ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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27-モーガニア(2)

27-モーガニア(2)

 

 ひとえに海賊と一括される海の荒らし屋達だが、実はふたつに分類する事が出来る。それがモーガニアとピースメイン、だ。

 

 モーガニアはただ無法に奪略を繰り返し生殺与奪を思いのまま振るう荒くれ者達を指す。そしてピースメインはそのモーガニアを主な獲物とし、初めて踏み込む未知の地で冒険を楽しむ者達を指した。

 

 ビトフェ島を根城に、商船を襲っていた海賊達は前者になる。

 ではピースメインとはどういう集団か。

 最も穏便、と言い表すなら領地をもつ海賊団だろう。独自の港を持ち、大海賊の名を以って他の海賊達から襲われないよう庇護を与える。その代わりに、多少の金銭を貢ぎ受けたり、または寄港地として使わせて貰う、など利害が一致しあった関係を結んでいた。

 

 しかし5つの海で黒い旗を揚げている海賊達の殆どはモーガニアと言っても過言では無い。特定の拠点を持ちある程度の収入源が無い限り、ピースメインで航海するのは難しいのだ。しかも海賊同士で争っても実入りがあるとは限らない。隠された財宝を一度でも見つければ、懐は確かに潤う。見つけ続けられなければ、乗組員を養えず船は崩壊に至る危険性もはらんでいた。

 

 銃声が響き渡る。

 「もしかして、わたしがはずれ引いた?!」

 アンは足を止め、茂みの上に顔を出す。発砲音が繰り返されていた。

 急いで道を引き返す。

 兄弟達はそれぞれ、戦闘に入っているようだった。

 

 アン自身、海軍に身を置いていて思う事がある。

 

 あの森で生活していた時は自分がどれくらい強いのか、測る目安が無かった。手合わせをしていたのは兄弟と、たまに帰って来るガープ位だ。死力を尽くして戦った経験が全く無い状態で立ち位置がどの辺りなのか調べようが無かったのもある。

 所属してみてはっきりとわかった。

 今現在の彼女であればコートを羽織ったばかりの将校となら、大多数対1で戦ったとしても勝てるくらいの実力があった、ということを。

 

 悪魔の実の能力者と対峙した場合は敗北する可能性もある。ルフィのようにまだ、能力を把握し切れていない場合は各々が持つ能力とのぶつかり合いになるだろう。勝ちをもぎ取れる可能性もあったが、使いこなしている者との対決は危険度が跳ね上がった。それだけ悪魔の実がもたらす恩恵はでたらめに強力過ぎなのだ。

 

 エースは未だに無敗だった。

 以前島に里帰りした際、アンは50戦中7回ほど、ルフィに負けてしまっている。

 エースと戦えば、勝率は2分の1となっていた。その内に弟と同じくエースに勝てなくなりそうだとアンは思う。

 力で敵わなくなるなら、技を磨けばいい。

 そう思って日々鍛錬しているものの、やる時は殆ど、エースと一緒だった。

 

 差が縮まらない。

 

 これをどうにかしようとするなら、悪魔の実を食べた方が早そうだ。

 アンは時々そう思う。

 けれど湯船につかれなくなるのは避けたい。力の抜け具合がどれほどなのか見当もつかなかったが、全日シャワーだけで済ませている黄猿の様子をみると、やはり食べる気が失せてしまうのだ。

 

 風呂は一番の馳走である。

 アンは力説出来た。スーパー銭湯でもいい。あの白気立つ温かな湯の中に肩まで浸かっている間の至福感を。あれ失うのは余りにも惜しすぎる。

 

 怪我をしていた休暇中、黄猿と何度か一緒に風呂に入り、背中を流させて貰っていた。悪魔の実の能力者は液体の中には基本、入れないのだとこの時実感した。胸板以下の湯量でなければ、滑った場合危険だという。能力が封じられるのは"海の水"限定ではあるが、泳げない弊害は真水にも及ぶ。息が続くのならば沈んでいられるだろうが、人間は水中で呼吸することが出来ない。

 なぜかアンが一緒に湯船に入った時のみ、脱力感が弱いらしく近々温泉に行こうと誘われていた。黄猿も若かりし頃は温泉が好きだったらしい。温泉成分の多くはミネラルだ。海の水、ほどではないが効果がほんのりと身にしみるのだという。

 

 故に。

 もし手に入れたら。

 もし手に入れたとしても。

 自分で食べず、エースの口に突っ込む未来しか、思い浮かばなくなっていた。 

 

 

  「"ゴムゴムの"っ!!!」

 大きく拳を振りかぶりながら、ルフィは銃弾を回避する。

 ゴム人間となったルフィの体には銃弾は効かない。受けた方が相手に銃弾を返せてお得なのだが、それは禁止されていた。

 アンから、実の能力に頼るべからず、と言われていたからだ。

 お姉ちゃんのお願い聞いてくれるかな。そう言われてしまうと、ルフィは弱い。それは姉だけでは無く、兄にも共通する弱点だった。どうしてもこくりと頷いてしまう。だからルフィは言いつけを守りながら暴れる。

 剣やナイフなど、斬る道具であれば身を傷つけられても、鈍器系に関しては痛みすら感じなかった。

 「"銃(ピストル)"!!!」

 

 撃ち出された拳が銃を乱射しながら逃げる男の胴に拳をあてる。

 背からの追い討ちだ。森で戦う猛獣よりもあっけなく倒してしまい、あっけにとられてしまう。

 「なんか物足りねェ。しかもハラへってきちまった」

 木を一本折り倒し、止まった男の体はぴくぴくと痙攣している。

 その横で座り、ルフィはべろんと舌をだして尻をついた。

 そう言えば肉、肉があった方向どっちだったっけ。

 ルフィは周りを見回すが、鳥の鳴き声が聞こえるだけで方向が解らない。

 男との出会いは匂いだった。

 美味しそうな肉が焼ける匂いに誘われ向かった先で、男が鳥を火であぶっていたのだ。肉汁が焚き火に落ち音を立てる、そんな状態に遭遇したルフィに我慢など出来るはずもない。

 おれにも分けてくれよ、とルフィはその男の元へ駆けた。

 

 男は突然現れた少年に驚き銃を放ったのだ。

 「来るなっ!!」

 「何もしない。旨そうな匂いがしたんだ。おれにも分けてくれよ」

 撃ち込まれた弾を他の方向へ飛ばしたルフィがなおも近づく。

 男は能力者か、と後ずさった。

 

 「…海軍なんかに捕まってたまるか!!」

 男は恐怖に目を見開きながら銃を撃ち尽くし、悲鳴を上げて逃亡した。

 「あー、お前もしかしてアンが追ってるやつだな。覚悟しろ!!」

 

 そんなこんなで追い掛けている内に、肉の場所がどこかわからなくなってしまっていた。周りは見慣れない風景ばかりだ。

 「晩飯までまだ時間あんだよなぁ。きのこでも探すか」

 腹の音が聞こえ、腹減りを再確認し、ばたんと倒れる。

 鳥の丸焼が落ちて来ねェかな。来ねェよなぁ。

 麦わら帽子をかぶり直したルフィの目の前に、鳥の丸焼が突如出現した。

 「おおっ お前そんなにおれに食って欲しかったんだな、いっただっきまーす!!」

 

 「くいしんぼうさんめ」

 がぶり、と肉に食いつく姿を見て、くすくすと笑う声に、ようやく鳥が勝手に歩いて来た訳ではない、とルフィは気が付いた。

 

 「ふががんがふんぐぐぐ」

 「いつも食ってから話せって言ってるだろう、ルフィ」

 

 「エース!! アン!!」

 ほぼ丸のみ状態、ごくんと喉を鳴らせ弟がふたりの名を呼んだ。

 そしてちらりと見たのは折れた幹の根元で白眼を剥いている男だ。

 「なあアン、海賊ってこんなに弱いもんなのか」

 弟の問いに、いえいえ、とアンは首を振る。

 「ここを根城にしてる海賊団が弱いだけ。シャンクスは…昔より強くなってたよ」

 海にぽちゃりと落とされた日の事を遠い目をして思い出す。

 「それにしてもエースだけじゃなく、ルフィにもっていかれるとは思わなかった」

 男達を追い掛ける前に、もしエースとルフィふたり揃って捕まえられたなら、もう胃に入らないというまで、ケーキを食べさせるという約束をしていた。もしアンがひとりでも捕まえた場合、引っ越しの手伝いをして貰う事になっていたのだ。

 「にししし」

 弟との笑い声に、参った、と言わざるを得ない。

 

 「それじゃ巻いて運ぶね」

 蔦を切り男の体を結ぶ。手足を背でひとつにまとめてしまえば、動くに動けないだろう。その状態でルフィの手を借りて、棒に吊るし肩に担ぐ。エースが仕留めた男は既に、町の近くに転がしてあると言う。

 

 赤犬が到着するまでにこれで全員、捕まえることが出来た。

 上陸チームに知らせれば、きっとみんな、胸をなで下ろす事だろう。

 その上で問題なのは、この二人をドーン島まで送りに行くための口実だ。

 

 わにめしに釣られたなんて言えない。言えるわけが無い。

 黄猿の艦に乗っていた時のように、毎日瞬間移動を行い、心身ともに疲労状態にさせられる事は無くなっていたが、その分、起床、就寝時関係無く、戦闘に明け暮れていた。

 だから、そのおかげという訳でもないような気もするのだが、跳べる回数も増えている。

 だがしかし、わに飯に釣られ、なおかつ兄弟に捕縛を手伝って貰い、それを送りに行きたいなどとは到底、サカズキに報告など出来はしなかった。

 

 どーしよー。

 ボルおじさんみたいにお仕置きごときで赦して貰えるとは絶対的に思えないんだ。

 

 急に百面相し始めたアンに兄弟達が首を傾げる。

 「アンどうしちまったんだ?」

 「さあな。わにの調理方法考えてんじゃねェ」

 アンの状態をしっかりと把握しているエースは、さらりと悩み続ける半身を余所に、さらりとそんな事を弟に言葉する。

 「おおっ、アンのめし、久しぶりだ!」

 

 そこっ。アンはびしっと指をさし、

 「唐揚げとてんぷら、希望があるなら先に言っててよ! 後であれ食べたいこれ食べたいって言われても作んないからね!」

 と宣言した後に、「じゃ無くて!」

 手のひらを握り、エースへと叫び、そうして悩んでいるのが馬鹿みたい、と吹きだして笑う。

 

 いつ以来だろう、こんなに笑ったのは。アンは目尻に溜まった涙を拭きながら、思い返す。海軍に入って、いろんな事を経験していた。けれど、生きることに楽しいと思えていなかったかもしれない。

 強くなる、それだけを目標に日々を必死に生きていたからだ。

 なにやってるんだろう、わたし。と、緑が覆い茂る枝の先に見える空を見上げた。

 

 空回りしている時はいつも、サボが肩にぽん、と手を置いてどうした、と声をかけてくれていたのだった。しかし彼は今いない。いつまでも頼っていてはダメだと、無意識にこわばらせていた頬を緩ませた。

 兄弟達も笑い出したアンにつられ、笑顔を浮かべる。

 

 風が木の葉を揺らし、大地を駆ける。

 映像を視た。

 白昼夢、とでもいうものだろうか。

 「アン…」

 エースが目くばせする。

 

 視えたのだ、エースにも。

 ほんの数秒の出来事だった。けれど一体何を示唆しているのか、思いつく節が今から起る。

 

 アンには人を断ずる資格はない。人を裁けるのは人であるが、罪に対し罰を与えられるほど多くの物事を知っているわけではない。

 

 正義の形が人それぞれだとして。固めた意思や決意を貫こうとする思いが強硬に走らせる気持ちだとして……

 彼が行なおうとしている、このままであれば確定してしまうその物事に対し、黙って見ていられるほど人間の良心を見捨て、切捨ててはいなかった。

 

 誰かが止めなければきっと、このマグマのように止めど無く熱を帯び続ける怒りが静まる事は無いだろう。

 未来への分岐点に今、さしかかろうとしている。彼にとっては踏み締めて往く道程の過程であろう。だがその周囲はどうだろうか。絶対的正義を掲げ、突き進む姿に心酔する者たちの行く末は暗い。彼は彼の行動により、そうさせてしまった各々への責任を果たすであろう。だが、とその責任にアンは疑問を呈す。

 噴火し続ける大地に種が運ばれてきても、芽吹かない。いずれは冷えて固まり、命を育む場所になるだろう。しかし人の心にくすぶり続ける憎しみや怒りを、忘れぬように、劣化しないよう留めている人物が掲げる信念は、正義の名を借りた、ただの殺戮だ。しかも巻き込まれる多くに、その自覚などないのである。

 血に濡れた己の手に気付いたとき、糾弾されるのは彼である。彼は糾弾されても尚、突き進むだろう。

 

 とめられないかもしれない。しかし、後追いをする幾人かは留まる可能性を信じ、意を決める。

 

 どこかで断ち切らねば、第二、第三と後に続く人が出現する。

 焔(ほむら)の陽炎が本物に変わらないように、アンは知らせてくれた世界に感謝した。

 

 「急ごう、船がもう、港に着く」

 3人は森を駆ける。

 月歩が使えるなら空を走った方が早いが、あと一歩というところで躓いている弟に無理しないよう伝え、大地を行く。エースが町の近くで転がしておいたという男を回収し、アンが引きづりながら広場を目指した。

 

 エースとルフィは絶対に何があっても姿を見せない、とアンに約束し近場で待機する。本来ならばこの場にいないはずの人員だ。

 

 海兵がアンに向かって敬礼した。

 捕まえて来た二人を含めれば、主犯が全員首を揃えることなる。

 電伝虫での連絡で、もう暫くすると軍艦が再入港すると伝令が伝えた。

 そして広場にはこの町の住人も集められている。

 大将からの沙汰がこの場で下されるらしく、海兵達が命令に従って呼び集めたという。

 幼い子供達までいた。母親に抱きかかえられ、母から伝わってくる不安にぐずっている赤子もいる。

 先ほど見せられた景色と瓜二つだった。

 大丈夫。

 アンの胸中には、確信にも似た自信がある。なぜなら兄弟たちがいるからだ。ひとりでは、ない。

 

 

 赤犬が厳しい表情をして見下げていた。

 副長以下、最低限を船に残し、赤犬は海兵を引き連れ再び町に上陸する。

 町全てを破壊し、住人をも全て海賊行為に加担した罪により焼き滅ぼす。

 そう宣言した大将にアンだけは否定の言葉を口にした。

 

 「わしに逆らう気か」

 答えは諾、だ。

 「殺戮はさせない。それが命令違反になったとしても」

 紡ぐ言葉には力が込められ、見上げる視線に迷いは無い。

 「おじさんが…サカズキおじさんがやろうとしている事は、海賊達が町を襲いその場所に暮らす人達を殺す事となんら変わりがない。目的の為に無意味な犠牲を強いるのは、間違っている」

 

 アンが住人達の前に立ちはだかる。

 既に赤犬の手のひらは溶岩と化し、いつでも処刑を敢行出来る体勢に入っていた。滴ったマグマが地面を焦がしている。

 風が強さを増す。

 気持ち良い位晴れ渡っていた青い空がいつの間にか黒い雲に覆われ、今にも雨が落ちてきそうだった。

 

 「エース、アンがあぶねェ!!」

 「…行くな、今行けばお前もアンに巻き込まれるぞ」

 

 「え?」

 

 飛び出そうとしていたルフィは力を緩める。どういう意味なのかと、兄を振りかえった。

 「見てろよ。アンの本領発揮はあんなんじゃねェんだ。六式が使えたり、瞬間移動が出来たり、受け流しが上手い事、なんかはまあ、すごいけどな」

 エースは思い出しながら語る。

 初めての命を狩った日から、アンは食を取らなくなってしまった数日があった。

 ほろほろと泣いては眠る、を繰り返していたのだ。

 その時、自らの身を差し出すように、鳥達だけでなく小動物が火の中に突っ込んだ。人間は、生き物全ては食をとらないと死んでしまう。動物達はアンに食べられる為だけにその身を炎の中に投じた。

 こんな事は望んではいない、そうアンが叫ぶと、次は木の実や果実が運ばれてきた。それも食べきれないほどの量を、だ。

 ようやく一口、美味しいとほほ笑んで食べるまで、運んできた獣たちはその場に留まり続けていた。

 今から思い返しても不思議な光景だ。

 

 「ルフィ、あいつが森で怪我したの見たことあるか」

 「…ない! いつも手当てしてくれるほうだ」

 だろ?

 エースの言葉は続く。

 かつて森の主と対峙していた時もそうだった。アンだけには頭を下げ、大人しくその鼻先を撫でさせていた。

 「世界はアンに甘く優しい。世界がアンを傷つける事は絶対にない。怪我をする時は決まって人間が、狂気を向けた時だけだ。見てろ、あのオヤジ、今に驚いた顔するぜ」

 面白そうに笑んだエースの視線の先では、今まさに事が起ろうとしていた。

 「そこをどかんと言うならお前ごと天誅を下しちゃるわい!!」

 赤犬の手だけではなく、体やマント、顔までもがどろりと黒煙を伴った岩石となって熱を帯び赤く迫る。

 突如大粒の雨が降り始め雷鳴が轟いた。

 アンの後方では住人達が目を閉じ悲鳴を上げている。

 しかし両手を広げ立ちはだかる本人は視線を反らす事無く、サカズキを見続けていた。

 

 氷塊すらも一瞬で蒸発させると言う堆積を増したマグマが目の前に迫る。

 土砂降りの雨が水蒸気を生み、辺りを霧が満たす。

 海兵達も目を覆った。

 絶対的正義を掲げる海軍の中で、最も苛烈だと言われる赤犬に逆らって生き延びた命は無い。敵味方関係無く、赤犬は悪と見なした全てを容赦なく始末してきた。迷いなど微塵も無く粉砕してきたのだ。一撃で何もかもを無へと化す。

 

 だが痛みの声を上げたのは、赤犬の方だった。

 アンがかざした小さな手のひらに、大きな拳が人の手に戻り止められていたのだ。

 

 意志のぶつかりあいだった。

 悪魔の実の能力がなぜかしら無効化され、小さな体が何十倍もの体積を持つ大将を片手で受け止めている。

 

 海兵達の目が見開かれていた。

 「なぜじゃ…」

 「サカズキおじさんが、無慈悲だから、だよ。外にも、内にも。だから止められる」

 アンは手首を返し、サカズキの手首を握る。そのまま横手に関節をひねった。

 大将の体が空を舞い、肩から地に落ちる。

 

 赤犬はすぐさま飛び起き使い慣れたマグマの力を使おうと試みるが、体が変化しない。言葉無くアンを睨めつける。

 

 「ここに集っている町の人達は、自分達の罪を認めている。もう二度とこんな事はしないと誓っている。おじさんの心の中では、一度でも悪となった存在は、そのままなんだろうけれど、人は善と悪のふたつの間を振り子のように揺れ動く存在だよ。全くの善、全くの悪という人間はごく少数」

 

 既に海賊行為を行っていた男達の殆どは命を散らしているだろう。

 海軍によって一度は手入れされた町だ。監視も入る。

 運よく生き延びここに戻って来れた者達がどういう道を選ぶのか。

 真っ当にこれからを生きる事を、もう一度海賊を続けようと声を大にして叫ぶ事を、住民たちの選択を待てと暗に示す。

 

 静かな声は誰の耳にも届いていた。

 「許せと言っている訳じゃないんだ。行いと罪とし、罰を受ける事を是とした人達が、立ち直る時間をあげてください。執行猶予、というものです。人は浅慮(せんりょ)を省みる事が出来る生き物だから」

 

 許されたわけでは無い。

 町の人々は、少女の言葉に俯いていた。

 

 「もし、それでも同じ過ちを繰り返したならば。その時に断罪すればいい。ことごとく。海軍が今までしてきた、真上から神がこの地上を、平らげるがごとくの殲滅を」

 だれもがぞくり、とした。

 言葉ひとつでこんなにも背筋が凍るものかと、その場に膝をつく海兵までいたほどだ。覇気では無かった。少女が纏う、空気とでもいうのだろうか。

 

 「そんなに言うんなら、この件、お前がきっちり始末せい。頭をよう冷やして船に戻れ。部屋で待っちょるからのう」

 

 踵を返す赤犬へ、その背が見えなくなるまでアンは敬礼を続ける。

 海兵達は縛り上げていた海賊達を連れて船へと戻っていった。

 

 「ふう」

 肩の力を抜きその場で背伸びをする。雲が割れ、光が差し込み人々を照らしはじめた。

 どんなに言い繕ったところで、艦の頭である大将の判断にNOを突き付け、軍規を犯した事には変わらない。

 どんな処分が下っても、アンは受け入れるつもりだった。このまま海軍から除名されたとしても、自分の取った行動に責任を持つ。

 

 「生き残った人達で、新たな暮らしを建て直してください。生きて罪を償って下さいね」

 

 柔らかくほほ笑む海軍将校の少女に、町の人は頭を下げる。

 「きっと、必ず」

 誰かが発したその言葉に、お願いします、とアンも深く礼を返す。

 「すごい、7色だ!」

 空は青を取り戻し、虹がかかる。

 子供達の歓声に目を細め、手のひらを空にかざした。

 


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