ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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30-新たな扉

 その報は世界を即座に駆け巡った。

 

 『今季最大の船団を組み、今か今かと新世界へなだれ込む準備を整えていた暴徒達を突然襲った偉大なる航路(グランドライン)からの脱落という不運、そして海賊の脅威に晒されながら暮らしている人々にとっての光明は、たったひとりの少女によってもたらされたものだった。

 億を超える能力者が船長を務める3隻の船をいとも簡単に壊滅させた力は、かの英雄ガープの若かりし頃を彷彿させるという。

 一団全ての賞金額を合わせると3億を優に越える』

 

 顔は写されてはいなかったが、その後ろ姿は世界の安寧を支える海軍としての象徴であるかのように、新聞の一面へ大きく載せられていた。

 その存在は以前、シャボンディにて天竜人を救ったその人でもあると熱く、その記事を書いたであろう記者によって語られている。

 

 (まずった)

 

 その新聞を見た時、溜息を吐きながら思った感想がそれ、だった。

 アンは知らなかった。知らされていなかった、というより、知らさずともなんら問題が起きないだろうというほうが適切か。

 よもや海軍本部に所属している激写隊のひとりが、広報活動の為にシャボンディに丁度、運よく来ていたなどアンが知るはずもないのである。

 確かにむしゃくしゃしていたのは否定できない。

 八つ当たりだった、とも認めよう。

 だがしかし、見聞色を使い意識を広げ多くの言葉を集めていたというのに、撮られていたのに気付けないとはなんという失態であろうか。不覚と言ってしまってもいい。

 

 休日を終え、居候先から港へ下りてくれば、いくつも並んだ船の姿が目に入ってくる。年に一度、会議に出席する将達が駆る船が、一挙に介するのだ。

 マリンフォードの船着き場に並ぶガレオンのひとつ、そこから丁度下ってきた義祖父に、髪をくしゃくしゃと混ぜられたのも新聞の一件に関してだった。

 さすがわしの孫じゃ、と豪快に自慢してくれるのはいいとしても、だ。

 「覇気で真っ二つとは、随分と腹の虫の居所が悪かったんじゃのう」

 と、面白そうに披露して去る義祖父の背に蹴りを一発入れるくらいは、例え階級的には上であるが許されてもいいはずだ。年頃を迎える乙女をからかうと恐ろしいのだと、そろそろ分かって貰わねばならないだろう

 

 しかしながら、多少、やり過ぎたと思わなくも無い。

 アン的に壊滅させた海賊達に関して、幾つか気になる点もあった。それは偶然だと言い切ってしまうには、余りにも些細な現象だった。

 近くを回遊していた大型の海王類が海上にまで浮上して来、奇しくも船団の船をばりばりと咀嚼しながら青の中に戻っていったという事実だ。確かに居てもおかしくは無い海域ではある。シャボンディは新世界の入り口でもある。海へ沈み込み、海流に乗れば行きつく先は海底一万メートルにある楽園、魚人島だ。しかしアンには何かが引っ掛かって仕方が無かった。

 海底で何かが起こったような、ぞわぞわと心がざわめく焦りのような感情が湧いてくるのだ。とはいえその感覚を確かめに行く術をもってはいない。

 そういう思いがあったのだと忘れないようにしておくことだけが、今のアンに出来る事だった。

 

 

 「副長、デートは楽しかったかい?」

 

 朝食をとりに食堂に入ると、いのいちばんにそう、声をかけられた。

 デートの相手が誰であったかは聞かれない。聞かれたとしてもアンは答えないだろう。

 ただ彼らはアンの行動が年齢相応だったことに対し、若干の興味を抱いているに過ぎないのである。

 いつもは船上の上で大将と共に飛び回っており、鍛錬が趣味だと言わんばかりに体を酷使し続けているのだ。

 その副長が、である。めかしこんで向かった場所がシャボンディとくれば、デートという言葉に行きつくのは当然だろう。

 

 「残念ながら、延期となりました」

 否定するにしろ、実際スカートを穿いた姿を目撃されているのだ。事実は事実として認め、誤りのある部分をただしたほうが早い。

 会うはずであった相手がデイハルド、天竜人であると知れば仕事の延長上とも思ってもらえるかもしれなかったが、説明するのが億劫でもあった。誤解されても痛くもかゆくも無い。なので華麗に知らない振りをすることにした。

 

 マリンフォードの港に停泊しているこの船も、明日の朝には出航だ。大将は既に本部へ副長二人を引き連れ出かけているという。

 今年も所属が、明日から変わるであろう。だから多くの言葉を伝えない。

 

 

 激写されたその日。

 アンは首元にあるビーズアクセサリの主から呼び出しを受けていた。

 久々にシャボンディへ散策へ向かおうと思っているから、お前も来い、という強制的なお誘いがかかったのだ。

 休日の関係と会議の日取りの為、赤犬艦も不承不承ながらマリンフォードへ戻ってきており、海兵達も数日間の休みを順番に回しつつ得ていた。なので呼び出しをされても別段困らなかったのだが。

 

 『ああそうだ。私服姿で来て欲しいんだ。買い物に付き合って欲しい。なるべく女性らしい可愛いものがいいな。僕も天竜人だと思われない姿で行く』

 受話器を置く前に突然言われた、言葉の羅列に目が点となる。既に向こう側は電伝虫を眠らせ、あちらからこちらへ伝えてくる音は無い。

 

 「え。私服…しっ、私服!?」

 

 しかも可愛いもの、という指定も入ってしまっている。

 アンは慌てた。

 箪笥を開けば、中に詰まっているのは愛らしさなど無縁な、実用ばりの衣類ばかりだ。

 軍務についている時は、スーツにコート着用が義務付けされている。だからおしゃれしたり、可愛い何かを買い出しに行く暇が無いと言えばなかった。ただ単にアンがずぼらをしていただけなのだが、確かに、女の子として最近、さぼっていたような気もする。

 

 買い物へ行かねば。

 そう決め、思い立ったが吉日と言わんばかりに、すぐさま財布を掴んで町へ買い出しに走ったのは言うまでも無い。

 最低限の手入れはやっていたが、海に出ればどうしてもカサカサとしていまう肌をつるんとすべく、泡風呂のシャボンや、整える程度に使っているパウダーなども買い足して、勝負用、ではないが何枚かの衣類を購入した。

 

 そうして当日。

 力を入れておしゃれをし、待ち合わせの時間よりも場所に辿り着き待っていた。しかしいくら待てど待ち人は来たらず、近くのカフェテラスに座って休憩がてら眺める事にした。いつもの格好であれば、聖地までどうしたのかと訪ねに行く事も出来るが、私服で行くのは遠慮したい事情がある。どちらかと言えば待つのは嫌いでは無かったから、飲み物を注文して流れゆく人の波を見るのもたまには良いとも思えた。

 しかし、繁華街側にはあまりやって来ないはずの海兵の姿が、今日という日はやけに目についた。どういう事なのかと店員に聞けば、毎年恒例の大掃除の日、なのだと教えてくれたのである。

 

 ああ、そういえば。

 アンは通知が来ていたと思い出す。

 今の今まですっかり忘れていたが、大掃除の日に天竜人を下ろすほど世界政府もバカではなかったようである。

 懇切丁寧に説明したのだろう。御身に危険ならば、世界がひっくり返るとでも言ったのか。

 

 なるほど、デイハルドが青海に下りて来たくとも出来ない訳だ。

 彼は天竜人の中で最も聞き分けのよい部類に入る。もし彼でなければ下りてきていただろう、とアンは考えた。そしてこの島に在中する多くを引っ掻き回し悦に浸っていただろうが、彼は決してそんなことはしない。

 なぜならばアンが誘導しているからである。

 大学で齧(かじ)った心理学が今、役に立っていた。

 フロイト、ユングにならぶ心理学の三大巨頭の一人、アドラーの教えだ。

 

 アンは飲み物を空にすると席を立ち、ゆっくりと町を廻り始める。街中を走りまわる海兵達はアンの姿に気づいてはいなかった。

 こういう時、万人向けの顔で良かったと、つくづく思う。

 美人であったり、特徴的な何かを持っていると、あの人は…もしかすると、と気付かれてしまうからだ。

 休日とはいえ、アンも海兵がひとりである。大掃除ともなれば、大きな戦力となるアンが欲しかろう。

 なので見つからないという、その他大勢に紛れ込める平凡さにアンはつくづく感謝した。

 

 ちゃりん。

 公衆電伝虫に小銭を入れる。聖に連絡を取ったのだ。

 なぜ電伝虫を持っておらぬのだと小言を言われたがしかし、謝罪を繰り返し用件を伝えれば何とか矛を収めてくれたようである。

 買い物の理由を聞けば、幼馴染が花の髪飾りが欲しいとねだってきたため、丁度誕生日プレゼントに良いだろうと考えた結果だと教えてもらえた。ならば下見を兼ねて店を回ってみると伝えれば、頼む、と言葉が届く。

 次に会う約束を交わしてマリンフォードへ戻ろうとしたところ、後方から声がかかった。

 「あれ、ポート…ガス少佐?」

 振り向けば人違いだったのかと声を小さくする、顔見知りの海兵だった。

 「ああよかった。間違えじゃなくて。奇遇ですね、お手隙ならば駐屯所へどうぞ」

 

 わたし今日はオフで。

 そう言葉を放つ間もなく、丁度良かったと連れて行かれたのは、見慣れた建物だった。

 慌ただしさが通常の5倍ほどに増したその場所では、様々な情報がまさしく、飛び交っている。

 人手が足りないのはいつもの事だ。

 しかし、休暇中の、今や若手の中では5本の指に入る実力者が来ていたとなれば要請されるのは至極当然だった。

 

 いつもとは違う出で立ちのアンを見て、どきりと心動かされた海兵も多い。

 軍服を着ている時はかならず隠しているうなじがすっきりと見え、ポニーテールをお団子にして止めた黒髪が女の子らしい出で立ちであったのも理由だろう。。

 服もフリルがついた可憐とも言えるパステル系のスカートという、歳相応の装いにこれもまたよし、とサムズアップし合っている数名の姿もあった。

  

 「アン少佐、40の海岸線をお願いできますか。本部へは連絡、入れさせて頂きましたっ」

 「…はい」

 海軍の腕章と帽子を借り、肩かけの鞄を預け、海兵達を引き連れてアンは指示された場所へと向かう。

 シャボンディに暮らす人々にとってアンは、どちらかと云えば好意的に受け入れられている存在だった。海兵としては異例、気安く話しかけられる存在だったのだ。

 なぜならば唯一、他の世界貴族に対して物云える立場にある人物でもあった。

 デイハルド聖がシャボンディにかの者がいる限り、その言は我と同等のものとせよ。

 以前、聖は通達を聖地と海軍へと出したのだ。今までただ、黙認しているしか出来なかった天竜人の横暴に、待ったをかけられる抑止力が現れたのは、海軍にとって、また住民たちにとっても一筋の光とも言えた。

 

 確かにアンはその多大なる影響力を付加され、『振りかざせる権力のなんと魅惑的な事よ』を無双出来る状態ではある。

 だがあくまでもその力の基礎となっているのはデイハルドに他ならない。

 20ある創造主の血と家の中で、最も権力を持ち続けているのはデイハルドを輩出した一族だ。直系ではないが、分家としてかなりの力を分け与えられているようである。分家の家長は彼だ。鶴の一声、とまではいかないがその庇護を受けているアンが多方面に与える影響力は相当だといえよう。

 ポートガス・D・アン、という人物が望む、望まないに限らず彼女の言動が不特定多数の行動を左右するのだ。

 もともと権力に関し無関心だった聖とアンである。短期間の内に握らされたそれがいかに凄まじいものか、自身たちが最も強く感じていた。

 

 「海軍本部少佐、ポートガス・D・アンです。これから、この地区の海岸線をしらみつぶします。皆さんは安全な内地に避難してください。出来るだけ穏便には行いますが、何かあれば駐屯所までおいでください」

 服装に疑問はあれど、凛とした声に人々は従う。

 その名を知らぬ者などこの島には居ないだろう。海兵に囲まれて居るのだ。偽者であろうはずもない。

 聖地に召し上げられそうになった、女性が何人も助けられているのを島の人々は知っていた。この人の言ならば、信じても大丈夫、そういう安心感もあるのだろう。

 

 無理な海賊狩りも行わない、大概仲裁で終える。

 島の人々にとっても、駐屯所の海兵達にとっても、救い主だった。

 しかしながら。

 この日、この場所に到着していた、しようとしていた海賊達は運が無かったと言わざるを得ない。

 黄猿、赤犬という大将に鍛えられたこの少女の強さは、億越えの海賊達にとっても脅威となりつつあったのだ。否、一部では既に認定されているだろう。3つ目の覇気を持つ、人の上に立つ資格をもった若き英雄に好意を向ける視線は多かった。

 

 その雄姿を。

 写真部が逃す訳もなかったのである。

 

 大暴れの様子は聖地にも届いているだろう。数週間に一度、まとめて届けられている新聞を見、聖も大笑いしているに違いない。

 プレゼントの下見も出来ずに終わっている。はてさて、次はどういう姿で来いといわれるのだろうか。

 あれだけ派手に、あの服装で暴れたのである。もう二度と袖は通せないだろう。可愛い格好とはどういうものであったのだろうかと、眉間に皺が寄る。

 

 エースやルフィに聞くなど論外だ。

 ズボンにTシャツという、動きやすい格好が好きな兄弟たちの意見は当てにならない。

 では黄猿艦にいた女性士官たちはどうだろう。誘っても遠慮されそうな気がした。

 義祖父の顔を思い浮かべ、黄猿、赤犬と変えるがダメであった。相談できる人がいない。

 

 朝食にぱくつきながら、ため息を落とした。

 

 食堂には同じ班の部下達が囲んでいる。聞こえてくる会話に思わず耳を疑った。

 女っけがほとんど無い郡内では恋バナは、とてつもなく食いつきの良い話題である。小耳に挟もうなら、弄(もてあそ)ばれる格好の餌食となった。そう、クリスマスやバレンタインなどに登場する一団と本質は一緒だ。

 

 「今日で食事を取るのも最期だというのに。恋愛なんてしてる暇なんて無い、ってみんなの方が良く分かってると思ってたんだけどな」

 「何をおっしゃる、アン少佐。今年もこの艦に乗って貰わなきゃ俺達が困るってもんです」

 「恋愛云々はまた別の機会に」

 

 「毎年ボール引きだから。結果は天のみが知る、だよ?」

 この一年で赤犬の艦ではすっかり恐怖縛りが無くなっていた。

 あの怒火の塊だった赤犬が、たった一人の少女によって鎮火しているのである。海兵達からしてみれば、居なくなるなんてとんでもない。副長たちからもやんわりと慰留を伝えられたが、アンの一存でどうにかなる問題でもない。

 

 「今年はガープ中将(おじいちゃん)が今度こそ、と気合込めてたし」

 

 そう、この少佐は赤犬艦の鎮火材であると同時に、英雄の孫でもあったと海兵達が思い出す。

 

 「しゃーねぇなぁ。ま、ずっと居てくれんのが嬉しいが。どっかに行くことになってもいつでも戻っておいでな」

 昼食のお代わりを作っていた料理人(コック)の一人が焼き飯を運んできた。

 海兵のひとりが受け取り、待ってましたと皿に取り分けそれぞれが口に運ぶ。

 「俺達、祈ってますから!!」

 海兵達の出戻り祈願を受けつつ、アンはごちそうさまをして席を立つ。

 「まあ、うん。余り期待はせずに、ね」

 そう言って食堂を出た。甲板に出るまで、幾人もの海兵から声を掛けられては手を打ち合わせ、いってらっしゃいと送り出された。

 

 内湾には10隻を超える軍艦が並んでいる。

 どの艦の持ち主も、海軍内で知らないものはいないだろう。

 正門から本部へと入る。向かうは一番高い所だ。

 外から行くのが一番手っとり早い。けれどこんにちはーと、窓から元帥室に入るわけにはいかないだろう。義祖父の部屋なら安心して入れるが、さすがにセンゴクの部屋ばかりは憚(はばか)られた。

 

 懐中時計を開けて時間を確認する。

 会議が終わるまで残り30分、余裕があった。途中の路でボガード副長とばったり会い、久々に会話する。義祖父の船は変わらなかった。北の海から東の海にかけて、革命軍の動きが活発になっており、出撃が増えていると聞きながら、副長から何枚かの手配書を見せて貰い、嘆息する。

 

 主だったメンバーの顔は、知っていた。

 あのごみ山で、幼子達を託した時に見ていたからだ。

 

 「先日死亡が確認された七武海の新たな顔に、暴君が、というのは確定だろうか」

 「暴君が?」

 

 この件、アンにも少々後ろめたい事情があった。

 死体にしてしまったのは、モノの弾み、というか勝手に被害に会いに来た、というか。事故であった。

 乾いた笑いが出てしまう。

 

 「会議で決定されるんじゃないでしょうか。中将が部屋に忘れてくるだろう、会議の目録、お渡ししますね」

 しばらく歩みを同じくしていた二人だったが、途中でボガードと別れる。

 義祖父の部屋で待つように言われているらしいのだ。

 アンも急いで階段を上る。

 敬礼する海兵達へ返礼を返しつつ、会議が続いている部屋の前で待機だ。

 そこには久々に会う黄猿の副長も居た。

 小声でこっそりと話しをすれば、なぜか赤犬の副官が割って入り、副長同士が、火花を散らし始めた。

 

 「いや、だから。確率ですし」

 今年度は幾つ球が入っているのか、想像出来ない。

 年に一度の抽選が、年を追うごとに熱を帯びている。新世界の支部長である巨人族の中将も今回は参加していると聞いていた。

 

 あたりはたったひとつ。

 

 

 

 センゴクは穏やかな表情で会議を見ていた。集まりが悪かった本部会議の進行が滞り無く進む起因は抽選を行うようになったからだろう。

 ずれ込む事も無く、わざわざ目録を渡す船を出航させなくても済んでいる。

 会議も残す所、当人を呼んでボールを引けば終わりだ。

 重みを増した箱が鳴る。

 幾つかの深刻な世界情勢を話し合っていた時よりも、なぜか中将、大将達の緊張感が高まっていた。

 

 たったひとり。されどひとり。

 黄猿から赤犬へ移った際、今まで大人しくしていた新世界の海賊達が魚人島を通り、楽園と呼ばれる航路前半の海へ溢れだしてきた。

 まさに待ちかねたかのように、だ。

 

 四皇の内3人は不動だと言うが、センゴクは果たして何かが起こる前触れのような、そんな気がしてならなかった。

 

 前半の海で個別で動く傘下が幾つか確認されている。

 何かを探しているようだ、というCPからの連絡も入っているらしい。

 

 "詩(うた)"があると言う。

 内容は分かってはいない。神出鬼没な歌姫が謡うそれは、ゴールド・ロジャーがあると告げた"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)に"まつわる何かであると推測されている。

 

 "歴史の本文(ポーネグリフ)"に関しての資料は殆ど燃やされてしまっていた。かつてオハラという古代王国の研究、解読を進めていた考古学者達であれば何かが判っただろう。しかし今はもう存在しえない島だ。西の海を記した地図からも名称が削除されている。無人、無名の島にはかつての砲撃痕すら、緑に埋もれ消えていると聞いていた。

 全知の樹に集められていた膨大な文献が残っていたならば、分かった事もあっただろう。

 正義の名の元、『バスターコール』を発動させたことに後悔はない。

 あの時、あの措置は、必要不可欠だった。そうセンゴクは今でも思っている。

 

 

 

 扉の外。

 名を呼ばれるのを待っていたアンが閉じていた目を開く。

 赤と黄の戦いはまだ続いていた。そこになぜか青も加わり過激さを増している。

 人は黙していても言葉を発していた。

 耳をすませば聞こえてくる。他愛も無い、今日のご飯はなにだろうか、とか、賭けに負けて一文無しになってしまった、とか。心の中に浮かべた声を人ぞんざいに扱う。

 

 アンはひときわ大きく聞こえて来ていたセンゴクの声を拾っていた。

 唄は確実に広まっている。人々の目が、空白の100年に向かうのは時間の問題だろう。

 アンも噂には聞いていた。

 

 まだサカズキが中将であった時。

 聞いた過去を引きずっていた、帽子の陰から浮かぶ陰暗な目が告げる皆殺しの言。

 クザンが選択した親友の願い。

 それらを全て、アンは知った。

 どんなに人を形を絶やしにしても、別の形として残ってゆく意志がある日、意図せぬ人に継がれてゆく。

 犠牲を正当化しても、殺意を込めた言葉は世界のどこかを揺らめき消えはしない。

 アンのように時々生まれる、世界の記憶を識った誰かが必ず問いかけるからだ。

 

 正しいか、間違っているか、ではない。

 このままの世界でいいのか。それとも違う流れを求めるのか、を選択しなければならない時が、ゆっくりとではあるが着実に近づいてきている。

 

 扉が開き名が呼ばれた。

 最後の一年はどこで過ごすのだろうか。アンは静かに室内へと入る。

 


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