ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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37-イワレナイ罪

 「ねぇイワちゃん。本気?」

 革命軍の本拠地であるバルディエゴで、アンはかくりと首を傾げる。

 傍には革命家ドラゴンや暴君くま、その他の幹部達も顔を揃えていた。

 ここは作戦会議室と呼ばれる、いくつもの机や海図(ワゴン)、電伝虫が置かれた部屋だった。

 「アンちゃんと遊ぶのは私なのー」

 「こっち来たら稽古付けて貰う約束、オレもしてたんだぞ!」

 子供達が膝に置かれていた手を両側に取り合いながら、睨みあっている。

 片や鬼ごっこ、片やナイフ投げ、に付き合って欲しいらしい。

 「はいはい、ふたりともわたしは世界にたったひとりしか居ないからね。取り合わないで。先に小父(おじ)さん達の難しいお話終わらせてからにしましょ」

 くっついて離れないのは、かつて"不確かな物の終着駅(グレイターミナル)"で別れた孤児達だ。以前からたまに、手紙のやりとりしていた。

 最近はといえば、マリンフォードにはさすがに革命軍所属の誰かが入ってくるのは難しいらしく、任務地や航海先でまとめて貰うのが常となっている。

 手引きして欲しいと何度か声をかけられたが、ドラゴン以外からの頼みは全て断っていた。なぜならアンにとってみれば、彼以外の頼みを引き受ける理由が無いからだ。

 「また後でね」

 子供たちが納得しないまま引き離されてゆく背をアンは手を振って見送る。

 

 さて、と。

 ぱたりとドアが閉められた音を背で聞きながら、アンは子供達が緩和してくれていた場の雰囲気へ、本腰を入れて対応しようと背筋を伸ばす。

 視線が針のむしろだった。しかしこの程度でたじろぎはしない。3大将を両脇に、センゴク元帥から睨まれる方がよっぽど怖いと知っているからだ。

 ちらりとイワンコフを見るが、いつもの大きな顔のまま笑んでいる。ドラゴンに至っては目を閉じ座したままの姿を取り続けていた。

 

 出されたお茶も冷たくなっている。アンはそれに口をつけ、香りが付けられた茶をこくりと飲む。

 

 

 ある日義祖父から手紙を手渡された。

 艦隊が補給の為に寄った港で、息子から娘へ渡して欲しい、そう言われたらしい。

 義祖父が警邏(けいら)航海から帰り、暇な時にでも茶を飲みに来い。

 誘われて行った先で無造作に放られた封筒に入っていたのがそれだ。開けてみると友人たちからの手紙、とメモ用紙に挟むようにして複数枚の写真があった。

 

 「…おじいちゃん、これ」

 「確かに渡したぞ」

 「あ、うん」

 

 質疑は受け付けてもらえぬらしい。

 友人たちからの手紙には日常の生活風景が書かれ、メモには乱暴な文字で日時と時間だけが記されている。

 義祖父に尋ねても、この件に関してはもう口を開かないと確信があった。

 手紙にはなにやら不穏な記載が。それが来週執り行われる、世界会議となれば背に嫌な、冷たい汗も流れようものだ。

 脳内でどことどこへ連絡し、裏を取ればいいのか。算段をつける。

 目の前に居る義祖父は使うにしても、聖地が舞台になるのならばデイハルドにも一報入れておいたほうがいいだろう。となれば、コングが脳に浮かび、さらにセンゴクのしかめっ面が順に並ぶ。

 

 「おじいちゃん、助けて、欲しいなぁ。わたしのコネクションだけじゃこれ、捌き切れないかも」

 

 弱音をこぼし手紙を見せれば、妙に真剣な眼差しになった義祖父が髭を撫で始める。そして電話を取り、元帥への面談時間をいつもとはちがう正式な手段で取り付け確保、その場に孫娘を放り込んだ。その間に事情を察した幾人かの部下を使い、情報としての裏を取りに走らせる。孫も馬鹿ではない。どのように入手した情報かはぼかすだろう。そしてセンゴクもその出所に関し、強く詰め寄ることはしないと踏む。

 その後、こってり絞られて帰ってきた孫娘をコングの元へと放り投げ、事の収束へと向けて道筋をかいた。アンの行脚はコングの下に行っただけでは終わらず、デイハルド聖の元で二日ほど、新たなドレスローザの王の件についてのあれこれで奔走することになり潰れるのだが、全て丸く収まれば全て良し、となるのが世の常であろう。その際に忙殺される幾人はあれど、華麗に黙殺されるのまた常だ。

 

 落ち着けば興味をそそられるのが添えられている写真の先だ。

 折角革命軍の本部に招待されているのだから、行くっきゃないだろう。

 CPに所属する腕利きでも、本部があるらしい周辺の海流を超えるのに四苦八苦すると聞いていた。波を操る能力者が居るのかと思ってしまうくらい、その海域の流れは複雑怪奇なのだという。となれば手段として空を使うしかないが、翼を持ち自由に闊歩できる人物は両手両足の数で足りる。だがそれも対空装備さえ備えれば革命軍の基地に近づくものを一掃できた。

 唯一、アンにだけ許された方法を使えばすんなりと移動可能だが。それを使えといわんばかりの写真同封である。

 ダメもとでアンは指定日に休みの申請を行ってみた。

 いつもならば理由なき休みは却下される。しかし今回はやけにすんなりと通ってしまった。本当に貰えるのかと、おつるに何度も確認した位だ。

 そして今に至る、のだが。少々頭が痛かった。

 

 簡素なテーブルを囲む面々から漏れ出る不信感が半端なかった。歓迎してくれているのは、ドラゴンとイワンコフだけである。それと友人たち。考えてもみればそれが真っ当な反応だろう。なぜならアンは海兵であるのだから。彼らにしてみれば倒さなくてはならない相手であり、最終目的を果たすために切り開かなければならない大きな壁である。

 

 軽く紹介が行なわれ、即議題に入った。アンが無理矢理入れたといっていい。針のむしろから早く出たかったのだ。

 

 今回、この地に来た、そして呼ばれた用件がふたつ、と個人的なものがひとつ、あった。

 ひとつは世界政府からバーソロミュー・くまへ、王下七武海加入を求めた最終返答期限が通告されたという。その真意について、だ。

 

 なぜ白羽の矢を打たれたかは、大体の見当がついていた。

 一般の海兵ならば知らないような事でも、聖地マリージョアへ頻繁に出入りするアンならば何か知っているのではないか。そう思ったのだろう。

 

 だがこれはドラゴンの考えではない気がした。

 確かに鮮度ある情報は必要だ。しかしなくてもどうにでもなるのではないか。

 あればあった、で状況を把握しやすくなるが別段、重要な話では無い、とアンは思う。

 幹部達がどうこう言ったとしても、判断するのはくま自身だ。

 軍として動くならば、決定権はドラゴンにある。しかも今回の件は、世界政府から働きかけたのではなく、くまのほうから裏口を使ってねじ込んできた、と耳に挟んでいる。どうやら『くまさん』は自らこの件について思惑を吐露するつもりがないのだろう。あくまでも七武海への誘いは政府から、としたいのだ。と、するなら口を挟むのは良くない、と判断する。

 

 それに加え今月初めに海軍の中に紛れ込んでいた革命軍の息がかかった人物達の、一斉摘発が行われた。暴君への要請に限って言えば、勧告が出た後だ。動きを掴むも何も、アンが知る中でもかすらせて出すべき情報はなにひとつとして無かった。

 

 今までならばある程度の情報は手に入っていたのだろう。

 海軍側としても全ての機密が、守られているとは思っていない。なぜなら組織として動く限り、人から人へ手渡される過程である程度は漏れ出てしまうからだ。

 漏えいを前提に、情報を扱う機関にはブラフ--偽情報やはったりを混ぜて放出するように提言してあるし、アンが上層に食い込む度に強度は強くなっている。それに関し関係ない部署にまで引っ張られそうになっているが、なにせ海軍はどこもかしこも人材不足だ。古くから設置されていた海兵学校が叩きなおされ、教育機関として再度発足されて育てられてはいるが、その人材たちが現場に出てくるのはまだもう少し、先である。

 

 情報の空白。

 なくても大して活動の進行には障害をもたらさないものの、手に入れられなくなった不安。これが冒頭の質問へと繋がったと見た。

 

 それにしても、とアンは義祖父の意味ありげなその時の顔が脳裏をよぎる。

 最近頓に『ガープ中将』で止められている情報が意外に多いのではないか、そう思い做(な)すようになってきた。義祖父の部隊に配属されている人員もそこら辺の采配に関して、使う時期に間違いは無いと信頼を置いているようだ。

 

 とはいえ。

 アンの立場は少なくとも、公的に、海軍本部中佐という、あとひとつ位が上がれば艦を任される階段に立たされている。それもあと数カ月だが、今はまだ責任ある立場だ。こうやって敵対勢力である革命軍の本部にお邪魔する身では無い。

 

 それを丁度休暇なのであれば、行って来い。

 送り出せる義祖父の懐が、大きいのか破けていて底が無いのか判別がつかないのだった。

 もしかすれば義祖父以外の幾人かも承諾している可能性もある。海軍の規定に縛り付けず、縛られてもその間をすり抜ける気満々のアンだが、上層部はあえて行動を束縛していない感がある。デイハルドの首輪がよほど効果抜群なのだろうか、とも考えるがいくつもの思惑が交差する狐と狸の巣窟を想像しつくすのは難しい。

 

 もっとも。

 そんな、与えられた身分を気にしていたら、多方面、七武海や他の海賊達と仲良くなどできはしない。海兵のコートを纏っていなければ表立って敵対する意思を持たないと、彼女と縁を持った多くの海賊達が無言の承諾としている。

 状況に応じて対応せねば身が持たない、と赤犬の艦で過ごした1年で思い知った。何事もほどほどが一番だ。

 忙しすぎて、簡単に流してはいけない幾つかの案件を見事に放り投げているような気もしないでもないが、掘り返す気力すら今はない。

 身分も地位も全て返上してから、ゆっくりと振り返る際に吟味すればいい、と棚上げをそのままにしている。

 

 「上の考えなんて分かるわけありません。わたしから情報を引き出そうとしても、無駄と言っておきましょう」

 聞く方が御門違いです。

 すぱんっとアンは切り捨てる。革命軍の幹部の一人があんぐりと口を開けた。ドラゴンに対し、失礼な物言いはなんだ!! そう言う口をもうひとりがまあまあ、と押しとどめている。

 アンにしてみれば、わざわざ来てあげている身、である。何の見返りもなく危険を冒して訪れている。それなのに下に見られて罵倒される謂れは無い。幹部としては、こういう場で感情を顕わにするなど、もしかすればものすごく腕っ節も強く多くの部下から信頼されている可能性も無きにしろ、少なくとも交渉の席には向いていない、付かせるべきではないのではないかと言わざるを得なかった。

 それに七武海の選定に関し、知っているとすれば中将以上の役職者達、及び、五老星に近しい者たちだけだろう。

 重要な立場に雁字搦めに縛りたくて仕方がない数名がいることなど、全くそ知らぬふりをしているアンである。

 

 ない、とは思うがもしもアンの友人たちを盾にしたならば、丁重にもてなすだけだ。何も表立って戦うだけが戦ではない。世界貴族と繋がるCPとの誼がアンを一線を越えたもうひとつの世界を見せたからだ。

 

 おじいちゃんに直接、小父さんが聞けば済むんじゃない?

 アンはドラゴンにそう尋ねない。

 なぜなら義祖父はセンゴクや世界政府に革命軍に関して何も云わぬが、同じくドラゴンにも海軍側の情報を全く言わない。中立をとり続けている。

 

 真意は本人の胸の中だ。

 いくら考えても想像や予想でしかない。

 ふと視線を振った暴君の口元に笑みが浮かんでいた。すぐに消えたが、はっきりと意図した表情の動かし方である。『くまさん』は特にアンと仲の良い子供たちと仲が良い。なにやら企んでいる感がひしひしと伝わってくる。後でしっかりと聞かせてもらわねばなるまいと記憶に太文字で最重要案件として覚えこむ。

 小さく息を吐き、個人的な考えでよければ、と前置きしてアンは言葉を続けた。世間話で収まる範囲内を。

 

 「考えられる理由は幾つかあるけれど、革命軍の幹部でもあるくまさんを手元に置いて様子を見るつもりなんじゃないでしょうか。革命軍に合流する前のくまさんって凄かったって聞いてるし。2億3600万ベリーでしたっけ。革命軍幹部としての危険性が加わって、ほぼ3億の懸賞金がかかっている。世界政府としてはそれすらも利用する算段なんだろうなぁとは思うけれど…理由はさっぱりです。五老星、もしくはそれらの命令を出せる誰か、に直接聞くしかないでしょうね」

 

 ざっと考えを羅列してみたが、腑に落ちない点もやはりある。

 そもそもなぜくまが賞金首になったのか。それは彼の生まれ故郷が世界政府によって召し上げられたから。当時国そのものを人質とされてしまい、対抗する手段を持たぬ彼は身を引かざるを得なかった。だがもともとは、くまはかのの国王であり、世界会議に出席できる資格を有していた。そこから考えられるのは、天竜人へ手を出すとどうなるのかを知らしめるための、いけにえだろう。

 外聞的に世界政府としては、革命軍を世界を混乱に貶めるテロリスト、と世に発しその幹部でもあるくまを利用して情報を引き出したい可能性もある。

 

 

 世界会議の決定を受けての宣言だ。

 幹部達の顔写真を張りだし、海賊達と同じく賞金首とした。

 だが海軍内部の動きを見る限り、活発に動いている気配は無い。見つければ対応するように通知は来たが、最重要討伐を命じられてはいなかった。

 なにせ世界各国の王たちの要請にまで応える余裕がないのだ。受理してほしければ、海へ海賊として流出する自分達の島民を何とか思いとどまらせろ、島から出すなと声を大にして言いたいくらいなのである。貧困は人の心を壊し暴力へと走らせる。

 

 先だっては黄猿が、余りにも残虐の域を超え過ぎたとある、世界政府加盟国から落脱したとある海賊船団を捕らえ、インペルダウンへ収監したばかりだ。そう。世間から存在そのものをもみ消さなければならないほどの行為を行う荒くれ者達の存在抹消が最優先されているのが海軍だ。

 青海を治める多くの国々の中で、革命軍を会議の議決通り、脅威と捉えているのはまだほんの一部であるのが実情であり。世界会議で決められたからと言って簡単に対応できないのが実情なのである。そんな苦しい実情を大いに知る海軍上がりの世界政府高官のひとりが、上手く手を回し丁度空いた枠に組み入れたのである。

 

 ならばこそだ、とその人物は言った。

 今のうちに革命軍という名のつくものを、吟味する。

 海軍のように統制された組織ならば、調略してCP9のような位置づけで組みこむ事すら予定されているのかもしれない。

 

 だが今考えていた全て、アンが知る情報だけで推測しただけだ。

 本当の事は分からない。

 思考にしても穴だらけで、もっと博識な、情勢を上手く読み解ける人物が居たならば精査できたがここまでだ。

 

 「はっきり言って、くまさんの方に関してはお手上げです。けれどふたつめのインペルダウンへのご招待なら、可能です。軍を退役するまでの間であれば、ですが」

 「…退役?」

 幹部の一人がオウム返した。

 アンはこくりと頷く。

 「けれど革命軍にはお誘い頂いてもご一緒することは無い、と明言させて頂きます。ドラゴンの思想と、わたしがもつ世界のあり方はまたちょっと違うから。でも…」

 にっこりと笑うアンの言葉に、誰かの喉が鳴った。

 「あなたがたが私の宝物とそこから繋がる全てを利用せず、糸を断ち切らないのなら、出来る限りの協力はさせて貰うつもり」

 釘はもちろんささせて貰う。弟の実父だとはいえ、その教育を育成を放棄した人物だ。大切で大事な弟をだしに使う気であるならば、徹底抗戦も辞さない。

 その意思が伝わったのか、そうでないのか。ドラゴンが組んでいた腕を解き笑む。

 「あるのか。5.5という場所は」

 「ええ、ある。断言してあげるわ」

 

 「随分と簡単に教えてくれるじゃナイ。アンアン?」

 イワンコフは表情を変えぬまま、小さな顔を覗きこむ。ドラゴンはこの、自らが組織する革命軍の、中核を担う幹部にも己の素性を明かしてはいない。

 なのにもかかわらず、ゴア王国で出会ったこの少女にだけは知らせている何かがある。この少女にどれだけの価値があるというのだ。ただの海兵よりはましではある。それに彼女の宝物とは一体なんであるのか。ドラゴンは知っているのか。ドラゴン側から調べるのが難しいなら、この少女側からであれば、と思い耽っていると

 「不服?」

 細められる黒の瞳に、ぞくり、と悪寒が走る。この世には触れてはいけない禁忌がある。彼女のそれに触ろうとしていたのだと理解すれば早い。触らぬ神になんとやら、である。ゆっくりと首を振った。

 (ドラゴンとアンアンだけの秘密。なんてうらやまけしからん、話だわん)

 ドラゴンの思想に共感し、歩みを共にしてきた長い時間があるだけに、新たな誰かであれば割り込まれた、やきもちの様な感情が膨らむのだが、この少女に関してだけはなぜか嫌いにだけは、なれなかった。まだよく知らない相手、だからだろうか。かなり子供らしくない子供であり、大人を手玉にしころころと転がそうとする気に食わない部分も多々ありはするが。

 「いいえ。そういう不敵さ、好きよ」

 

 ざわめきが起きる。

 インペルダウン5.5は実在していた。入口も1か所だけだが知っている。

 ではなぜ知ったか。

 幼い頃育った、ごみ山でそこから脱出してきた人物から教わったからだ。

 ではなぜその人物の虚偽でないと知っているか。

 

 その場へ行った事があるから、だ。

 

 「凄く寒い場所だった。雪と氷に覆われていて氷像になっちゃうかと思ったくらい。今なら分かるけれどそこはレベル5(ファイブ)、”極寒地獄”と呼ばれている」

 だからその場所に行きつく為には最低、レベル5に入らなければならない。

 「ここに入るには懸賞金額1億を超える必要がある…けどイワちゃんは大丈夫だよね」

 「ン~フフ。そうね、問題なっシブル」

 ウインクを飛ばすイワンコフからさっと視線を逸らし、ドラゴンを見た。

 「目的は聞かないでおくね」

 

 そして最終、みっつめの話だ。息を軽く吸い、整える。表情を引き締め、個人ではなく海兵としての面を作る。

 

 「例の件、無事収束しました。情報を頂きありがとうございます」

 

 頭を深々と下げればかちり、とビーズネックレスが鳴る。ポートガス・D・アンという人物が天竜人の子飼いであると、この場に集う者たちにとって既に周知の事実であるのだろう。

 流した情報が役に立ってよかったと他人事のように誰かが言った。事実、革命軍にとっても、目の上のたんこぶであったに違いない。革命軍を形作る思想の中に、平等、という文句が盛り込まれている。それは今の世界が、多くに対して平たく等しく分け与えられていない現状を示していた。

 生まれ、教育、毎日口にする食事。ありとあらゆるものが不平等である。

 

 共産主義と民主主義を知るアンにとってはおかしくはないが、分け与えられることなど全く得たことなど無く、最期のひとつぶまで搾取され続けている多くのものたちからしてみれば、ピラミッドの頂点にふんぞり返って久しい天竜人とその組織を維持する世界政府が憎くて仕方がないであろう。上には上の苦労があるのだと言っても意味など無い。革命軍に属している多くが既に貧困に、思想に困窮しにっちもさっちもいかなくなっている状態なのだ。一度爆発させ、まっ平らになった場所から始めたほうがよほど、認識してもらえるだろう。その爆発が世界を、900年前を繰り返さなければいい、とだけ願う。

 

 「……準備が整ったら、連絡を下さい。ああ、そうそう。くまさん、個人的なお話があるので、よろしくお願いします」

 

 アンはそう言い、革命軍幹部が呆気に取られるのも気にせず扉を押し出て行った。

 暴君に視線が集まるが無視をきめこんだようで、口を開かず石のように座したままだ。

 「…本当に信用出来るんですか」

 重い沈黙に押しつぶされそうになっていたひとりが、よもやイワさんが…と最悪の事態を考え、矢継早に口にした幹部が喉を詰まらせる。

 「騙されたならそれまでだったってことよ」

 そんな事にはならないだろうけれど。イワンコフは自信をもってウインクする。その信用はどこから降って沸いてきているのだろう。まったくもって意味が分からぬ自身有り気な所作に、不安ばかりが降り積もる。

 「では始めよう」

 言葉少なく、必要最小限の言だけを発していたドラゴンが語り始め、幹部達の会議が始まった。

 

 

 

 夕闇が迫る丘に立つ背がふたつ、橙色の光を浴びている。

 そこはかつて、兄弟の杯を交わした場所だった。何かに迷うと、必ずここに来てしまう。

 現れた姿にそれぞれが振りかえり、手を伸ばした。

 みっつの影が結ばれる。

 「ここで待ってたらアンが来るって、エースが言ったんだ」

 「そっか。ありがとう、ルフィ、エース」

 ふたりの手をぎゅっと握る。

 

 いつかの旅立ちは近づいて来ていた。確実な足音が響き、前に進んでいる。

 あとどれくらい言葉を交わし、心をこうして繋いでいられるのだろう。

 過ぎてゆく時に止まれ、とは願えない。

 生きている限り言葉を生み続け、心を繋ぎとめようとし重ねる。

 

 世界に偶然は無いのだと言う。

 けれど定められた未来にしか、歩いて行けないのだと諦めるつもりはない。

 そうではない未来を知っているからだ。

 

 世界は大きな道筋を持っている。

 だがそれは強固でありながらも移ろいやすい。軌道修正を行おうと思えば出来る。

 そうである未来を知っているからだ。

 

 終わりの始まりへと、一片(ピース)が着実に、ひとつづつ埋められてゆく。

 どれくらい足掻けるのか、予想もつかない。

 エースは選択した。

 アンも選択する。

 命の使い道を。

 それはたったひとつだけ自分の掌に残された自由だ。

 

 「アンとまた一緒に暮らせんの、もうちょっとだな」

 「そうだね」

 「ジジイが絡んでんのに、そう上手く行くと思うか?」

 

 あからさまな表情が三様に浮かぶ。

 無骨な義祖父がケーキ作りまで習って、アンを海軍へ連れて、否、浚って行ったのだ。このまま芋づる式にと考えているのかもしれない。

 「おれは海賊王になるんだ!! 海兵なんてならないぞ!!」

 どーんと胸を張る弟に、兄姉はがんばれーと声援を送る。

 「揺らがないね。ルフィの夢は」

 アンに当然、とルフィが大きく笑う。

 

 強さを求め、強くなると願う。

 大切な物を取りこぼさないように。"くい"無く生きるために。

 

 けれど。

 一番大切な宝物はもう、今この手のひらに繋がれていると。

 エースは気付いているのだろうか。気付いていなければ待てばいい。アンが両者を繋ぎ続ければ言いだけの話だ。

 灯台元暗し、にならなければいいけれど。今の心配事はそれくらいだろうか。

 アンはすっかり身長差をつけられてしまったもうひとりの自分を見る。

 

 どこかに生きているはずだと信じ、探し続けている兄弟の手も大きくなっているのだろうか。

 もしかすれば革命軍の本拠地に行けば、何かの手がかりが掴めるかも知れないと思っていたのに。

 不確かな物の終着駅(グレイターミナル)で別れた友人たちも探ってくれているようだが、サボには会ってないという。

 世界のどこかには居るはずなのだ。こんなにも気になって仕方が無い。またいつか、再会できるのだという予言じみた確証すらある。

 

 こんなにも探しているのに見つからない理由。

 もし、もしも。

 彼が彼としての記憶を失くしてしまっていたならば。

 

 目が開く。可能性は高い。だが、自分達のことを忘れているなど、考えるだけでも思いたくなかったのだ。

 でももし、そうであるのだとしたら。

 見聞色を駆使してなお引っかからないのであれば。

 

 「ん。どうした」と、エースが目元を和らげアンを見る。

 「う。え、っと、ね?」

 心にわだかまるこの感情を何と答えようかと思案している最中、腹の虫が飯を寄こせという催促をたてた。

 

 ぐう。

 

 「晩飯か」

 ふむ、と考え込むような仕草を兄がすれば、

 「今日はアンが来るなんて思わなかったからな!帰りに狩りするんだろう?」と、弟が両手を握り締め楽しそうに飛び跳ねる。

 聞けば蛇を2匹獲っただけだという。

 「だけ、ってことはならないと思うな。わたしはふたりに比べて小食だし」

 また食べる量が増えたのだろうか。その体のどこにあの容量が入るのかといつも思う。

 

 「お前が食べなさすぎなんだ」

 「一般的にわたしが食べる量が普通なの」

 他愛の無い会話に笑みを浮かべる。

 

 3人は太陽が沈む前に家へ戻る為、結んでいた手を解き森へと向かった。

 「アーン、おれ焼き鳥食いてェ」

 ルフィが放った不意の一言にアンは考える。

 焼き鳥かぁ。フーシャ村まで飛んで買ってくるの面倒だよね。

 でも水炊きいいなぁ。おじいちゃんの好みで最近お魚ばかりだし。鶏肉いいなぁ。たらり、とゆだれが垂れそうになる。

 

 「アン、それ以上鳥の事考えるなっ。思考止めろ!!」

 「ふえ?」

 エースの声に顔を上げると、無数のが羽ばたきが夕暮れ空に黒を広げている。

 「焼き鳥、きたあああああ!!」

 「え…あ。ちょっと待って?」

 何でこうなってるの? アンの声が裏返る。

 横で叫ぶ弟の歓喜が遠くに聞こえるほど闇が一気に視界を覆い尽くす。ああ、そうだった。ここはマリンフォードではなく、海の上でもなくドーン島だった。ここの生態系の裏ボスは。しかもここの島は。しくじっちゃった。

 エースが生きた羽毛の下から半身を救い出した時には、見事に目を回していたという。

 

 

 大量に追い返した鳥達の突撃から数日が経ち、つる中将の鼓舞が飛ぶ中、アンも机に向かい書類を捌いていた。申請書と在庫を確認し、倉庫へ問い合わせをする。物資補給の申請書はいつもの倍、届いていた。

 それもそのはず、艦隊訓練が明後日に行われる予定となっており、提出ぎりぎりの今日、持ちこまれる書類が山のように届いていたからだ。

 続々と艦船が、マリンフォードに戻ってきている。アンもどこかの艦に乗って、それに参加する手筈になっていた。どこに振り分けられるかまだ未定だ。

 先日廊下でばったりと会ったセンゴクから茶でも飲んで行けと誘われ、希望があるならば聞くと言って貰えたので、お爺ちゃんの船がいい、そのほかは嫌!と伝えてはあるのだが、それ以降なんの音沙汰もない。

 

 中将の指示の元、事務兵達は淡々と落ちついて束をまとめてゆく。

 丁度お昼を回り一段落が付きそうになった頃、窓ガラスをこつこつと叩く音に事務員のひとりが気付いた。窓を開けると白い鳩が室内に入る。足首には書簡を入れられる小さな筒があった。

 おつるが中身を確認する。息を詰め、そっとアンを見、ため息を付いて力なく声を出す。

 

 

 「届けるところを間違えちまったみたいだねぇ」

 再度丸められ筒の中に入れられたそれを眺め、おつるは暫し思考した。そしてちょっと席を外すと言い置いて部屋を後にする。

 数十分の後アンに出撃命令が下った。

 能力者でもあるその人物を押さえるには力量が恰好であると判断されたらしい。

 断る理由が無い為、おつるから目的と場所を聞きそのまま飛んだ。

 服装はそのままだが、本部からも近く海兵が寄港する率も多い。アンも何度か訪れた事がある "カーニバルの町サン・ファルド"だ。

 この町はいつでも賑やかだった。踊子の聖地とも言われ、世界中から踊りに命を掛けた者達が集い、劇場が軒を連ねている。

 

 指定された場所は裏街だった。

 どんなに栄えている町にも、貧困層が住む町並みが出来る。

 古びた石造りの家が立ち並ぶ一角に入り込む。人々の顔は表通りとはうって変わり、沈みがちで暗い。正義のコートを纏う将校がこの通りに一体何用なのかと、視線を向けてくる幾つかがあった。

 しかし気にせずに通り過ぎる。裏側を住処とする人々であっても、よもや海兵に手を出しては来ないだろう、と思ったからだ。いつもの癖で苦手としている武装色を纏ってはいたが、出来れば使わないようにしたいところではある。

 手にもったメモで位置を確認しながら角を曲がり、階段を上る。

 

 ピアノの調べが聞こえた。

 この町にはふさわしい曲だ。かつて聞いた事がある。

 ロベルト・シューマン、謝肉祭。有名な曲だ。

 しかしこちらの世界では存在しない曲だった。

 高鳴る心臓の音を聞きながらアンは扉を開ける。

 

 そこは酒場だった。

 「ごめんなさい、あの…マスターはまだ来ていなくて…」

 海兵が扉をくぐるのは珍しいらしく、緊張した声が戻ってくる。なにか粗相をし、調べに来たのではないのか。不安げに揺れる瞳が如実に語る。だからアンは声音を出来るだけ和らげピアノを指差し、

 「あの、その曲…あなたが弾いていたいたその曲は……」

 いい曲でしょう?

 幾許か張り詰めた空気が緩むと、指で鍵盤を打ちながら、懐かしむように口にした。

 

 これは以前この酒場で働いていた人から教えて貰ったものなんです。

 すごく変わった方で。けれどすぐに馴染まれて。

 

 なんでも行き倒れていた人物だったらしい。この酒場のマスターがその人物を助け、介抱したという。

 「異国の方のようで最初は話が出来なかったんですが、半年経った頃にはもう」

 行き倒れていた。異国、言葉。

 自分が生まれた島からほとんどでない多くは知らない。世界全てで共通言語が使われていることを。

 鼓動が高鳴る。もしかするならば。

 「あの、そのヒトの行き先をご存じでは無いですか」

 期待と不安が入り混じった感情が声を震わせる。

 仮に、その予想が当たっていたとして、思い当たっている人物であるかは分からない。

 「気の向くまま足の向くまま、この海を旅してみると言っていました。だから…ごめんなさい。海兵さんのお役には立てないと思います」

 

 いえ、ありがとう。

 アンは礼を述べドアを出る。

 

 その人物はシノブという名だと教えて貰えた。本当はもっと長い名前だったそうだが、呼びにくいなら好きに、と言っていたらしい。

 出発点がここ、サン・ファルドだったのかは分からない。

 異世界迷いこみの定番は無人島だ。かの人の始まりも、そうだったと聞いている。

 どういう冒険をしてきたのか興味あるなぁ。

 アンの想いはきっと、不謹慎なのだろう。

 言葉が通じず、自分が一体どこにいるのか解らない状態なのであれば、どれほどの不安と孤独による狂気に苛まれたか、想像しか出来ない。

 しかしアンにとっては初めての、巡り合いになる。

 足取り軽く、細い通路を進んでいた。自分もかつてあちら側からやってきたとはいえ、此方側での生活年数が追い付こうとしている。

 どちらかといえば、旅人を出迎える側の心境に近いのかもしれない。

 「思いがけない収穫。どうしよう、久々にわくわくする…けどその前に腹ごしらえ、かな」

 香ってくる匂いに、アンは表通りへと視線を投げた。腹が減っては戦は出来ない。と、その前に。迎えに行くほうが先かと思いなおし、足を速める。

 

 お祭りの町には様々な肉料理専門店が並ぶ。

 その中でもお気に入りなのが、ひき肉を使ったパスタ、だ。その店は生野菜も豊富で、季節の温野菜とチーズを使った炒め物も山もりで出てくる。

 以前兄弟を連れて来た時には、ぺろりとその日の食材を全て平らげるという、珍事件を残したいわくつきの店でもあった。

 

 指定された場所に近づくほど、ピリピリとした威を感じ歩みを止める。

 おつるからはその場に居る全てを捕らえ、エニエス・ロビーに連行せよと命じられていた。

 誰が居るのかは知らされていない。だが何となく気付く。

 見聞色が使え気配が読めるとこういう時便利だ。

 

 アンも気配を隠さず通路に立つ。ただ靴音を忘れていた。

 「お迎えに。エンポリオ・イワンコフ女王陛下」

 護衛についていたふたりが銃を構える。その驚きようは威嚇する猫のようであった。

 「キャンディーズ、安心おし。この人は敵だけど敵じゃないの。言うなれば…そう!! 秘密の花園への案内人!!!」

 見事なプロポーションをマントの中から見せ、イワンコフはウインクする。

 ピンク色のハートがぽわん、と出て来てもおかしくは無い瞬きだ。

 身長は男である時とほぼ変わらない。だがそのプロポーションは殺人的なほど妖美だった。

 「ンフフ。どぉかしら今は!! 女の気分~~ん!!!」

 「うん、とても綺麗。わたしはどっちのイワちゃんも好きよ」

 

 満面の笑みを浮かべ、アンは彼女、の名を呼ぶ。

 さすがは一国の主を張る人物だ。

 連行の際の決まりである、海楼石の枷を掛けつつ現状を伝える。

 「ところでね、イワちゃん。たぶん今のままじゃレベル5に行けなさそうなんだけれど追加罪状なにが良いいと思う?」

 「どういうことナブル?」

 問いはもっともだ。

 イワンコフは確かに革命軍幹部、ではあるがカマバッカ王国の女王でもある。

 危険因子とされはいた。しかしその王国は世界政府加盟国でもあるのだ。加盟国から追従国への格下げも検討されたが、かの国に割く戦力が存在しなかった。それほどまでに、カマバッカ王国の守りは厚く攻め難い国でもあった。故に捕縛しインペルダウンへ収監する理由が足りない、という訳なのだ。

 

 「判例を調べてみたんだけれど、大概が王国内部の幽閉って事になってるのね」

 簡単に噛み砕けば一生自分の国から出てくるな、となっている。

 裁判長に監獄行きを決定的にさせるには、いまいちパンチが足りない。

 

 「入れておかなきゃだめ、って思わせる罪状なにかないかな」

 護衛として付いてきていたふたりがぽかんと口を開き顎を落としていた。今から行く場所について女王から多少の説明は受けていたものの、罪状をどうするのか、そんなことまで本人に言わせるのか。この海兵は一体なんなのだ、普通ではない。異常である。そんな人物に女王をお任せしても良いのか。新たなニューカマーの楽園を作りに往くというその惚れ惚れとする行動力にただうっとりと付いてきたはいいが、本当にこのままでいいのか。

 

 ぐるんぐるんと出口のない思考を繰り返すふたりを放置したまま、女王と海兵がああでもないこうでもないと思考錯誤を繰り返す。

 いくつか候補が出るが、決定的な一撃とはならなかった。顔が大きいとか、両性だとかは革命軍幹部という主だった原因には遠く及ばない。

 お昼を食べ損ねた腹がぐう、と鳴る。家に帰ってもどうせひとりだ。晩ご飯を作るのが面倒で、最近はずぼらしていた。このままいけば今日も食事抜きになりそうだ。

 自分が食べなくても、エースが気が遠くなりそうなくらいがっつりと食べてくれているから良いか。

 そんな事を思いつつ、

 「あ…」

 ぽん、と浮かんだ思考にアンが両の手を重ねた。

 「ねえねえ。イワちゃん。わたしの頬にキスしてくれるかな。いい方法、思い付いちゃった」 つんつんと、自分のほっぺをつつきながら、にっこりと笑った。

 

 世の中の人々を守るため、ならばきっと裁判長もそのまま、橋の方に行くがよろし、と通してくれるに違いない。アン的には新人類(ニューカマー)に偏見は無かったが、一般的には浸透していない指向はなかなかに、受け入れられるまで時間がかかるというモノだ。

 

 アンは女だ。そしてイワンコフの現在は女の姿である。

 世界政府は人口を増加させること、を推奨していた。世界のどこかしらで小さな小競り合いが今も続いている。全てが安定していればよいが、富む国があれば貧する国もまた存在していた。人口が増え、ある程度の経済力を持つようになれば搾取できる最低限も増えてゆく。

 もしイワンコフをこのまま青海に放置したままとなれば、女は女と、男は男と非生産的な営みが作り上げられてしまう可能性がある、と多少どころではなくかなり強引なこじつけだが、エニエス・ロビーに知人も増えている今であればなんとか押し通せるような気がしなくもない。

 

 …これからの未来監獄で増殖…する、などと一抹の不安を抱かなかったわけではないが。

 ううん、まぁ、うん、そういうことになっても少々アクの強い個性が生まれるだけだから大丈夫、だよね。

 

 ちょっとあなた、何様よっ! イワ様の、イワ様の清い口づけを求めるだなんて!!!

 キャンディーズが叫んでいるが聞こえないふりをする。

 される本人はさあこい、と待ち構えているのに対し、行う女王様が頬を赤らめてくねくねと腰を揺らせている。

 男の姿のときはまったく気になどしていなかったが、女となり、こうして改めてアンを見ればなんと凛々しく勇敢な姿と度胸を持っているのだろうか。と再発見してしまったのだ。キスだけじゃなくてもいいのよ。この体も味わってみる? あなたの体も味わってみたいわ。青々としてみずみずしい初物のにおいがする。そのはじめてをくれるというならば、ありとあらゆる手技を使って天国のその先をも見せてあげてもいいわ。まずその可愛い唇をついばむところから始めましょうか。このトキメキ、大爆発のヨカーン!

 

 などとイワンコフの内で大妄想が行なわれているなど全く考え付きもしていないアンが、

 「じゃ…じゃあアンアン、いくわよ」

 「どうぞどうぞ」

 と頬を差し出して笑む。

 キャンディーズ達の絶叫と共に、後に言われる、謂われの無い罪が確定した瞬間だった。

 


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