ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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04-ポルシェーミの一件(1)

 ガープがやってきた。

 7歳を迎えるルフィの誕生日に合わせて帰って来たのだろう。ダダンに預けたふたりの様子も必ずと言っていいほど、帰郷の際には見に来ていた。いつもは単身で登って来るはずなのだが、なぜか今日はルフィの声も聞こえる。

 海賊王になるというルフィの声、悪魔の実など食いおって!という義祖父の声。

 海兵になるかどうかはさておき、とうとう待ち望んでいた日がやってきた訳だ。

 

 シャンクスが海に出てから、ルフィは村に下りてきたアンに自分も鍛えて欲しいと言ってきた。あの日、あの海での経験がルフィの意識を変えたのだろう。無謀を素で行う所は変わってはいない。だが自分の弱さを認める事が出来た。強くなりたいと願った弟に、アンは曜日を決めて村に足を運んだ。基本的な体力を養わねば、森に入っても弱肉強食の掟にひれ伏してしまうからだ。

 コルボ山は深い山林が広がっている。その殆どが人の手の入らない、自然の、食物連鎖の上に築かれている。人が立ち入らない場所というのは、それなりの理由があるから『立ち入ってはならない場所』として流布されるものだ。

 特にダダンが暮らす山の中腹辺りは、唯一縄張りを持つ主たちが立ち入らない中立地域ともいえる場所となっている。理由は簡単だ。長年ダダンがあの場所に居を構え、罠を張り巡らし、野生が近づかないように奮闘した結果だった。以外にダダン一家は強かった。なまじ徒党を組んで事に当たってはいない、という所だろう。

 

 悪魔の実を食べたとはいえ、ただの村の少年であるルフィがそのまま森で生活すればどうなるか。生まれつきの幸運を持っている節があり、起るとは思えないが、最悪の事態が起きてしまった時は死につながりかねない。

 村に下りるようになったアンは、時にはエースも加わえて、砂浜で走り回っては疲れ果てて寝転がり、平野の鹿などを捕りに行って共に食に有りついたりと、慌ただしい日々を送っていた。"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"に住むサボにも弟分の話は伝えてある。一緒に来ればいいと誘うが、彼はゴミ山から動かなかった。

 

 叫び声があがる。

 愛ある拳には悪魔の実の効果も打ち消されるようで、覇気という特殊な力を纏っていなくともガープのゲンコツはルフィの脳天に直撃した。その痛さと言ったら、脳心頭を起こしてしまいかねないくらい、ガツンとくる。しかも男二人には容赦なく、たんこぶが山と築かれる事も少なくは無い。

 以前町に連れていって貰った時には、いつもの行動を普通にしでかしたエースの頭上にはタンコブの塔が出来たほどだ。日常的な不確かな物の終着駅(グレイターミナル)走破ルートでは無く、村から船に乗り港を繋ぐ航路であったのも悪かったのだろう。有り余った体力がそうさせてしまったのだろうが、そこは、そこ、と分別した。自業自得に救いの手を差し伸べず、みっちりと愛の鞭を受けて貰ったのだ。もちろんその後の慰めは忘れなかったが。

 

 「おじいちゃんこんにちは。ルフィを連れてどうしたの?」

 わざとらしい言い様に、エースはそっぽを向く。時折観るアンの夢で、分かっていたのだ。これは確定事項、なのだと。そしてアンは、ずっと待ち望んでいた。

 母の中から一緒だった自分が居るのにも関わらず、新しい誰かが来て嬉しいなど、意味が分からなかったのだ。

 確かにこの小さな、弟、となる人物が懐いてくるのは、思っていたより悪い気分では無い。

 だが、それとアンの喜びとは別の話だ。

 「アンか、また少し大きくなりおって。元気で何よりじゃ!」

 「だずけて、アン、イデデデデデ!!」

 ようやくほっぺたを放して貰えたルフィはアンとエースの方へと歩いてくる。

 

 「ガープさん!! ホントもうボチボチ勘弁しておくれよ!! あいつらもう10歳だよ」

 「こり以上我々じゃ手に負えニーよ!!」

 騒ぎを聞きつけた面々と。

 外へ呼び出されたダダン一家は口々にふたりの悪童ぶりを吐露する。

 しかし用件とは引き取りではなく、引き渡しだった。

 「よし…じゃあ選べお前ら。ブタ箱で一生終えるか、こいつを育てるか」

 目を瞑ってやってるお前らの数は星の数だ…!!!

 

 とはどこかでも聞いた覚えがあるセリフだなぁとアンは首をかしげる。

 「そりゃまー捕まるのもやだけど」

 時々監獄の方がマシじゃないかって程このふたりでほとほと参ってんのに、それに加えてあんたの孫、ですか。

 ダダンだけではなく、一家の誰もが顔色を青色に変えている。

 ねえみんな。みんなのご飯、ほぼわたしが作ってるんだけれど。台所仕事が出来るわたしが居なくなったらみんな困ると思うんだけれど。

 0歳児でこの家に預けられた時は、当番制で回されていた家事その他の状況を思い返せば、ぶるりと身が震える。現代的な生活を送っていたアンには、耐えられない状況が見えてくるまで、時間はかからなかった。小さいながらも体が自由に動けるようになった3歳ごろから、一家を叩き直したのは言うまでもない。

 幼児のお願い、は絶大な威力を誇るのだ。

 

 ちゃんと言われた最低限の雑事はやってるのだけれどなぁ。アンは日々の雑用をひとつづつ数えてみる。

 ダダン達からしてみれば基本言う事を聞かない。最近は鉄砲玉のように帰ってこない事もある。持ち帰る獲物が最近大型化してきた。もしかして自分達より力を付けちゃってる?最近は暴れても手がつけられないよ?という状況なのだろう。

 アンはエースを見る。

 眉がひくひくと動き、邪笑みを浮かべた口元は今にも爆発してしまいそうな形相をしていた。

 野牛を狩り終えてすぐだというのに、野生児は体力がまだあり余っているようだ。

 「エース、ルフィを頼んだぞ!!」

 「……」

 エースは応えない。ただ唇を真一文字に結んで、ガープを見ていた。

 「決定ですか!!!」

 「…なんじゃい!!!」

 ダダン達が涙を流して必死に抗議しても、ガープに一睨みされて終わりだ。

 「お預かりします…」

 義祖父とダダンの初遭遇は、まだお互いが10代だった頃と聞いた事があった。既にその頃ダダンは山賊に身を窶(やつ)しており、フーシャ村へ強襲に入った時に初めて出会ったという。

 言わずもがな、コテンパンに伸ばされたそうな。

 詳しい話は酔いつぶれて聞き出せなかったが、意外につきあいが長い、という事は分かった。

 

 「おれ、山賊大っっ嫌いなんだ!!」

 その日の夕食時、ルフィは言った。暖炉を囲む面々も困ったような、腫れものにどう触れようか思案しているのが分かる。

 「黙れクソガキ。あたしらだっておめェみたいなの預けられて迷惑してんだ!!」

 この場に居たくなければ好都合、勝手に出てゆき勝手に野垂れ死ねとダダンは叫んだ。

 あの肉もこの肉も、このふたりが獲ってきた野牛の肉だ!! あたしらにも分け前を渡すことで食卓に並ぶんだ!! 

 仮親の言葉はまだまだ続く。

 要するに、山賊稼業が不況と言いたいのだ。

 森には意外と食べ物が溢れている。ただ一家を養えるだけの量を毎日確保できるのかと聞かれたら、出来ない、と答えざるを得ない。この周辺は大型の野生動物が余り寄りつかないからだ。

 言うなればこの一家の主な収入源は窃盗、詐欺、だった。ルフィに人殺しまでやって貰うと示唆する。だが祖父には告げ口するなと言うのも忘れてはいなかった。

 

 一日に一度、コップ一杯の水と茶碗いっぱいの米。

 保障される食はそれだけだ。

 後は自分で勝手に調達し、勝手に育てと言う。

 

 同じ事を言葉を理解し始めた頃に言われた記憶がある。

 だからエースは狩を始めた。

 「わかった」

 「ん…わかったんかいっ!!! 泣いたりするトコだそこはァ!!!」

 ダダンの突っ込みに笑いがこみあげてくる。以前祖父に無人島のジャングルへ投げ込まれた時に、口に出来そうな物は大抵試し済みなのだ。既に平原で一緒に獲物を捕えて食べた事もあるルフィに、泣いて慈悲を乞えという方が無理な話だった。

 

 「おい、分けてやるから食え、食って寝ろ」

 がつがつと肉に齧りついていたエースが一切れ、ルフィに渡す。

 既に風呂は済ませていた。水を入れ火を焚き、沸かすのはふたりの仕事として、一応、振り分けられていたからだ。

 アンはまさかの行為に、吃驚して食事の手を止める。まさかルフィに食事を分け与えるとは思わなかったのだ。

 小さな男二人は、異常な食欲を見せている。分けられた肉の殆どは、エースの皿にあった。アン自身の肉は既にルフィの腹の中に収まっている。小食のアンをいつも大丈夫か、とエースは気遣うが、どこにそんな容量が入る隙間があるのだろうと毎食ごとに不思議に思うくらいだ。

 

 そうして翌日から追いかけっこが始まった。

 ダダンの根城から山を下り"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"まで走り抜けるには確実に進んでも2時間はかかる。

 ふたりで最初たどりついた時は行くだけで1日、帰りに1日半かかった距離だ。しかも帰りは山を登らねばならない。その途中で夕飯用に狩も行うのだ。

 そのため。

 「おれたちは今日から振り向かない。後を追って来い。山を抜ければごみ山が広がる場所に出る」

 そこまで一緒に来れたなら、翌日からは一緒に行こうね。

 

 初日から崖下に落ちたルフィを助けに行こうとするアンを力づくで止め、喧嘩しながらダダンの家に戻ると案の定、まだ帰ってきてはいなかった。

 「今ここでおれたちが助けに行ったら、あいつはひとりじゃ何も出来ねェヤツになる」

 助けに行きたい気持ちは同じだというエースに、アンは頷き差し出された手を握った。

 

 仮親はとうにふたりの事を見放している。確かに情はかけてはくれているのだろう。義祖父と同じく、分かりにくい部類ではあったが、幼い頃はそれなりに可愛がってくれていたようにも思う。

 だが口が悪かった。どこで野垂れ死んでしまっても、ガープには事故だと報告すればいいと思っている事、”鬼の子”と呼び、万が一預かっている事を政府に知られたらどういう目に合うのかなどなど、姿を見せなければ平然と言葉にしてしまう。

 

 エースは思う。ひとりぼっちでいたなら、とうに壊れてしまっていただろう。人を憎み、世界を憎み、蔑む全てが壊れてしまえばいいと願い。そして生まれてくるべきではなかった命である自分を憎む。死にたいと願う。どうして母は、自分を生んだのだろう。死ぬなら母と一緒に死にたかった。

 心が悲鳴を上げる。感情の矛先は怒りに変わり、悲痛な叫びすら闇の中に埋もれてゆく。

 

 子供は身近な人物達を感情を敏感に感じ取る。どうやら大人になると忘れてしまうものらしい。蹲(うずくま)ったエースをアンが抱きしめた。

 ひとりであったなら、きっと闇に飲まれていただろう。けれどふたりいる。鬼の血を引いていようが、生まれて来たのだ。父が待ち望み母が守った命は鼓動を打っている。このぬくもりは幻では無い。

 

 あいつは、村で。村の奴らに大切にされてきたんだろ。

 ガープのジジイもいる。

 なんであいつが来ちまうんだ。おれから奪うなよ。持っていくな。

 戻ってこなければいい。エースは心の奥底で、ほんの少しだけ、そう思った。

 

 3日目の夜、ルフィは帰って来た。谷底にある狼の巣に入りこんでしまったらしく、全身に切り傷を負っていたのは分かっていたが命には別状はない。アンはルフィを抱きしめた。化膿している傷が無い事を確認するとアンとエースは湯を沸かし、弟の汚れを落とした後、傷薬や包帯を巻き軽食を口に突っ込んで一緒に眠りへと落ちる。

 

 近道であるワニの巣の傍、狩り場である岩場、蛇の群生地帯、ルフィは追い掛けては見失い、禿鷹についばまれても毎日、毎日ふたりの背を追いかける事を止めなかった。

 雨の日も風の日もルフィは必死に追いかけ続ける。

 森の主である大型の虎や熊をやり過ごしたのも一度や二度では無い。しかしその度にルフィは何らかの助けを得て、窮地を脱していた。

 ある時、その一部始終を見ていたアンは、ルフィには持って生まれた天運に感謝した。

 ひとりでは生きていけない事を知るルフィには、合いの手が入る。それは山に入ってきていた狩人であったり、その地域を縄張りに持つ二番手の獣であったりと様々だったが、ルフィは必ず切りぬけた。

 アンはエースが放って置けと言っても、時々食べられる木の実やキノコを教えながら、通った途の痕跡をこっそりと残す。人があまり通らないけもの道を好んで通るエースだったが、幾つかの道順を知れば、好む地点が幾つか重なっているのが分かる。そういう中継点を弟へ教えつつ、アンは日々走った。そうしてルフィは生傷絶えぬ追跡が3カ月を超えた頃森を初めて抜け出る。

 

 「エース!アン!」

 数分も開けず姿を現したルフィにふたつの手が待っていた。

 「来たな」

 「よく来たね」

 エースのぶっきらぼうな言い方にくすくすと笑みながら、アンはルフィを招く。

 

 「おえっ!!くっせ~~何だここ」

 森が途切れた向こう側に広がる景色は、混沌としていた。鼻が曲がってしまいそうなにおいもそうだが、光景に目を見張る。

 「最初はそうだよね」

 「慣れちまえばどってことねェよ」

 3人は道なき道を通り途中で分かれエースは門へと向かう。

 「エースどこ行くんだ?」

 「門の方で、ちょーっと…ね」

 犯罪が蔓延している地帯とは言え、気軽に強奪へ行きました、とは言えない。

 アンは通れる場所と近づかない方が良い辺りをルフィに教える。

 「入り江の方は特に行っちゃだめよ。ブルージャム達が居るから」

 「なんだそいつら」

 「山賊と海賊を足して、2で割った賊、かな」

 ルフィは嫌な顔をする。山賊と言う名がつくモノに拒否反応を起こすようだ。

 

 "不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"からゴルボ山に近づいたところに小さな森がぽつんと存在している。ゴミは木の根元まで広がり、足の踏み場もない。ゴミの悪臭も凄まじいが、まだこの森に入ると緑の香りがほのかに匂い、気分的にも緩和されているような気がする。山へはこの森からでも入る事が出来た。

 待ち合わせの木に登り待っていると、サボがやってくる。

 「お。来たな、新入り」

 シルクハットにゴーグルを付けた少年が木をよじ登って来る。

 「おれはサボだ。ルフィだろ、話は聞いてる」

 差し出された手に、ルフィは応えた。

 「お前らから話を聞いて3カ月位か。アンもスパルタだよな」

 サボの言に少々もの申したかったが、ぐっとそこは言葉を飲み込む。

 そうすれば今日の稼ぎを既に終えたサボが、エースは一緒では無いのかと得物が入った袋を置き、尋ねてきた。

 「大門の方に向かったけれど、途中で会って無いよね」

 このごみ山全てが足場であり通り道だ。いくらでもすれ違いはある。

 自己紹介を兼ねて、雑談をしているとエースの気配が近づいてくるのが分かった。いつもより周囲を警戒し身を隠しながら此方へやって来る。足跡を残さないよう木によじ登り、周囲を見回した。

 「誰も、今のところいないよ」

 森の中に"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"に住む人々が入って来る事は少なかった。

 森には時々、野獣が下りてくる。エースならまだしも、ただのか弱い人間に敵おうはずもない。

 「うわ!! すげェ!! おれよりすげェ!! 大金だぞ、どうした!?」 

 「大門のそばでよ、チンピラ達から奪ってやったんだ。どっかの商船の運び屋かもな」

 得意げにエースが口角をあげる。

 この森にはこっそりと宝を隠せる洞(うろ)が多く空いていた。ゴミの集積でいびつに盛り上がった幹も多い。ゴミが重なり化学反応で何かしら影響が出ているのかと思ってしまうくらい、奇形を見る事が出来た。

 

 「海賊貯金はいくらあってもいいからな」

 一体幾ら貯めれば海賊船を買えるのか。男二人はいつもその話で盛り上がる。

 「お前ら海賊になんのか!? おれも同じだよ!!!」

 貯金を隠し場所へ納め、海賊談議に花が咲いた。アンは変わらず肩かけ鞄に入れて持ってきた本を読みつつ、話を小耳に挟む。

 「モーガニアには成らないようにね。どうせならピースメイン希望かな。宝の地図を見つけて、誰からも奪略せずに海を渡れたら一番なんだけれど」

 「モーガニア?ピースメイン?宝の地図!?」

 ルフィが目を輝かせている。

 友達と兄弟と、こんなにも楽しい時間を過ごせるなんて思ってもみなかった。

 あくびを誘うのどかな時間が暫く過ぎた頃、そこへ数名の男達が声を荒げた状態で森へと入ってきた。

 梢が風で立てる葉擦れの音が大きく響く。エースはルフィの口を塞ぎ、サボは身を低くして隠れた。

 「ここらじゃ有名なガキだ。"エースとサボ"あとアンといったか。お前から金を奪ったのは…その"エース"で間違いねぇんだな!!」

 「はい…情けねぇ話です。油断しました」

 子供たちがこの辺りをうろうろしているという話でも聞きつけて来たのか。大柄の男とチンピラが数名森へ足を踏み入れる。

 「呆れたガキだぜ。ウチの海賊団の金に手ェつけるとは……!!」

 

 しまった、あのチンピラ、ブルージャムんとこの運び屋だったのか。

 やべェ金に手ェだしちまった…

 本物の刀もってんぞ、手下のポルシェーミだ。

 あいつイカレてんだ!!

 

 ひそひそと小さな声で眼下に見える男たちを見定める。チンピラは良い。まだ戦える相手だ。問題はやはりポルシェーミだった。

 この男との戦い負けた人物は、確実に拷問にかけられ死ぬ。子供であろうと一切容赦しない鬼と言われていた。生きたまま皮を剥がし苦悶の表情を見るのが楽しみ、という残酷的な思考の持ち主として知られている。目を付けられ息絶えた者も少なくない。

 サボはそういう、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)内で囁かれている噂や話を拾ってくるのが上手かった。

 

 通り過ぎるまで息を潜め、一気に岩場ルートから山へ逃げ入るしか手は無い、と話し合う。入ってしまえば此方のものだ。

 「あれ、ルフィは…」

 「あ」

 アンの顔からさーっと血が引くのを感じた。

 逃げ出すにしても体が一回り小さなルフィは先に駆け出さねばアンやエース、サボのスピードについてはいけない。だからわたしと一緒に少し早めに出発しようね、と二人話していた直後の事だった。

 「放せ!!! コンニャロー!」

 すぐに動く、と勘違いしてしまったルフィは下におりてしまったらしい。

 エースとサボが額に手をあて、最悪だ、と呟いている。

 何事も無くルフィをただの孤児だとその場に放置してくれれば御の字だ。

 アンは祈るような気持ちで、見守る。

 「一応聞いておくか。エースというガキが俺達の金を奪って逃げた。知らねェよな」

 しばしの沈黙の後、緊張した面持ちで口を開く。

 「し…し…知らねェ」

 視線が泳ぎ口をとがらせる子供に、男は唖然とした。

 態度で知っている、と言ってしまっているようなもの、だったからだ。

 「よしよし、知らねェなら思い出させてやるよ…安心しろ…!!」

 

 あの馬鹿…エースのつぶやきはルフィへ向けられてはいるが、アンへの言葉でもある。

 一途に、素直に生きて来たルフィに嘘を期待する方が無理だった。

 まさしく漫画やアニメに出てくる、がく、とうなだれる思いをアンは現在進行形で体感していた。

 ポルシェーミが放ったのか、チンピラ達がルフィが捕まった辺りを入念に調べ始めている。下りたくても下りれない。

 「貯金の事あいつ口を割ったりしないのか」

 「わからねェ、移動させた方が……」

 ひそひそと交わされる言葉の間に、アンは割り込む。

 「しない。ルフィは絶対に言わないよ…」

 確信だった。嘘は付けないが秘密は守る。

 アンの声音にふたりは顔を見合わせた。

 

 「仕方ねェ、助けに、行くぞ」

 エースが意を決め、言葉にする。

 しかし、どれほど待ってもチンピラ達が引く様子が一向に訪れない。時だけが刻一刻と過ぎてゆく。

 焦燥感だけがゆっくりと雪のように降り積もっていった。

 最終手段としての移動方法をアンは持っている。だが使えば最後、脱力感と共に耐えきれないほどの睡魔が襲ってくるのは実証されていた。以前ルフィを助けるためシャンクスを連れて空間を飛んだ時も3日意識を失っている。

 「どうしても身動き出来ねェ状態になったら、頼む」

 エースの言葉にアンは頷く。

 話にだけは聞いていたアンの特殊技能をようやく見られるのか、とサボは楽しそうに笑む。

 「その代りちゃんと運んでね。置いてきぼりは嫌よ?」

 財宝よりも、もっと大切な宝を取り返しに行くのだ。迷っている暇などは、ない。

 


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