ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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06-絆

 ゴア王国。

 それは東の海(イーストブルー)の辺境にありながら、世界美国30選に必ず、名が挙げられる国の名だ。アセット式建築用法で統一された町並みは、それぞれの階級ごとに特色を変えている。特に貴族階級が住まう地区には瀟洒(しょうしゃ)な景観が続く。繁華街の中心部には美麗に整備された広場にはごみひとつ落ちておらず、50万冊を超える蔵書が納められた華麗な書の殿堂には、遠く南の海からも閲覧者がやってくるという。

 この国では全ての民に分け隔てなく教育を施し、高い教育を受けた人々もまた軽やかに、幸せそうに日々を営んでいる。

 彼らは来る祭典を控え、王国を挙げ世界貴族である天竜人(てんりゅうびと)を迎える準備に余念が無い。出席されるご予定のジャルマック聖は殊の外、東の海の中でもゴア王国に立ち寄るのを楽しみにしている、とお言葉を賜れた。

 式典は前夜祭から催される予定となっている。

 定期船は各所より出航。問い合わせは運航事務局まで。

 

 アンはニュース・クーが持ってきた新聞を片手に、サンドイッチを食べていた。記事に関しては別段、変わった動きは記載されていない。いつも通り、平常運転だ。エースからは金の無駄遣いだと言われているが、ここ最近ずっと、新聞を買い続けていた。数ヶ月前に小さな記事で見た、続報を探していたのだ。しかし、あれから全く続きが載らないでいる。その記事、とはとある人物の死、だった。

 絶対に何かが起る。

 アンはそう、予想していた。彼の死によって、何事かが起きないのがおかしいと思えたからだ。

 夢で観るのはアンのごく近場の現象だった。偶に違うなにか、を知る事もあるが、確率的には低い。

 

 「ごちそうさまでした」

 アンは両手を揃える。以前からの習慣で、ご飯の始まりと終わりは欠かさず行っている。

 中心部には数え切れないほどの店舗が軒を連ねているが、食べ歩いた中でもこの店の味が一番お気に入りで通い続けていた。

 特にサンドイッチ系が美味しい。

 この食べ物を最初に考え出した人物はすごいと思う。本を読みながらでも、手を汚さず食べる事が出来るからだ。発祥を遡っていくと平たいパンを使って大皿から自分の皿へ食事を取り分ける時に使われていたらしい。

 もしいつもの食卓へ、これに似た物を出したらどうなるだろう。

 常々、食事時の食べ方が宜しくないと思っていたのだ。

 ダダンの家には囲炉裏はあっても竃(かまど)は無い。しかし代用品はいくらでも用意出来る。鉄板が一枚、物置に放置されていたはずだ。錆を落とせば使えないだろうか。もし使えたなら、いろんな食事を作る事が出来るだろう。例えばお好み焼きや焼きそばなどなど、だ。

 アンはぺろりと指を舐める。

 今日は兄弟達とは別行動をとり、中心街にあるオープンカフェにいた。野生的な生活も慣れれば悪くは無いのだが、時々、口恋しくなる食べ物がある。そういう時はこうして、食べに来ていた。たまごときゅうり、ツナとトマト、ハムとレタスの組み合わせが絶妙すぎて怖い。手作りすれば安上がりだが、加工する前にいつも完食となるダダン一家の食卓は、エンゲル係数がすこぶる高い。採る、や、獲る、はあっても、買う、は無かった。

 山での生活は充実している。ルフィが来て、サボが一緒に暮らすようになり毎日が楽しかった。

 

 「さて、とそろそろ…」

 

 町に繰り出してきたのは、本を買う為だった。数か月に一度届く、義祖父からの書物は残念ながら全て読み終えてしまい、サボと相談して一冊だけ購入する事にしたのだ。海へ出るまでに最低限、知って居なければならない知識は以外と多い。全員が海へ出る希望を持っている為、皆一緒に航海術を読み、調べ、学んでいる。大抵の場合、エースとルフィが眠気に負けて睡眠タイムに入ってしまうのだが、アンとサボは疑問点を挙げながら、議論を繰り返していた。そしてその都度思う。サボは本当に10歳かと。そしてこういうのを非凡な才能、というのだろう。

 アンはメモを見つつ、買い忘れた物が無いか、鞄の中を確認する。

 包帯や絆創膏、傷薬と大切な本、ちゃんと入っていた。

 端町で分かれたエース達は美味しいものを食べてくる、と言い残し走って行った。行先を聞かなかったが、どうせいつもと同じだろう。向かう先はほぼ決まっている。出来るだけ物はお金を出して買って欲しかったが、海賊貯金の方が大切だと、いつも無銭飲食するのが常だった。

 

 横並びにある白のテーブルには身なりを正した町の人々がそれぞれの時間を楽しんでいる。

 アンは背もたれに寄りかかり、周囲を観た。人々の波にまぎれてせっせと清掃に励むクリーナー達が働いていた。クリーナー、とは掃除を主な職とする人達の総称だ。手にもっているのは箒と下におろせばぱかっと口を開くちりとりだった。彼らが細々と働き続けてくれるおかげもあり、中心街の各所にはゴミひとつ落ちてはいなかった。回収されたものはすべてまとめられ、"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"へと運ばれてゆく。

 

 最近見る夢は大きな炎だった。全てを覆い焼き尽くす赤の炎の中に声が響き渡る、ただそれだけの風景が続く。

 思い当たる場所はあった。

 しかし食い止めようにも方法が思いつかない。

 彼ら、この壁の内側に住む人々にとって、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)は、ごみ山以外の何物でもないからだ。そこに住んでいる存在があったとしても、それがどうした、と言う話になる。法が存在しないゴミだめに、国籍を持たないなにかが動いていても別段、気にするようなもの事では無い。それがどうしたというのだろう。捨てたごみがどうなろうと、知った事では無いからだ。

 何年もかけて積まれ続けたごみは、許容を満たそうとしている。ならば効率的に処理しなければならない。

 

 もしもを考えてみる。

 今この時点から火事が起こるとごみ山の人々に噂と流すとしよう。

 上手くいけば半分くらいは信じてくれるかもしれない。様々な要因が重なり、いつもごみ山からは発火直前の炎がくすぶっているからだ。しかしその状態が続いて長い。俺達をここから追い出そうとしている輩の、嫌がらせだと理解する者達も多いと予想で来た。

 数日もかからないうちに、伝聞は広がる。そうすればきっと門を守る軍隊の耳にも入るだろう。

 

 火事が自然発であった場合。

 王国はそのまま放置するか、もしくは利用するか。

 アン的には後者に傾くと考える。

 

 火事が人為的であった場合。

 軍隊は噂にも一応、注意しているだろうから、こういう話があった、くらいは報告書にあげるだろう。

 そしてそれが高町にある行政府に上がったならば、……どうなるか。

 目的はごみを燃やす事だ。強硬手段に打って出て来るか。それとも計画通りに事を運ぶか。

 どちらにしてもアンの立ち位置的に後手後手にならざるを得なかった。

 

 一番良いのは何があっても良いように、準備を整えておくことだ。しかし可燃物が大量に積まれた不確かな物の終着駅(グレイターミナル)で、準備も何も、用意出来る訳が無い。唯一出来るかもしれない、のは逃げ道を作っておく事だ。が、足の下にある大量の燃える元、の存在に、果たして経路を作っても役に立つだろうか。

 

 何も起らないのが一番良い。

 けれどこの願いは果たされないだろう。

 夢、の的中率はほぼ100%だ。足掻けばなんとかなる場合もあるが、それはごく身近の、少数に限られた。

 

 暦はゆっくりと確実に刻まれている。

 前いた場所でもそうだが、こちらでも歴史の改ざんが当たり前のように行われているようだった。特に国史、は勝者の記録であり、敗者には記述を加える資格が無い。年号は幾つか、歴史を持つ国々よって違っているものの、世界政府が奨励している作り上げられた歴史年表に当てはめれば現在は1513年、となる。

 

 歴史は作り変えられやすい。

 記憶媒体が発達しているあちらとは違い、誰の目に触れても真実だと知らしめる方法がこちらには少ないからだ。あっても利用できるのは数限られた、一握りだけだろう。時計やランプ、医療用精密がそこそこ出回っている町の状況をみると、きっと洗濯機やテレビ、掃除機、乾燥機くらいはあるだろうなぁと想像出来る。

 PCやネット環境は多分無い、はずだ。もしあれば、様々な議論が世界で活発に行われるだろう。世界政府として情報の統制を行っている節が強いため、流通するのは余り宜しくない。

 可能性がゼロでは無いが出回っていないものとして空を飛ぶ飛行機、ヘリコプターなどだろうか。偉大なる航路(グランドライン)では磁気異常があるというし、常識が通用しない気候変動も起こっているというから、飛ばせない、というのが理由だろう。

 ディーゼルエンジンもこれだけ機械が出回っているのだからあるだろうと思いきや、どれだけ探しても本の中には見つからなかった。世界のどこかにはあるのかもしれない。けれどもし、隠されているのだとしたらどうだろうか。

 

 これもまた、空白の100年に纏わる、異端知識ってとこかな。

 

 発明の手順がてんでばらばらで、何がどう繋がって実用化されているのかを予測できない。

 石炭で動く機関車は水の都で稼働しているが、船舶の一部にも使われれている可能性は否定できなかった。けれど、どんなに探しても、海洋面積の方が大きな世界であるとしても、産業革命が起る気配が微塵も見えて来ないのはなぜだろうと考える。意図して起こさせないようにしているのか。けれど海軍にはDr.ベガパンクという発明家が在席している。そのほかにも役に立つか立たないかはは兎も角として、研究者は世界にたくさん居た。

 統制された世界で、果たして起り得るかは微妙だとは思うが、避けて通れない通過点でもあるだろう。

 

 世界を、一体どうしたい、の?

 

 隠匿されようとも、真実を追い求める何者かによって、いつかは白日のもとへ晒される。

 歴史とは誰が作り、誰が認定しているのか。情報を誰が収集管理し、放出しているのか。小さな疑問が違和感を探り当てるのも難しくは無く、全てが必ずしも真実を語るものではないと知る。

 

 

 アンは会計を済まし、路上の流れに紛れる。

 ほんの少しだけ、溜息をついた。

 中心街は治安が良い分だけ、値段も張る。端町にも美味しいサンドを出す店があるのだが、物騒な地域にあり、たまに絡まれるのが難点だ。ここ中心街まできてしまえば、ブルージャムの手下達とも出会う事は無い。ゆっくりと買ったばかりの本も流し読み出来る。

 ポルシェーミの死後、2回ほど入り江の海賊達と戦ったが、どちらも痛み分けで終わっていた。さすがに荒くれ者達が束になって掛かって来ると、防戦一方になっていまう。此方の手勢はたったの4、対して賊達はその都度人数を補強してやってくる。サボは手先の器用さを生かし、何らかをかすめ取るのを忘れなかったが、最近は相手の警戒も強くなり、その他がなかなか成果を上げられない状態が続いていた。

 

 中心街の広場を抜け、問屋街に向かう。

 そこで安く売りだしていた柔らかで厚めの生地をまとめ買いする。

 薬として珍重される薬草や熊の肝、鰐皮などを引き取ってくれる相手を見つけたアンは、3人に隠れてこっそりを小金を貯め、引っ越しに必要な物資を町に来る度、持ちかえっていた。海賊貯金の多くはエースとサボが集めた大切な貯蓄だ。必要な物資を買うのであれば使ってもいい、という了承を得てはいたが、入手手段からしてやはり気が引けるお金ではある。

 森にある欲しい物、の大抵は3人が調達して来てくれた。

 アンが購入しているこの布も、欲しいと口に出せばエースがこっそりと持ちかえって来るだろう。

 だから物欲を絶対に、口には出さない。

 

 盗む行為にどうしても抵抗を感じてしまう自分がいた。ダダンに無理矢理強襲に連れて行かれそうになった時もそうだ。出来るだけ穏便に、だが必死で抵抗して逃げ出した。結論的に言えば、長年染み付いた、モノを金銭で買うという習慣と倫理は鉄壁の牙城を築いている、ということだ。

 

 「食い逃げだァ----!!!」

 通りを歩いていると、ガラスが割れる音が響き渡る。しかもその現場は真上、だ。

 「誰か捕まえてくれ~!!!」

 店内からの声には悲壮が、そして悲鳴は割れたガラスから逃げようとする人々が上げる。まだここは中心街に近い。予想外の出来ごとに大わらわだ。重なりが蟻の子を散らすように動いていた。

 

 (アン、行くぞ)

 

 声無き声が届く。飛び出してくるタイミングを合わせたのだろうか。きらきらと頭上から落ちてくるガラスを避けながら、アンは走る。

 「結構いけたな」

 「だろ?!」

 4階の窓を飛び出した兄弟達は、店の旗を支えるポールを器用につかむ。そして店先を飾るファッションテントに身を弾ませ、通路に降り立った。手には相変わらず鉄パイプが握られている。

 アンはその、つき破った店の佇まいを見、大きなため息をついた。数年前と但し書きがつくが、ここの料理はなかなかいけると義祖父に連れて来て貰った店だったからだ。

 …顔を覚えられてたらどうするの。

 いらぬ心配だとエースは言う。

 だがどうしても、最悪の事態を思い描いてしまった。悪い癖だとサボも笑ったが、杞憂で済めばそれでいい。

 

 今の所、壁の内側は安全だ、と。安全は壁がもたらしてくれる。危険など無い。この場所で起る訳が無い。

 根拠無くそう思い込んでくれている、壁の内側に住む人々のお陰でなんとかなっていた。

 フーシャ村の人々も危機感が薄いが、初めて見る顔、に対しては少なくとも緊張感を持つ。国が組織する警官が至る所に居るとはいえ、何があっても自分は絶対に大丈夫だ、誰かは被害に遭うかもしれないが自分では無い、と軽く見ているからだろう。

 

 兄弟達もそうだ。

 首都の住民が壁の外側に住んでいる人々を軽るんじている。

 知っているからこそ、逆手にとっていた。

 立案者はサボだ。

 内と外の現状をよく知っているからこそ出来るのだろう。そうアンは視ていた。

 

 だがいつも思うのだが、鉄パイプを持ったままの格好で、どうやって食事の席まで辿りつけるのだろうか。

 不思議でならない。

 

 「それ貸せ。スカートなんて穿いてるんじゃ走りにくいだろ」

 「あ、うん。ありがとう」

 両手で抱えていた紙で包まれた布をエースが奪い取り、片手で抱える。

 「またあの3人組か!! 常習犯だ! なぜ店に入れた!!」

 町のガードの声が聞こえる。路を歩いていた人々は何事が起ったのかと周囲を見回した。

 「逃がすな、そこの子供4人を、誰か、取り押さえてくれ!!」

 日ごろの運動不足が祟ったのか、治安維持を生業とする服装をした男がこちらを指さし息を切らせながら応援を求めていた。

 どちらの世界も30代は運動不足世代なのだと、くすくすと自分だけしか分からないネタで笑みを含む。

 端町に逃げ込めば追手を巻くなど容易かった。そこから門を抜け、"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"を走り山へ入ればもうこちらの領域だ。

 

 「サボ!? まさか、待ちなさい、お前生きてたのか!!! 何をしている、家へ戻りなさい!!」

 身なりの良い紳士が何事かを制止する。だが急に止まれて言われても、はいそうですか、と止まれるわけが無い。

 アンはちらりとその人物を見た。シルクハットを被った、壮年の、生活環境が豊かな男だ。その服の至る所には意匠を凝らした花の紋がある。3本つけた羽飾りは、ここゴア王国では貴族である事を示す、表象(シンボル)だった。

 この国では貴族それぞれが各家によって形や色が違う花紋を持っている。

 基本的には花、を模して象形されていた。

 かわって王家は動物を模るという。直系は獅子、そして分家は草を食むものと聞いた事があった。それぞれの家には紋の動物が飾られているのだと言うが、もう一段上の壁向こうには、一般市民が安易に近づける場所ではなかった。

 

 …サボのベルトにある花の模様、あれはやっぱり貴族紋だったんだ。

 アンは杖を振りあげてサボの名を呼び続ける男から、前方を走るエースへと視線を移し、障害物を越えて不確かな物の終着駅(グレイターミナル)を越える。

 道筋は新たに作った、中間の森を通過し、コルボ山の麓から中ほどにある滝つぼを横切るコースだ。そしていつもの休憩所まで一気に走り抜け、足休めする間も取らず、エースとルフィはサボに詰め寄った。

 「「おれ達の間に秘密は作らないって約束だろ?話せ!」」

 ふたりの声が見事にハモった。一字一句違えず、言葉が響く。双子として生まれたアンより、このふたりのほうがシンクロ率が高いのではないかと、たまに思う。

 

 難しい文句は必要が無い。

 兄弟達はずっと見つめ合っていた。いわゆる根競べだ。幾つも単語を並べるより、意をぶつかり合わせるこの方法は、いろいろな意味で効果も高かった。

 しばらくの後、サボは降伏の意を示す。

 

 ポツリ、ポツリと話し始めた内容は、サボにとっては、勇気を要とする告白だった。

 町でサボを呼びとめた男が自分の父である事。ごみ山で生まれてなどおらず、両親もちゃんとふたり健在である事。そして、生まれがゴア王国貴族階級である、事。

 「お前らにはウソをついてた…ゴメンな」

 

 エースとアンが初めてサボと出会ったのは、確か5歳の頃だ。

 お互いの行動範囲が似通っており、毎日では無かったが数日に一度、必ず顔を合わせれば、自然に会話を交わしあう数も多くなっていった。

 意気投合した後は中間の森を待ち合わせ場所とし、そこから日々、お宝を探したり、端町でその日限りの日雇いをこなして海賊貯金を始めた。

 そういえば、と思い出すのは一体どこに住んでいるのか、をサボが頑なに話さなかった事だ。

 どれだけ村へ、可愛い弟もいるし遊びに行こうと誘っても、頑として首を縦に振らなかった。

 

 聞いて欲しくないなら、それでも構わない。エースもアンも気にはしていなかった。

 ある時、サボが今日からこの森に住む事にしたんだ。にこやかに笑って宣言したのはいつだっただろう。

 『海賊貯金もすげェ貯まってきてるだろ。もしもの為に幾つか、移す隠し場所も作りてェし、丁度いいんだよ』

 そう言ったのは丁度1年くらい前だった、はずだ。

  

 サボの声が小さくしぼむ。

 ルフィは謝ったからそれでいい、と許したが、エースが理由を尋ねた。

 なぜわざわざごみ山に居たのか、を。

 

 サボは唇を噛みしめ、苦しそうに吐き出してゆく。

 曰く。

 王族と近づくために勉学に勤しめ。

 お前の幸せは私達を楽にさせる事だ。

 お前の存在など王族に比べ、とるに足らない。だから王族と結ばれろ。

 

 両親が繰り返したとされる言葉は聞くに堪えない語彙ばかりだった。

 だがそれも『貴族』であれば、『貴族』である身分に疑問を持たず当たり前としていたならば、気にならなかったに違いない。

 

 苦い記憶にサボは云い捨てる。

 「あいつらが必要としているのは'地位'と'財産'を守り増やしていく”誰か”でおれじゃない」、と。

 人間の子供は生まれ落ちたその瞬間から、自力で立つ事が出来ない存在だ。世話をして貰い、言葉を教えられ、成長と共に術を身につけてゆく。

 必要とされていない。自分でなくても変わりがある。

 

 王族と結ばれなければ、親の役に立たなくては、必要の無い物。

 出来が悪いと日々、喧嘩を繰り返す両親の声を聞き続けたサボの心は、擦り切れる寸前、だったのだろう。

 逃げ出した。

 「あの家におれは邪魔なんだ」

 親がいても独り。縋れる相手もいない。

 聞いている方が次第に呼吸が苦しくなってゆく。

 

 ごみ山はごみだ。そこに群がるのもごみだ。人の形をしたごみ屑には近づくな。

 貴族は貴族以外を蔑み、地位と名誉と金の計算に明け暮れる。強者には媚を売り保身を求め、弱い者には当然のように力を振るっては自己を優越しながら見下す。

 「…嫌なんだ、あんな生き苦しい場所は」

 ずっとこっちのほうがいい。おれが選べない未来なんて、いらないんだ。

 

 独白が、終わる。

 エースは一通りの話を聞き、ぽんとサボの肩を叩いた。

 サボはもがき苦しみ、5歳という年端もいかない年齢から己を殺し続けていた、と知ったからだろうか。

 貴族の生活がどういうものなのか、余りアンにはピンとこない。だが自分の経験から想像し、寄り添う事は出来る。

 あちらの世界でこれに良く似た話、を聞いた事があった。なんだったろう、としばらく考えていたが、そう、確か歌舞伎の世界だと思い出した。彼ら一族全てを座といい。生まれて来る子供はその座、一族の芸を全て受け継ぐ義務を、生まれて来た瞬間から背負う、という。

 確か分家の誰だれとは知らずに付き合って、好きだけれど別れなくてはならないとかなんとか。

 愚痴を聞いていたのか。

 アンは昔を思い出し、懐かしさでほんのりと笑みを浮かべた。

 

 座、の話ではないが、何かを背負っているという意味では、エースやアン、ルフィ、そして貴族階級として生まれたサボも変わりない。

 

 アンはちくりと胸に痛みを感じた。

 一度大人になって、再び子供を繰り返したからこそ分かる。人間の子供は、親という存在が無ければ生きてはいけない存在だ。野生に目を転じれば、確かに生まれたてはか弱く、親の庇護が無ければ弱肉強食の理によって捕食されるか、自然に淘汰される。だが人間はひとり立ちするまでの最低年数が長い。エースやサボ、そしてルフィは普通という枠から飛び抜けているからこそ、10という年齢でここまでやってのけられる。あちらで生活していた時のアンは10才時、何が出来ていただろうか。

 アンは溜息に、エースと自分がかかえる秘密を乗せる。

 

 エースは知ってしまった。

 自分の生まれが両親を除いて、その他大勢の誰かにとっては望まれたものでは無かった、と言う事実をだ。ゴール・D・ロジャーについて聞き回っていたいた時に、気付いてしまった。

 その夜の事は、忘れられない。

 

 アンがひとり思考の海に浸っている間に、男達はすっかり仲直りをしてしまっていた。なんだかんだと言い合いながら、仲がいいのだ。そして話はいつか出る航海に移っている。

 必ず海へ出よう、この国を飛び出して自由になるのだと誓いあっていた。

 世界を周り叙事(じょじ)伝を書くのだとサボが夢を語れば、エースも負けじと顔いっぱいに笑顔を浮かべ、生きた証を刻みに行くと叫ぶ。手段を選ばない、とはエースらしい言い方だ。

 「おれは!!」

 ルフィは興奮し手を握り締め、両手を空へ突きあげる。

 「海賊王に!!! おれはなる!!!!」

 「「は??」」

 ルフィの宣言に、ふたりは声をはもらせる。

 だがアンはそれを当然のように受け止めた。なぜならその手には、すでに世界を1周し終えている帽子が共にあるのだ。本人は知らないが、アンにとっては形見とも言える品だった。

 父からそのお気に入りであったシャンクスに渡った帽子が、今は血の繋がらない弟の元にある。

 仲間を見つけ、1周して世界を見ればいい。

 

 「…お前は…何を言い出すのかと思えば…」

 爆笑していたサボも将来が楽しみだと腹を押さえて続く。

 

 「アンは?」

 ルフィが目を輝かせ走り寄り、切り株に座るアンへ跳びかかった。そして膝の上に乗れば、じっと姉を見つめる。

 「ん?」

 一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。エースに目配せすれば、海へ出る目的だと教えられる。

 問われた答えを探しながら、アンは弟の頬をびよーんと伸ばした。さすがゴムだけあってよく伸びる。

 「ちょっとまて」

 どう答えようか思案している最中、サボがまじめな顔をして、全員が船長である事に気付いた。確かにそれぞれの目的が違えば、向かう先も異なってくるのは当たり前だ。

 「思わぬ落とし穴だ。サボはてっきりウチの航海士かと」

 「お前らおれの船に乗れよー」

 と言ったところで、全員の目が向くのはアンだ。唯一の乗組員候補に、視線が集まる。

 「どうしよう。ひとりなんて絞れないかも」

 

 唯一の船員候補に3人の思惑が交差する。

 

 「----将来の事は将来決めよう」

 三竦みが暫く続いた後に、エースが切りだした。

 「みんなバラバラの船出になっちまうかもな…なら、」

 木の空(うろ)から取り出してきたものは、1本の瓶と4つの杯だった。いつの間に持って来たのだろう。見た事がある瓶だ。ダダンの棚からこっそりすくねて来たのだろう。酒の趣味だけは特別に秀でている彼女のコレクションの中でも、一番良い瓶を持ってくるとはさすがエースだというべきか。度数もさることながら、香りだけで酔える代物だった。それを少量とはいえ、10歳と7歳児が飲んでも大丈夫なのだろうかと、口元が引きつる。

 「お前ら知ってるか?盃を交わすと"兄弟"になれるんだ」

 注ぎながら続く言葉は、耳に心地よく響く。

 「海賊になる時同じ船の仲間にはなれねェかも知れねェけど、おれ達の絆は"兄弟"としてつなぐ!!」 

 どこでなにをしていても、この絆は切れない。それは血を越えた、縁だ。

 

 「これでおれ達は今日から!」

 「兄弟だ!」

 「おう!」

 アンも輪の中に入り、器を打ちならす。

 

 

 夏から秋へ、秋から冬へ。季節は移り変わってゆく。

 義祖父からの追撃をかわすために独立宣言をダダンに渡し、清水が沸く水場に近い巨木へ引っ越してからは毎日がいつもよりも短くなったように感じていた。

 秘密基地は義祖父(ガープ)に見つからない為の隠れ家でもあったのだが、いつの間にか4人で暮らすための拠点となってゆく。ダダンの家から不確かな物の終着駅(グレイターミナル)へ向かうよりも、秘密基地からの方が断然早い近道を見つけられたからだ。

 食事や風呂は変わらずダダンの家で取っていたが、寝るときは拠点へと戻る。

 バラバラに暮らしていた頃より、一緒である方がなにかと都合もよかった。

 鉄砲玉ふたりに、抑止力ふたり、とバランスが整ったからだ。

 

 端町で喧嘩となれば真っ先に狙われるルフィがを守るため、自然と連携が生まれた。

 たまに、だがエースが禁句を耳にし、感情を爆発させ暴れまわるのをサボと二人で止めたり、賑やかしくなったダダン宅での食卓で成長期の3人が大人顔負けの食欲を見せたり、今まで倒せなかった森の主でもある熊やトラと引き分けるまでになってゆく。

 

 主との対決は、船長宣言をしている3名の内、勝った者が残りのふたりを従えるという約束がアンの知らないうちに交わされていたと言う経緯がある。それぞれのテリトリーを持つ主達は、アンという存在に限ればなぜか大人しくつき従がった。上位として見ている訳では無いようだが、自然の一部として認識しているような行動をとる。そこにあるのが当然である存在に、わざわざ牙を向ける必要があるのか、と言ったところなのだろう。

 「あなた達の領域を犯すつもりではないの。ただ少しだけ、私の兄弟達に付き合ってあげて」

 来る日も来る日も繰り返していた主との対決が、兄弟達の力を底上げし凶暴さに磨きをかけてしまったのだが、それは不可抗力だとアンは諦める事にした。

 

 楽しく幸せな時間は駆け足で過ぎてゆく。

 

 「マキノー!! 村長!!」

 その日は絶対に昼を越えた辺りでダダンの家に帰って来る事をアンに約束させられていた兄弟達を含む一家は、山道を上がって来る3つの姿に声をあげた。

 もちろんダダンもマキノ手製の酒が届き、狂喜乱舞している。

 樽を運んできたのはアンだった。

 「ったく、そういう力仕事はおれに頼れよな」

 「吃驚させたかったんだもん。エースに隠すの凄く大変だった」

 マキノが持参したのは酒だけでは無い。兄弟達の服もあった。

 「あなたがサボ君ね。初めまして、会えて嬉しいわ。マキノよ、よろしく」

 今日は宴会だーと騒ぐダダン一味達の横で、村長から小言を貰っているルフィのまじめな顔が、なぜか笑いをそそる。

 「アンがせっせと生地を集めてたのはこれだったんだな」

 「うん、みんなも服きつそうだったし。わたしもお年頃だもん」

 サボが笑う。アンも笑み自然に口元に浮かんだ。

 

 「ずっと続けばいいよな」

 サボの言葉に、アンは頷く。

 「でさ、船を作って貰う順番は総当たりがいいんじゃねェかと考えてるんだ」

 「それだとルフィは一番最後だね」

 

 今日もひとり辺り33戦プラス1は全てルフィに黒丸が付いていた。

 

 夢は続いている。

 今度も悪夢は夢のままにしておけるだろうか、とアンはひとり暮れなずむ紅の空を見上げた。

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 酒の味、体験

 

 

 口に含んだ瞬間、味よりもまず苦さが舌全体を襲った。かつて嗅いだ事のある香りだ、毒では無い。

 ごくり。

 アンはなんとか、苦みに耐えて飲み込む。

 お酒とは、適応年齢に達する前に飲めばこんなに不味いものだったのか、と認識を新たにした。

 これ以後、ちゃんと成長するまで飲むのは止めておこう、そう決める。

 ひとくち、されどひとくち。

 ゼミの帰りに多少は嗜む事はあったが、この体で口にするのは初めてだ。

 「あーん、えーしゅー、さぼー、おれくるくるまわる、すげェぞおー」

 「なんかぼーってなるな」

 「もういっぱいいっとくか?」

 

 『ちょっとストップ!未成年の飲酒は禁止されて…ない…かわかんないけどそれ以上飲んじゃだめぇぇぇ』

 アンはそう言ったつもりだった。

 だが現実には舌が回らず。

 「りょっとすろっぷ。みせりねむのいんりゅはきんりられれ…」だった。

 

 急性アルコール中毒になりませんように。

 星に願うのはそれ、だった。

 夜も更け星が瞬く時間になり、喉が渇いて起きたアンは、地面に転がる兄弟達が生きて寝ている事を確認出来た。川の水を掌ですくい、こくりと喉を鳴らす。

 

 そして月明かりに照らし、見た瓶のラベルに書かれた文字を見て、ひとり苦笑した。

 『Brandy』

 

 「お子様なわたし達には、早かったよね、これは」

 この酒をいつかまた、4人揃って飲めるだろうか。

 アンは静かに波打つ、群青の空と海を、見た。

 


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