とある神器持ちの日記   作:ウメ種

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09(堕天使日記 エピローグ)

 △月G日

 

 私はきっと、生涯その瞬間の事を忘れる事はないだろう。

 どれだけ記憶が色褪せ、草臥れたとしても、何時までも記憶の一番奥に仕舞いつづけよう。

 兵藤一誠の『神滅具』に傷つけられ、リアス・グレモリーに――私は確かに滅ぼされた。

 魂を傷付けられ、確かに消えていくのを実感した。

 傷付けられる痛みなど生易しい。

 消えていく恐怖に心が締め付けられた。

 悪魔達が私を憎しみの目で見下ろし、ああ、私は消えるんだな、と心が諦めた。

 でも、この場でたった一人の人間――上代徹だけは、私の手を握ってくれた。私の消滅を悼んでくれていた。

 消える。消えていく――。

 心と体が冷たくなっていく中で、握られた手の温かさだけがあった。

 ――視界が闇に閉ざされた瞬間、私は“生まれ変わった”のだと思う。

 気が付いたら、夜の教会の真ん中に立ち尽くしていた。

 悪魔達が驚きの視線を向ける中、上代徹だけは、笑顔を向けてくれた。

 何をしたのか尋ねると、「神様の奇跡じゃない?」と笑っていた。

 ああ、と。

 その時確かに、私はこの人間――上代徹という存在から光を感じた気がする。

 

 

 

 

 △月B日

 

 上代徹の御厚意で、家に置いてもらえる事になった。

 厚かましいにも程があるとは思うが、私にはもう帰る場所がない。

 部下全員を失い、悪魔に負けた。

 高位の堕天使、もしくは『神の子を見張る者』の幹部レベルならまだ居場所はあるだろう。

 だが末端の下っ端堕天使でしかない私では、戻っても碌な目には遭わないだろう。

 しかし、困った事に私は家事というものをしたことが無い。

 上代徹が学園へ行っている間に掃除でも、と思ったがこれが存外難しい。

 今まではミッテルト達に任せていたが、まさかこんなにも難しく面倒だとは。

 料理も同じだ。

 晩のご飯は、不本意ながら悪魔の世話になる事になった。

 直接の面識はないが、グレモリー配下の姫島朱乃――『雷の巫女』だ。

 その姫島朱乃が、契約に則っているとはいえ、一介の人間の為に甲斐甲斐しく食事の準備をする光景に驚いてしまった。

 ……本当に、この人間は何者なのだろうか?

 

 

 

 

 △月A日

 上代徹が学園へ行っている間に、掃除を済ませる

 その後は、ただぼんやりと家で過ごす。

 あまり良い時間の使い方ではないと思うので、今日は外へ出てみた。

 しかし、人間とは賑やかなものだな、と思う。

 人ごみを歩いていると、まるで私という存在が人間に紛れてしまったように感じてしまった。

 なんとなく気が向いたので、渡されていたお金でいくつかの食材を買ってみた。

 昨日は悪魔の世話になってしまったが、今晩の夕食は私が作ろうと思う。

 ……やはり、料理は難しい。

 しかし笑顔で食べてくれる辺り、この男は相当な善人なのだろう。私なんかを家に置いているし。

 結局、私の無様な料理を完食してくれた。

 

 

 

 

 △月O日

 

 私の料理の腕が不甲斐ないばかりに、今日も悪魔の世話になる事になった。

 本当に申し訳なく思ってしまう。

 今日は何を思ったのか、アーシア・アルジェントを召還していた。

 どうにも気まずい。

 悪魔として転生したとはいえ、私はこのシスターを殺した側なのだから。

 どう対応するか悩んでいると、向こうから話しかけてきてくれた。正直助かったと思う。

 私の性格は、人付き合いには向いていないという自覚もある。

 そういう意味だと、上代徹も随分と退屈しているはずだ。

 先日の姫島朱乃よりはいくつか話しやすかったので、料理を教えてもらう事になった。

 どうしてそんな流れになったかは判らない。

 だが、悪くない時間だった。

 その後は兵藤一誠がアーシア・アルジェントを心配して訪ねてきた。

 まぁ、そうだろう。何せ私は彼女を殺した側なのだから。

 何故か一緒に食卓を囲んだが。

 アーシア・アルジェントの料理は美味かった。悪くない、と思えた。

 堕天使、『神の子を見張る者』、それらから解放された――とでも言うべきか。

 どこか心に余裕がある気がする。

 悪くない、とも思ってしまっている。

 ――私は、これでいいのだろうか?

 

 

 

 

 △月Z日

 

 私は、上代徹の庇護下にある。

 この人間が居なければ、後ろ盾が何も無い私などリアス・グレモリーの指先一つで生死が決まってしまう立場だ。

 そして私は、彼女の配下を二人も傷つけてしまっている。

 彼女が私を許さないことは明白だ。

 そろそろ、私は私の立ち位置を決めなければならない。

 このまま上代徹の厄介になり続けるか、この家を出てどこぞの人目に付かない所で野垂れ死ぬか殺されるか。

 運が良ければまた這い上がれるだろうが、そんな確立など万分の一以下だろう。

 しかし、どうして上代徹は私を助けたのだろうか?

 言っては悪いが、私達が彼にした事は決して許される事ではないはずだ。

 だというのに、こうやって私を助け、手元に置いている。

 ……本当に、よく判らない人間だ。

 しかし、私の料理を「美味い」と言ってくれるのは悪い気分ではない。

 自分自身でも決して上手ではないと思っているレベルの料理の腕だから、なおさらだ。

 

 

 

 

 △月X日

 

 この家を出よう、と考えていた。

 命を救われた。だが、私が一緒に居ては上代徹に不要な危険が及ぶだろう。

 なにより、誰かの世話になるというのを、私のプライドが許さない。

 そう言い出そうとしたが――私より先に、上代徹が「好きなだけ居てもいい」と言ってくれた。

 これはズルいと思う。

 どうしようもなくズルい。

 このタイミングで言われたら、断りようがない。

 しかも、私もその提案を悪くないと思ってしまっている辺り、本当にどうしようもない。

 この日はまた、姫島朱乃が上代徹に呼び出されていた。

 食事の用意の為だ。今日は食べていったが。

 しかし、何時までも悪魔達の厄介になるのも面白くない。

 それに、家に置いてもらうなら、私も役に立たなければただの穀潰しだ。

 それは私のプライドが許さない。

 食事の準備に掃除――家事。それに言葉遣いも改めた方が良いだろう。

 私は上代徹の庇護下にあるのだ。そんな私がこれでは、上代徹の器も低く見られてしまうのだ。

 それでは私も面白くない。

 

 

 

 

 △月V日

 

 私の服を買おうと、徹様からお誘いを受けた。

 ……どうしてか、リアス・グレモリーと姫島朱乃、兵藤一誠も一緒だったが。

 しかし、改めて思ったが、兵藤一誠の下心丸出しの姿はどうかと思う。

 そういう意味では、私の主が徹様なのは心から良かったと思える。

 だが、私のような堕天使を救い、悪魔とも親交のある主人を見ていると、不思議に思ってしまう。

 この人は、何を考えて生きているのだろう?

 殺した私にも話しかけ、悪魔である兵藤君達とも対等に接している。

 一緒に生活しているのに、どこか壁を感じてしまう。

 それが少しもどかしい。

 

 

 

 

 △月N日

 

 今日は知らない悪魔が召喚された。

 この悪魔もグレモリー配下の者らしい、小さな、中学生レベルの少女だ。

 しかし、こんな悪魔でも料理が出来るのか……。

 こんな事になるなら、もう少し家事が出来るようになっておけばよかったと思う。

 そう言うのは、本当にミッテルト達任せだったから、余計に悲しく感じてしまう。

 私は、徹様の役に立てるのだろうか? 命を救われ、養われている恩を返せるのだろうか?

 ……自信がない。だが、捨てられたくないとも思ってしまっている。

 

 

 

 

 △月M日

 

 今日は、アーシアが召喚された。

 また料理を教えてもらう。

 ……私はどうして、この少女に『神器』を奪うようなことをしたのだろう。

 『神の子を見張る者』としての枷から外れたからか、考え方が変わってきている。

 昔の日記を読み返すと、それがよく判る。

 『神の子を見張る者』の幹部になったとしても、待っているのは戦いの日々だけ。

 最後が勝利に終わるのか、負けて消えるのかは判らないが、結末はその二択だけだ。

 そう考えると、随分と狭い世界で生きていたように思えてしまう。

 そんな私を許し、話しかけてくれるアーシアが眩しくさえ思えた。

 戦う力はあれど、私はこの少女以下なのだと思い知らされる気分だ。

 

 

 

 

 △月%日

 

 今日は、私が徹様に救われて10日目なのだと。

 徹様がケーキを買ってきて、祝ってくださった。

 まだ、たったそれだけの日数しか経っていない事に驚いてしまった。

 たったの10日で、私は随分と変わってしまったような気がする。

 だが、そう悪くないように思えるのは、以前の私よりも余裕があるからだろう。

 晩御飯は私が作った。

 やはり、あまり良い出来栄えとは言えない料理だったが、徹様は美味しいと食べてくれた。

 嬉しい、と感じたのは何年振りだろうか?

 そんな事を感じる余裕などなかったのだと、今なら思える。

 

 

 

 

 △月#日

 

 今日も、姫島朱乃が夕食の準備に来た。

 しかし、改めて思うが――この悪魔、召喚に応じた割には、食事の用意だけなのに随分と気合が入っているように思えてしまう。

 なんというか……嬉しそう、というのが正しいのだろうか?

 悪魔も、こんな風に笑うんだな、と。

 徹様に仕えさせてもらえるようになり、私は色々と新しい発見が多い。

 堕天使としての視点ではない。何者にも縛られていないからこそ見えるものだ。

 食事が終わると、不意に徹様が懐中時計型の『神器』を取り出して眺められていた。

 その視線は少しだけ哀しそうで、寂しそうに感じた。

 失礼だが――この人も、こんな表情をするのかと思ってしまった。

 いつも明るくて楽しそうだったから、こんな事も気付けていなかった。

 きっと、過去に何かあられたのだろうと思う。

 私を救ってくれたように、誰かを救ったのか。それとも救えなかったのか。

 聞けないし、今はまだ聞く資格も無いだろう。

 だから、良い時計ですね、とだけ言っておいた。

 嬉しそうに笑ってもらえて良かったと思う。

 

 

 




主人公は格好良くありません。
どこまで行っても普通の、どこにでもいる一般人です。
戦闘能力的には、イッセーと喧嘩して負けるレベル。
戦闘? 無理無理

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