△月S日
朝起きると、まず洗濯から始まる。
顔を洗い、身嗜みを整え、洗濯、朝食の準備。
そうしていると徹様が起きてこられ、揃って朝食を摂る。
最近は、朝食を食べ終わる頃に、何を思ってかリアス・グレモリーと兵藤君が家に寄るようになった。
毎朝、兵藤君と一緒にランニングをしているようだ。
『赤龍帝の篭手』を効率良く使うには、所有者の基礎能力を上げるのが手っ取り早いとは思う。
だが、何故この家に寄るのかは理解に苦しむ。
息も絶え絶えな兵藤君と、余裕のあるリアス・グレモリーに牛乳を差し出すのも慣れたものだ。
流石に、この状態の兵藤君を放っておくのも気が咎める。
それに、懐が小さい、と思われるのも癪だ。
悪魔らしくない――もっとスマートに訓練が出来ないものか。
今日の晩御飯に、肉料理に挑戦してみた。
アーシアに教えてもらった通りに作ったのだが、焦げが目立つ出来になってしまった。
ここ一ヶ月で、私に料理の才能が無い事は理解した。
だが、簡単な料理くらいはマトモに作れるようになりたい。
……美味しい、と言ってもらえたが、内心ではどう思われているか不安だ。
△月D日
よくも毎日、走ってばかりの訓練を続けられるものだ、と少しばかり呆れてしまう。
魔力で肉体を強化するなりすればいいのに、と。
取り敢えず、徹様の言いつけで買い溜めしておいた牛乳を出す事にした。
何をやっているのだか。
△月¥日
夕食の準備をしようとしていたら、徹様がリアス・グレモリーを召還していた。
久しぶりの召喚だったが、目的は夕食の準備だ。
……私の料理の腕が上達しない事に、失望されたのだろうか…?
リアス・グレモリーの料理の腕も、私よりは上だった。
というよりも、とても美味しかった。
くやしい。
リアス・グレモリーは「料理なんかの為に呼ぶな」と怒っていたが。
△月F日
今日は珍しく、アーシアが兵藤君と走ってきた。
あまりにも疲れた様子だったので、慌てて飲み物を差し出すと煽るように飲んでいた。
まったく…アーシアがこんなになるまで走るなんて、兵藤君は何を考えているのか。
何も考えていなかったんだろう、と牛乳を差し出した。
はぁ……徹様が居なかったら、水でも出している所だ。
アーシアの息が落ち着くまで休んでいくように兵藤君へ伝え、冷たいジュースをもう一杯差し出した。
そろそろ牛乳が底を突きそうだったので、家の掃除が終わった後買出しに出た。
徹様が学園へ行かれている間は家に居るか、外出をしても食材の買い出し程度だ。
何か趣味でも見つけようか、とも思うが、あまり良い案が思い浮かばない。
……こうやって考えるのも、少しは余裕が出てきた証拠だろうか?
△月G日
こうやって考えると、徹様は悪魔との付き合いが多い。
リアス・グレモリーの眷属は、学園で徹様とどう接しているのだろうか?
聞いてみたくもあったが、聞くのを躊躇ってしまいもする。
徹様は、悪魔が好きだから、悪魔との付き合いが多いのだろうか? だが、私は堕天使だ。
徹様がどうして私を救ったのか、その答えを私はまだ知らない。
戯れか、そういう性格なのか、何か理由があったのか。
一ヶ月、この奇妙な生活を続けた。
そして、一ヶ月、何も変わっていない。
私はこの一ヶ月、何をしていたのだろうか?
……ふとそう考えると、ため息が漏れそうになる。
私は何も成長していないように思えた。
△月H日
徹様がお風呂へ入られると同時に、招かれざる客が来た。
『銀髪の殲滅女王』グレイフィア・ルキフグス。
上級悪魔の中でも別格とも言える悪魔――魔王ルシファーの『女王』。
断りも無い、突然の訪問に反応すらできず、ただ茫然と侵入を許してしまった。
相手も、私など意に介していないようで、誰かを探すように周囲を見渡す。
――探しているのは、徹様だ。
その答えは正しかったようで、すぐに徹様の事を私に聞いてきた。
油断どころか、敵意すら向けてこない――いくら私が堕天使とはいえ、力量に差があり過ぎるから当然と言えば当然だが。
身構える事すらできず、だが徹様の事を話す事も出来ず、寿命が縮む思いで時間が過ぎていく。
どれほどの時間が過ぎただろうか?
『女王』から、客に茶も出さないのか、と怒られた。
……突然侵入してくる者を、客とは言わないと思う。
だが、機嫌を損ねるのも嫌なので、言われたとおりに紅茶を用意する。この家にある、一番良い茶葉だ。
淹れ方が悪かったようで、それでも怒られた。
……なんだというのだ、この悪魔は。
最後には、メイドがこれでは、徹様の器も知れる、と。
――殺したい。
探していたのは、リアス・グレモリーだったようだ。
彼女がこの家に来るはずも――無いとは言えないか。
グレイフィア・ルキフグスが去ったあと、徹様が驚いた、と笑われていた。
……私を心配してくださっているのは明白だった。それが嬉しくもあり、苦しくもあった。
メイドがこれでは、徹様の器が知れる――それは、私が最も怖れている事だ。
『女王』グレイフィアの評価。それは、私の一ヶ月の評価だ。
△月J日
徹様に相応しいメイドとは何だろうか?
私は職業メイドではないのだが、だからと言ってこの立場を半端にするつもりは無い。
料理の腕、家事、戦う力……そのどれもが、中途半端だ。
料理が上手な訳ではない。
家事が得意な訳ではない。
戦う力が強いわけではない。
……どうして徹様は、私を救ったのだろうか?
私など手元に置かずにいれば、悪魔と良好な関係を築けたかもしれないのに。
日中、掃除もせずにその事ばかりを考えてしまった。
徹様の器。それは、私などでは測れるものではない。
だが、徹様の傍に居るのは私なのだ。
私が、徹様を測る目安でもあるのだ。
……一月前の日記を読みなおした。
私は上代徹の庇護下にあるのだ。そんな私がこれでは、上代徹の器も低く見られてしまうのだ。
それでは私も面白くない。
あれから一ヶ月。私は、何も変わってはいなかった。
この家を出ようと思った。
だが、徹様が『好きなだけ居てもいい』と言って下さった。
……頑張っていたつもりだが、私はずっと甘えていたのか。
徹様が学園から帰ってくると、サーゼクスさんから『レーティングゲーム』の審判を頼まれた、との事。
魔王、サーゼクス・ルシファー。
私の主は、魔王から頼み事をされるほどの立場なのだ。
――驚くな、という方が無理だ。
私は、自分が恥ずかしい。
△月K日
朝起きると、『女王』グレイフィアがリビングに居た。
第一声は遅い、だった。たったそれだけで、心臓を鷲掴みにされた様な悪寒が奔った。
呆然としていると、仕事の流れを説明された。
家事全般、朝食の準備に、主人の起こし方、従者の控え方。
あまりにいきなりの事に思考が追い付かず、為すがままになってしまった。
引っ張られるように慣れた家の中を移動しながら、言われるままに家事をこなしていく。
そうしていると、徹様が起きてこられる時間になった。
説明されたとおりの手順でお茶を淹れ、徹様に差し出す。
控える場所は、徹様の斜め後ろだ。
言われたとおりに動くと、『女王』は少しだけ満足そうに頷いていた。
……だが、堕天使の私が悪魔の言いなりになっている現状に、悔しさしか湧いてこない。
しかも、私には能面の様な顔を向けるくせに、徹様には時折笑顔を見せていた。
その後は『レーティングゲーム』の説明と、詳細な打ち合わせをして、ようやく『女王』から解放された。
……言いたい事は判る。
魔王の『女王』もまた、徹様を信頼しているのだ。
だから、徹様のメイドをしている私に、最低限の仕事を教えた。
――徹様が、私の所為で低く見られないように。
今日教えてもらった事はメモに書き残しておく。
悔しくはあるが――私はまだ、学ぶ事ばかりなのは事実だからだ。
職業メイドなレイナーレさん。
そんなレイナーレさんが大好きです