ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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遅れてしまいました、すみません

今回も結構独自解釈が入っていますが、あしからず。


感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!




番外編4 砂漠の夜 後半

 

 

 夜間哨戒から帰還した神崎は眠気を圧し殺して格納庫へ直行し、魔導針の点検を要請した。目的は勿論あの不自然なノイズと作動の原因究明である。

 

「分かりました。すぐに始めます」

 

「よろしくお願いします」

 

 神崎から事情を聞いた整備兵の氷野曹長は二つ返事で作業に取りかかった。部下数名に指示を出しつつ、自身も工具を駆使して点検に入っていく。その動きには一切の迷いがない。

 

「少尉、ここは私達に任せて休んできてください」

 

「しかし・・・」

 

「夜間哨戒でお疲れでしょう?」

 

 氷野の申し出に神崎は少し考えた。

 慣れない夜間飛行の為に相当疲労が溜まっているのは事実。しかし、自分の命を預ける愛機を放っておくのは気が引けた。幸い、今日も夜間哨戒があるために日中の仕事は殆どない。

 ならば・・・

 

「いえ、大丈夫です。点検が終わるまで待ちます」

 

「分かりました。ですが、食事ぐらいは摂っていたほうがいいのでは?あちらに稲垣軍曹からの差し入れがあるのでよかったらどうぞ」

 

 氷野が指差す先、格納庫の隅に置かれたテーブルにはアルミの弁当箱と水筒が見てとれた。

 

「・・・では、お言葉に甘えて」

 

 神崎は氷野に一礼してテーブルへと向かった。椅子に座り弁当箱を開くと、そこには大きなお握りが二つ。それを見た瞬間、神崎のお腹がぐぅと鳴った。

 

(長時間飛んだんだ。腹が減るのは当たり前か)

 

 自分のお腹の音に苦笑すると、作ってくれた稲垣に感謝しつつお握りにかぶりついた。

 

 

 

 

 

 珍しく早起きしたマルセイユは欠伸をしながら格納庫へ向かっていた。と、いうのも昨日は酒を飲まなかったからだ。正確に言えば一緒に飲む者が誰も居ず、呑む気が失せたのだ。

 

「ケイはゲンタローが心配だから、ライーサはシンスケと一緒に居たいから。二人とも変わったなぁ・・・。やっぱり恋をしたからか?」

 

 愚痴りながらマルセイユは歩を進めた。彼女自身別に恋に興味がない訳ではない。だか、今は恋をすることよりも空を飛ぶことの方に夢中だった。

 

「まぁ、よく分からないのも本音だがな」

 

 独り呟くと頭を振ってから格納庫をくぐる。すでに扶桑の整備兵達が作業を始めていた。

 

「おはよう。皆、はやいな」

 

「おはようございます、中尉」

 

 声をかければ、彼らは作業の手を止めて応える。相変わらずの扶桑軍人の真面目さに苦笑しつつ、気にしないようにと手を振る。作業に戻った彼らを横目に、マルセイユは自分のストライカーユニットへと足を向けたが、彼らが整備しているユニットに目が止まった。

 

「ゲンタローは帰ってきたのか?」

 

「ええ。一時間程前でしょうか」

 

 零式を整備している氷野が手を休ませることなく答える。

 

「今、どこにいる?」

 

「あちらのテーブルの方に」

 

 氷野が示した方向へ向かうと、そこにはテーブルについている神崎の姿が。マルセイユは小走りで彼に近づいた。

 

「おおい、ゲンタロー!」

 

 大きめの声で彼の名を呼ぶがまったく反応しない。マルセイユは小首を傾げてさらに近づいた。

 

「ゲンタロー・・・?寝ていたのか」

 

 すぐそばに立つと神崎が小さく寝息をたてて寝ているのが分かった。食事中に限界がきたのだろう。手には食べかけのお握りがあった。滅多に見せることのない神崎の穏やかな寝顔を見られたことがマルセイユは無性に嬉しかった。

 

「しょうがない。寝かせておいてやるか」

 

 マルセイユはクルリときびすを返すと自分の愛機へと向かう。神崎の寝顔を見続けるのも悪くないが、やはり空を飛ぶ方が心惹かれる。

 

 

「まぁ、これは貰っていくぞ。朝食もまだだしな」

 

 悪戯っぽく笑うマルセイユの手には神崎が持っていたはずのお握りが。頬張って飲み込むと満足した表情で呟いた。

 

「おいしいな」

 

 彼女を満たしたのはお握りの味か、空腹を満たせた為か、それとも・・・。

 

 

 

 

 

「点検の結果、異常ありませんでした」

 

「・・・は?」

 

 氷野から告げられた言葉に神崎は思わず聞き返した。食事中に寝てしまってから一時間。持っていたお握りがいつの間にか無くなり不思議に思っていたが、そんなことはどこかに消えてしまった。

 

「・・・間違いないですか?」

 

 念を押す神崎に氷野は困ったように頭を掻いた。

 

「少なくとも私が確認した限りでは。ただ、この魔導針は試作品なので全く問題なしとは言い切れませんが・・・」

 

 申し訳なさそうな氷野の言葉に神崎は考えた。

 異常はあったのは事実。ならば、何度も点検もしくは後方に送り精密検査でもして原因を探るのが本来の筋だろう。

 だが、補給線を脅かす正体不明のネウロイをいち早く撃破しなければならない現在の状況で、夜間戦闘を可能にする唯一の術を使用不可能にするのは得策ではない。幸いと言っていいのかは分からないが、異常事態も戦闘に大きく影響するものでもない。ならば多少のことは目をつぶるしかないだろう。少なくとも今は。

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

「いえ。また何かあったらすぐに言ってください」

 

 氷野に礼を言い、格納庫を後にする。容赦ない日差しが神崎に襲いかかった。

 

(試作品だし、仕方ない・・・か。まぁ、何かあったら文句を書いた報告書を大量に送りつけてやる)

 

 手で日差しを遮りながら、心の中で密かに誓う神崎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導針の異常を抱えたまま、夜間哨戒は2日続いた。その間に、神崎は夜間飛行にある程度慣れ、魔導針の操作もそれなりに上達した。が、目的である中型ネウロイは依然として見つからずにいた。魔導針の異常と未だに捕捉できない敵。二つの不安要素と共に、神崎は任務に勤めた。

 そして、3日目。その日は強い風が吹き荒れ、とても飛行ができる状況ではなかった。

 

「疲れているな?」

 

「少しは慣れたが、まだ・・・な」

 

 マルセイユの天幕の中にあるバーカウンターで神崎とマルセイユは並んでグラスを傾けていた。窓の外では依然強風が吹き荒れている。その光景はさながら砂嵐ようだった。

 なぜ、二人がこうしているのか?

 それは、この天候で今日の夜間哨戒は中止となったからだ。暇をもて余すことになった神崎をマルセイユが飲みに誘い、今こうして席に座っていることになった。(加東が書類仕事を片付ける為に涙を飲んでこの席を欠席したのはまた別の話だ)

 神崎はオレンジジュースが注がれたーまだ飲酒には少し抵抗があったーをランプにかざし、マルセイユに話しかける。

 

「そう言うお前は最近暇そうだな?」

 

「ライーサはシンスケにベッタリ、ケイは書類との戦闘に付きっきり、ゲンタローは夜間哨戒。最近はいつもこれだ。誰も私に付き合っちゃくれない」

 

 マルセイユはショットグラスのブランデーを一気に煽ると、不貞腐れてカウンターに突っ伏した。すると、カウンターの向こう側に立つマティルダが空になったショットグラスにすかさず代わりのブランデーを注ぐ。その一連の動きを見ていた神崎は疑問を抱いた。

 

「マティルダとは飲まないのか?」

 

「マティルダは・・・」

 

「私は飲まない。鷲の使いを守らなくてはならないから」

 

 神崎の問にマティルダが間髪入れずに答え、答えを取られたマルセイユはやれやれと首を振っていた。どうやらいつも言っていることらしい。

 そんなことより・・・とマルセイユは神崎に身を乗り出した。

 

「まぁ、今日はゲンタローがいるんだ。久しぶりに話を肴にして飲みたい。夜間飛行の話をしてくれないか?」

 

「・・・つまらないかもしれんが?」

 

「それは私が決める」

 

 期待と挑発が入り雑じった視線を向けられ、神崎は肩をすくめた。

 

「じゃあ・・・何から話そうか・・・」

 

 神崎は少し考えるとゆっくりと話し始めた。

 夜の砂漠の冷たさと静けさ。

 魔導針を通して見える風景。

 ネウロイをなかなか見つけられない苛立ち。

 気がつけば様々な事を話していたが、マルセイユはどんな話でもニコニコと耳とグラスを傾けていた。どうやら肴程度にはなっているらしい。話が魔導針の愚痴になった時、何故かマルセイユが喰いついた。

 

「ノイズが走る?」

 

「ああ・・・。何か、抑揚のあるノイズではあるんだが・・・ 」

 

「ふぅん・・・」

 

 相槌を打つとそのままグラス片手に虚空を見つめ始めるマルセイユ。彼女が見つめている間に神崎はグラスを空にするが、それでも動きがない。

 

「・・・ハンナ?」

 

「ん?ああ、今ちょっと思い出していた」

 

 やああって、マルセイユはニヤリと笑いかけた。

 

「そのノイズはな、ゲンタロー。夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)達の会話だ」

 

「・・・は?」

 

 この突拍子のない言葉に神崎は呆れたような表情を浮かべる。マルセイユはそれに気付いていないのか、捲し立てるように言葉を続けた。

 

夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)達は魔導針の電波で独自の通信網を作っているらしい。方法は知らないが、どんなに離れていても会話が出来るんだ」

 

「・・・酔ったのか?」

 

「カールスラントの夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)から聞いたんだ。嘘じゃないぞ!」

 

 信じていないと明らかに分かる表情にムッとしたマルセイユをなだめつつ、神崎は思い返す。彼女の話が本当だとしても、あのノイズが会話だとは到底思えなかった。

 

「あぁ、後こんなことも言ってたな」

 

 マルセイユの得意げな声が神崎の意識を呼び戻す。

 

「夜間飛行は感覚が命らしい」

 

「それは昼も同じだろう?」

 

「私もそう言ったんだよ。だがそいつは『この感覚は私達にしか分からない。夜の闇を知っている者だけしかな』と言って笑っただけだった」

 

 マルセイユがグラスを置き、神崎の目を覗き込んで微笑んだ。

 

「ゲンタローは分かるかもな。この言葉の意味が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このマルセイユの言葉。

 その意味を神崎が知ることになったのは四日後のことだった。

 

 その日の夜も、神崎は夜間哨戒に赴いていた。

 

「魔導針は・・・今のところ問題なしか」

 

 しっかりと点検してくれた氷野を始めとした整備兵達に感謝しつつ、周囲を見渡す。アンテナから発信される電波のお陰で暗闇でもはっきり視認出来る中、神崎の目に一瞬月光を反射してキラリと光る物が写った。その方向へアンテナを向ければ、すぐに正体が分かる。

 

「・・・敵機発見。ケリドーン型、6機」

 

 神崎にとって視認ギリギリの距離であったのにも関わらず、魔導針はネウロイの形状まではっきりと読み取ってみせた。従来型に比べ半分の性能でもこれだ。神崎は魔導針の凄さに改めて関心しつつ、銃を構えた。目標の中型ネウロイではないが、見逃す訳にはいかない。どうやら、敵はまだこちらに気づいていないらしく、編隊を組んでゆっくりと飛行していた。今は魔導針を使用しているた戦闘。神崎な眼下のケリドーンの編隊を注視しつつ、再度魔導針の動作確認を行った。問題ない事を確認し、1つ深呼吸する。

 そして・・・急転直下、MG34を構えて逆落としを仕掛けた。敵との距離が急速に縮まっていくが、そこで神崎は疑問を抱いた。

 

(動きが・・・おかしい?)

 

 怯えるかのようにフラフラと飛行するケリドーン達。その様子はまるで・・・。

 

(・・・見えていない?それとも罠か?)

 

 僅かばかりの瞬巡。

 迷いを振り払い、神崎はケリドーンが射程に入るや否や引き金を引いた。MG34の圧倒的な発射速度で放たれる弾丸は豪雨のようにケリドーン編隊に降り注ぎ、貫いていく。

 果たして、3機のケリドーンが撃墜され、残りの3機は被弾しながらも編隊を崩して回避行動に入った。だが、その動きはひどく緩慢としている。神崎は残弾が僅かになった銃を左手に持ち替えると、腰に差す扶桑刀「炎羅(えんら)」に右手をかけた。体を捻らせ、1体のケリドーンの背後をとり、すぐさま引き金を引いて最後の一連射。銃撃を受けたケリドーンは胴体部分に直撃を喰らい、バラバラになりながら墜ちていく。それを尻目に神崎は弾切れの銃を背負いつつ、少し離れて飛行していたケリドーンに肉薄した。

 

「ッ・・・!!」

 

 気合の息を発しつつ、ケリドーンの腹を潜り抜けながら炎羅(えんら)を一閃。ケリドーンは胴体から真っ二つにされ、光の粒子となって散っていった。

 

(最後・・・!)

 

 既に位置は把握している。

 右斜め前方で最後のケリドーンはパニックを起こしたかのようにあらゆる方向へビームを撃っている。

 

(こちらの動きは分からないのか・・・。どうやら本当に見えていないようだな)

 

 偶然飛んできたビームを軽く回避しつつ、MG34の弾倉を替える。再び近くに飛んできたビームが神崎を赤く照らすが、構わず銃をしっかりと構えた。

 なぜ、まともに夜間飛行できないケリドーンが出てきたのかは分からないが、墜とすに越したことはない。狙いを定め、引き金に指をかける。

 が、引く直前であのノイズが走った。

 

「またか・・・!」

 

 神崎は思わず声に出して悪態をつき、顔をしかめて補助アンテナに触れる。

 気をそらしたその一瞬。

 狙っていたケリドーンが赤い光線に包まれた。

 

「ッ!?」

 

 ケリドーンを飲み込んだ光線は息を呑む神崎も包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビームが放たれたのは少し離れた雲の中からだった。その雲が揺らぎ始め、鈍角の二等辺三角形のようなネウロイが現れる。このネウロイこそ神崎が標的としていたモノだった。まるで勝者の余裕を醸し出すようにゆっくりと飛行していたが、その動きがピタリと止まった。ネウロイの視線(ネウロイに生物のような視覚があるかは疑問だが)の先には向かってくる魔法使い(ウィザード)

 ネウロイは不機嫌そうに嘶くと飛行速度を上げていった。

 

 

 

 

 目の前に迫り来る赤い閃光。

 全身に走る衝撃。

 真っ白に染まる視界。

 奇妙な浮遊感に全身に包まれる中で、神崎の途切れた意識は急速に回復した。

 重力に引っ張られる体を無理矢理動かし、再び持ち上げる。神崎はネウロイを視界に捕らえると、すばやく自身の状態を確認した。右脚のユニットは装甲が剥げて異音と振動が、アンテナは激しく点滅している。

 MG34を握る神崎の手は汗ばんでいった。

 

「やっと・・・か」

 

 今までまったく姿を現さなかった標的の中型ネウロイ。神崎は焦点の合わない目(・・・・・・・)で睨み付けた。

 

 

 

 ノイズに気をとられ、ケリドーンへの射撃を中断したのは不幸中の幸いだった。

 なぜなら、ギリギリのタイミングではあったが、身を砕くような衝撃と共にシールドでネウロイのビームを逸らすことができたのだから。

 だが、『不幸』中の幸いであったことには変わりない。

 逸らしたビームが、そのタイミング故にシールドの角度がずれ、右脚ユニットを掠めたのだ。ビームがユニットを焼き、内部機構に損傷を与える。その先が、こともあろうに魔導針だった。損傷により魔導針は暴走状態に陥り、最適化されていた電波の出力を狂わせてしまった。

 結果、最大出力の魔法力が送り込まれてしまい、神崎の視界を奪う程に明るくなってしまったのだ。さながら、照明弾を目の前で爆発させたように。これは網膜が読み取る現実の光ではない。

 しかし、それを感じた神崎の脳にとっては、ビームを逸らした時の衝撃と相まって、一瞬とはいえ意識を刈り取るには十分すぎるものだった。神崎は墜落中に目を覚まし今に至る。

 

 

 

 まるで古ぼけた映写機の映像を見ているようだ。頻繁に映像が乱れ、激しく明暗が変化する。今の神崎の視界の状況だ。

 

 鷹守式魔導針には通常の航空魔女(ウィッチ)が使用することを目的としている為、緊急時における装置がいくつか搭載されている。その一つに視界を最小限確保する為の物が補助アンテナにある。そのお陰で、神崎の視界が真っ白に染まる事はなくなったが、その代わりに今の状況となってしまった。

 ネウロイの位置が細かく動き、狙いを定めることができない。神崎はネウロイの対角線上を飛びながら歯噛みした。

 ネウロイが動いている訳ではない。

 乱れた電波がそう神崎に見せているだけ。

 だが、そのせいでネウロイ以外の物も細かく動き、普通に飛ぶことさえ億劫だった。

 汗が止まらない。

 呼吸も荒い。

 暴走した魔導針が魔法力を大量に消費しているせいだ。

 

「畜生・・・!」

 

 零れでた悪態と共に、神崎は半ばヤケクソ気味に、ろくに狙いもせず引き金を引く。そんな状態で放たれた弾丸など当たる訳もなく、逆に反撃のビームを見舞われた。シールドを張って防ぐが・・・。

 

「ッ・・・!?」

 

 防いだビームが分散し、神崎の頬を焦がした。ビームの射線を見誤り、シールドの中心ではなく、端の方で受け止めてしまったせいだ。予想だにしなかった手応えと痛みに神崎は思わず息を呑む。

 ここが攻め時だと判断したのだろう。

 ネウロイは神崎に反撃する暇を与えず、旋回しながら矢継ぎ早にビームを撃ってくる。神崎はフラフラと飛行しながらシールドを張ることしかできず、しかし防ぐたびに防いだはずのビームによって傷を負っていく。真っ白だった第二種軍装は焦げと血により赤と黒の斑になっていた。

 

(まるでさっきのケリドーンだな・・・)

 

 何発目かのビームを防ぎながら神崎は思った。

 まともに視界を得られないだけでいいように翻弄されるしかない。仲間の救援も期待できない。

 

 孤独

 

 言いようのない暗い影を抱えたままシールドを張る。その時、額に熱を感じたのと同時に神崎の視界が再び真っ白に染まった。分散したビームが、あろうことか補助アンテナに当たったのだ。

 

(・・・畜生)

 

 魔力の残りも少なく、何も見えず、仲間もいない。

 絶望感に包まれる神崎だが、それでもMG34を投げ捨て炎羅(えんら)を抜いた。無駄とは分かっていても気概を見せなければ自分を許せないし、何より仲間に、親友に、婚約者に申し訳なかった。

 

「来い・・・!!!」

 

 神崎は叫ぶ。同時にネウロイがビームを放った。見えないが近づいてくるのは音で分かる。神崎は最後の時を受け入れるように静かに目を閉じた。

 

『・・・ランラララン・・・ララランランラン・・・』

 

 歌が聞こえた。

 そして・・・ビームが目の前から来るのが分かった(・・・・)。訳の分からぬままその感覚に従い、遮二無二シールドを張る。シールドはビームを中心で受け止め、完全に防ぎきった。

 

「なんだ・・・これは・・・」

 

 神崎はシールドを張ったまま呆然として呟いた。目を閉じて何も見えないはずなのに目の前の状況が分かる。いや・・・これは・・・。

 

「・・・感じる?」

 

 そう呟いた時、神崎の脳裏にバーカウンターでのマルセイユの言葉が呼び起こされた。

 

『夜間飛行は感覚が命だ』

 

 神崎は電波によって得た情報を視覚情報として読み取っていた。だが、そうではない。電波を、その波の揺らぎを感じることによって視覚という制限を越えてその位置状況を把握できる。

 

「なるほど・・・」

 

 今ならマルセイユが言っていた夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の気持ちが分かる。これは言葉では説明しづらい。

 

「まぁ・・・俺も夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)じゃないがな・・・!」

 

 神崎は視線(電波)をめぐらしてネウロイを補足した。こちらの動きが変わったことに警戒しているのか、少し離れた所を旋回している。

 

 手に銃はない。あるのは(炎羅)だけ。ならやることはひとつだ。

 

 神崎は急加速して正面からネウロイに肉薄した。魔力残量は考えない。この強引な接近にネウロイはビームを以って迎え撃った。幾束となって襲いかかってくる赤い閃光。しかし、神崎はビームの位置を感じ取り、ヒラリヒラリと回避していった。ここにきてネウロイはようやく敵が先ほどまでとは違うことを認識したのか、ビームを撃つのをやめ、方向転換を行おうとした。

 

 しかし、もう手遅れだった。

 

「ハァァァアアアア!!」

 

 裂帛の気合と共に神崎がネウロイの真正面に躍り出る。手にある炎羅は神崎の声に呼応するようにその刀身を激しく燃え上がらせた。

 

 神崎とネウロイの機影が重なる。

 

 一閃

 

 二つの機影が離れていく。片方は炎羅を鞘に戻した神崎。もう片方は・・・機体の前方部分を見るも無残に叩き切られ、炎によりコアを溶かされたネウロイ。ネウロイは一瞬滞空した後に、白い粒子をなって砕け散った。

 

 月光をキラキラと反射させる粒子の中を神崎は漂うように飛んでいく。

 

『・・・ランラララン・・・ララランランラン・・・』

 

 依然としてインカムから歌が流れている。いつも聞こえていたノイズはこの歌だったのだ。何故、今は聞こえるのかは分からないが・・・。

 

『ザザ・・・ランララ・・・ザザザ・・・ラララン・・・』

 

 徐々にノイズが混じり、アンテナも力なく点滅し始めた。魔法力が尽きかけているのだ。朦朧とした意識の中、神崎は不時着すべく高度を下げていく。迫ってくる地面をどこか夢を見ている感覚で見つめ、滑るように着地した。

 

『ザザザ・・・ラン・・・ザザ・・・ラララン・・・ザザ・・・』

 

 仰向けに寝転がり星空を眺める。

 

「・・・この歌を歌っている魔女(ウィッチ)へ」

 

 神崎はほんの僅かばかり残った魔法力で電波に言葉を乗せた。

 

「俺は・・・神崎玄太郎・・・。アフリカの魔法使い(ウィザード)・・・。君の歌のおかげで・・・俺は生き残ることができた」

 

 最後のケリドーンに向け引き金を引いていれば、最初のビームで神崎は消えていた。

 助かったのは、あのノイズが聞こえたから。

 彼女が歌ってくれたから。

 いきなりこんなことを言っては彼女は困惑しているかもしれない。気味悪がっているかもしれない。だが、それでもいいと神崎が思った。確実に届いているかどうかさえも怪しいのだ。それならば自分の今の思いを素直に伝える方が重要だった。

 

「・・・ありがとう」

 

 先ほどまであった絶望感は既にない。夜の空は決して孤独ではなかった。そのことを実感しつつ、神崎の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 鷹守式魔導針に搭載されている補助機能の救難信号が発信され、神崎は無事回収された。神崎のあまりの満身創痍さに一同騒然としたが、見ため程重傷ではないことが分かると各々落ち着きを取り戻した。神崎も翌日には意識を取り戻し、三日後には出撃できるまで回復した。

 神崎がネウロイを撃破したことにより、各戦線への兵站は安定した。

 この結果に気をよくしたロンメルは、これからも鷹守式魔導針を使用した夜間哨戒を逐次実施することを提案したが、加東の本気の殺気を滲ませた拒否により断念した。

 件の鷹守式魔導針は実用性は高いが改良点が多々ありとして送り返すことになった。消費魔法力が当初の予定よりも激しくこのままでは大部分の魔女(ウィッチ)が使えないからだ。

 なお、ネウロイとの戦闘中にだけあの歌が聞こえた理由は判明していない。

 

 

 

数週間後・・・

 

 

 

 午前中の仕事を終えた神崎は、島岡と共に昼食を摂っていた。談笑しつつ目を向ければ、補給物資と共に来たのであろう郵便物の入った袋を抱えて宅配している稲垣の姿が。そして、二人の所にも来た。

 

「神崎さん、お手紙が来てますよ」

 

「ん?ああ、ありがとう」

 

 受け取った便箋の裏面を見た神崎の目が見開かれた。

 

「ん?どうしたよ?」

 

「・・・オラーシャからだ」

 

「オラーシャ?」

 

 島岡も首をかしげるのを尻目に神崎は便箋を破る。すると中から一枚のカードが出てきた。何かの絵が描かれた綺麗なカードだ。

 

「・・・なんだこれは?」

 

「ああ、こりゃQSLカードだな」

 

「・・・なんだ、それは?」

 

「ラジオ局とかが受信を証明するカードだな。同期が持ってるのをみたことがある。こんな柄は始めて見たけどよ」

 

「へぇ・・・」

 

 神崎は興味深げに表を見て、そして裏を見た。そこには・・・。

 

「で、誰からなんだよ?」

 

「仲間だよ・・・。同じ空を飛んでいた、歌の上手い・・・な」

 

 神崎は小さく微笑みながら島岡にカードの裏を見せる。そこには、

 

「どういたしまして。 Sanya V.Litvyak」

 

と、記されていた。

 




魔導針の解釈は相当独自解釈が入っています。ナイトウィッチの主観的な風景がこれで合っているかは各々の判断で・・・

本編の方も少しづつですが、進んでますよ。

それでは

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