ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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05-ポルシェーミの一件(2)

 太陽が西へと傾き始めると"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"でも人々の動きが緩慢となる。今日も一日、生き残れたと言う安堵と、またやってくる明日の為に寝床へと潜り込む、そんな時間だ。

 首都から排出された不要物も使えそうな再生物は根こそぎ持ち去られ、残るものはここでも使えない、ゴミだけとなる。

 だがそんなごみの山に群がる小さな影があった。伸ばす手は短く、小さい。

 日が暮れるまでの短い間だけが最弱者である子供達がゴミを拾える時間だった。周囲の様子を伺いながらそっと隠れ家から這い出し、小さな手で残り物を懸命に探し始める。

 

 "不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"には小さな入り江があった。

 このごみ山での頂点であるブルージャムが率いる海賊が船を停泊させ拠点にしている場所だ。周辺は平らに整地され、木の幹を削り出して作った柱を突きさし、簡素に組み上げられ垂れ幕が張られている。家として使っている訳ではないが雨風をある程度しのげるよう建てられていた。

 

 停泊する船の一室では待つことにしびれを切らし始めた男が凄みを増し、船員のひとりに向け眼光を飛ばす。

 「遅ェなァ、オイ…」

 背筋を冷たくする目がぎろりと動く。彼、は表情筋を強張らせた。己の失態ではないのに、怒りの矛先を向けられているのだ。睨め付けられた船員はたまったものではない。

 「今日の責任者は誰だ?」

 「ポルシェーミの野郎です、ブルージャム船長!」

 海賊団に所属している人員及び、その下っ端までもが船長の人となりを人でなし、と評する。

 ブルージャムはいとも簡単に、人員を切り捨てた。その様はまるで、落ちているこの葉を握りつぶすのと変わりない。船員の胸中にはいつ自分もそういう風に扱われるか、分からない、という恐怖が絶えずあった。船に乗り込んでいる誰もが細い細い綱を、毎日命からがら渡っている。野心を秘めた鋭い目に、首元をワイヤーで絡ませられ、身をすくませながら生かされている。

 お前達の代用品などそこら辺に捨てるほどあるのだと。遠回しになど言わなかった。だが男達はブルージャムに使われる他、生きる術を忘れさせられていた。

 「もう日が暮れるぞ……」

 金に光る懐中時計を確認し、ゆっくりとドスの効いた声が発せられる。偶発的に同席となった船員は、生命の危機を感じていた。船長は感情のまま引き金を引く事を迷わないから、だ。

 「あの野郎。金を持って逃げたわけじゃあるめェなァ…」

 「いやァまさか」

 あの人がそんな事を。

 ほろりと出た言葉に、死んだ魚のような、虚ろな目が一斉に彼を的にした。

 

 すぐにポルシェーミの野郎を探しに行かせます!

 無言のまま眼球だけでいけ、と命ぜられた船員は部屋を飛び出る。

 「使えねェなァ、おい」

 あれはいつ、手下に下ったバカだ。…まあいい、おい、そこのお前。暇つぶしだ。こっちに、来い。

 獰猛なつぶやきは暗く沈み始める部屋の中に落ちる。

 

 

 SIDE アン

 「移動する先の座標は確かにその地点だけれど、上下、どちらかに出現するかは運なの。上手く、着地してね」

 3人は船貯金を隠した場所より探しまわるブルージャムの一味から身を隠すように、死角を見つけては木の上部へと登っていた。下に下りれないのだから仕方が無い。

 ピンポイントで探しに来ないという事は、ルフィが沈黙を続けているという証拠だとアンはふたりに言い続けていた。ポルシェーミが拷問を行う場所は入江と門の丁度中間地点辺りにある。

 そこは流れ着いた軍艦の鉄板を屋根に使い、贄をサンドバックして遊べるよう太い木を梁とした頑丈な作りになっていた。なぜ知っているのかといえば、以前アンが仲良くしていた女児を救出に行った事があったからだ。ポルシェーミは小児性愛(ペドフィリア)だった。簡単にいえば幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯者だ。もっと簡単にいうなれば、13歳以下の女の子に手を出す、とてつもなく危ない男なのだ。ポルシェーミの半径5キロ圏内から対象年齢者は逃げるべし。ロリコンならまだ愛でるだけなので許容も出来ようが、手を出す危険人物に近寄るべからず、なのである。

 

 だがしかし、この無法地帯では何もかもがあって良しとされていた。

 常識など通用しない。襲い襲われ、殺し、脅し、喰らう。

 当然などなんの価値も、値打も持たなかった。

 

 アンは自身に大丈夫だと言い聞かせる。考えたくは無かったが、アンもまだ、ポルシェーミの嗜好に符合しているのだ。

 アンとて移動した先で倒れ、相手に確保されるのという最悪の事態はご免被りたかった。ルフィを運ぶのも大変だろう。荷物にだけはなりたくはない。だが瞬間移動は肉体的疲労より精神力がごっそり持っていかれるような感じがしていた。鍛えるにもどうすればいいのか、分からない。

 学生であった時を思い出す。10年前ともなると、かなり記憶が曖昧となっているが、試験勉強が嫌で、集中力が切れた時は大好きな本を読む事に没頭していた。楽しくて寝食を忘れ、気がつけば朝を迎えていた事も多々ある。

 集中力。

 好きな物であれば長続きするが、嫌いな物であればすぐ切れてしまう。

 結局はやろうと思う気持ち次第でなんとでもなりそうな気もしていた。マラソン走者達は例えコンディションが最悪であっても走り通す事を諦めたりはしない。困難であるほど、強敵が居並ぶほど気持ちが集中するという。

 やろうという強い意志があれば、どんなに辛くとも耐える事が出来る。

 要は気合、だ。そして振りだしに戻りかけ、やめた。

 

 内部に足りなければ外部から取り込めばどうだろう。

 

 呼吸を整え、自身を自然の中に溶け込ませる。此方に来て意識してやった事は無かった。風に耳を澄まし、木の中を通る水を感じ、その下にある大地を感じる。空には太陽の温かさがまだ残っていた。夜の帳を下ろす闇がゆっくりと進んできている。

 世界に包まれていた。たくさんの気配を感じる。

 切り絵のように取り出された一部では無い。繋がっている。

 フーシャ村ではマキノが訪れ始めた村人たちと話していた。村長も奥さんとの会話の最中だ。様々な人の声が聞こえる。

 ルフィも見つけた。泣きながら耐えている。

 ほんの少しだけアンは木から力を分けて貰った。緑が風に揺れる。応援されているようにも聞こえるのが不思議だ。

 心が軽く弾む。

 

 

 SIDE エース 

 アンの変化が手に取るようにおれには分かった。何かを考えていたかと思うと、呼吸をゆっくりとし始め、片手を空へと伸ばす。サボとふたり、いらいらとし始めていた。このまま待ってたとしても埒があかねェ。それなら正面突破した方が早いと、鉄パイプを手に立ちあがった時だった。

 ぞくり、悪寒が走る。耳鳴りと大音量のなにかが突然、おれの中に流れ込んできた。

 「お待たせ、じゃ、飛ぶね」

 アンはにこりとほほ笑む。

 「ちょっと待て」

 おれは頭の痛みに耐えながらアンを止めた。くらくらと揺れる視界に、ぎゅっと目を瞑る。

 「無理して飛ぶ事無いんだぞ、おれ達あそこまで走っていけるんだ」

 サボが鉄パイプを握り締め、アンを見る。

 「大丈夫だよ。場所の把握は済んでるし、動けると思う…たぶん」

 語尾が小さくなって顔を背けるのは確信がないからだろう。

 なんとか頭を振って眩む感覚を振りはらう。

 「たく、お前な。なんでもひとりで抱えんなって言ってるだろ」

 おれは上目づかいで頬を膨らませるアンの頭を撫でた。きっと無理をさせる。だけど、やめろと言った所で聞く訳も無い。

 「お前が倒れてもおれがおぶってやる。安心して倒れろ」

 おれは特にアンに対して嘘はつかない主義だ。

 「うん、じゃあ…その言葉に甘えるね」

 おれ達のやり取りに、黙ってたサボが、「お前らって、きっとそう言うだろうなって思ってたよ」そう言って笑う。

 「どっちも我が強いもんな」

 

 

 「いい加減に吐きやがれ!!!」

 ポルシェーミの声には焦りが含まれていた。ゴム人間である子供に鈍器は通用しない。ならば刺つきのグローブではどうだと殴ってみれば効果覿面(こうかてきめん)だった。それから数時間、脅しと甘言を繰り返すが、麦わら帽子をかぶった子供は杳(よう)として口を開かない。

 「コイツ…叫ぶ気力も失ってますぜ」

 聞こえてくるのは血が滴り地面に当たって跳ね返る水音と、小さくなったしゃくりあげる声だけ。

 「…たぶんもう何も喋らねェ…いや、喋られねェし…正直ムゴくて見てられねェ……!!」

 チンピラの悲痛な言葉の答えは、拳だった。

 「ガキをかばうヒマがあったらエースとサボを捜して来い!!」

 

 ポルシェーミは苛立っていた。

 声が荒ぶるのは命の危険が差し迫った状態だったからだ。時刻はとっくに過ぎている。船からこの場に使いがやって来るのも時間の問題だ。そうなれば問われる。ポルシェーミは背筋に嫌な汗を感じながら、ブルージャム船長の己よりも冷たい、双眼にぶるりと身を震わした。

 あの目に射すくめられた者は全て、冷たくなるのだ。

 今まで何人も見て来ていた。言われた仕事をこなせなかった者たちは全て、このごみ山の一部と成り果てている。

 早く何とかしなければならなかった。ポルシェーミとて命は惜しい。出来るならば逃げ出したかった。しかしどこへ逃げると言うのだろう。この島国で、ブルージャムの手から脱せる場所などどこにもない。早く、早く何とかしなければ。

 それだけが思考を支配する。

 

 周辺では出入りの激しいあばら屋を遠巻きで見ている人々が居た。

 「あんな子供を…」

 町の保安官を呼ぼうかという声も出るが、このごみ山では法律が通用されない。しかも貴族に上納しているブルージャムはこの国において、特にごみ山での犯罪を黙認されている。

 それどころかごみ山に逃げ出した害虫を処分する度、些少とはいえ報奨金も出ていた。

 私掠を認められているのだ。見捨てられた地で幾ら死体が増えても、町に住む事を許されている人々にとっては、ああ、そうなんだ、と軽く聞き流せる程度の話に過ぎない。

 

 「いわねェ……!!!」

 秘密を守り通す麦わらに、ポルシェーミも刃を抜く。

 「ならば死ね!!!」

 

 

 「「やめろぉぉぉぉぉ!!!」」

 重なる声はあばら屋の壁を砕き、地へ着地する。姿はふたつ、おれとサボだ。

 男達は最初、呆気にとられていた。思わぬ所から突然、おれ達が現れたんだ。そりゃ、びっくりするよな。

 「こいつだ!! こいつが金を奪ったんだ!! 畜生ォ」

 腕に包帯を巻いたチンピラの一人が、残った指先でおれを指す。

 「来てくれたならありがてぇ。こいつの口が固くて困ってたんだ」

 ポルシェーミの大きな手がルフィの首を掴んだ。微かな声でおれとアンの名を呼ぶ。

 お前、なんだかんだって世話、焼かせすぎなんだよ。

 おれはお前が嫌いだ。おれに無いものをいっぱい持ってるくせに、おれの大切なモノに触ってくる。けどアンがお前の事を大切にしてるから、仕方なく、なんだ。

 …今助けてやる、待ってろ。

 「サボ!!」

 大男はおれの声に視線を一瞬こちらへ向ける。

 「ウォリャァァ!!!」

 サボが小さな体の利点を使い後方へ回り込んだのち、後頭部を力いっぱい殴打する。

 周りに数人たむろうチンピラ達は翻弄されてばかりだ。あっけにとられていた奴らが後ろから切り込んできても無駄なあがきだ。

 目が後ろに付いてるみたいに、おれには分かる。

 サボの会心の一撃を受け巨体は顔面からゴミが散らばる地面へめり込んだ。そのままチンピラのひとりが持っていたナイフをサボは奪う。あいつのスリはおれが知っている奴の中でもとびきりだからな。

 「逃げるぞエース!!!」

 縄を切ったサボがルフィの体を抱え上げ叫ぶ。

 「先に行け!!」

 「バカお前…!!!」

 駆け出し始めていたサボは足を止める。砂埃が舞った。

 「一度向き合ったら、おれは逃げない!!!」

 「やめろ!!! 相手は刀持ってんだ!! 町の不良とわけが違うぞ!!!」

 

 おれはポルシェーミを見据える。背にはサボとあいつがいた。誤差が無いよう、アンも力の限りこの場へと飛んだんだ。ここでおれが踏ん張らなきゃ、いつやれってんだよな。

 「オイ…少し魔がさしたんだろ?」

 大人しく金を返せよ、悪ガキ。

 余裕を浮かべ粘っこい黄色い歯を覗かせた大男の顔が歪む。嘘ばっかり並べやがって。子供だからって舐めてんじゃねェよ。それに返す、なんて言ったところでその力を振るうのは止めねェだろう?

 「安心しろ、おれ達が有効に使ってやる」

 「馬鹿言ってんじゃねェよ!!!」

 怒りを満たした形相が刀を振り下ろす。鉄パイプを構えるが、細いそれは奴が振るった剣によって先の丸まった部分が断絶され、刃の先が額を通った。避けきれず鋭い痛みが走るが構わない。

 「ガキどもが…お前等に負けたら、おれぁ海賊やめてやるよ!!」

 おれは自然と笑みを浮かべていた。

 その言葉に二言はねェよな。大人の都合を並べて、あれは無かった事に、なんて事はさせねェぞ。

 「やめさせてやる!!」

 ちょっと待ってろ、そう言ってあいつを地面に置いたサボがおれの横に揃う。

 それぞれが鉄パイプを構え地面を蹴った。

 「遅せェよ」

 おれとサボのふたりがかりでポルシェーミへ向かう。必死に払い、打ち、突く。

 視線が捉える。いつの間に後ろに回ったのか、巨体の後方にはアンが居た。いつもの顔じゃあねェ。一切の感情を消した、仮面が張り付いている。そしていつもは手にしない、手に握った鉄パイプを力任せに振りかぶった。棒はヤツの側頭部を直撃し形を変える。そのまま勢いで身を回転させ太い首元に蹴りまで入れていた。おっかねェ。普段怒らねェアンが切れると、ジジイよりも怖いと思う時がある。それが、今だ。

 ポルシェーミの体が浮く。おれは鉄パイプを捨て、拳に力を込めた。脂肪が詰まった腹へ、歯を食いしばった一撃が、食い込む。

 後部側面、そして真正面からの力は逃げ場を求めて唯一の方向へと向かう。その先にはあばら屋を支える柱があった。衝撃を受け、ぐらりと揺れる。

 「サボ走れ、崩れるぞ!!」

 

 

 サボがあいつを、おれはアンを抱え背負い、獣道を登る。休憩場所がある滝つぼの岩場を目指し、ひたすら走り続けた。追っ手は来ないみたいだな。きっとあばら屋を掘り起こすのに必死になってるんだろう。

 アンはフラフラになりながらも焚き火を起こして、おれ達が水辺から上がって来るのを待っていた。

 傷口を洗い流したおれたちの手当を終え、満足顔で倒れる。その傍であいつが変な顔して泣き続けていた。はっきり言って、煩かった。

 「お前…悪りィ、クセだぞ、エース。本物の海賊相手に、”おれは逃げねェ”なんてさ。 なんでそうお前はヤバい方に自分から行くんだよ。死んだら元も子もねェんだぞ」

 サボの言いたい事はよく分かる。

 でもさ…あの状態で逃げられるかどうか、微妙だと思ったんだ。ひとりひとりで走るならいけかもしれねェ。けど、なんでかな。おれが立ち止まらなきゃ、って思ったんだ。おれだけなら安い命だ。奴らがお前達を追う方が我慢ならなかった。

 

 おれのいい訳を聞いて、サボが溜息をついた。

 呆れてんだろうな。そうおれが言うと、

 違う、と切り返してきた。

 そしてサボがおれの目をじっと見る。

 「お前が死ぬと、おれも困るんだ」

 突然の一言に言葉が詰まる。胸がどきりと跳ねた。

 

 「こんな事しちまってブルージャムの一味はもうおれ達を許さねェだろう。どうせこの先…追われるのは確定だ」

 サボの心配は当然なんだろう。けどやっちまったもんは仕方ねェ。

 割り切るしかねェけどそう簡単に割り切れるほど、簡単な問題でも無いっていうのも、分からなくもないけどさ。

 サボが頭を抱えてあれこれと考えぶつぶつ言っているのを聞きながら、おれは予備に隠しておいた鉄パイプを試し振りする。けどどうもしっくりとこない。前に使ってた棒(やつ)のほうが良かった。

 

 「怖がっだ…死(じ)ぬがどぼどっだ」

 ルフィは傷の手当て中もずっと泣いていた。

 「ああああ!!! うるせェな、いつまで泣いてんだ!! おれは弱虫も泣き虫も大っ嫌いなんだよ!!」

 イライラする!! アンが無茶するのはこいつがいるからだ。お前さえいなけりゃ、あのおっさんと戦う事も無かった。お前はどこぞの金魚のフンか!

 おれが叫ぶと嗚咽していた声がぴたりと止む。

 「ありがどう……たす…助げでぐれで…ウゥ…」

 「てめぇ!!」

 「おい、おい。エースなに怒ってんだよ。礼言ってるだけだろ」

 サボが慌てて止めに入る。

 んだよ、止めんなサボ。こいつにはちゃんと言ってやらなきゃわからねェんだ。

 

 「ブルージャムの奴らは性別、年齢問わず平気で人を殺す。なんで言わなかった」

 サボはおれをあいつから遠ざけ、理由を聞いていた。

 しゃくりあげながら、話せばもう友達になれない。ルフィは涙を必死にこらえ言う。

 「なれなくても死ぬよりましだろうが。なんでおれ達と友達(ダチ)になりたいんだよ」

 「アンが教えてくれたんだ。一緒だと楽しいって」

 耐えきれなくなった涙がぼろぼろと零れる。んだよこいつは。

 「だって…だって他に!! 頼りがいねェ!!!」

 

 おれはその一言に、言ってやろうと思っていた全てが止まった。

 

 フーシャ村には帰れない。山賊にも世話になりたくない。手をのばしてくれたアンと、同じ手のひらを持つエースだけが寂しさを紛らわせてくれた。今日初めてサボにも会えた。嬉しかった。無理しなくとも、普通に笑えた。

 時々帰って来る祖父以外は誰もいない部屋にぽつんとひとりきりになる。

 「…1人になるのは痛ェのより辛ェ!!!」

 言葉に、偽りなど無い。

 

 親が居ないのは知っていた。

 その代り、村全体でこいつを育てているんじゃなかったのか。あんなにも村人達に囲まれて、構って貰えてそれ以上何を望むって言うんだよ。

 「お前、親は」

 「じいちゃん以外にいねェ」

 

 ルフィは鼻をすすって、必死に涙をこらえながら言葉する。

 孤独の苦しさは身にしみている。ジジイが居ない分、村の奴らが…

 ああ、なんだ。お前も腫れものみたいに扱われてたのか。

 「…おれがいれば辛くねェのかよ…」

 ルフィは頷く。

 「おれがいないと困るの…か」

 こくり、とルフィが再び頷く。 

 「アンもいねェと嫌だ」

 

 町の奴らは言っていた。

 ロジャーにもし子供がいたら?

 そんな奴がいたら困るだろうが、なぁ!

 そいつは生まれてくる事も生きる事も許されねぇ!

 なんたって"鬼の子"だからな! 

 同じ空気を吸ってる、ってちみっと思うだけでも反吐が出らぁ!

 嘲笑を繰り返した。

 誰もかれも同じことを口にする。誰からもおれ達は存在すら許されていなかった。

 

 「お前はおれに…生きててほしいのか?」

 不意に出た言葉だった。

 「当たり前だ!!」

 嘘ではないと、分かった。まっすぐにおれを見ている。なるほど。お前はいるって言ってくれるんだな。アンが…構いに行くわけだ。

 「そうか…でもおれはお前みてぇな甘ったれ嫌いなんだ」

 いろんな感情が胸ん中でごわごわしやがる。変な気分だ。

 

 「おれは7歳だぞ!!お前みたいに10歳になったら絶対泣かねェしもっと強ェ!!!」

 「おれは7歳んときはもう泣いてなんかねェよ!! バカはお前だ、一緒にすんな!!」

 

 

 賑やかしい声にむくりと身をアンは起こす。

 「うるさくて眠れねぇ?」

 サボが鉄パイプを肩に担ぎ、此方を見る。

 「ううん、心地いいよ? いやあ、いい兄弟喧嘩してるなぁって。ちょっと嬉しくなって起きちゃった」

 

 アンはサボと共に観戦していた。

 エースが心の内に隠し持っていた声がようやく聞けたのだ。

 ただそれだけなのに、どうしようもなく感情がこみあげてくる。ルフィの存在は、エースの中でもどんどんと大きくなっていくだろう。在っても良い、ただそれだけの事を認めてくれる誰かがいるだけで、生まれてきた意味を見いだせる。

 サボの一言も効果大、だったよね。さらりと殺し文句言っちゃう所が罪深いのだけど。

 アンはくすくすとひとりで笑む。

 

 「ところでよ…」

 「あー、ごみ山にサボ帰れないね。どうする?」

 今日の事で少なくとも、ブルージャム海賊団には命を狙われる危険性が出てきたわけだ。奪った宝もきっと秘密裏に探し出す算段をしているだろう。3人の後をつけて場所に辺りを付け、そして奪いに来る。大人達にしてみれば、子供らが隠し貯金を殖やしてくれているようなものなのだ。急いで取りに行く必要など無い。満タンになってから、ゆっくりと手に入れればいいだけの話なのだ。

 アンは思案する。

 「サボが良ければ、ダダンおばさんのところに来ればいいと思うな」

 ダダンがどういう声を上げるのか、分かってはいたがサボなら大丈夫だろう。上手く一味をおだてて、丸く話を納めてくれるに違いない。エースは散々くそばばあだと罵るが、以外に面倒見のいい所があるのだ。つぼをついたお願いすればきっと、置いてくれるだろう。

 

 案の定、ダダンはムンクの叫び宜しく、新たに転がり込んできたサボに驚愕の声を上げた。

  

 コルボの悪童たち。

 山や深い森の中で猛獣を狩り、町の不良たちやごみ山の犯罪者、入り江の海賊達との戦いに明け暮れ、その名は壁を越え王国の中心街にまで届くほどになる。

 

 「アンちゃん、無事で何よりじゃのぅ。ここいらも多少は落ちついたわいな。それぞれの溜飲も少しはくだった…の」

 数日後、ごみ山に住む老人からアンは聞いた。

 ポルシェーミの姿が消えた、と。

 船長が放った銃撃で、頭を射ぬかれゴミ山の一部になったという。

 ようやく罰が当って清々した、そう暗い目を光らせ、老人は言った。

 


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