とある神器持ちの日記   作:ウメ種

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とりあえず、エロを外せば良いと思うよ


19(堕天使日記)

 △月○日

 

 夕食後、のんびりと時間を潰していると、『レーティングゲーム』の為に学園へ向かう事になった。

 徹様は少し疲れた、というよりも緊張したように感じられた。

 この方でも、やはり魔王からのお願いとなると緊張されるのだろうか?

 そう考えると、不謹慎なのかもしれないが、少し微笑ましく思えてしまう。

 この人にも、緊張するような事があるんだな、と。

 オカルト研究部。そこが、リアス・グレモリーの本陣らしい。

 私達部外者――審判側が本陣に居ても良いのか、とも思うが徹様は迷わずこの部室へ来られたのでいいのだろう、と思う事にする。

 リアス・グレモリーに兵藤一誠、姫島朱乃、『騎士』と『戦車』。そしてアーシア。

 『レーティングゲーム』は最大16人のはずだが、随分と少ない。

 大丈夫なのだろうか?

 徹様はこちら側に勝ってほしいと言っておられたが……不安しかない。

 いや、個々の実力の高さは知っている。特に兵藤君。『赤龍帝の篭手』。

 彼は切り札足り得るが、現状ではフェニックスの不死性と互角程度だろう。

 この十日間の修業というのがどの程度だか――。

 徹様の後ろに控えながらそう考えるが、まぁ、今はどうでもいい事か。

 勝負が始まれば嫌でも結果は判る。

 ……一応、応援はしてやろうとは思う。

 アーシアも緊張しているようで、私を見ると引き攣った笑顔を向けてきた。

 これから、リアス・グレモリーの今後を掛けた戦いが始まるのだ。

 彼女の眷属たちには絶対に勝ちたい一戦なのだというのは判る。

 まだ勝負開始には二時間ほどもあるというのに、気負っているのが私でも判ってしまうほどなのだから。

 その中でも一番緊張しているのは、アーシアか。

 徹様もそれに気付いたのか、迷いなくそのアーシアの元へ歩いて行かれる。

 一緒に居た『戦車』が視線を向けてくるが、交わす言葉も無いので私も視線を向ける程度にする。

 そもそも、私は堕天使で悪魔の敵なのだ。

 徹様のメイドで、グレイフィア様に来るように言われなければ、こんな場所に来るつもりも無かった。

 『戦車』も私をよく思っていないようで、視線をすぐ外してくる。

 私も、その後は気にしないようにしてアーシアといくつか話す事にする。

 話したのは今回の修業の内容と、まぁ、なんだ…また今度、良ければ料理を教えてほしい……と。

 アーシアは笑顔で頷いてくれたが、それだけ言うのに、少しだけ緊張した。

 私より小さな少女だが、きっと、芯は私より強いのだと思う。

 きっとだ。

 しかし、修行の内容は、本当に兵藤君を中心に組んでいたようだ。

 『赤龍帝の篭手』が最強にして最悪の切り札足り得る現状では、それが最善か。

 一度殴られたから判る。あの強化は異常だ。限界が無い。

 際限無く強くなるなんて、悪夢以外の何物でもない……時間が掛かるが。

 流石は『神滅具』……神すら滅ぼす『神器』だといえる。

 視線をその当人へ向けると、何故かリアス・グレモリーに膝枕をされていた。

 よく判らない……戦いの前くらい、もう少し緊張すればいいと思う。

 アーシアが凄く複雑そうな表情でソレを見ていた。

 あんなだらしない顔の男のどこが良いのか……その趣味だけは判らない。

 小さな『戦車』も、徹様に心配されて、少しだけ笑顔を浮かべていた。

 無表情な悪魔かと思ったが、そんな顔も出来るのか、と少しだけ驚いた。

 だが、次の瞬間にはそのままの笑顔で別の方向を向いていた。

 ……姫島朱乃。リアス・グレモリーの『女王』。

 ああ、と。

 この小さな『戦車』も、中々良い性格のようだ。なんとなくだが、そう思った。

 意図してか、それとも何も考えていないのかは判らないが、その表情を向けられた姫島朱乃の表情が、少しだけ引き攣ったように思えたのは……気のせいではないと思う。

 よくもまぁ、戦いの前にそんな事で楽しめるものだな、と思う。

 それだけ緊張していないのか、それとも、緊張をほぐす為か。

 まぁ、私達が来た時よりは緊張が解れたと思う。

 それを確認できたからか、一言別れを告げて、徹様は部室を後にする。

 私もその後に続き、夜の校舎内を歩く。

 夜の校舎は冷たく、暗い。

 まさに悪魔が好みそうな場所だな、と。

 そんな中を人間である徹様は堂々と歩き、校舎内の構造を見て回られる。

 恐らく、グレイフィア様が施した結界――この校舎全体を戦場とする為だろう。

 私では不可能な、出鱈目な方法だ。これが上級悪魔。これが『銀髪の殲滅女王』グレイフィア・ルキフグス。

 私に仕事を教えてくれた、お節介な悪魔の実力。

 そうやって校舎内を歩いていると、結界を施しているグレイフィア様を見つける。

 ああ、徹様はグレイフィア様を探していたのか。私はその時になって、ようやく徹様がどうして校舎内を歩いていたのか理解する。

 ……本当に、私は鈍い。

 グレイフィア様が徹様と私に会釈をし、私も倣って会釈を返す。

 たとえ相手が悪魔であれ天使であれ、徹様の相手には相応の態度を。それもまた、この悪魔に教えられた礼儀というヤツだ。

 そのまま2、3挨拶を交わし、グレイフィア様に案内されてフェニックスの本陣へ。

 フェニックス側は、戦いの前だというのに緊張も無いように感じた。

 相手は赤龍帝とグレモリーの娘。不確定要素は多いが、それでも勝てると確信している態度だ。

 ――それだけ自信があるのだろう。自分の力に。

 徹様に馴れ馴れしく話しかけるフェニックスの男に、あまり良い感情を抱けない。

 私の主人を、人間と見ている。

 悪魔と人間。下、だと。そうやって見ているように感じてしまう。

 それは言葉の節々に、態度に、徹様を見る目に、感じられた。

 不死身の不死鳥。悪魔の中でも稀有な能力だ。

 だが、不死不滅の徹様ほどではない、とも思う。

 ……負ければいいのに。

 そう考えると同時に、グレイフィア様からの視線が冷たくなったような気がした。

 心でも読めるのか、この悪魔は。

 小さく息を吐き、視線を逸らす。それだけで、私が負けたのだと、理解した。

 まぁ、何に負けた、と聞かれると自分の理性というか、メイドとしての立場というか。

 主人が話している相手に悪感情を抱くなどあってはならない、という事だ。

 …………はぁ。

 

 

 

 △月◎日

 

 日付が変わると同時に、『レーティングゲーム』が開始された。

 校舎どころか、学園全体に監視用の魔法を設置していたのだろう。

 放送室全体に半透明の映像が映し出された。正直に言うと、凄すぎる。

 どれだけの魔力量だ、と。私とは、桁どころか次元が違う。

 グレイフィア様が、どちらが勝つか徹様に聞いてくる。

 私はてっきりリアス・グレモリーと答えられるだろうと思っていたが、どうしてか、徹様はフェニックスが勝つと答えられた。

 どうしてだろうか?

 そう疑問に思うが、答えを尋ねる間もなく戦闘が開始された。

 確かに修行の成果だろう。

 兵藤君の攻撃力は桁違いに上がっていた。

 私と戦った時の比ではない。恐らく、今戦ったら勝負にもならないだろう。

 それほどまでに、この短期間で兵藤君は強くなっていた。

 流石は赤龍帝、というべきか。

 徹様は、じっと兵藤君の映像を追っていた。彼がこの勝負の鍵だと判っておられるのだろう。

 ……正直、女の服を消し飛ばすのはどうかと思うが。

 私より洗練されたグレイフィア様でさえ、眉を顰めてその画面を睨まれていた。女なら、きっと誰でも同じ表情をすると思う。

 徹様はその事をどう思われるのだろうか、とちらりと視線を向けるが、眉を顰められていたが、そこまで表情に変化はなかった。

 ……良かった、と正直に思った。

 兵藤君のように欲望丸出しの表情をされたら、どう反応すればいいか困ってしまったところだ。

 本当に、私の主が徹様で良かったと、心から思う。

 ……女性の裸体を見てそれだけしか感情が動かないのもどうかと思うが、まぁ、欲望丸出しよりはマシだ。うん。

 それもわずかな間で、すぐに視線を逸らしていた。

 はぁ……同じ男で、どうしてここまで違うのか。

 アーシアも、難儀だな、と。

 その後は結局、数を相手にしたグレモリー側は疲労を蓄積したまま『王』であるフェニックスと対峙し、敗北した。

 正直、考えていたよりも善戦したと思う。

 だが――やはり、徹様の予想通りだった。

 おそらく、先ほど二つのチームを見て回った時に、すでにどういう勝負になるか予想がついていたのだろう。

 緊張していたグレモリー側と、余裕で迎え撃つつもりのフェニックス側。

 ――そして、私情を挟まず、勝利する側を選んだ。徹様が力を貸せば、きっとこの結果は変わったのだろう。それでも、徹様は力を貸さず、見守られた。そして、グレモリー側は負けた。

 優しい方だと思う。私なんかを救って下さったのだ、その優しさは私も理解している。

 だが、こんな非情な一面もあるのだな、と。

 必要な非情さだと判っている。だから、強い方だ、と。そう思った。

 きっと、心中は穏やかではないのだろうな。

 グレイフィア様も何か言いたげに――しかし何も言わず、去られた。

 私は、徹様の背を見つめ続ける。

 何を考えておられるのだろう? 力を貸せばよかったという後悔だろうか?

 その心情を図りかね、掛ける言葉が見つからない。

 そのまましばらく、無言のままの時間を過ごし――私達も、この場を後にした。

 

 

 

 

 △月□日

 

 魔王ルシファーから、リアス・グレモリーの婚約パーティへの誘いが来た。

 というよりも、迎えが来た。

 しかも、相手は魔王の配下である沖田総司とベオウルフ――私のような下っ端の堕天使でも名前を聞いた事がある有名な『騎士』と『兵士』だ。

 『女王』グレイフィア様ほどではないが、それでも私などでは勝負にもならない存在感に身が竦む。

 徹様も抵抗せず、誘われたままに魔法陣を潜り、転移される。

 ……その後、なぜか私も転移させられた。私は堕天使なのだが、良いのだろうか?

 転移した場所は、私には分不相応なパーティホール。数多の悪魔が、堕天使である私に視線を向けてくる。

 その視線に身を竦ませていると、徹様はそんな視線など気にしないかのように歩き出した。私も慌てて、その後を追う。こんな場所に一人で取り残されたら、どうなるか判ったものではない。

 そのまま、案内されるままに進むと、徹様は『騎士』達に、私は数人のメイドに囲まれて別々の場所へ誘導される。

 突然の事に驚いていると、そのまま服を脱がされ、着た事も無いようなドレスを着せられた。

 しかも、髪を梳かれ、化粧もさせられる始末だ。

 抵抗しようとも思ったが、徹様が誘われたパーティだ、私が抵抗しては迷惑にしかならないだろう。

 色々と思う所があったが、されるがままに身嗜みを整えられた。

 私だって女だ。身嗜みや服装には気を遣っているし、化粧だってしないわけではない。

 ドレスだって、着るのは初めてではないし、自分でいうのもなんだが、着慣れていると……思っていた。

 ……正直、ここまで自分が変われるのか、と。

 姿見の鏡に映った私は、今までの化粧が御飯事に思えるほどの出来だった。

 しかし、それに驚く間もなく、メイドに案内されてホールを進む。

 その先には、徹様が、着慣れないのだろうタキシードの首元を緩められていた。

 その仕草がいつも通りの徹様に思えて、僅かに安堵してしまった。

 似合っていますね、というと少し困ったように笑われる。着慣れていないと、誰が見ても判ってしまう仕草だ。

 本人もそう判っているのだろう。

 しかし、徹様から似合っている、と言われると、そう悪い気がしなかった。

 ありきたりな褒め言葉。けど、変に飾り立てない言葉だからか、素直に喜べた。

 そのまま、また魔王の配下に案内されると――魔王ルシファーと魔王レヴィアタンが待っていた。

 ……何かの悪い夢かと。

 いや、徹様を誘ったのは魔王ルシファーだから、こちらはまだ判る。

 しかし、さらにもう一人の魔王――レヴィアタンなど。誰が予想できるだろうか?

 呆然としていると、徹様たちは自己紹介を済まされ、そのまま座ってお酒に手を出す始末。

 ……学生でしょうに。そんなにお酒が好きなのだろうか?

 そのまま結構なペースで杯を傾けながら、魔王と会話に花を咲かせる徹様。

 というか、魔王に酌をされる人間って……。

 眩暈すらしそうな光景に、喋るどころか動く気力すら湧かず、徹様の後ろに控える。それだけで精一杯だ。

 徹様は凄い方だと思うし、私などでは測れない方だと判っている。

 だがそれでも、目の前の光景は予想も想像も出来なかった。

 昨晩の『レーティングゲーム』の事や、最近の事、そしてなぜか私の事を話される。正直、勘弁してほしいと思った。徹様、お願いですから私の事は今この時は忘れて下さい。

 私のような下っ端堕天使が魔王に覚えられるなど……恐ろしくすらある。

 私など、彼の魔王の一睨みで消し飛ぶようなものなのだから。

 ……私を紹介しないで下さい。お願いですから。

 何度も私に視線を向けられるのは、心配してもらっているからだろうか? そう思うと、少しだけ気が休まる。取り敢えず、忘れられてはいないようだ。

 

 

 

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 しばらくそんな心臓に悪すぎる時間を過ごしていると、聞き慣れた声が耳に届いた。

 兵藤一誠――リアス・グレモリーの『兵士』。

 あの『レーティングゲーム』も彼女の婚約を反故にする為だったらしいが、まだ諦めていないのだろうか?

 女々しい……負けたのなら、諦めればいいのに。

 しかし、何を思ったのか、兵藤君に近づいた魔王ルシファーは、あろうことか兵藤君とフェニックスの再戦を許した。良い余興になる、と。

 ああ、そうか――悪魔は、こういう娯楽が何よりも好きだったな、と。

 赤龍帝と不死鳥。敗者と勝者。

 勝敗など判り切っている。たった一日、しかも疲労が抜けていない兵藤君では……。

 そう思っていた。諦めきれない者の足掻きだ、と。結末が判りきった、無駄な勝負だと。

 ――私が、アーシアを殺した時と同じ。勝ち目の無い勝負。

 そういえば、あの時も、兵藤君は諦めなかったな、と。

 諦めなかったから……『赤龍帝の篭手』の覚醒へと至った。

 ……勝てるだろうか?

 少しだけ、そう思えた。

 そして、不死鳥の勝利を信じる悪魔の中で、たった一人の人間へ視線を向けた。

 上代徹。私の主人。魔王と並び立つ事を許された人間。

 徹様は、魔王ルシファーがどちらが勝つか、という問い掛けに、迷うことなく兵藤君が勝つと言った。言い切った。

 だから私は、勝って、と願った。

 『赤龍帝の篭手』の『禁手』に至った兵藤君は、まさにドラゴン――破壊者だった。

 圧倒的な暴力という名の魔力を撒き散らし、不死鳥と対峙する。赤い全身鎧を纏った龍。

 おそらく、これで不死鳥を凌駕できる――だが、どれだけ耐えられる?

 一瞬見た左腕は、もはや人のモノではなかった。

 ドラゴンに捧げたのだ。『禁手』へ至る為に。

 それだけの覚悟。自身を捧げる意志。その気迫が、赤い龍から溢れる。

 気圧される。この場に居る悪魔達が呑まれる。

 そんな中、徹様は無造作にポケットから一度だけ見た事がある懐中時計を取り出された。

 徹様の『神器』――兵藤君の気迫と意志が、徹様を動かしたのだ。

 それに、どんな効果があったのかは私には判らない。

 だが、兵藤君は不死鳥を圧倒した。

 聖水と十字架。自身の身を傷付ける聖なる力と、それが霞むほどの暴力で不死鳥を地に這い蹲らせた。

 ……勝った。

 その事に、自分でも驚くほどにホッとしていた。

 徹様は、やっぱりズルい。兵藤君に勝ってほしいから、手を貸した。

 でも――それが徹様らしいのかもしれない。そう思え……素直に喜んでいる自分が居た。

 結局、兵藤君のこの行動は御咎め無しになりそうな雰囲気だ。

 どうしてそうなったのかは判らないが、まぁ、私には関係の無い事か。

 その後、グレイフィア様も来られた。

 どうやら、兵藤君をここへ案内したのはグレイフィア様だったようだ。

 つまり、この婚約を望んでいたのは互いの両親だけで、魔王は良く思っていなかったという事か。

 そうなると、昨日の『レーティングゲーム』もなにか考えがあったのか――。

 まぁ、私が考えてもどうしようもない。

 そう考えていると、徹様が二人の魔王からチェスの駒を貰っていた。

 『悪魔の駒』と呼ばれる、『レーティングゲーム』の要となる駒だ。

 ……魔王が直々に人間に渡すだなんて。

 それだけ、徹様が期待されている、という事だ。

 改めて、自分の主人の凄さに、眩暈がしそうになる。

 しかし、そうも思っていられる事態ではなくなった。『悪魔の駒』の説明を受けると何を思ったのか、徹様は『女王』の駒を私に差し出してきた。

 正直、思考が追い付かずに固まった私を誰が責められるだろうか? そう思う。

 『女王』。チェスの中で、最も重要な駒。最も信頼できる存在へ渡す駒。一番大切な駒。

 一度断ろうとし――魔王たちの前で、一番信頼できる人はこの人だから、と。

 酒に酔われているのだろうか? いや、いやいや、思い出すだけでも恥ずかしくなってくる。

 何を言ってるんだ、この人は、と。

 私なんて、何も出来ない、この場で最も弱い堕天使だ。

 徹様が居なければ、魔王の一睨みで消滅しそうな堕天使だ。

 そんな堕天使に、一番大切な駒を……信じられない。

 混乱した頭で、しかし、ここで受け取らないと徹様に恥を掻かせることになる事だけは理解して、駒を受け取ってしまった。

 本当なら、膝を突いて、頭を垂れて、感謝の言葉と共に受け取るべきだった、と後になって思う。

 でも、混乱していたのだ。どうしようもなかったのだ。

 両手で、はい、とだけ答えて受け取ってしまった。不敬にも程がある。穴があるなら入りたい。

 その後の事は、覚えていない。気付いたら徹様の家へ帰ってきていて、ソファでぼんやりとしていた。

 服も、いつものメイド服だ。誰が着替えさせてくれたのだろうか? 徹様でないことを切に願う。

 夢だったのだろうか、とも思ったが、テーブルの上には、『女王』の駒がポツン、と置かれていた。夢じゃなかった。……ああ、死にたい。いや、徹様に救われた命だから、勝手には死ねない。でも、あまりにも不敬すぎた行動だ。過去に戻りたい。もう一度、さっきの遣り取りをやり直したい。そもそも、どうして私なのか。私なんて弱い堕天使でしかないのに、私を一番信頼しているだなんて……ありえない。そう、ありえない。だって私だ。徹様を殺した事だってある。最初は敵対していた。どうして私を助けたのか判らない。憎み、恨まれていても不思議じゃない。そんな私を信頼しているだなんてアリエナイ。夢だ、と思って頬を抓ると痛かった。やっぱり夢じゃなかった。……夢じゃなかった。夢じゃなくて現実だった。嘘だ、と思いたかったが、やっぱり現実だ。抓った頬は凄く痛かった。涙が出そうなほど痛かった。その痛みが、コレは現実だと教えてくれた。でも認めきれなくて、反対の頬も抓ってみた。やっぱり痛かった。……私は馬鹿か?

 『女王』の駒を摘み上げると、確かな感触が指にある。本物だ。

 ……徹様の、信頼の証だ。

 私なんかには勿体無い、信頼の証だ。

 使えば悪魔に転生してしまうけど、それでもこの『女王』の駒が宝物に思えた。いや、宝物よりも輝いて見えた。宝石よりも美しく見えた。世界よりも大切に思えた。

 どうしよう? どうしたらいいのだろう? ああ、誰かから信頼されるという事は、こんなにも嬉しい事だったのか。

 『神の子を見張る者』では、這い上がるので必死だった。幹部になって、上級堕天使に認めてもらおうと必死だった。

 だから、どうしようもなく嬉しい。

 今はもう『神の子を見張る者』ではないけれど、少しだけ、ほんの少しだけだろうけど――認めてもらえた気がして……すごく嬉しい。喜んでしまっている。……使えば、悪魔に堕ちるけど。

 うわー、うわー、うわー……とか心中で言っている所を、徹様に見られた。

 何処から見られていたのだろうか? ……穴があったら入りたい。

 というか、死にたい。殺してほしい。

 でも、徹様に救われた命だから、勝手には死ねない。……その後、適当に理由を告げてその場から逃げた私を、徹様はどう思っただろう?

 ――寝るのが怖い。眠りたくない。どうか明日の朝、この事が夢ではありませんように。まだ悪魔に転生する勇気はないけれど、それでも、この『女王』を夢にしたくないと思う。

 

 

 




次はどうしようかね?
でも、黒い小猫ちゃんはいつか書きたいと思ってる(ぇ

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