ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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26-モーガニア(1)

 

 以前、アンがアンとしてではなく暮らしていた世界でも、海賊は存在していた。

 頻繁に出現する海域はインドネシアだろうか。

 有名どころはソマリア海賊だが、襲える海域が紅海しかない。無政府状態の国であるとはいえ、しっかりと護衛をつけて通過すれば被害はおきにくい場所だ。

 

 ところ戻ってインドネシアだが、ここは複雑な入り江が多く海賊家業を行うにはもってこいの狩場といえた。ただこの周辺は非常にきな臭い海域である。運河の建設だけでなく、支配権を巡り火花が散っているのである。また経済的に圧迫された地域では普段、農地を耕し暮らす農民が、突如海賊へと変貌する。

 

 狙うのは護衛が薄い、中国、中南米船籍の船、もしくは漁船が多いという。

 奪うもの、は足のつきにくい商品だ。

 凍った魚など、自分達が獲って来たものだと言い張れば、買い取る業者としても確かめる術は無い。そんな身なりをして獲れるはずが無いだろう、とは言わないのだ。安く仕入れることが出来れば、利益も上がる。市場が求めている高級魚は特に、短期間で売り払われ元々の出所がうやむやとなってしまうのだった。

 結局のところ、海賊という存在が横行する理由は、与えられた境遇の格差と、宗教という思想に寄る所が多い、という事だろう。それぞれの国と、思想を否定するものではない。所変われば品が変わり、違っていて当たり前だからだ。世界が共通して同じ考え方をし、同じ文化を共有している方が恐ろしい、とも思う。

 

 アンが知る最古の海賊は、シュメールだ。

 文明発祥の地としても有名だろう。歴史はシュメールから始まる、と言われるくらい歴史学では定説となっていた。

 この文明の事を覚えているのには理由がある。

 人類最初の文明と言われているが、その担い手であるシュメール人がいつ、どこからやって来たのかわかってはいない。しかも文明には段階を踏んだ発展というものが不可欠だ。しかしこの文明には踏襲した跡が殆ど見受けられなかった。

 

 誕生の瞬間から高度な文明体系が整っていたという不思議な特徴を持っている。

 

 そう、どこかで聞いたような話だ。

 こちらの世界でも似たような話が転がっていた。

 オハラが健在であり古文書を解読すれば、もしかすればヒントが見つかった可能性もあるが、廃墟と化した町で知り得る情報は限られている。

 隠された歴史以前の文明には、判明している幾つかだけではあるモノの類似した接点があった。もしかしたら、此方側の文明が向こう側に渡ったのかも、というSFじみた想像をして楽しみながらけもの道を歩く。

 

 "歴史の本文(ポーネグリフ)"には始まりの文明については刻まれてはいない。

 本文を作ったその当時の歴史が表記されているだけだ。

 しかもパズルのように様々な情報が形を変えて言いかえられえいたり、あちこちに単語として散りばめられている。

 石碑を作った人の遊び心、とするには余りにも巧妙な仕上がっていた。全ての碑文をただあるがままに読んだだけでは、いくつかの古代兵器が眠る場所と両勢力がどのように戦争に至ったのかを読み取るだけしか出来ないように工作されているのだ。

 石碑本来の役割を隠すために、当時の人々は懸命に考えたのだろう。

 いつかこの本文の中に隠された、本当に伝えたい、遺された本文を読み解くためのロジックを解き明かし、導く人物が現れるだろうと願って。

 道標となるよう、頑丈に作り上げた先人の根性が伺える。

 

 ではなぜアンがそれを知っているのか。

 それは彼女にも説明が出来ない事だった。

 かつて考古学の聖地と言われていたオハラの学者達や、バスターコールの生き残りである少女のように古代文字を解読出来るほど、アンは全てを学んではいない。

 人がDNAという設計図によって形作られているように、アンの中にも最初からこの情報が存在していた。

 この世界で覚醒した段階で刻みこまれた、とする方がしっくりとくるだろうか。

 

 使っても、使わなくても、どちらでもいいように。

 世界は強要しない。

 もし追うのなら目指す方向だけを照らしても構わない。そういう道しるべだ。

 

 (けれど歴史の本文(ポーネグリフ)に関しては今、優先的にわたしが追うべき事じゃないよね。もし未来で追い掛ける誰かと歩みを同じくするならば、手助けしてもいいかもしれないけれど)

 そんな事を思う。

 

 オハラの学者達も、父も、事を急ぎ過ぎていたらしい。

 時が満ちていれば案外簡単に行き着ける場所も、満ちていなければ辿り着くまで困難がまとわりつくようになっているのだ。ただ海賊王と呼ばれる父の場合は、あと押しがあった。迫りくる死を前に、強く知りたいと願ったからだ。

 世界は待っているのだ。手順と段階を踏んで訪れる誰かを待ちわびているかのようだった。その方がアンにとっても、探究者側となった場合、追い掛ける楽しみとなるので、ありがたくはある。

 

 考え事をしながら歩いているとあっという間に町へ到着した。引きずっていた捕虜もまだ気を失ったままだ。大柄の男を背負ってもどうせ足と手が地面をこすってしまう。なので平たい道が多い場所では引っぱって来たのだ。

 

 「少佐」

  町の広場に辿り着くと、蒼白に近い顔色をした海兵が走り寄って来た。

 海賊の拠点となっていた町の解放と、海賊達の一掃は順調に進んでいるように見える。

 広場周りの建物は、見るも無残な姿のまま放置されていた。

 サカズキの冥狗が炸裂したのだ。どろりと蝋燭(ろうそく)のように溶けた残骸がいたる所に残っている。

 「どうかしましたか」

 何か問題が発生したのかと、先を促した。

 

 「それが…森に逃げ込んだ残党の、捜索が難航しておりまして」

 大人しく投降した元からこの地に暮らしていた住人達とは別に、外部からやって来て海賊業をそそのかした人員が森へ逃げ込んでいた。

 船で出ている海賊船の乗組員は今頃、全員海の藻屑と化している最中だろう。

 

 この町は元々、小さな村だったという。並ぶ町並みを見れば、漁村であった名残は殆ど無い。だがここに暮らしている人々の多くはまだ、漁業を生業にして人達が慎ましやかに暮らしていた。

 "偉大なる航路(グランドライン)"内にある島とはいえ、主だった次の指針を指し示すような記録を持たない、わざわざ海賊達がやって来る事の無い島だった。主なる島に付属する、小さな島で磁力を貯めるには弱過ぎて、ものの役にも立たない。たまにそういう島の欠片も存在する。

 

 

 ある日漂流者達が打ちあげられていたという。

 村の人々はその漂流者達を助けた。

 だがしかし、その漂流者達は海賊だったのだ。

  

 その年は作物も漁業も不作で、人々は困り切っていた。

 それでも海賊達を助けたのは、親切心からだ。自分達より困っている人達ならば、と手を差し伸べた。

 

 仇となるとも知らずに。

 

 海賊達も当初から、その本質を顕わにしていた訳では無い。感謝の言葉を重ねながら、手段を示したのだ。

 助けられた者達は囁いた。

 貧しき者が富んでいる者から物資を一時的に奪っても構わないのではないか。

 このままではこの村に住む人々すべてが飢えて死ぬ。

 死をただ黙って待つのか。

 

 村の男達は腹を空かせて泣いている子供達の姿を見かねて、甘言に乗った。

 商船を襲い富を得、食料を手にしたのだ。

 確かにその年の飢えは凌がれた。その時だけという取り決めだったはずだったのだ。だが一度覚えてしまった掠奪(りゃくだつ)の魅力に取りつかれてしまった者もまた多かったという。汗水たらして日々働かずとも、奪うだけで何でも手に入ってしまうのだ。楽して金が、物資が手に入る。豊かな生活が出来る。元の生活には戻れない。

 

 流れ着いた海賊達はこの村を拠点に、次第に船を大きく作り変え、勢力を拡大していった。そして幾つもの被害が報告されながらも、根城とする港が見つからず海軍も打つ手を失っていた。

 しかし海軍が補給に立ち寄った町で、この海賊団の一員達を捕縛することが出来たのだ。無論、赤犬大将はこの海賊達を絞め上げ、場所を吐かせた。

 

 そして今に至る。

 

 「全員で7名でしたっけ」

 広場に捕らえられているのは、アンが捕まえた男を含めて5名。残り2人だ。

 町の外に広がる森は、意外と深い。

 危険な獣はまだ見かけてはいないが、熊や虎も生息している。

 分け入っている海兵達が遭遇するのも、時間の問題だろう。しかしながら、気が重い、赤犬大将へ報告を出しに行く時間になっていそうな気がした。

 サカズキは部隊を分散しても、片方だけに責務を軽く分け与える男では無い。

 出来ない物事を無理矢理にさせる訳ではないのだが、出来ると踏んだ仕事の完了を求めてくる。よくある、他人にも厳しいが、己にも厳しく当たる、人物であった。

 

 「大将に報告は…」

 「まだ、です」

 

 その方が賢明、とアンは頷く。

 電伝虫が鳴っても、取らないように念を押す。

 海賊、に関わる全てに対し、赤犬は妥協を許さない。

 初めて会った時の印象そのままに、いつも怒気を含んでいた。ボルサリーノの家にやって来て、将棋をしていると幾分は和らぐものの、こうして同じ船に乗るようになり、なぜ、という問いかけに変わっている。

 サカズキは自分の事を話さない。

 黄猿の船はどうじゃった、や、稽古を次の休みにつけてやろう、という話はしたが、自らの事は沈黙を続けている。この船に乗り込んだ今、でもだ。

 

 かつて一度だけ聞いたことがあった。

 ご家族はいらっしゃらないのですか、と。

 その時、サカズキは静かに笑んでいただけだった。

 触れて欲しく無い傷があるような、顔だったのを覚えている。

 艦に乗っている時は見せない表情だ。

 

 「あとふたり、時間までになんとか、捕まえてきます」

 時間をぎりぎりまで遅らせてください。

 そう願って、アンは気を失った男を手渡し、身を翻(ひるがえ)す。

 

 赤犬がこの諸島に散らばっている海賊団を壊滅させるまでそう時間はかからないだろう。もしくはもう終わっているかもしれない。

 アンを筆頭に30名、この島での後片付けを任されてから2時間余りが経過している。

 

 ゆっくりとしている時間は無い。

 だがしかし、久しぶりの森は、場所は違えど居心地の良さを感じていた。

 海の上では匂わない、土や緑のよい香りがする。

 ビバ森林浴。

 

 義祖父についてゆくと決めたあの日、こんなことになろうとは思いもよらなかった。

 

 経験にはなっている。

 出て来た時よりも、確かに技も力量もついてきているとは感じていた。

 けれど。

 (わたし、あと1年とちょっとで海軍、辞められるのかな)

 懸念があった。

 

 そう。

 予定では一番下の雑用から始め、下士官どまりにするつもりだったのだ。将校にあがるつもりなど全く、これっぽっちもなかった。

 予定とはあくまで予定。

 人生は気に入らないからとゲームのようにリセットを押してやり直し出来ない。

 これは向こう側でも、失敗して現実に打ちのめされる度、思ってきた。

 

 (引き際を間違わないようにしなきゃ)

 見聞色を最大限の範囲に広げ、森を駆けた。

 途中で熊に襲われている海兵を助けたり、蛇に丸のみされそうになっていた海兵を引きずり出し、ゴリラと対峙している海兵の助っ人をしながら、どんどんと奥へと進んでゆく。

 

 さすがに海賊達はここを長年拠点として滞在していただけあり、島の隅々まで探索済みのようだった。途中で縄トラップや網を使った捕縛トラップなどが行く手を阻む。効果的な仕掛け方だった。落とし穴には猛毒を持つ蛇がうねうねととぐろを巻いていたり、鋭く削った木の杭がささったものまで多種多様だ。

 

 しかし陸上を行く海兵達と違い、アンは木の幹を渡り、蔦を使って移動していた。

 殆どの罠は対地専用で空中からの追跡は視野に入れられてはいない。

 能力者が居ない限りはこれで十分事足りる。

 

 (おれも手伝ってやろうか)

 

 猫の手も借りたい状態で不意に声が聞こえた。

 エースだ。

 

 あちらでは丁度、夕食の狩りが終わり一息ついているようだった。

 (わにめしいいなぁ)

 頬と唇が緩み瞬間的に景色が変わる。足場にしていた幹が消え、宙に浮かんだ。踏み損ねた足が浮遊感を生む。崩れたバランスのまま落下した。

 「おかえり」

 アンの体を支えたのはエースだった。筋肉が付き始めた腕で、受け止める。

 「…わにめしに釣られた」

 その場でアンは脱力する。考えてみればお昼を食べずに森の中を走り回っていた。

 木の実でもつまめば良かったと今更思っても後の祭りだ。

 不意に口へ放りこまれた果物に頬を緩ませる。

 さすがエース、腹減りの状況をよく分かってくれていた。

 

 「アン、おれも行くぞ!」

 「ルフィ、海賊のおじさん達を捕まえるのよ?」

 「モーガニアだろ。海賊でもおれ、そっちは大っっ嫌いなんだ!!」

 

 自信あり気にルフィが両手のこぶしを握りしめる。エースから大体の事情は実況中継によって伝わっているらしかった。

 「もしかしなくても、力試しするつもりでしょ」

 不敵な笑みを浮かべる半身はただそれを濃くするだけだ。

 今現在移動を繰り返せる回数は3回、ふたりをドーン島まで送り返してその日は終了となる。

 アンは頬を掻いた。エースを中心に膝には自身が座り、その背には弟がしがみついている。兄弟ふたりから、だめかと瞳の奥を覗きこまれると、ダメだと否定しにくかった。

 欲に負けた結果だから仕方無い。何とかしよう。

 双子の膝の上から芝生へと座りなおし、採って来てくれていた果物を完食する。

 立ち上がり海軍のコートを羽織りなおせば、アンは兄弟達と手を繋ぎ空間を結んだ。

 

 目指すはツアモッア諸島、ビトフェ島。

 現れた視野は島が上空から丸ごと見下ろせる位置だった。

 東の方角で黒い煙が上がっている。

 エースも落下しながらそちらを見ていた。

 

 その間に島の立地を確認する。

 「唯一の町があそこ、トヘロという町ね、で、森が残り全部。西側に湖がある。海岸線は町の周辺以外、切り立った絶壁が続いているから気をつけて。特にルフィ、落ちたら沈むからね」

 

 あれが、赤犬、か。

 言葉にしない声が聴こえた。

 遠くの青を見る目が、サカズキの姿を捉えたのか。

 

 「急ぐんだろ、アン」

 「すっげェ!!! 空、すげえ!! おれゴムだからな!! 落ちても大丈夫だ!! 次はもっと上に飛ばしてくれ!!」

 「ルフィ。興奮しすぎて何言ってるのか自分でも分かってないね?」

 

 エースは足を下に体勢を傾け、月歩を使い速さを相殺し始めた。

 アンもルフィの手を取り、同じく空を駆ける。

 

 「競争だぞ、残るはふたりなんだ」

 拳を合わせ、緑の中へと落ちてゆく。その際にひとつの約束を交わした。

 「よし、アン覚悟決めとけよ」

 「ふっふーん。わたしだって負けないもん」

 「おれも負けないぞ!!」

 3人の間に、火花が散った。

 


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