ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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34-世界会議(1)

 手を伸ばせば空が掴めそうだった。

 海にいる時より雲が近くに見えような気がする。ここよりもはるか遠く上空、高度1万メートルには、空島があると言う。

 おとぎ話や噂には聞くものの、本当にあるかどうかは確認されてはいない未知の国だ。

 

 しかしアンはこの空にも国があると知っていた。

 雲の化石、そう呼ばれる空を浮遊し続ける、水蒸気では無い雲があるのだ。

 いつかは行ってみたい。そう願い、とある実験の際に機を得た。

 父が歩んだ足跡を追うと言えば、きっとエースはむっつりとした顔をした後、心底嫌な表情をするに違いない。

 だが行くな、とも一緒に行かない、とも言わないだろう。

 

 「アン、何処にいる。僕から離れるなとあれほど言っているだろう」

 室内から声が聞こえた。

 「ディ、こっち。中庭にいるの」

 「この場所が気に入ったか。お前が好きだと言ったエメラルダスを集めたからな」

 ふふん、と胸を張る少年と視線を合わせたアンは笑む。。

 

 「うん、嬉しい。ありがとう。でもわたし、今からお仕事行ってくるからまたあとでね」

 髪型は朝、この家の召使たちに結われたキュート・カールのままだ。

 服も海軍のものでは無く、デイハルドが今日の日のために特別に作らせたドレスに袖を通している。

 彼はこの後、アンを連れ世界貴族が主催を務める立食パーティに出席する予定になっていた。海軍の用件で聖地を訪れていると聞いてはいたが、そんな事知った事では無い。表向きにはその席でこれは自分のものだと、そして裏では天竜人に仇成すと小さな頃から教え込まれる神の天敵、『Dの一族』を飼っているのだと自慢を兼ねたお披露目をする方が断然、重要だったからだ。

 「そんなもの他の海兵共に任せておけばよい」

 高圧的な態度で見下した言を放つ少年にアンは苦笑をこぼす。マリージョアでは珍しくない言動ではあるが、どうにも慣れず受け入れがたいのだ。聖地の真ん中にそびえる荘厳な城に住まう彼、彼女たちが発するならば、まだ飲み込めるだろう。しかし役目を放棄し続けるただの天竜人の血筋に生まれただけの存在が、なぜそんな威張り散らすのかよくわからない。

とはいえアンから言わせてみれば、どっちもどっちの状態だった。

青海の人々は天竜人を自分とは関係のない遠いどこか違う世界の事象として扱い、自分たちの生活がいつまでたっても楽にならないのは天竜人の圧制が原因としてあげつらうし、天竜人は青海に暮らす人々を自分たちと同じ人間とはみなさず、そこらへんに転がっている石や害虫のようにみなしている。

 歩み寄れなどというつもりは全くない。水と油が乳化剤を入れなければ混ざらないように、この両者はどうあがいても同化しないものだからだ。

4年に一度、マリージョアにて行われる世界会議という名の狐とタヌキの化かしあいが何のために行われているのか。理由を知るものはごく一部だろう。

 

 

 

 デイハルドの指がアンの首筋を通り、ビーズネックレスに至る。

 「さぼれ」

 さらりと無体をおっしゃいますか。この世界貴族が。

 アンがひくりと眉を動かせば、自分の意に従うのがさも同然であるかのように、腰に手をあててのたまった。

 「その首輪がある限り、アン、お前は僕のものなのだ。そろそろ理解しろ」

 「ふふ、可愛らしい独占欲。ではお散歩くらいは行かせてくださいな」

 デイハルドの頬をふにふにとしながら、意地でも会議の方に行くと言い続けるアンに、我慢の限界を越えたランがくつくつと笑っている。天竜人たる聖に容易く触れるなど、アン以外に誰が居るというのだろう。

 彼は聖地へ召し上げられてから、デイハルドの奴隷兼、護衛、をしていた。

 帯剣も特別に許され、背に押された天駆ける竜の蹄を露出させる事、主人で無くても頭を垂れなければならない事を除けば、自由にやらせて貰っているという。

 以前は何処からの商船に乗っていたと聞いた事があった。

 見習いとして初めての航海に出た先で海賊に襲われ、生き残った人々も次にやってきた人攫い屋に身柄を拘束されてしまった、のだそうだ。

 

 人攫いを生業にしている者達は海賊以外の船も襲う。非加盟国のみだと宣伝し、もし間違えて捕らえてしまった場合には祖国に送還も行なうと触れ込んでいるが、そういう事例は殆どみられないのが現状だ。

 本人が幾ら否定しても買い手が付けば、その身は拘束される。特に美麗な容姿を持つ者達は容赦なく商品にされた。

 

 ねえ。今ならば、出身国の王に情状を伝えれば戻れるかもしれないよ?

 何らかの用事で姿を消した聖の居ぬ間に、アンはこっそりと囁いた。

 

 しかしランは国に戻るつもりはないと語った。ここの生活もまんざらではないと言いながら、聖の側にいる事が生きる意味になっている、と。

 「それならわたしがでしゃばる事じゃないね」

 それに、と続く言葉をアンは待ち。

 「この身が尽きるまで御身を守ると誓ったしな」

 ある意味殺し文句ともいえる文言に、アンは笑って両手を握りしめる。かつて読んだ、海外作家の王女と騎士の甘い恋物語のような台詞だとつぶやきながら、なにかを想像している様に、ランはたじろぐ。

 「ディも立場的には立派な王子様だもんね。騎士かぁ、格好良いなぁ」

 ひとりで楽しそうにステップを踏む主人の想い人へ何を考えているのかとランは苦笑を洩らす。

 

 そこにデイハルドがむっとした顔をして入ってきた。

 「ラン、なにを言った」

 戻ってきた小さな盟主がふたりの間に割り込んで奴隷を見上げる。

 独占欲の塊と言われたばかりのデイハルドがランを糾弾する。よもや、と邪笑みを浮かべつつある中、アンが王子様!と聖を抱きあげた。

 目をぱちくりとして首を傾げた聖だったが、状況の説明を受ければ顎に指を添え、目を細める。

 「ほう、アンは僕に王子役を所望するのか」

 ならば、と地に降りたデイハルドはアンの手を取り、満面の笑顔でこう云った。

 「お前がこの先海軍に居続けようとも、海賊となり海に降りようとも、死して屍となったとしても。僕はお前を愛し続けよう。だから僕の所有物だとさっさと理解しろ」

 ついで、では無いが僕の用件を優先するが良い。

 

 「もう、ディったら。最後の一言で台無しだよ」

 うれし恥ずかしな心持で、アンは笑う。

 自分を幸せにしてくれるという想いは、ただそれだけで心地よい。

 視線を合わせ額へ口づけを落とす。それは親しみを込めた思いだ。

 

 

 「じゃあ行ってきます」

 聖をなんだかんだとなだめすかし、なんとか海兵としての服装を整え、コートを手に取り玄関へと向かう。

 接吻の位置が違うだろう。

 着替えの最中もメイド達が薄布で目隠しを広げている横で、デイハルドは言い続けていた。だがようやく、手だけをを握る関係から、こうして触れ合えるまでになったのだ。最初は真綿でも構わない。柔らかく手足を捕らえつつ、じわじわと手綱を手繰り寄せればいい。最終的に身をよじる事も出来ぬ程、がんじがらめにする予定なのだから。

 

 デイハルドは腰に手をあて、頑として仕事に行くと言って聞かない背に溜息を、わざとつく。

 「わかった。それならば僕もパーティを欠席しよう。一通り仕事を終えたら会議の席を見に行く余興へと行くとする。諸侯を見物しようと誘われているからな」

 

 見物って、誰となにを。

 アンはコートを纏い首を傾げる。ばさりと目隠し布が外されれば、凛々しく立つ海兵がそこにある。デイハルドは将校の手をとり、彼女が望む先へと向かう。

 

 アンは"見学"といういまいち、世界貴族の意図が判然とせず、考えていた。

 見下すという行為は立体的だと、ここに来て嫌というほど体験しているが、彼らの思考が良く分からない時がある。そういう時は無理に理解せず、そういうものだと棚上げしておく方が気持ちは楽なのだが、騒ぎが起きれば海軍が動かざるを得ない。

 「その時はその時、か」

 アンはぱちん、と懐中時計を閉める。

 聖に見送りされながら、召使たちが開く玄関をくぐった。

 コートをなびかせ颯爽と歩く。

 一陣の風が舞うように、その姿は青へ向かった。

 

 

 

 ここは聖地マリージョア。

 世界政府に加盟する国々が4年に一度、一堂に会し、世界会議(レヴェリー)が行われる。

 今回の議長はイルシア王国国王、タラッサ・ルーカスだ。

 中にはゴア王国国王も座している。

 主に議題に掛けられるのは世界共通の凶事や、対国間での輸出入などの取り決めなどだ。

 

 聖地には今現在、実に100を超える国から最高権力者、乃至(ないし)権限を預けられた代表者とその従者が滞在していた。

 言うまでもないが警戒は厳重だ。大将が1名、中将が3名、将校が200名、諜報機関CPも人数は不明だが人員をこちらに回し、何かが起きる前に対処している。

 

 会議の招待者は世界貴族だ。

 名目は世界の治安状態を確認し、5つの海に分かれて存在しているそれぞれの国の交流の為、となっている。がしかし、それぞれの海や国家間の利権が絡む、壮大な陰謀の渦がそこかしこで巻く場、ともなっていた。言うなればこの王達の会議は戦争勃発の危機を孕む、政界の中心地、でもある訳だ。

 以前暮らしていた場所ではまったく触れる機会の無かった、どろどろとした政権のやりとりが、表面上穏やかに、水面下ではこれ以上無い苛烈さを含んで行われている。

 なぜならここにはそれぞれの国の要人が集まっているわけだ。しかも公文書として公式的な会議議事録としても残る。世界中の首脳が一か所に集まれば、些細な争いごとが後に戦争のきっかけとなりうる可能性も含むのは当然の結果だ。

 

 アンは耳に聞こえてくる声音に出来るだけ集中し、だぶって聞こえてくる影の囁きを無視する。

 基本的に海軍では各国々への直接介入は、原則的には行われない。

 今、こうやって会議の警備を行っているのは、王達を守るために、でもない。

 世界貴族が住まう聖地にて、何事かを起こそうとする王を静粛させる目的で出動させられている。

 ただし世界政府が悪と定める、海賊や反乱分子、今まさに話題に上っている『革命家ドラゴン』が関与する件に於いては即時介入が認められていた。

 革命軍が数年に一度しか門が開かれない、聖地への扉が開かれるこの時を、黙って見過ごすわけが無い。

 彼らの目的は"世界のあり方を変える事"だ。天竜人に手をかけたところで、五老星や役人たちが世界を回している現状を知っていれば、無闇な血を求める事はしないだろう。だが革命軍とて一枚岩では無かった。母体組織にはいくつもの支援団体が付いている。ざっと調べてみると、その中にはぽつぽつと過激派が存在していた。

 ここでどう動いてくるか。革命軍のお手並みを拝見とばかりに、アンはある意味、楽しみにしていた。過激派のひとつやふたつ、きっちり掌握して上手く手綱をとらければ組織など動かせないともいう。

 もし何か、予定通り事が起こればこちらも全力で阻止すればいいだけの話、だ。

 

 革命軍の動きは最近頓に活発化している。

 世界には多くの、天竜人を真似て国家運営を行っている島があった。

 例をあげればアンが暮らしていたドーン島、ゴア王国もそうだ。

 

 中央、中心。

 権力と言う美酒を知り離れられなくなった者達にとって甘美な言葉だ。

 富は海の水とよく似ている。飲めば飲むほど喉が渇く。乾いていると知らずに、飲み続ける。

 そして富を模範する。

 憧れだけで済めばいいが、大抵はそこで終わらない。

 

 人々はいつか気付く。自分と周りの差異の理由を知り、なぜなのか、と。

 身近な周囲だけでは無く、遠く離れた場所で起る出来ごとに、ふと疑問を思い起こす瞬間が。今の世界の形に疑問を抱き、知ろうとする動きは既に始まっている。なにも特別な素養が必要な訳ではない。なぜ知らずにいたのだろう。周囲を把握する、きっかけは些細だ。

 

 議長であるイルシア王が危険性を説く意味をどれだけの、ここに同席する人の上に立つ者達が理解できるのか。

 この作られた箱庭の現実を認識している王達がどれだけいるか。

 そもそもここに集う王、達はその国だけの王だ。世界政府のように広く深く世界を管理している訳ではない。己の、国、その利益を優先するのは人としてごく当たり前の行動のように思える。当然ながらその世界政府が、世界に反逆など起さぬよう、富が満たされぬよう、天竜人への貢ぎ金「天上金」の金額を決める場、でもあるのだが。

 

 護衛として入室を許されたアンも表情を無にしながら、この場に集まった選ばれし者達の話を聞いていた。170を超える加盟国がある世界政府加盟国だが、この王達の円卓会議に出席できる人数はたった30名程だ。幸運なことにピンク色はこの部屋に居ない。前年度、赤犬の部隊にて多忙を極めていた最中、突如として成り代わったとある国の王が彼である。彼もまた部下を引き連れてこの聖地へとやってきていた。

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 

 アンは彼の名を反芻する。その名はデイハルドと起源を同じくする一族のひとりであった。

 異端児であるディの他に、かつて、と過去形ではあるものの自らを神ではなく人だと宣言した元天竜人が居たという事実に驚きを隠せない。

 かつて彼の父と母は神の座を降り、人として生きようとした。だが所詮は純粋培養の籠の中の鳥であったのだろう。飛び立った直後に何重もの苦難が襲い掛かった。

 

 その件に関しては既に過去だ。覆せない。

 彼が行なってきた様々な行いも、彼の弟が何を願いながら死んだのかも。

 だから肝心なのは今である。方向を変えるのならば、現在をどう動くのか。

 

 会議に熱が篭り始めていた。

 なにせ己が、己の国が納める天上金(てんじょうきん)の額が発言の受諾如何によって変わってくるのだ。治め切れずに消えてゆく国もある。

 100を超す諸侯、これはデイハルドの言からだが、それらの欲望具合を見るのも一興と聞かされていた。何という昏い見物なのだろうか。

 確かに世界貴族は世界の中心に立っている。世界にある多くの国さえ、天竜人からその土地を治めよ、と命じられ青海の諸侯が下々民を集約している、と解釈していた。

 だが誰も気付いていないのだ。

 わざわざ命じられなくとも、己達は以前よりそこに住まい、営みを行っていたという、ただそれだけの事を。

 

 ふと聞こえてきた文言に意識を集中する。そう、革命軍に関しての議題だ。草の根運動的な地道な活動がゆっくりと芽を吹き出してきているようである。

 革命軍が行なっている行動をアジテーション、という。

 主な意味はそそのかす事、扇動、だ。

 しかしもう一つ意味がある。

 社会運動で、演説などによって大衆の感情や情緒に訴え、大衆の無定形な不満を行動に組織する事。

 

 そう、反乱、だ。

 不満を煽りくすぶっていた火を業火に変える。

 どちらの陣営も等しく、死者を出す。先導者はドラゴン、大火事の日に初めて会ったルフィの父だ。

 

 世界的犯罪者の父を、これで共通して持つことになっちゃうんだよねぇ。

 

 会議の様子を見ながら、アンはため息をそっと飲み込む。

 父親が悪名にしろ偉大な功績を残して死んでしまった後、遺された子供がどれだけ思い悩むか、大人達は知らない。否、それを見越して父、ロジャーはアンに対し置き土産を残している。だが何も知らぬ、基本的な考え方すら教えてもらえぬまま放置された子供になにができるというのだろう。

 子供は残された情報で様々を考え、傷つき乗り越えなければならない。たとえ親が良かろうと残したものであっても、受け取る側が正しく、残した本人の意向どおりに受け取らねば全くの無駄になる。大人よりましだと言われるだろうが、子供には子供の苦労もあったりするのだ。

 

 その点を義祖父は気付いてくれていた。

 子供たちを守るためにどうすればいいか、を考えてくれていた、と思い…思う。たぶん。

 

 そうこうしているうちに王達の質疑応答が叫び声に変わっていた。

 その中でも目立っているのがドラム王だ。投げやりな、人を小馬鹿にしたような発言を繰り返しているいる。

 なんでも革命家に惑わされるような国政はやっていないらしく、他の国のような憂いは全く感じていないのだと言い切っていた。

 

 ならば昨年医療大国と呼ばれた貴方の国から、多くの医療に関わる人々が追放された件について、それは良い政治と言えるのか、問い質してみたかった。

 お陰で海軍の医療系人員が増強され棚からぼた餅状態だったのだが、彼を王として見上げなければならない民達の心情を慮(おもんばか)れば安らかではないだろう。国には王室が抱える医師20名しか居ないというのだから。

 

 その言に抗議したのはアラバスタ王だ。

 砂漠の国の王は民から慕われていると聞いていた。良王に恵まれた国はそれだけで幸いだ。それでも問題がひとつもないかと言われれば、否と言うべきだろう。

 この砂と太陽の国を標的を定めた人物が居るのだ。砂鰐、アンはそう呼んでいる。

 争いの種から芽が芽吹こうとしていた。けれど伝える事は許されるのだろうかと、言葉を呑み込んだままだ。夢が教える未来には、弟の姿を見た。そしてもうひとり、世界に住む人々から追われる存在となった人物の背もそこにある。

 

 全くの対比だった。太陽と砂の、そして閉ざされた雪の、国。

 ふたりの王が対する様は、有智無智三十里という言葉通りに見える。

 ただこの席でいち海兵に過ぎぬアンが声を出すのは得策では無い。様々な意見が飛び交う会議を、一歩引いた視野で眺めていた。

 

 海軍を含む世界政府は土鍋のふただ。

 余りに正義に固執するがため、世界を現状のまま持続させようとするが故に、蒸気が吹き出る穴すらふさいでしまっている。

 これではいずれ下の鍋が割れてしまいかねない状態だ。鍋は人々を支える世界とするなら、その耐久力も限界に達するまで秒読みとなっているだろう。

 やろうとしている事は分かっていた。かつての世界でも歴史として刻まれているからだ。

 

 ドラゴンはこのふたを力任せに開こうとしている。

 それもまた一つの方法ではあった。けれど溜まった熱量は大量の、死と言う名の蒸気を生むだろう。この流れはもう止まらない。

 幾つもの加盟国で、反乱が起き新しい同盟が組まれている。

 世界政府を敵とした、まだまだ小さな勢力だが、いずれは大きな流れを作る力だ。

 それすら世界政府の要人たちにとっては予想の範囲内なのだから、どこでドラゴンが動きを見せるのかが楽しみともいえた。

 

 変わって海賊は鍋に穴を開ける存在だ。

 現状では世界政府から渡航許可を得ていない船舶全てが海賊船と言う名で一括りにされている。もしエースと共に船出をしたならば。許可を持たないふたりの立場は海賊となるだろう。

 

 それも頭の痛い話だ。

 エースもルフィも海軍には絶対に、入らない。

 それは父の件もさることながら、兄弟間の約束が大きく緒を引いている。

 

 

 不意に卓上ベルが鳴らされた。

 初日の午前会議が終了した事を知らせるものだ。コートに隠しながらこっそりと時計を見ると昼食時間を大きく割り込んでいる。いの一番に部屋を飛び出たのはドラム王だった。

 

 バクバクの実という悪魔の実を食べたかの王は、大食漢としても名を馳せている。

 ここ聖地でそこら辺にあるものを口にしようものなら、王であっても世界貴族に罰せられてしまう。そのためドラム国から必要物資が大量に運び込まれていた。大小様々の検査にアンも駆り出された近日を思い出す。

 

 アンも次々と退出してゆく王達の後を追う。それぞれの出身国から王が来ていた場合、優先的に護衛に付かされるのだが、アンはデイハルド聖の名を借りてそれを蹴り倒していた。

 理由はふたつある。

 それは大火事を起こした国王などに話しかけられたくなかったのがひとつ。

 もうひとつはアンが世界貴族の寵愛を受けているという、噂が広まりつつあったからだ。

 流したのは当の本人だろうと推測してはいるものの、尻尾切りしたようで辿りつけなかった。これを首を真綿で閉められるというのかと、実体験させられている最中だ。

 そのせいもあり、気軽に同僚達と話しすら出来ない状態だった。誰もがアンの、言動に耳を済ませている。CP9のフクロウの口についていたチャックが心の底から欲しかった。

 

 海兵の詰め所で午後からの持ち場を確認する。

 「…お疲れさん。どうよ、様子は」

 「今のところ平穏ですね。各国の王達も、多少は内緒話しているもののいざこざは起きていません」

 それはなにより。

 急ごしらえとはいえ、一件の屋敷を仮設本部とし部屋に座る大将がアイマスクを下げてうとうとし始める。

 「だーれーかー。青雉大将のやる気、どこかに落ちてませんか」

 「無理だろう」

 「そうね、無理だと思うわ。ヒナ同感」

 「いや、そこまであからさまに言わなくても」

 

 最初に毒ったのはアンだが、直下の部下に言われては身も蓋も無くなってしまわないかと思う。

 いつもは下士官達が行う作業も、この場所では将校が行っていた。そう、ここ聖地に足を踏み入れるには一定の階級が必要なのだ。聖地へ駐屯する一軍の殆どは青雉の部隊だった。

 他の艦隊はそれぞれの任務に就いている。いつも聖地関係を受け持っている黄猿も今ばかりは、新世界に入っていてここに来る事が出来なかった。

 

 センゴクが放った鶴の一声で青雉が駐屯することになったのだが、いつものごとく『だらけた正義』の主張が半端無い。

 ヒナ中佐、スモーク少佐の2人とは何度か顔を合わせた程度の関係だったが、聖地赴任が決定した後、打ち合わせのなんやかんやで親しくなっていた。

 なのでアンへの突っ込みも容赦無い。

 

 「あ。悪食が出てきた…ちょっと行ってきます」

 ほろりと本音が転がり出る。本部でもドラム王は要注意人物として挙げられていた。理由はいうもがな、悪食、その二文字に尽きる。臣下が必死に止めてはいるようだが、聖地入りした際にこの町を囲む壁に喰らいつこうとした。

 

 世界貴族の中では面白い能力者として、様々な物質を食べさせてみよう、という話が持ち上がっているらしい。それもしっかりとアンは青雉に報告している。

 幾ら海軍が駄目だと制止しても、海軍無勢がなにを言う。そう言って一蹴するドラム王だが、アンが間に入れば、世界貴族の住居を破壊した罪となるのだ。

 自重せざるを得ない。

 

 「ああ…行っといで」

 返事を聞かぬまま走り去った小さな背を、青雉は見る。

 「スモーカー、アンを追え。出来るだけなにも無いよう、穏便に済ませろ」

 敬礼する事無く、名を呼ばれた男は部屋を後にする。

 「大将、ヒナも見回りに行ってきます。出来るだけ穏便に」

 「頼む」

 

 その他数名にも同じ事を命じ、対応に走らせる。

 アン自身が権力に興味を持ってないと、傍から見てもこれ以上解りやすい人物は居ないと言わざるを得ない。多少の権限は行使しても、必要最小範囲内に押しとどめる。しかし本人が思っている以上に、少女の周りはかなり物騒だった。どうしてそこまで抱きこめるのかと言いたくなる報告が山のように積まれるのだ。しかもここ、聖地マリージョアでは特に、だ。

 本部があるマリンフォードでは時々、抱き枕にしている可愛い妹のような存在だが、世界貴族の庇護をうけた人物、と言うだけで王達の目の色が変わる。重ねてとある、やんごとなき血筋の末である人物が王となった国からも彼女の貸し出しを要請されている。一体どこで出会ったというのだろう。

 若き天竜人がひとりと、隠されてはいるが、扱いを天竜人として扱え、と通達が来ている人物だ。

 頭痛の種は尽きない。

 世界の中心は確かにこの場所で、世界貴族に目を掛けて貰えたならば、国としての立場も発言権すら他国の優位に立てるのだから、必死にもなろうものだ。

 

 だから彼女の出身国であるゴア王が是非に彼女を護衛としてつけてくれないだろうか、と申請してきた時には久しくどう対応しようか、本気で悩んだ。海軍としては通例に則り、付けざるを得なかったが、自力で何とか蹴ってくれたのを好機と得た。はっきりと言って、今の形に落ち着き、海軍としても実は安堵しているのだ。特に聖地に近く設置されている上層部が。

 

 しかしその只中に自ら向かってしまうのは、まだまだ子供である証拠だろう。

 何事にも一所懸命なのは分かっている。ただ周りの大人ははらはらとしっぱなしなのだ。

 いつもは苦言しか言わないサカズキからも、忠告が届いているくらいだ。

 「ぼちぼち、火中の栗を拾いに行こうかねェ」

 コートを掛けていたハンガーに手を伸ばし、のそりと動き始める。


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