており、向かいの二人には聞こえないぐらいの小さな声で尋ねてきた。

 

「あの・・・。あの眼鏡の人って大尉ですよね?あんな事言って大丈夫なんですか?」

 

 普通に考えれば、島岡も言動は上官侮辱罪で軍法会議だろう。シーナが不安になるのも当然だった。神崎は左右に首を振り言った。

 

「本人曰く、大尉と言っても民間企業からの出向だから、階級は気にしないでくれと言っている。了承を得ているから問題ないと思うが・・・」

 

「そうなんですか?」

 

 シーナが疑いの目で前を向くが、島岡が鷹守にヘッドロックを掛けているのを見て、少し納得したようだった。

 

 

 

 

 

食事を終えて、まず最初に行ったことは滑走路にある零戦を格納庫に運び入れることだった。本来ならば牽引車を使用するところだが、ここにはそんなものはない。そこでお呼びがかかったのが、神崎とシーナだった。魔法力を使えば自重より遙かに重い物を運ぶことが出来る。島岡もそこは渋々とではあるが了承。食事を終えて魔法力を回復させた神崎と陸戦魔女(ウィッチ)のシーナによって両翼を押されて思いの外簡単に零戦は格納庫に入った。

 

「で、結局腹に抱えてきたやつは何だったんだよ?」

 

 零戦を格納庫内で固定するや否や、誘導員の真似事をしていた島岡はいきなり尋ねた。先程地上から見えた円柱状の物である。それを聞いて、神崎は屈んで零戦の腹にあるそれを見てみた。爆弾ではないのは一目瞭然だったが、零戦の半分ぐらいの長さを持つそれがより一層分からなくなった。島岡曰く中途半端な重量があり操縦し辛かったとのこと。

 

「とても良い物さ。じゃあ、神崎くん、ヘイヘくん、取り外すから両端を持っててくれる?島岡くん、投下レバーを引いて」

 

 鷹守の指示のもと3人が位置につく。

 ちなみにだが、食事中に鷹守とシーナは挨拶を済ませていた。シーナの魔法力に暴走しかけた鷹守を、神崎と島岡が力ずくで抑え込んだのはまた別の話である。

 神崎とシーナは零戦の下に潜り込まなければならず、姿勢も低くなってしまうのだが、そこは黙って我慢した。

 

「外すぞ~」

 

 島岡の気の抜けた合図と共に、ガコンッと円柱が外れる。魔法力によって強化された二人の身には大して苦でもないが、ただバランスを崩して取り落とさないよう慎重に運び出し、そっと床に置く。開けた場所で改めて見てみると、上部部分が展開できるようカバー状になっているのが分かった。

 

「ひっくり返らないようにしっかりと押さえててよ~」

 

 いくつかの工具を握った鷹守が鼻息混じりに作業を始める。ふざけた態度とは裏腹に、作業の手際恐ろしく素早く、流れるような動作であっという間にカバーを取り外してしまった。円柱の中身が露わになった時、神崎の目は思わず見開かれ、口には小さな笑みを浮かべた。

 見慣れた滑らかで美しい曲線の形状に、磨き上げたような白の塗装。翼に描かれた赤地に黒の三日月がよく映えていた。

 ニヤニヤした笑みをより一層深くした鷹守が言う。

 

「君がブリタニアまで使っていた零式艦上戦闘脚だよ。消耗していた部品と傷ついた外装を交換して、あとは応急処置だけど冷却装置を増設しておいたよ。少し重くなっちゃったけど、計算上ではバランスは崩れてない・・・はず」

 

 鷹守の説明を聞きつつ、神崎は零式艦上戦闘脚に触れた。よく見ればユニットの長さが延長されており、その部分の塗装が若干薄まっているのが見てとれる。

 神崎の魔力特性を理解しているからこその改造なのだろう。

 僅かの時間でここまでの改造を施すとは、鷹守の性格、言動、行動こそ変態的だが、技術者としての腕は驚異的だった。

 

「一応、燃料は満タン。追加は後からくる部下達が運んでくるよ。武器と弾薬もね。ま、テストを兼ねて一度飛んでみたらいいよ」

 

「・・・ユーティライネン大尉の許可は?」

 

「貰ってない・・・けど、別に大丈夫だと思うよ?だって、ここら辺味方の部隊は飛んでないらしいじゃない」

 

「それはそうだが・・・」

 

 神崎としても飛べるならすぐにでも飛んでみたいのだ。だが、許可も無しに飛ぶことはどうにも気が引けた。しかもユニットケージといった補助装置もない。

 どうするべきか・・・と迷う神崎と飛んでしまえと囃したてる鷹守。そんな二人に、興味深げに零式を見ていたシーナが、ハッと何かを思い出して言った。

 

「そういえば、隊長はいつでも飛んでいいって言ってましたよ。『私には飛行機のことなんて分からないから任せる』だそうです」

 

「じゃあ、問題ないね!ユニットケージは無くてもエナーシャ使えば起動するから大丈夫!」

 

「せっかく持って来たんだから飛んじまえよ」

 

「む・・・」

 

 鷹守と島岡が背中を押すようにニコニコしながら言う。神崎は戸惑いつつも、その言葉に押されるようにして零式に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはあっという間だった。

 コート類を脱いで、第二種軍装姿のなった神崎は高めの台座に座り、両足に装着した零式をそれぞれ島岡と鷹守がエナーシャ(起動用のクランク棒で海軍ではそう呼んでいる)を回して魔導エンジンを起動させる。

 同時に、神崎も魔法力を発動。オオカミの耳と尾が現れると共に、魔法力が注ぎ込まれ、エンジンに火が灯った。

 耳慣れたエンジン音が神崎の気分を否応無く高揚させる。

 沸き立つ心に赴くままに格納庫から出た。目の前には滑走路が続いている。早く飛びたいというはやる気持ちを抑えて、神崎はポケットからインカムを取り出し、耳に付けた。

 

『天気は、雲が出ているけど、良好。雪は無し。しばらくは崩れないから心行くまで飛び回ればいいよ』

 

 無線機を持ってきていたのか、インカムから鷹守の明るい声が響く。いつもは迷惑ばかりかけて苦労させられる鷹守だが、今は彼に感謝しつつ加速を始めた。

 一段と大きくなるエンジン音、流れていく風景。

 Gを心地よく感じつつ、神崎は一気に舞い上がった。

 水分はすぐに凍りついてしまう程のキンッと冷えた空気のはずが、防寒着を着ていないにも関わらず神崎には苦ではなかった。熱を持つ神崎特有の魔法力を発動したことにより、体に熱を纏うことになるからだ。

 

(まさか、俺の魔力にこんな恩恵があったとは・・・)

 

 アフリカでは熱暴走の原因となる悩みの種だったが・・・と、神崎は感慨深げに思った。

 そして、その思いを噛みしめつつ、新しく冷却装置が増設された零式のバランスと性能を確認すべく、簡単な戦闘機動を始めた。エルロンロール、シャンデル、インメルマンターン等々、様々な機動を行って神崎は唸った。

 

(・・・全く違和感が無い)

 

 増設された冷却装置の分重量が増しているはずなのだが、以前と全く同じように扱う事が出来た。おそらくバランス調整が完璧に為されているからなのだろうが、口で言うほど簡単ではない。気の遠くなるような緻密な計算があってこその代物だ。

 鷹守の技術者としての腕は確かに天才的だった。

 

「なら、存分に楽しもう」

 

 たった数日振りなのだが、空を飛べるのはこんなに楽しい。神崎は自分が空にいることを確認するように、冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと、再び戦闘機動を始めた。無意識の鼻歌と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・フンフンフン・・・フンフンフンフン・・・』

 

「うん?」

 

 部下と一緒に塹壕の修復作業をしていたアウロラは、インカムから聞こえた歌のような音にふと手を止めて、顔を上げた。周りを見てもスコップで地面を掘る作業音や雑談が聞こえるぐらいで歌っている者などいない。

 

「空耳か?」

 

 アウロラが首を捻って作業に戻ろうとした時、上空で何かがキラリと光った。スコップを地面に突き刺し、手をかざして空を睨む。

 

「なるほど・・・あれが魔法使い(ウィザード)か。面白いな」

 

 ストライカーユニットを装着している神崎の姿を眺め、アウロラはニヤリと笑った。話よりも、やはり実際に飛んでいる姿を見なければ確信は持てない。そう、こういうのを・・・

 

「百聞は一見に如かず・・・ですかね?隊長」

 

「ああ、確か扶桑の言葉だったか・・・」

 

 近くに居た男性兵士、古参の軍曹の言葉にアウロラは素直に頷いた。

 ヤッコ・ウロネン曹長。

 年齢は30代前半といったところで、厚着の為に着膨れしていた。

彼は第一次ネウロイ侵攻を経験した叩き上げで、陸戦魔女(ウィッチ)と共にネウロイと戦う歩兵中隊の最先任である。昔から兵長としてアウロラが率いていた部隊に所属していた。彼が扶桑の諺を知っていたのも、第一次ネウロイ侵攻で扶桑から来た航空魔女(ウィッチ)が活躍し、扶桑の言葉がスオムス軍内で流行った名残である。

 二人して空を飛ぶ神崎を眺めていたが、ふとアウロラは隣のヤッコを見て言った。

 

「実際の所、あいつをどう思う?」

 

「羨ましい・・・というのが素直な感想ですかね」

 

 ヤッコはふぅと白い息を吐いた。何度も共に戦ってきた仲で、二人の間に礼儀はあれど堅苦しい雰囲気はなかった。

 

「男はネウロイ相手だと足止め程度にしかなりませんし、それにも多くの犠牲が必要となります。自分より半分の年齢の魔女(ウィッチ)が戦うのを見て歯痒く思わなかったことはないです」

 

 ですが・・・とヤッコは空を見上げた。零式から一筋の雲が伸びている。

 

「あいつは、ネウロイと対等に戦える。本当に羨ましいですよ。嫉妬してしまう程に」

 

「男の嫉妬は見苦しいぞ?」

 

 冗談めいたアウロラの言葉にヤッコは苦笑いを浮かべた。

 

「分かってますよ。だから私は自分の仕事を全力でやるんです。それが隊長達の助けになるなら、なおさら」

 

「嬉しいこと言ってくれる。今度、飲もう」

 

「勘弁してください。隊長と飲むと、潰れて更に潰れてしまうんですから・・・」

 

 二人は気さくに話し、そしてそれぞれの仕事に戻っていった。アウロラから離れたヤッコはもう一度空を見上げ、呟いた。

 

「だから・・・頑張ってくれよ?魔法使い(ウィザード)さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈んだ頃に、鷹守の部下である整備兵等が大量の資材と共に到着した。

 

「皆、お疲れ~!じゃあ、格納庫に運んどいてね~!あ、宿舎は格納庫の隣ね」

 

 鷹守は元気よく声をかけるが、頷くだけで整備兵等は疲れたのか一様に寡黙だった。いや、それとも元々皆そういう性格なのか・・・。

 

「あれがお二人の機体整備をする整備兵ですか?」

 

「そうらしい・・・が」

 

「なんか雰囲気異質じゃね?」

 

 格納庫の扉で脇で搬入作業を見守っていた神崎、島岡、シーナの三人は好き勝手に会話していたが、その中に鷹守が朗らかに入ってきた。

 

「いや~やっと皆着いたね~。燃料と弾薬の補給も来たし、明日からバンバン飛べるね!やったね、神崎君!飛行時間が増えるよ!」

 

「止めろ・・・」

 

 なぜこんなにもハイテンションなのかとうんざりしつつ神崎は返事をする。そんな神崎の隣から島岡は尋ねた。

 

「この人達ってブリタニアでの部下?」

 

「まあね!色んな基地にいたんだけど、掻き集めて来たんだよ」

 

「掻き集めた?」

 

 シーナは不思議そうにしていたが、鷹守は気にせず言葉を続けた。

 

「ま、皆腕前はいいから!期待していていいよ!」

 

 鷹守の声が響き渡るが、黙々と作業する整備兵達がいる格納庫にはどこか虚しかった。




アルンヘムの橋まで一ヶ月切りましたね
次はいよいよTVシリーズかな?

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