ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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ついにイベントの開催が決定しましたね!
これは予約せざるを得ない!
また今年もスト魔女熱が熱くなりそうです

少し章を変更しました
流石にスオムスに行かなすぎる(笑)

感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどよろしくお願いします!

ではどうぞ


第三十三話

 

 ミーナがやって来る前に、神崎と島岡は坂本に連れられて別の建物に入った。そこも扶桑皇国海軍が借りているらしく、ちらほらの扶桑軍人の姿が見受けられた。

 

「騒がしくて悪かったな。少しこの部屋でくつろいでいてくれ」

 

 二人は坂本に促されるままに一室に入り、設置されたソファに座る。坂本自身も二人の向かいのソファに座った。

 

「いつもあんな事故が起こるのか?」

 

 神崎は腰に差してあった炎羅(えんら)を自身の隣に立て掛けながら尋ねた。

 

「奴とはそれなりの付き合いだが、規模の大小を考えなければ数え切れないな。先週も同じような事故を起こしたよ」

 

「・・・よく死なないっすね」

 

「・・・いや、それよりもよく処罰されないな。それだけ事故を起こしているのに関わらず・・・」

 

 二人の半ば呆れた言葉に坂本は笑って同意した。

 

「ハッハッハ!確かにそうだな!だが、奴の技術者、開発者としての腕は相当なものだ。既に多くの成果を残している。幾ら事故を起こしてもお釣りが出る程のな」

 

「どんな成果を?」

 

「零式艦上戦闘脚だ」

 

 神崎は嘘かと思い目を丸くするが、坂本の顔は冗談を言っているようには思えなかった。

 

「まさか・・・。零式は宮藤博士が開発したはず・・・」

 

「あぁ、確かにそうだ。だが、零式は完成こそしたものの、構造上の脆さが一際目立っていた。最悪空中分解もあり得る程に」

 

 坂本は一旦そこで間を置くと話を続けた。

 

「不幸にも宮藤博士は完成した直後に亡くなってしまった。博士の跡を継いで完全な形に、脆さを克服し今私達が使っている形へと仕上げたのが奴、鷹守勝己という訳だ。今も、私やゲンの戦闘データを元に改良を続けているんだぞ」

 

 一応これは機密扱いになっているから内密にな・・・と坂本は口に人差し指を立てる。島岡は頷いて感心したように言った。

 

「俺が言うのもなんですけど、若いのにすごいっすね」

 

「それは奴の能力のおかげだろうな」

 

 何か含みを持たせた坂本の物言いに神崎は首を傾げた。

 

「能力・・・?」

 

「いや、性癖とでも言うべきか?まぁともかく、実はその能力のせいで奴が零式を完成させたことが機密になっているのだが・・・。まぁ、遅かれ早かれお前たちも知ることだしな。奴はな・・・」

 

 坂本が声を潜めた丁度その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「いやぁ、待たせて悪かったね!思いの他ミーナ少佐のお説教が長くてね。お詫びにお菓子持ってきたけど食べるかい?」

 

 ブリタニアのお菓子なのかカラフルな箱を抱えた鷹守のいきなりの登場に、神崎と島岡は驚き、坂本も思わず口を閉じた。そんな三人を全く意に介さず、鷹守は坂本の隣に腰をおろすと持っていた箱の開封にかかった。

 

「これは僕のお気に入りの店が販売しているクッキーでね。いやはや職業柄か、糖分とカフェインは必需品なんだけど、生憎僕は紅茶の淹れ方は下手でねぇ。一応、道具ならどこかそこら辺に・・・」

 

 つらつらの話しながら手を動かす鷹守を神崎はじっと見た。

 髪は茶色かかっており伸ばしっ放しにしているのか無造作に後ろで束ねていた。先程ひび割れていた眼鏡は新しい物に替わっていたが、その下の目は若干赤く充血しており、隈も窺えた。白衣の下の体は細くいかにも技術者然としていた。

 

「んん!鷹守、まずはしっかりと挨拶を済ませた方がいいのではないか?」

 

「ん?そうかな?じゃあ改めて・・・」

 

 坂本が咳払いと共に言われ鷹守は手を止めて二人に向き直った。

 

「改めて、鷹守勝己だ。さっきは汚い格好ですまなかったね。よろしく」

 

 そう言うと笑みを浮かべて神崎に向かって手を差し出す。神崎は特に疑問を抱くことなく、その手を握り返した。

 横で坂本が血相を変えたのに気付かすに・・・。

 

「神崎玄太郎です。よろしくお願いします」

 

 そう言って神崎は手を放そうとするが、鷹守は手を放さなかった。

 

「うん。とてもいい魔法力を持っているね」

 

 鷹守は笑みをより一層深めながら握っている手に更に力を込めてくる。神崎が嫌な予感を感じるの同時に坂本が声をあげた。

 

「鷹守!お前はまた・・・!」

 

「うん・・・熱いね・・・。これは固有魔法が炎だからかな?火傷してしまいそうだよ」

 

 鷹守がブツブツと呟き始めると、笑みがふっと消え、目が据わり始めた。神崎は本格的に危機感を感じ始め身を硬くした。まるで鷹守に握られた右手から魔法力を吸い尽くされてしまいそうな感覚に、立て掛けておいた炎羅(えんら)に向かってそっと左手を伸ばす。

 

 

「だが、まだ本気じゃないね・・・。ハァハァ・・・。君のはそんな物じゃないだろう・・・?さぁ・・・もっと感じさせてくれ!!君の魔法力を・・・!!!」

「・・・ッ!?」

 

「止めんかぁあ!!!」

 

「ヘボォア!!!」

 

 血走った目で鷹守が叫び声をあげるのと同時についに坂本が動き、振り抜かれた彼女の拳が鷹守の頬を見事に捉えた。鷹守は神崎の手を放しソファの後ろに吹き飛ばされる。ソファの後ろから情けない声が漏れた。

 

「痛たたぁ・・・。少しは手加減してくれないのかい?」

 

「変態に手加減など一切無用!」

 

「でも、君の拳から魔法力を感じられた僕は満足さ」

 

「・・・っ、救いようが無いな!」

 

 坂本はソファの後ろを一通り怒鳴りつけると、疲れたように溜息を吐いた。

 

「はぁ・・・。いや、すまないな、ゲン。奴はいつもああでな・・・」

 

「俺は大丈夫だが・・・今のはいったい?」

 

「ていうか、あんなに殴り飛ばして大丈夫なんすか?」

 

 口では大丈夫とは言いつつもちゃっかり炎羅(えんら)を放していない神崎は警戒感を滲ませながらソファの後ろへ視線を向け、島岡は逆に心配そうな視線を向けた。坂本はふんっと鼻を鳴らした。

 

「奴はこのくらいじゃなんとも無い。それと、今のが奴の才能だ」

 

「・・・・・・変態なのが?」

 

「あはは・・・酷い言われ様だねぇ。でもちょっと違うかな?」

 

 そうこうしている内に、坂本の拳から回復した鷹守がソファの後ろからひょっこり現れた。殴られた頬は赤く腫れているが、本人は大して気にしていない様子だ。

 

「僕はね、魔法力を『感じる』ことができるんだ。いや『感じる』というより『解る』と言った方が正しいかな?」

 

 曰く、魔法力の性質や魔女(ウィッチ)の魔法力量、固有魔法を解析すること出来るとのこと。神崎は彼が先程ブツブツと言っていた内容を思い出した。

 

「だから、熱いと?」

 

「そう。君の魔法力の性質はよく分かったよ。魔法力が熱を持つのはストライカーユニットにはちょっと難儀な性質だね。でも、大した魔法力量だ」

 

 笑顔で的確に神崎の魔法力を指摘する鷹守に神崎は驚きを隠せなかった。

 

「こいつはこの能力のおかげで魔法力に精通している。怖いぐらいにな。その結果、魔女(ウィッチ)に対して親身な開発ができる。零式艦上戦闘脚の構造的な脆さを克服できたのもそのお陰だ」

 

「だから、あんな魔導針が開発できたのか・・・」

 

 以前、アフリカで試験運用した『鷹守式魔導針』。彼の名を聞いた時から大体予想していたが、今の話を聞いて確信を持った。鷹守は満足そうに頷いた。

 

「そうだよ。君の運用データはとても役に立った。今は本国の研究所で改良中だけどね」

 

「確かに。あの魔導針はとても魔女(ウィッチ)に寄り添った設計だった・・・」

 

 神崎は過度とも捉えられる程の緊急用の装置の数々を思い出した。もっとも、実際に使用したのは魔女(ウィッチ)ではなく魔法使い(ウィザード)だったが・・・。

 

「では、さっきの変態的な行動は?」

 

 炎羅(えんら)を持つ左手に力を込めながら神崎は言ったのだが、鷹守は全く気付かず表情を輝かして答えた。

 

「僕はね!この能力関係なく魔法力が大好きなんだ!!そう大好きなんだ!!!さっきみたいに魔法力を感じちゃうとどうしても興奮を抑えられなくてね!」

 

「は、はぁ・・・」

 

 でも魔法力だからしかたないよね!?と鼻息荒く言う鷹守に神崎はたじろぐ。坂本は虫でも見るような目で鷹守を一瞥すると、諦めきった声で言った。

 

「こいつは魔女(ウィッチ)を見たら、そいつの魔法力を感じずにはいられないんだ。この前など、初対面のミーナにお前と同じように握手して、あろうことか抱きついたんだ。ミーナは今でもこいつを目の敵にしている」

 

「なんて事を・・・」

 

 あまりの所業に神崎は絶句してしまった。だから先程の爆発の時にミーナがやってきたのだろう。当の本人は全く気にしていないようだが、銃殺刑になってもおかしくない。

 

「銃殺が怖くて魔法力を愛することなどできないね」

 

「やかましい。私がどれだけ苦労したと思っているんだ。外交問題にまで発展しかけたんだぞ。そんなだから、お前が零式を完成させたことも機密扱いになっているんだ」

 

「まさか・・・」

 

「そのまさかだ。能力ゆえの安全の確保の為ということもあるが、こんな変態を世界に発表してしまえば扶桑皇国海軍、いや扶桑最大の恥になってしまう・・・とな」

 

「その分、しっかりと技術面で貢献しているけどね」

 

「なお性質が悪い!」

 

「・・・なんつうか世界って広ぇな」

 

「・・・そうだな」

 

 ちゃっかりクッキーを摘んでいた島岡がぼそりと言った言葉に、神崎はただ同意することしかできなかったが、話を進めることにした。

 

「それで坂本。なぜ、俺を鷹守大尉に会わせたんだ?」

 

「ああ、そうだったな。順を追って説明しよう」

 

 コホンッと1つ咳払いをして坂本は真剣な表情になった。雰囲気が変わり、神崎も島岡も自然と姿勢を正す。

 

「神崎玄太郎少尉及び島岡信介特務少尉はスオムスに出向することになるが、その際に鷹守勝己技術大尉の班長とした整備班が同行することになった」

 

「整備班・・・ですか?」

 

 先程の鷹守のことが余程堪えたのか神崎の問いかけには嫌そうな雰囲気が滲んでいた。

 しかし、それ相応の理由があるようで鷹守と坂本がそれぞれ答える。

 

「君のアフリカでの戦闘データから、君のストライカーユニットの故障は内部系統の方が多い。アフリカでは陸軍とはいえ同じ扶桑の軍が整備を担当してくれていたから内部機構の機密保全はなんとかなったけど今回はそうはいかないみたいでね」

 

「スオムスは扶桑皇国海軍の一部部隊がいるとはいえ、どうも不穏な気配が漂っている。情報は不確かだが、何かスオムス軍内で動きがあるようだ。その為、念には念を入れることになった」

 

 坂本の言葉を聞いた瞬間、神崎の脳裏にあの光景がちらついた。

 アフリカの商店街。

 襲撃、銃声、血、人間同士の殺し合い。

 

(俺がスオムスに出向することになったのは・・・まさか・・・)

 

 神崎の心中を察してか、島岡がチラリと視線を向ける。神崎は大丈夫だと示すように小さく頷いた。

 

「まぁ、そういう訳だ。こいつには十分気をつけてくれ」

 

「ひどいなぁ・・・中尉は」

 

 二人に様子を見て気を遣ったのか、はたまた全く気付かなかったのか、坂本は明るい口調で話を締めた。神崎と島岡は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 早朝のうちにスオムスへの出発準備はほぼ完了した。

 移動手段は飛行船。人員は神崎、島岡、鷹守、整備班員の計10名。すでに荷物の詰め込みは終わっており、最終的な飛行船の点検が終わるのを待つばかりの状態である。

 今にも雨が降りだしそうな空の下で、着々と点検を済ませていく飛行船。その間、神崎は飛行場に隣接された待機室で静かに目を閉じて座っていた。隣では島岡が暇をもて余して喋っている。

 

「あ~あ。観光とかしたかったなぁ」

 

「そうだな」

 

「ライーサに土産も買いたかった」

 

「そうだな」

 

「・・・同じ返事しかしてなくねぇか?」

 

「そうだな」

 

「おい、ゲン。何か、お前大丈夫か?」

 

「そうだな・・・何がだ?」

 

「それだよ、それ」

 

 薄らとだが目を開けた神崎を島岡が覗きこむ。

 島岡は少しの会話で神崎の様子が何処か変なことを見抜いていた。心此処に在らず、という感じで、何か思い悩んでいるように思えた。

 

「何かあったのか?」

 

「いや・・・大丈夫だ」

 

「全然そうは思えねぇんだけど?」

 

 神崎は何も答えず再び目を閉じる。脳裏には昨日の出来事が甦っていた。

 

 

 

 

 島岡や鷹守をはじめとした整備班が飛行船に貨物の積み込みをしている間、神崎は特に何もすることなく基地内をブラブラと散策していた。

 島岡の零式艦上戦闘機は分解した上で積み込まれるので彼はその立ち会いをしている。

 一方の神崎は、零式艦上戦闘脚と武装一式は特に分解する必要もなく、すぐに積み込まれた為に暇をもて余す結果になってしまったのだ。

 人気のない廊下を歩きながら、神崎はふと思った。

 

(そういえば・・・こうやって一人でいるのも久しぶりだな)

 

 いつもは島岡、彼がいなければマルセイユや加東が傍にいた。更に時間を遡ってみれば一人でいることが当たり前だったのに・・・そう考えれば少し可笑しかった。

 

「フ・・・」

 

 自嘲気味にほんの小さく笑って廊下を曲がる神崎。そこで、意外な人物と遭遇した。

 

「・・・ヴィルケ少佐」

 

「あら・・・神崎少尉」

 

 現れたのは書類を腕一杯抱えたミーナ。それほど辛くはないのだろうが、少し辟易しているのが分かる。

 神崎はミーナを見、書類の山を見、もう一度ミーナを見て言った。心の中の溜め息と共に。

 

「お手伝いしましょうか?」

 

 

 

 

 

「そこに置いてくれる?」

 

「分かりました」

 

 神崎はミーナが示した机の上に書類の束を崩れないようにそっと置いた。この部屋はミーナの執務室らしく、机の端には私物であろう本が数冊置いてあった。

 

「ありがとう、少尉」

 

「いえ、大したことはしてません」

 

 ミーナの言葉にポーカーフェイスで応える神崎だが、心中は早く立ち去りたかった。書類を運んでいる最中、背中にずっとミーナからあの氷のような視線をずっと浴びていたのだ。とはいっても彼女が何か話してくる訳でもないので、なお性質が悪かった。神崎は早々と立ち去ろうドアに脚を向けるが・・・。

 

「待って少尉。少し話したいことがあるの。美味しいコーヒーもあるし。そこに座って待ってて」

 

「・・・・・・はい」

 

 先手を打たれてしまった・・・。

 少し前の自分の行動を相当悔やみながら、神崎は促されるままに執務室に置かれたソファに座った。上等な椅子なのだろう。臀部から伝わる感触はフカフカだったが、それを楽しむ余裕などなく、所在無さげに目を泳がすしかなかった。

 だが、ある一点でその目がふと止まった。

 思わず立ち上がり、それに近づく。

 壁に沿って設置された棚。書類類が並べられているその中に、1つだけポツンと置かれた蓄音機。艶のある茶色の筐体に鈍い金色のホーン。年代物なのか所々に細かな傷があるが、丁寧に手入れされているのが見て取れた。

 神崎はそっと手を伸ばして、その側面を撫で、思った。

 懐かしい・・・と。

 まだ軍に入ったばかりの頃、魔法使い(ウィザード)としての厳しい訓練と慣れない軍隊生活、そして同僚の魔女(ウィッチ)達による数々の嫌がらせに心身ともにボロボロになった時。かすかに聞こえた音楽に誘われて辿り着いたあの部屋。

 開けたままの扉をくぐると、今目の前にある物と同じような蓄音機が机の上に置かれていた。それは当時全く知らなかった欧州の音楽を流していた。

 そして机に頬杖をついて目を閉じ、静かに耳を傾けている一人の女性仕官。その彼女はゆっくりと目を開けるとこちらを見て、そして・・・。

 

 

「少尉?どうしたの?」

 

「・・・いえ」

 

 過去の記憶を漂っていた神埼をミーナの声が呼び戻した。神崎は蓄音機に背を向けると既に座っているミーナの向かい側に腰を下ろす。

 

「どうぞ。おいしいわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 目の前に上官。加えて魔女(ウィッチ)。更に加えて先程から何故か突き刺さる冷たい視線。そんな状態でコーヒーを味わう余裕などある訳が無く、ポーカーフェイスで口はつけるも舌は何も感じなかった。

 

「ハルトマン中尉とバルクホルン大尉と話したみたいね」

 

「・・・はい」

 

 藪から棒のミーナの問いかけに、神崎は静かにコーヒーを置き答えた。

 

「ケンカしたのかしら?」

 

「ハンナ・・・いえ、マルセイユ中尉のことを悪く言われたので、つい言葉が強くなってしまいました。申し訳ありません」

 

「別に怒っている訳ではないのよ。顔をあげて」

 

 神崎が謝罪と共に頭を下げると、ミーナはやんわりと顔をあげる様に促した。

 

「バルクホルン大尉はカールスラントからの撤退戦の最中に色々あって、ちょっと情緒不安定気味なの。彼女も悪気があった訳じゃないの。私はその事を伝えたかったのよ」

 

「そうですか。分かりました」

 

「勿論、彼女だけが辛い経験をしている訳ではないのだけれど・・・」

 

「・・・」

 

 そう言うと、ミーナは目を伏せてじっとコーヒーカップを見つめ続けた。神崎は何も言えず、ただ黙ってもう一口コーヒーを啜った。

 どのくらい経ったか、ミーナは顔を上げると神崎に問いかけた。その目には強い決意の色があった。

 

「あなたは守りたい人がいる?」

 

「・・・います」

 

「私もよ。でも、守れなかった人達も沢山いるわ。だから・・・今度こそ守りたいの」

 

 ミーナの目は真剣だった。その口から紡がれる言葉も本気だった。

 

「私はあなたを坂本中尉に・・・美緒に近づかせたくない。あなたのような異分子は、えてして問題を起こしてしまう。本人が望むまいが・・・トブルクの市街戦がいい例ね。そして周りの人達を危険に晒す」

 

「・・・」

 

 今度は神崎が目を伏せる番だった。

 なぜミーナがトブルクでのことを知っているのか神崎には検討がつかない。しかし、この一言は神崎の心を深く穿った。

 カップの半ばまで減ったコーヒーは僅かな波紋を立て神埼の顔を映し出す。ポーカーフェイスを保っているはずなのに、映し出される顔は怒っているようにも泣いているようにも、諦めているようにも見えた。

 

「だからね・・・」

 

 聞こえてくるミーナの声はどこかあやふやだった。まるで夢の中にいるような・・・。そう悪夢の中に・・・。

 

「神崎玄太郎少尉・・・。あなたは・・・居てはいけない・・・いらないの」

 

『一匹狼はいらない』

 

 気が付けば神崎は最初の格納庫にいた。どうやってミーナの執務室から出て、ここまで来たのか全く覚えていなかった。

 丁度休憩時間と重なったのか、格納庫の中に人影はなく静まりかえっていた。その中を神崎はゆっくり歩きながら、零式艦上戦闘脚が収められたユニットケージに向かう。神崎は白い装甲に手を当て、その表面にある細かな傷の感触を確かめながら実感した。

 

あぁ、自分は異分子なんだ・・・と。

 

 自分を受け入れてくれた「アフリカ」というぬるま湯に浸かって忘れていた。

 結局自分は魔女(ウィッチ)の中にいる、場違いで、邪魔者で、疎まれる、魔法使い(ウィザード)・・・一匹狼。

 突きつけられた現実に零式艦上戦闘脚に添えられていた手はいつの間にか堅く握り締められていた。

 

 

 

 

「本当に大丈夫かよ?」

 

「・・・ああ」

 

 時は戻って待機室。

 神崎はやはり島岡に問いには生返事だった。そんな中、待機室に坂本が現れた。どうやら二人を見送りに来てくれたらしい。坂本は二人を見つけると足早に近づいてきた。

 

「二人ともスオムスでの武運を願っているぞ」

 

「ありがとうっす!」

 

「・・・ありがとう」

 

 元気よく返事をする島岡に対して、神崎の対応はやはり精彩を欠いてぎこちなかった。坂本も違和感を感じたのか首を傾げていたが、丁度その時、飛行船の最終点検が終わった旨が待機室に伝えられた。

 神崎が荷物を持ってスッと立ち上がる。島岡も慌てて自分の荷物を掴んだ。坂本は微笑んで二人を見送る。

 

「また会おう!」

 

「・・・ああ」

 

「坂本さんもお元気で!」

 

 坂本の言葉を背に滑走路に踏み出す二人。空は相変わらずどんよりと曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扶桑皇国、東京、霞ヶ関、海軍省

 

 

 

「という訳で、この案件は君に任せたいんだ」

 

 海軍省の中にある一室で北郷はおもむろに告げた。

 ソファに座りテーブルに置かれた湯飲みの茶には一切口をつけていない。顔は笑顔だが目は笑っていなかった。

 そんな北郷の向かい側に座る女性士官は平然とした表情で湯飲みを傾けていた。歳は北郷と同じぐらいか。階級章から中佐だと見て取れる。しかし、長い黒髪の北郷に対し、彼女は短髪しかも白髪だった。だが彼女には更に目を引くものがある。彼女の右目を隠す物・・・眼帯。しかも坂本のように魔眼を隠す物ではなく、本来の用途で用いられている無骨な造りの物だった。

 

「大佐のお話を聞く限り、私が行くしかないのでしょうね」

 

 彼女は湯のみを置くと静かに言った。北郷は安堵の表情を浮かべるとすぐに頭を下げた。

 

「すまない。また裏に回ってもらうことになる」

 

「気にしないで下さい。私にはそっちの方が性に合ってます」

 

 そう言うと彼女はソファから腰を上げ敬礼をする。

 

「才谷美樹中佐。『伊計画』及び『蛇』に参加します」

 

「うん。よろしく頼む」

 

 北郷もきれいな敬礼で答えると彼女は右に深いスリットの入ったスカートを翻し部屋から出て行った。

 

「成長した教え子に会えるかもしれませんしね」

 

 という言葉を残して。




次からやっとスオムスです、お楽しみに!

あと、最後に出てきた登場人物はアフリカの魔女の作者繋がりで登場させてみました。色々と変えてはいますが・・・

それでは~

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