ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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 沈みゆく町、ウォーターセブン。

 ここは昔から造船業が盛んな島としても有名だった。

 町にかつての賑わいを取り戻そうと、苦境であっても木槌やかんなの音を絶やすまいとする職人たちの手によって、少しづつではあるが復興の兆しが見え始めているという。

 

 水の都にはもうひとつ有名な物があった。

 それは海列車だ。波間に揺れる線路を走り、近隣の島、3つを結ぶ。それともうひとつ、特別路線があるが一般民衆が使う事はほぼ無いだろう。なぜならば司法の島へと続く路、だからだ。

 "海列車"を生みだした人物の名はトム、という。機関車の名は制作者からとられ"パッフィング・トム"と名付けられていた。

 4本の線路を全て完成させた造船技師は、14年前に下された執行猶予後の判決を待っている。

 

  司法船が到着するまで残り7日。

 

 アンはドックに入った船から降り町を歩く。

 宿はドックの近くに運よく取ることが出来た。その手腕たるやさすがボガード副長、と誰もが頷く。長年"ガープ中将"のサポートをし続けているだけはあった。高級宿ではないものの、どこへ行くにも便が良い中央街の一件を貸し切りる事が出来たのだ。海軍とはいえ久々に大勢の船乗り達を迎えた町は、ほんの少し活気づいているようにも思える。

 夕食までには戻ってくるように言い聞かされていた。

 アンが向かおうとしている先は、直線距離で考えればさほどではない。しかしこの町は年に一度ある、災害をやり過ごすために、特殊な町の形となっていた。打ち寄せる波を効率よく排水出来るよう、至る所に切り込みの如く水路が存在しているのだ。

 勝手知ったる場所とでも言わんばかりに、アンは細路に入り段差も気にせずふわりと体を空に踊らせる。

 遠くへは行かないように、耳にタコが出来るまで言われたが、一晩くらい不良した所で義祖父にとっては予想範囲内だろう。

 眼下に見えるのが裏町だ。月歩を使い、大地を走るかのように舞う。表には1から4までのドックが並び、裏手に回ると5から7までのドックがある。景色は変わっていない。

 

 この島に到着するまでの間、もう一度正式に六式を義祖父を始めとする習得済みの海兵達より習い直したのだ。

 とある夢を見てからは寝る時間も惜しかった。最低限まで削り、終了と言われた時点で意識を放り投げる。そして真夜中に目覚めれば、待ってましたと言わんばかりにエースが甲板へアンを誘導した。

 ただひとりであれば、もっと時間がかかっていただろう。

 持つべきものは遠くに離れていても意識を共有出来る双子の存在、と言うべきか。

 今までは言葉で会話していた。否、サボに出会ってから会話の必要性が身に染みた、という方が正しい。育て親であるダダン他、あの家の面々とは必要最小限の言葉以外、かわしていなかったのだ。特に獲物を外に狩りに出るようになってからは、朝と夜の数時間だけだった。不確かな物の終着駅(グレイターミナル)に行くようになり、サボや他の誰かと話す必要性が出てきた時、ふたりは顔を見合わせ大爆笑した。そうだ、会話は無言では出来ない。唇を動かし、声を発しなければ意思疎通が出来ないのだと、思い知った。

 ルフィからはふたりが無言になると、「おれも混ぜてくれ!」なんてよく言われていたくらいだ。例え本当に、ぼーっと青の空を眺めていたのだとしても、ふたりだけずるい、と頬を膨らませていた。

 「ひとりじゃなくて良かったよ、本当に」

 月光が降り注ぐ森の中の空き地で、エースは笑む。

 「折角持ってんだからな。使わなきゃ損だろ」

 確かにその通りだ。

 技の特性と効果をふたりでああだこうだと話しあいながら、技を見真似から自身のもの、へと落としこんでゆく。そして月歩は自分達の身で確かめ合いながら、高低差を気にすることなくどこからでも飛び降りれるまでに至っていた。路が無いのであれば、なにも無い所を道にしてしまえばいい。

 

 なにが一番幸運だったのか。わざわざ言葉にしなくとも分かる。

 エースと繋がっていられたこと、だろう。

 当初の予定では、ある一定の距離以上を離れてしまうと、以前の経験上から考えて、お互いの存在を感じられなくなると思っていた。だがしかし、箱を開けてみればどうという事は無い。今までとは違った環境に置かれたせいなのか、それともお互いが強く意識し合うようになっている為か、いつもの通り繋がる事が出来る。そして今回、離れて判った新事実もふたりを驚かせた。

 それは"感覚の共有"だ。

 例えばアンが火に手をかざしたとしよう。すれば当然ながら火傷する。その火傷する感覚、がエースに伝わるのだ。

 今までも何度か、アンが倒れた時エースがその熱を感じとったり、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)で怪我したエースの傷の痛みを感じたりなど、そう言えば、と思い返せば無かった事例では無い。が、ここまで強くは無かった。

 とはいえそのおかげもあって、容易く、は無かったものの、誰から見ても六式使いと呼ばれるに相応しくなっている。

 

 つい先日には覇気という力も持ち得ていると判明した。義祖父はより一層孫の教育…に余念が無くなっている。これに関してはふたり共に、両手を上げた。どうしようもないと覚悟を決めざるを得なかった、というほうが正しい。昔から義祖父がこうする、と決め決断をひっくり返せた試しがないのだ。

 (覇気って音の波が来るあれだろ)

 (そうそう。大きく分けると2種あるんだって。ひとつは相手を察知する力。そしてもうひとつは悪魔の実を食べた相手にも打撃を与えたり、守りの力に変化させるもの)

 伝わる先ではふうん、という思いが帰って来る。

 そして3つ目。

 大きくふたつと言った後で続く数字を言われ、いぶかしむ顔が浮かぶ。

 覇王色の覇気、というモノもあるらしいよ。

 アンが感じる向こう側では、眉に皺を寄せたエースが大きなため息をついていた。

 覇王色、というものがなんであるのか、気付いたのだ。一度目はアンが三度目の行方不明となった時。この時はシャンクスが発生源だった。二度目はあの火事の夜の出来ごとだ。

 あの焔の中で、エースは無自覚で使用していた。しかし説明を聞けば聞くほど、その力の内容がなぜかしっくりとしたのだ。

 

 意思の力らしい、と義祖父は言った。

 

 過去、海軍に所属し名を挙げた人物達の中で見聞色や武装色の使い手は存在していても、ほぼ覇王色を備えた人物は居なかった、という。

 それはそうだろう。

 義祖父が語るには、ロジャーの一味もこの力を使おうておった、とのことだ。義祖父自身は受けてもどうという事も無かったらしいが、船が運航できなくなるまで、海兵達がどたばたと倒れ、見事に逃走されたのだと、思い出を楽しそうに口にした。

 取得していた人物の名を聞けば、海軍という宮仕えの組織には向かない者達ばかりだ。

 

 死人に口無し。

 例え生きていたとしても、教えを請いに訪ねたところで、門前払いされるだろう。偶に夢で見る父は、そういう人物だ。

 ならばどうするべきか。

 知識や技術は持ち得る人物にとって、秘宝に等しい。そう簡単にやすやすと、教えて貰える訳が無かった。その道に入りたければ、師匠の元に弟子入りし、師匠の仕事を目で盗み、そして自分なりに技術を獲得していくのが本筋だ。

 そもそも海軍に入隊するからと、本部へ向かう行きの船で六式を学べるなど恵まれ過ぎている。

 実際義祖父が海軍本部中将であり、その孫だという身分証明があるからに他ならない。家族内の内情を知らぬ誰かの目から見ると、アンはお嬢様に他ならない。ぬくぬくとした環境からはなれ、わざわざ何しに来た、であろう。

 

 伝手、が無いわけ、ではなかった。

 その人物ならばきっと、教えてくれと頼めばすぐさま、了承の言が戻ってくる。だがその人物、が厄介なのだ。出来るだけその人物との接触は、義祖父には内緒にしなければならない。ばれればげんこつひとつでは足りないだろう。なにせ可愛い孫達を海賊などという『死地』へ向かわせるような、誘いをかけた人物なのだから。

 本当のところは義祖父の勘違い、に尽きる。ルフィがシャンクスの生き様に共感し、目指しているだけなのだ。

  (やめだ、考えてもきりがねェ)

 その夜、アンはエースと共に、出たとこ勝負だと意見をまとめ、月を眺めながら意識を沈ませた。

 

 

 

 瞼を開けば青が広がっている。

 ウォーターセブン、は古くから海と共に生きてきた町だ。

 風を感じながら眺める島そのものが町、と表現しても違(たが)わない。毎年決まった時期に町を襲う高波が無ければ、このような構造にはなっていなかっただろう。海に近づくほど末広がりになるその風変りな形は、毎年少しづつ変わってゆく。海流の流れの緩急が月ごとに変化するため、人々は絶えず海を見続けなければならなかった。高く高く、頂きは伸びてゆく。

 ドングリの形を思い描いて貰えば、大体の形は間違ってはいない。

 下部には流れ着いた廃材が山となり、積み重なって足場が形成されている。もしその下を覗く機会があるならば、眺めてみるとよいだろう。

 元々の陸地の殆どが海の中にあり、先人達の営みの跡が静かに残されている。

 そこから目を中ほどに移せば、船を釣り上げるためのアームや、木材を転がし運ぶベルトコンベア、そして幾つもの鉄縄をまとめた機材が据えられているのが見えるだろう。そう、このウォータセブンという町を形成する主要産業、造船地、だ。まさしく産業都市と言っても過言ではない機材の数々が並んでいる。この町に住む多くの人々は中ほどから上、を居住区としている。が、例外も多く、あった。

 以前よりは復興してはいるように見えるものの、まだまだ道半ば、といった感じがした。

 

 改築や増築で多少の変化はあったが、見慣れた街並みはそのままだ。

 懐かしい風景に知らず知らず口元に笑みが浮かぶ。

 途中の露店で水水肉の串焼きを1本買い、歩きながら食べていると後ろから声が掛かった。

 

 3人組の男達、だった。その形相は端町で見かけた彼ら、と瓜二つだ。素行が似れば、その容姿まで同一と化してしまうのだろうか。アンはそんな事を考えながら、首を傾げた。

 「見かけない顔だなァ。そのかばんの中身、俺らに見せてくれるか」

 「本しか入って無いよ」

 一応、中身を教えてみる。

 「見せろっていうのが聞こえなかったか?アァ?!」

 脅し文句も、場所は違えど同じようなものだ。吹き出したくなるのを何とか堪え、アンは囲んできた3人組みを見上げる。

 抵抗する気はさらさら無い。見せて収まるものならば、と鞄を差し出した。実際の中身も、本当に分厚い本だけだ。持っていた小銭も、串焼きで使いきってしまった。

 「んだよ、鳥類辞典?ほんとにこれだけかよ。つまらねぇなぁ」

 溜息は、金目のもの、を期待していたからだろう。男達は鞄ごと水路へ本を放り投げた。

 どぽん、と水音が立ち本が沈む。アンはその背を見送り、男たちが去ったのを確認してから水路へ入ろうとすると、果物を売る行商人が待てと制止した。手に持つさおで器用に、水路の底へ沈んでしまったびしょぬれの鞄をひっかけ手渡してくれる。

 「お嬢ちゃん、災難だったなぁ」

 「いえ、拾ってくれてありがとう。助かりました」

 行商人は首を横に振り、船を漕いでゆく。ぺこりと頭を下げ、アンは空を仰いだ。びしょぬれになった鞄を、肩に担ぐ。

 

 アンは不確かな物の終着駅(グレイターミナル)で、人が人に行う不徳の、思い付く限りの全てを見てきた。

 だから本を奪われ、本を水路に投げられたくらい、どうという事は無い。乾かせばまた見ることが出来るのだ。

 しかし人の心はなかなか潤わない。欲望はきりが無い。あればあっただけ、あるのが普通だとし、もっと他をと求める。今現在の状況を、どれだけ自分が満たされているかを認識せずに、だ。

 ある意味、アンもそうだった。義祖父はこの体に流れる血を隠すために、敢えて義祖父は懐に抜き身のまま、刃を抱きいれた。生きていられる。それだけで満足しなければならない身だ。しかしアンはエースと共に海に出る、そう決めた。未来を夢見てしまった。その手段として、義祖父の誘いに乗り、着いて来たのだ。

 人の心は一度擦れてしまうと、なかなか元には戻らない。手を差し伸べてくれる、誰かが現れたとしても、容易ではない。そんな姿を幼少の頃から、大勢、見てきた。

 アンは足を僅かに速める。

 水路に沿った道が途切れ、一面に景色が広がった。トムズ・ワーカーズの本社は少し変わった所に存在している。

 この町に初めて来た人ならば、絶対に辿りつけないと言い切れた。その訳はこの町が複雑に入り組んでいるからに他ならない。5と6番ドックの間にある「橋の下倉庫」、と言われてもどこにあるのか首を捻ってしまうだろう。中央の町を支える柱から伸びた、船を海へ落とす橋の陰にひっそりと居を構えているのだ。会社としての許可は町から発行されていないが、その腕は確かな物、であると誰もが知っている。なぜならこの会社の社長であるトムは海賊王の船を造った人物であるからだ。

 そう、宝樹アダムを材とし"偉大なる航海(グランドライン)"を一周したオーロ・ジャクソンの建造者。と言えば聞こえは良いが、実際の所、この町では腫れもののように扱われていた。

 だがトムはそんな人々の目など気にしていなかった。

 船大工であれば一度は己の手で触ってみたい材のひとつとして宝樹の名があがる。その宝樹で船を一隻、造る事が出来たのだ。それこそが誉と、笑む。

 そして海賊王が処刑され、幾年も経っているにも関わらず、彼が作った海賊王の船は現在もどこかに隠されているという噂があった。なぜならロジャーの足跡を洗い出す最中でも、船の行方は依然と知れなかったからだ。

 大切に扱われた物には魂が宿る。

 以前フーシャ村の老人が昔話として話して聞かせてくれた事、があった。

 船は無人でも波間に漂いながら目的地へと達する。それは船自身に心が芽生えるからだと言っていた。それを信じるならば、いつかまた、乗るに相応しい人物が現れるのを待ちわびながら、どこかにあり続けているのだろう。世界を一周したという船は、いまもどこかで海原で風を受ける日を夢見ている。そう思えた。

 

 しかし世界を統治する政府や、世論は『海賊王』の称号を得た男が乗る船を制作した、船大工に良しとした感情を抱かなかった。

 それが腕一本で世界を渡り歩ける、とてつもなく腕の良い船大工であったとしても、だ。

 海賊王の船を造ったという事実が公になると世間は一気にトムに対して風当たりを強くした。

 それだけ"偉大なる航海(グランドライン)"を制覇した男の影響力は世界に対して計り知れない、無形の威力を持っていたからだ。

 新たな時代の幕開けを宣言した男が処刑された後、トムは断罪された海賊王の船を造った罪を問われた。

 

 造られた船には罪は無い。

 海賊が乗ればそれは海賊船となり、商人が乗れば商船、海軍が乗れば軍艦と呼び名を変える。

 しかし世界政府は判断を下した。"海賊王"に関わった全てを抹消する、と。

 エースとアンは母と、己の死後子供を頼む、と遺言を託したガープの手で守られ、ここまで年を重ねて来られたが、大きな声を上げて自らの出生を言えるわけではない。

 知れたら最後、オハラの子と同じように追われる身となるだろう。

 

 「こんにちは」

 会社のドアを開け中に入るが誰も居ない。

 となれば、皆がいる所はたった一か所だ。木槌の音が聞こえないのは、昼食時間なのだろう。

 時間を察したかのように、腹時計が鳴る。

 ココロさんのおにぎり美味しかったなぁ。と思わず緩んだ口の端からこぼれそうになっていたものを飲み込み、空へ駆け出した。

 眼下に広がるのは荒波を越え船としての役目を終えた木材や機材達が眠る場所だ。海流の関係なのか、ウォーターセブンのこの岸辺には、様々が流れ着く。時折、落とし穴のような空洞も形成される為、踏みならされた道で無ければ注意は怠れない。足場を確かめながら進むと聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 「トムさーん!!」

 アンは声を上げ両手を広げる。

 目の前には心地良いふくらみがあった。たぷんとしたこの弾力が懐かしい。思わず目を閉じ、息をついた所で噛み殺されていた含みが破裂した。

  「たっはっ…!!っ…!!…!!」

 おにぎりを持ったまま、魚人が笑う。

 「ンマー!アン!」

 突然の来客に、その場に座っていたそれぞれが声を上げた。手紙のやり取りはしていたが、直に合うのは以前の突発的な別れ以来だ。

 「アイスさんもお久しぶり。ココロさんも、お変わりなく」

 歓談が続く中、不意に腹の音が鳴った。微笑みと共に差し出されるおにぎりを笑顔で受け取る。やさしい味に自然と笑顔が結ぶ。

 その横で角界ガエルのヨコヅナが一匹、汗をタラリと流していた。アンは両手でぷにぷにと柔らかな感触を久しぶりに堪能する。

 「大丈夫、食べないから」

 それでもヨコヅナは硬直したまま動かない。その様子に皆が笑う。以前来た時と変わらない顔が、揃っていた。

 

 「それでどうしたんだい?また飛んできたんじゃないだろうね」

 ココロが3つめのおにぎりを手渡しする。咀嚼しきり、受け取ってからアンは残念ながら、と前置きした。

 「今回は船で来たの。ちゃんと海流に乗って」

 アンは中央街を指をさす。

 

 「そういや、海軍旗(カモメ)が朝通ったな。それに乗って来たのか。たっはっ…!!っ」

 トムが豪快に笑う中、アイスバーグはおにぎりをほうばるアンを厳しい目つきで見る。

 「入隊は決まっているけど、まだ正式な階級は貰って無いの。だからそんな怖い顔しないで」

 それにもし海軍となっていたとしても、トムを捕まえたりなどする訳が無い。

 苦笑する少女に、そう言うことにしておこうか、とアイスバーグは視線を反らした。

 「…フランキーが武装船を造り続けている、のも変わらないのね」

 周囲に放置された船が現状を物語っていた。トム曰く、そろそろ35号が出来上がりそうなのだという。

 「度を過ぎた凶器は、造るもんじゃない…」

 アイスバーグのつぶやきは的を得ていた。武器を手にするならば、それ相当の覚悟をしなければならない。その道具で命を殺める可能性を常に心に留めておかなければ、造ってはならないのだ。造り手はその責任を否応なく、背負わされる。その代表的な例が、目の前にいるなら、なおさらだ。

 小さな震えが走った。

 

 「町の様子を見てきたけれど、まだ厳しいのね」

 海列車が煙を上げて駅へと入ってゆく様を景色としながら、アンはつぶやく。

 記録(ログ)に関係なく、町と町を結ぶ線路は完成した。しかし他の町に住む人々は水の町の現状を知っている。商売するにしても要らないのなら他に回すだけ、と足元を見るのだと言う嘆きも少なくは無い。

 「たっはっ……!! だが人間に活気がある。希望は繋いだ。これからだ。結果はすぐにはついて来ねェよ」

 トムは弟子に根気強く待つよう言葉をかける。

 「やるだけの事をやったら男は、ドンと胸を張ってりゃいいんだ…!!!」

 有言実行を成してきた男の言葉は重い。

 

 

 アンがこのウォータセブンを初めて訪れたのは、3歳の時だった。

 なんとはなしに瞬間移動という能力があると自身で把握してから、好奇心を抑えきれず初めて飛んだ先がトムの腹の上だった、のだ。身に過ぎた能力はもちろんその場で力尽き、意識を失ったのは言うまでも無い。着地地点先のトムも就寝後の、眠りの深い時間だったため、ココロが発見し起こすまで腹の上に子供が寝ているなど気付かなかった。

 丸一日と半日が過ぎた辺りに目を覚ましたアンが見た最初は、ヨコズナの顔だ。

 ぷにぷにで温かいカエルに飛び付いたアンがそのぷっくらとした腹に噛みついたのは後々の笑い話となっている。

 

 1カ月ほどの滞在だったが、アンはその間この水の都を走りまわった。どこかしらヴェネチアに似た雰囲気を持つ町が好きになってしまったのだ。

 どこからともなくやって来た子供を追い立てず、好きなだけここにいればいいと言ってくれたトムには何度お礼を言ってもいい足りないくらいだった。初日こそ胡散臭いと怪訝な目を向けていたアイスバーグも数日の内には手を引いてくれるようになり、大人しく仕事を眺めるアンと打ち解けるのも時間がかからなかった。

 廃材を利用して海王類を倒すと意気込むフランキーにも、声援を送ったのを昨日の事のように覚えている。

 

 出会いも突然だったが、分かれも突然だった。

 微かに聞こえたエースの呼び声を頼りに、東の海へ戻る事は出来た。しかしそれ以後遠方へ、島の向こう側へとぼうとすると、障壁に当たりはじき返されてしまうようになったのだ。

 年に数回、手紙のやり取りをしているものの、こうして面と向かって話すのは7年ぶり位になる。

 

 今日は泊ってゆけるのかと聞かれたアンは、出来れば、と返した。数日行方不明になっても、義祖父は慌てないだろう。元来からして細かい事は気にしないタイプだ。海兵達にも船がドックに入っている間は自由行動してよし、と通達されている。司法船が到着すれば護衛の任に当たるだろうが、それまでは召集される事は無いと踏んでいた。

 

 夢は現実となるだろう。

 7日間で出来ることを考える。

 まずは廃船島に転がる、狙われるだろう危ない船の処分は出来るだけ迅速に行う必要があるだろう。

 夢で見た司法船は何者かの砲撃を受けていた。その何者か、が分かればこんなに苦労しなくとも良いのだが、アンの夢はそこまで都合よく、全てを見せてはくれない。だがしかし、分かりやすい目印、は示されていた。

 黒の服、複数人の影。

 夢があんなにも鮮やかであるのは、黒服達がなにかを仕掛けてくるに違いない、のだろう。

 彼らの目的はトムへと語り継がれている【秘密】を奪う事、だ。

 となれば何らかの罪をトムに着せ、連行すれば簡単に手に入る。

 

 と、アンはここで重要な事柄に気がついた。

 わたしは今、なにを想像したのだ、と。

 トムに何らかの罪を着せる。そして連行する。

 この二つを行使出来るのは、公的な役職に立つ人物に限られる。

 ならばその公的な役職とはなにか、と考えれば背筋に冷たいなにかが流れ落ちるのを感じた。

 

 トムが持つ【秘密】の内容をアンは知っている。

 直接聞いた訳ではない。

 この島に、トムの腹に、出現したその瞬間に、この島、ウォータセブンと人々に親しみ呼ばれる存在が教えてくれたのだ。

 世界には幾つかの兵器が存在している。

 そのひとつがこの土地で代々守られている、とアンは囁き聞いた。

 それは形あるものではない。形あるものになる可能性がある。しかしそれが形を得た時、かつての焔よりも大きく燃え盛るだろう。

 

 アンは教えられた理由を考えた。

 ただ平凡に、造られた枠の中で生きて行くだけならば、知らなくても良い事柄がたくさんあると知っていたからだ。

 知識を得た直後は、どんなに考えても分からなかった。けれど今ならば、これから起るだろうなにかを想像できる。

 アンが考えるにトムが【秘密】を持ち続けている事、で何らかの抑止力となっているのだろう。しかし誰かの手にそれが渡るとどうなるか。大きく分けて二つ、考えられるが、人間という生き物をよくよく観察していると、悪い方向にばかり思考が向いてしまう。

 今回の夢がアンに与えた任務(ミッション)は、きっとこうだ。【設計図を死守し、簒奪に対する対応をせよ】

 どこかの戦争ものゲームのようだが、失敗すれば、そこで全てが無となる。これは現実なのだ。肌を切れば赤の血が流れるし、鉄塊で強化された拳で殴られると、骨も折れる。

 セレクトを押したらもう一度繰り返せる遊び(ゲーム)ではない。

 

 となれば、だ。

 アンが今、考えられる一番最良の策は、現状を維持する事、となる。

 世界を破滅に導く危険性のある設計図など、歴史の影に埋もれ、それこそ限られた一族だけに伝わる口伝の如く、ひっそりと眠らせておけばいい。

 兵器は基本、殺しの道具だ。現存する世界の技術を使えば復元も可能だろう。

 

 あちらの世界では兵器が抑止力として使われていた。武力を持っていると知らしめることで、戦いそのものを抑える効果を狙う。しかし兵器を持たない国はいつ自分にその矛が向けられるか、気が気では無く危機感を募らせる。いつその兵器のターゲットに据えられるか分からないからだ。だから恐怖に飲み込まれた国は、拮抗した力を持とうと、より強力な殺戮兵器を欲し手を伸ばす。

 

 アンは思う。

 図面を残した人物はなにを未来に願ったのだろうか。未来を憂えたと信じたい。

 現在世界は世界政府という組織が全てを支配している。その統治は既に800年以上。空白の100年という、かつての、かつて、世界政府と呼ばれる体制の前身、それと戦力を互角とする勢力がぶつかり合った時期を経て、今がある。

 

 今の世界は勝者が何百年もかけて作り上げた。しかし世界には敗者が残した幾つもの碑石が、知識が、技術が存在している。

 そして今この時、敗者が残した兵器群を勝者側に属する人間が何らかの理由で探し求ていた。

 ロジャーの死によってもたらされた、大海賊時代という迷惑な概念を一気に駆逐する為の力を欲したのか。それとも全く別の目的が隠されているのか…。

 これ以上、推測でのみ物事を判断するのは危険だ、と判断し考えるのを中断した。

 

 とくんとくん、と耳に心地よい鼓動が聞こえる。アンの寝台はトムだ。こうしてうつ伏せになっているとあの時の事を思い出す。

 寝室にはトムとアンのふたりだけだ。かつてはヨコヅナやフランキー、アイスバーグ共に、この部屋で雑魚寝していたが、成長と共にひとり部屋へと移ったのだという。

 「ねえトムさん。そのまま聞いて」

 アンは小さな声で囁く。

 「近い未来、トムさんが持つあるもの、を狙ってやってくる人物がいるの」

 

 それはまだ誰であるか分からない。

 しかし相手がどの組織に所属しているのかは見当がついていた。

 

 〝世界政府〝

 

 トムの鼓動は乱れない。

 先があるのなら聞くと、ゆっくりと撫でられたその手に促され、アンはぽつり、ぽつりと言葉を繋いでゆく。

 見た事が、あるのだ。

 現在、兵器の設計図はトムの手によって、幾つかの部位に分けられ隠されている。ぱっと見て分かる者はいない、と思えた。

 しかし"機械"の製造者達はどうだろう。

 人々が現在、必需品とし、使っている数々の電化製品は、元を辿れば兵器として利用されていたものばかりだ。

 今はまだいい。秘密は書面のまま、色あせている。だがひとたび誰か、トム以外の誰かに秘密が渡ったとしたら、どうなるだろう。【秘密】を形にしたいと欲する人物がいるかもしれない。

 

 断然無理な話なのだ。

 海の中を走れる列車など、あちらの世界でも存在していなかった。海水という、どう足掻いても対応できない、不安定でかつ最大の難問題を克服出来ないからだ。

 ただの鉄ならば海水に触れるだけで腐食する。

 ならばどうして金属船が海に浮かんでいられるのか。それは海水に触れる部分を限定し、その部分を定期的に腐食しないよう、船底を検めるからだ。

 

 海列車は確かにこの周辺の島々を結び、定期船だけで繋がる島々より経済特区としての色合いを濃くした。

 だがしかし、海に線路をひき、列車を走破させる技術力に関して、造船を生業にしてきた島の技術者とはいえ、疑惑の目を向けられるのは至極当然の成り行きともいえる。

 機関車の技術は間違いなく過去の遺産を応用して作られていた。外燃エンジンに関しても過去の技術を使い蒸気機関、であるように思わせつつ、実際は搭載した蓄電池によって作動する仕組みが採用されている。走り始めこそ石炭が必要だが、速度が安定すると必要とする燃料が劇的に減るのが特徴だ。

 かつてトムは海列車の図面を誰にも見せず、単身で描いていた。見本としていたのは古び黄ばんだ、今にも破けてしまいそうな設計図だ。

 何度も何度も失敗し、その失敗の原因を突き詰める。

 過去の遺産には故意に書き損じられていた個所が幾つもあったのだ。トムはそれをひとつづつ見つけ、図を引き直し、この町の為になればと奮起した。この町のためにと希望を組み上げたのは全てトムの業績だ。町の人々も表立ってはトムに感謝を伝えないが、感謝の念があるからこそ、ひっそりとトムズ・ワーカーズが佇み続けていられる。

 

 アンは先日、友を見失った。

 あの炎の中、たくさんの命が苦悶の叫びを上げて失われた。

 その恐怖は今も胸の中にくすぶり続けている。

 アンはこの温もりを失いたくなかった。

 「トムさん、死なないで」

 この言葉が我がままだと分かっている。

 だがあの日の出来事が、溢れだす感情を止められなかったのだ。

 

 大きな、みずかきがある手が肩の円みを包み、しばらくの後、ぽんぽんと背を撫でた。

 それが答えなのだろう。幼子に心配は要らないと、温もりで応えた。それにアンは少しだけ安堵し、瞼を閉じる。

 


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