ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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42-東の島

 「急げ救護班!!」

 急を要する声が乱れる。村は炎に覆われていた。死者の数は数名、それだけが不幸中の幸いだろうか。

 海兵達は住人が避難しているという天然の洞窟へと向かい、軍艦の到着を叫んでいた。

 しかしその声もまずはこの火災が収まらなければ聞こえないだろう。炎がおこす上昇気流が、海兵達があげる声を飲みこんでいるからだ。

 

 水源がどこにあるかも分からない場所での消火は骨が折れ難しい。

 大将がいれば凍らせて貰うのだが、生憎、現在、行き先を告げずポタリング中だ。

 不在の状況に慣れつつあったが副官となったアンはたまったものではない。

 

 「火の回りが激しいから、建物を壊して!無事な家屋に移らないように!」

 指示を飛ばしながら自身も手にしたハンマーで燃え盛る家であったものを破壊してゆく。

 ちりちりと肌を焼く火の粉の中を走り、砂をかけて火を押しとどめる海兵達を鼓舞する。

 こういう時、水か砂、空間を圧迫し空気を遮断する能力者が居てくれたら楽なのに。などと不謹慎な事を考えた。

 意外と知られてはいないが消火の際、水と同じ様に効果を上げる物質があった。

 それは砂、である。

 例えば焚き火をしていて横の草に燃え移ったとする。水があればそれをかければいいが、無い場合には砂をかけると空気が遮断され火が消えるのだ。

 特に水をかけるとかえって危険な油系には砂の方が効果が高い。ただまとまった量を必要とするため、手間ではあるのが欠点だろうか。あとは炎が炎であるために必要な酸素を遮断できる能力が存在しえれば問題ない。

 

 「離れて!」

 倒れてくる梁に向かい、アンは手にもったハンマーを振りながら嵐脚と同性質の技を放つ。数名の海兵が今のうちにとその場から立ち上がり、腰を抜かした同僚を引きずって退避した。

 真っ赤な炎の熱に浮かされ、力の手加減が出来にくくなりつつある自身に眉をしかめる。火が怖い訳ではない。引けと願ったのは、自分の力が仲間を傷つけてしまうかも知れなかったからだ。

 「ポートガス!!」

 炎が風を帯び勢いを強める真っ只中に突っ込んだ副官へ向かい、海兵達が叫びをあげた。

 その最中、粉じん爆発が起きた。海兵達が炎から逃れるように駆け出す。

 空気中に浮遊している粉じんが燃焼し、その燃え広がりが細かに伝播したのだ。海兵達はもうひとりの副官の声が聞こえるや否や、必死に脚を動かし逃げた。

 

 「…熱い、痛い、髪の毛が燃える」

 副官がふたり並んで立っていた。

 少しふっくらとした体形の男が余り期限が良くない、もうひとりの船長補佐へと優しげな視線を投げかけていた。

 「よかった」

 誰かがぽつりとそう安堵を吐きだす。

 炎の中に居た筈の姿が、避難に走った海兵達よりも先にその場に居たとしても不思議ではない。

 能力者ではないが、瞬時にここない場所に移動できる特異的な力を持っているからだ。船を実質上切り盛りする副官たちの姿に、海兵一同がほっとした声を出した。

 「まったく、あなたという人は無茶が過ぎますよ」

 「ごめん、エリキ副長」

 

 炭ががこびりついた頬を、溜息と共にもうひとりの副官が指で拭う。

 「船に戻ったら、いの一番に身支度ですね」

 全く困った鉄砲玉だと腰に手を当てた。

 「さあ、青雉大将が戻って来るまでもうひと頑張りですよ」

 

 

 エリキは大将艦の副長として、現青雉がその位に就く前からその立ち位置に座り続けているという。

 年齢も青雉とさほど変わらない。

 上の役職に何度もあがれただろうに、その全てを否定している稀有な人物だった。

 義祖父も好き勝手やる分にはこれ以上の役職は必要ない、と言い切るがそれでも中将という階級まで登っている。

 

 エリキという人をよくよく観察すれば参謀タイプであると気付くだろう。

 大将の横に付き添い思考による戦いを進言する。自分の役所はここだと決しているのだ。

 雰囲気的には時代劇でいう、黒田孝高にそっくりだ。テレビで見ていた名前ならば、諱(いみな)である官兵衛、という名の方が聞き覚えがあるかもしれない。

 

 エリキは直接的な指揮も行うが、どちらかと言えば策略的戦術を好む。直接的、だけに関して言えばケムリンが一手に引き受けていたらしい。なんとも適材適所の布陣である。

 黄猿は遠距離からの砲撃を行い戦意を失わせ、赤犬は接舷し甲板戦に持ちこむ事が多かった。青雉の艦は相手の進行方向をあえて阻まず、逃げ道となる幅を不意に開けていると思わせておき、後方から正確な砲撃で海賊船を沈める戦術をとる。

 ある程度の距離があっても潮や風の流れを読み追い込むのだ。そして拿捕する。

 クザンに連れられ出かけた際は連れ帰るのが面倒だとその場で氷漬けにし砕いてしまう事もままあったが、船では大概、エリキの方策を受け入れ穏便に処理していた。

 

 黄猿、赤犬、青雉と全ての大将艦に乗り、それぞれの特色を見てきたが何もかもが面白かった。学び取ることがまだまだ多くある。2年間延長してよかったとすら思えた。

 

 「ポートガス、洞窟に近い家屋に殉職した海兵の亡骸と少女を保護しています。身元確認が出来る物を持っていなかったのですが、あなたなら面識があるかもしれません。行って見て来て下さい」

 

 アンは返答し現場指揮をエリキに任せてそちらへ向かう。

 途中で茶飲み友達になった海兵のひとりと擦れ違い様に情報交換をする。情報系を主に扱っている部署に配置されている彼はアンが必要とするものを的確に持って来てくれる。

 友人となって間も無いがアラバスタで偶然会った人物だ。彼、も休暇を使って来ていたらしく。丁度喉も乾いていたのでお茶に誘ったら快諾してくれ。

 

 帰りの日程が同日だったので瞬間移動でマリンフォードに共に帰ったのだ。その後、同じ部隊だと知った時思わず再会を喜んで抱きつきに行ってしまったのが悪かったようで、クザンにいろいろと手ほどきされたと聞く。

 

 最近クザンの子守りが過激になってきていた。アラバスタから戻って来てから特にである。お兄ちゃんの役目をしっかりと果たしているだけとは本人の言だが、義祖父の息がかかっているとはいえあまりに過保護過ぎた。11歳の頃ならまだしも、15にもなって懐に収まっているのはどうかとも思うのだ。

 

 人生2度目の思春期は以外に刺激的だった。あちら側では両親を亡くしていたからだろうか。祖父の言をしっかりと守り、ある意味自分を押さえこんで生きていた。

 だがこちら側では目一杯、理不尽すぎる不満や反発を出す事が出来た。構ってくれる手を弾いても、こちらが疲れるまで相手をしてくれる。何事かにかちんとして喧嘩腰に発言をしてもそれすら受け止めてしまう周りの弾力性に、ちゃぶ台を文字通りひっくり返したくなるのもしばしばだった。

 

 大人への階段を、登らせて貰っている。そんな事を思いながら彼、と別れた。

 

 

 火の手は大分、収まってきていた。

 赤く燃える焔と黒い煙を発見したと報を受けた時、今まで見てきた悲惨な奪略が行われた村や町の姿が脳裏を横切ったのは確かだ。

 最悪の事態を想定し、艦は入り江へと入る。

 生き残りは絶望的だろうと思いながらアンは月歩を習得している部下を引き連れ、先陣を切って上陸した。

 

 海賊は。

 多くの場合奪略を行う。畑を耕し、羊や牛を育て、真っ当に日々を過ごす人々から海を行く賊たちは強奪する。

 砲弾で家屋を打ち払い剣や銃を用い命を侵す。

 

 海賊達も人間だ。生きてゆくためには食べ物が必要となる。

 だが食物の多くは陸にあり、海で採れるものといえば魚くらいだろう。運良く海王類以外が釣れればいいが、ここは"偉大なる航路(グランドライン)"、そうそう狙った獲物が得られる訳もない。

 

 基本的に港への上陸を拒否される彼らの選択肢はたったひとつ、強奪だ。

 

 世界ではそれがデフォルト、選択肢が示されない場合、自動的に選ばれるものとなってしまっていた。

 だから海賊は『悪』、とされる。

 しかも彼らにとって物資や金品など、世間の評判通り海賊らしく奪うものであり使う為にあった。奪われる立場の人々がどれだけ苦労して手に入れたものであろうが関係無い。

 

 そうさせる所以は、海賊が強者だからだ。

 程度は徒党となっただけのごろつきから億を付けられた凶漢まで幅広いが、海軍はその強者から弱者を守り海を運行する人々を守るために存在していた。

 しかし世界は広い。間に合わず、人知れず消えてゆく町もある。

 

 

 アンは少女の横に座っていた。

 住人が住んでいただろう家屋の多くが焼け落ち、焦げた木の匂いが充満している。

 名前をヨーコという。この集落を守ろうとし、命を散らした海兵の一人娘だ。

 海兵の名はクナギ。赤犬艦に乗っていた時の同僚だった。

 数週間前、久々に帰郷すると言う彼の背を定期船で見送ったばかりだ。アンも眠るように横たわる彼であったもの、に実感がわかない。

 

 何人もの死を見送ってきた。

 幾人に死を与えてきた。

 だがいつまで経っても、見知った誰かが骸となればやり切れない思いが沸いてくる。これは一生無くなりはしないだろう。

 

 ヨーコは父の形見である帽子の下で涙を堪えていた。

 その気持ちは痛いほどわかる。

 死を直視したのだ。目の前で息を引き取る父の姿を見続けた。

 周りを炎に囲まれているのに、どんどんと冷たくなっていく父の側から離れようとしなかったという。

 

 今、小さな少女の内がどんなに寒々としているのか、その影響がどう残るのかもアンには想像が容易かった。

 かつてこんなものはもういらないと泣き叫ぶほどに味わった気持ちだ。

 

 「副長、住人の代表者と洞窟内にて接触が出来たようです」

 「お疲れ様です。先行していた方には労いを。当面の生活物資支援などはエリキ副長の指示に従って下さい。賊はわたしが追います」

 海兵は一瞬言葉に詰まる。

 いつもとは違う種類の、笑みを浮かべていたからだ。

 能面のような無表情であるのに、なぜか笑んでいると思わせる。

 

 「…船、落とさないで下さいよ」

 「捕虜もいるし、そんな無茶はしません。全面氷漬けにして始末書出すようなクザンみたいな真似、するわけ無いじゃないですか」

 にっこりとアンは笑む。その表情に思わず声をかけた海兵が一歩後ずさった。

 

 そうしてアンはゆっくりと立ち上がる。

 見回せば町に関してはほぼ鎮火しているようだった。この町を襲った海賊達の姿は既に捉えている。

 遠くに投げていた見聞色を手前に移行すると、森に移った炎に苦戦しているらしい仲間達の声が近くに聞こえてきた。木を切り倒し、迫る炎と戦っている。

 

 アンは一か八か、この地に雨が降るよう願ってみた。天候を自由に操る能力など聞いた事が無い。だが向こう側では非科学的ではあるが、雨乞いの慣習が残る地もある。炎が上がり、たくさんの上昇気流が生まれた筈だ。失敗したとしても誰に責められる事もない。

 どうせなら土砂降り希望、そんな願いを空に放つ。

 

 どの海兵の顔もすすで汚れていた。やけどを負っている者もいる。

 だがそれらがあっても救助作業を行う顔には使命感が宿り、洞窟から出てくる住人の為の仮宿を用意し始めていた。

 

 「…仇をとって…くれるの?」

 途切れとぎれの声が耳に届く。俯いたまま、ヨーコが発した声だ。

 「…本当はそうだ、って言ってあげられたら良いんだけれど」

 一度言葉を切る。小さな瞳が上向いた。

 「悲しみの後にはきっと、自分に対するやり切れなさと、相手を憎む気持ちが出てくる」

 だから仇は取らない。憎むのも止めない。

 

 「あんたになんか、分かるもんか!!」

 うるませた瞳でヨーコは小さな拳を何度も何度も、父と同じコートを羽織った人物へ振るう。

 けれどその代りこの島が出来るだけ平和であるように、クナギが残した望みが叶うよう、ヨーコがこの島で生きてゆけるように。

 

 「その障害を取り除いて、攫われた人を助けて来る」

 アンはただただ優しく拳を受け止める。幼子が泣きやむまで抱きしめ続けた。

 「海賊、海賊って、みーんな猫も杓子も。他は無いのかって思うよねぇ」

 暫くの後、緊張が切れ泣きながら眠ってしまったヨーコを近くに居た海兵に託し、ふと姿を消す。

 

 

 

 一閃。

 アンはナイフを抜いていた。

 ダダンから貰い、大切に使っている小振りの刃だ。

 

 生暖かい赤が降る。

 

 

 この船の様子は遠くカンソーン島、リトルイーストブルーからずっと見ていた。だから誰がどこに居るのか、それすら容易に分かる。

 

 トン。

 革靴が木を叩く。

 

 一瞬で現れたその姿を、誰もが驚愕と共に見た。

 「…宴の最中に、失礼」

 

 アンが出現し、刃を振るったのは海賊の輪の中だった。

 奪った食料と酒、そして僅かではあったか金品の分け前が終わり宴が開かれている真っ只中、海軍のコートを纏った少女が現れ、一閃、豪快に笑っていたその顔のままの船長の首を文字通り切った。ぬるりと線が入った場所から、首が斜めに滑り落ち、床に落ちる。

 

 海賊達は慄(おのの)く。

 誰もが海兵を見た。

 ぬらりと濡れるような、細められた目には非情な冷たさだけがある。

 

 海賊達は陽気に笑い、酒を飲み、唄っていた。

 だから未だ船長は笑っている。笑い声が響く中、血潮が噴水のように切断面の両方から血液が送られ続けていた。

 船長である男は自身が死んだと認識せず笑いさざめいている。しかしそれもあと数分の事だ。

 甲板に直置きされていた料理の数々には紅がぼたぼたと降りかかり続けていた。随分と塩分過多になっていそうだと他人事のように思いながら、アンはゆっくりと靴音を鳴らす。向かった先は刃の上部を滑り落ちた、この船の取りまとめ役である。

 転がったその頭部を海兵が髪を鷲づかみにし持ち上げ、己の視線と合わせる。頭部に流れていた血が甲板に落ちるがままにしながら、言葉を続ける。

 「ねぇ。わたしの同僚を殺したのはあなた? ごめんね。答えられないよね。ふふっ…聞く前に殺しちゃったから」

 

 船員達は息をのむ。

 それは天使のようなほほ笑みだった。小さな子供が無邪気に向けてくるそれと同じだ。海賊達は飲んでいた酒の味すら忘れていた。美味だったはずだ。いつものように日々の糧を得てその祝杯を挙げていたはずだ。なのになぜこんなことになってしまったのか。

 天国から地獄とは今のような事を言うのだろう、そう身の上で感じさせれられている。

 

 真白なコートが紅に染まってゆく。

 海賊船に乗っていた者達は余りの光景に動けない。

 圧倒的な力の前に、抗う気持ちすら起きないまでの畏怖に取りつかれていたのだ。

 

 「海賊の末路は知ってるよね。今ここで選ばせてあげる。この場で自害するか、罪を償う為に縛されるか、それとも…わたしの手にかかるか」

 

 男達の大半はその声を全て聞き終わる前に意識を手放した。交戦の意思あり、とアンが断じたからだ。

 

 

 

 半日ほど経って、アンは再びカンソーン島を訪れていた。

 身なりはどこにでもいる村の子供と変わらないような、Tシャツと短パン、そしてブーツの組み合わせだ。

 海兵としての身分証は腕に付けた腕章のみだが、同じ艦の海兵が至る所にいるので必要無いともいえる。だが一応、付けてきた。かつての経験からだ。

 衣類の一式は大量の血を吸い、処分となってしまった。しかもみっちりとお説教も貰ってからの帰島となっている。

 

 

 捕虜になっていた女性はことごとく嬲られていた。

 島に戻る選択と他の島に移り住む選択肢を提示したところ、ほとんどが後者を願ったのは分からなくもない。

 全ての部屋を調べ隠れていた海賊を引っ張り出した後、アンは電伝虫でエリキに連絡を取った。

 女性達に関しては本部に居るはずの義祖父へ繋ぎを入れて貰えるようお願いする。元々東の海出身者達だ。故郷に戻るのも良し、新天地を求めるのも良し、管轄している義祖父ならば良い転居先を知っているだろう。

 

 そんなこんなで大人しく身を縮ませたままの海賊を見張りながら、迎えを待つ事一時間余り。

 あるかと思っていた反乱も抵抗も無く、近場を航行していた黄猿艦が船体を寄せた。

 乗り込んできたのは中佐にまで地位を上げたドレークだ。

 アンはいつものように、片手を上げ挨拶とする。がしかし。ドレークはその姿を見るなり盛大な溜息をその場に落とした。そしてアンの元へ一直線に進んだかと思えば首根っこを掴み、挨拶の言葉すら受け付けず艦隊の浴槽へと放り込んだのである。

 

 小言をぶつくさと言いながら体を清め用意されていたぶかぶかの衣類に手を通し、外へ出てみると黄猿が待ち構えていたのは言うまでもない。

 「アーン。海賊船の船長の首、切っちゃったんだってぇ? 生きてる海賊達はみぃーんな震え上がっちゃってるし、恐怖が強すぎて自分で首を掻き切ってるのも居るらしいんだよねぇ。なにをやったのかわっしに詳しく教えてくれるかなァ」

 

 「いや、その。えーっと」

 執務室に連れて行かれ、肩叩きをさせられながらじっくりと島が見える場所までみっちりと諭された。いくら強くなってきているとはいえ、単独行動な上、貴重な労働力になる海賊達を委縮させ過ぎては使い物にならないなどなどだ。

 青雉が不在ならばなおさらだと、ボルサリーノからお叱りを受けた。

 

 青雉艦に戻る時に甲板に下りれば、ドレークから無言の戒めがやってくる。

 「そんなにわたし、無茶してる様に見えるのかな」

 「ああ」

 

 即返される言葉にアンはひとり苦笑する。義祖父付きとはいえ中将となれる位の実力といわれているのだ。これくらいひとりでも十分に対処出来る。否、出来なければ海にエースと共に出ることが出来ない。

 年齢に関して文句を言うのならば地位を落としてしっかりと監視下におけばいい、とすら思った。

 「艦が別だからな。何かあった時、すぐに飛んで行ってやれん」

 相方の言に頬が緩む。子ども扱いではない。お互いを支えあう者として当然の進言である。

 「でもこうして時々は会えるのも、いいよね」

 

 見上げてくる柔らかな好意の笑みを向けられるとドレークは苦笑するしかない。

 相方は強い。強くなった。初めて出会った頃と比べても、天と地ほどの差である。だからなのだろうか。余りにも危なっかしく思えてしまうのは。

 強さに驕り、傲慢になっているとか自惚れている風には見えない。それよりも焦りがちらりと見え隠れしている。まだまだ強くならねばならぬのだと。その瞳は何を見ているのだろうか。

 儚さを含んだ小さな背が砂塵のごとく消えてゆく像(イメージ)が浮かび、ドレークは咄嗟の思考をかき消した。この少女は出会った頃からそうだ。自身の価値を余りにも低く見過ぎる節があった。

 「おれもまた、この次を待っている」

 変わらず相方と、言ってくれる少女に言葉落とした。

 

 青雉艦が小さく見える位置まで近づけば未来の中将候補が綺麗な敬礼を形作り、空を舞い駆けるその姿を見送る。

 「さぁて、わっし達は本部へ帰るよぉ。全員、持ち場に就くようにねぇ~」

 

 

 そうして艦に戻り、衣服を普段着に変えリトルイーストブルーへと入った。

 だぶだぶの服装では動きにくかったからだ。スーツの替えは持って来ていたが、コートは一着限りの品である。本部へ戻った時に、おつるを経由して衣装室に行かねばならないだろう。身長も少しは伸た。既製品で片付くようになっただけ、以前と比べてましと思う。

 最初の一着目は特注品だった。

 なので貰ったばかりの頃、袖の揺らし具合が分からなくてほつれを作っては修繕、を繰り返したのも良い思い出だ。

 

 「あれ。地面が濡れてる。雨が降ったの?」

 「副長、お疲れ様です」

 港を警備する海兵へ敬礼を返し尋ねてみる。

 するとアンが出かけてから間も無く、まさに恵みの雨が降り町も森もしっかりと鎮火したという。

 

 神にも仏にも日々祈っているわけではないが、願ってみるものだ。

 そんな事を思いながら月歩で青々とした葉に戻った木々の上を行く。つんとした火事の後に漂う特有の匂いがあるものの、炎の中で嗅ぐ熱と比べればどうというものでもない。村では数本の煙が立っていた。

 港で聞いたところによれば、炊き出しをしているのだとか。海兵の一部がアンを真似て森に入り、獲物をしとめてきたという。

 「逞しく育っちゃって」

 

 くすくすと、アンが笑う。

 狩りを行った本人達が聞けば、本家本元には叶わない。そう口を揃えて言うだろう。

 ドーン島では兄弟達と獲物を獲って食べるのが普通だったが、一般的にそれは苛烈な生存競争(サバイバル)という代物だった。海兵として長く勤めていても、この類は実際に経験しなければ培われない能力といえる。どれだけアンの元に配属された海兵達が訪れた島々で鍛えられたかは、言うに及ばないだろう。

 

 夜の炊き出しをしているテントへ近づいてゆく。周囲には幾つものランプが吊るされ、灯りが燈されていた。

 「…黄猿大将より、連絡、受けましたよ」

 こちらで待ちかまえていたのはエリキ副長だ。

 乾いた笑いを放ちながらアンは後ずさる。黄猿からみっちりと、耳にタコやイカ、ホタテがぶら下がるほどにみっちりとお説教を喰らったばかりでこれ以上は聞きたくないと耳を塞ぐ。

 「私からはなにも言う事はありません。青雉大将が戻られた後は、知りませんが?」

 

 「やっぱり怒られる、かな」

 自転車のベルの音が当分聞こえませんように、と願いながらアンは再びみっちりと厳しく注意される覚悟を完了させておく。少なくともこめかみへの攻撃だけは覚悟しておかねばならないだろう。

 「なんかもう最近、みんなが家族化してきてるみたいで。煩い」

 エリキが小さく笑む。既に海軍には無くてはならぬ戦力の一翼となってはいるが、本来彼女はまだ海軍学校で知識と体を作り続けているはずの年齢である。英雄の孫として鳴り物入りで入隊したが、誰もが早々にモノになるとは思っていなかったはずだ。今でこそ誰も彼女を邪険に扱ったりはしないが、英雄の孫が気に入らぬと悪意を隠さなかった多くもあっただろう。

 それらに対しアンは全てを無視したと聞いている。耳に入れてもなんともないと態度で示した。

 なのに今、青雉や黄猿や英雄ガープが何か言おうものならがぶりと噛み付くことも少なくは無い。

 

 これはいわゆる反抗期、というものだとエリキは考え至った。なんとも面倒であるが貴重な時期に青雉艦へ来てくれたものだ。

 大人のような言動を繰り返す少女をどう扱えばいいか。迷わなかったといえば嘘になる。言動の裏にある真意にすら触れてくるのだ。読みあいには自信がある。拮抗した相手であるほど次の手を指示するのが楽しみとなった。

 

 大人のように振舞うことを求められた少女が子供の殻を破り、どういう大人に変化していくのか。

 なんとも楽しみな卵を与えられたのだと、エリキは小さく笑む。

 

 

 「ここです」

 エリキに連れられ海兵も夕食を共に食べているという天幕へとアンは入る。随分と空腹だった。こんなに腹がすくのは珍しい。

 幕の外にも海兵が立ち歓談していた。副官達が近づくと敬礼するが、軽めの挨拶を返せば交わしていた会話の内容に再び入ってゆく。内にも外にも笑い声が聞こえた。どうやら戦時は抜けたようだ。海賊の襲撃がありたくさんの家が焼け人も死に捕虜も出たが、この村に住む人々は随分と前向きのようである。否、生きる為に強くあろうとしているのか。

 

 「あ、おかえりなさい」

 「ただいま」

 ヨーコがアンの姿を見つけ、もじもじとしながら近寄ってくる。

 

 海賊船でなにをしてきたかは話さなかった。

 捕まっていた人々は海軍で保護したので心配ない、それだけを伝える。

 「おお、あなたがゴア王国出身の。初めまして、わしはこのリトルイーストブルーの村長をしておるファブルです。いやいや~ようこそ来て下さった」

 

 そうここは東の海出身者だけがが辿り着くという不思議な島だった。

 村の人々は長年の付き合いがあるご近所のように温かくアンを迎い入れる。フーシャ村でいつも笑顔でおかえりなさい、と迎えてくれるマキノを思い出し、くすぐったい気持を感じながら遠慮がちに触れてくるヨーコの手のひらを握りしめた。

 

 生きること。

 簡単であるようにみえ、これが一番難しいのだと思うようになってきた。

 生きた一日ががずっとずっと繋がって、それぞれの過去となり未来へ進む糧となる。

 アンは村の食卓に混ざりながら、心から願う。

 どんな苦難があったとしても、この村に住まう同郷の人たちが幸せでありますように。ただただそう祈った。

 押し付けがましい願望であったのだとしても。


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