ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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35-世界会議(2)

 喧騒が生まれていた。

 スモーカーは合流したヒナと共に、遠巻きで経過を見守っている。

 海軍として関わる案件では無い。国家間の摩擦だ。

 二人が出て行くとすれば、小さな権威が関わってきた場合のみに限られる。それまでは不干渉を貫かねばならない。

 海軍がこの聖地マリージョアに駐屯している理由そのものが、青海の王達が天竜人に害をもたらさないよう警護するため、なのだ。

 運良くこの場に、散策に来ていたなどという偶然があれば動けるが、世界貴族がわざわざ訪れる訳もない場所だった。

 

 とはいえこの騒ぎは予定されていたものといえよう。

 悪食こと、ドラム王がアラバスタ皇女と接触したのだ。会議の席での憤懣(ふんまん)は、食事を終えても収まってはいなかったらしい。

 

 ドラム王の一行は意図的にアラバスタ王の陣営が充てがわれた館の路を通り、待ち構える気満々であったという。やられた以上をやり返す。

 当然の報いだと思う者、関わらず傍観する者、それぞれの行動を見定めようとする者。

 視線が幾重にも交差する中、卑猥な行為に走ったのはドラム王だった。ただすれ違おうとする皇女に、手が滑ったと手を上げたのだ。

 青海を治める王と同等の位を持つその家族、皇女であれば目礼だけで十分に挨拶となる。しかしドラム王はそれが許せなかったようだ。

 目礼だけとは教育の程度が知れる。そう発言し大きく張り出した顎を反らせ、視線を下していた。しかも口元には余り品の良く無い笑いを浮かべている。

 

 しかし皇女は健気にも、供が上げる非難の声を制し、ドラム王へ謝罪した。

 そのまま何事も無かったかのように、にこやかな顔のまま歩き行く。

 やや意外であったのはドラム王だ。思い描いていた反応を返さなかった皇女に興が削がれたと、大人しく立ち去った。

 

 ゆっくりとだがヒトの輪が薄れてゆく。一応だが、騒ぎはこれで収束となるだろう。

 「ところでアンは見つかったの?」

 「おれも探しているところだ。あのちっこいのどこ行きやがった」

 互いに方向を決め捜索を開始する。海兵の姿自体は、各国の衛兵と同じく珍しくは無い。

 ただ殆どの衛兵達の様子がそわそわとしている。何かを探しているようにも見える行動だ。

 

 「別れて探しましょう。どこかの国に捕獲されでもしたら大事だわ」

 同僚のつぶやきにスモーカーも同意する。もしそうなって居たならば、あきれてものも言えない。仮にも海兵であるならば、万が一、にも無いと信じていたいが、相手はまだ子供だ。

 そんなにあの子供ひとりが重要なのかと舌打ちする。

 スモーカーからすれば、そこら辺に転がっている子供(ガキ)と変わらないように見えるのだ。

 誰からもちやほやとされ、いつもにこにこと笑いかけてくる子供を見ていると、苛立ちが噴き出してくる。ここは公園や遊技場ではないのだ。

 いつのもタバコを吸えないのも、むしゃくしゃする理由のひとつだが、そんな事はどうでもいい。

 子供を見つけるのが最優先だ。

 終わってから与えられた部屋で存分と煙を満喫する予定を立て、雑踏の中に紛れた。

 

 

 にぎわいに沸く町の、道ゆく人々の中をゆらゆらと歩く長身の男がいた。

 海兵から敬礼を受けながら気楽な巡回をしているように見える。

 駆け寄る兵から報告を時折受けつつ、騒ぎがあった路を横切った。目的地は特に定めてはいない。気が向くまま足が向かう先へ進む。

 世界会議に出席する各国の王が連れてきた使節団はその国の特色を見せ、博覧会のようにも思われた。5つの海に点在する国王が聖地に集まるなど、一生に一度、経験出来たら運が良いと言われる。ガープやおつる中将も若かりし頃、今のクザンのように警備に出向いたと聞いていた。

 

 その頃からここにある正義は不変だ。

 世界貴族を頂点にし人々の暮らしを定めた、社会秩序を保つための規則や常識、ルールという名の思想である。

 クザンは様々ある正義を否定する気はない。

 その時、その立場によって形を変える。今後の世界のため、と決断した苦い過去もあった。

 徹底した正義は時に人を狂気に駆り立てる。

 良い例が赤犬だ。以前よりはなりを潜めてはいるが、いつまた行過ぎる行動を起こすか分かったものではない。

 しかもその抑止力となっているのはたった一人の海兵だ。英雄と呼ばれるガープを祖父に持ち、実力も順調に付け次世代として期待されている。

 

 末恐ろしいと思う。

 世話になったガープには悪いが、もし海軍から姿を消すならば、この手で始末しようと決めていた。かの存在は余りにも人を惹きつけ、中に入り込み過ぎるのだ。

 

 あのサカズキから娘に何かあろうものなら覚悟しておけと、わざわざ連絡を入れてくる程の過保護ぶりだ。ボルサリーノからは何も音沙汰無いが、一報が飛べば新世界での任務を繰り上げてでも戻って来るだろう。

 ガープにも最初言われていた。あれを取り扱うのはなかなか骨が折れる。余り深入りしすぎるな、と。

 

 正義と悪は相反する言葉では無い。

 とある事件が起こりその討伐へ向かった、ポートガス・D・アンが語った言葉だ。

 

 そもそも善悪という熟語があるように、『悪』の反対語は『善』だ。

 ではなぜ正義と悪、と並び使われているのか。それは意味が明確であるから、だろう。正しい事と悪い事、見て解りやすい。

 海軍が正義を掲げるのは、正しい道義、人が従うべき正しい道理とされているからだ。世界政府が提唱する『法』によって、強く形に推されているのも要因のひとつではあるだろう。

 人々は自分達を守る盾となる海軍をし正義として見ている。なぜなら長い時間をかけ、やり続けてきたからだ。世界政府は5つの海に蔓延(はびこ)る悪、海賊達を狩り続けてきている。その業績が今の信頼を築きあげていた。

 

 しかし物事には表と裏がある。

 その事件は明るみに出ないものだった。

 本来ならばCP9が請け負うべき影の仕事だ。

 センゴク元帥がなぜその時、彼女を人選したのか謎だった。今ならば予想でしかないが、世界政府が関わっていたのだろうと、言える。大将という椅子に座っていても尚、もたらされぬ隠された情報、それに関わっていた。

 

 傲慢とも言える赤犬の正義を諫めた存在が、不義を放ったのだ。

 「これから行う殲滅は、悪と心得なさい」

 彼女の傍らに立っていたのはロブ・ルッチだったという。

 率いたのはエニウス・ロビーに駐屯する、口の堅い男達ばかりだった。

 

 その日、海へ気晴らしの散歩に出ていたクザンは、このマリージョアにアンが来た初日を彷彿させる風景を見た。堤防に足を放り投げ、ただ空と海を眺めていたのだ。

 数日前にセンゴク元帥に呼ばれているとすれ違ったまま、姿を見なかった少女がぽつんと座っているのを、見過ごせはしなかった。何度もぐっすりとした睡眠を提供して貰っている身として、気にならないはずが無い。

 明日からは参着する王達が持ちこむ荷物や人員の検閲が始まる。懸念があるならば、出来るだけ取り除いておきたかった。

 

 3日後には聖地入りし、警備の任に就く。シャボンディ諸島の比では無い精神的疲労を蓄積しに行く場所なのだ。わだかまりがあるならば、今のうちに対処しておいた方が良い。

 だが話しかけてもふるふると首を振るだけだった。

 くるくるといつもは表情が面白いくらいに変わる少女が、放心に近い状態にあればおかしいと誰もが気付くだろう。

 

 「大丈夫、ちゃんと慰めて貰ってきたから」

 ひとりにして欲しいと願う少女を置いて、クザンは本部へ戻った。そして権限を使い、なにがあったかを知る。

 

 感想としては、おいおい、これはないんじゃないの?だ。

 世界政府の厳命にて行われたそれを、14歳に背負わせるには余りにも非情すぎる出来事だった。この件について本人は決して口を割らないだろう。

 

 丸一日以上経って様子を見に行った際にはいつもの笑顔に戻っていた。

 つる中将の言に従い、書類を処理を行う。時折微笑を浮かべ同僚達と話しながら、ページをめくる。

 書類無くこの部屋に踏み込もうなら、おつるに洗濯される危険性があった。若かりし頃のやんちゃを、幾度も見られている相手でもある。適当な提出書類を幾つか制作し、持ってきた事に寝耳に水と言われたが、我ながら似合わないと思うものの、それは仕方のない事だと諦めた。仕事などやればやるほど沸いてくるのだ。本当はある程度置いておき、必要な分だけ処理するに限る。

 

 その時は世界会議の打ち合わせと称し、おつると幾つか言葉を交わしその場を後にした。

 

 クザンは捜す。

 何もかもを背負いこもうとする小さな後姿を。

 

 

 姿を見つけたのはスモーカーだった。

 黒服の、鳩を肩に乗せた男と何かを話している。

 探し回る方の身になりやがれとスモーカーは肩を怒らせ子供の元へ向かう。

 14歳といえば新兵としてようやく海兵としての階級が与えられるか否かという年齢だ。子供の家族はかの、ガープ中将であるという。祖父の七光で得た階級だろうと噂する声もあった。覇気という力を潜在的に持っているらしく、ちやほやとされている。

 

 いけすかない子供だと思っていた。

 輪の中心に自然と入り込み打ち解けてしまう。きっと恵まれた環境で育ったのだろう。

 愛されて当たり前、持ちあげて貰って当たり前。軍隊ごっごがしたければ、どこぞで取り巻きを集めて勝手にやっていればいいのだ。

 

 スモーカーは幼い頃から、苦節を乗り越えて生きてきた。思い通りに事が進んだことなど、数えた方が早い方だ。偶然の産物とはいえ食べてしまった悪魔の実の力をものに出来てきた矢先に、命じられたのは子守りだった。

 折角暴れられる部隊への転属が通ったというのに、予定は覆され、前線ではなく、子供の世話をさせられている。

 反吐が出そうだった。

 世界の王達の茶番劇を見せられ続ける苦痛が苛立ちを生む。

 海兵だけに煙草が言い渡されているのも、我慢がならなかった。

 

 さっさと仮設本部へ戻る為に歩く。

 「おい、お前何をして…」

 スモーカーは最後の句まで繋げられなかった。

 ロブ・ルッチが首元に杖を突き付けたからだ。

 「なにしやがる!!」

 怒気を含んだ声音に、アンが両者を諫める。

 ロブ・ルッチは一瞬スモーカーに視線を向けるが、すぐに外し先ほど見ていた方向を再び注視し始めた。

 

 「ケムリン、もう少し待って…」

 あと少しで。

 「この場所は戦場と化す。だからもう少し自由にさせていて」

 人々の避難誘導をしてくれると助かるのだけれど。

 そう言いながら懐中時計を取り出した子供が時間を確かめた。

 「来る…」

 

 それはネコだった。白の塀の上にちょこんと乗っている。

 「ただの猫だろうが」

 「たぶんあれだと思うんだけれど」

 質問に答えない子供に、スモーカーはカチンときた。それでも階級は一応ひとつ、子供の方が高い。待てと言われるなら待ってやると、腕を組む。

 

 「ルッチ、わたし向こう側行っていいかな」

 「そこで待っていろ…あと5分だ」

 行くならばおれが行く。

 アンはその言に従い、頷いた。

 「一体何の話をしてやがる」

 意味の分からないやり取りが目の前で行われていた。説明を求めても、ぼかした言い方しかせず、言及は無い。スモーカーはぐいと細い腕を掴む。だが見上げてくる目は必死だった。

 「あのにゃんこが、爆破するかもしれないの。間違いであればいいのだけれど…でももしそうなら、止めなきゃ」

 その声は静かに、否定の願いを含んでいる。

 もしそうなったら、その煙の力で火種を包み押さえて欲しい。

 こんな場所で猫が変形するなんざ、お前頭は大丈夫か。いつものスモーカーならばそれくらいは売り言葉に買い言葉、を返していただろう。

 しかもこんな、くそったれな世界貴族を守るため駐軍が行われているのだ。

 狙われたくなければ、世界会議など別の場所で開けばいい。不愉快さが更なる苛立ちを生む。

 

 通りには人が溢れていた。

 ここで猫が本当に爆破でもしたら、大事になるだろう。

 時間が刻々と近づき、そして到る。

 

 当たって欲しく無い願いほど、高確率で現実となるものだ。

 もこもこと猫がうねり始めた。体の中から何かが飛び出そうとしているかのように、突起が飛び出し始めている。

 「ケムリン!」

 子供が六式の技を使い空に飛びだした。

 その場に居た王族とその配下達も何事かと悲鳴を上げ混乱し始める。

 逃げる姿は生まれの違いなど関係ない。同じように悲鳴を叫びこけつ転(まろ)びつして惑う。自分自身の身だけを守りながら、安全な場所まで到達しようとする。

 

 「危ない!!」

 水色の髪の、子供が人の波に押され、揉まれ危険範囲内に入ってしまっていた。

 子供(アン)が軌道を変え地面に降り子供の前に立ちはだかる。

 スモーカーは舌打ちしながら走った。言われたとおり、自身の体を煙に変化させ、猫であった何かを捕縛する。

 しかしそれは爆発した。

 大量の刺のような何かが周囲に飛び散る。自然系の能力者であるスモーカーはこれらごときで傷を負ったりはしない。

 

 子供(アン)が子供を庇う。

 迫り来る何かを体技を使って叩き落とし、肉体を強化してそのもので弾く。

 「"アイス壁板(ウォール)"」

 その一言で、飛び散っていた何かは全て氷の壁に阻まれ、それ以上は拡散しない。

 そう青雉大将の力、だ。

 逃げ惑う王族達を逆流して歩いてくる姿が見えた。スモーカーは敬礼して出迎える。

 「クラァ!!! 報告怠るなと言っておいただろうがァ!!! ひとりで何やってんの!!!」

 「ご、ごめんなさいっ」

 いの一番に直立不動になり詫び言を放ったのは子供だった。見える横顔が引きつっている。

 

 なんだこいつ。こんな表情も出来るのか。

 スモーカーは意外に思いながらその横顔を見た。年齢を感じさせない話し方をしていたのは、作りものだったと知る。

 

 「…おれに内緒でなぁにやってんだ…サカズキさんにおれを殺させる気か。島何個消したいのか言ってみろ」

 「いや、もうほんっとにそう言うんじゃなくて。ちゃんと説明します、油売ってたのも始末書書きます。だからほっぺたひっひゃらないれー」

 

 一通りのお仕置きを受けた後、アンは解放されていた。青雉大将は検分の為、弾け飛んだ猫があった場所に立つ。

 そこへ軽い身のこなしで男が地に足をついた。赤くなった頬を抑える子供が男の元へ走り寄る。

 「ごめんなさい、追いかけられなかった」

 「……」

 青雉大将の声が近づいてくる。スモーカーは倒れていた水色髪の子供を抱き上げ、その身の無事を確かめた。

 「ケムリン、彼女アラバスタ王のご息女だから丁重に抱いてあげてね」

 スモーカーは眉をピクつかせる。王族ばかりが集まっている認識はしていたが、よもやその身を抱えるとは思ってもいなかった。

 

 「あらら。ロブ・ルッチ…来てたのかい」

 腕を組み、静かに立つ男の名を青雉が呼ぶ。しかし男は何も答えない。

 「どうも能力者が何名か入り込んでいるようですね」

 クルッポー。鳩がしゃべる。洒落の効いた冗談に片眉が上がる。

 「お前さんがアンの助っ人か。…豪華じゃないの、この悪ガキが。なにを企んでたのか洗いざらいしゃべって貰おうか…」

 

 こめかみをぐりぐりされ、目尻に涙を溜めながら、アンはごめんなさいを繰り返す。

 「はう。全部白状します、するからぁ」

 ついでにこの前の事も吐いて貰おうか。

 青雉に迫られている子供をみて、スモーカーは唇の片端を上げた。

 「アン、聞かせろよ。おれにもかませろ」

 思わぬ人物から名を呼ばれ、目をぱちくりさせた少女を面白そうにクザンは見る。

 「さあ…戻るぞ」

 大将が声を周囲にかけ、海兵を撤収させる。

 だがしかし、道すがら、こめかみへの攻撃は終ぞ終わる事はなかった。

 


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