とある神器持ちの日記   作:ウメ種

4 / 195
04(悪魔日記)

 リアス・グレモリーにとって、彼の少年は――どこまでいっても普通の人間でしかない。

 姫島朱乃にとって、彼の少年は――気に障る男である。

 兵藤一誠にとって、彼の少年は――困った時にはちょっと話でも聞いてみるかなぁ、と思う先輩である。

 木場祐斗にとって、彼の少年は――ただの先輩の一人でしかない。

 塔城小猫にとって、彼の少年は――何時も落ち着いていて、余裕のある朱乃を振り回す、面白い先輩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月%日

 

 その日、少年は一度死んだ。

 駒王学園の屋上から落ち、頭から全身を地面に叩き付けられ――即死だった。

 ――が、その死体は、見つかる事は無かった。

 叩き付けられたはずの地面は綺麗なままで、血の一滴すらも残っていない。

 彼の少年が落ちたのは幻だったのだ――そう言われたなら、信じられるほどに……死んだ形跡は無い。

 3年の上代徹。

 特筆すべき所は何もない、普通の少年。

 黒い髪に黒い瞳、中肉中背のどこにでもいるような高校三年生。帰宅部。

 友好関係も特段目を惹くものは無く、強いて上げるなら偏食気味で、トマトとピーマンが嫌い。

 普通の人間が、学園内で堕天使に殺された。

 それは、彼女――リアス・グレモリーにとっては到底無視できない事だった。

 駒王学園。

 現魔王サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーが日本に滞在する際に与えられた領土であり、所有物である。

 自身の領土内で、他勢力に勝手をされた。

 それは、彼女の立場からすれば、“舐められた”という事に他ならない。

 なので、上代徹が殺された後、彼の身辺と堕天使勢の事を調べて一晩が経ったら――彼の少年が何食わぬ顔で登校してきたのだ。

 これにはリアスどころか、生徒会長の支取蒼那も驚いた。

 確かに死体は見つからなかったが、彼の死は学園に居る悪魔の誰もが認識していた。

 だというのに、彼は普通に登校し、普通に帰宅し――普通に、一日を学園で過ごしていた。

 どういう事だろう? 二人の悪魔は揃って頭を抱えたが、頭を抱えさせた本人はどこまでいっても普通である。

 一応、堕天使の事を調べてはいるが、どうしたものか、と。

 なにせ、殺されたはずの少年は生きているのだ。

 そりゃ、悪魔と堕天使は敵対しているが、表立って一方的に喧嘩を売るのもどうかと。アリと言えばアリかもしれないが、最悪戦争沙汰だ。

 そうなると、一方的に利を得るのは神側だ。それでは面白くない。

 というわけで、しばらく様子を見て、異常が見られなかったので――こちらから接触してみる事にした。

 

 

 

 

 

 ○月Q日

 

 リアスは頭は良いし状況も見れる、経験は少ないが、悪魔としての才能もある。

 だが、待つよりは攻める方が好きな性格だ。

 丁度休日だという事もあり、配下の悪魔を連れて彼の家を訪問した。ノンアポで。まぁ、同級生だし? 別に変な所はないとリアスは思っていた。

 配下の姫島朱乃は、いくら同級生でも、面識のない男子生徒の家をいきなり訪問するというのはどうかと思う。しかも休日に、大勢で。

 やっぱりこの子は、どこか常識が足りてないなぁ、と心中では呟いていた。表情はいつもの微笑であるが。

 塔城小猫はいきなり休日を潰されて、少しばかり沈んでいた。

 だがまぁ、これが終われば解散なので、さっさと終わらせようとばかりに進んで上代家のドアを乱打した。

 彼女はルークである。戦車である。が、決して脳筋という訳ではない。

 木場祐斗は、まぁ、暇だったから丁度用事が出来て良かった、程度の考えだった。

 彼は良くも悪くも、そういう男なのだ。女子連中は、そんな所が良いらしい。解せぬ。顔か? 男は顔か? ルックスか?

 

「…………」

 

 小猫がドアを乱打していると、家主がドアを開け、驚いた顔で固まってしまう。

 まぁ、そうだろう。

 駒王学園の二大美女。二大お姉さまと呼ばれるリアスと朱乃が訪ねてきたのだ。同学園の生徒なら、この反応が正常だろう。

 身長的に、多分小猫は視界に入っていない。小猫の表情が少し険しくなったのは気のせいのはずだ。

 

 

 

 

 リビングに案内されて、最初に思ったのは――やはり、この少年の特徴の無さだ。

 というか、気配が薄いというべきか。影が薄いとも言う。

 リアスをはじめ、彼女の配下は皆気配に敏感だ。

 だというのに、この少年の特徴を掴みづらい。

 何処にでもいる普通の人間。それ以外に思い浮かばないくらいに、普通の人間だ。

 あと、表情も読み辛い。

 リアスと朱乃という二大美女が訪ねてきたというのに、驚いたのは最初だけで、今は普通に接している。

 きっとこの人間には、緊張などという感情は無いのかもしれないと思えるほどだ。

 ……実際には、内心で狂喜乱舞し、イッパイイッパイなのだが。

 しかし、直に見て確信できることもあった。

 この人間は、内側に『神器』を持っている。

 直に見るまで確信できないほど弱々しい波動ではあるが、この感覚は確実に『神器』のものだ。

 これだけ近くだというのに、王と女王しか判らないほどに弱い『神器』。きっとこれが堕天使の狙いだったのだろうと確信した。

 そして、死んだはずなのに死ななかったのも、その『神器』の能力なのだろう。

 

「粗茶ですが」

 

 あと、言葉遣いの節々が妙に堅苦しい。しかし、彼の雰囲気と相まって、なんとなく似合っている風にも思える。

 

「いきなり訪ねてきてごめんなさいね、上代君」

 

「いや、別にいい――けど、何の用?」

 

 言外に、面識無いよね? と聞こえそうな声音でそう聞いてきた。

 これが普通の反応だろうなぁ、と朱乃は思った。警戒されている。それも、思いっきり。

 

「取り敢えず、これにサインをお願いできるかしら?」

 

 そう言ってリアスが出したのは、悪魔転生の契約書だった。

 死んで、魂と肉体が剥離したなら、人間に生まれ変わらず、悪魔に転生するという内容の。

 堕天使が狙うほどの『神器』持ちを取り敢えず悪魔側で確保しようとしたのだろう。

 朱乃はそっと、徹から見えない位置でリアスの太ももを指で抓った。思いっきり。

 身体がビクッ、と震えたが、悲鳴を上げなかったのは正直に凄いと思う。それくらい強く抓っていた。多分痣になるだろう。

 リアスが若干涙目で朱乃を睨むが、彼女は涼やかな微笑を徹へ向けていた。

 祐斗と小猫は気付かないフリをしていた。空気が読める二人なのである。

 

「あ、上代君。この契約書なんだけど――」

 

 なにが彼女を駆り立てるのかは判らないが、リアスは契約書の内容を説明し始める。

 自分たちが悪魔だという事。

 上代徹という人間の中に『神器』が宿っている事。

 そして、彼が先日、堕天使に殺された事。

 ――全て話し終わると、徹は良い笑顔で

 

「判りました。しばらく考えさせてください」

 

 あ、駄目だな、と三人は思った。

 この三人が誰なのかは、あえて言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 ○月D日

 

 次の日、先日助けた兵藤一誠という男子生徒と一緒に、上代徹をオカルト研究部の部室へと招待した。

 招待だ。拉致じゃない。

 徹の手首が真っ赤になって、本人は滅茶苦茶痛そうにしているが……まぁ、悪魔と人間では認識に多少の差があっても責められまい。

 リアスはうんうんと頷いて自分を正当化した。

 朱乃は自分の誘いを二つ返事で断った男に、少しばかりムッとしていた。表面上はいつもの微笑みを浮かべているけど。

 これはアレだ、Sの上にドがつく朱乃様降臨の前兆だ。付き合いの長いリアスには判る、姫島朱乃の僅かな変化だった。

 あ、ヤバいと思いながらも、表面上はこの部室の主として、悪魔の長として、毅然に振舞うリアス。

 内心では、自分に飛び火しないように現魔王である兄に祈っていたりする。

 悪魔に祈っている時点で駄目フラグだが、そこはリアス、持ち前のポジティブでカバーしていた。

 人間、前向きに生きなきゃダメなのだ。彼女は悪魔だけど。悪魔も前向きに生きる時代なのだ。

 

「ようこそ、オカルト研究部へ」

 

 一誠は、憧れのお姉様に御呼ばれして浮かれていた。

 そりゃもう、飛び上がりそうな勢いで浮かれていた。

 リアスと朱乃が「そうよ、その反応よ」と内心で喜ぶくらいの浮かれようだ。

 徹? その隣で、警戒しながらリアスの言葉の続きを待っている。

 まぁ、いきなり悪魔だのなんだの言われたら、警戒しない方がおかしい。普通の反応だ。

 取り敢えず、ぐうの音も出ないように爪を伸ばしたり、朱乃に火の玉や雷を出させたりした。

 どうだ、これで満足か?

 朱乃がとびっきりの笑顔を向けると、徹は視線を逸らした。

 それは照れという真っ当な感情じゃない……なんとなくだが、朱乃は女の勘で“違う”と確信してしまった。

 朱乃の笑顔が深まる。それと同時に、リアスの頬が引き攣る。

 

「そ、それじゃ……今日はこのくらいにしておきましょうか…」

 

 これ以上朱乃と徹を一緒にしてはいけないと、リアスの勘が告げていた。

 何がいけないのかは判らないが、とにかくいけない。これ以上は危険だ――と。主に自分が。

 部員たちが簡単な自己紹介を済ませる中、リアスは徹に早く帰れと心中で叫び続けていた。

 自分で招待しておいて早く帰れとは、これいかに。

 一誠はこのままオカ研に入部するようで、今日からはリアスの下僕だ。可愛がってやろうと気を取り直すリアス。

 

「あ、そう言えば上代君の『神器』を見せてもらうのを忘れてたわね」

 

「おしおきね」

 

「え?」

 

 その後の事を、リアスはあまり思い出したくない。

 

 

 

 

 

 ○月I日

 

 イッセーが、上代徹の家に悪魔稼業のチラシを配ってきた。

 よくやった、とリアスはイッセーの頭を抱きしめて褒めてあげた。ちゃんと撫でるのも忘れない。

 流石私のイッセー、やれば出来る子じゃない、と。

 しかし、その日は召喚の呼び出しは無かった。何で?

 

「上代君なら、私達が悪魔だって判ってるから、すぐに誰か呼び出すと思うんだけど……」

 

「警戒してるだけじゃないですか?」

 

 小猫の言葉通りである。

 

 

 

 

 

 ○月A日

 

 朱乃の機嫌がヤバい。

 それもこれも、上代徹がいまだに誰も呼び出さないからだ。

 自分で言うのもなんだが、リアスや朱乃はスタイル良いから“そういう目的”で呼ばれる事も少なくない。

 同級生だというのなら、尚更だ。

 だというのに、一切の呼び出しが無い……正直、ちょっと女としての自信を無くしそうな事ではある。

 特に朱乃は、いつも二つ返事であしらわれているだけに、リアスよりも反応が顕著だ。

 今まで男にどう扱われようが気にしていなかったが、こうも適当にあしらわれると、女として我慢がならないらしい。

 口には出さないが、自分の顔にも肢体にもそれなりの自信があったのも事実なだけに、だ。

 笑顔が怖い。

 アレはチワワの皮を被ったドーベルマンだ。

 上代徹という飼い主が、頭を撫でる為に手を差し出すのを待っている獰猛な軍用犬の笑顔だ。

 部室で、そんな朱乃にビクビクしながらリアスが悪魔の仕事をしていると――。

 

「なんか、上代先輩が夕麻ちゃんと会ったらしいんですけど!?」

 

 一誠が慌てて部室に駆け込んできた。

 夕麻ちゃんというのは、一誠がこの前殺された堕天使の名前である。正式名はレイナーレさん。

 そこまで話すと、朱乃の姿が部室から消えていた。忍者か、アンタは。

 リアスだけじゃなく、祐斗と一誠以外の誰もが思った。まぁ、リアスと小猫だけだが。

 しばらく誰も動けずに、朱乃の帰りを待つ事数分。

 

「……だ、大丈夫かしら、上代君?」

 

「…………あ「大丈夫ですよね、上代君?」……ああ」

 

 どうして朱乃が答えるんだろう? そう思ったが、リアスは聞かない事にした。空気が読める女の子なのだ。

 それは他の皆も同じだったようで、誰も喋らない。

 小猫はどこか面白そうにしているが。きっと尻尾があったら、ふにゃふにゃと揺れている事だろう。

 そんな部員たちの視線が、リアスに集まるのも、自然な事だろう。だって部長だもの。

 

「上代君、昨日――天野夕麻と会ったそうね?」

 

 その後聞いた話では、天野夕麻――レイナーレは教会の神父と一緒に行動をしていたらしい。

 いくつか話を聞いた後、ふと気になった事を聞いてみた。

 

「よく無事だったわね……貴方も狙われてるはずなのだけれど」

 

 上代徹は、一度学園で殺されている。

 だというのに今回は無事だったことに、リアスは首を傾げる。

 普通なら、殺されて『神器』を奪われている所だ。

 

「いや……気付いたら家に帰ってたんだが――」

 

「……貴方って、実は凄い? 何か武道でもやってたりするのかしら?」

 

「全然」

 

「ですよね。強者の気配のようなモノが、全然しませんもの」

 

 その朱乃の言葉に、苦笑いで応える徹。

 まぁ、本人がその事を一番よく理解しているのだろう。反論しないし。

 

「でも、無事で良かったわ」

 

「――家に帰った記憶がないのは、無事と言えるのか?」

 

「五体満足なら無事でしょう? それに、人間の帰巣本能なんてそんなモノよ」

 

「そんなものか」

 

 そのあとまた、少し話して徹が帰ると――。

 

「普通の堕天使なら、殺して『神器』を奪ってるでしょうね」

 

「……上代君の『神器』が特別なのか、それとも必要無くなったから見逃されたのか――」

 

「まぁ、上代君の感じからして、後者でしょうけど」

 

  

 

 

 

 ○月@日

 

 どうやら上代君が、悪魔稼業のチラシを燃えるごみの日に“間違えて”捨ててしまったらしい。

 あ、ちなみに情報源は姫島朱乃さんね?

 

「イッセー君、小猫ちゃん、行ってらっしゃい」

 

「うっす!」

 

「はい、行ってきます」

 

 そんな二人を送り出す朱乃を見ながら、リアスにはふと思う事があった。

 

「部長って、私よね? 部員を勝手に使わないでもらえるかしら?」

 

「副部長だからいいのよ」

 

「そ、そう……」

 

 口にはするが、その答えに反論はしない。

 それが処世術というものである。

 

 




この作品におけるキャラ紹介的な。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。